すでに新国立劇場でも同役を歌っているイレーネ・テオリンのブリュンヒルデは、北欧の歌手(スウェーデン生まれ)特有の透明で豊かな声で見事な貫禄。ブリュンヒルデが愛に目覚め、父ヴォータンに背いてゆく葛藤も巧みに演じている。そのヴォータンのグリア・グリムスレイは、ひと声で「神」を感じさせる。第3幕の『告別の歌』が、深く、神々しい。
この日のリハーサルは舞台装置も衣装も照明も付けて、音楽だけはピアノ伴奏による通し稽古だった。しかし、歌手たちがほぼフルヴォイスで歌っていたおかげもあって、音楽の密度の濃さは尋常ではなく、5時間超という長丁場を忘れてワーグナーの音楽に没頭した。ピアノ伴奏でオペラを観てこんなに熱中したのは初めてだ。これにあのスペクタキュラーなオーケストレーションが加わったらと思うとゾクゾクする。
全幕を通して傾斜ステージが特徴的な舞台はゲッツ・フリードリヒが1996年から1999年にフィンランド国立歌劇場で制作したプロダクション。物語に別の要素を加えたりすることなく、ワーグナーの世界を正面から見せてくれるので音楽に集中できる。ラストで、横たわるブリュンヒルデを炎の結界が囲んでゆくシーンは圧巻だ。