宮崎駿監督“2度目のオスカー”支えた糟糠妻への消えぬ負い目「仕事を辞めてもらって申し訳なかった」
と判断しました》(『中日新聞』’92年1月31日付)
作画力に秀で、将来を嘱望されていた朱美さんに、仕事を諦めてもらったことに、《女房には申し訳なかった、と今もそう思っています》とも語っていた監督。
その負い目は、結婚から半世紀以上たった現在も消えていないという。
「朱美夫人は、作品の鑑定眼も優れており、夫や息子の吾朗監督の作品にも、歯に衣着せず批評するそうです。
吾朗監督が手がけた『コクリコ坂から』(’11年公開)に対しても『アニメーションがいまひとつだったわね』という具合で、『アーヤと魔女』(’21年公開)で、初めて褒めてもらえたのです。宮崎監督も、ほとんど褒めてもらったことはないそうです」(前出・映画関係者)
■朱美夫人は「絵は私のほうが宮崎よりうまいのよ」
朱美夫人は、いまも“アニメ制作のプロ”という矜持を保ち続けているようだ。前出の安田さんは、夫妻の関係についてこう語る。
「講演会を開催したとき、『どうしたら、宮崎さんのように素敵な女性と結婚できるのですか?』という質問があったのです。
それに対して『自分から5メートル以内にいる女性となら結婚できますから』と答えていて、宮崎さんらしいなと思いました。