隣で瑞々しくも頼もしく場を引っ張る壱太郎とのバランスが絶妙だ。土佐将監役・中村歌六の厳しいが奥底に温かさを感じさせる佇まいや、ある知らせを持ってくる狩野雅楽之助役・中村歌昇の躍動感。さらに市川寿猿(中車ら澤瀉屋の最長老)が扮する女中お百の優しい眼差しも、今回ならではの“吃又”を形作る。
優秀な弟弟子の修理之助に、又平が仕事を譲ってほしいと縋りつく場面も見どころだ。修理之助を演じるのは、市川團子。苦しげに又平を見つめ、首を横に振る様子は清廉な美しさで、古典の主要な役同士では初の親子共演ということも忘れてしまうほどだ。
その後、又平が奇跡を起こして夫婦に笑顔が戻ってからは、中車の持ち前の愛嬌でクスリと笑わせる場面もあり。随所で見せる舞踊の所作もキチッと決まり、地道な研さんの成果を示した。
続く「浮世又平住家」は、師匠の命令で姫をかくまう又平の家が舞台。大津絵に描かれた人物が次々と抜け出して賑やかに踊り、追手を阻む。中村米吉扮する銀杏の前の赤姫ぶりが目にも楽しく、登場人物がズラリと揃う幕切れも文句なしの面白さ。客席からの大きな拍手が、その出来栄えの証拠だろう。
取材・文:藤野さくら