M-1王者を輩出、若手芸人に活躍の場を…“お笑い界の母”児島気奈さんがK-PROライブにかける想い
パンがあると、今度は『牛乳も欲しいわ』となる。そうなるうちにエスカレートして(笑)。売り上げが減ってしまうけど、おなかをすかしている芸人が喜んでくれるとうれしいし、ライブのランクによって高価なお弁当にしていくと、モチベーションも上がります」
毎回のように出る赤字は、自腹で賄うしかない。朝マックの店員やクレーム処理のコールセンター、栄養ドリンクの実演販売などのバイトをかけもちしていたという。
当時から気奈さんを知る、お笑いコンビのアルコ&ピース・平子祐希(45)が振り返る。
「気奈ちゃんって“私”を見せない。でも、ギャラもケータリングも出るのだから、どう考えても赤字で身を削っているはずなんです。だから芸人の間では“気奈ちゃんのためにウケよう”っていう気概がありました」
平子もほかの芸人同様、下積み時代は将来への不安が募り、毎日のように“いつまで続けられるのか”と気持ちも揺れ動いていた。
「ボクが芸人として食べられるようになったのは33歳。長い下積み生活で、唯一、プロとして扱ってもらえたのは、ギャラが発生したK−PROライブでした。自信を失いそうなとき、なんとか耐えることができた場所。