岸本佐知子「私が翻訳したいと思うのもめちゃめちゃ面白いというだけではダメ」
岸本佐知子さんが約四半世紀にわたり、さまざまなメディアに寄稿したエッセイや書評、日記などの単行本未収録分をまとめた新刊『わからない』。言葉というもののエンタメ力をひしひしと体感できる一冊だ。
百聞は一見に如かず。読んだ者に、この面白さと不可思議さは微笑む。
「読み返してみたら、忘れていたことが多くて。自分を再発見するような気分でした。あと、インターネットがいまほど発達していなかったころは、こんなに自分の足で探してインプットしていたんだ、もっと時間の使い方が豊かだったなと、ちょっと反省したりしました」
この人が訳せばハズレなしといわれる選書センスと名翻訳で知られ、エッセイや書評を書かせれば読者を笑わせ首肯させ、ときにアナザーワールドに誘ってくれる。その技は初期から確立され、連綿と続いてきた。
たとえば、喩えのうまさ。「イエス脳」というエッセイに綴られた〈私たちは、不信心で俗にまみれた何も考えていない獣みたいな二十世紀の女子高生だったから〉。これに懐かしい羞恥を覚えない女子がいるだろうか。文芸誌の旅特集に「旅ぎらい」というエッセイを書いたり、育児雑誌の虫特集でゴキブリ殲滅宣言してしまったり、ちょっとズレたミスマッチもツボ。