くらし情報『大森一樹監督を悼む 林和男(ぴあ元編集長)』

2022年11月19日 07:00

大森一樹監督を悼む 林和男(ぴあ元編集長)

と名称を変える「‘77自主製作映画展」という映画祭を始め、全国から77本の作品を集めた。この年には、8ミリのムービーカメラの生産台数が161万台と過去最大を記録して、誰もが手軽に映画が撮れる時代が到来しつつあった。

大森監督との出会いから、今なお続き、今年44回目を迎えたPFFが始まったのである。

大森一樹監督を悼む 林和男(ぴあ元編集長)

『オレンジロード急行』撮影中のスナップ
翌1978年4月29日、大森監督は前年受賞した城戸賞のシナリオ『オレンジロード急行』を映画化、商業映画デビューを果たすという、これまた快挙を成し遂げた。この動きこそが、撮影所が映画監督を輩出しなくなったこれからの日本映画界に、自主映画出身の監督が次々に登場して来る原動力になったと言えよう。

奇しくも石井岳龍(總互)監督が8ミリ作品『高校大パニック』を日活でリメイクしたのもこの年だった。3月5日には駒沢公園の撮影現場に陣中見舞いを兼ねて訪問し、歴史が変わるであろうシーンを自分の眼にしかと焼き付けた。
大森一樹監督を悼む 林和男(ぴあ元編集長)

『暗くなるまで待てない!』サウンドトラック盤レコード
大森監督の一連の動きを成功させることこそが、日本映画の未来につながると信じたぴあは、『暗くなるまで待てない!』では、大して売れるはずもないサウンドトラック盤のレコードを発売し、『オレンジロード急行』では、これまた大して売れるはずもない映画の制作過程を描いた書籍『MAKING OFオレンジロード急行』を緊急出版した。

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