■きれいな妻でいるために「おこづかいは最低でも5万円」
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「週末くらい、ずっと私と一緒にいてよ」
ある土曜日、香織はジムに出かける準備をしている夫に不満をぶつけた。
「いや、トレーニングには行かないと。営業は第一印象も大事だから、接待を言い訳にブクブク太るわけにもいかないんだよ」
「じゃあ、明日のテニスには行かないで」
「2週間ぶりだから、そろそろ行かなきゃ体がなまっちゃうよ。香織だって『趣味がテニスなんてステキ』って言ってくれてたじゃないか。あ、よかったら香織も来ない? 同年代の子たちもいるし、始めてみたら楽しいかもよ」
「イヤ。日焼けするから」
香織はつっけんどんに答えた。
確かに恋人時代、テニスでいつもほどよく日焼けした真司は香織の目にも魅力的に映った。けれど、趣味も日焼けも、私との時間に支障をきたさないところですませてもらわなければならない。
奥さんにだけ目をかけ、奥さんをかわいがって、友だちに自慢してくれること。香織にとって、それが
夫の最重要条件なのだから。
「それじゃあせめて、週に1度は、インスタ映えするレストランに連れてって。恋人同士の時みたいに」
思いっきりおしゃれして、真司とレストランやバーに出かける。そうすれば、2人の時間が少ない不満も少しは和らいで、気分も晴れるだろう。香織としては、思い切り譲歩した提案だ。
ところが真司は、眉間にシワを寄せて言った。
「もう共働きじゃないんだから。
それに香織、
おこづかいは月5万は要るって言うじゃないか。それに加えて、さらに外食はきついよ」
香織は絶句した。これが…私のために時間もお金も工面できないと言うこの男が、私が厳選した理想の夫?
会社員時代の貯金はある。社会人になっても実家住まいだったのでそこそこの額だ。母親が貯めておいてくれた結婚資金もありがたい。
でも、美容院とまつエク、それに料理教室の月謝のことまで考えたら、月に5万円はないと回らない。「時間にもお金にも余裕がある、いつもきれいな愛され妻」という理想のために最低限、夫からもらいたい額だ。ワガママを言っているつもりなど、香織にはまるでない。
夫のためにきれいにしている妻の
どこがおかしい?
■新婚なのにセックスレス「釣った魚にエサはやらない?」
香織が不満に思っていたのは、時間やお金に関することだけではない。セックスについても、結婚後、不満を抱き始めていたのだ。
結婚前のデートでは、真司はいつも情熱的に香織を求めてきた。ところが、結婚してからというもの、セックスの頻度はどんどん下がり、内容的にも物足りない。熱意が感じられず、
「求められている」と実感できないのだ。
これは香織にとって初めての体験だ。
男はみんな、私とセックスしたいんじゃないの? 私は女として価値がある。男は私を欲しがって当然。
なのにどうして…どうして、毎晩同じベッドで寝ている夫すら、私に
セックスを求めてこないのだろう?
状況が理解できず、香織は混乱した。しかし、いくら夫が誘ってこないからといって、自分の方から誘うなどということは考えられない。
セックスは、男が女に求めるものだからだ。
セックスがないまま1カ月が過ぎようというある日、香織は我慢できずに寝室で夫にたずねた。
「ねえ真司さん、私たち最近
あんまりエッチしてないよね。どうして? 前はもっとしてたのに」
このところ残業続きだった真司は、すでに眠そうな目をしている。
「そうかな。まあ、そう言われてみれば、そうかもしれないな」
夫ののんきな口調に、香織はカッとなった。
自分は「男に求められない」という屈辱感にさいなまれ、「今日は誘われるか」「今日こそ、いよいよ?」と、毎日息をこらすようにして過ごしてきたのに。
それなのに夫は「まあ、そうかもしれない」?? そんなとぼけた反応、納得できない。
「『そうかもしれない』じゃないわよ。付き合ってた頃は、週に1度は絶対にしてたじゃない。なのにどうして?」
「うーん。どうしてって言われても、これと言った理由があるわけじゃないけど。最近忙しかったし…それに結婚して、毎日会えるわけだからさ。『今日しないと!』って感じることがないっていうのもあるかな」
「なるほどね」
香織の中で、あらゆることがストンと腑に落ちた。
そして自分でもびっくりするくらい嫌味な声が出た。
「つまり、
釣った魚にはエサをやらないってわけね」
「なんだよそれ」
香織の口調に、穏やかな真司も語気を荒げた。