写真家・永瀬沙世--キュリー夫人を目指した少女が写真家になるまで【INTERVIEW】
Photo by Sayo Nagase
写真家・永瀬沙世の写真には何が映るのだろうか。写真とは一瞬の刹那を切り取りたいという人の欲求から生まれた文明かもしれないが、彼女の写真にはそれ以上の何かが映し出されている。1978年、兵庫県に3人兄弟の末っ子として生まれた永瀬沙世。19歳の時、写真家を志し上京する。13歳で写真を撮りはじめた時から、友人にメイクをし、衣装やポージングまでセットアップしていたという永瀬。彼女はカメラのファインダーの先に何を見るのか...。桜が花ひらく春、彼女のアトリエを訪ねた。■キュリー夫人を目指した少女が写真家になるまで3人兄弟の末っ子として生まれた永瀬は、どんな子ども時代を送ったのだろうか。
聞けば、父親から「キュリー夫人みたいになったらいいのにな」といわれて育った永瀬は、楽しみながら科学の勉強をしていたという。そして、「何で生きていくか」を真剣に考えはじめたティーンの彼女の好奇心は科学に留まらず、ギターを弾き、歌を歌ったり、モデルをやってみたり、劇を演じ、絵も描けば、映像も撮り、写真もはじめた。その中で一番ピンときたのが写真だったのだという。月並みな問いかけではあるが、永瀬に写真の魅力を訊ねると「写真は切磋琢磨すると、どんどん精度が上がっていくこと。芸術とスキル、その両方が写真にはあるから」と返ってきた。どうやら彼女には、親からもらったものだけではなく、自分自身で高めたスキルで挑戦してみたいという心意気があるようだ。そんな思いを秘めた永遠の末っ子は「自分の味方がいないところ」を求めて19歳で上京する。「一人でちゃんと生きていくという自信をつけたかった」と当時を振り返る永瀬。
写真家としてキャリアを重ねてきた彼女だが、そんな自分自身について「まだまだ真っ白だと思う。ただ、真っ白なところに立って、一から何かを作っていくことはやってきた」と語る。彼女の作品を前にすると、そこに射し込む陽のまばゆさや、髪を撫でるような風の気配、さらには遠くの音、近くの音までを映し出しているような気持ちになる。永瀬の撮影スタイルは、ルックは決まっているものの、細かな構図は現場で決めていくスタイルなのだという。「ラフよりも、キーワードの方が撮りやすいんです。いつも感覚をゼロにして現場に行くようにしています。私は上手く五感を作用させて、そこにあるものの受信機にならないとダメだから」と撮影に向かう時の思いを語る。後編では、永瀬の作品に込められたメッセージを、本人の言葉と共に読み解きたい。
Photo by Sayo Nagase
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