タレントのマツコ・デラックス、お笑いタレントの大久保佳代子、いとうあさこが24日、都内で行われた花王の歯磨き粉『薬用ピュオーラGRAN』 新商品&新CM発表会に出席した。プライベートでは一緒にお酒を酌み交わすといういとうと大久保は、同CMでCM初共演。いとうが「飲み屋さんでは普通に喋りますが、向き合ってしゃべったら急に恥ずかくなりましたね(笑)」と振り返り、マツコ・デラックスは、いとうと大久保について「2人は謙そんするけど、世の中にこれぐらいの主婦がいるのよ。夜はキレイよ」と絶賛した。この日お披露目されたCMについてマツコ・デラックスは「あそこまでCGでやるなら全部やってよ」と相変わらずの毒舌も、「あっという間よ。そりゃあんた、おふたりが上手いからあっという間に終わりましたよ。私は巻くことだけ考えて生きてますから」と明かした。イベント中には、3人の口年齢チェック結果を発表。マツコ・デラックスが20代前半、いとうが40代前半、大久保が60代以上と診断された。3人の中で一番高評価だったマツコ・デラックスは「捏造してませんよね?」と信じられない表情で「私、46のおっさんだからね。私の全データで20代前半なんてないんだから。『薬用ピュオーラ GRAN』を使い続けたら10代になるんじゃない? 口だけ処女(笑)」とご機嫌だった。そんなマツコ・デラックスとは対照的に、60代以上と診断された大久保は「私はここ3~4年深めのキスをしていません。浅めのキスは嫌いなので、深めのキスができるように、お口のアンチエイジングケア元年として令和をスタートさせたい所存でございます」と口年齢の改善に意欲を見せていた。同社は歯磨き粉『薬用ピュオーラ GRAN(グラン)』を新発売。これに合わせて制作された新CM「グランな使者」編が4月26日から全国で放映され、グランな使者として登場するマツコ・デラックスが、アラフィフOLに扮してホテルのロビーで話している大久保佳代子といとうあさこにハミガキの提案を慈悲深き聖母のような口調で優しく説くというストーリーとなっている。
2019年04月25日「おひなさまをしまい忘れると、いき遅れる」というジンクスを、一度は聞いたことがあるのでは?芸能界には恐らくその昔、ひな人形を飾りっぱなしのままホワイトデーを迎えたであろう女性がちらほら。例えば、かつて浅倉南のネタで「今までに結婚式で払ったご祝儀、全部で3百うん十万円」と叫んでいた、いとうあさこさん…!■あの女芸人たちが未婚の理由は?面白いし、魅力的で恋愛経験もそこそこあるようなのに、THE独身のプロという感じの、いとうさん。幾度となくチャンスがあったであろう彼女が独り身なのはなぜなんでしょう?150以上ある星相タイプで性格・相性・運勢が詳しくわかる島田秀平さん監修の占いサイト『星相』で、いとうさん、そして、仲良しの大久保佳代子さんの生まれ持った星を占ってみました。併せて、23歳年下のMr.シャチホコさんと入籍したばかりの、ものまね芸人みはるさんの星もチェック!■いとうあさこが生まれ持つ星いとうあさこさん(1970年6月10日)の基本性格は…最も性質が強いのは「子だくさん星」でした。こちらは、人としての器が大きい“みんなの良きお母さん”的な意味を持つ星なのだそう。『進ぬ!電波少年』(日テレ系)の「電波少年的15少女漂流記」では“おかん”と呼ばれ、メンバーに慕われていた彼女。若い頃からそういうタイプだったんですね。“おかん”気質でありながら、こんな星も併せ持っています。◎ガラスのハート星言葉の裏側の意味を探ってしまいがちで、ほめられても素直に受け取れない。◎ガラスの十代星生涯を通じて「自分とは何か」「幸せとは何か」と模索し続ける。◎さみしがり屋星1人でいるのが嫌。誰も捕まらないと、ネガティブな想像を膨らませてしまう。なんというか…いろいろこじらせている感、満載。昔はダメ男にハマって貢ぎ続けた、などと語っていますが、それもこれも、この空回りしがちなキャラクターのせいだったのかもしれません。せっかく「モテ星」も持っているのにもったいない!■大久保佳代子が生まれ持つ星続いて、大久保佳代子さん(1971年5月12日)の基本性格はこんな感じ。一番性質が強いのは「旅行星」。旅行や出張が多く、行動範囲が多岐に渡ることから、幅広い知識や価値観が身につき、普通の人とは考え方が違うのだとか。確かに大久保さんって物事を斜めから見ているというか、女性の痛いところをいい感じに突いてきますよね。彼女が持つ星で気になるのは、◎不屈の精神力星どんな状況に追い込まれてもくじけない。恋愛では、諦めの悪さから誤解を招きがち。◎商売人星いたって現実的。金銭的にシビアな一面もあり、損することには手を出さない。◎なりあがり星自力で出世や幸せをつかむ。鋭い洞察力を駆使して時代を先取りする。星相の特徴を見ただけでも、彼女らしいなって感じがしませんか?エロ要素がないのは意外かもしれませんが、基本は真面目なコツコツ派なのでしょう。タレントとして不遇の時代にはOLをしていた大久保さん。苦労したからこそ自分に厳しく、お金にもシビアなのかも。結婚願望はあるようですが、残念ながら、性質の強い星相の中にいわゆる恋愛系の星相が見当たらないのも悲しいところ…。■みはるが生まれ持つ星最後は、新婚ほやほや!みはるさん(1970年2月9日)の基本性格です。最も性質が強いのは「癒やし星」。人の気持ちを和らげ、自分のことはそっちのけで相手を包み込もうとする星相です。ご主人のMr.シャチホコさんと一緒にいるのを見た他の芸人さんが、テレビで「お母さんに甘えてるみたい」なんて言っていましたが、年齢差があるからというだけでなく、もともと包容力のあるタイプなんでしょうね。そんな彼女は、他には以下のような星も持っています。◎離婚星ありふれた日常を好まない。恋愛面においても、障害のある恋ほど燃えやすい。◎スター星最強の運気を持っているが、謙虚で日夜努力を惜しまない。◎おやびん敵味方をはっきりと区別。仲間の面倒はとことん見るタイプ。年の差を障害と言うのはナンセンスかもしれないけれど、息子くらいの年齢の人と結婚するってかなり勇気の要ること。これらの星相を持っているからこそ、その壁を乗り越えられたのではないでしょうか。■あなたが持っているのはどんな星?生まれ持つ星をどう活かすか、によっても運命は変わってきそうですが、みはるさんはもともとかわいい年下男子との結婚に向いている星相を、いとうさんや大久保さんは結婚以外のことに夢中になりがちな星相を多く持っている印象を受けました。自分の性質や足りないものを知ったうえで、どのように行動すればいいかを考えると、素敵な恋愛や結婚を引き寄せやすくなるのかもしれませんね。今回、3人を占ったのは「基本性格」ですが、占いサイト『星相』では「トモダチ星相」「ふたりの共通点」「結婚相性」なども占えます。みなさんも自分のこと、意中のカレのこと、2人の将来のこと…あれこれチェックしてみてはいかがでしょうか?監修者紹介島田秀平お笑い芸人。2002年、お笑い芸人のかたわら“原宿の母”に弟子入りし、“代々木の甥”を襲名。歌謡界の大御所、お笑い、俳優、アイドル、モデル、政治家、ミュージシャン、アナウンサーなどの手相を片っ端から鑑定し、独自の「島田流手相術」を完成させる。「モテ線」「エロ線」「ギャンブル線」「あげまん線」等、誰もがわかりやすいネーミングが各界で話題を呼び、テレビ雑誌で幅広く活躍中。近年では、新たな誕生日占いを習得しテレビ雑誌で紹介している。
2019年03月03日2月23日、皇太子さまは59歳の誕生日を迎えられた。会見のなかで記者からは、新皇后となられる雅子さまについて「どういった内容でご公務、ご活動をされていってほしいとお考えでしょうか」と質問があった。しかし皇太子さまは、《今具体的にどういうものかということは、お答えできないのですけれども》と、明確な言及を避けられた。2月25、26日には天皇陛下のご即位30年を祝う茶会が開催されたが、雅子さまは欠席された。精神科医で立教大学教授の香山リカさんはこう語る。「いよいよ皇太子さまのご即位が近づき、雅子さまにとって『皇后』という言葉は大きなプレッシャーとなっているのかもしれません。一般の方ならば、適応障害であったとしてもリワーク(慣らし出勤)という形で段階的に仕事復帰ができます。しかし皇后になられる雅子さまは、一夜にしてお立場が変わってしまいます。皇太子さまはご即位後に、国際的に活躍される皇后・雅子さまを実現するためにも、今は雅子さまのプレッシャーになるようなご言動は避けられていると思います」今回は皇太子さまにとって、平成最後の会見だった。「宮内記者会は再三にわたり『雅子さまのご同席』を要望したのですが、実現しませんでした。雅子さまの記者会見は、ご病気になられて以来15年間、一度も行われていません。昨年6月の皇太子ご夫妻の銀婚式や、12月の雅子さまの誕生日にも会見を要請しましたが、宮内庁は聞き入れませんでした。お代替わりまで雅子さまの会見は“お預け”となってしまいました」(皇室担当記者)さらに前出の皇室担当記者は、愛子さまの近況を心配する。「この4月から学習院女子高等科の3年生になられる愛子さまですが、最近は学校をお休みがちなのです。愛子さまの体調不良も、雅子さまにとって不安要素になっているはずです」お代替わりとなる5月には、さっそくいくつもの重責が雅子さまを待っている。「宮内庁は、皇太子さまのご即位から数日以内に一般参賀を開催することを検討しています。新天皇皇后両陛下が国民の前に姿を見せられる初めての機会となるため、雅子さまが欠席されるわけにはいきません」(前出・皇室担当記者)2月22日午後には、安倍首相が東宮御所を訪問。お代替わりのスケジュールとともに国内外の情勢について報告したという。「首相が皇太子さまに直接説明するのは極めて異例です。安倍首相は5月26~28日の日程で調整が進んでいるトランプ米大統領の訪日についても報告したはずです。新天皇皇后にとっては外国首脳との初会談。しかも国賓待遇ですので宮中晩餐会も催されることになります。その様子は世界中に報道されるでしょうから、新天皇皇后の国際的な“お披露目”になるでしょう。雅子さまの語学力や外交的な知見が大統領相手にいかんなく発揮されれば、今後の『新しいご公務』への道も一気に拓けるかもしれません」(前出・皇室ジャーナリスト)新皇后となられるまであと2カ月。雅子さまは皇太子さまとともに、この重圧をはねのけることもできるはずだ――。
2019年03月01日《大君と母宮の愛でし御園生の白樺冴ゆる朝の光に》1月16日、歌会始の儀で発表された雅子さまのお歌である。天皇陛下と美智子さまが皇太子ご夫妻だったころ、お住まいだった東宮御所の庭に育てられた白樺が題材となっている。両陛下への感謝がこめられたお歌だったが、歌会始の儀が催された皇居宮殿「松の間」に雅子さまの姿はなかった。「両陛下が出席されてお歌を披露される歌会始は今回が最後です。’04年以降欠席されている雅子さまは、今年こそは出席したいという思いも強かったはずですが、7日に出席された昭和天皇三十年式年祭の翌日から体調を崩されてしまったのです」(宮内庁関係者)その後も発熱が続き、11日の講書始の儀、そして歌会始の儀も出席を控えられた。雅子さまにとっては悲痛な新年となってしまった。しかし、お代替わり後、新皇后の雅子さまを待ち受ける儀式やご公務の“試練”はさらに重い。5月から11月まで即位関連行事が半年以上にわたって続く。また、両陛下から引き継がれる重要なご公務も目白押しなのだ。「さらに安倍政権は、5~6月中に来日するトランプ米大統領と新天皇皇后両陛下の会見を計画しています。これほどの“過密日程”では、雅子さまがすべてのご公務に出席されるのは不可能に近いでしょう」(皇室担当記者)精神科医で立教大学教授の香山リカさんはこう語る。「雅子さまは適応障害で長期ご静養に入られて15年です。現在はかなり回復されていますが、ご病気になられる前の状態に戻られたとは言えません。雅子さまは新皇后になられてから役割を全うするために努力されると思います。しかし重圧も大きく、お疲れがたまります。いつ調子を崩されてもおかしくはないのです」雅子さまが適応障害と診断されて長期ご療養に入られたのは、’03年12月のこと。その半年後、皇太子さまが行動を起こされたことがある。雅子さまのお出ましが完全に途絶え、国民から心配の声が上がるなか、翌年5月の会見でこのように発言されたのだ。《雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です》“お世継ぎ”となる男子を産めなかったのに、海外訪問ばかりを望み、公務を休み続けている――。そうしたバッシングに心を痛めていた雅子さまを守るためになさった“人格否定発言”だった。しかし、このご発言は国民に衝撃を与えたばかりか、両陛下も困惑を示されることになった。秋篠宮さまは《せめて陛下と内容について話をして、そのうえでの話であるべきではなかったか》と皇太子さまに苦言を呈された。それから皇太子さまは論争を呼ぶような発言は控えられるようになり、雅子さまのご体調は「東宮職医師団」が毎年1回、文書で発表するだけになった。「宮内庁はこの15年間、体調には波がおありだと繰り返し発表しましたが、もう少し具体的な説明があってもよかったでしょう。雅子さまには、ご自身が国民の前でご症状について語られるには、少なからず恐怖があったはずです。一度でいいので、皇太子さまが国民の前でその説明をなさってもいいと思います」(香山さん)2月23日に59歳の誕生日を迎えられる皇太子さまは、例年のように会見に臨まれる。お代替わり前の会見は、この1回きりだ。“最後のチャンス”に、皇太子さまが再び立ち上がるのではと語るのは皇室ジャーナリスト。「現在は毎月、天皇陛下、秋篠宮さまとの“三者会談”が開かれています。お代替わりに向けた話し合いのなかで、皇太子さまは雅子さまのご体調についてもしっかり説明なさっていると思われます。今回は15年前とは異なり、お二方からの後押しもあるでしょうから、きっと雅子さまの不安を取り除く結果になるはずです」
2019年01月24日12月9日に55歳の誕生日を迎えられた雅子さま。皇后となられる日を5カ月後に控え、文書の中で決意を述べられた。お代替わりが近づくにつれて“新皇后”への期待が高まるなか、雅子さまを勇気づけているのが愛子さまのご成長だ。学習院女子高等科への入学直後には学校をお休みになることも多かった愛子さまだが、最近は活発なご様子が伝わってくる。11月の文化祭ではダンスも披露。ベラ・ソーンの『Call it whatever』とアヴリル・ラヴィーンの『What the hell』の2曲を踊られたという。「ダンス公演は観客が殺到して会場がパニックになるほどでした。そういった人気もさることながら、愛子さまの“人間性”も尊敬を集めています。中等科の卒業文集では『世界の平和を願って』という感動的な作文を書かれています。愛子さまは、戦地への“慰霊の旅”を続けられた天皇陛下や美智子さまのお考えも、しっかり学ばれているのだと思います」(学習院関係者)愛子さまは12月1日に17歳の誕生日を迎えられた。するとTwitter上でも《聡明な愛子さまに継がれてほしい》《早く愛子さまが天皇になれるようにしてほしい》といったツイートが。愛子さまに“待望論”が浮上しているのだ。このまま“男系男子”が維持されれば、秋篠宮さま、そして悠仁さまが将来の天皇になられる。それでも高まる“愛子さまを天皇に”の声。ただ、雅子さまは文書の中でこう述べられた。《私自身の経験からも、この年齢での経験というものは、その後の人生にとっても貴重な財産になるのではないかと思います》高校時代の雅子さまは、アイスホッケーの大ファンでご友人と観戦に通われていた。高校2年生でアメリカ・ボストン郊外の高校に転校されるとソフトボール部で大活躍。現地の新聞の一面に名前が載ったこともあった。「お言葉には、皇族として著しく成長されている愛子さまにも、ご自身と同じように“普通の高校生としての経験”をしてほしいという切実な思いが感じられます。眞子さまの件もあり、女性皇族の結婚のハードルはただでさえ上がっています。雅子さま自身も“お妃候補”として世間に取り沙汰されて悩まれた経験をお持ちです。愛子さまには1人の女性として、落ち着いて愛を育んでほしいと心の奥で望んでいらっしゃるでしょう」(宮内庁関係者)雅子さまは、母の戸惑いを隠されて、皇后へのご準備を続けられる。
2018年12月14日11月16日、秋の園遊会が東京・元赤坂の赤坂御苑で開催された。雅子さまは15年ぶりに園遊会全行程へ出席された。雅子さまがひときわ熱心に話されたのが、パラノルディックスキーの新田佳浩選手(38)と妻、知紗子さん(41)だった。新田選手は平昌パラリンピックのクロスカントリースキーで金と銀の2つのメダルを獲得している。’14年のソチ大会でメダルを獲得できなかった新田選手は、国内外に遠征する日々を続けた。その結果、家に戻るのは1年の3分の1だけになった。妻の知紗子さんは寂しがる長男、大翔くん(7)と次男の健翔くん(5)がかわいそうで泣くことも多かったという。しかし夫の固い意志を尊重し、夫が家族と交わした金メダルの約束を信じて家庭を支え続けてきた。雅子さまはその事情をご存じだったようで、新田選手夫妻に「メダルを取ったときに、(新田選手が)お子さまたち2人を抱きかかえていらっしゃいましたね」と、ほほ笑みながらお声がけされた。知紗子さんについては、「ご家族のサポート大変でしたね」と労われた。そのお言葉に、知紗子さんは「主人にとって家が帰ってきたい場所であるように、ただそれだけを務めさせていただきました」と答えた。すると雅子さまは、感心するようなご表情でおっしゃったのだ。「そうですね。それが一番ですよね」知紗子さんの“家庭を支える姿”に雅子さまは深く共感されたのではないかと、このご交流を知った前出の宮内庁関係者は語る。「雅子さまは今まさに“新皇后スタイル”を模索されています。お代替わりが近づくにつれて“新皇后が第一にすべきは天皇の妻として皇室を支えること”という思いが日に日に強まっているのではないでしょうか。かつてキャリアウーマン出身の皇太子妃として注目された雅子さまのイメージからは意外に思えます。外交官のキャリアを活かし、世界の貧困問題に取り組みたいお気持ちも変わっていないはずです。しかし今は、皇太子さまも願われる家庭の幸福こそが人と人とのつながりの基礎となり、ひいては平和の礎となるとお考えになられているのでしょう」美智子さまは常に陛下に付き添い、さらに皇后単独のお出ましも増やされて“平成流”を進められた。雅子さまは次の時代の皇后として、美智子さまと違うスタイルを模索されているのだ。皇室担当記者もこう考える。「雅子さまは園遊会直前に、1泊2日の山形ご訪問を見送られました。園遊会のために体調を整えられる必要があったのです。つまり、ご快復著しい雅子さまですが、依然としてご公務の“取捨選択”が必要な状況なのです。お代替わりはもう半年後。皇太子さまのサポートが最優先だとお考えになられたのでしょう」来年は即位の儀式などで、皇太子さまにとって多忙極まりない1年になることは間違いない。まずは新天皇をお支えすることから始めたい――。それこそが、新皇后となられる雅子さまの決意なのだ。
2018年11月14日「母国で開催される東京パラリンピックですし、活躍を楽しみにしています」雅子さまが、平昌パラリンピックのスノーボード金メダリストの成田緑夢選手(24)に、はつらつとした笑顔で話しかけられた。走り高跳びで東京での出場も目指している成田選手はこう語った。「お体を心配していたのですが、雅子さまはとても覇気のある話し方でいらっしゃいました。本当に元気が出ました。頑張ります!」11月9日、天皇皇后両陛下主催による秋の園遊会が東京・元赤坂の赤坂御苑で開催された。平成最後となった園遊会はあいにくの雨模様だったが、その雨が相合い傘で歩かれる両陛下の仲むつまじさを際立たせた。そして両陛下の有終を飾る大きなサプライズが、雅子さまの園遊会全行程へのご出席だった。これは実に15年ぶりのことだ。皇室ジャーナリストの渡邉みどりさんは感慨深げに話す。「雅子さまは、明るい黄色のお召し物に負けないくらい、とてもお元気そうなご表情でした。来年の園遊会はお代替わりの行事が多いので、春・秋とも行われない予定ですが、再来年からは雅子さまご自身が園遊会の主催者になられます。お手本になる美智子さまのお姿もしっかりとご覧になったはずです。皇后になられてからも、今回と同じように立派にお務めになるでしょう」雅子さまが和服をお召しになっていたことが、さらに驚きだったと言うのは皇室担当記者。「雅子さまは適応障害になられてから、和服でのお出ましを非常に苦手にされています。所作にも気を遣う必要があり、緊張をさらに高めてしまうからです。雨で足元も悪いコースを和服で歩かれながら招待者と歓談されるのは、決して楽なことではなかったと思います。それでも雅子さまは見事にまっとうされました」今回、和服でのご出席となった背景を宮内庁関係者が明かす。「平成最後の園遊会は和服にしますと、美智子さまが女性の皇族方に連絡されたそうです。雅子さまはそのお気持ちをお察しになって、美智子さまの花道を飾るために、最後まで笑顔で頑張られたのです」和服をお召しになって15年ぶりの“フル出席”。そこには雅子さまの奮起があった――。
2018年11月14日水谷雅子の新刊が間もなく発売へ2018年11月22日、双葉社から、『水谷雅子Beauty Book』が発売される。50歳を迎えた美魔女 水谷雅子が、老けて見えないメイク術やスキンケアのポイントなどを明かす。イメージ写真が豊富で、読みやすい1冊となっている。いつまでも若々しく、美しくあり続けたいと願う、全ての女性にオススメだ。水谷雅子は、オフィシャルブログの中で、同書への思いを次のように綴っている。50歳の記念になる本に仕上がりました。美に諦めがちな方も是非!自分にスイッチを入れて頂きたいです!(水谷雅子オフィシャルブログより)販売価格は1,620円。Amazon.co.jpなどで予約を受け付けている。50歳を迎えても美しい 水谷雅子水谷雅子は1968年9月15日生まれ。愛知県出身。身長は162cm、体重は47kg。「20代に見える40代」として、日本だけでなくアジアでも話題に。43歳のときに初出版をして、今年で50歳を迎える。趣味には、 オリジナル小物作り、美容&コスメ、ネイルなどを挙げる。『自宅で簡単セルフビューティー 水谷式頭皮エステ』、『食材で作るジャムウ式若肌フェイスパック』など著書多数。『水谷式ビューティーメソッド』と『水谷式仙人体操』のDVDも出版している。(画像は水谷雅子オフィシャルブログより)【参考】※水谷雅子オフィシャルブログ※水谷雅子オフィシャルサイト※Amazon.co.jp
2018年11月11日雅子さまは、被災者代表の前列で車椅子に座っていた古賀チトセさん(97)の前でしゃがみ、目の高さを揃えて少し話された後、両手でチトセさんの手を包まれた。「冷たいですね。大丈夫ですか?」しばらくすると皇太子さまも、雅子さまの手の上から手を重ねられた。お二人でチトセさんの手を温めながら、2分ほど歓談された。「天にも昇る気持ちで、私は本当に幸福者でした」目を潤ませるチトセさんは、昨年7月の九州北部豪雨の被災者。1泊2日で福岡県を訪問された皇太子ご夫妻は、2日目の9月26日には朝倉市の仮設住宅を訪れ、被災者をお見舞いに。ご夫妻は被災者代表一人ひとりとお話しされて、ご出発の予定を15分オーバーしてもさらにご懇談を続けられた。福岡ご訪問では、新宮町の障害児施設を訪問され、『世界社会科学フォーラム』の開会式とレセプションにもそろってご出席。1泊2日のご予定を完全にこなされた翌日、都内で「国際青年交流会議」の開会式にも出席された。さらに皇室ジャーナリストは、雅子さまの“ご快復”エピソードを明かす。「福岡ご訪問前の21日に、皇太子ご夫妻が訪れた墨田区の高齢者施設『東京清風園』での出来事です。入所者からアルパカのマスコットをプレゼントされた雅子さまが報道陣の前を通るとき、嬉しそうにそれをカメラのほうに向けられたのです。雅子さまは記者たちに『もらっちゃったわ』というような口の動きでほほ笑まれました。カメラに対する苦手意識を強く持っていらっしゃったとは思えないほどリラックスされていて、本来の雅子さまらしい、はつらつさが感じられて、お元気だった頃を思い出して感動してしまうほどでした」雅子さまの長期療養は’03年12月、帯状疱疹で入院されたことに始まる。40歳の誕生日を迎える5日前の出来事だった。適応障害という病名が診断された雅子さまはその後、1年に数回しかお出ましになれない期間が長く続く。「東宮職医師団は、雅子さまのストレス軽減を目的に薬物治療を施しました。その副作用で日中に眠気を催されることも少なくありませんでした。睡眠障害といっても過言ではありません。その影響もあり深夜の散策が日課となった雅子さまは昼夜逆転の生活を送られていた時期もありました。当然起床は遅くなり、皇太子さまとは別々に朝食を摂られることも多かったのです」(前出・皇室ジャーナリスト)しかし雅子さまはそういった状態から脱却され、快復に向かわれていると、宮内庁関係者が言う。「雅子さまが闘病を始められてから今年12月で丸15年になります。その節目に適応障害とは決別したいという、強い意志を持っていらっしゃるようです。最近は生活リズムも皇太子さまとほとんど変わらなくなりました。以前はご公務よりも私的な外出が多いことに批判の声もあった雅子さまですが、現在は日々の生活から“ご公務ファースト”の姿勢を貫かれているのです。毎年12月9日、雅子さまのお誕生日には東宮職医師団による病状の見解が発表されています。55歳になられる今年は、限りなく完全快復に近い診断書が出されるかもしれません」精神科医で立教大教授の香山リカさんも、雅子さまは「劇的に快復されている」と太鼓判を押す。「ご公務の出席も、雅子さまご自身でしっかりと計画を立てていらっしゃるはずです。お薬に関しても、朝昼夜と定期的に服用される必要はなくなっているでしょう。不安なときに、念のため携行されるのみではないでしょうか。皇后として、ご公務を怠ることなくお務めになるという目標には、かなり近づいていらっしゃるとみていいでしょう。一般の診断書でいえば定時の職場復帰は可能、つまり『復職可能』という段階です。無理は禁物ですが、ご公務ができていることが自信になり、さらに快復が期待できる状況だと思います」15年続いた闘病の日々を忘れさせるような秋晴れの笑顔。これからはもう、曇ることはないはずだ。
2018年10月04日東京・六本木のサントリー美術館で『京都・醍醐寺―真言密教の宇宙―』展がはじまりました。同展の仏像大使に就任したイラストレーターのみうらじゅんさんと、作家のいとうせいこうさんがプレス内覧会に出席。展覧会の見どころや楽しみ方を語ってくれました!どんな展覧会?【女子的アートナビ】vol. 127『京都・醍醐寺―真言密教の宇宙―』展では、874年に開山した京都・醍醐寺に伝わる約15万点の名宝のなかから厳選された国宝・重要文化財など約100件を紹介。会場内には美しい仏像をはじめ、絵画や書跡など貴重な寺宝が並んでいます。また、醍醐寺は豊臣秀吉が行った「醍醐の花見」をはじめ、創建時から天皇や有力武士などとの深い関わりがあることでも知られています。そんなお寺が所蔵する為政者たちゆかりの品々を見ながら、歴史についても知ることができる展覧会です。“密教”って?作品を見る前に押さえておきたいワードが、“真言密教”。真言密教とは、平安時代のはじめ、弘法大師空海が中国で学び日本に伝えた仏教の教えのことです。同展担当学芸員の佐々木康之さんによると、真言密教のお寺として開かれた醍醐寺では、儀式など“祈りの実践”を重視していたとのこと。そのため、祈りの場に欠かすことのできない仏像などが多くつくられたそうです。会場では、2メートル近くある国宝《薬師如来および両脇侍像》などの仏像をはじめ、曼荼羅(まんだら)などの仏画、儀式で使われる仏具など、密教美術の名品を見ることができます。仏像大使が登場!プレス内覧会では、仏像大使に就任したみうらじゅんさんといとうせいこうさんが出席。まずは重要文化財の《五大明王像》前でフォトセッションが行われました。この仏像群は、平安時代につくられたもの。いとうさんによると、これらの仏像は「ライオンみたいな目玉をしていたりして、醍醐寺オリジナルという感じ。ふつうの五大明王とはだいぶ違う」とのこと。五大明王のなかでも特におふたりが気に入っているのが『大威徳明王(だいいとくみょうおう)』。この仏像の前で、いとうさんは「牛ちゃんがめちゃかわいい。ふつうはあんなにかわいくないんですよ」と大興奮。みうらさんも「そうそう」と激しく同意していました。「密教界のお宝が相当あります!」その後、囲み取材に応じたおふたりは「ここには密教界のお宝が相当ある」といい、特に空海の書を絶賛。「だいたい空海のものって『伝』と書いてあって偽物が多いけど、ここのは本物ですから。なかなか見られないですよ」と力説していました。また、360度展示になっている重要文化財の《如意輪観音坐像》についても、「あの如意輪はすごくきれいです」「めちゃめちゃいい。バランスがいいよね」と大絶賛。仏像大使として熱くPRしていました。「ぼくらは物欲担当…」ちなみに、おふたりは展覧会グッズの監修も担当。「ぼくら “物欲” 担当ですから。仏様の “仏欲” ではなくモノのほうね」といいながらオリジナルグッズを紹介。特にオススメは「光仏」というプロジェクターライト(税込¥700)。壁などにこのライトを当てると美しいお不動さんの光が写し出され、悪いものを打ち払うための効果があるかもしれない……とのことです。密教美術というと難しそうなイメージがあるかもしれませんが、仏像の豊かな表情や造形美を見ているだけでも十分楽しめます。さらに、作品解説を読んだり音声ガイドを聞いたりすれば、より深く楽しめるはず。まずは会場に足を運んでみてくださいね。Information会期:~11月11日(日)※会期中、作品保護のため一部作品の展示替えがあります。時間:10:00〜18:00(金・土および10月7日[日]は20:00まで開館)※入館は閉館の30分前まで休館:火曜日(ただし11月6日は18時まで開館/shop×cafeは会期中無休)会場:サントリー美術館料金:一般¥1,500/大学生・高校生¥1,000/中学生以下無料
2018年10月01日髪をアップにされ、白いスーツをお召しになった雅子さまがお見送りの言葉をかけられると、皇太子さまも晴れやかなご表情をお見せになった。9月7日の朝に出発された皇太子さまは、15日までの日程でフランスを訪問されている。「フランス政府から皇太子ご夫妻に招待があった公式訪問です。4月には、雅子さまも同行されるという報道があり周囲の期待も高まったのですが、実際にはまだ検討段階でした。9日間にわたる長丁場であり、ご滞在中も行事や交流会が目白押しの過密スケジュールということで、最終的に雅子さまのご同行は断念せざるをえなくなりました」(宮内庁関係者)外交官として活躍されていた雅子さまにとって、皇室外交に携わることはご結婚当初からの悲願。それゆえに渡仏断念はつらい決断と思われる。しかし、皇太子さまを見送られる雅子さまのご表情はとても明るかった。「外国への公式訪問ですから、国内の行啓のように行事ごとに出席するか否かを選択するのは難しいのです。すべての行事に出席されるか、ご訪問自体を取りやめるか、二者択一だったわけです。残念ながらすべてをこなすのは難しいと、雅子さまご自身が判断されたと聞いています。9月末には九州北部豪雨の被災地を訪問されるご予定もあり、そちらを優先したいというお気持ちもあったのでしょう」(前出・宮内庁関係者)立教大学教授で精神科医の香山リカさんは、こう話す。「主治医の判断に依存せず、ご自身でご公務への出席を判断されるようになっていらっしゃるならば、かなり回復されているとみてよいと思います」雅子さまの「劇的ご回復」があったからこそ、渡仏断念も前向きに受け止められたはずだと語るのは、皇室ジャーナリスト。「この夏のご静養先では、皇太子ご一家は駅頭の取材だけではなく、須崎御用邸、那須御用邸の中で記者に対応されました。雅子さまは今年6月の銀婚式では会見を見送られるなど、これまでは報道陣の取材に苦手意識を持っていらっしゃいました。それでも2度も積極的に取材対応をされたのは、雅子さまのご体調がよいことの証であると同時に、新皇后への決意の現れにも感じられます」皇太子さまはフランスへのご出発を前にした記者会見で、雅子さまの国際親善への関わり方についてこう述べられた。《外国への訪問だけではなく、賓客の受入れや日本で開催される国際的な行事への出席など、いろいろな形があります》《外国で暮らした経験、あるいは仕事で外交に携わってきたことは、必ず役に立つものと思います》前出の皇室ジャーナリストは、皇太子さまの発言に“新皇后”へのビジョンが垣間見えると語る。「皇太子さまが、雅子さまの外交官の経歴をこれほど強調されたことは、今までにありませんでした。このお言葉には、順調に回復されている雅子さまへの大きな期待がこめられていると思います。雅子さまの海外ご訪問が実現するには、まだ時間がかかるかもしれません。だからこそ皇太子さまは、まずは国内のご公務で外交官の経験を生かすことを提案されたのでしょう。雅子さまとおふたりで『新しい皇室外交』を築くことを切望されているのです」皇太子さまの後押しで、雅子さまは焦ることなく、“新皇后外交”への第一歩を踏み出される――。
2018年09月13日日本で初めて漫画部門を設立し、漫画文化を発信し続ける川崎市市民ミュージアムでは、連載50周年記念特別展「さいとう・たかを ゴルゴ13」を9月22日から11月30日まで開催する。孤高の超A級スナイパーとして圧倒的な存在感を放つ劇画『ゴルゴ13』。本名、国籍、生年月日などすべて不詳ながら、任務遂行の姿勢、名言、信条などは、大勢のファンの心をとらえて離さない。『ビッグコミック』(小学館)での連載開始は1968年11月。総発行部数は2億部を突破し、コミック界における連載最長記録を更新し続けている。連載50年を記念した同展が、大阪、盛岡に続き、今回、待望の首都圏に巡回。全5章で構成され、初公開となる貴重な原画の数々や、門外不出だったさいとう・プロダクション内“武器庫”のモデルガンを展示する他、ゴルゴ愛用の銃「アーマライト M16」の体感コーナーや仕事場の再現コーナーも設置、さらに分業によるゴルゴ制作の裏側にも迫る。『死に絶えた盛装』©さいとう・たかを名作『海へ向かうエバ』の初公開となる原画15点とともに1話を読み切ることができる「エバコーナー」、著名人から送られた「ゴルゴへのラブレター」、貴重な『別冊ビッグコミック』『ビッグコミック増刊』(小学館)の全巻展示も見どころ。記念撮影ができるゴルゴの等身大フィギュアも登場する。川崎展独自の関連イベントも多数開催。9月30日には、劇場版アニメーション『ゴルゴ13』を、11時と14時から会場1階の映像ホールで上映する。11月3日の13時からは、開館30周年を迎える同館の開館記念特別イベントとして、「さいとう・たかを サイン会」を開催。当日、特別展図録(税込2,000円)を購入した先着100人に整理券を配布、目の前でさいとう・たかを自らが直筆で直筆サインを書き入れる大変貴重な機会となっている。11月4日の14時からは、同展の公式テーマ曲『13th Shot』を制作したロックバンド・BOWWOWのギタリストである山本恭司によるスペシャルライブを開催する。この他、マンガのストーリーの組み立て方を体験できるワークショップ「写真を撮ってマンガをつくろう!」や、ベビーカーツアー、ギャラリーツアーなども開催。さらに、ミュージアムショップでは、さいとう・たかを監修による数量限定フィギュアを始め、展覧会場でしか入手できないオリジナルグッズを多数販売する。【展覧会情報】連載50周年記念特別展「さいとう・たかを ゴルゴ13」用件を聞こうか……会期:9月22日~11月30日会場:川崎市市民ミュージアム 企画展示室 1、アートギャラリー1・2・3住所:神奈川県川崎市中原区等々力1-2(等々力緑地内)時間:9:30~17:00(最終入場は16:30まで)料金:一般1,200円(960円) 65歳以上・大学生・高校生1,000円(800円) 中学生以下無料 ※( )内は20名以上の団体料金、障害者手帳等をお持ちの方およびその介護者は無料休館日:毎週月曜日(ただし9月24日、10月8日は開館)、9月25日、10月9日
2018年08月08日鮨店「鮨つぼみ」が2018年7月5日(木)中目黒にオープンする。名店・鮨さいとうがプロデュースする「鮨つぼみ」「鮨つぼみ」をプロデュースするのは、ミシュラン三ツ星に輝く名店「鮨さいとう」の齋藤孝司。店の設計から食材の調達、器選びに至るまですべて齋藤が担い、細部に至るまで最高峰の鮨店のエッセンスが散りばめられた。カウンターの客席10席のみというシンプルな店内で、齋藤の弟子が丹精を込めて提供する。仕入れ先は「鮨さいとう」と同じ鮨のネタは、毎朝築地で仕入れて仕込むもの。「鮨つぼみ」の仕入れ先はもちろん「鮨さいとう」と同じ。店主が同じルートを使って新鮮なネタを仕入れ、そして素早く仕込む。こだわりのシャリ大きめの粒の古米を使ったシャリは、季節やネタの種類によって水分量や温度を変えて炊きあげ、ネタの美味しさを最大限に引き出せる仕上がりにこだわった。ちなみに、シャリに使用するのは赤酢と塩のみで砂糖は使用しない。ネタによって温度を変えるシャリの温度がネタによって変わるのもこだわりのポイント。例えば脂分の多いネタには人肌よりも温かく、鯵などには少し低めに設定。各々の鮨によって丁寧に変えていく。また、ネタの旨味を存分に引き出した雑味の無いピュアな味わいの鮨は日本酒はもちろん、ワインとの相性も良いのが特徴。ドリンクメニューも豊富に用意されてるので、好みのスタイルで最高級の一貫を楽しむことが出来る。鮨つぼみオープン日:2018年7月5日(木)住所:東京都目黒区東山1-21-26営業時間:18:00~、20:30~電話番号:03-6451-0903価格:お任せコース 20,000円+税
2018年06月28日「雅子さまは、25年前と変わらずおきれいでした」 5月25日、滋賀県米原市の福祉施設「ふくしあ」で、皇太子ご夫妻をお出迎えした藤原紅美さん(35)が笑顔で話す。ご夫妻が同県を訪問されたのは、26日に長浜市で開催された『全国「みどりの愛護」のつどい』ご臨席のため。雅子さまにとっては、半年ぶりとなる地方ご公務だ。 「お二人はご成婚から2カ月後の’93年8月にも、滋賀県を訪問されています」(皇室担当記者) 実はそのときも、お出迎えしたという藤原さん。当時は10歳の少女だったが、現在は3歳の長女と生後3カ月の長男、2児の母親である。 「雅子さまはスヤスヤと寝ている長男をご覧になって『お体に気を付けてくださいね』と、いたわるように声をかけてくださいました」 「ふくしあ」では、発達支援を受ける子どもたちと交流された皇太子ご夫妻。リハビリに励む子どもが、3歳を迎えたばかりとお聞きになると、雅子さまが「ハッピーバースデー」をお歌いになり、皇太子さまも追いかけられるようにハーモニー。室内がハッピーで、温かい空気に包まれた。 「このあと、皇太子さまお一人で『ヤンマーミュージアム』をご訪問予定だったのですが、雅子さまもご一緒だったので驚きました。雅子さまは今回のご訪問を、ひそかに楽しみにされていたのだと思います。というのも、お二人が新婚当時に訪れた場所のなかでも、滋賀県には特別な思い入れがあるからです」(宮内庁関係者) ’94年1月、雅子さまにとって初めての歌会始で、皇太子ご夫妻はそろって、前年の滋賀県の場面を歌に詠まれている。 皇太子さま《我が妻と旅の宿より眺むればさざなみはたつ近江の湖に》 雅子さま《君と見る波しづかなる琵琶の湖さやけき月は水面おし照る》 25年前、皇太子ご夫妻はご宿泊になったホテルのお部屋から、暮れゆく琵琶湖をご覧になった。今回のご訪問中も、お二人は「琵琶湖が美しかったね」「あの夜、満月がとても綺麗で、心に残っています」と話されていたという。そして、6月9日に迎えられる銀婚式を前に、皇太子ご夫妻は再び琵琶湖を望むホテルにご宿泊されたのだ。 「思い出の湖畔を訪れる“追憶の旅”で、雅子さまは皇室での25年間を振り返られたはずです。その中には、おつらい記憶も少なからずあったでしょう。それでも雅子さまが、2日間ずっと明るいご表情でいらっしゃったのは、まさに“新婚時代のように”前向きなお気持ちで、お代替わりを見据えていらっしゃるからにほかなりません。初日にお召しになっていた純白のパンツスーツが、そういったご心境を象徴しているようでした」(前出・宮内庁関係者) 皇太子さまと寄り添われ、雅子さまは明日へのご決意を胸に“新たなスタート”を誓われたに違いない――。
2018年06月01日美智子さまが、そっと雅子さまの腕をお持ちになって、「来年から、この方が名誉総裁よ」というように、会場に“お披露目”された。最初は驚いたご様子だった雅子さまも、すぐに笑みを浮かべられる。すると、会場には万雷の拍手が巻き起こったーー。 5月18日、明治神宮会館で開催された全国赤十字大会。その式典のフィナーレに起こった出来事である。毎年、大会を取材してきた皇室ジャーナリストも、興奮気味に話す。 「お代替わりに伴う“皇后の引き継ぎ”を象徴するシーンで、非常に感動的でした。常に天皇陛下をお支えすることを第一にお考えの美智子さまですが、唯一、ご自身が名誉総裁職を務められている日本赤十字社の大会だからこその、大胆なサプライズ演出と言ってもいいでしょう」 次期名誉総裁の雅子さまは、長期ご療養に入られた’03年以来、今回が15年ぶりのご出席だった。雅子さまのプレッシャーは非常に大きかったが、雅子さまは皇太子妃として臨まれた最後の日赤大会を、見事に務められた。 そして、妃殿下方が会場からロビーにお出ましになると、またしても“サプライズ”といえる光景がーー。 「順番に実践活動の報告者や関係者にお声がけをされるのですが、美智子さまのあと、雅子さまと紀子さまがお顔を見合わせ、スッと寄り添われて、お2人ご一緒に関係者と懇談され始めたのです。仲の良い実の姉妹のようで、見ているこちらまで胸が温かくなりました」 雅子さまと紀子さまの息の合った“15年ぶりツーショット”が、全国赤十字大会で実現した背景には、ゴールデンウイークに皇太子ご一家と秋篠宮ご一家が一緒に過ごされた御料牧場でのご静養があるというのは、皇室ジャーナリストだ。 「両家でお食事をされ、来年のお代替わりに向けてさまざまなお話をされました。その中で全国赤十字大会についても、毎年出席されてきた紀子さまに、雅子さまが相談されたのでしょう。式典後も、紀子さまは常に雅子の一歩後ろに立たれて、雅子さまの不安を少しでも和らげようと、気遣われているように感じました。雅子さまには、とてもお心強かったと思います」 来年春のお代替わりによって、雅子さまは新皇后に、紀子さまは皇嗣妃になられる。 「ご譲位後のご公務の分担など多くの課題が残っている皇太子家と秋篠宮家ですが、すでに両家の間では、かなり具体的に話し合いが進んでいるように思われます。それらの話し合いの中で、雅子さまと紀子さまに強い信頼関係が生まれたのでしょう。皇后陛下と皇嗣妃殿下、お代替わりでそのお立場には今以上に大きな差が生じます。しかし雅子さまと紀子さまは、『2人で協力して、これからの皇室を支えてきましょうーー』そういった思いで、平成最後の赤十字大会に臨まれたのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者) 皇后として、皇嗣妃として……。お2人の役割は違っても、皇室の未来を担うお気持ちはひとつーー。
2018年05月25日雅子さまは5月13日、皇太子さまや愛子さまとともに皇居を訪問された。ご一家は両陛下と、皇居にある紅葉山御養蚕所を訪問し、美智子さまから直接、作業や施設について説明を受けられたという。 5月10日の宮内記者たちへの定例会見で、お代替わり後に、皇居内での養蚕は「美智子さまから雅子さまが引き継がれる」と明らかにされた。皇室ジャーナリストの渡辺みどりさんはこう評価する。 「雅子さまが自ら継承を申し出られたところに、揺るぎのない“新皇后となられるご自覚”を感じます」 歴代の皇后の手による養蚕は、「日本書紀」にも記述があるほど長い歴史を持つ。1871年に“皇后の仕事”として復活後は、美智子さままで4代、147年にわたって引き継がれてきた。 「すでに国の基幹産業ではなくなった養蚕が、皇后の神事として平成の現在まで継承されているのは、美智子さまの強い思いがあるからです」(皇室担当記者) 愛子さまと悠仁さまのご誕生に際しては、自らお育てになった蚕「小石丸」の絹糸で産着をお仕立てになり、贈られた。また、眞子さまが小学3年生のときには、養蚕についての長い手紙を贈られた。美智子さまは、次世代の皇室にも養蚕を継承してほしいと思われていたはずだ。しかし、次の皇后であり継承者となられるべき雅子さまには、なかなかそのお気持ちをお伝えになることができなかった。 「美智子さまは大きなジレンマがありました。雅子さまに継承してほしいお気持ちと、療養中の雅子さまに無理をさせたくないお気持ちの間で、ずっとお悩みになっていたのです。雅子さまは、そのお気持ちをお察しになって、今年が最後となる美智子さまの養蚕、そしてお代替わりまで1年というタイミングで一念発起、継承を直訴されたのです」(前出・皇室担当記者) 側近を介しての正式な伝達は4月末だったが、雅子さまは美智子さまに、前もって継承の意志をお伝えしていたのでは、と宮内庁関係者は話す。 「その機会があったのは、4月10日、両陛下の結婚記念日の夕食会です。これまでのお気づかいに『ご恩返しを』と考えられ、雅子さまが申し出られたのでしょう。美智子さまは、『無理をせず、できる範囲でいいから』と、雅子さまの背中をやさしく押されたに違いありません」 美智子さまが養蚕に取り組まれるお姿を、じかにご覧になった雅子さま。 「雅子さまが御養蚕所を訪問された5月13日は、母の日でもありました。皇太子ご一家の、美智子さまへ温かなご配慮が感じられます」(前出・皇室担当記者) ずっと願われていた、雅子さまとご一緒の養蚕。美智子さまにとって、なによりの「母の日」のプレゼントになったにちがいない。
2018年05月18日東京都港区の「ホテルオークラ東京」別館に到着された皇太子さまと雅子さまが式典会場に入られると、招待客が万雷の拍手でお迎えした。4月18日、皇太子さまご夫妻は日本とアメリカの交流団体「ジャパン・ソサエティー」の記念式典へご出席に。 「髪をアップにされた雅子さまは、ご表情も明るかったです」(宮内庁関係者) お代替わりを1年後に控える皇太子さまと雅子さまは、6月9日に銀婚式を迎えられる。今年に入ってから記者クラブ「宮内記者会」は、この日に向けて東宮職に、ある強い要望を出しているという。 「結婚25年を記念して、ご夫妻お揃いでの“銀婚式会見”を開いていただきたいという要望です」(宮内庁関係者) 天皇皇后両陛下も、皇太子ご夫妻時代の’84年、銀婚式をお迎えになり、おそろいで会見に臨まれている。 「雅子さまが最後に会見に出席されたのは、長期ご療養に入られる前の’02年12月。それから実に15年半もの間、会見が開かれていません。宮内記者たちにとって銀婚式は、雅子さまの貴重な肉声を取材・報道できる千載一遇のチャンスなのです」 しかし、前出の宮内庁関係者の表情は暗い。 「現時点で、銀婚式の記者会見を実現するのは、非常に難しい気配です。なぜかというと、雅子さまご本人が、会見出席を断固として拒否されているからだそうです」 適応障害の療養に入られる前は雅子さまも、多くの記者会見に臨まれてきた。 「しかし、それが批判的な報道に繋がったこともあり、雅子さまにとっては“トラウマ”というほどの体験だったようなのです」 そう話すのは、ベテランの社会部記者だ。 愛子さまご誕生後の’02年12月、ニュージーランド、オーストラリアご訪問に際しての会見では、ご結婚後8年間お子さまに恵まれず、なかなか海外に出られなかった苦しさをお話しになった。それは、海外生活が長く、外交官を志されていた雅子さまにとっては率直なお気持ちだった。 だが、言葉尻をとらえて「皇室の将来を担う男のお子さまを産むことより、自分の好きな海外訪問のほうが大事なのか」などと筋違いの批判をする記事も散見された。 「雅子さまにとっては、悪夢のような出来事だったでしょう。帯状疱疹を発症し緊急入院されたのは、その1年後、40歳のお誕生日会見の直前でした。適応障害を発症されたのも、会見ご出席の重圧が要因の一つになった可能性があります。それ以来、雅子さまは報道陣との接触を極端に避けられるようになりました。地方でのお出ましでも、集まった記者団の前を車で素通りされることもあり、記者クラブとは一時“冷戦状態”となってしまいました。今回も理由を説明せず銀婚式会見を行わなければ、再びその状態に陥ってしまう可能性もあります」(前出・社会部記者) しかし、適応障害の回復期にある方たちにとって、自分の状況を周りの人たちに説明することは、改善への大事なステップともいわれている。精神科医で立教大学教授の香山リカさんはこう話す。 「雅子さまもいずれ、会見で国民に説明される機会は、必要になってくるでしょう。しかし、今は皇后となることが最優先です。それ以前に記者会見で失敗されると、せっかくの回復傾向が逆に悪化に向かう可能性もあります。皇太子妃として、ご自分のお言葉で語られることは大切ですが、新皇后になられてからでも遅くはないと思います」 雅子さまが会見のトラウマを払拭され、自ら語られる日が早く訪れることを願いたいーー。
2018年04月25日雅子さまの妹・節子さん(51)が、夫・渋谷健司氏(52)とひそかに離婚していた。’99年6月の結婚から19年目のことだったという。 現在は東京大学大学院教授で、公衆衛生を専門としている渋谷氏。東京大学医学部を卒業し、ハーバード大学で博士号を取得したという“エリート”で、節子さんとはハーバード大学で出会った。渋谷氏の友人の1人は驚きを隠さない。 「渋谷さんの誕生日は3月上旬です。フェイスブックでお祝いのメッセージを送った友人たちに、彼から写真といっしょにメッセージが送られてきたのですが……」 なんと、写真で渋谷氏に寄り添っているのは“妻”節子さんではなかったのだ。メッセージにはこんな一文も。 《この度Akie Funahashiさんと入籍しました》 前出の友人が続ける。 「突然の再婚報告にも驚きましたが、それよりも“いつの間に節子さんと離婚したのか?”という疑問が、頭の中をグルグル回って……」 取材を進めると、渋谷氏と節子さんが離婚したのは、昨年秋頃であることがわかった。 「渋谷さんのメッセージにあった“Akie Funahashiさん”はフリーアナウンサーの舟橋明恵さん(40)のことです。渋谷さんは2~3年ほど前に舟橋アナのインタビューを受けたそうで、すぐに意気投合したと言っていましたからね。もしかしたら彼女と交際するようになって離婚を決意したのでしょうか……」 節子さんと離婚してから、わずか数カ月後の舟橋アナとの“電撃再婚”。神奈川県内の舟橋アナの実家では、父親が対応してくれた。 「3月の初めごろに娘から電話で『入籍したから』という話は聞きました。うちは初婚ですが、お相手の渋谷さんが再婚だと言っていましたね。そのときに雅子さまの妹さんと結婚していたということも聞きました」 03年に適応障害を発症され、闘病を続けていらっしゃる雅子さま。一時は宮中で孤独を深められていたが、妹たちは貴重な相談相手だった。 「06年の夏休みに雅子さまは、皇太子さまと愛子さまもご一緒に、オランダで静養されました。当時、スイスに滞在中だった渋谷健司さんと節子さんも、ご静養先を訪れています。もちろん節子さんはスイスから日本に帰国してからも、雅子さまのご闘病を支え続けました」(宮内庁関係者) すでに渋谷氏は舟橋アナと東京都内のマンションで新生活を始めている。3月下旬、マンション付近を訪れると、手をつないで歩く2人の姿があった。買い物のための外出だったようだが、帰宅した渋谷氏に離婚について聞いた。 ――昨年に節子さんと離婚したと伺いましたが? 「それはプライベートなことですので……、すみません」 ――離婚の原因は舟橋アナとの交際だったのではないかと考えているご友人もいますが? 「それはないです!それは本当にないです!」 ――離婚のことは雅子さまにもご報告したのでしょうか? 「……失礼します」 “不倫説”については否定した渋谷氏だったが、雅子さまのお名前にハッとしたように無言に戻り、自宅マンションへと入っていった。
2018年04月03日「紀子さまが消沈気味の一方で、雅子さまのご表情には、以前にも増して自信が満ちあふれているというのです」 宮内庁関係者は、皇族方の間でこんな話がささやかれていると明かす。 「紀子さまにとっては、眞子さまの婚約延期、そして思春期を迎えつつある悠仁さまへの影響も心配なのでしょう。対照的に、次期皇后への意気込みも後押ししているのか、雅子さまの“勢いが増している”ご様子なのだそうです」 そんな雅子さまの“笑顔回復”ぶりを、次期皇后をお譲りになる美智子さまも喜んでいらっしゃるだろう。ところが宮中祭祀の大祭「春季皇霊祭・神殿祭の儀」を翌日に控えた3月20日、宮内庁から「皇后陛下のご体調とご日程について」という発表があった。 《皇后さまには今年1月頃から、時におみ脚に強い痛みがあり、日常生活への大きな支障はないものの、お痛みは断続的に続いておられます》 持病のために、祭祀への出席を取りやめられるというのだ。秋分の日の「秋季皇霊祭・神殿祭の儀」へもご出席にならないと、同時に発表された。差し迫った祭祀だけではなく、半年後の秋の祭祀までご欠席を発表――。これが“異例のこと”だと語るのは、祭祀に詳しい神社関係者だ。 「神前で重い装束をお召になり、膝立ちで前後する膝行・膝退が、以前からおつらいとのことでした。そのために祭祀をお控えの時期もありましたが、美智子さまは少しでもよくなられると出席されていたのです。その皇后さまが、早い時期にご欠席を決められたのは、深い理由があるはずです」 美智子さまは1月から脚の痛みに悩まされていらっしゃったというが、実は最近、おひとりで皇太子ご夫妻のもとを訪問されたことがあった。前出の宮内庁関係者が語る。 「2月1日の夜でしたが、美智子さまがおひとりで東宮御所に入られるのはあまりないことです。ご自身がこれからの祭祀に出席されるかどうか、また雅子さまが今後どうされるかなども相談されたのでしょう」 雅子さまは、長期ご療養に入られて以降14年間で、宮中祭祀へのご出席は2回のみ。新皇后となられる雅子さまにとって、宮中祭祀が大きなハードルという見方も根強い。そんな中、異例ともいえる美智子さまのご欠席発表は、雅子さまの「心の重圧」を取り払うことになる――。そう語るのは立教大学教授で精神科医の香山リカさんだ。 「以前の雅子さまは、予定されたお務めにひとつでもできないものがあると、落ち込んでしまわれることが多かった。そうした雅子さまに向けた、『私も、宮中祭祀はもう無理をしません。あなたも無理せずに……』という美智子さまからのメッセージでもあったのでしょう。皇后のお務めも、完璧を求めなくていい――。美智子さまの異例の発表のおかげで、雅子さまもそう考え、さらに前向きになれるはずです」 美智子さまの“愛のフォロー”で、1年後には、はつらつとした新皇后・雅子さまのお姿を見ることができる――。
2018年03月29日ワインレッドのドレスにジャケットという艶やかな装いの雅子さまが皇太子さまに寄り添い、会場に登場された。そして皇太子さまの首元には、雅子さまとお揃いのワインレッドのネクタイがーー。 皇太子さまと雅子さまは2月14日、東京都港区のサントリーホールでコンサートを鑑賞された。 「雅子さまのご出席は嬉しいサプライズでした。この日はもともと、皇太子さまがおひとりでお出ましになる予定だったのです。ラトビア出身のバイオリン奏者、ギドン・クレーメル(70)らによる即興を交えた演奏に、皇太子ご夫妻はときおり顔を見合わせながら、笑顔で拍手を送っていらっしゃいました」(皇室担当記者) 世界的バイオリニストの演奏でバレンタインの夜を楽しまれたご様子のおふたりだったが、実は大事な目的があったと語るのは宮内庁関係者。 「このコンサートはバルト三国の独立100周年を記念した催しで、演奏終了後には懇談があったのです。そこには各国の要人が出席しており、雅子さまはエストニアの外務次官、ラトビアの在日大使らと、熱心にお話しされていました。バルト三国は、’07年に天皇皇后両陛下が訪問され、親交を深められた国々。“次期皇后”である雅子さまにとって、このコンサートへの出席は重要な“皇室外交”の一環だったのです」来年5月の皇太子さまの即位が刻々と近づく中、雅子さまは土台作りを進めていると、皇室ジャーナリストは語る。 「2月1日付で、皇太子ご一家を支える東宮女官が1名、増員になりました。大手自動車メーカーで秘書を務めていた森川真理子氏(57)です。この人事は、雅子さまのご公務増加に備えたものとみられています。また2月9日には、ご夫妻揃って鈴木秀生・外務省地球規模課題審議官のご進講を受けられています。雅子さまはかねてから、国際的な環境破壊や人権侵害といった問題に関心を寄せていらっしゃいました。専門家からのご進講は、譲位後にそうした問題に取り組むためのご準備なのでしょう」 譲位に向け動きだされている雅子さま。前出の宮内庁関係者によれば、順調な体調快復が背景にあるという。 「実は昨年の秋ごろから、雅子さまは主治医の大野裕氏(67)とほとんど連絡を取らなくなったのです。’04年6月に主治医となり、雅子さまを適応障害と診断したのも大野医師。以前は頻繁に電話で相談なさっていました。’06年に雅子さまがオランダで静養された際にも同行したほど、“二人三脚”で適応障害の治療してきた大野医師からいわば“卒業”されたわけですが、その決断からは、今後は皇太子さまをもっとお支えしたいという雅子さまの意志も感じられます」 バレンタインデーの“外交ご公務”同伴は、皇太子さまにとって何よりのプレゼントに思えたことだろう。
2018年02月23日《あたらしき住まひに入りて閖上の人ら語れる希望のうれし》 1月12日、皇居宮殿松の間で催された「新年歌会始の儀」で披露された、雅子さまのお歌である。 昨年11月に皇太子さまと一緒に訪問された、宮城県名取市の閖上地区。東日本大震災から6年目の夏、ようやく復興住宅に入居して、新生活を始めた住民と語らったときのことをお詠みになったものだ。宮内庁関係者はこう語る。 「ご療養以来、披露された雅子さまのお歌は、愛子さまをはじめとした“私的なテーマ”が多かったのです。今回は、被災地訪問という“公的なテーマ”でした。来年のお代替わりに向けて“皇后になる覚悟”も伝わってきました」 しかし今回、雅子さまご本人の歌会始へのお出ましはなかった。 「雅子さまは来年、新しい皇后になられる身ですし、久しぶりのご出席となればとりわけ注目を集めるでしょう。歌人としても高く評価される美智子さまの前で、ご自身の歌が読み上げられることに、プレッシャーもあったはずです」(前出・宮内庁関係者) ’19年4月30日に天皇陛下は退位され、皇太子さまが新天皇として即位される5月1日、雅子さまは皇后になられる。 政府も1月9日、一連の儀式のあり方や日程を検討するため、準備委員会を設置し初会合を開いた。昭和から平成へのお代替わりでは『即位礼正殿の儀』『祝賀御列の儀』に続き、その夜から4日間にわたり昼と夜、計7回の宴席『饗宴の儀』が催された。 雅子さまは1月10日に出席された講書始の儀でも、かなり緊張のご様子だった。長時間にわたる宴席、十二単での出席となる『即位礼正殿の儀』は心身ともに大きな負担となる。皇室ジャーナリストが明かす。 「儀式や宴席の一部については、皇太子さまお1人で臨まれることを検討されているようです。今回の『即位の礼』に関しては、陛下も皇太子さまも『できるだけ簡素に』というお考えです。そのご意向には予算削減の意味以上に、雅子さまにご無理をさせないようにというお心遣いがあるのです」 雅子さまが適応障害での療養に入られてから、今年で15年。皇太子さまは《雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です》と’04年5月の会見で訴えられたこともあった。 「この異例の発言にバッシングもありましたが、身を挺して雅子さまをお守りする、皇太子さまはそのお気持ちをずっと胸に秘めていらっしゃいます。お代替わりを前に、皇后のお役目についても検討を続け、“ご公務の大幅削減”さえも視野に入れていらっしゃるようです。具体的にいえば、地方行幸啓でも、皇后は式典に出席しても、視察への同行は減らす、といったことです」 こうした“宮中改革”には、なぜ『皇后陛下は来られないのか』といった批判の声も予想される。 「10年近くの長い期間をかけて、慎重にご公務の取捨選択を行っていく必要もあります。皇太子さまはそれでも、次期天皇の重圧に耐えながらも、雅子さまを守るために悲壮な覚悟を持たれているのです」(前出・皇室ジャーナリスト) 幾度となく《時代に応じて求められる皇室の在り方を追い求めていきたい》と発言されてきた皇太子さま。そのご胸中について、前出の宮内庁関係者はこう語る。 「国民に寄り添うお心は、ご公務の数だけで測れるものではありません。雅子さまがお出ましになれないときも、国民に心を寄せるお2人の強い思いを伝えていく。そういった新しい皇室像の確立は容易ではありませんが、揺るぎない皇太子さまのお気持ちは、やがて国民の理解を得て支持されるはずです」 皇太子さまの雅子さまへの思いが、新しい皇室への道を切り開いていく――。
2018年01月18日12月5日には、皇太子さまと雅子さまは「障害者週間」の障害者支援功労者への表彰式に出席された。かつては苦手とされてきた式典へのご出席にも、雅子さまは、終始落ち着いたご様子で笑顔をお見せになっていた。 募集された「心の輪を広げる体験作文」で、小学生の部で最優秀賞を受賞したのは千葉県我孫子市立湖北台西小学校2年の茅野葵さん。「ゆうちゃんは、生まれつき発育がゆっくりしています。そのため、言葉を上手に話せません」と、障害を持つ4歳の弟を紹介した。 「弟は、かけがえのない家族の一員です。ゆうちゃん、大好きだよ」という朗読に、雅子さまは感極まり、目を潤ませていらっしゃった。雅子さまは、式典後の懇談で葵さんを探されて、話しかけられた。葵さんが言う。 「とてもやさしい顔と声で、『作文を読むのが上手ですね。感動しました』とおっしゃっていただきました」 さらに作文に登場する、悠太くんを見つけられると、その前に膝をつき、同じ目の高さになられて、「元気で健やかに育っていますね」と、話しかけられた。葵さんと悠太くんの父親・強さんがそのときの感動について語る。 「雅子さまのお心は、息子にも伝わったと思います。本当に温かみのある方だと感じました」 ‘17年、お出ましの機会も多く、地方ご訪問は6回を数えた雅子さま。皇室担当記者はこう語る。 「今年のお出かけ先でも、車椅子の方と話すときは膝を折られて話しかけられていました。その姿勢はまさに、美智子さまが陛下に寄り添い体現されてきた“国民とともに生きる”姿勢そのものです。美智子さまの思いを継承したいというお気持ちが、ひしひしと伝わってきました」 しかし皇室ジャーナリストの久能靖さんは、次期皇后に向けて突き進まれる雅子さまを案じているという。 「美智子さまが皇后になられたときも、ささいなことで『昭和の皇室の方針とは違う』と比べられ、少なからぬ批判にさらされました。‘93年には心労がつのり、失声症になられたほどです。今年は雅子さまのお出ましの機会が増え、より重いお立場になられるご覚悟を感じますが、すべてのご公務を美智子さまのように務め上げるのは非常に困難なこと。皇后となられてから、厳しい風当たりがあるのではないかと危惧しています」 ’03年12月に体調を崩された雅子さまは適応障害と診断され、療養を続けられて15年目に入った。雅子さまにある決断が必要だと、宮内庁関係者は語る。 「ご体調については、皇太子さまや東宮医師団が繰り返し説明してきました。しかし、皇后となられる前には、雅子さま自らが国民に対して、ご自身の体調を語り、理解を求めることが必要です。雅子さま自身も、その機会をお求めになっているのです」 精神科医で立教大学教授の香山リカさんも、その選択は大きなプラスになると語る。 「雅子さまにとっても、すごく緊張されることだと思います。それでも、ご自身の状況を周りの人たちに説明することは、適応障害の方の多くが通る道です。美智子さまのようにはできなくても、体調が許す範囲で精一杯、国民のために祈り、お務めを果たしたい――。雅子さまが一度、ご自身の口で語られることで、国民もその思いを受け止めることでしょう」 ‘18年は、皇太子さまと雅子さまが結婚されてから25年を迎える年でもある。 「両陛下も銀婚式を迎えた‘84年、そろって記者会見に臨まれました。来年の皇太子ご夫妻の結婚記念日である6月9日、雅子さまも皇太子さまと会見に臨まれるのではないでしょうか」(宮内庁関係者) はたして銀婚式会見で、ご病状を語られることはおできになるのか。’18年は、雅子さまにとって“次期皇后”への、最大の転機の年になる――。
2017年12月28日59年にわたって皇室をめぐる“愛”の物語を追い続けてきた本誌。ご成婚5年前の雅子さまにも“直撃取材”を敢行している。 ’93年にお輿入れした雅子さま。しかしご決断までには数年を要した。本誌は『小和田雅子さんを特写核心直撃インタビュー』(1399号・’88年2月16日号)で、外務省に出勤途中の雅子さまを取材した。 記者の問いかけに「取材はお断りしています。(お妃候補の話は)私には全く関係ありませんが…」と、お答えになった雅子さま。事実、いったんお妃候補ではなくなっている。皇太子さまと再会を果たされるのは、本誌直撃から4年後の’92年のことだった。 ご婚約後に雅子さまがよくお召しになっていたスカーフを見て「エルメスじゃない?」と、気づいたのは本誌の女性記者だった。『雅子さんのスカーフに秘められていた「愛の言葉」!』(1645号・’93年5月4日号)。 同じスカーフを探し当てると、商品説明として“愛する人へ”と題されたメッセージが。 《潮の流れが一刻も早く私をあなたのもとへ運んでくれますように》 雅子さまの秘めた思いは、皇太子さまにも伝わっていたのだろうか? 皇太子ご夫妻の、那須高原での休日を写真に収めた『雅子さまの「ドライブ日和」』(1836号・’97年5月27日)も大きな反響を呼んだ。 愛車「カローラII」のハンドルを握る雅子さまと助手席の皇太子さま。見るものを幸せにさせる1枚だった――。
2017年12月05日「雅子さまとお話ししていると自然と涙があふれ出てきて『ありがとうございます』という言葉を何度も言ってしまいました。でもいまになって思うのは、もっと“別の話”もすればよかなったなと(笑)」 そう語るのは、今年7月に完成したばかりの復興公営住宅『名取市閖上中央第一団地』に住む三浦りょう子さん(84)。 11月1日、皇太子さまと雅子さまは、東日本大震災の復興状況を視察されるため、宮城県を訪問された。ご到着後、最初に向かわれたのは、東日本大震災によって甚大な津波被害に見舞われた閖上地区。ここで被災者の代表8人と懇談されている。ご懇談中、地元の写真愛好クラブの会長も務めている三浦さんは、皇太子ご夫妻に2枚の写真をお見せした。 「津波に家を流されカメラも全部ダメになったときは本当に泣きました。でも、私がいま再び背筋を伸ばして頑張れているのは、この写真のおかげだとも思っています」 三浦さんの“心の復興”は、そこから始まったのだ。 「写真は団地に越してきてからのもので、団地の6階から撮影しました。9月の十五夜と10月の日の出。ほぼ同じ構図で太陽と満月が太平洋から姿を現した瞬間です。雅子さまは写真を手に『きれいですね』『望遠レンズですか?』と本当に興味深そうな表情で尋ねてくださいました。写真を見つめる雅子さまはとても澄んだ目で素晴らしい女性だと思いました」 一人ひとり丁寧にお声がけされたことで、第一団地のご懇談は15分の予定が、25分と大幅に延びてしまった。皇太子ご夫妻が次に向かったのは、第一団地から車で2分の東日本大震災慰霊碑。 自宅が流されたという閖上さいかい市場の鮮魚店『菊田水産』の菊田廣子さん(65)は、雅子さまの“ある変化”に気づいていた。 「驚いたのは、第一団地では動きやすいパンツスーツだったのに、慰霊碑の前に立たれた際にはスカート姿だったこと。限られた時間のなかで、わざわざ控え室で着替えられたんですね。厳かな祈りの場にふさわしいお召し物をと。パールのネックレスにお帽子、そして白い手袋まで……」 名取市では964名もの市民が津波の犠牲者となった。慰霊碑の左右に置かれた芳名板には犠牲者の名前が記されている。この日集まった人々の多くが家族や友人を失っていた。皇太子ご夫妻はその悲しみを全身で受け止めるように、ゆっくりと花束を手向け、深々と拝礼されたーー。 このあとご夫妻は、特産のいちご栽培の復興を手がける亘理町の「いちご団地」を視察されている。震災後3回目となった今回の宮城ご訪問。震災3カ月後だった1回目とは、街の状況も、雅子さまの表情も違っていた。皇室担当記者が話す。 「6月4日に仙台空港の近く、岩沼市下野郷の住宅地を訪問されました。家や自動車はすべて津波に流され、瓦礫だけが広がっていて、あのときの雅子さまの硬直されたままの表情は忘れられません。しかし、今回はまったくその印象が変わりました。被災地の人々の悲しみに寄り添う“優しい瞳”に、みなさんを勇気づける“笑顔”と、本当に表情豊かに接しておられました」 天皇陛下のご退位を前に、雅子さまが“皇后の重み”をいっそう感じ入られていると宮内庁関係者は言う。 「陛下のご退位後は、これまでのような被災地訪問はされないと思います。それは、こうした公務は、新しい天皇、皇后任せたいというお考えを持っていらっしゃるからです。東日本大震災の被害は甚大で、福島の原発汚染でいまだ立ち入りできない地域もあります。バトンを引き継がれた皇太子さまと雅子さまは、長い長い復興の道のりを見守ることになるのです」 皇室ジャーナリストの渡辺みどりさんは言う。 「慰霊の場とふれあいの場で、お召し物を使い分けるお心遣いは見事でした。国民とのふれあいは、皇族方から一歩、国民に歩み寄られるところから始まります。天皇陛下や美智子さまが大切にされた“歩み寄り”のお気持ちを、雅子さまは今回、身を持って示されたのだと思います」 帰りの新幹線に間に合うかと心配されるほど、熱心にご懇談された今回のご訪問。6年たった今も、そして皇后になられてからも被災地への励ましに終わりはないと、雅子さまは体現されていた。
2017年11月08日テレビ東京で放送される『独占生中継!第40回隅田川花火大会』(7月29日18:30~)の副音声に、いとうせいこうとやついいちろう(エレキコミック)が登場することが26日、わかった。同局では、隅田川の花火大会を第1回から放送しており、3年前から副音声放送を実施。これまでに笑い飯、山寺宏一&ウド鈴木が登場している。元・浅草在住のいとうと、お祭り大好き男・やついは毎年隅田川花火を見る友達=通称“スミトモ”だという。例年はいとうの家から花火を見ていたが、今年はテレビ東京副音声実況ブース隅田川花火の魅力を紹介し、花火にまつわったりまつわらなかったりする、ゆるい脱線トークを繰り広げる。副音声では、いとうおすすめのお店や観光スポットや、「隅田川テラス(隅田川沿いを整備してできた親水テラス)」の楽しみ方など、隅田川の水辺でのレジャー情報なども紹介。また2人が自身のTwitterで「この隅田川花火大会がどこまで見えているのか、音はどこまで聞こえてるのか」をリサーチする。「見えた」「聞こえた」場合にTwitterで 「#いとやつ花火」をつけて報告すると、リサーチに参加できる。○いとうせいこうコメント花火大会の副音声を担当します。なるべくだらっと力を抜いて、家でやってるみたいに楽しみますので、皆さんもそんな感じでご参加ください。○やついいちろうコメントいとうせいこうさんの家に皆で集まって、隅田川花火大会をみるのが恒例だったので、せいこうさん に下町の話を聞きながら、楽しみたいと思います!
2017年07月26日お笑い芸人のいとうあさこが、アニメーション映画『怪盗グルー』シリーズ最新作『怪盗グルーのミニオン大脱走』(7月21日公開)の日本語吹き替え版で、ハリウッド映画の声優に初挑戦することがこのほど、明らかになった。いとうのほか、声優の山寺宏一、宮野真守、福山潤の参加も決定した。『怪盗グルーの月泥棒』(2010)から始まり、前作の『怪盗グルーのミニオン危機一発』(2013)は全世界興行収入がアニメーション作品史上第6位、日本でも25億円と大ヒットを記録した同シリーズ。最新作では、最強のライバル怪盗が登場し、グルーも知らなかった家族の秘密が明らかに。そしてミニオンたちは、ボスのグルーと決別し、新たな最強・最悪のボス探しの旅へ出発する。『怪盗グルーの月泥棒』からグルーの声を務めてきた笑福亭鶴瓶、アグネス役の芦田愛菜、『怪盗グルーのミニオン危機一発』でルーシーの声を務めた中島美嘉、新たな敵バルタザール・ブラット役の松山ケンイチに続き、このたび4人の参加が決定。いとうが演じるのは、グルーとルーシーが所属する反悪党同盟の新たなリーダーとなる女性ヴァレリーで、バルタザール・ブラットを取り逃がしてしまったグルーとルーシーに大声でクビを言い渡す、冷徹で野心あふれる性格のキャラクターだ。また、本作で明らかになるグルーの双子の兄弟ドルーの執事フリッツ役に山寺。礼儀正しいフリッツは、ドルーの願いを叶えるために、命がけ(!?)でグルーの家を訪ね、2人の再会を実現させる。そして、バルタザール・ブラットの相棒、ロボットのクライヴ役を宮野、マーゴと恋に落ちて求婚する少年ニコ役を福山が務める。いとうは「私のような悪声をご指名いただき、興奮と喜びととまどいで軽くパニックになりました(笑)」とコメント。「私が演じたヴァレリーは、グルーの人生をゆさぶる役です。イイ女、できる女感を大事にしました(笑)」と話し、「今回もミニオンたちがかわいいのはもちろんのこと、いろんな形で家族を思える作品だと思います。みんなで観るもよし、1人で観るもよしよし。みなさんぜひ劇場で楽しんでもらえたらと思います!」とアピールしている。(C) UNIVERSAL STUDIOS
2017年06月22日59㎡と広くはない家で4歳の男の子を育てながら「持ちたいものは持つ」暮らしを実践するさいとうきいさん。ライフオーガナイザ―の資格を持つさいとうさんに、限られたスペースで心地よく、家族みんなが幸せに暮らせる収納術についてお話を伺いました。▼さいとうきい さんファミリー プロフィール・家族構成:夫、妻、4歳の男の子との3人暮らし・居住エリア:東京都・住宅形態:マンション 1LDK+DENblog: HP: ■お母さんだけが頑張らなくても片づく、収納アイデア【Point-3】家族が各自で片づけられる収納を目指せば、家事の負担は激減。玄関まわりにも、子どもが自立する小さな仕組みづくりがありました。玄関を入ってすぐのところに取りつけたフック。ここは、保育園から帰ったらリュックをかける定位置です。難しい収納方法ではなく、またスムーズな動線上にあることで、自然と自分で片づける習慣が身に付きます。玄関脇のシュークローゼットは、半分を収納庫として活用しています。ここには、掃除や洗濯用品など、日用品のストックをまとめて収納。一カ所にまとめることで、なくなったときに家族みんなが「まずここをチェック」できるので、ムダがありません。また、玄関で準備をすることの多いハンカチや、手袋などの季節小物、子どものヘルメットもここへ。これもまた、子どもが自分で準備や片づけができる仕組みのひとつです。「家事に育児、そして仕事……と頑張るママたちは、ついつい家の中もきれいに、と頑張りすぎたり、完璧を目指したりしてしまいがち。まずは自分の完璧志向を手放して、ひとりだけが頑張らないことも大切です。家族を巻き込みながら、どうしたら使いやすくなるか、時には話し合うのもいいですね」。 ■家は「家族が楽しく暮らすための場所」今、さいとうさん宅のリビングには、大きな電子ピアノが置かれています。ピアノを習いだして1年になる息子さん、そして一緒に始めだしたというご主人がレッスンに使うためのピアノです。椅子はダイニングテーブル用と兼用することで、省スペースに。「インテリアのことや、スペース的なことを考えると、ここにピアノを置くなんて考えられなかったんです。だから最初は、ベッドの下にしまい込んで、使うたびに出してもらっていました。でも、やっぱりそれだと練習できないんですよね。家という場所が、誰ために、なんのためにあるのかな、と考えたとき、ここは“家族みんなが心地よく、楽しく過ごすための場所”なんだな、と。そこで思い切って、出しっぱなしにしたところ子どものやる気も倍増! 目に見えて上達するようになって、毎日楽しくレッスンしています」。見た目の美しさ、部屋の広さだけでは、家族のしあわせは測れません。寝室兼書斎に飾られた、お子さんの作品。数を厳選しながら額装すると、とっておきのアートに。頑張りすぎて、片づけなくちゃ! とがんじがらめになるのではなく、家族が居心地のいいかたち、暮らし方を模索していくことが、「片づけ」へとつながるようです。取材/文:藤沢あかり 撮影:佐藤拓央
2017年01月14日1LDK+DENという間取りの59㎡のマンションに、4歳の男の子を含む家族3人で暮らすさいとうきいさんファミリー。『狭くてもすっきり暮らせるコツ61』(宝島社)、『ものが多くてもできるコンパクトな暮らし』(すばる舎)などの著書も大人気。ライフオーガナイザ―としても活躍するさいとうさんに、子どものために実践している整理術についてお話を伺いました。▼さいとうきい さんファミリー プロフィール・家族構成:夫、妻、4歳の男の子との3人暮らし・居住エリア:東京都・住宅形態:マンション 1LDK+DENblog: HP: ■子どもが「自分で考えて決める」仕組みづくり【Point-2】子どもの考え、視点、動作のしやすさを考えると、結果的にママを助ける一歩に。ソファ前のテーブルで遊ぶことが多い、おえかきや折り紙は、テレビボードの一角の専用スペースに収納しています。どんどん増えてしまいがちな、子どもの折り紙作品……勝手に処分するわけにもいかず、とはいえ無限に置いておくわけにもいきません。さいとうさんは、こんなふうに一定量をうまくキープしていました。「ざるに載せ、ここからあふれたら、“どれを選ぶ?”と子どもに問いかけます。箱でもトレイでもなんでもいいのですが、こうして枠があると“あふれている”ということが子どもにも一目瞭然です」。ここでの親からの声かけが、「どれを捨てる?」ではないことも、大きなポイントです。チラシで作った飛行機も、折り紙の作品も、子どもにとっては大切なもの。どれがお気に入りか、大切に残したいか、とポジティブなほうに目を向けると、片づけの視点も大きく変わりそう。これは大人にとっても同じです。 ■「やることリスト」で子どもにも達成感をさいとうさんのお子さんは現在4歳。保育園の年少クラスです。そろそろ、おもちゃの出し入れや、登園準備や帰宅後の片づけ、着替えの用意など自分のことを自分でできるようにと目指す頃でもあります。リビングと引き戸を隔てて隣り合う、約3畳のDENスペース。キッズサイズのベッドとチェスト、そして大人が腰かけるチェアをひとつ置くと、もういっぱいになってしまう広さです。子どもの着替えや、子どもが自分で出し入れして遊べるパズルゲームなどをチェストにしまっています。3段の引き出しには、上段に水着など季節外のもの、真ん中に毎日着る肌着や洋服、そして一番下には、子どもが自分で出し入れして遊ぶパズルゲームなどを収めています。「開閉の頻度が高いのは、毎日の洋服を入れた引き出しです。実は子どもの身長だと、一番下より腰高の位置が使いやすいんです。かがみこんで開けるより、立ったまま開け閉めできる方がスムーズに出し入れができます」引き出しの中は、しっかりと自立する「IKEA」の仕切りボックスを活用。靴下や肌着、Tシャツ……と、アイテムごとに分けられるだけでなく、引き出したときに乱れにくいシステムづくりも、子どもの「自分でできる!」を応援します。ベッドサイドにかけたホワイトボードは、子どもが身支度をするための「やることボード」。「ライフオーガナイザー仲間の中村佳子さんが開発したものを取り入れました。たとえば朝、登園前にやることといえば、“お着替え”“ご飯を食べる”“歯磨きをする”。終わったら子どもが、自分で“完了”スペースにマグネットを動かします。それが達成感にもつながるみたい。これなら時計が読めない子どもでも、“時間”と“今、すること”へ意識が働きます」チェストの上には、子どもが作ったレゴ作品を飾っています。カラフルなおもちゃが、子どもスペースを楽しく演出するアクセントに。次回は 「ママが頑張らなくても片付くシステム」 についてお話を伺います。取材/文:藤沢あかり 撮影:佐藤拓央
2017年01月13日「子どもがいるから散らかってしまう」、「うちは狭いから収納スペースも足りなくて」… 誰もがみな、同じように悩んだことがあるかもしれません。でも、どんなに狭くて物が多くても、快適に暮らす方法はきっとあるはず。今回は、ブログ「SMALL SPACES」でも大人気、狭い家でも快適な子育てライフを送るさいとうきいさんの登場です。▼さいとうきい さんファミリー プロフィール・家族構成:夫、妻、4歳の男の子との3人暮らし・居住エリア:東京都・住宅形態:マンション 1LDK+DENblog: HP: さいとうさんが、ご主人、そして4歳の息子さんと暮らす家は1LDK+DEN※、広さにして59㎡のマンションです。※「DEN」とは書斎や趣味のためとして使われる小さな部屋のこと。さいとうさん宅では約3畳のスペース。50㎡台というと、一般的には単身者や夫婦2人暮らしに当てはまる広さ。子育てをする中では、決して豊かなスペースではありません。ましてや子どもが大きくなるにつれ、おもちゃや衣類、登園グッズ、子どもの作品……と、ものは増えるばかり。そんな、さいとうさん宅の整理収納術や、限られたスペースでの子育てライフについて伺いました。■大きな家具は、置き場所が部屋のイメージを決めるダークトーンのウッド家具と黒い小物でシンプルシックにまとめた、さいとうさんのインテリア。コーナーの壁面も黒のアクセントで統一して。インテリア性の高いミラーはアクセントになるだけでなく、部屋を広く見せてくれる嬉しい効果も。天体望遠鏡は、ご主人からお子さんへのプレゼント。ベランダから月を眺めるのが楽しみなのだそう。決して広くはありませんが、すっきりと整えられており、リラックスできる雰囲気です。背の高い家具を置いていないこと、また窓辺に置いたグリーンもフォーカルポイントとしてイキイキと映え、開放感を生み出しています。しかしリビングで必要なものは一体どこに……?と振り返ると、ありました!「大きい家具、背の高い家具は、リビングに入ったときに目に入る場所ではなく、背中側(ここではキッチンとリビングとを隔てる壁側)に置いています。これなら、ものがたくさん詰まっていても、圧迫感がありません」。リビングのメイン収納でもあるこのシェルフ。日常よく目にする保育園関連のプリント類や文房具、薬などの日用品、そして子どものおもちゃや絵本など、リビングで使うあらゆるものを集約しています。【Point-1】ダイニングテーブルで使うことが多いものは、近くに収納することで片づけもしやすく。 ■メリハリ収納が、すっきりのヒミツ背面のないオープンシェルフに引き出しやボックスなどを組み込み、ぎっしりしまう場所と、ゆとりをもつ場所、メリハリをつけて収納。色数を抑え、トーンを揃えているので、すっきりとした印象です。見た目に美しいお重箱やお茶の道具は、ディスプレイを兼ねてここに。キャンドルのストックなど、こまごまとしたものはシェーカーズボックスにまとめています。気になった時にサッとほこりを払いたいブラシも、デザインのよいものを選べば、インテリアのアクセントに。上段の引出しには、大人が出し入れするものや、まだ子どもにはひとりで触ってほしくないハサミや細かなおもちゃなどをしまっています。■子どもが自ら片づけられるしくみを対して、下半分は、子どものためのスペース。「無印良品」のラタンバスケットに、おもちゃをジャンルごとにしまっています。「おもちゃは、子どもにもわかりやすいようにざっくりとジャンル分けしています。気を付けているのは、バスケットの位置を変えないこと。わが家ではラベルをつけていませんが、息子は場所によって、しまっているものを認識している様子。これは子どもだけでなく、人によってタイプが分かれるのですが、もしきちんと戻せず、間違えることが多いようであれば、ラベルが必要なタイプなのかもしれません。子どもを観察しながら、見極めてみてくださいね」重い積み木は最下段に、細かなおもちゃは上の方に。「レゴブロック(R)」や「カプラ(R)」なども、既存の収納ケースではなく、ラタンバスケットに統一しています。絵本の収納には、無印良品の仕切りスタンドを活用しています。薄くて倒れやすい絵本は、子どもにとって引っ張り出せても、きれいにしまうのは難しいもののひとつ。これなら、本が一気に倒れることがなく、ストレスフリーです。仕切りスタンドは、棚板に養生テープで固定してあり、ずれないひと工夫も。同じく、重量のある図鑑には、ファイルボックスを活用。倒れることがなく、さらに見た目にもキレイをキープ。お子さんがダイニングテーブルですることの多い、自宅学習のドリルもここです。次回は、 子どもが「自分で考えて決める」片づけ術 についてお話を伺います。 取材/文:藤沢あかり 撮影:佐藤拓央
2017年01月12日「本屋大賞」「CDショップ大賞」などエンターテイメント商品にはプロが選ぶ賞があるが、アイドルのDVDにはこうした賞がない。そんな思いから2012年にスタートした、アイドルDVDメーカーがその年一番輝いたグラドルを表彰する「プロが選ぶアイドルDVD賞」(アイドルDVD賞)。5回目の今年はマイナビニュースでお送りする。選考会が行われたのは撮影会などが行われる「東京Lily」(2016年12月に開催)。2015年は安枝瞳がMVPに選ばれたが、今年はどのグラドルがMVPに?選考者イーネットフロンティア・飯森弘憲氏、竹書房・光安稔氏、グラッソ・上代憲司氏、シャイニングスター・小野寺俊雄氏、ギルド・大久保貴宏氏(※リバプール、ラインコミュニケーションズはアンケートのみでの参加)――アイドルDVD賞も今年で5回目になります。まずは2016年のアイドルDVDはどうでしたか。イーネット飯森(以下:飯森):Amazon.jpの基準の変更もあり、業界全体も昨年(2015年)に比べて販売数が落ちていますね。どのメーカーも作品だけに注力できず、本気を出せていない感じがあります。――イーネットさんでは熊田曜子が4年ぶりにDVDをリリースしました飯森:浜田翔子と並び現役最多となる54作品目のDVD。レジェンドボディーは健在でしたね。今年は以前活躍したグラドルがしばらく振りにリリースしました。そういうのはうれしいですよね。村上友梨も1年ぶりにDVDをリリース。ミスFLASHになった2009年から知ってますけど、すごく大人になった竹書房・光安(以下:光安):うちからも2年ぶりに桐山瑠衣がリリースしました。フリーになったさいとう雅子も頑張っていますよね。飯森:桐山はDVDのジャケット写真がすごくよかった。シャイニングスター小野寺(以下:小野寺):パイスラですね。――では、早速今年の賞を決めていくましょう。まずは今年最も輝いた新人グラドルに送る「新人賞」から。候補にはどんなグラドルがいるでしょう。ギルド大久保(以下:大久保):うちが推したいのは石原佑里子とRaMu。素材的にはRaMuはすごいです。飯森:うちもRaMuですね。スタイルは完璧。あれ以上はない。ちなみにお母さんも巨乳でした(笑)光安:うちは忍野さら。今年のグラドル全体でもかなり売れた子です。小野寺:新人賞に推したいのは藤木美咲。福岡のグループアイドル「QunQun」の元メンバーで、体は抜群にいいです。肌も綺麗で、胸もあります。脚がとにかく長い。グラッソ上代(以下:上代):うちは小日向結衣。西内まりや似と話題になりました。新人なんだけどアマゾン1位で、イベントも大盛況。この子は今年下半期のダークホースですね。――候補は出揃いました。各メーカー別れましたね。飯森:うちはRaMuを一押しさせていただきます。ファーストから3作連続で発売しています。石原と忍野の2人も平均点は高いですけど、総合力でRaMuですね。おっぱいがまた大きくなりましたね。GからHに。光安:RaMuは会ったことがないくらい礼儀正しい。少年みたい。おっぱいの大きい少年ですね。大久保:「おはようございます」と挨拶も大きくて、気持ちいいですよね。光安:小日向さんは本当に売れるのは来年からかな。。飯森:忍野はうちで出したファーストは髪が長かったですけど、髪を切って一気にブレークしましたよね。光安:前髪です。本人嫌がってたんですけど、僕が説得して前髪をつくらせたんです。――すごい話ですね。それで売れるとは。飯森:確かに勢いは忍野さんありますよね。新人賞をあげてもいいと思います。光安:RaMuもいいですよね。――新人賞は2014年のアイドルDVD賞でも青山ひかると染谷有香の2人でした。今年は忍野とRaMuの2人でどうでしょうか?上代:いいと思います。――では新人賞は忍野とRaMuに決まりました。次はいよいよMVPです。今日不在のラインさんは平嶋夏海、長澤茉里奈を挙げています飯森:MVPには平嶋夏海を推したいですね。うちとラインコミュニケーションズさんからDVDを出し、どちらもセールスが好調。9月に出された写真集「ナツコイ」も重版が決まりました。大久保:うちは制作で関わっているんですけど、天木じゅんですね。テレビでも盛り上げているし、『ヤングマガジン』の表紙も飾りました。グラビアを盛り上げたという意味でも推したいです。ウエストも細くなってます。写真集もけっこう露出していますね。飯森:双葉社のイベントですごく小さな三角ビキニ着てましたね(笑)大久保:グラビアへのやる気がありますよね。光安:竹書房だけで考えると片山萌美がダントツですね。ただ今後DVDを出す予定がないので、アイドルDVD賞で選んでいいのかというのはあります。小野寺:うちでは松嶋えいみのDVDが好調でした。安定的な人気です。光安:うちで出したDVDもかなり売れましたね。スタイル完璧です。小野寺:ただMVP候補には殿倉恵未を推したいです。5月にうちでは2本目のDVD「Secret Lover」を出したんですけど、体もすごく綺麗になっていました。話すと関西弁ではんなりしてドキッとします。光安:殿倉は実際に見ると、さらに美人ですよね上代:うちは流通の立場ですけど、神谷えりなですね。イベントもすごく頑張っていて、ソフマップの集客も2016年は高かったし、結果も残せたので。――雑誌では2016年は馬場ふみか、武田玲奈とモデル系の活躍が目立ちました。飯森:久松郁実はDVDのセールスも好調でした。ただ、せっかくDVDメーカーが集まって論議しているので、方向性含めて久松のMVPは少し異なる気がします。光安:久松を外すと、片山も違ってきますね。そうすると天木かなと思います。――みなさんの反応を見ると、MVPは平嶋夏海、天木じゅんに絞られますね光安:そうすると平嶋か天木か。平嶋さんをグラビアアイドルと言っていいのかというのはあります。天木が頑張っている印象が僕はあります。飯森:うちは天木と平嶋の両方出していますけど、平嶋ですね。完成度が違います。大久保:2人とも2016年はDVD2本、写真集もそれぞれ1冊ずつ出しています。光安:今年は「この人」っていう決め手にかけますね。でも、平嶋でもいい気がします。大久保:いいんじゃないですか。――ラインさんも平嶋が一番売れたそうです。今年は難航しましたけど、2016年のMVPは平嶋夏海に決定します。全員:納得。――昨年はバスト賞(菜乃花)、ウエスト賞(川崎あや)、ヒップ賞(為近あんな)とパーツごとに賞を設けましたが、今年は該当者いますか?大久保:天木にはバスト賞をあげたいですね。あと久々に復帰した桐山にも。――では天木、桐山には「おっぱい大きいで賞」をあげましょう。ウエスト、ヒップの該当者はいますか?光安:新規でお尻やウエストがいい子はいないですね。ただ、松嶋えいみはバストもヒップも脚もいいです。――では松嶋に「スタイルいいで賞」をあげましょう。飯森:唐沢りんちゃんとかいいですよね。性格がすごくいいですしお嫁さんにしたいグラドルNo.1。――みなさん、うなずいてますけど、賞までは……光安:橋本梨菜はグラビアの王道で頑張っているから、何か賞をあげたいですね。――焼けた肌は今のグラドルの中でも目立ってますよね。では「小麦色の肌で賞」をあげましょう。あと今年は各メーカーさんにもそれぞれ賞を決めてもらいます。飯森:イーネット・フロンティア賞は熊田曜子ですね。4年ぶりの発売で、現役グラドル最多のリリース54作品目になっていますし、第二子出産もレジェンドボディーは健在でした。光安:竹書房賞は片山萌美です。大久保:ギルド賞は「集団社内恋愛3」に出演した伊藤しほ乃、星乃まおり、橋元優奈、若木萌、実崎ゆうみの5人です。小野寺:シャイニングスター賞は殿倉恵未です。DVDの内容がすごく良くて、露出うんぬんじゃなくクオリティーが高い。ファンからの反響もありました。上代:グラッソ賞は、うちが流通でエスデジタルからDVDをリリースした神谷えりなです。――ラインコミュニケーションズ賞は「ルックスもいいし、胸もある。今後の期待度が高そうなタレント」との評価で石原佑里子。リバプール賞は「正統派でユーザーから受け入れられたという意味において久々の新星」とのことで、岩田華怜に送られます。みなさま長時間の選考お疲れさまでした。来年もよろしくお願いします。○プロが選ぶアイドルDVD賞2016MVP:平嶋夏海喜びのコメント「まさか私が選ばれるなんて信じられません。来年のDVDもとっても楽しく撮影できたので、来年も選ばれるように頑張ります」新人賞:忍野さら、RaMuおっぱいが大きいで賞:天木じゅん、桐山瑠衣スタイルがいいで賞:松嶋えいみ小麦色の肌で賞:橋本梨菜イーネットフロンティア賞:熊田曜子(DVD『rebirth』)竹書房賞:片山萌美(DVD『わたし巡り』)ラインコミュニケーションズ賞:石原佑里子(DVD『笑顔の季節』)リバプール賞:岩田華怜(DVD『いわたかれん ふぁ~すと』)シャイニングスター賞:殿倉恵未(DVD『Secret Lover』)ギルド賞:伊藤しほ乃、星乃まおり、橋元優奈、若木萌、実崎ゆうみ(DVD『集団社内恋愛3』)グラッソ賞:神谷えりな(DVD『甘神様』※発売元エスデジタル)
2017年01月05日