決して愛が醒めたわけではないのに、ふたりの間には確実に、以前にはなかった溝が横たわり、互いへ向けられる愛の言葉はすれ違い、噛みあわない。
井上が演出の宮田慶子と幾度も話し合っていたのがジョルジオの感情の揺れのさじ加減。クララを愛してもいるし、フォスカから離れられない気持ちもある――。宮田からはジョルジオの「わかんないんだ!」というセリフに触れ「本音で悩んでいるからこそ苦しく、哀しい」とアドバイス。
続いてクリスマスパーティでジョルジオ、フォスカ、そして彼女の従兄でジョルジオにとっては上官であるリッチ大佐らが集うシーン。ジョルジオの異動の通知、クララからの手紙、クララとジョルジオのある決断、嘆き、感情の爆発――運命の歯車が一気に動き出す。ここで改めて感じさせられるのがソンドハイムによる楽曲の難易度の高さだ。リズム、音程いずれをとっても、人気ミュージカルらしからぬ、そう簡単には口ずさめそうにない曲が続くが、それでも井上をはじめ、キャスト陣は力強い歌声で感情を紡いでいく。
何より、この難解さ、複雑さこそが、決してひと筋縄ではいかない入り組んだ彼らの“愛”を表しているようにも感じられる。絶望の淵でほとばしる激情、別離の哀しみの中からも伝わってくる温かみ、命が尽きようとするか弱さの中からなぜか感じられる炎のように強い愛情。