山内マリコ (著)
さて本題に入りますが、山内マリコさんの短編集で『パリ行ったことないの』という作品があります。この短編集の主人公である女性たちの大半は、パリに強い思い入れを持っているにも関わらず、一度もパリに行ったことがありません。1話目の主人公・35歳で独身のあゆこは、猫を飼っていることを言い訳に、パリはおろか海外旅行にも一度も行ったことがない。だけどふとしたきっかけから、「パリにすら行かずに、死んでもいいと思ったの?」と長い眠りから醒めたように決心し、フランス語の勉強とパリに行く準備をし始めます。
この短編集における「パリ」とは、実際のフランスの首都と必ずしも同じではなく、おそらくある隠喩的な意味を持っています。ずっと心のなかで引っかかっている場所、まだ足を踏み入れたことのない憧れの場所、今いるこの場所から異なる世界へ連れ出してくれる場所。小説の主人公である女性たちにとってはそれが「パリ」だったわけですが、私にとっても、あなたにとっても、きっとそんな場所があるはずです。それはどこかの海外の都市かもしれないし、地理的な場所ではなく何かの「状態」かもしれません(たとえばそう、結婚とか)。