林真理子 101歳で旅立った母への「遠距離介護とみとり」
戦後、鎌倉に作家のための大学ができたが、祖母に反対されて行けなかったという。
「あのとき行っていれば、私は真理ちゃんなんかより、もっとすごい作家になっていたかもしれないのよ」
みよ治さんは、本気で悔しがっていた。90代になっても、短歌を詠み、クロスワードパズルを解いて、意気軒高に見えたみよ治さんも、その年、ベッドから落ちて骨折してから、寝たきりの生活になり、老いが目立つようになっていく。
「地域でいちばん優良といわれる介護施設へ入ったのですが……。介護って、やさしい中高年の女性にやってもらいたいんですけど、母は、60歳過ぎの、入居者かと思うようなオジサンにオムツを替えてもらっていて。プライドの高い人ですから、あれは、かわいそうだったな……」
施設には、みよ治さんの意思で入ることを決めたが、やはり悔いは残るという。
「これ、お母さんに食べさせてあげたかったなぁ、とか。母をうちに引き取っていれば、とか。
実際、家を建てるとき、エレベーターを付けて、母を引き取ろうとか、お手伝いさんをつけることも考えました。