CES 2016と「4K録画禁止騒動」から見る、映像ビジネスの行方 (後編) - 西田宗千佳の家電ニュース「四景八景」
今年もラスベガスに飛び、世界最大の家電ショーであるCESを取材してきた。その間、日本国内では「4K録画禁止」に関する騒動がネットを中心に巻き起こっていた。今回は、その背景について解説していきたい。
○降ってわいた「4K録画禁止騒動」の背景
一方、日本のニーズを見ると、4Kのディスクメディアには大切なものが欠けている。「録画」とその保存だ。現在のUHD BDはソフト供給用の「ROMメディア」だけであり、録画保存用については、これから進むところである。まずはハードディスク録画、ということになるだろう。
だが、ここにきて家電メーカーの頭を悩ませる問題が出てきた。
テレビ局が急に「4Kでは録画を許さない運用も視野に入れたい」と言い出し始めたのだ。
日本の放送と録画における運用ルールは、家電メーカーとテレビ局などが集まって作った「次世代放送推進フォーラム (通称NexTV-F)」で決めることになっているのだが、この検討の場で、民間放送キー局5社より、「4K録画禁止」もできる仕組みを取り込むよう、強い申し入れがあったという。
昨年12月25日に発行された「高度広帯域衛星デジタル放送運用規定」の資料では、無料番組と月極有料放送の複製について「T.B.D.」と記載されている。「T.B.D.」とは「未決定」、すなわち「このあと改めて検討」ということ。テレビ局の申し入れに対し、家電メーカー側が強く反発したために決定が見送られている。
正確に説明しよう。
日本のデジタル放送では、放送番組に「番組の録画時の振る舞い」を決めるフラグがセットで放送される。例えば現在は、10回までのダビングを認める「ダビング10」と、録画済みのデータを1度だけ別のメディアに書き出せる「コピーワンス」、そして、制限をかけない状態が規定されている。
4Kにおいてルールを定める中でテレビ局側は、「ダビング10」や「コピーワンス」とともに「複製 (すなわち録画とダビング) を一切禁止する」フラグを導入せよ、と迫った。フラグが導入されても、必ず録画が禁止になるわけではない。「録画できない番組が生まれる」だけだ。とはいえ、これまでは無料放送において「一切録画できない」番組はなかった。最悪の場合、テレビ局側はすべての番組に「複製禁止」フラグを立てることもできる。複製禁止フラグの導入は、実質的に「4Kでは録画という行為をできなくする」ことにつながりかねない。
テレビ局がなぜこのようなことを言い始めたのか? NexTV-Fに参加する家電メーカー関係者をヒアリングすると、「以前はそんな話はなかったのに、秋頃になって急に強く主張し始めた」という。
●「録画」を憎むテレビ局の本能
○「録画」を憎むテレビ局の本能
そもそも、テレビ局はずっと "録画" を快く思ってこなかった。
録画されると「CMの広告価値」が下がるからだ。実際、録画番組でCMを飛ばさずに見ている人は皆無だし、「この時間帯にはこういう人が見ている」というCM挿入の前提となる状況が崩れるため、生視聴に比べ、広告価値は下がる。テレビ局にとっては目の上のたんこぶのようなものだった。
とはいえ、いまさらそれを問題にしてもしょうがない。録画という行為を排除するのは難しいためだ。テレビ局もずっとそう思ってきた。
どうやらその認識を変える状況が出てきたらしい。筆者に対し、あるテレビ局関係者はこう話す。
「ネット配信がビジネスになりはじめたのが、問題を蒸し返す原因かもしれない」と。
2015年には、日本でもNetflixやAmazonがビジネスを開始し、「ネット配信向けのコンテンツ市場」の価値が高くなった。また、「TVer」をはじめとした、動画広告から利益を得る形の「テレビ番組見逃し配信」も登場し、ネットでテレビ番組をみる行為も、決して珍しいものではなくなった。
有料配信にコンテンツを出せば、テレビ局には視聴収入が入る。見逃し配信では、生視聴と同じく広告料が入る。しかも、見逃し配信は録画と違ってCMを飛ばすことができない。
2015年中に取材した複数のテレビ局関係者が、「まだ収入はごく小さいが、見逃し配信は今後の収入の柱になりうる。少なくとも録画されるよりはずっといい」と話していた。
テレビ局内でそういう論調が出てきたのは、2015年夏から秋にかけてだ。これは、NexTV-Fでテレビ局が「録画禁止の導入」を声高に主張し始めた時期と符合する。偶然とは思えない。
●テレビ局の「本当の顧客」は誰なのか
○テレビ局の「本当の顧客」は誰なのか
実際問題、ネット配信が定着すれば、録画という行為は減っていくだろう、と筆者は考えている。ネット配信や再放送が充実したアメリカには「録画」という行為がほとんどない。ほとんどの人は番組が「見られる」ならいいわけで、録画に対するモチベーションは非常に低い。
だがそれでも、録画には意味がある。
それは、4Kにおける配信とUHD BDの関係と同じだ。
手元に「録画したものを残したい」と思う人は、少なくなるだろうが、一定の数はいる。1970年代のテレビ文化を知る貴重な資料の多くは、当時まだ高価なビデオレコーダーを買い、熱心に録画をしていた人々の貴重なアーカイブから得られている部分が少なくない。配信だけに頼ると、そうした「文化を残す」行為も失われかねない。
「本当に、本音から録画を禁止したいのか、ちょっと疑問がある」
前出のテレビ局関係者は、筆者に問われてそう答えた。もちろん、テレビ局として録画にはあまりいい顔はしない。だが、いまさら止めろといっても無理筋なのでは、というのが彼の考えだ。
あれだけ権利に厳しく、録画文化の定着していないアメリカですら、無料放送に録画制限をかけることはしていない。録画禁止の話はさらにない。
日本でそこまで頑なになる必要が、どこにあるだろうか? 個人的には、有料放送ならば「録画禁止のものがある」のも致し方ないかと思う。しかし「無料放送」まで含め、そこまでやる必要があるだろうか?
さらに言えば、4K放送は当面、地上波に降りてくる予定がない。現在検討が進んでいるのも、衛星放送向けの運用ルールだ。4K向けには、アンテナをはじめとする衛星放送受信設備の改修が必要となるため、受信のハードルは高くなる。
さて、そこで「録画までできない」となると、みたいと思う人はどのくらいの数になるのだろうか? 日本でもネット配信はどんどん増える。アンテナを改修するより、テレビをネットワークにつなぐ方がずっと簡単で費用もかからない。
テレビは「みてもらってナンボ」の商売だ。そこで「みるためのハードル」を上げることが、産業のためにも放送のためになるとも思えない。録画でもネット配信でもいいから、「番組のファンになってもらう」ことが再優先ではないか。
全体をみて、より価値のある環境を作るという意味では、UHD BD実現のためにUHDAができたように「競合する相手すら巻き込んでビジネスプランに生かす」くらいの発想が必要になる。テレビ局には、真剣に「自分は誰に支持されて、はじめてビジネスになるのか」「自分たちのお客様は本当は誰なのか」という視点から再考を促したい。