日本とルーマニアという“鎖国”をしていた国をルーツに持つ彼女が、「日本の多様性」について考えたこと
彼女自身が幼い頃に、外見的特徴や仕草が“日本人らしくない”と、いじめを受けたことがあったのもその一例かもしれない。一方ルーマニアは、1945年から1989年まで共産党一党独裁の社会主義国で、秘密警察が国民の思想や言論を監視し、統制が図られていた。そのような過去があるがゆえ、経済的に遅れを取ったという否定的な面はあるが、だからこそ中世ヨーロッパの趣が残っており「ヨーロッパのタイムカプセル」や「ヨーロッパ最後の中世」とも称される。そんなルーマニアに滞在していたときには、アジア人を軽視していて差別的でありながら褒めているつもりで「アジア人だけどルーマニアの血が入っているから美しいんだね」と言われたり、他のヨーロッパの国を旅しているときにはルーマニアのルーツを持っていることを話すと「ロマ*1の多い国か」と言わんばかりに苦い顔をされたことがあったりした。
(*1)ヨーロッパを中心に分布している少数民族で、多くの地域で「よそ者」として排除されてきた歴史がある。現在も差別の対象となってしまっている彼らは、ルーマニア国内に多く暮らしている
“ハーフ”に対する問題は日本で起きているもので、本当は当事者以外にも関係がないわけではないはずです。