「この1年、何してたんだろう…」 不安定な秋に効く“いつもと違うこと”
■とにかく過激! けれど誰もが感じている矛盾、失望、苦しみ
献身的に男に尽くす女を、善人であろうと振る舞う人を、この世に命を送り出して誇らしく思っているだろう全ての母親を、経験を積んだ老人を、リデルは全て「嫌悪」します。
(c) RicardoCarrillodeAlbornoz
その言葉は過激で、観ている者の心に刺さります。
しかしそこでは、実は誰もがこっそり感じている「正しいこと、いいことが全て受け入れられるわけではない」という“矛盾”や、その“現実に失望した苦しみ”が、はっきりと形になっているのです。
ある意味で彼女はとても正直で、純粋で、真面目な女性なのだと感じます。
リデルはその正直さゆえに、自分の理想を裏切る世界を創造した神を憎み、苦しみぬく一方で、その苦しみの先にあるものが何なのかを探求しています。
嫌悪と愛情が表裏一体であるように、現実に「失望」はしていますが、幼いころ信じていた神の存在を「諦め」てはいないのです。
これだけ世の中に対し悪態をつきながら、アルコールやドラッグなど安易な方法で幸せを感じることを否定し、演劇という形で思いを昇華しているのはそのためでしょう。
(c) RicardoCarrillodeAlbornoz
劇の最後では、年老いてピーターパンに捨てられたウエンディとリデル自身が対峙します。その瞬間は観ている者も、自分が抱えている不安や孤独と向き合うことになるでしょう。
普段なら触れあうことのないような世界観を通して、じっくりと自分との対話をしてみてはいかがでしょうか。
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フェスティバル/トーキョー(F/T)