笑福亭鶴光『オールナイトニッポン』抜てきの“裏話” まさかの勘違いも【独占インタビューVol.1】
笑福亭鶴光 (C)ORICON NewS inc.
「わんばんこ!」。1970年代~80年代にかけて『オールナイトニッポン』で全国のティーンエイジャーの夜をつややかにそして刺激的に彩ってきた笑福亭鶴光(76)が、今年でニッポン放送パーソナリティ歴50年を迎えた。今は夕方を主戦場に、リスナーを楽しませている鶴光に独占インタビューを敢行。『オールナイトニッポン』デビューから今のラジオ界まで、縦横無尽に語ってもらった。
まずは『オールナイトニッポン』が始まったきっかけから。1974年に、土曜日の『オールナイトニッポン』を担当していたあのねのねが3ヶ月くらい全国ツアーをやるということで、その間誰か代役がほしいということになったらしいんです。彼らと同じ関西弁を話す人がいいということで。当時、僕は毎日放送の『ヤングタウン』や、ラジオ大阪でもパーソナリティをやっていて、関西ではけっこう人気があったんです。
それでニッポン放送の亀渕(亀渕昭信氏)さんが、ラジオ大阪の倉さんという方に電話しはって、倉さんが僕の名前を出してくれたというところで、じゃあオーディションをしましょうとなった。
さぁ、オーディションとなるところが、いろいろありまして(笑)。