銀行トリビア (17) 「銀行」っていつごろからあったの?
それが両替商です。
江戸時代にはお金が3種類ありました。
1つは金貨で主に東日本で使われていました。
単位は「両」「分」「朱」。
もう1つは銀貨で主に西日本で使われていました。
単位は「匁」。
そして、日常の生活で使われていたのが銅貨(銅銭)で、単位は「文」。
この3つを交換するのが両替商です。
両替といっても、交換レートは変動したので、今でいう外貨取引に近いものといえるでしょう。
江戸時代、工業や商業が発達し商取引が活発になるにつれて、両替のニーズが高まり、両替商が力を持つようになります。
特に、幕府や全国各地の藩は、集めた年貢米を大阪で売却し、その代金を江戸へ送っていたため、大阪には数多くの両替商が集まっていました。
両替商たちは両替仲間という同業者の組織を作って、金相場所という取引所で貨幣の交換を行いました。
ここでの取引によって、貨幣の交換レートが決まったのです。
大阪の両替商は振手形も扱いました。
これは、商人が両替商に当座預金口座のようなものを作り、直接お金をやりとりせずに資金の決済をする仕組みです。
例えば仕入れ先へ代金を支払う場合、両替商あてに振りだした代金相当額の振手形を相手に渡します。
振手形を受け取った商人は、それを自分が取引している両替商に持っていき、代金額を自分の口座に入金してもらいます。
今の手形・小切手と同じですね。
両替商は遠く離れた場所への送金、つまり為替も扱い、有力な両替商になると、幕府の公金を扱ったり大名にお金を貸したりするなど、大きな金融取引をしていました。
このように両替商は、両替、為替、貸付、預金など、金融機関としての役割を果たしていたわけです。
明治になると、大手の両替商は銀行に転換しました。
例えば、鴻池両替店→三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)
泉屋両替店→住友銀行(現・三井住友銀行)
三井両替店→三井銀行(現・三井住友銀行)
安田屋両替店→安田銀行(現・みずほ銀行)
といった具合です。
今メガバンクと呼ばれる銀行のルーツは、江戸時代の両替商にあるのです。
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