彼の音楽の流れにも気持ちを乗せやすく、自分の手にも1番しっくりくる感覚もあります」
技巧より表現。その感じ方は、より深化している。「それでも若い頃はやはり、いかに速く弾けるか、いかに間違いなく弾けるか、ということに捉われていましたけれども、今はもっと物語を語りたいというか、“音を弾く”ということからすごく離れることができるようになってきたように思います」
リストとの出会いは、ニューヨークで暮らしていた小学生時代にさかのぼる。父親に連れられて出かけたカーネギーホールで、当時ようやく西側での演奏活動を開始したラザール・ベルマンの演奏を聴いて鮮烈な印象を受けた。強靭なタッチで知られる20世紀のロシアの巨匠のひとりだ。「とにかく深い音。直接的な音というよりは、うゎーんという全体的な響きが新鮮でした」。そんな、音に「耳をすます」という聴き方は、正式にピアノを習い始めるよりも前に、音を探りながら自分ひとりで弾いていた幼い日からの、ピアノとの向き合い方のようだ。
ずっと変わらない原点。だから表面的な技巧の華やかさではなく、その音の導く、奥底の「表現」を自然に捉え、そこに寄り添おうとするのだろう。
6月のリサイタルには作家の神津カンナがゲスト出演する。