今回のテーマは「のっぴきならない理由でペンネームを変更しないといけなくなったら」である。別にのっぴきならなくなくても、ペンネームは常に変えたいと思っている。今すぐ私より先に「カレー沢薫」を名乗っているという奴が現れて、こちらに改名を求める裁判を起こしてもらいたい。しかし実はこのペンネームには、読者の皆が想像もつかないような深い意味と願いが込められているのだ、と言いたいところだが、何もない。カレー沢に込められた深い意味や願いなど、私にも想像がつかない。5億パーセント、軽いノリでつけた。できることならタイムスリップして、当時の私に「カレー沢はやめろ」と鉄拳を食らわしてやりたいところだが、そうしたら私はさらにひどいペンネームをつけるだろう。よく「あの時に戻れたら運命を変えられる」などと言うが、手前自身が変わってないのだ。同じことを繰り返すか、さらに取り返しのつかない過ちを犯すに決まっている。それに、もう6年もの間「カレー沢薫」の名前で活動してしまっているのだ。現在でも知名度はなきに等しいが、わずかながらの積み上げであったとして、ゼロに戻すというのは相当勇気がいる。だが、今回はあくまで仮定の話だ、私の他に「カレー沢薫」などという迂闊な名前を名乗り、さらにそれを裁判してでも守りたいというバカ野郎が現れたと想定して、新しいペンネームを考えてみたい。○カレー沢氏の改名案を大公開実は言うと答えはもう決まっている。「荒巻 シャケ夫」だ。何故と言われても困る。「なんでカレー沢なんですか?」と聞かれて、何も答えられないのと同じだ。つまり、宣言通り同じ過ちを繰り返す気なのである。しかしこれでは、もう一人のカレー沢(おそらく自称舞台俳優か何かだろう)も裁判を起こした甲斐がないので、「自分で名乗るのは無理だが憧れるペンネーム」について話したい。私が憧れるペンネームとは、ずばりシンプルなペンネームだ、名字も名前もなく、三文字で終わるような名前にあこがれる。漫画家で例を出すなら、ユニット名だが「うめ」さんみたいなのがかっこいい。だったら自分も「米」とか「パン」などと名乗ればいいのだが、自分にはそれができない。昨今、キラキラネームが問題になっているが、私も子どもを持つとなったら「せっかく股間を痛めて生んだんだから、しゃらくさい名前の一つでもつけてやろう」と思ってしまう側の人間なのである。だから、せっかくペンネームを持つなら、ちょっとキレのある感じにしてやろうと思ってスベるのである。たとえどれだけスベっていても、名前を憶えてもらってなんぼの仕事なので、ペンネームを一度聞いたら忘れられないものにする、というのも重要ではあると思う。しかし、キレがありすぎても新たな問題が浮上するようだ。現在各所で活躍中の「まんしゅうきつこ」さんだが、そのキレキレのペンネームゆえに、媒体によっては名前が出せないと聞いた。また、この連載を載せているマイナビニュースの母体・マイナビもそういった規制が割と強い方らしく、「ゴリラ性欲嫁」さんも、マイナビの別媒体(マイナビウエディング)での連載は「ゴリラ嫁」で行ったようだ。仮に私が「セクロス沢薫」とかだったら、そもそもこの連載は始まらなかったかもしれないし、あるいは「セクロス」を丸々削除して「沢薫」なる、若干サッカーが上手そうな名前で執筆することになったかもしれないのである。このように、名前がソリッドすぎると逆に仕事に差し支える可能性もある。つまり、はじけたペンネームをつけたいと思っても、下ネタ方面ではじけない方が無難ということである。そして下ネタを封じられると、私などはすぐ「カレー」とか「シャケ」などという食べ物の名前を入れておどけようとしてしまうのだが、これでは成長がない。むしろふざけるのではなく、もっとクールかつ印象深い名前を考えたい。そこで今考えたペンネームが、「ヒルズ沢 薫」「意識髙夫」である。このように、私は根本的に命名センスがないのだ。テーマが何であれ考えるのが自分である以上、過ちを重ね続けてしまう。ならばどうすれば良いかというと、人任せにするか、もしくは人の案をパクるかである。○カレー沢氏が人生で一番シビれた他人のペンネーム私が今まで一番シビれた他人のペンネームは「暴力 鈴木」だ。シンプルかつクール、反社会的でありながら下ネタでもない、これ以上はないと感じた。この名前は知り合いの作家さんが、これまた知り合いの作家さんの新ペンネーム案として出したものだ。驚くべきことに、こんなに完璧でありながら不採用になったのだ。この名前はまだ使われていないので、私が使用してもなんら問題ないと言うわけである。よって私の新ペンネームは「暴力 薫」で決定だ。しかし、某オリンピックのエムブレム問題でもあったように、事実はどうであれ、盗用などの疑惑をかけられると、作家生命を絶たれかねない。それはペンネームとて同じだろう。なので念には念を入れてもう少し原型をなくしておきたい。といわけで、私の新しいペンネームは「カレー沢 暴力」だ。暴力先生に励ましのお便りを。カレー沢薫漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。連載作品「やわらかい。課長起田総司」単行本は1~2巻まで発売中。10月15日にエッセイ「負ける技術」文庫版を発売した。「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は11月10日(火)昼掲載予定です。
2015年11月03日「カレーが好きなんですか?」カレー沢、などという4歳児が3秒で考えたかのようなペンネームで仕事をしているため、よくされる質問だ。そう聞いてくる相手に対し、私は常に「そうでもないです」と答え、せっかく振ってくれた話題を一瞬で終了させるという名人芸を見せつけていた。カレーはおいしいと思うが、「無人島に何かひとつもって行けるとしたら何を持っていくか」と聞かれて「カレー」と答えるほどではない(それに、いくら好きでもカレーと答えるやつは少し冷静になった方がいい)。それならなぜ「カレー沢」などと名乗っているかというと、私が「中二病」とは逆の、「中二病と言われるのを恐れるあまり病」だからである。はっきり言って、これは中二病より性質が悪い。中二病は方向が斜め上でも何かに向かって全力で突き進んでいるが、後者は人に笑われるのを恐れるあまり、何もしないか、中二病の人間を笑うのにパワーを使ってしまっているのである。つまり、カッコいい凝った名前をつけたら中二病と言われてしまうから、格好はつけずに行こうと思ったのだ。その結果が「カレー沢」である。どう考えても「格好をつけない=ダサい」と勘違いしているネーミングなのだが、照れ隠しのつもりが余計恥ずかしいことになってしまった。どうせ恥ずかしいなら「キャビア沢」とか、もっとカッコいい名前にすればよかったと後悔しきりである。○「孤独のグルメ」よりも孤独な夕食前置きが長くなったが、今回は漫画家の食生活についてである。漫画家とは、おせじにも健康的とは言えない職業だ。睡眠や食事は乱れがちだし、担当を殴るときと、担当を追いかけて殴るときぐらいしか運動していないよって人一倍、健康に気を使っている作家も多いと思うが、私は典型的な「食べること以外楽しみがない人間」なので、食事に縛りを入れてしまうと、もはや何のために生きているかわからなくなってしまう。つまり、食生活に制限を入れて健康になったとしても、「人生に何の楽しみもないのに長生き」という最悪のパターンに陥るのだ。そのため、食については「健康のことはあまり考えない」という方針で行くことにした。もちろん、風呂上がりにコールタールをしこたま飲むとか、積極的に体に悪いものを食べようとしているわけではなく、とにかく毎日好きなものを食べるように心掛けている。しかし、一日中延々と好物を食い続けているわけではない、むしろ、日中はあまり食べない。朝はコーヒーのみ、昼はアサヒフードのクリーム玄米ブランを一袋。会社がある平日はいつもこれだ。夫の健康は無視できないので、会社から帰宅した後、夕飯は毎日作る(ただし味の方は無視している)。帰宅は夫の方が遅いので、いつも一人で先に食べる。夫と同じものを食べることもあるが、それは食べずに全く別の物を食べたりもする。仮に「自分はレトルトのペペロンチーノだけ山盛り食いたい」と思ったら、それなりにバランスのとれた夕食を作っていても夫だけに食べさせ、誰が何と言おうひとりで山盛り食うのである。○人の不幸で飯を食す何を食べるかも重要だが、一番大事なのはシチュエーションだ。漫画「孤独のグルメ」の中に「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず 自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ 独りで静かで豊かで…」という有名なセリフがある。全く同意見であるが、孤独のグルメは基本外食だ。私はもっと孤独に行きたいと思っている。そのために、私は山盛りペペロンチーノを二畳ぐらいしかない仕事部屋に持ち込んで、ひとり閉じこもって食うのだ。そして、食べながらネットサーフィンをする。見るのは大体において、不幸な人のブログだ。不幸と言っても、おしんのように運命に翻弄されて不幸な人ではなく、ギャンブルで多額の借金を抱えたなどの自業自得で不幸な人のブログだ。「人の不幸でメシが美味い」という表現があるが、私は"リアル人の不幸"をおかずに飯を食っているのである。それが本当に美味いのである。心の底から幸せだと思う。色んな意味でお行儀の悪い姿だが、そのプレシャスタイムは山盛りペペロンチーノを食べ終わった時点で終了だ、時間にしたら30分にも満たない。その後は原稿に取りかかり、寝る時間まで原稿。そして寝て起きたら会社、というハードな生活に戻る。しかし、この30分があるから耐えられるとも言える。他人から見たら完全にどうかしている趣味でも、「独りで静かに豊か」になれる時間が、人間には必要なのだ。そんな楽しい趣味にも、大きな欠点がある。「夜にたくさん食べると太る」という定説通り、いくら日中あまり食べなくても、夜に好きなだけ食べていたら太るのである。最近は加齢も相まって、体重増加が著しい。いくら健康は無視と言っても、やはり体重は気になる。だが前述の通り食べるのを我慢すると、生きている意味がわからなくなってしまうので、痩せようと思ったら運動量を増やすしかない。よってこれからは、もっと積極的に担当を殴っていきたいと思うので、各担当氏は全力で逃げていただきたい。お互い運動不足が解消されて、ウィンウィンの関係である。カレー沢薫漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。2015年2月下旬に最新作「やわらかい。課長起田総司」単行本第1巻が発売され、全国の書店およびWebストアにて展開されている。
2015年06月16日