2023年2月12日 06:00
伊藤さおり「高校3年間で男子としゃべったのは、5言くらい」
を歌っていい女気分に浸ったり、ビールのCMソングともなった『気分爽快』(’94年)に励まされたりしていました」
思うような活躍ができなかったとき、先に退団していた虻川さんからお笑いオーディションの誘いを受けた。
「なぜかこのときだけはすごくウケて、人生で初めて注目を浴びることに。プロダクションの社長にも『すぐにコンビを組むべきだ。今日、組んだらイタリアンに連れていってあげる』と言われて、21歳のときに虻ちゃんとお笑い芸人を目指すことになったんです」
ところが、ウケたのは最初だけで、その後、3年ほどは低迷。
「若い女性の大事な時期を、お金もない感じで暮らしていました」
『ASAYAN』(’95~’02年、テレビ東京系)の歌手オーディションに応募するなど、軸足がブレてしまうこともあった。
「同じ事務所にはアンタッチャブルさん、東京03さんたちがいて、ネタのクオリティが高いから、マネようとしても、頭が追いつきませんでした」
苦しんだ挙げ句、虻川さんと「実力派はもうあきらめよう。自分のできることをやろう」と、心機一転。カラフルなファッションと、オムニバス形式の短くポップなネタに切り替えた。