【精神科医・本田秀夫】自閉症の子「いろいろ経験させたい」親心のワナーー私が提案するサポートとは
人間と物を分け隔てしない
友達が自転車に乗っていて転んだとき、自閉スペクトラムの特性がある子どもが自転車に「大丈夫?」と声をかけたという話があります。多くの人はそのような場面で、まず人間のことを心配します。しかし、人間と物を同列に見て、「友達は平気そうだけど、自転車は壊れたかも」と考える人もいるのです。
自閉スペクトラムの特性がある子どもが、人に興味がないわけではありません。そうではなくて、人間と物を分け隔てしない。平等に考えるのです。そう理解したほうが、お子さんの心理を想像しやすくなると思います。
※「特性=障害」とはならないため、障害(Disorder)を除いて、「自閉スペクトラム(AS)」、「注意欠如多動(ADH)」ということもあります。
このコラムのなかでも、『マンガでわかる発達障害の子どもたち 自閉スペクトラムの不可解な行動には理由がある』と同様に「自閉スペクトラム」と表記しています。
自閉スペクトラムの子のアタッチメント
「人間と物を平等に見ている」ということが、親子の「アタッチメント(愛着)」を形成する場面にも表れることがあります。
一般的には「愛着形成」というと、子どもが親に見守られて安心・安全を感じて、親子関係に愛着を持っていくような流れのことを指しますが、自閉スペクトラムの特性がある子の場合、対人関係が必ずしも重要なわけではありません。それよりもむしろ一貫性や継続性、法則性を安心・安全の根拠にするところがあります。
自閉スペクトラムの特性がある子は親との関係に対して、情緒的に特別な意味を持たないことがあるのです。「この人は母親だから特別」という形で愛着を持つというよりは、「この人はいつも同じようにふるまってくれる」という点で相手を信頼し、愛着が生まれていくようなところがあります。
大人の同じふるまい、予想通りの行動に安心感
相手の行動に一貫性があることで安心し、安全だと感じて、相手を信頼していく傾向があるのです。そのため、愛情深くても気まぐれな人に対しては安心を感じにくいところがあります。
それよりも、いつも同じようにふるまう人、自分の予想通りの行動をとる人のほうが信頼できるわけです。
ルーティンのある生活が安心材料になる
ですから、決まったルーティンの生活をすることが、自閉スペクトラムの特性がある子にとっては安心材料となります。
幼児期にまるで判で押したように「パターン化」した暮らしをして、情緒的に安定して育つと、大きくなってから多少のイレギュラーが起こっても、メンタルに影響しにくくなります。生活の基本的な部分が安定しているので、情緒的に揺れにくくなるのですね。
親のもともとの生活スタイルもあると思いますが、子どもが望む一貫性や継続性などを考慮して、親子で平和に過ごせるルーティンをつくっていくことをおすすめします。
「いろいろな経験をさせたい」で情緒不安定になることも
反対に、小さい頃から「早くいろいろなことに慣れさせなきゃ」と言われて、習い事などに頻繁に連れ出されていた子の中には、情緒不安定になる子もいます。
もちろん、新しい課題も多少はあってもいいのですが、毎日予想外のことが起きて、気持ちが疲れてしまうような生活を送っていたら、「いつもと同じ」を好むタイプの子はなかなか安心できません。情緒的に安定した暮らしが送れなくなってしまうわけです。
「北風」よりも「太陽」のようなサポートを
私は、自閉スペクトラムの特性がある子への接し方は「北風と太陽」でいうところの「太陽」がよいと考えています。「北風」を吹かせるようなやり方で無理やり特定の活動をさせようとしても、かえってこだわりが強くなり、抵抗されることが多いです。
それよりも「太陽」のようにあたたかくサポートしながら、本人が動き出すのを待つほうがいいでしょう。
Upload By 本田秀夫
自閉スペクトラムの特性がある子はルーティン化した生活をしていると、自分のほうからパターンに飽きて、新しいことに取り組み出すことがあります。人間は安心・安全を保障されると、慣れるのも飽きるのも早いのです。こだわりの強い子も、安心感のある環境で育つと、自発的に行動パターンを広げていきます。
一人で好きな遊びを楽しむのを見守るという愛情
自閉スペクトラムの特性がある子に、新しい経験をさせること自体が悪いわけではありません。子どもが安心して新しい経験に取り組めることが重要なのです。
その安心感を自閉スペクトラムの特性がある子は対人関係というよりは、一貫性のある生活の中で感じ取っていきます。
子どもが人にあまり興味を示さず、一人で遊んでいると、周りの人から「もっと愛情をかけて」「接する時間が足りないのでは」などと言われることがあるかもしれません。しかし、話しかけることだけが愛情の示し方ではありません。子どもが1人で好きな遊びを楽しんで、安心して暮らせるように見守ることが、最大の愛情表現になることもあるのです。
あるお子さんが親御さんに、こう言ったそうです。
「お母さん、何も話さないで見ていてくれるのも『好き』っていうことなんだよ」
親子でこのような信頼関係を意識できると、お互いに安心して、穏やかな暮らしができるのではないでしょうか。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。