2017年2月生まれの元気すぎるきっくんを毎日追いかけまわしている、新米お母ちゃん。息子のことはだぁいすき! …でも、育児は笑えることばかりではない! 泣けるときも怒っちゃうときもあるけど、魔法の言葉「まぁいっか!」で楽しく乗り越えています。
泣けるときも怒っちゃうときもあるけど、魔法の言葉「まぁいっか!」で楽しく乗り越える! 元気すぎる息子きっくんを毎日追いかけまわしている、新米お母ちゃんの日々をお届け。
こんにちは! 3歳の息子きっくんと、毎日育児に奮闘中のねここあんな。です。 新型コロナウイルスの感染予防のために学校が休校になり、我が家のきっくんも自宅保育に。 そこで前回は 「突然の自宅保育、不器用でズボラな私でもできる手作り満載な過ごし方」 をご紹介しました。 ▼前回のお話 今回も前回に引き続き、“自宅でできる子どもと夢中になったもの”を描かせていただきました! 題して 「子どもと一緒にバスボールを作って、楽しくお風呂に入っちゃおう!」 でございます! そもそもバスボールとは、お風呂に入れるとシュワシュワと溶け出す発泡性の入浴剤のことです。 物によっては中にオモチャが入っていたりするので、子どもの好奇心がくすぐられますよね! しかし… このバスボール…、ちょっとお高いんですよ。 一瞬でお湯に溶けてしまうのに、1つ100円…いやそれ以上のものも。 毎日だったら、正直高い。 まだ買ってあげたことはないのですが、きっくんもどんなものかは把握しているようでいつもゴネられます(笑) ということでレシピを調べて、作ってみました! きっくんもとても楽しそうに作ってくれたので、そのときのことをご紹介したいと思います! ■コツを押さえれば簡単! バスボールの作り方 必要なもの ・重曹(食品添加物) ・クエン酸(食品添加物) ・片栗粉 ・アロマオイル ・食紅 ・氷やクッキーの型(シリコンがおすすめ) もし自宅に余っている入浴剤(粉のタイプ)があれば、クエン酸と同じ量を入れてもOKらしいです! (その場合はアロマオイルや食紅は入れない方が良いですよ) ここからは手でやった方がやりやすいと思います! 食紅の色移りが嫌な人は、ビニールの手袋などがあるといいかもしれません。 お子さんが小さくて手で混ぜるのが不安な場合は、ジップロックに入れて揉んでも良かったかなと思います。 それなら手が汚れないし、周りに飛び散ったりしにくいはず! 最後は一緒にお風呂に入って堪能できます! うちは半日も待てなくて、最初の日だけは乾燥時間まだ2時間しか経っていないのにお風呂に入りバスボールを投入していました(笑) たしか14時頃でした。早い。 お昼過ぎからお風呂に入っちゃうのもなんだか特別な感じがして楽しかったです! レシピはたくさんあるみたいなので、慣れてきたらいろいろな種類も試そうと思います。 自由研究にしてみたり、ラッピングしてちょっとしたプレゼントにしてもかわいいですよね! お風呂嫌いなお子さんにもオススメなので、ぜひ試してみてください~! <参考サイト> youtube(こちらは片栗粉を入れない作り方): 「【100均】超簡単にできるバスボムの作り方【DIY】」 noco(こちらは片栗粉を入れる作り方): 「100均の材料でバスボールの作り方!簡単で安全な作り方とは?」
2020年03月31日こんにちは! ねここあんな。です! 3歳になりたてホヤホヤの息子きっくんと、ドタバタの毎日を送っています。 新型コロナウイルスの感染予防のために学校が休校になりましたね。 うちの子は保育園に通っているのですが「テレワークや在宅ワークの方など、自宅にいられる場合は自宅保育をお願いします」とのお知らせがありまして… 私は普段から在宅ワークなので自宅で息子を見ることにしました。 が、もちろん息子がいたら仕事に手を付けられず。かといって感染のリスクを考えると、息子とお出かけもできず…。 そして 息子と一緒に家にいるのが、想像以上に大変だということを痛感 しました…。 ちなみに保育園は完全に休園になったわけではないので、仕事が滞るようなら受け入れてくれるのですが、ちょうど私の体調不良と重なり保育園に送迎することすらままならなかったので、「自宅保育」という決断に至っておりました。 そんな1ヶ月で、子どもが退屈せず夢中になった家遊びをご紹介します。 とはいえ、「それ、とっくにやってるけど!?」と言いたくなるような簡単なものばかりかもしれませんが… ■自宅で思いっきりミュージカル映画の世界に! まずは、一緒に ポップコーン作り ! 今は本当に便利で、電子レンジでチンするだけでできちゃうポップコーンのレシピがあるんですよ! 以前はフライパンで作っていたのですが、電子レンジで作れることを知ってから、あまりの 「簡単さ」 と 「洗い物が少なく済む」 というメリットからレンチン一択です! そして、ポップコーンといえば映画館! ポップコーンを作った日は 映画館ごっこ をします。 セレクトする映画(おもにミュージカル)はというと…、息子は現在、大ヒットしたディズニー映画に大ハマり中。 なのでエンドレスでDVDをつけて、2人で歌って踊っていました。 これが意外と汗だくになるぐらい体力を使うのですが、自分自身の運動不足を解消していると言い聞かせています。 誰も見ていないのを良いことに、恥ずかしげもなくミュージカル女優になったつもりで歌います。 ちなみにこれができたのは私の体調が崩れる前。さすがに体調が万全じゃないとしんどいです(笑) ■子どもが集中してやってくれる! 楽しんで学べる教材 そしてこのほかに、息子が家で夢中になったのが学習教材です。 ・「くもん」の学習教材 ・「100円ショップ」のシールブックや塗り絵、迷路 ・付録付きののりもの雑誌 とくにお受験させたいわけでも勉強熱心な親でもないのですが(笑) 以前夫の上司から「くもん」のパズルをいただいたのですが、乗り物の絵だったこともあり息子のお気に入りに! そこで「くもん」に注目するようになったのですが… ある日、本屋で「くもん」の「2歳 もじかずちえ」というドリルのようなものを見つけ試しに購入したところ、「勉強」というコテコテの感じではなく、2歳の子が 「楽しんで学べる」 し、 「子どもが興味を抱く工夫」 がされていました。 きっくんはこちらも夢中でやるようになり、保育園に行けないときや雨の日によくやっています。 ほかにも、付録付きのりもの雑誌「最強のりものヒーローズ」(出版社:学研プラス)なども大活躍。 お金はかかってしまうけど、本屋さんでまとめ買いしておいて本当に良かったなと思いました。 それから、100円ショップにも迷路の本などが充実しているので、これを機に大量に購入(笑) これまたすごく楽しそうにやってくれます! 集中しすぎて汗を流している姿を見たときは、息子の集中力に感心しました。 また、おうちにある迷路を全部やってしまったときは私が作ることもあり… これが結構楽しかった! 買うばかりだとお金も手間もかかるので、一緒になって作っちゃうのもありだなと! ■簡単キットで楽しくお菓子作り! それと、自宅でやったことと言えば、 お菓子作り も何度かしました。 とはいえ息子にやってもらったのは、本当に簡単な作業のみです。 「親がイライラしてしまうようなことは避ける」 のがポイント! 重さを計るものは最初に計っておいたり、卵も割ってお皿に出しておいたり。包丁は危ないから、バターを先に切ってしまっておくなど…。 それらすべて整ってから、きっくんをキッチンへ呼ぶようにしていました。 そこで欠かせないのが…こちらです! 本当におすすめです! おうちにお菓子作りの道具がなくても大丈夫なレシピを選んでいますが、たまに「あ、粉振るいなかった!」なんてときもあります。 そんなときは茶こしを使ったり、意外となんとかなりますよ! (うちはお菓子作りに必要な道具は、はかりとボール以外ありません。型も100円ショップで買いました) 上手くできないときに「やらせて」って言うと、「嫌!」と言われそうなので… 「やり方をみててね、こうやって、こうやるともっと上手に混ぜられるんだよ」と言いながら、ほとんど混ぜ切っちゃったりします(笑) そしてきっくんに代わってもらったら、 うんと褒めて みたり。 このとき気を付けるのは、 「絶対に怒らない」 ということ。 正直2歳~3歳の子とお菓子作りなんて、 「うまくいかないのが当たり前」 なのです。 それを叱ってしまったら、たぶん息子は二度とやりたくなくなるだろうし、息子も私も楽しい時間にはならないから…。 最後には出来上がったお菓子を一緒に食べて、至福のお菓子タイムを過ごしています。 正直私はお菓子作りなんてガラじゃないぐらい、ガサツでズボラな性格なんですが… 100円ショップのお菓子キットと出会ってからは、むしろ休日の趣味がお菓子作りになっています。 100円でこのおいしさ、クオリティ、そして息子との楽しい時間が過ごせるなら、十分すぎる と思います! 以上、手作り満載の自宅保育でした! モットーは 「無理しない」「手を抜けるところは手抜きする」 です! そのほうが 「もう一度作りたくなる!」「楽しい」につながると思うから 。
2020年03月22日こんにちは! 元気いっぱいの息子がついに3歳になりました! ねここあんな。です! 本日のテーマは「夫のトンデモ育児」ということで、 うちの夫が「トンデモ旅行計画を立てた話」 をご紹介したいと思います~! ■大好きな伯父さんと過ごした夏休みの思い出 最初に夫の幼少期の話をさせていただきますと… 夫は実母の兄である伯父さんが大好きでした。 小学校低学年の夏休み、福島から群馬までひとりで新幹線に乗って会いに行っていたほどです。 …というのも、実家では犬や猫を飼っていたから、家族みんなが泊まりがけで訪れるのが難しかったのだとか。 そこで夫は幼いながらも「自分ひとりで行かせてほしい!」と提案します。 親戚の方は快く迎えてくださり、数日間お世話になっていたのだとか。 群馬では伯父さんと一緒に、さまざまな体験をさせてもらったんだそうです。 夫にとって、幼少期の中で最も特別な思い出だったと話していました。 私も結婚する前から何度も会ったことがあるのですが、たしかに人、動物、植物、すべてから愛されるようなあたたかい方でした。 ちなみに息子には、生まれて9ヶ月頃に会わせたことがあります。 息子のことを、自分の孫のようにかわいがってくれました。 しかし、それは息子が1歳の夏… ちょうど、群馬に家族3人で会いに行く約束をしていた数日前の出来事でした。 伯父さんの症状が悪いため、延期に。 その1ヶ月後、会えることなく叔父さんは天国へ行ってしまいました。 夫はひどく落ち込んでいました。 それから少し経ち、 「自分たちが前を向かなきゃ、伯父さんも報われないかな」 と考えるようになります。 だいぶ立ち直った夫が、晩酌のときにこんなことを言うのでした。 夫にとって「父の理想像」を考えるとき、真っ先に思い浮かぶのが「伯父さん」なのでした。 そのことを冗談っぽく話す夫の顔は、今まで見たことないような、寂しい笑顔でした。 ■伯父さんがしてくれたことを息子にもしたい! それからしばらくして息子が2歳になり、夏の連休で行く予定の旅行について話が出るようになりました。 決まっていることと言えば“きれいな海へ行く”という計画だったのですが… 2歳の息子に、 あらゆる角度から「自然の楽しみ方」を求める夫 なのでした(笑) 私の予想ですが、たぶん伯父さんの後を引き継ぎたい意思というよりも、伯父さんのおかげで “心から自然を愛する男” に育ったのだと思います。 とはいえイヤイヤ期真っ最中の息子と「蒸し暑い中のテント泊」や「山登り」は想像しただけでも恐ろしく、とてもじゃないけれど旅行どころではないと思いました。 結局私の説得により、このトンデモ旅行計画は企画倒れに。私は胸をなでおろしました。 憧れる伯父さんのようなお父さんになりたい気持ちはわかるけど、「母の不安」をわかってくれるとうれしいなと思う一件でした。 夫は 「息子の年齢に見合った自然とのふれあい」 を考えた結果、今年はせめてもと、庭にトマトなどの野菜を植えて家族で育てることにしてくれました。 息子がもう少し大きくなったら、夫の考える旅行計画を実行してもいいかなと思います。
2020年02月29日こんにちは! ねここあんな。です。 2月で息子は3歳になりました。 去年の今頃を思い出すと、2歳から3歳にかけてずいぶんお話が上手になったなぁと改めて感じます。 さて今回のテーマは「子どもの名言」です! 名言かどうかはわかりませんが、母が個人的にグッと来た息子の謎な発言をご紹介させていただきますね!! ■息子の頭の中を絵本にしたい! 謎めいた発言に癒される 息子きっくんは普段の会話から、不思議発言が多いです。 一体どこで覚えたのやら! でもなんだかほっこりした気持ちになる母なのでした。 子どもの発言って意味がよくわからなくても、なんだか癒されてしまいますよね~。 って相変わらずの親バカ炸裂しています(笑) さらに、眠たいときのきっくんは、半分夢の中なのかこんなことも… 餃子の車庫… 「キミの頭の中を絵本にしてあげたい!」 そんなふうに思うのはこんなときです…! ■疲れも吹き飛ぶ! 突飛な想像力がかわいい そしてお月さまが大好きな息子は、毎晩空を見上げては月の形について話をします。 三日月が「笑った顔」なのは笑った口に見えるのか…それともニッコリとした目に見えるのか? 聞いてもあいまいな返答なのでいつもわからないのですが、なんとなくその想像力をかわいく思うのでした。 包丁でトンッとやるのは一体誰なのかな…? 尋ねてみると帰ってきた答えは… 大きくなったトット(お父さん)! つまり夫だそう(笑) 「大きくなったトットのお仕事は、月を割ることだったのか~」と想像するだけで、一日の疲れも吹き飛ぶのでした。 ただこういう発言も、言葉を覚えていくたびに少なくなってしまうのかなと思うと 少し寂しい気持ち にもなります…。 今でもまだまだ不思議なことを言われてあえて「訂正したくないな~」なんて思うこともあるのですが、気が付くときちんと言えていたり。 成長を喜ぶべきなのに、なんだか難しい ですね。
2020年02月22日こんにちは! ねここあんな。です! 今回のテーマは「子どもの感染症」についてです! ■まともに通えなかった慣らし保育期間 去年の夏、息子は2歳5ヶ月でようやく保育園が決まり、途中入園をしました。そこは、保育園難民を乗り越え、やっと見つかった隣町の保育園でした。 「さぁまず慣らし保育だ!」と意気込んでいましたが、入園前からよく知人やママ友に言われていたことが少し気になっていました。 それは… 保育園のような集団行動をする場所では、通い始めは特に 「感染症や風邪が広がりやすい」 ということでした。 まぁでも8月入園で、夏だし… そんな風邪をひくこともないだろうと思っていました。 が… まさかの入園して2日後に、息子は鼻風邪と熱で保育園をお休みすることに…。 夏であっても、風邪は流行するものなのだと知りました。 最初は慣れない環境に体もついていかないのだろうと思い、看病に専念していました。 そして熱も下がり体調が良くなった頃に登園するのですが…。 慣らし保育(最初のうちは2時間程の短時間保育)をしては翌日に熱を出す息子…。 まさかこんなにも風邪をひくとは思いませんでした。 ■ようやく安定して通えるようになった矢先、待っていたのは… そして、1日おきで休んだりして、やっとまともに通うことができるようになった入園3週間後…。 ようやく保育園に安定して通えるかなと思った矢先、園のお知らせに目が留まります。 当時の私は無知で、聞きなれない病気が流行している…といった程度の認識でした。 まさかの保育園4週間目にしてヘルパンギーナに感染!! 小児科の先生によると、ヘルパンギーナの主な症状は高熱が出ること、それとのどにブツブツができることで「食欲がなくなる」ということでした。 つまり「のどが痛いから食べたくても食べられない」ということです。 本当は食べたいのに食べられるものが限られてしまったりして、しんどいんだろうな…と気の毒で仕方がありませんでした。 そしてこれも小児科の先生に聞いたのですが、ヘルパンギーナはプールでの感染が多いらしいです。 たしかにみんなで水遊びをしていたのですから、仕方のないことでした…。 ちなみにヘルパンギーナの時、唯一息子が食べられたのはアイスでした! バニラアイスや、かき氷なら大丈夫でした。 ゼリーなら食べやすいと思ったのであげたのですが、じつは酸味のある果汁系の場合はしみるとは知らず…。 きっくん、ごめんよーーー。 あとは、スポーツ飲料(レモンなどの柑橘系があまり強くないような味のもの)を少し薄めたものも飲みました。 ■地獄はまだ終わらなかった!? 息子の体調悪化の行く末 しかし、地獄はまだまだ終わりませんでした。 追い打ちをかけるように、息子の夏風邪がぶり返してしまいます。 鼻がつまりせきも出て、夜に十分な睡眠が取れずどんどん悪化していきました。 もしかしたらヘルパンギーナによって寝不足だったり、普段の食事がとれなかったことで、免疫が落ちてしまっていたのかも…。 免疫落ちると、体調が悪くなるとよく聞きますが、あらゆる菌からも攻撃されるのかもしれないですね。 とくにかわいそうだったのはこういう状態でした。 寝たくても鼻づまりで寝れず、 食べたくてものどが痛くて食べられず、 せきをすればのどの痛みが悪化する息子… こんなしんどそうな息子を見て一番に思ったことは 「かわってあげたい!!」 でした。 そうつぶやきながら私は無意識に、息子の残したゼリーを口にするのでした(おい) 当然のことながら… しかも息子は私の体調不良と引き換えに、超元気になるのでした。 子どもが体調不良のときに(まして感染症になっているときに!)手を付けた食べ物は二度と食べまい 、と心に誓いました。 そして「保育園に通い出したら風邪や感染症に移ることが増えた」と話すママ友のことを思い出しながら、自分の認識の甘さを反省するのでした。 ※今回の体験記に記載された症状や対処法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。また、症状が改善しない場合には早めの受診をお勧めします。
2020年01月30日みんな~~げんき~~!? 失礼しました。毎日息子と元気いっぱいに過ごしている、ねここあんな。です! 私がこんなにもテンションが上がっているのはですね、じつは「映画 おかあさんといっしょ」を劇場公開前に一足早く観てきたからです!!! ということで、今回は 『映画 おかあさんといっしょ すりかえかめんをつかまえろ!』 を観に行った感想を書きたいと思います。 ■大好きだったすりかえかめんの登場に歓喜する母 ざっくりとしたあらすじはというと… 「すりかえかめんとすりかえお嬢」が現れて、いろいろなものをすりかえてしまう! 「彼らのいたずらを止めるために、映画館のみんなでクイズに答えよう!」という体験型ムービーなのです! 大好きだったすりかえかめんが、主役級の位置づけだなんてうれしい…! すりかえお嬢も変わらず麗しい姿…。 あんなものや、こんなものがまさかの姿になってしまって…映画館で思わず声が上がる私。 しかも、よしお兄さんまでも登場して、興奮が止まらなくなりました(笑) もちろん息子も楽しんでいましたが、私の方が騒がしかったかもしれません。 映画館の観客の反応が良いので、私の歓声はかき消されていたのが救いでした(笑) こうして 大人数で観ることで、みんなで笑えるのも良いですよね! あと驚いたのがクイズのクオリティ。 思いっきり「子ども向け」な答えのときもあれば、大人でも「え!? どこがすりかわったの!?」となる場面も。 これには会場の大人たちも、どよめいていました…! 答えがわかった途端… 何がすりかわってしまったのか、気になる方はぜひ、劇場に足を運んでみてください! 覚悟してろよ~にゃっは~(笑) 今回映画館に行くことで、ひとつ気になる点があったのですが… それは、2歳の息子と映画館に行くのは今回が初めて、ということです。 去年も「映画 おかあさんといっしょ」の試写会は参加させていただいたのですが、試写室だったため、今回が本当の 映画館デビュー でした。 意外とビビりな子なので、暗闇を怖がるんじゃないか? とか、同じ年頃の子を見つけて、走り回るんじゃないか? と不安でしたが… ■子どもだけでなく大人も楽しめる! わくわくの展開に大満足 そして映画の率直の感想はというと… 想像以上に笑いポイントが多くて 大人も子どもも楽しめたのです!! あつこお姉さんは安定の「天然」が炸裂してて、萌えまくりましたが… いつも頼もしいはずの、杏月お姉さんまでもがフワフワしているとは!!(笑) さらには!!!! まさかの誠お兄さんも、爽やかにボケをかますではありませんか! かっこいい人がオトボケするとか、あざとい! 世のお母さんたちを惚れさせる気か!?(笑) みんなのお茶目っぷりに、ニヤニヤが止まらず、大変癒やされました。 そんな愉快な仲間たちに、ところどころでツッコミを入れる役だったゆういちろうお兄さん… しかしまさかのゆういちろうお兄さんが、いっちばん笑わせてくれる尊い存在だったのです。 ネタバレになってしまうのでお伝えできないのが悔しいのですが、ご覧になる方はぜひご注目ください!!! 母の感想ばかりになってしまったのでここで息子のリアクションをご紹介させていただきますと… みんなで掛け声を上げるシーンなどでは、一歩遅れながらも声を出したり、 映画館としての醍醐味をちゃんと味わっていた様子…! 「映画 おかあさんといっしょ」なら映画館デビューにも最適な気がします。 ■「映画 おかあさんといっしょ」ラストは、母の涙腺が崩壊! さらに、私は当日まで知らなかったのですが… 世のお母さま方、朗報です! なんと、 だいすけお兄さんも出ておりましたよ!!!! 私たちが「おかあさんといっしょ」を観始める前に、だいすけお兄さんは卒業してしまったので活躍していた当時を知らないのですが… そんな私でも、その魅力に気づかされました。 なんてユニークな方なんだろう…と。 この方が人気になる理由が大変よくわかりました!! そして映画も終盤となり… 「みんなで歌ってエンディングだ~!」みたいな流れがあったのですが… 映画の内容にぴったりな選曲の良さと、お兄さんお姉さんたちのきれいな歌声に胸を打たれ… みんなニコニコと過ごすであろう場面だったので、私は周りに泣いているのがバレないように肩を震わせて泣いていました…。 たぶん、よしお兄さんが卒業してしまった 「よしお兄さんロス」の最後の波 がここで来てしまったんだと思います(笑) それほど歌詞もぴったりでした。 ポタポタと涙が息子の頭に落ちて、「つめたいよ、どうしたの? だいじょうぶ?」と息子に慰められる母…。 このキモチがわかる方がひとりでもいてくれたら、幸いです。 以上、「映画 おかあさんといっしょ」に想像以上に感動したお話でした!! 映画館だからこそ、より笑って泣いて過ごせたんじゃないかな と思います。 感動が倍以上になるのかな。 ぜひこの冬に、ご家族で観に行ってみてはいかがでしょうか。 良い思い出になると思います! おまけになりますが、試写会でなんとスペシャルゲストとして「よしお兄さん」こと小林よしひささんが来てくださいました~~~~! これには当然、悲鳴に似た歓声が上がりました!!! 映画上映後のイベントだったこともあり、息子はもう限界で今にも脱走したそうでしたが…、なんとか持ちこたえました(笑) よしお兄さんは直接お会いしてもやはり優しさがあふれていますね。 子どもに向けられた笑顔が本物で、素敵でした。 映画に関わったすべての方、お誘いしてくださった映画担当者の方、そしてよしお兄さん、ありがとうございました!! 『映画 おかあさんといっしょ すりかえかめんをつかまえろ!』 2020年1月24日(金)より、シネ・リーブル池袋、全国のイオンシネマほか全国公開! ※この体験記に記載された劇場は、筆者の体験談となります。各劇場により設備、明るさ、音量の設定に違いがございます。予めご了承ください。
2020年01月22日こんにちは! ねここあんな。です! あけましておめでとうございます! 本年もどうぞよろしくお願いいたします! 今年最初のテーマは…「子どもの片づけ問題」について。 我が家の2歳の息子は、瞬時に部屋を散らかせる才能を持っています。 そんなわけで、リビングはいつも散らかり放題…。 子どものおもちゃってなんでこうも散らかるのでしょうね!? 片付けても片付けても、足の踏み場がない状態が続いていました。 しかも横で私が片付け始めると、「今それで遊んでいたの!」と言わんばかりの勢いで騒がれます(笑) いやいやいや、今、絶対違うおもちゃで遊んでいただろう!? という心の声もむなしく、片付けることも許されない…。 息子がつかまり立ちができるようになって、よく散らかるようになったから、約2年以上、片付けてもすぐにおもちゃが散乱しているようなリビングでした。 これに最初は悩みましたが、途中からどうでもよくなっていました。 このままではまずいよな、と心のどこかで思っていたわけですが…。 しかし、とある出来事がきっかけで、 部屋が散らかりにくくなった のです。 ■防災のためにしたことが思わぬ効果を生んだ!? その“きっかけ”というのが去年秋に、猛威を振るった 「台風19号」 でした。 我が家は大きな川がわりと近い一軒家に暮らしており、川が氾濫したらかなり危険な地域なのです。 台風当日は「もし川が氾濫しても被害が小さく済むように」と、夫婦で荷揚げを決意。 1階の運べる荷物を、すべて2階に移動することにしました。 朝起きてすぐに取り掛かったのですが、15時ぐらいまでずっとこういった作業をしていたと思います。 それこそ夫は、1階和室の畳でさえ2階へ運んでくれました。 もちろん、それまで1階にあったおもちゃたちもすべて2階の寝室へ。 焦り邪魔をする息子…。おもちゃをすべて没収されるのだと思い込んでいたので、私も必死で説得しました。 結局うちの近辺では川の氾濫はありませんでした。 でも数メートル先では、干上がった田んぼの中に雨水が溜まりすぎてあふれ、隣のお家を膝下まで浸水させたそうです…。 そういった話を聞きながら、 「明日は我が身だな」 と思った私たちは… またいつか大きな台風が来てもすぐに対処できるようにと、1階の荷物を減らすことにしました! 我が家はリビングが1階にあるので、おのずと行きついた結果は… 遊びたいものを別室から選んで持ってきて、なるべく一種類のおもちゃで遊んでもらうシステム にしました! ※寝室に置いてあった勉強机にすべて収納! 片付けやすいから…とリビングにおもちゃ箱(収納用の入れ物や絵本の棚)を置いていましたが、それは逆に言えば 「散らかしやすい環境」 なのでした。 まず 「散らかりにくい環境」 を確保! ちなみに我が家では1階から2階へと移動させましたが… とにかく 「リビング以外の部屋におもちゃを置く」 というのがポイントです。 マンションやアパートの方などは同じフロアになると思いますが「別室」ならどこでもいいと思います。 うちの場合、おもちゃはすべて寝室に置くことにしました。 ■収納場所を変えただけで、メリットは倍以上に! 2階におもちゃを置いてしまったので、一緒に取りに行くのは少し面倒ではありますが… それ以上にメリットは結構ありました。 「遊びたいものだけ」を自分で選ばせて持ってくるため、息子は 「目の前のおもちゃ」で集中して長く遊ぶように なりました。 私が料理している間など、長い時間もくもくと遊んでくれるようになったのですごく助かります! さらにそのおもちゃだけがリビングに広がるので、散らかる範囲が狭い。 だから散らかりにくい。 しかもいざ片付けようとなったときにも楽ちんです! プラレールならプラレール用の箱に入れて完了。 これはどこのなんのおもちゃだっけ? と入れ物を探したり迷ったりすることもありません。 そしてもし、息子が目の前のおもちゃに飽きて別のものをリクエストしたとしたら… 「ひとつ片付けたら次が手に入る」 という決まりが自然と生まれ、 息子自身も率先して片付けに取り組むように なりました! リビングにおもちゃ箱がないだけで一石二鳥、いやそれ以上かもしれません! とはいえ、まるで片付かない日もあります。 それは「最初に出したおもちゃ」を飽きもせずずっとやりたがるようなとき… そのおもちゃだけが長らくリビングに滞在していることもしばしば…。 そこはズボラな母ちゃんなので。 一種類しか出ていないなら、「そこはなんとなくインテリアっぽいからいいのだ!!(良くない)」と言い聞かせて見てみぬフリをしたりしています(笑) 何種類もおもちゃが混在していた頃と比べると、圧倒的に今の方が部屋が散らかりにくくなっているので!
2020年01月16日こんにちは! 2歳の息子への愛が止まらない、ねここあんな。です! 今回のテーマは「子どもの将来妄想」!! 日ごろ更新しているインスタの方でも妄想ワールド全開の私なのですが、意外や意外。 考えれば考えるほど… 息子の将来が全く想像できません!!! いつもの妄想癖はどこにいった?? というぐらい難しいテーマでした。 なのにこの特集だけはどうしても描きたかったのです(笑) ■運動神経が良くて、絶体絶命な演技が得意!? まず真っ先に浮かんだのは、 スタントマン ! 運動神経が良く、とにかく登るのが大好き。 子ども用のボルタリングもグングン登ると保育園でも評判なんです…。 普通親なら、運動神経が良い子ならスポーツ選手かしら? と考えるようなものですが、息子はなぜか…昔から「謎の演技」が大好き。 それがこちらです。 いつも危機一髪 。 なのでスタントマンしか思いつきませんでした。 私が助ける側を演じるわけですが、もぅ何回やらされたかわかりません。 とにかく暇さえあれば、 崖っぷちで助けを求め、命からがら生還する男を演じる わけです。 ちょいと私がコーヒー飲みながらブレイクタイムをとろうもんなら、すぐ隣は崖っぷちになり「緊急事態」が始まるわけです。 一体なにから得た演技なのか、私もわかりません…。 「ファイト~~! 一発~~!」でおなじみのCMは見たことがないのに…。 が、息を切らして汗をぬぐう姿はなぜかいつもまぶしいのでした。 ちなみに、このときの私の演技なのですが、簡単に助けると最初からやり直しになります。 「最後の力を振り絞って手を伸ばす…」という演技力を求められる ので、息子は多分完成度にこだわるんだろうなと思います。 でも命の危険があったら怖いので、できれば安全な職に就いてほしいです(笑) ■モノマネ大好き! 芸人も向いているかも? そんなユーモアたっぷりな息子、実は芸人が向いているんじゃないかと思うこともしばしば。 なぜなら彼は、 大の「モノマネ」好きだから です。 最近のお気に入りはポケ〇ンのミュ〇ツーのモノマネです。 すごい真剣にモノマネをする姿に、何度も笑わされました。 人が笑うのがうれしいのか、一度笑ってもらったものは何度でもマネをします。 保育園の先生が言うには、園のお友達にも披露しているようなんです。 そのたくましい芸人魂… 大人になってから活躍したりして… いや、どっちかというと売れなくて貧乏生活するんじゃないかと少々心配になります!! なんてったって芸人で売れるのなんて一握りですからね! 正直、苦労が目に見えていかるらやめてほしい… でも「かわいい子には旅をさせろ」というように、彼の夢を応援すべきか… 今から悩みます(笑) ■こんな息子にピッタリな職業とは? 母の妄想が炸裂! ユニークな変顔が得意、場を和ませるムードメーカー的存在な上に、歌も上手。 大げさすぎるほどの演技が好きで、替え歌なんかを作ったりする遊び心もあるし、工作や粘土も得意ときたもんだ。 しかも運動神経は良くて… あれ… そんな才能を持ち合わせた天職が、身近にあったような…? 母の勝手な妄想は膨らみ続け、最終的に行きついた人物像は… 本当にもう、ただただ親バカですみません(笑) しかも「or」って、めちゃくちゃ欲張りな二択ですよね(笑) 芸人さんに対して「一握りだから…」と謙虚に心配していた気持ちは、どこに行った? というほど壮大な夢を描いています。 でも息子の将来の姿が、 「子どもたちを喜ばせるために歌や踊りを披露する姿」 だったらステキすぎませんか。 将来息子がステージに立つ日がくるとしたら、後ろの方の座席からひっそり見るでしょう…!! (本当は最前列に座りたいけど、子どもたちや息子自身がパフォーマンスに全力を出せなくなっては困るのでやめておく) そして、うれしさに号泣すると思います…! 親バカ満載の私の妄想劇にお付き合いいただきありがとうございました! 私の願望はともかく、本人がやりたい!と思うことがあればなんであっても応援できる親でありたいなと思います!
2019年12月29日こんにちは! ねここあんな。です! 今回のテーマは「思い出に残るクリスマス! わが家のサンタクロース事情」ということですが… そういえば私がウーマンエキサイトさんで初めて描かせていただいた記事も「サンタさん」についてでした。 あれから一年の月日が経ったのかと思うと、恐ろしいほど早く感じます(笑) しかもちょうど30記事目ですって。 大人になってからの一年って不思議と早く感じますねぇ…。 去年は息子はまだ1歳だったので、私の過去の話を描きました。 現在息子は2歳9ヶ月。 「サンタさん」という存在をどれぐらい認識しているかと言うと~… プレゼントをくれる存在ということは、なんとなくわかっているようです! なので今年は多分、初めてサンタさんからのプレゼントが贈られるのかなぁと企画中…。 今年の反応を、来年のこの時期にお披露目出来たらと思っています! ということで、またしても「私の過去の話」をご紹介したいと思います。 それは… 「サンタさんの存在、何がきっかけでわかっちゃった??」 という話です。 夢を抱く心は大事にしてあげたい。 でもいずれ正体がわかるときは来る。 難しい問題ですよね。 今回は私の経験した「正体が分かった瞬間」のお話をしたいと思います。 ■サンタに正体があるの? 存在を強く信じていた幼い頃の私 最初に 「正体」 について触れたのは小学3年生のときでした。 私はだいぶ子どもっぽい子だったので、こんな出来事があっても信じていました。 同じ学年の少し大人っぽい友達に、ストレートに言われるのでした。 その時は「よくわからないことを言うなぁ…」ぐらいにしか思っていませんでした。 しかし月日が経つうちに「サンタの正体とは」という話題が、友人や家族の間でたびたび上がるようになるのでした。 その年頃でようやく 「サンタに、正体が、あるの…??」 という思いになったのを覚えています。 完全に信じていた私にとって「正体」について話題になること自体が、少しショックと言うか怖く感じていました。 違和感を感じたのは、ふたつ離れた兄と父が話しているときのことでした。 それは兄が小学6年生のとき…(私は小学4年生でした) お兄ちゃんもお父さんも「正体」を知っているの…? という衝撃的瞬間でした。 あの時のふたりの後ろ姿は、今でも覚えています。 今思えば、父ももう少し私が聞いていないところで話してほしかった気もします(笑) ちなみに余談ですが、「まったく伝わっていなかった私の欲しかったオモチャ」は当然用意されることはありませんでした。 「親に伝わらなくても、サンタには伝わるから大丈夫」という発想から、親にちゃんと伝えていなかったんです。 本当に心から信じていたんだなと思います。 結局その年にもらったサンタからのプレゼントは、お菓子の詰め合わせになっていましたが、それはそれで喜びました。 ■ついに訪れた決定的瞬間! サンタの正体とは それでもこの時はまだ「疑惑」が浮上しただけで、はっきりと両親と結びつくこともありませんでした。 そして 小学5年生の冬、私は決定的瞬間を見てしまう のでした。 なぜか嘘をつく母。 何か買い物したってごまかせばいいのに「行ってない」と言ってしまう、嘘が下手な母… 当時明るい茶髪でバブリーなパーマがかかった母の後ろ頭を間違えることは、まずあり得ませんでした。 なんだか怪しさが漂います…。 そして来たるクリスマス当日。 その年に何を願ったのかは忘れてしまいましたが、テディベアではなかったことは確かです(笑) 点が線になっていく感覚 でした。 当時はネットでおもちゃを買う発想もなかったので、街で調達していたんですよね。 今はこんな形でバレてしまうこともなさそうですが… こうして 私の中にひとつの「答え」が出てしまった のでした。 ただ、その時の私の反応ですが、親の手前「サンタさんからもらった~!」という子どもらしい反応を貫いてしまいました。 親から見たら「まだまだ子どもっぽいのね」という印象だろうし、そうであってほしいという思いが伝わってきたからです。 たしか小6の時も同じように何かもらったような気もしますが、「サンタさんがきた~」という演技をしていました。 父に「あれ? まだ信じているのか?」と言われてなんだか傷ついたのを覚えています。 親のために選んだ反応だったのに… (笑) でも私は本当に子どもっぽくて迷信とか信じるタイプだったので、誰かから伝えられることなく自分の中で正体を理解したのは良かったと思っています。 皆さんはどんなふうにサンタの正体を知ってしまったのでしょうか。 サンタさんには楽しい思い出とともに、苦い思い出もつきものかもしれませんね!
2019年12月19日こんにちは! 体力満点の息子に毎日振り回されっぱなしの、ねここあんな。です。 今回はそんな元気いっぱいの息子の「寝かしつけ事情」について!! 息子の寝かしつけには散々苦労してきました。 それは、 1歳になったあたりから「昼寝なし」があたりまえ になってしまったこと。 一番しんどかった頃は、朝7時に起きて、昼寝もなく22時就寝という生活が続いていた頃でした。(しかも必ず、午前か午後には外に遊びに行っていました) たとえ午前中に公園や支援センターに行ったとしても、帰りの車で寝ない! きっと車の中で寝てくれる、そう期待していただけに毎度ショックが大きかったです。 運よく昼寝を1時間ぐらいしてしまった場合、23時~0時に寝るなんてこともありました。 それはそれできつい…。 正直 「寝かしつけ」は当時の私には苦行 でした。 もちろん「部屋を暗くする」「テレビはつけない」など努力はしているのですが、それでもなかなか寝ついてくれなかったのです。 ■「昼寝なし22時就寝の息子」が保育園でお昼寝をし始めたら… 現在はと言うと、今年の夏から保育園に通い出したことでお昼寝を挟むように。 あの息子がお昼寝をしている…だと…!? どうやらみんなと一緒だと眠りやすいようなんです。 ということは、いくら保育園で活動しているとしても、夜の寝つきは悪くなるのでは… 恐れていたことが見事に的中!! お昼寝を挟む習慣ができたことで、夜21時前後は眠そうなそぶりも一切しなくなり、元気いっぱいです!! きれいに2時間ずれ込んで、 23時寝が定着してしまいました…! これには秋ごろから頭を抱えていました… しかも絶賛イヤイヤ期中なので、 「寝室にいかない」「遊びたい」「部屋は明るくして」「歯を磨きたくない」 と、 “眠り”を連想させるものへの反抗がすごい です(笑) ■我が家がたどりついた対策と、効果絶大な寒い時期の必需品 それでも我が家なりに行きついた対策としては… 夫だけリビングにいると「だったら僕もここにいたい」となってしまうので、みんなで寝室へ行きます。 それでも大抵は「まだ遊んでいたい」と拒否されるので… 「寝室におもちゃ持って行っていいよ」と話してもなかなかいうとおり動いてくれなかったのですが、なぜか 「箱におもちゃを入れる」 という動作になると、がぜん張り切る息子。 「今日の選抜メンバー」を考えるのが楽しいのか、複数持っていけるのがうれしいのか… さらには 布団で秘密基地 を作ってみたりしてます。 寝室で遊ぶようにすれば、とりあえずリビングよりは眠りに近づける気がしています。 寝室で1時間遊んでしまうこともあるんですけどね!!!(涙) しばらく遊んであげたのち、「寝よう」と私が言うよりも、「ショベルカー君、眠くなってきちゃった…! 布団入ろうぜ~~」とアテレコをするとアラ不思議。 息子も 素直に布団に潜り込んでくれます 。 ちなみに蛍光灯の電気だけは「目がさえる」と聞いたことがあったので消しています。 真っ暗だと息子も見えないと騒ぐので、せめてオレンジ色の照明だけつけてあげています。(息子と一緒に眠るときに、真っ暗にしています) さらに! ここ最近寒くなってきてからの必需品はこちら! 熱湯だけ入れてしまうと布の上からでも熱すぎることがあるので、抱っこし続けていても熱すぎず気持ちいいぐらいの温度にしています。 これがビックリするほど効果抜群! 息子は 抱きかかえて寝てしまうことが増えました!!! ■息子のために、自然に整った“夫婦の役割分担”と“生活リズム” あとここで疑問なのは、一緒に来たはずの夫はどこへいった? ということです。 実は… 一緒に2階へ上がるのですが、歯ブラシが終わったらおやすみと挨拶してリビングへ戻っています。 つまり寝室へ移動するときだけ手伝うので、この時間、 「夫は自分の時間を楽しんでOK!」 と決めました! というのも夫は、寝かしつけを担当させても、息子が遊びたいと興奮してしまう(笑) もしくは息子より先に寝てしまうので戦力外(笑) なので一緒に寝てしまうぐらい息子が疲れた日(お出かけしてお昼寝しなかった日など)でない限り、寝かしつけや夜中起きたときの対応は、ほぼ私がやっています。 でもその代わり… 朝ご飯の用意は夫に担当してもらっています! 役割分担を決めたわけではないのですが、私が23時ごろまで寝かしつけをしているうちに、おのずとそうなっていきました。 母業は夜勤で働いているのと変わらない 、と私は個人的に思っています。 急に起こされたりもしますしね。 だから朝ごはんの準備は完全に任せています。 これは忙しい朝にはとても助かります!! これで朝は私もゆっくりできる…と言いたいところなのですが、上記のことをやってもようやく22時就寝でした。 しかも毎度私も一緒に寝落ちしてしまうんです。 このままでは私も自分の時間の確保ができない 。 そう思って、最近では 親子で朝活始めてみました! 朝が超絶苦手だったんですが、自分の趣味に費やせると思えば寒くても布団から一歩出られるようになりました。 自分時間を1時間楽しんだら6時~6時半には息子を起こします。 朝が早いから、 息子も私も夜の21時半には寝るように なりました。 「がんばったら、夜の自分時間がご褒美」だと、手に入らなかった時とっても悔しいじゃないですか…。 たぶんそれが今まですごくストレスだったんですよね。 でも 「まずご褒美に自分時間を過ごしてから、1日がんばる」というリズム にしてみたら、なんだか 達成感と言うか充実感で満たされるように!! (すごく単純!) 私が本気で寝ていると息子も眠りにつきやすいようなので、 「寝かしつけ」というより「一緒に寝る」 が一番楽かもしれません!
2019年12月10日こんにちは! 2歳9ヶ月の息子が大好きな、ねここあんな。です! 今回のテーマは「子どもたちの家庭学習」ということですが… 息子はまだ2歳。 もちろん勉強は早いと思っています(笑) でもこれから先、きっと私たちは 「勉強しなさい」と言う親にはならない と思います。 …というのも、私たち夫婦は子どもの頃「勉強しなさい」と言われたことがなかったのです。 ■親から勉強しろと言われたことのない私たちが大切に思うこと 夫は、親から勉強しろと言われないのを良いことに宿題を一切せず、木登りなどをしていた子でした。 それでも学ぶことは楽しかったらしく、授業だけは真面目に聞き、中学で学年1位の成績をとったことがあるほど頭が良かったらしいです。 私はというと、親から勉強しろと言われないのを良いことに、一晩中絵を描いているような子でした。 さらに国語、体育、図工以外の成績は非常に悪く、勉強も嫌いでした。 それでも両親は「算数の点が悪くても、作文や体育、そして絵ができるなら素晴らしい」と一緒になって喜んでくれていました。 同じ「勉強しろと言わない親」に育てられたとしても、結局本人のやる気次第なんですよね。 そんな幼少期を経て私たちが知ったことは 「勉強とは“勉強をしなさい”と言われてすることではない」 ということ。 だから息子には「さまざまなことに興味を持って、“知りたい”と思う好奇心が養われるといいな」と思っています。 それに「勉強」や「学習」というのは一概に「机に向かってするもの」だけではないですよね。 感性が磨かれるといいな、という思いを込めて 「息子にはいろいろな体験をさせてあげたい!」 というのが私たち夫婦の持つ考えです。 私が絵を描く道を進んだように、 息子にもいろいろな体験の中から進みたい道を自ら選び、歩んで欲しい と思います。 ■料理や農業、さまざまな体験が与えてくれる“学び” 「体験」といってもそこまで特別なことはしません。 例えば一緒に料理を作る! 簡単なことだけをやってもらうんですが、一緒に台所に立つことは、ただおままごとをやるよりも学びが多いと思っています。 これをやるうちに「これはニンジンさんだね!」「これはなぁに?」「ハクサイさん??」とたくさんお話をします。 ニンニクの匂いが強烈だったり、水が冷たかったり… それがこの時間に大切なこと。 五感を使って、食材のこと、料理のこと、何か得るものがあったらうれしい です。 ちなみにこの時間、楽しいようで、親は結構大変です(笑) 「きっくんもこれしたい!!」などが出てくると私も気が気じゃありません! それでも危ないことは「危ないんだよ」と教えることもひとつの学びなのかなと思っています。 なので時間に余裕があるときにしかできませんが、今では役割分担も把握してくれているみたいでヒヤリハットなことも減りました。 ようやく 肩を並べて台所に立つことを幸せに感じるようになりました 。 さらには、少し遠出をした先で農業体験をしてみたことも。 身体で感じるおべんきょう! そう思って参加してみたのですが… これは親も勉強になりました!! お芋や大根を採ってきたのですが、大根には赤い大根や丸い大根なんかがあって、それぞれ個性が違うんです。 どんな見た目をしていたらおいしい野菜か、とか、食材によって向いている料理の違いなど… 私自身すごく新鮮でした。 野菜たちが畑で育つこと、土から引っこ抜くこと、家族で協力すること 、などなど息子にとって体験が勉強になっていればいいなと思いました。 ■水族館や動物園、鉄道博物館などで育まれる好奇心や探求心 それと、息子を喜ばせたい、いろいろ知ってもらいたい、という思いから水族館や動物園に行くようになりました。 そういった場所もある意味、「家庭学習」ができる場だと思っています。 というのも、「魚の切り身が泳いでる」と思う子どもが増えている…、みたいな話を聞いたことがあって(笑) スーパーのお魚さんやお肉さんたちの本当の生きている姿は、ちゃんと見て理解して欲しいと思っています。 そしていつか 「いただきます」や「もったいない」の意味をわかる大人になって欲しいな と思っています。 出かけた先だとおのずと親子の会話も増えるし、会話自体が2歳の子には勉強なのかもしれません。 最近では鉄道博物館に行ったり、実際に電車に乗って遠出するのもお気に入りなようです。 労力はいりますが、 息子の興味が湧いているものをより深めることで出てくる単語もずいぶん増えた 気がします。 新幹線のことを「あーきっちょ」と呼んでいた息子がいつの日からか、「N700Aのぞみ」と新幹線の種類なども教えてくれるようになっていました。 もちろん机に向かって学ぶことも大切だとは思いますが、それだけでなく 「これはなぜこの形なの?」「どうやって作られているの?」「自分でも作れるの?」といった好奇心や探求心が養われること が願いです。 その手助けをしてあげるためにも、いろいろな体験をさせることが 我が家の「家庭学習」 かなと思いました!
2019年11月30日こんにちは! 2歳のきっくんと毎日バタバタと奮闘しているねここあんな。です! 今回のテーマは「育児中の体調不良地獄!」ということですが… うちの場合、夫婦で実家から離れているため体調不良になるとかなり厄介です。 ご近所やママ友などとの付き合いもないわけではありませんが、体調不良のときに連絡を入れることはまずしません。 最終手段としては、私の実家が片道1時間ぐらいなので、熱が出て立てないぐらいの状態になったら呼んでいます。 が、 一番大変なのは「助けを呼ぶほどではないけど、体調が悪い日」 です。 がんばれば動ける、仕事を休むほどじゃない、そんな日が案外一番しんどい気がします。 今回は 「風邪の引き始め、悪化を防ぐ我が家の対策法」 をお教えいたします!! ■誰かが風邪を引いたら「明日は我が身」と思ってみんなで就寝! 思い返せば今年の夏は家族のうちの誰かが、しょっちゅう風邪を引いていました…。 息子が風邪をひくと、翌日決まって風邪を引く夫。 本当に不思議でしょうがないのですが、私よりも先に風邪を引きます。 看病していたのは私なのに…、なぜ…。 家族のうち一人でも風邪を引いたときの対策として我が家では… 家族のうち一人でも風邪を引いているときは、 「明日は我が身」 という思いでいつも以上に健康に気を配るようにします! だから就寝時間も一緒! なるべく みんなで寝室に行く ようにしています。 …しかし息子が寝てくれなければ、私も眠ることはできません。 息子はせきや鼻づまりなどでなかなか眠ることができず、私は夜も当然看病…。 母業は24時間労働だと痛感するのはこんなときです! そして最後は私も必ず風邪を引きます。 ■食べて治す! 我が家の最強料理とは? 私が風邪を引いたときには、夫の出番です。 早めに帰って息子とお風呂に入ったり、夕飯を作ってくれます。 仕事が休みの日には、夫が3食作ってくれることもあり… やはり家族の助けは本当に助かります!!! まぁお風呂と料理以外のことはあまりしないんですけど(笑) 料理は買えるんだから、溜まっていく洗濯やゴミ出し、育児の方がやって欲しい…。 っていうのが本音ですが、そこはお風呂と料理をしてもらっている以上文句は言いません!(笑) そんな料理が得意な夫の、 風邪対策料理は餃子! 我が家は誰かが風邪を引いたら、とにかくニンニクとショウガを摂取することにしています。 野菜と肉と炭水化物をバランスよくとれる、餃子は最強料理と呼んでしょっちゅう作ります。 風邪のときこそ、食べて治す!です! ■「すぐ病院に行かない!」が悪化させないコツ!? あと我が家の風邪対策は… うちの場合、重い症状がない限り すぐに病院へ行きません …。 上記のことをして、家に常備している薬や漢方なんかを飲んで、それでもなかなか熱が下がらないようなら病院に行く。 だって子連れで診察に行くって本当に大変じゃないですか。 しかも自分の体調不良ということは、息子は元気いっぱいなわけです。 それでももし病院へ行かなくてはいけないほど体調がすぐれない日は… なるべく人との接触を避けます! これは私が診察のときに限らず、息子が風邪のときにも実行しています。 これは別の人に風邪をうつしてしまう&うつされるのを防ぎます! だいたい初診から予約可のところは少ないと思うので、 事前に調べておく必要がある と思います。 さらに息子と一緒のときは車に長居できるように、あらかじめDVDプレーヤーや多めのDVDを用意。 あったかい飲み物やお菓子なんかも置いて、 映画館ごっこ をして過ごします。 もちろんエンジンは切って待ちましょうね! エアコンがつかないので、私は後部座席に移って息子を抱っこしたり毛布にくるまったり。 寒くならない、少しでも自分が楽をできる工夫をします。 そして帰宅後は… そこまで急がなくても…と思われそうですが、 これには息子のイヤイヤ期が絡んでおります。 息子は手洗いをしたがらず、家に帰ってから「手ッテ洗わないよ~」とリビングへ行ってしまう…。 病院帰りはいつも以上に、ばい菌がたくさんついているはずなのに…。 そんな手で家の中のものや食材に触って欲しくないのに、 「手を洗わない」「お風呂に入らない!」などでイヤイヤ~とされ、心身ともに疲労困ぱいしたことが何度もありました。 そこで家に到着してすぐに抱っこのまま “当然のようにお風呂場へ連れて行き、お風呂場で遊ばせながら服を脱がせる” という行為に至ったわけです。 「通常運転」というように、まるで何事もなくお風呂場へ連れて行くのがポイントです(笑) 休めない母業… だからこそ風邪は引きたくない!! そう思っていても、息子が風邪を引くと必ずと言っていいほど私にうつるようになってしまいました。 なので、せめて風邪がズルズルと長引かないためにも、 「引き始めが勝負」 と思っています! 予約制の病院がどこにあるかなど、あらかじめ調べておくことをオススメします!
2019年11月20日こんにちは、ねここあんな。です! 前回、「おばあちゃん」「ばあば」などの呼び名に苦しみ、人に言えない憂鬱(ゆううつ)を抱えていた私の母の話をしました。今回はその続きになります!! ▼前回までのお話 “友人のような関係”だった母と私が親子喧嘩したことをキッカケに、母が長年抱えていたトラウマや葛藤が明らかに。若くして「おばあちゃん」となった母は、「おばあちゃん」「ばあば」と呼ばれることに戸惑いながらも、「理想のおばあちゃん像」を追い求め、自分を苦しめていたのでした…。 「おばあちゃんって呼ばないで! 若くして祖母になった母の心の叫び(前編)」【息子愛が止まらない!! 第24話】 ■「ばあば」と呼ばれたくない自分を隠し、理想像を求めた母 母は気づかぬうちに、 「おばあちゃん=優しくてなんでもにっこり話す」という理想像 を描いていました。 その理想像に近づくため、母は自分を出さないようになっていました。 私が出産するまでは、何でも悩みを話す友達のような親子だった私たち。 孫が生まれて幸せ! な傍らで実は「おばあちゃん」という立ち位置に戸惑う母…。 とはいえ娘の私に、 まさか「孫ができて、おばあちゃんと呼ばれるのがつらい」なんて話せなかった そうです。なぜなら孫の存在を疎ましく思っていると捉えられたら、悲しいから。 (もちろん母が孫の存在を否定するような気持ちはみじんもないのですが、娘家族には悟られてはいけない悩みだと思っていたそうです。) それを言えずに丸2年がたち、家族からも「ばあば」呼びが定着していました。 そして「おばあちゃん」「ばあば」と呼ばれるうちに母は「おばあちゃんだからこうあるべき」と、自分ではない誰かになっていったというのです。 「懐の広いおばあちゃん」としての見栄があったのだそう。 しかも一度掲げた看板はなかなかおろせなかったのです。 自分の気持ちをだましていくうちに、だんだんと疲れていった と、母は話していました。 ■娘との喧嘩をキッカケに気づいた自分の本当の気持ち そこへきて、私たちが「実家に泊まる」と言い出します。 娘家族のために部屋を一生懸命掃除をしているうちに、ふと気がつく…。 そう気がついた時に、 母の心は叫んだ 。 その勢いで、親子で衝突したわけです。 結果、今まで言わないでいたことを、ようやく言うことができたのだそう。 もちろん喧嘩の内容自体は私たちにも原因があったので申し訳なく思い、お互いルールを決め一件落着しました。 が、母の感情が爆発したのは、実は人に言えない憂鬱を抱え続けていたことも原因のひとつでした。 憂鬱が積もりに積もって、「喧嘩」という引き金を引いてしまったのだというのです。 その憂鬱こそが 「私をおばあちゃんと呼ばないで!」という心の叫び でした。 たしかに以前までの「言いたいことを言えない母」は、正直私の知っている母ではありませんでした。 何か違和感を感じていましたが、理由がわかりすべて納得しました。 ■自分の気持ちを認めたことで、元の姿に戻った母 その後… 「自分は自分! おばあちゃんというイメージなんか捨てちゃえ!」 そんなふうに意識を変えることで、悩みは晴れたようです。 ただ、人に伝えられずに一人モンモンとしていたことも良くなかったのかもしれません。 打ち明けてからの母は、憑き物が取れたようになんだかハツラツとしていました! ちなみに「まだまだ現役でありたいから」という理由で、母は家族に「ばあば」と呼ぶのをやめてもらいました。 現役であり続けたいからこそ、日々の体力作りや食生活などに気をつけている母。 だから、周りがモチベーションを下げる発言はやめてね、ということです。 私たちもよく母親になってから「〇〇ちゃんのママ」だけでなく、「○○ちゃんのオバちゃん」なんて呼ばれることもありますよね。 名前で呼ばれないと、自分じゃなくなるような何とも言えない感覚… それに「○○ちゃんママ」ならまだ良いけど…「オバちゃん」はやめて欲しいなぁ…なんて思ったことないですか。(私だったらやっぱり「オバちゃん」って呼び名は嫌です!) それがさらに「おばあちゃん」になるわけですから、戸惑うのも無理はないのかなと思いました。 ■初めて気づいた、自分の母世代の持つ悩みや葛藤 今回のことで、もしかしたら 私たちの母親の世代も似た悩みを抱えているのかもしれないなぁ と気づかされました。 ちなみに私の母と私の夫の母(義母)は頻繁に電話をする仲なのですが、同じ気持ちを抱えたことはないだろうか…と思い、母が最近勇気を出して聞いてみたところ… …やっぱり?? 気軽に「ばあば」って定着させていたけど、心の隅では抵抗があったことを知りました。 今度から私の口から「ばあば」って言うのはやめようかなと思いました。 そして、私の母はというと、今となってはすっかり、ジムにヨガに英会話になど自分磨きを楽しんでいます。 勝手な「おばあちゃん」イメージに振り回されていたときの母よりも、 「自分を大切にしている母」の方がステキ だなと思いました! 衝突自体は必ずしも良いものではありませんが、母が素直に生きることのキッカケになったことは良かったと思いました。 また、母の世代は、実は打ち明けられないだけで本当は悩みや葛藤を抱えているという方もいるのかなと思います。 世代が違うからこそ、少しでも気持ちを理解してあげることで傷つく人も減るのかも… そう思って記事を書かせていただきました!
2019年11月12日こんにちは、ねここあんな。です。 今回は、3話連続でお伝えした『私と母の“友人のような親子関係”』の「番外編」というか…、私の母側の気持ちについて少し焦点を当ててお話ししたいと思います。 ▼「私と母の“友人のような関係”」 前回までのお話 私と母の“友人のような関係”に、この夏トラブルが発生。実家の宿泊をめぐって私が母の地雷を踏んでしまったことで、親子喧嘩に。しかし、これがキッカケで長年母が抱えていたトラウマが明らかになり、お互い思うことを素直に伝えられたことで、仲直りすることができたのでした。 私と母の"友人のような関係"が起こしたトラブル(1) 私と母の"友人のような関係"が起こしたトラブル(2) 私と母の"友人のような関係"が起こしたトラブル(3) というのも、なぜこんなにも母は「がんばってしまっていたのか」という点です。前回の記事では、母のトラウマが理由と書きましたが… 実は、もっと前から秘められた大きな理由があったというのです。 「自分じゃない誰かを作り出していた」そうで、「その誰か」になることで気づかないうちに、自分自身を苦しめていたかもしれないと母は話していました。 そしてそれは、 ある日突然「ばあば」「おばあちゃん」という存在になったことが原因だった のです。 ■“おばあちゃん”と呼ばれることで感じたプレッシャー よく女性は子どもを産むと「○○ちゃんのママ」という名詞で呼ばれることがあります。 その呼び方に「私の名前はママじゃない!」などと違和感を覚える…といった記事はよく目にすることがありました。 母の場合、「おばあちゃん」という呼び名が、戸惑いを与えるものだったのです… まずその呼び名は、母を「こうあるべき」と気負いさせてしまうのでした。 そんな あたたかい存在でいなくてはならない 、そう自分で自分を追い込んでいったのでした。 周りからも「おばあちゃんなんだからこうあるべき」というプレッシャーがあり、母は気づけば「頑張らなきゃ」と必死になっていました。 今思うと、「自分さえ我慢すれば平和になると、自己犠牲に陶酔していただけ」と母は話していました。 たしかに以前の母なら、私に対して言いたいことがあればストレートに伝えてくれました。 私もその場で言いたいことを言う。だから仲良くやってこれたんだと思います。 その母が、私に子どもが生まれてからストレートにものを言わなくなりました。 すべてを許す。そんな「いつもの母じゃない」母になっていたことに、私も不思議に思うところがありました。 そう思うと今回のトラブルは、そんな母のたまりにたまった何かが、私たちの無神経な行動によって爆発したんだと思います。 母は「我慢し続けるのはいけなかった。衝突したけど、結果的に良かった」そんなふうに話していました。 ■うれしいはずなのに心が痛む「おばあちゃん」という呼び名 さらに母は 「ばあば」や「おばあちゃん」という呼び名そのものにも抵抗があった と言います。 特に母は若くして兄を、そして私を産み育ててきました。 しかも母はスタイルが良く、周りからも「お母さん若いね!」と幼少期の頃はよく言われていました。 そんな母は、私にとってもどこか自慢でした。 しかし、突然周りから「おばあちゃん」と呼ばれることで、母は「私はオバアサンになったんだな…」と、複雑な心境に。 もしかして心のどこかで傷ついていたのかもしれない、と言います。 かわいい孫の口から、私を認識して「ばあば」と呼ぶ声がする。 すごく愛しい。 うれしいはずなのに、なぜか心のどこかが痛む…。 しかし、母はこの年齢ならではの憂鬱を人に話せなかったと言います。 「いつまで若いと思っているんだ?」「あなたは孫もいて幸せなのに、そんな考え持つなんてひどい」 そんな声が聞こえてきそうで誰にも打ち明けられなかったのです。 複雑な思いの中、葛藤と闘いながらも「今」を受け入れていくうちに、自分じゃない「誰か」を作り出していたのでした。 母は長いこと、戸惑いを隠していたのでした。 体力や気力の衰えは自覚しているけれど、周りに悟られたくない。 そんな自分は、見栄を張っていたんだと母は話します。 だけど、もしかして女性ならわかることじゃないかな、と私は思いました。 「若い」と言われたら、やっぱりうれしいし、気持ちまで若返ると思うんです。 でも逆に周りから「おばあちゃん」扱いされたら? やはり身も心も、なんだか老けていくような気がします。 そして今回の喧嘩をきっかけに、母の中にも心の変化がありました。 長くなってしまったので後編に続きます!
2019年11月06日こんにちは、ねここあんな。です! 今回はまたまた前回の続き、私と母の「友人のような関係」第3弾です! ▼私と母の“友人のような関係” 前回までのお話 「まずい! 母の地雷を踏んでしまった? ~ 私と母の"友人のような関係"が起こしたトラブル(1)~」 「もう頼らない! 私が母と衝突して出した悲しい決断 ~ 私と母の"友人のような関係"が起こしたトラブル(2)~」 ■お互いに我慢して言えなかった本音 再び地雷を踏んでしまったことで私の中の本音もぶつけました。 今までの私は母に対して、言いたいことを言おうとすると何となく我慢してしまう傾向がありました。 たぶん言った後の反応を勝手に考えて、余計にややこしくなるのを避けたかったのです。 自分が黙っていればこの場がいつか落ち着く 、そう思っていました。 翌朝、母からメールが届いていました。内容は長文でしたが、こんな感じでした。 正直なところ、母は「家に着くのが2時間早まったこと」に対しての怒りはなかったのだそう。 それはただの口実で、本当は以前から疲れていたというのです。 というのも、実は私たちの知らないところで母はいろいろ気遣ってくれていたのでした。 言いたいことを言おうとすると何となく 我慢してしまう傾向があるのは、母も同じ でした。 母の「掃除をしたい」と強く思う気持ちの裏側にはこんな理由があったのでした。 ■初めて明かされた母のトラウマと、私たちへの想い それは私の兄がまだ赤ちゃんだった頃… あのトラウマは孫の代にまで続けてはいけない。 そう思って私たちが遊びに来るときは、私たちの想像を超えるほどの掃除をしてくれていたんだそうです。 全ては現在飼っている猫ちゃんの毛から、 孫のきっくんを守るため でした。 ちなみに「それなら猫を飼うな」という声が聞こえてきそうですが、うちは兄が大きくなるまではペット禁止! の家でした。 だけど兄が中学生になり、部活動も始めだいぶ体力がついてきたころに親のいない子猫を母が見つけ… 兄の部屋だけ出入り禁止で飼い始めたのです。 母は部屋の掃除と「兄の部屋に猫を入れない」ということは徹底しており、兄が実家にいた頃もひどい発作が出ることはありませんでした。 そんな努力も知らず… 夫と私の父は仲が良く、私たちが泊まったあの夜、家に帰ってからも話に夢中になっていました。 母は普段から、娘の夫の気配りなどに大変感謝していることもあり、その場では言えなかったそう。 しかもこの数時間後に、私も外から帰ってきてホコリなどを家に入れてしまうのでした。 …そんな私たちの行動に限界を感じていた母。 「せっかくキレイにしたのに」「めちゃくちゃにされる」とまで思わせてしまっていた原因は、こういった私たちの無神経さでした。 自分たちが原因を作ってきたことをやっと自覚した私たち。 心から反省し、そして、母に謝りました。 ■母の想いを知り、あらためて見つめ直した私と母の関係 お互いがより良く過ごすためにも、もっと話し合わないといけませんでした。 そこで私たちはいくつかルールを決めました。 結局 話し合いが足りなかったのが一番のトラブルの原因 だったと思います。 そして私自身「甘えられない」と感じていながらも、 実はたくさん甘えていた ことに気づかされました。 ・友人のような関係を築いたつもりでも、親はいつまでも「我が子」と思い心配する。 ・家族と言えど、話し合わなくちゃ思っていることは伝わらない。 ・親であっても、ある程度の線引きはきちんとする。 今回、そんなことを考えさせられました。 もしかしたら他人よりも難しく、友人よりも悩ましい存在が「親」なのかもしれません。 親にとって「子」の存在は、今も昔も変わらず心配の種なんだと思います。 だけど、きちんと話し合えば仲直りだってできるし、 だれよりも強い味方 でもあります。 今回は衝突したおかげで、伝えたいことも言い合うことができ、より良い親子の関係を作ることができました! 「喧嘩するほど仲が良い」という言葉は、親子にも適した言葉なのかもしれません。 最後におまけの一枚。 ということで番外編として「ばあば」という存在に焦点を当てて、次回描きたいと思います!
2019年10月23日ウーマンエキサイトのみなさん、こんにちは! ねここあんな。です。 私と母の「友人のような親子関係」について、 前回 の続きです! 【 前回 のお話】 母と私の“友人のような関係”に今夏、トラブルが発生。実家に親子3人で泊まりに行った1週間後、再び泊まりに行きたい旨を連絡すると、母は「いいかげんにして!」と言うのでした…。 ■あらためて知った母が私のことを心配する気持ち 同窓会のときの一泊から一週間、「また泊まらせてもらいたい」と申し出た私に母はこう返すのでした。 前回の同窓会で、私は久しぶりの飲み会に羽目を外し、母に連絡を入れずに帰ったのでした。 でもそれは若い頃から「連絡を入れなくても気にしない家庭だったから」。 出発前に、「一次会で戻るね」と言っていた私。 本当に一次会だけの参加だったのですが、会場を移動しなかっただけで同じお店で長めに飲んでいたのですよね。 いつもなら息子が心配で何度も携帯を確認するのですが、その日は実家のみんなと外食に出かけていたし、夫も母もいるので安心していました。 頼りすぎていたことを、あらためて反省 しました。 そのことを謝ろうと翌日連絡を入れると、怒りすぎてしまったことを少し申し訳なさそうに思う母がこう言うのでした。 甘えられないのと同じぐらい、「心配されている」という感覚が私にはありませんでした。 だから昔から、連絡の必要性を感じていなかったのです。 …が、これが母にはかなり疲れる要因だったのです。 そんなふうに心配されていたなんて思わず、私は自分が迷惑をかけたことを謝りました。 友人のような存在と思っていた母ですが、 母にとって私は、いつまでも「子」であったことを再確認 させられました。 その後、結局は「予定通り泊まってもいいよ」ということで落ち着きました。 ちなみに私たちもなぜそうまでして一泊したかったのかというと、次の日に朝早くから東京駅発の高速バスに乗り込みたかったのです。 埼玉の家を早くに出るよりも、都内の実家に泊まらせてもらえたら助かるという考えがあったのでした。 なので「お風呂やご飯などは一切用意しなくても良いので、ただ一晩寝かせてくれれば大丈夫」と、母に伝えていました。 でも、それも今思えば相手には迷惑だったのだと思います。 ■再び地雷を踏んでしまった! ほつれてしまった母との関係 私と母の関係は、一件落着に見えたようなのですが… トラブルが起きた直後だったので少し慎重に動こうと思い、夫婦で家を「出る時間」を話し合いました。 話し合いの末、22時出発になったことをメールで伝えておきました。 息子きっくんは寝かしつけに時間がかかるため、この時間に出発することは今まで何回かあったのでとくに疑問に思いませんでした。 …しかし、このやりとりがキッカケで、 母との関係がさらに泥沼化する ことになるとは思いませんでした。 やっちまったと思いました。 夫と「ねるじかん」と「でるじかん」で話がかみ合っていなかったのです…。 あぁたしかに今思えば、夫との会話がおかしいと思った… あの変な間は、そういうことか。 そんな思いが頭をグルグル。 このタイミングで予定より2時間早く出発するのは母がどう思うだろうか…。 でも夜遅いよりは早く到着したほう方が迷惑は少ないかな? と思い、ドキドキしながら連絡をしてみると… またしても地雷を踏んでしまいましたーーーーー。 ■もう頼らない! 爆発してしまった私の思い でも、私にも言い分がありました。 どうして自分はこんなにも相手の顔色をうかがってるのだろう?? とくにこの日はイヤイヤ期真っ盛りの息子に手を焼いていたので、そもそも正確な時間なんて読めなのに…! と やり切れない気持ちがこみ上げ… 「料理を用意してくれるわけでもないし」「お風呂だって気を遣って先に家で入ってから出発してるのに」「きっくんに朝から振り回されて、メールひとつ打つのも大変なのに」「子育てをしてきた人がどうしてそこを理解してくれないの?」そんな思いで頭がいっぱいでした。 このメールを最後に私は、 実家とは距離を置こうと決心 しました。 「誰かに甘える」ということは、その人の迷惑になる。 そう考えてしまうのは、受験や結婚、出産と節目のたびに、今まで何度も母と衝突してきたからでした。 頼らないと決めたとたん、 心にぽっかり穴が開いたような感覚に… ここまでは、「私サイド」のお話でした。 この後、ついに母の胸の内が明かされます。 なぜこうも私たちが泊まることで、母の感情が乱されていたのか… そして私たちがたどりついたお互いの反省点についても話したいと思います。 長くなりますが、次回に続きます!
2019年10月10日こんにちは! ねここあんな。です! 今回のテーマは「実家との付き合い方」ということですが… 実はちょうどこの特集が始まったときに、我が家はトラブルを抱えていたので少々ビックリ。 仲が良いようで…実は結構衝突の多い私の実家についてお話ししたいと思います! ざっくりと家族のことを説明しますと… 加えて母との関係はというと…例えるなら 「友人関係」 のようです! 「友達みたいでいいね!」と言われることもあるけれど、 「友達のような存在だからこそ、衝突してきた回数はすごく多い」 と思っています。 ■高校入学を境に、親子というより“良きパートナー”に さかのぼること10数年前、高校生の頃でした。 多分その頃までは私たちは「親子」の関係でしたが、私が高校に上がったあたりからその関係は少し変わりました。 こんな言い方が正しいのかわかりませんが、私たちは 「対等な存在」 になりました。 良く言えば気兼ねなく遊べる良きパートナーでした。 でも一方で 「親」と「子」ではなくなっていった 気がします。 家事も「なるべく自分で」という母の考えのもと、役割分担をするようになります。 もちろん母の役割の方が多いのですが、気がつけば 「友人とホームシェアをしている」 かのようでした。 というのも、この頃から兄は大学へ行き交友関係もあって家にいる時間は少なくなり、父も平日は基本的にいないのでほぼ母とのふたり暮らしだったのです。 お互いに譲り合ったり協力し合ったり、意見を言い合いながら生活をするのが当たり前に。 そんな不思議な親子の関係を築いたのち、私は大学入学を機に憧れのひとり暮らしを始め、家を出ました。 大学を卒業し、就職、結婚、出産と時は過ぎて… もともと母とはホームシェアしているような関係だった私にとっては、子育ての最中であっても親にはあまり甘えられませんでした。 本当に自分がどうしようもないぐらい具合が悪くならない限り、呼ぶこともありません。 出産のときでさえ、病院に来てくれると言われて驚いたのを覚えています。 それでも、地元で結婚式や同窓会があるときは、夜も遅くなるので実家に泊まらせてもらっていました。 それは私たちにとって 最大級の「甘え」 でした。 と言っても3~4ヶ月に一度(一泊のみ)ぐらいの頻度なので、そこまで多いわけではないと思っていたのです。 洗濯や食事も全て自分たちで用意するので、その一泊で母に負担をかけている感覚もありませんでした。 が、今年の夏にトラブルは起きました。 ■母の地雷を踏んでしまった! 一体なぜ? 地元で同窓会の予定が入り、参加することになりました。 その日は母の母、つまり私にとって祖母の誕生日。 実は、もともと母から誘われて泊まりに行った日でした。 私は同窓会へ。 私の祖父母と両親と夫と息子は外食へ…。 一見穏やかに済んだ日でした。 とくに衝突することもなく1週間がたち、再び泊まらせてもらう機会が訪れました。 前回の宿泊からまだ日が浅いのですが、実はこの日はそもそも1ヶ月ほど前から宿泊をお願いしていた日だったのです。 神奈川県の海で、私の友人が主催者側にいるイベントがあったのですが、埼玉の家を朝早く出るよりも、東京の実家から出発すれば朝の移動時間が短くなるので、立てた計画でした。 以前から伝えていた予定だし、毎年恒例行事だし、問題はないよね?? そんな気持ちで確認の連絡を入れたのですが… ついに地雷踏んでしまいました 。 長くなってしまいましたので、 次回 に続きます!
2019年09月30日ウーマンエキサイトのみなさん、こんにちは! ねここあんな。です! 今回のテーマは 「親になって強くなったなぁ」 と思うこと。 正直数え上げたらきりがないぐらい、強くなったような気がします…。 ■大嫌いだった注射も、蚊に刺されるようなもの? まずは 「痛み」 ! 出産を経験してから、明らかに「痛み」に対する免疫がつきました!! もともと子どもの頃からけがが多かったので、「けがの痛み」には耐えられる自信がありました。 が、注射だけは本当に大嫌い! 注射の針だけは怖くてしかたない!!!!! それにも一応理由がありまして…。 子どもの頃、血液検査をしたときに、腕はぷにぷにな上に血管が細くて見つからないという理由で何度も失敗されていたのです。 ただでさえ針を刺すということがこわいのに…。 私は注射針を刺されるたび、ただひたすらに目をそむけていました…。 さすがに 7回も失敗され、大泣きしました 。 その後、うしろで見守っていた女医さんが一発で成功。 さすがに私の腕に7回も穴をあけた(大げさ)男性を、子どもながらににらみつけた思い出があります(笑) のちの女医さんとの会話でわかったんですが、どうも新米さんだったようです。 新人の方の教育…という考えはわからなくありませんが、3回ぐらい失敗したら選手交代してくれ! と、思いますね。 がしかし、「陣痛」そして「出産」を経て私が得たもの…。 それは 「注射や採血なんて陣痛に比べたら蚊に刺されたのと変わらない」 ということ。 何様っという感じですが(笑) ついつい慣れ具合とか見てしまいます! 「失敗なんて誰にでもあるよね~」 「血管が細い人の練習台にしな~」 ぐらいのモチベーションでいられるようになりました! …なんて逆に相手にプレッシャーを与えていたりしたら申し訳ない話ですが…! ■苦手な幽霊や虫にも強くなった! そのワケとは? さらには幽霊ものや虫への免疫もかなり強くなったと思います! 昔からホラー漫画や映画は好きだったのですが、見た後にトイレへ行くのが怖い… なんて思ってた若い頃。 真夜中の病院で、共同トイレに行くなんて…昔の私では絶対にできませんでした! しかし親子同室の産院だったので、いつ赤ちゃんが起きてしまうかわからない状態。 「寝られる時に寝る!」「行ける時にトイレは行く!」 ということがどれだけ大切か思い知らされたのです。 そしてこんな場面でも強くなってきました。 もはや強くなったと言うか、かなりポジティブな思考になったような気がします。 「子どもの糧になる」 という発想があると、子どもの好奇心をつぶさないのかなと思います。 虫が苦手な私のせいで息子に「虫は拒むもの」という先入観を与えたくないんです。 そう思ってなるべく「平気!」という態度をとっているうちに、だいぶ克服しました! ■どんなこともポジティブに乗り越えられるようになった“親の強さ” …そのかわり、というか、親になってダメになったものもあります。 感情移入しすぎて「こんなこと我が子に起きたらつらすぎる!!」と、見たあと1週間ぐらい引きずるので見たいと思えなくなりました。 親になるって、趣味とか好きなものでさえも変えてしまう力があるんだなぁとつくづく思います! でもどちらかというと、趣味が変わったというよりは、どんなことも 「ポジティブに乗り越えられるようになった」 んだと思っています! そうじゃなきゃ毎日振り回されっぱなしになる育児ですから…(笑)
2019年09月19日ウーマンエキサイトの読者のみなさん、こんにちは! ねここあんな。です! 現在息子は2歳6ヶ月。今や家中を走り回っています。 そんな息子きっくんがおなかにいたときの、陣痛の痛みについてですが… 陣痛って最初から痛いものではないんだなぁと気づかされました。 ■「おなかこわしたかな?」と勘違いした陣痛の始まり 朝の6時半におなかの痛みで目が覚めて、その後しばらくは「昨日食べた傷みかけのカレーにやられたかな~」程度の強さ。 あろうことか痛みが去っている数分間ごとに、私は寝ていました。 痛みよりも睡眠欲の方が勝っていたのです。 しかし「定期的に来ている」という点が気になり、夫のすすめもあって7時頃病院に連絡を入れてみました。 すると「10分おきに痛みが来ているんでしたら、診察時間の9時には病院へ来てください」といわれ、ようやく「いよいよか…」という気持ちでした。 とはいえ、心の準備ができていたわけではありません~! 今日産むのかも 。 そう思うと、なんだかドキドキやら不安やら楽しみみたいなのが相まって… ただそんな元気な私を見た夫は、この調子だと産まれるのは明日かな? と考え、安心してしまい仕事へ向かいました。 しかしこの 「強がり」な私の決意 が、後々自分の首を絞めるとは思いもよりませんでした。 ■病院に到着! しかし、どこまでも強がってしまう いわれた通り、タクシーで9時に病院へ行き診察をすると… やはり陣痛で間違いないようで、陣痛室という部屋へ通されました。 今日のうちには産まれるだろうといわれ、内心緊張していました。 お昼ご飯を出される頃には、朝より痛みは強くなっていました。 生理痛の強い痛みといったところです。 この時点では楽勝だと思っていたのんきな私。 疑問を抱えたまま、痛みは徐々に強くなっていきます。 夕方4時頃、夫が早退して駆けつけてくれたと同時に痛みはより強くなりました。 例えるならそれはまるで… 「斧で腰をカッツンカッツンされるような痛み」!!! きっと夫が側にいることで「甘え」が出たんだと思い込んでいました。 あまりの痛みに息を吸ったり吐いたりが困難になったのを覚えています。 それでも 赤ちゃんに「酸素」を送らないと …という一心で、呼吸を意識していました。 ■やっとナースコール! 振り返って今、思うこと こうしてようやくナースコールを押しました。 もちろんこれは便意ではなく、 「赤ちゃんが降りてきた」 ということでした。 そしてやってきたお医者さんもびっくり。 なんとこの時点で 子宮口はほぼ全開 だったのです。 少しでも歩けば早く生まれる=この痛みから解放されると思っていたので、 分娩室まで歩きました 。 その姿はまるで、生まれたばかりの小鹿…。 結局分娩室に行くまで叫び声ひとつ上げなかった私ですが、そのせいで周りからは 「まだ大丈夫」と思われていた のです。 その空気を自分でも変えられず、自分自身も「たぶんまだピークではない」「陣痛の痛みはきっとこんなものではない」そう思い込んでいました。 あのときのことを振り返ってみると、 もっと周りに甘えても良かったじゃないか と思います。 強がってばかりで、陣痛室で出産! なんてことにならなくて本当に良かったです。(そんなことないでしょうけど…) ただ陣痛のときにあまり騒いだり声をあげたりしなかったこともあり、分娩室では体力が余っていたような気がします! おかげで分娩室では、力を振り絞って産むことができました! …というのも、18時半ごろに分娩室に入って、19時11分には息子を産んでいるのです! 陣痛が壮絶な痛みだったわりに、出産自体はあっという間だったような気がしました。
2019年08月30日こんにちは! 2歳の息子と毎日ドタバタ過ごしています、ねここあんな。です! 今回のテーマは「うちのおすすめズボラ飯」ということで… 正直このタイトルを編集部さんから受け取ったとき、「はい、詰んだ…」と独り言を放ちましたよね。 テーマに合うような おすすめできる一品が、ない…!!!!! (笑) ■つわりのとき、夫が作ってくれたズボラ飯をアレンジ え? 毎日のお昼ごはんですか? いつもどんぶりにご飯を入れ、昨晩のおかずを乗せ、レンジでチン! なんなら1分で準備完了のとんでもない昼飯を食べているわけですよ…。 時にはTKG(卵かけごはん)で済ませたり、ツナ缶にマヨネーズと醤油だけ入れて特別なこともせず食らうのです…。 本当女度と言うか妻度の低い、本物のズボラの私が紹介できる「ズボラ飯」なんて…(苦笑) ということで夫に相談してみました(おい) 夫は学生の頃から料理が好きで、今もかなり積極的に料理に参加してくれるのです。 すると、 「夫が作ってくれたズボラ飯」 があることを思い出させてくれました。 それがこちら! これは私がつわりで朝ご飯を食べられないときに、夫に作ってもらったものです。 今では息子がなかなか食欲が進まないときなんかに、私もアレンジして作ったりしています。 アレンジと言うより、 イヤイヤ期対策 といったところでしょうか。 そのアレンジバージョンの作り方(?)はこちら! 出来上がり直後は熱くてすぐ食べられないのに、子どもは待ったなしで「メシくれ」状態になるじゃないですか。 なのでそういうときは、このようにして冷ましています。 麦茶を入れるの!? と思われそうですが、特に違和感もなくおいしいですよ! またイヤイヤ期特有の困ったことと言えば…。 絶対空腹のはずなのに、 突如「食べない」攻撃を食らう …ということ。 そんなときに 氷を2つほどカランと入れるだけ で、なんだか楽し気に食べてくれることもあるんです! ズボラ飯というテーマから少し離れてしまいましたが…、イヤイヤ期でお悩みのお母さん方、もしよかったらお試しあれ! ■今すぐカレーが食べたい! そんなときに使える即席カレー また、ごくたまにやるメニューの紹介もさせていただきますね。 実は私、カレーが大っっっ好きなのです。 インドカレーもタイカレーも日本のカレーも大好き。 そんな私はたまに、 無性にカレーが食べたくて仕方なくなるときがある んです。 でもすぐに作れるものでもないし… あぁでもカレーが今すぐに、どうしても食べたい… 暑いときこそ、辛いカレーを食べたい… そんなときには 「超簡単インド風バターチーズカレー」 です! おろしニンニクを入れたり、ヨーグルトをお好みで入れてもおいしいですよ!! またパン派なら、とろけるチーズをトーストに乗せて焼いて食べてもおいしい! またはチーズはカレーの中に溶かし、トーストにガーリックバターを塗るのもおすすめ。 ちなみにズボラ飯ではなくなってしまうのですが… 時間に余裕があれば、一番最初に鶏肉や玉ねぎを焼き、そのあとに絵の通りの工程を踏んだ方が断然おいしいです。 でもこの場合、包丁やまな板を使うんですけどね! 面倒くさい方は最初から一口大になっている「から揚げ用」の鶏肉を使ってみてください。 また、カレーのルーを子ども用の甘口にすれば、子どもも一緒に食べることもできます! 実はこのカレー、 息子が突然「カレーが食べたい!」と言い出したことがきっかけ でできたメニューなんです。 それも安定の「待ったなし」状態… ならばと思って即興で作ったのがコレでした(甘口です) 息子の時は、ソーセージを息子の好きな魚肉ソーセージにしたりしています。 ハサミでソーセージをチョキチョキして入れれば、まな板を出さなくて済みます! あとはカレーの調理で使い終わった小鍋で、そのまま目玉焼きを作ってトッピングすることも。 息子のリクエストなら、重い腰が何とか上がるんですよね。 それからカレーのルーではなく、ハッシュドビーフやビーフシチューのルーを使用してもおいしいです! お肉をひき肉にしても、まな板や包丁を使わなくて良いの楽です! 紹介するのもためらうぐらい、ズボラ飯ですが… 暑い夏こそ、冷た~いお茶漬けや簡単カレーで乗り切りましょう!!
2019年08月10日こんにちは! ねここあんな。です! 今回のテーマは、家事に時短にフル活用できるマイベストアイテム! ということで… わが家で大活躍しているアイテムをご紹介したいと思います! ■洗濯物が乾く! 雨の日に大活躍の除湿器 まずは 除湿器 cd-p6715 corona です!!! これには本当に助けられています。 最初は乾燥機付きの洗濯機が欲しいと夫にせがんだのですが、予算オーバーでもある高級品…。 家族が増えると当然、洗濯物も増える。 だからこそ毎日干したい…。 とは言え雨の日に部屋干ししたって乾かないし、生乾き臭が気になるんです! 浴室乾燥機もあるのですが…なんとなくお風呂場に干すとジメッとしそうな印象があるし…。 ということでわが家が買ったのは、この除湿器でした!(乾燥機は今の洗濯機が壊れるまでは我慢します) さらには扇風機も合わせると柔軟剤なしでも 生乾き臭がすることなく、夕方には乾きます ! 前に扇風機を付け忘れたこともありましたが、乾きに雲泥の差が出ますのでこの二つを活用したほうがいいですよ! ちなみにひとつの部屋を完全に閉じて使うので、乾燥室代わりにもなります。 なんなら閉じ切って除湿器を使った部屋の水分も除去してくれるから、カビ対策にもなるんじゃないかと思っています。 しかも私は花粉症なので春も外干しができないので、春~梅雨に重宝しています! 商品名: コロナ 衣類乾燥除湿機 コロナ 衣類乾燥除湿機(Amazon) コロナ 衣類乾燥除湿機(楽天) ■私のストレスをなくしてくれる食洗器! 2つ目にご紹介したいのは、なんといっても 食洗器、リンナイのRKW-404A です。 こちらはもう頬ずりしたくなるほど愛用しております。 毎日ではないにしろ、使った食器がたまってしまった…なんて日には助かる相棒! ちなみに息子が0歳児の頃は、20時~21時に夫に見てもらっている間にせっせと夕飯の食器を洗っていました。 当時は後追いなんかもあって、日中にキッチンに立つと泣き声と柵にしがみつくわが子の必死な形相に胸が締め付けられ…(笑) 夜に皿洗いをする機会が多かったのです! とは言えこの20時過ぎに仕事がまだ残っているというのが、地味に疲れる(笑)。 しかも晩酌が大好きな夫は、好きなおかずを少しずつ食べるのでなかなか終わらない! こういうストレスがなくなりました! なぜなら、食洗器があるから!!! 夕飯の食器と朝食の食器を入れてボタンをぽちっとすれば解決するのです!!! さらにこれの良いところは、ホームパーティーなんかをした時に人数分のコップや皿を洗う手間が省けること! 小さい取り皿とかを食洗器に洗ってもらっている間に、大きな鍋やフライパンを洗える! 一時期はホント、ジェンガのごとくどこを抜けばどこが崩れるんだ? と困惑させる水切りラックでしたが、今はそんな山積みになることも減りました。 商品名: リンナイ ビルトイン食器洗い乾燥機 リンナイ ビルトイン食器洗い乾燥機(Amazon) リンナイ ビルトイン食器洗い乾燥機(楽天) ■料理できる人の気分に? 離乳食の時短アイテム 最後は、最近はちょっぴり活躍する機会が減りましたが…、 ブラウンのハンドブレンダーMQ535 ! これは人からいただいたもので、もうくださった方に感謝してもしきれません。 息子きっくんの 離乳食期に、実に毎日のように愛用 しておりました!!! ニンジンやホウレン草なんかをゆでては、そのまま鍋の中でブウウウウン! とミキサーしていました。 離乳食期の間は料理に準備に片付けに…毎日が騒然としていたので、少しでも時短となるミキサーは神アイテムでした。 離乳食期が終わってからも、カボチャやトウモロコシをミキサーにかけてスープにしたり。 特別な工夫をしていないのに 「なんか料理できる人」 みたいな料理を出すことができます(笑)。 とにかくこれから離乳食を迎えるお子さんには、ぜひブレンダーをオススメしたいです。 商品名: ブラウン ハンドブレンダー ブラウン ハンドブレンダー(Amazon) ブラウン ハンドブレンダー(楽天) 以上3点がマイベストアイテムです! 皆様の家事に少しでもお役立てできたら~と思っています!!
2019年07月30日ウーマンエキサイトの読者のみなさんこんにちは! ねここあんな。です! 今回のテーマは「私がコミックライターになるまで」ということで… 「あれ? 私ってコミックライターだったんだ!」と今更自覚しました(笑)! そんな肩書ができるなんて、去年の私なら思いもしないことでした。 絵を描くことは、子どものころから大好きでした。いつか漫画家になる! とよく文集とかで言っていました…(ちょっと恥ずかしいですね) しかし厳しい美術予備校で美大受験のために絵を勉強するようになってから、少しずつ絵が嫌いになっていきました。 私の描きたいものってなんだっけ? とわからなくなり、好きな漫画も何年も描くことはなくなりました。 ■結婚と妊娠が、再び絵を描くキッカケに そして大学生活、社会人生活と時は過ぎ… ようやく自ら絵を描くことになったのは、 自分の結婚式で使うウェルカムボード でした。 “大事な人を描くため”なら原動力が湧く と実感し、その後もウェルカムボードや似顔絵皿作りなどを副業にしていました。 誰かの大事な人を描ける楽しさ、受け取ってくれた方からの喜ぶ声が、いつも間にか絵が大好きな自分を思い出させてくれました。 さらにここで大きなきっかけが訪れます。 それは 息子を妊娠したこと でした。 どんな子育て生活が待っているんだろうとドキドキしながら、生まれてくる赤ちゃんを想像していました。 それともちろん、毎日のように育児への不安も抱いていました。 その不安を明るい気持ちにさせてくれたのが、実際に育児に奮闘するママたちの描くイラストや漫画だったのです。 書籍化されたものも何冊か購入し、産休中に読んでは笑っていました。 私もわが子を産んだら、こんなふうに絵に残そうと思うようになりました。 ■しかし、産後は怒涛の日々に…! …しかし、いざ出産を経てみると、漫画を描く気力はおろか漫画を読む余裕もなくなり、あれよあれよと過ぎていきました。 それでも息子の愉快な一面に笑わされる日々で、育児は大変でありながらも、私にとって毎日が宝物のようでした。 だからこそ「いつかこの日々を絵にするんだ!」と決め、ノートにその日の出来事やイメージを描いて過ごしていました。 ■インスタ開始! 寄せられたコメントに“次も描きたい”という気持ちに 少し余裕が生まれ試しに描いてみようかな~と思えてきたのは、離乳食期が落ち着いてきた息子が生後11ヶ月の時でした。 恥ずかしながらもインスタにあげてみると、友人からあたたかいメッセージが届いたりしてうれしくなったのを覚えています。 そのうちなんとなく息子が昼寝をしているうちに絵を描くという習慣がつき、気づけば再び私の趣味となっていました。 インスタに載せるということで、さまざまな人が共感してくれたり、一緒になって笑ってくれたり、逆に笑わせてくれたり。 本当に多くの人たちに支えられてきました。 時には育児の悩みへのアドバイスもいただけたりして、 もはやママ友なんじゃないか と勝手に思ってしまっています(笑) 「授乳中に笑ってしまい、わが子がビックリして乳首を離してしまいました」とか「笑い声で寝かしつけた娘を起こしてしまいました」とか、リアルに今、母業をやってる人たちの声が印象的でした。 素直にうれしいです。 また、たまに「うちの子も、きっくんのような優しい子に育ってほしい」といったありがた~~い言葉をもらうこともあります。 叱ってしまったり私自身イライラしてしまう日もあり、優しい子に育てられているのか不安になるものですが、こんなふうに周りから見たら“優しさ”を感じられる部分もあるのだなと思って少し安心することもあります。 そういった皆様の声のおかげで、 また次も描きたいと思えるようになり、今日まで私は描いてこられたんだろうなぁ と思います。 ■また絵が好きになれてよかった! コミックライターになった今 そうして、描いた絵に反響があったりしていくうちに、こういった絵のお仕事の声をかけてもらえました。 本当、去年の今頃の自分では考えられないような未来に、今、います。 以上が私のコミックライターになるまでの経緯です! ちょっと照れ臭いですが、 また絵が好きになれてよかった、絵を仕事にできて幸せだ 、と思う毎日です!
2019年07月19日ウーマンエキサイトの読者のみなさんこんにちは! ねここあんな。です! 今回のテーマは 「夫婦喧嘩」 !!! よく喧嘩と仲直りを繰り返している私たち。 そんな私たちが付き合って6年、今までで一番ひどかった喧嘩と言えば… 息子が2歳を迎えて間もなくでした。 きっかけは… ウーマンエキサイトさんの記事にも載せましたが、2歳になった息子が胃腸炎になった時の出来事でした。 私は看病にいっぱいいっぱいだというのに、翌朝私たちに断りもなく義両親がお見舞いに来てしまったんです…。さらには片道4時間かけて来たならということで、夫は泊まっていくように勧めたのでした。 詳しいことはその時の記事 「息子が胃腸炎で苦しむ中、義両親の襲来! お願いだから空気を読んで!」 (前後編)を見ていただけたらと思います! ■なかなか消えない胃腸炎事件の“モヤモヤ” 義両親と過ごす二日間が過ぎてから息子の体調は少しずつ良くなったのですが、私の心の中にはあの時の苦しみみたいなものがモヤモヤと残っていました。 次の夫の休みの日、私は「あの日大変だった分、夫は私に自由な時間をくれるはず」、「夫は息子と散歩にでも出かけて、一週間体調不良の息子と過ごした私に休みをくれて当然」と、漠然とした期待を抱いていました。 そして、私の悪い癖「察してちゃん」が出てしまいました。 もちろん口に出さなければ伝わらない夫は、いつも通り過ごしていました。 それは自分でも考えられないぐらい息苦しい時間でした。 こんなに鬱々したのは産後初めてかもしれません。 夫とうまくやっていく自信を失っていました。 振り返ってみると実はこの数日間はちょうど生理前だったこともあり、余計に体がしんどかったんだと思います。 それでも救いなのは、「だるい」ということを伝えると夕飯を夫がつくってくれたということです。 ■ついに切れてしまった! 過去最悪の夫婦喧嘩が勃発 しかし鬱々した気持ちが止まらない私の脳内は、そんな夫の優しささえ理解できずにいました。 完全にダークモードでございます!!!!! 今振り返ってみても恐ろしい脳内だなって思います(笑) ついに何かが切れる。 頭の中では夫の言い分もわかります。 確かにこの日に限らず、休みの日にはよく掃除や買い物、夕飯の準備などやってくれる人なのです。 だけど私の中にはどうしても 「家事よりも育児をやってくれよ」 という思いがありました。 なんせこの頃の息子はイヤイヤ期マックスで、今よりも一緒に過ごすのは苦労していました。 初めて箸と眼鏡を投げました…(良い子はまねしないでね!) 自分は何かがぶっ壊れたんじゃないかと思いました。 でも一瞬の出来事なのに夫に当たらないコースどりをしていたので、なんとか理性はあったと思います。←言い訳 そんな、過去最悪のケンカを止めてくれたのは… ■たまらず泣き出してしまった息子 息子が私たちの言い合いにかぶせるようにして、大きな声を出していました。 今思い出しても泣きそうになる出来事です。 私はこんなふうに息子の前で喧嘩をしてしまったこと、物を投げてしまったこと、大声を出したことが申し訳なくて、この時の息子の顔はまともに見られませんでした。 異常事態なことは息子にも伝わっているだろうし、このままじゃ息子がかわいそうだと思い頭を冷やすべく私は別室に行きました。 ■鬱々とした気持ちが止まらない…! その理由とは? それから一時間以上泣き腫らし、自分のこの鬱々した気持ちが不安でスマホで調べてみると…、あれ? PMS(月経前症候群)※かも? ということに思い当たりました。 今回のこと、たしかに原因は息子の病気と義両親が泊まったことでしたが、私自身、夫の優しさに気づけていない部分がたくさんありました。 さらにそこに生理前の不調が重なり、 感情を抑えられなくなり最悪な喧嘩を招いた のだろうと思います。 そして冷静になった私は夫と息子のいる部屋に行き… などと伝えました。 自分のイライラや鬱々した気持ちに理由があったのかと思うと、少し素直になって話し合えました。 だけどこうなった原因の一つである、義両親のことだけはきちんと伝えました。 もちろん向こうからも謝ってもらい一件落着。 ■喧嘩したから見直せた“夫婦のルール” そしてこの喧嘩のおかげで、夫の本音が聞けました。 息子への愛に感動するよりも先に、「えっ何もしなくていいの!?」と内心ガッツポーズです。 私は料理は嫌いではないのですが、なんとなくわが家にはお惣菜などを買わない、お弁当は手作り(冷凍食品とか入れない)みたいな暗黙のルールがありました。 夫のお母さんは一日に2時間かけて夕飯の支度をする方なので、そういう影響もあるのかもしれません…。 料理だけが一日のやることなら簡単ですが、それを「育児と両立する」のが本当にしんどかったのです! なのでこの喧嘩を機に、毎日がすっごく楽になりました! 実際は夕飯作るんですけど、まぁ作れなかった日は夫に頼めばいいんだ~ぐらいの気持ちです。(ちなみに洗濯はしんどく感じないのと、掃除は土日に協力してやったり、気が向いた平日にやっています) それと先ほど述べたPMS(月経前症候群)ですが、この日の翌日にお医者さんに相談したら漢方を処方してくれました。 その後私たちは喧嘩をしなくなりました。(たまに言い合うけどね!) これをキッカケに、私たちが得た “新しい決まり事” をご紹介します。 1.息子の前で言い争わない! 2.ケンカしたらその日のうちに解決! 3.生理前はしんどい(ケンカしやすい)から、漢方を飲んで休む! 4.平日、私の仕事のメインは育児!(家事ではないからできる範囲のみやる) この決まり事のおかげで、家事のできない日があっても罪悪感がありません(笑)。 全ては息子が、毎日を楽しく過ごせるためです。 二度と喧嘩なんてしたくありませんが、こういった出来事があるからこそ得ることのできた新しい夫婦のかたちなのかなと思います。 ※ PMS :月経前症候群。生理前に起こる心やからだの症状のこと(厚生労働省研究班監修 女性の健康推進室 ヘルスケアラボより)
2019年06月28日こんにちは! ねここあんな。です! 平成が終わり、ついに令和となりましたね。 ウーマンエキサイトさんでは 「令和ママは、子育てをひとりで抱え込まずにOPENに!」 をテーマに川柳を集めています! OPEN子育て、本当にそんな世の中になることを強く願います。 そこで私も、その気持ちを込めて 「令和ママ川柳企画」 に参加して一句詠んでみました! ■日ごろの思いを込めて… #令和ママ川柳 もう言葉通りなんですが… 日本って育児をするお母さんたちが孤独になりやすく、社会からもあたりが強いなと感じることがしばしばあります。 でもそれって、私たちが 妊娠、出産、育児について情報を知らなすぎることが原因 なんじゃないかと思うんです! だからこそ、 義務教育で教えてくれる世の中になるといいな 、と思い詠ませていただきました!!! ■“ママの生きづらさ”を痛感した悲しい出来事 なぜこれを詠んだのかというと、息子を産んで間もなく、悲しい出来事があったからです。 産後初めて、息子を私の両親に預けて電車に乗っていた時のことです。 私が電車に乗り出したときは比較的すいていましたが、気づくと座席は埋まる程度に混みだしていました。 私が座っていると、目の前に若い女性の2人組が立っていました。 電車が駅につくと私の左隣の方が降り、席が空きました。 彼女たちはどっちが座るかという話をしていたと思います。 するとその時… 「若い者は立つべき」という考えが根付いていますが、子どもが小さいうちは動き回るのを制御するのも大変です。 だからきっとお母さんの多くは「子どもが座れたら助かる」と思うでしょう。 そうすれば手をつながず済むので、だいぶ楽になるからです(もちろん大きくなっていくうちに「譲る」と言うことを覚えて欲しいですが…)。 さらに、そのお母さんは荷物を持っていたし、子連れでの電車は大変だろうと思って私は席を譲りました。 正直子どもと一緒に電車に乗っているだけで「お疲れさま」と声をかけたくなります。 しかし女性の一人は私たちを見ながら、こんな言葉を言い放つのでした。 一瞬、私もそのお母さんも凍り付きました。 その後も彼女はそういった話題を口にしており、私はとても悲しい気持ちになりました。 たぶん一番いたたまれなかったのはそのお母さんかなと思います。 そんな態度をとっていたわけじゃないのに…。 ■“知る”ことが、“子育てに優しい社会”への一歩に でもこういうことって、この女性は口にしたけれど…、もしかしたら口には出さないけれど同じように思う人って案外いるのかもしれません。 私も妊娠中に電車に乗った時に、優先席に座っている人から嫌な顔されたこともありますし。 そもそも「妊娠」「出産」「育児」がどんなものなのか、知る機会がなさすぎる。 もしどこかで学び、ある程度知っていたら、そんなふうには言わないのではないでしょうか。 そして多くの人々が、自然に席を譲ろうという気持ちになるかもしれません。 だからこそ思うんです。 せめて義務教育で妊娠、出産、育児ついての大変さとか教わっていれば、 世の中の人はもっと優しくなれる ような気がします。 がんばって自分を産んでくれた親にも感謝するかもしれません。 簡単に傷つけることを言う人が、少なくなるかもしれません。 世の旦那さんが積極的に育児に参加してくれるかもしれません。 そんなふうに、 助け合える時代が来るといいなと思います! 最後にここで、私の想像する未来の教室風景をご紹介します。 こんな会話が飛び交うクラスもいいなと思います! \「1人で抱える」は平成でおしまい!/ 「令和ママ」は「OPEN子育て」主義! 家事も育児も1人で抱え込む時代はもうおしまい! 3つの「OPEN」 をキーワードに、もっとオープンな子育てをしませんか? 平成から令和に変わるこの時代の変わり目に、ウーマンエキサイトは「平成」ママを調査結果から振り返り、新しい時代「令和」を生きる新しいママ像を提案します。 ■令和の時代に期待することを詠む「#令和ママ川柳」も大募集! 最優秀賞の方には「令和(=018)」に合わせて 賞金18万円 を贈呈! さらに100名様以上の方を対象に数々の賞をご用意しています。応募期間は2019年4月23日(火)~2019年6月16日(日)23時59分まで。 >>>「#令和ママ川柳」のご応募や詳しい応募要項は こちら から! 【お知らせ】 第9話 の記事下アンケート「Q. 夫の両親(義両親)との付き合いで困ったことありますか? 」のアンケート結果はこちら↓ ≫ 「じつは夫が元凶!? トンデモ発言にドン引き「妻の義両親ストレス」実態」
2019年06月13日こんにちは! ねここあんな。です! 今回のテーマは 「ママ友」 ! 息子が0歳のときは家にこもりすぎて、まるで交友できないでいたのを覚えています。 ■友達を作ることに対して臆病に ママになってから、毎日会話するのは夫のみ。(まだ息子は赤ちゃんすぎて) おかげで、今までの友人ともどうやって接していたか忘れてしまっていました。 子どもの頃は友人をつくるのに難しいなんて思ったことなかった私ですが、ママになってからは…めちゃくちゃ臆病に!(笑) 同世代の子を持つというところだけが共通点で、年代も住んでいるところもわからない相手と友達になるのって意外とハードルが高いということに気づかされました。 ■まさかの展開! アプリで初めてのママ友が! しかし、そんな私でも、まさかの展開で出産前に一人だけママ友ができていました。 きっかけは…なんと アプリ 。 現代っ子か、というかんじですよね! ママ友をつくろうと思って手に入れたアプリではなく、「中古のオモチャや衣類などを安値で売ってくれたり、譲ってくれるサービスのアプリ」です。 妊娠前に赤ちゃんに必要なものを手に入れるために使用していました。 その時お会いした先輩ママさんが、偶然にもうちと目と鼻の先に住んでいたことがうれしくて連絡先を交換していました。 年子のお子さんを持ち(妹ちゃんはうちの息子と同じ学年)毎日大変だというのに…しかも私よりいくつも若い彼女は、たまに会ってくれたり衣類をくれたりと、今でも本当に良くしてくれています! おかげで幼稚園や児童館などの情報に疎い私に、時々会ってはありがたい情報を教えてくれます。 ママ友って、 一番リアルな情報が聞けたりする ので本当に助かることを知りました。 ■子ども同士も仲良しに! ママ友の良さを実感 さらには別の機会に、旦那の実家から梨をもらい… 偶然にも子どもが同じ学年で、しかも出産した産院が一緒だったので話が盛り上がり連絡交換できました。 まさかアプリで2人もママ友ができるとは(笑) それからそのママ友ともたまに会うようになったのですが… 月1程度に会っているので子ども同士もお互いを覚えているのかわかりませんが、なんとも楽しそうで私たちが癒やされます。 ママ友って自分たちが話せて楽しいだけじゃなく、 “子ども同士が楽しそうにいている姿”に自分たちが満たされる んだなと思いました。 ■人とつながる場は広げられる 偶然にもアプリを通してママ友ができた私ですが、今ではインスタを通して同じ育児絵日記を描く方と会えたり、 意外と現代の波に乗ってみるのも面白い と知りました。 もちろん会う前にどんな人か、会うところは安全か、などしっかり確認した上で会わなければいけないとは思います。 ちなみに夫はアプリやSNSなどで知り合った人と初めて会う時は、必ず心配してくれます。 なので会うまでの流れやどんな方なのかなど、きちんと説明するのが私たち夫婦のルールです。 きちんと注意すれば、 人とつながれる場は広がるんだな と思いました!
2019年05月29日こんにちは! 息子は2歳になり、日々元気が増していくので親は毎日走り回っています!(笑) 今回は旅行先で息子が大騒ぎしてしまった時のお話です。 ■夫から言われた「イライラしないで」に憤慨! いつも不思議だったのですが、夫が休みの日に息子のイヤイヤがひどくなることはあまりありませんでした。 あったとしても、数分だったり、レベル5がマックスだとするとレベル1〜2程度の騒ぎ具合。 どうしてなんだろうと思っていましたが、たぶん二人で息子を見ているから私に余裕があったのでしょう。 そんな私を見た息子は、私の表情から気持ちを少し感じ取っていたのかもしれません。 穏やかな表情の息子しか知らない夫。 平日に仕事から帰ってきて、私がぐったりしている意味が分からなかったと思います。 時には… 本当に余計なことを言って、神経逆なでしますよね。 ■家族旅行中に、息子のイヤイヤが勃発! しかし、三人で小旅行に行った時…それはやってきました。 さすがに長時間遊んだ後だったので、楽しいところからの帰りたくない! とイヤイヤ勃発。 おなかが減っていたり、疲れが出て眠かったりしたんだと思いました。 まぁ私にとってはいつものことなので、 ここで初めて夫が息子の大泣きに、つらそうにする姿を見るのでした。 夫はイライラしない人なんじゃなくて、 イライラするほどの環境に陥ったことがなかっただけ だったのです。 旅行で丸々48時間ほど一緒にいたことで、ついに私の気持ちをわかってくれました。 そう、私が笑っていられるぐらいなんだから、この日のイヤイヤは大したことありませんでした。 ■息子のイヤイヤに夫が遭遇して、気づき合えたこと そして夫は初めて私にこんなことを言ってくれました。 この言葉をもらった時、 今までの自分が認められたかのような気持ち になりました。 そして「案外私ってがんばっていたんだな。すごいんだな」と自信になりました。 子どもと長く一緒にいることのないお父さんだからこそ、わからないこともあるんだと思いました。 言葉で伝えても難しいのなら、長期一緒いてもらうという体験が何よりも説得力があるのかもしれません。 このことがあってから夫は私がイライラしている時に「イライラしないで」と言わなくなりました。 むしろ私の大変さを理解して、 協力してくれることが格段に増えた のであの日の出来事は良かったなと思います!!
2019年05月08日こんにちは! ねここあんな。です! わが家の愛息子きっくんは、もう2歳2カ月です。 つい先日、卒乳できたばかりなのですが(2歳0カ月で卒乳)今回はそんな「卒乳をすることになったキッカケ」について書きました。 ■突然やってきた「授乳がつらい!」という感覚 完全母乳の私にとって「卒乳」は、とてつもなく不安なことでした。 息子はおっぱいが大好きで、それ以外ではほとんど寝てこなかったんです。 そんな息子をどう寝かしつけるのか? また、数時間おっぱいをあげなかっただけで乳腺炎になったこともあったのに…防ぐことはできるのか? などに悩み「本人からやめる日がくるかも」と淡い期待を抱いていました。 がしかし、そんな日がくることはなく息子のおっぱい愛は加速するばかり…。 でも正直、授乳以外のの寝かしつけ方法で眠らせる自信がなかったのでそれでも良いかと思っていました。 そんなある日、私の中に変化が訪れました。 なんだかよくわからないけど、 しんどい! という思いでした。 潔く吸わせるのをやめてみました! 卒乳をさせるつもりではなく、この日は本当に早く寝たかったというか…とにかく吸われることが嫌でしょうがありませんでした。 ■泣き叫ぶ息子の声に夫が起きて、夫婦喧嘩勃発! まぁもちろん急にそんなことをしても、寝てくれるわけはありません。 部屋中に鳴り響く息子の泣き声。 そこでいつもは起きない夫が、息子のあまりの大泣きっぷりにうんざりしたように起きて一言。 今思い出しても腹が立ってきました…(笑) 深夜2時くらいまで言い争っていたような気がします。 ■喧嘩のおかげで卒乳が成功!? 結局この日は泣き続ける息子に折れたのと、あまりに急な卒乳にはしたくなくて、おっぱいを飲ませながら疲れ果てて一緒に寝ました。 眠りに落ちたのは深夜3時ぐらいだと思います。 夫が思わず言ったであろう言葉を都合よく覚えていた私は、 怒りを原動力 に卒乳をする決心をしました! 考えてみれば、キッカケなんて、自分で作らなくちゃずっと来なかったかもしれません。 心のどこかでは、以前から授乳はやめたかったはずなのに。 ちなみに私の中には、ケンカするぐらいなら何かを得たい! という謎のモットーがあります。 ケンカって意見の交換としては大事だろうけど、お互い心がすり減るし、そのあとも険悪になったりしてすごく嫌! ですよね。 できれば回避したい! でも起きてしまったことは仕方ない。 だから今回は、「喧嘩のおかげで卒乳を成功させた」と言えるようにがんばろうと意欲に燃えました。 ちなみに突然の卒乳になったのは息子にも悪いなぁという気持ちだったので、一日中「おっぱいとバイバイするんだよ」と説明してあげました。 その後1週間ほどで無事卒乳できたので、結果オーライ! と思っています!
2019年05月04日【 前回 のお話】 息子のきっくんが嘔吐を繰り返し、母子ともに疲労困憊。そんな中、義両親がやって来て、しかも泊まることになり…。 こんにちは! ねここあんな。です。今回は 前回 の続きです。 ■少しずつたまっていく黒い気持ち 息子は具合が悪く寝てばかりいましたが、起きていても愚図り、看病は100%私です。 そして前日にあまり眠れなかった私は、息子と一緒に寝たいのに義両親の前では寝られずにいるのでした。 お昼寝をたっぷりしたきっくんは夕方に起きて、少し体調も良くなった様子。 しかし食欲は全くないようでイチゴやスープだけをなんとか食べたのち、眠たそうにするのでお風呂に入れ、すぐにお布団へ連れて行きました。 幸い旦那も義母も買い物や料理は積極的にしてくれました。 内心、私に準備する余裕もないので当然と思いながらも… …しかし、 前向きになったのもつかの間。 24時間以上おっぱいをあげなかったので(このころはまだ卒乳前)、 お乳がガチガチ になってきました。 洗面所で絞りたくても他人がいるから簡単にはできない…! みんなは楽しそうにお酒を飲み、私は常に息子がいつ泣いてもわかるようアンテナを立てながら過ごす。 せめて仕事を残すまいと、お皿を洗う私。 少しずつ 黒い気持ち がたまってゆきます。 ■義母の“愚痴タイム”で疲れがピークに! そしてこの日一番疲れを感じたのは、義母が親戚の愚痴をこぼした時でした。 毎度のことながら愚痴が始まると、普段の良い人はどこに行ったの? というぐらい止まらなくなるお義母さん。 そしてようやく飲み会はお開き。 みんなが寝静まった深夜、息子が苦しそうに起きました。 大人が4人いるこの家の下、私一人で息子の衣服やシーツを洗う時の感情を、私は一生忘れないでしょう。 ■翌日も朝からフル稼働。そして気づいたこと 少し体調がよくなったのか、翌朝の息子は普段より早くに起きました。 グータラしていたいところですが、眠い目をこすって洗濯機を回し、朝ごはんの支度をします。 さぁ食べ始めるぞ! というころには息子がまた「ねんね!」と愚図りました。 私は朝ごはんをかっ込み、また寝室へ行きます。 気配や会話で、洗濯物を旦那と義母が干したこと、義両親が帰っていくことがわかりました。 が、わかっていながらも見送ることもせず息子の隣で寝続けました。 あとで電話であいさつすればいいじゃないかと思いながら。 だって、何が今一番大事なのかを考えたら、息子に決まってるんです。 それでも義両親の登場に、気づかないうちに「良い嫁」になろうと演じていました。 だからしんどかったのかもしれません。 逆の立場だったら…そもそも行きませんが(笑) でももし自分が姑で息子宅に泊まるんだったらせめて、看病をしている嫁の負担を少しでも減らそうと思います。 この時のお義母さんも気を遣って干してくれたんでしょうし、快く思えないのは私の心がすさんでいたのかもしれません(笑) なので、自分ももっと 「助けてほしい」と頼っても良かった と思います。 さすがに「帰ってほしい」とまでは言えないにしても、来る前に夫に相談すべきだったなぁと思います。 ■夫にとっては“頼れる母親”だけど 夫婦で話してみたら、どうも出発後に連絡があったようなので、夫も「来てしまうのなら家のこととかやってもらおう」ぐらいの気持ちだったようです。 夫にとっては頼れる母親でしょうが、私にとっては気を遣う相手という認識が夫には足りなかったようです…。 ちなみにこの後、夫には「息子が病気な時に一番つらいのは母親なんだから、その私の許可もなく人を泊まらせるな」とこっぴどく言いました(笑) どんな時も話し合いが大切ですね。
2019年04月15日こんにちは! ねここあんな。です! 今回はわが家の愛息子きっくんが、初めてウイルス性胃腸炎になったときのお話です。 実はこの出来事、今年の2月上旬に起きた最近の出来事なのです。 ■2歳の誕生日を目前にして、突然の嘔吐! だいぶ免疫も付いてきたのか、息子も最近はひどい風邪をひくことなく、暖かい季節を迎えようとしていました。 ところが、なんだか小食気味だったある晩のことです。 今日はもう眠いのかな、なんて思っていました。 夜9時ユラユラ寝かしつけてみると、めずらしくなんだかうとうと。 このとき、二回吐きました。 ここで真っ先に浮かんだことは、この吐き方…ウィルス性胃腸炎かもしれない。 汚物は乾くと菌が飛散すると聞いたことがあったので、私と息子は洋服を着たままシャワーを浴びて汚物を流してから脱ぎました。(その後全身洗って、排水溝にたまったものもビニール袋へ) ちなみに汚れた衣服は、明日の洗濯機を回すまではお風呂場に置いて隔離。 夫はありがたいことにリビングのカーペットや、床、オモチャなどをキレイにしてくれました。(すべてティッシュなどでふいて、袋に入れて捨てる。タオルなどは使わずに) 手を洗った後のシンクにも塩素系の台所用スプレーで菌をシャットアウト! そして市販のノロ対策専用スプレーで菌を攻撃し、ひとまず落ち着きました。 かと思えば一息ついたのもつかの間、また吐くのでビニール袋でキャッチしました。 ■翌日の誕生日会は急きょ延期に 翌日はきっくんの誕生日を祝うために義両親が来ることになっていましたが、こんな状況ですので 誕生日会は延期 にすることに。 まだ21時頃だったのもあり、夫から連絡を入れてもらいました。 その晩はきっくんの体調が心配なのと、「いつ吐かれるか」の恐怖や「汚れる心配」などを抱え、ちっとも眠れませんでした。 深夜2時頃にも一度吐いたので、義両親との約束は延期にして本当に良かったなあと思っていました。 翌朝、寝不足で遅くに起きた私。 そんなにわたしたいのならイチゴ送れよおおおおおおおお!!!! っていうか夫そこはことわれよおおおおおお!!!!! と思わず心の中で叫びました。 ちなみにイチゴはひとつずつ緩衝材に並べられたものではないため、打ち身の心配を懸念して宅配業者さんに配送は断られたんだとか。 イチゴさんごめんなさい…。 お義父さんたちも、こんなこと思う嫁でごめんなさい…。 それぐらいその日は睡眠不足もあり、ひたすらツライ思いだったんです。 トドメは夫のこの発言です。 夫が二日酔いになったら、私の両親を家に呼ぼうかと思いました。 ■義両親来訪。さらなる展開に真っ青に…! 何もわかっていない夫。 マイペースすぎるお義父さん。 同じ母でありながらも来るという決断をしたお義母さん。 …四面楚歌状態です。 昼過ぎに来た二人をとりあえずお迎えしました。もちろん元気のないきっくんに一緒に遊ぶ余裕などありませんでした。 辛そうなきっくんは眠りたいと私にすがってくるので、二階の寝室で寝かしつけをしました。 でも大好きなおっぱいを飲むこともなく、ぐったりと眠りに落ちる姿を見て、息子の体調が心配だし、私も寝不足だし、今一緒に眠りたいなぁと思うのですが… もちろんそんなこともできず、一階に降りてお茶を飲んだりしました。 日が暮れそうな頃、そろそろ帰ろうとする義母に、まさかの夫がかけた言葉とは。。。 おおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいい!!!!!!! 義母は最後まで悪そうに断ってくれましたが、なんせ夫がしつこく誘うので「じゃぁ泊まろうか」という流れに。 義父は泊まるための寝間着なんかも実はすでに用意していて、言葉が出ませんでした。 たしかに片道4時間かけてきた人に帰れとは言えません。私も「ぜひ」とニッコリしてしまうのでした…。(結局自分も悪い) ちなみに最後まで遠慮してくれていた義母に対しては、さすが味方だなぁと思いました。 …この時までは。 さてどんな夜が待っていたのでしょうか…? (次回に続きます)
2019年03月26日こんにちは! 2歳のきっくんと毎日バタバタと奮闘しているねここあんな。です! 今回はホワイトデーがある3月と言うことで、「妻のいいところ」聞いてみちゃいました! 前もって言っておきますがビックリするほどノロケがありませんので、ご安心してみてくださいね!(笑) ズバリ単刀直入に! 「妻のいいところはどこですか!?」 ■悩んだ末の答えが…ソレ!? 悩むの長すぎません!? あっ、これ答え聞くまでに朝が来るやつ?って思いましたね。 これ付き合っている時から言われてるんですが、私の魅力それ?笑 たしかに私は昔からよくビンゴとかくじ引きとか抽選とか当たるんですよ。 そりゃ運がいいのは、幸せなことですよ。 いやでもそれ「運のよいところが君の魅力だよ」って言われてうれしい人います? ■今度は違う質問を投げかけてみると… 質問を変えてみました。 「この人と結婚してよかったところは?」 そりゃ、外食にもスーパーのおかずにも頼らず私が温かいご飯を作っているんですから貯まりますよね! 好きなもの買うのだって我慢しています。 そういうところに言わなくても気づいてほしいですよ!! とことん期待を裏切る感じ、つくづくブレない人だなぁと思いつつも腹が立ちまくるのでした。 やばいこのままじゃもはやケンカしそう、と思いました。 質問してる私がしんどい。 もう一度質問を変えてみました。 ■期待する答えは返ってくる!? じゃあ、 「結婚してから幸せを感じる瞬間ってどんなとき?」 何さらっといいこと言うんだこの人…。 ということで、妻のいいところなのかよくわからない返事になってしまいましたが、とりあえずそんな夫の幸せを作り出している妻だと言われた“つもり”で納得することにしました。 後日談ですが、正直このままじゃひどくない? と思ってしつこく聞いたら、「きっくんと楽しく遊ぶところ」がいいところと加えてくれました。 結構無理やり出させたかんじですが、良しとしましょう。
2019年03月21日