ママのみなさん、大人になってから「うんち」を漏らしたこと、ありますか? 恥ずかしながら、私はあります。それも出産直後の病院で。これは、私が長男を出産したときの「うんち」体験談です。これまで恥ずかしさのあまり、夫にも話したことはありませんでしたが、少しでもどなたかの参考になれば幸いです! 陣痛? 便意? どっちなのかわからない!初めての出産でドキドキしていた私(当時32歳)は、次第に強くなる陣痛に悶絶しながら、ある違和感に気づきました。「あれ、なんかトイレに行きたい……(しかも大のほう)」。 陣痛の合間に、恥を忍んで助産師さんに「あの、なんかうんちが出そうなんですけど……」と伝えると、「ああ、よくあるのよー。赤ちゃんが下に降りてくる感じが、うんちとよく似てるから。実際に出ちゃう人もいるけど、大丈夫よ〜」とのこと。 それを聞いて少し不安になりましたが、やがて陣痛がピークになるとそれどころではなくなり、不安も吹っ飛んでしまいました。その後はひたすらいきんで、なんとか無事出産! わが子と初めて対面し、感動に包まれました。 出産後、シャワー室で…分娩台で一息ついていたとき、助産師さんに「あのとき、うんちが出ていませんでしたか?」と恐る恐る聞いてみました。すると、「大丈夫、出てなかったよ」と返事があり、そのときはひとまず安心しました。しかし翌日、主治医からシャワーの許可が下り、熱いシャワーを浴びながらリラックスしていた最中に“それ”はやってきました。 「あれ? なんかトイレに行きたい……?」と気づいてから、「漏れる~!」という状態になるまでに、かかった時間はわずか10秒ほど。「ここで出してはまずい!」と必死で我慢しようとしたのですが、なぜかおしりに力が入らず、あれよあれよという間にその場でもらしてしまったのでした……。ナースコールで来てくれた看護師さんは、顔から火が出るほどの恥ずかしさで固まっている私に、「出産で肛門括約筋が緩む人って、多いのよ。気にしないでね〜」と、冷静にササッと処理してくれました。看護師さん、その節はちゃんとお礼も言えなくてすみませんでした。本当にありがとうございました! 出産後の女性は失禁しやすい自分の体が思い通りにならない体験は初めて。ましてや“便意が自分でコントロールできない”などという未曾有の経験に、私はかなりのショックを受けました。その後、シャワー室での一件を主治医に打ち明けたところ、出産時のいきみによって“骨盤底筋群”(子宮や膀胱などをハンモックのように下から支えている筋肉)にダメージを受ける女性は、結構多いそうです。 出産後、私のような“便失禁”だけでなく、“尿漏れ”に悩む女性が多いのも同じ理由なのだとか。「時間が経てば筋力は戻るけど、人によっては年をとってからまた症状が出る人もいるから気をつけて」とのことなので、油断できません。私は退院後、骨盤底筋群を鍛える体操をネットで調べ、日課にするようになりました。幸いそれ以降は、便失禁することはありませんでした。 出産でいきむのも、うんちでいきむのも、“力を入れて体の中から出す”という意味では似ていますよね。出産時にうんちが出てしまう例は結構あるそうです。私のように、恥ずかしくて誰にも話せない人は、意外と多いのかもしれません。そんな私も2児の母になり、今では「無事に生まれたのだからよし!」と開き直れるようになりました。 イラスト:sawawa著者:大川香織小学2年生と1歳、2男の母。共働き。編集プロダクションや出版社で、子育て情報誌などの制作に携わった経験をもとに、さまざまなテーマで執筆。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー(通常分娩)
2019年08月17日出産予定日の2週間前に前期破水をして出産しました。でも、早めに準備をしていたことで、急な破水にも慌てずに対応することができました。私が無事出産するまでの体験談を紹介します。 出産に向けて心も出産準備も万全に!妊娠39週目の妊婦健診で、子宮口がやわらかくなっているから予定日より早く生まれそうだよと医師から告げられました。いよいよだなと感じたのと、いつ陣痛が始めるかわからない不安も同時に感じました。そこで私は、少しでも不安をやわらげようと、健診から家に帰ってすぐに荷物を確認し、出産準備を万全にしておくことにしたのです。 いつ入院してもいいように入院グッズをスーツケースにまとめて玄関に置き、パパとも陣痛が来てから病院へ行く際の手順をシミュレーションしました。 妊婦健診から3日後に破水!妊婦健診から3日後の夜10時ごろ、お風呂からあがった直後に違和感を覚えてトイレへ。出血したかな? とペーパーで拭いても何もついていません。お風呂あがりの水分を拭き取りきれてないのかなと思いながら一応ナプキンをつけました。そしてトイレから出てリビングの椅子に座りました。 その直後、今度ははっきり、さーっと何か出た感覚があり、再びトイレへ……。先ほどつけたばかりのナプキンが濡れていたので、「これは破水だ!」と慌てて病院へ電話をし、すぐに向かいました。 パパも急な破水にびっくり!急な展開に一緒にリビングにいたパパもびっくり。でもすぐに「いよいよだな! 慌てずに行こう!」とひと言声をかけてくれました。私もパパのとっさのひと言に、胸がドキドキしていたのが落ち着き、破水から15分後には家を出ることができました。 パパの運転で、自宅から病院までは30分。病院へ行く間、陣痛は来ませんでした。ただずっとおしっこがでているような感覚がして、羊水が全部出てしまわないか不安でした。 破水から6時間で無事に出産!破水から約1時間後、病院へ到着するとすぐに医師の診察を受けました。診断が前期破水だったため即入院となり、抗生剤を服用してベッドに安静になりました。このときもまだ陣痛はなく、パパは立会い出産に備えて仮眠をとるため、車で待機してくれました。 そして入院してから2時間後に、陣痛らしき痛みが始まりました。時計でおなかの張りの間隔を測りながら痛みに耐えていましたが、約2時間で10分隔になり、準備室から分娩室に移動したのち、無事に出産しました。 急な破水から始まった出産でしたが、私の場合、破水したときにパパが自宅にいたこと、入院準備と心の準備を万全にしていたこととで、急に破水をしても慌てることなく対応することができました。 著者:住川愛小6の息子と0歳の娘の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年08月17日外出や飲み会が多かった夫が、イクメンに変わってくれました。産後1カ月も経っていないのに一日中外出したり、飲み会にも頻繁に参加していた夫。育児全般は私の役目となり、このままでは私中心の子育てになってしまうと危機感を抱いたのです。そのために私がおこなった3つのことをお伝えしていきます。 夫の飲み会の回数を減らした言葉がけ夫は仕事上での飲み会以外にも、友だちとも頻繁に飲みに行っては酔って深夜に帰って来ていました。深夜に何回も授乳で起きる私は、陽気に帰って来る夫にイライラ……。飲み会をなしにしては夫もストレスが溜まるので、仕事以外の飲み会は月に1回までとし、23時には帰るという決まりを設けました。飲み会を減らしてほしいと私が一方的に怒ると喧嘩になり兼ねないので、「子どもと一緒に居てほしい」という理由もつけて話し合いました。夫も承諾し、飲み会の回数が減ったため、深夜の帰宅はなくなりました。 夫の育児協力を当たり前だと思わない夫は育児への意欲が低く、子どもが生まれてからも自分中心の生活を送っていました。そこで、夫が育児をしてくれるのを待つのではなく、「おむつを替えてくれたらうれしい」「今あやしてくれたらすごく助かる」など、具体的に要求していきました。すると、2週間ほど経つと自分からおむつ替えなどをするように。継続してもらうように、毎回ありがとうと感謝の気持ちも伝えています。 夫への不満は溜まらないうちに伝える出産後は、夫婦2人の生活から急に子ども中心の生活となりました。そして産後2カ月経ったある日、子どものことに手一杯な私は、夫に対しての不満を溜め込んでしまって大喧嘩に。その際、夫婦で話し合うことの大切さや、育児に関しての考え、お互いが思っていることなどを伝え合ったことで、夫婦で協力しなければ子育てはできないと感じました。 産後は夫も子育てをするのが当たり前で、話し合いの必要は感じていませんでした。しかし、夫を積極的に育児をしてもらうためには、私から育児に協力してほしいことを伝え、いつも感謝することが大切だと感じました。夫と真剣に向き合うことで、一緒に育児ができるようになったと感じています。 著者:中道麻智子一児の母。管理栄養士として給食を作っている。管理栄養士の知識を生かした記事や、初めての妊娠・出産・育児で学んだことを中心に記事を執筆している。
2019年08月16日以前、“子どものぐずりには「急がば回れ」が効いた!”という体験談を書きましたが、子どもが甘えてきたとき、早い段階で対応するとぐずりを悪化させずに済んでいます。しかし具体的に、どう関わればよいのか悩むママもいると思います。そこで今回は、子どもをぐずらせないために私が実践していることを紹介します。甘えてきた時点で振り向いてあげるたとえば外出の予定があり、〇時までに家事を終えなければいけない状況にあるとします。限られた時間のなか、家事に集中すると思います。そんな忙しいときに「ママ! これ見て~」「抱っこして~」とわが子が甘えてきます。 時間がなく、わが子の相手をする余裕がもてないこともありますが、しっかり相手ができなくても「振り向いてあげる」ようにしています。 穏やかな言葉をかける忙しくてもわが子に振り向いて、「じょうずに絵を描いたね!でも今〇〇しているから、ちょっと待ってね」など、穏やかな言葉をかけています。まったく振り向かなかったときや、「今はできない!」などといった突き放した言いかたをしてしまったときに比べ、わが子の感情がエスカレートすることは少なくなりました。 少しでも手を止めて応えてあげるのが理想ですが、難しいときもあります。そんなときは、子どもが安心する言葉かけを意識しています。 ぐずりの原因は「ママに構ってほしいから」わが子の場合、ぐずる一番の原因はママに注目してほしい、こっちを向いてほしい気持ちが伝わらない不満など、「ママに構ってほしい」という気持ちの表れでした。 子どもが望んでいるのは、要求の内容ではなく「ママに大切にされていることを確認したい」のだと感じます。子どもの気持ちがわかると、どのように接すればよいのか見えてきました。 少しでも相手ができる状況であれば要求に応えてあげる、時間がないときは必ず振り向いてやさしく穏やかに声をかける。子どもの要求に応じるかどうかは、時と場合によって考えています。著者:田中由惟一男一女の母。二人目の出産を機に食品会社を退職。現在は子育てのかたわら、記事執筆をおこなう。趣味はスポーツとピアノ、美味しいものを食べること。
2019年08月16日出産したら誰でも母乳が出るようになると勘違いしていた私。授乳でこんなに苦労するとは思いませんでした。特に「完全母乳」を目指していたわけでもない私が、母乳育児に力を入れている産院に入院したことから、大変な授乳生活がスタートしたのです。 出産後すぐに始まった授乳訓練2日間の徹夜の末、ようやく生まれたわが子。人生最大の大仕事が終わったと思ったのもつかの間、2時間ほど眠ったあとすぐに母乳をあげる練習が始まりました。 出産前に助産婦さんから「乳首を耳たぶくらいまで柔らかくしてね」と言われて毎日マッサージはしていましたが、まだまだ固くて赤ちゃんにじょうずにくわえてもらうことができずにいました。 出産して3日目の朝、お医者さんに「赤ちゃんの体重がちょっと減りすぎているね」と指摘され、ひどくショックを受けたのを覚えています。 母親として初めての「ごめんね」3日目から搾乳もすることになり、一度の授乳に1時間もかかるようになっていました。乳首のマッサージのあと、左右5分ずつの授乳。体重を計り、何g飲めたのかを助産師さんと確認。私は10gも飲ませることができませんでした。そのあとは搾乳です。 後ろから聞こえるわが子の泣き声。早く抱っこしてあげたいのにできない自分が無力でした。授乳室から部屋へ戻る病院の暗い廊下で、思わず涙が。泣いている私をキョトンと見つめる娘。私の顔をじーっと見つめて、「泣かないで」と言っているような、初めて心を通わせた瞬間でした。 足りない分はミルクで補おう退院してからもしばらくは完全母乳にこだわり、授乳と搾乳を繰り返していた私。乳首はもうヒリヒリと痛く、授乳の時間がとてもつらく感じていました。 そんなとき、親戚の叔母さんに言われた一言で、完全母乳をやめる決心をします。私が母乳が思うように出なくて悩んでいると伝えると、「足りない分はミルクを足したらよかたい。子育ては今だけじゃなかとよ。これからずっと続くとけん」と言われ、勝手に思い込んでいた「母乳で育てなくては」という呪縛から解放されて、ようやく肩の荷が下りたのです。 母乳もミルクもどちらも「育児」。母乳育児のこだわりを捨てると、子育てがうんとラクになりました。初めての子育ては不安や苦労も多く、楽しむことをつい忘れがちになっていたなと思います。そんなときは、周りの意見に耳を傾けてみることで気持ちがラクになるんだなと実感しました。 著者:吉田はな3歳の長女と1歳の長男を持つワーキングマザー。現在は都内の企業で時短勤務。11歳年下の旦那さんと一緒に育児奮闘中。
2019年08月15日布おむつはおしっこを1回するごとに取り替えなければいけない、洗って干さなくてはいけない、枚数を揃えておかなければならない、たまに漏れたりする……と、面倒なことのほうが多い印象があります。でも、私はしてよかったと思うこともたくさんありました! 時間・場所・期間限定で布おむつ育児長女を里帰り出産し、退院して1カ月は実家で過ごしていました。すると母が、私を産んだときに使っていた布おむつやおむつカバーを保管していたようで、「使う?」と出してきたのです。枚数もたくさんあったので、軽い気持ちで使ってみることにしました。 しかし、初めての育児で精神的にも余裕がなく、そんな私のことを理解していた母は「夜寝るときは紙おむつでいいんじゃない? 昼間家にいて、しっかりお世話の時間がとれるときだけ布おむつで。大きくなってくるとおしっこの量も多くなるし、負担になったらやめればいいんだから」と言ってくれました。 布おむつでよかったこと布おむつにして1番よかったことは、使用する紙おむつが少なく済んだこと。最初はちょこちょこおしっこもうんちもするので、たとえ紙おむつであっても替える頻度は高くなります。布おむつを使用することで、1日に使う紙おむつの量は、紙おむつだけで過ごす日より3分の1以上少なかったです。その分ゴミの量も少なく、お金の節約にもなりました。 そしてもう1つよかったことは、1回で出たおしっこやうんちの量、色などがわかりやすかったこと。赤ちゃんのおしっこや便うんちから健康状態を知ることもできるので、特に新生児のうちは気にして見ていました。紙おむつだと吸収されてよくわからなかったり、紙自体が青くなってしまったりするものもあったので、布おむつのほうが鮮明でわかりやすかったです。汚れた布おむつは大きめのバケツに溜めておき、まとめて洗って干していました。真っ白な布おむつが何枚も干してある様子は、赤ちゃんがいる家庭ならでは。見ていて清々しい気持ちにもなりました。 生後4カ月ごろまで継続「できるところまでしてみよう」と思って続けていた、昼間に家で過ごすときだけの布おむつ育児。生後3カ月ごろから外出することが増え、おしっこの量も段々と多くなっていき、自然と紙おむつをすることが多くなっていきました。おしっこが漏れて何度も着替えることが多くなり、日中に布おむつより紙おむつを使うことのほうが多くなってきた生後4カ月ごろ、完全紙おむつにすることを決意しました。 その後生まれた第2子・第3子は年子で私が仕事をしていたこともあり、2人とも最初から紙おむつ育児でした。紙おむつの消費量がすさまじく、しょっちゅう買いだめしていました。また、夏場はゴミの収集日まで溜まった使用済みおむつの臭いも気になり、「時間的に余裕があれば布おむつにしたかったな……」と思うことがしばしばでした。 長女だけではありましたが、布おむつを頻繁に取り換え、洗濯した日々は私にとってよい思い出になっており、青空の下、布おむつが風に揺れる様子は今でも記憶に残っています。母が私にしてくれたことを、私も子どもにしてあげられたんだと思うと、なんとなく微笑ましくなる布おむつ育児でした。 著者:ライター 岩崎未来三児(女・女・男)の母。出版社・編集プロダクションの勤務を経たのち、第一子出産を機にフリーランスに。現在は会社役員という肩書きを持ちながらも、ライター・編集者としても活動中。
2019年08月15日2人目の妊娠中、産後は子どもが2人となり買い物に出掛けるのは大変なので、宅配サービスの利用を検討していました。しかし、産後に開始しようと思ってもなかなか手続きする時間や余裕もないと思い、妊娠中に登録を済ませました。ここでは、早めに手続きしておいて助かった点や、宅配サービスが便利だと思った経験をお伝えします。 宅配サービスを利用したきっかけ私は2人の子どもを出産し、産後は里帰りせずに自宅で過ごしました。1人目の産後は夫が買い物に行っていたのですが、仕事が終わってからや休みの日に洗濯や料理など他の家事もこなしていたので、とても大変そうでした。そこで2人目の産後は、夫の負担を減らすために潔く宅配サービスを利用しようと決めたのです。実家の家族も忙しく手伝いには来られなかったため、宅配サービスの利用によって食材の買い出しの負担が減り、私も夫もラクになり助かりました。子どもが1人から2人に増え、産後だけではなく現在も買い出しが大変な日も多いので、宅配サービスにはお世話になっています。 私が登録した宅配サービス私が利用した食材の宅配サービスは、「コープ宅配サービス」と「イオンの楽宅便」です。「コープ宅配サービス」は取り扱っている商品が種類豊富なのですが、申し込んでから届くまで1週間かかります。そこで、すぐに食材が欲しくなったときのことを考えて「イオンの楽宅便」も登録しています。私が住む地域では最短で翌日の配達でしたが、当日配達が可能な地域もあるようです。実際に届く食材はどんなものか知りたかったのと、決済の仕方や配達完了までの流れを知っておきたかったので、妊娠中に2つのサービスを利用してみました。 出産前に試し利用までしておいたことで、産後も安心して宅配サービスに頼ることができましたし、自分の負担を減らせたように思います。 宅配サービスを利用した感想宅配サービスを利用する前は、食材は実際に見てから購入したいし、なんとなく割高になるような気がしてちゅうちょしていました。実際に利用してみると、冷凍食品やお総菜などはお店で売っているものと同じ品質でしたし、産後のごはん作りの負担を減らせました。さらに、宅配サービスでお得に買える商品もたくさんあり、予想以上に便利だったので、2人目の妊娠・出産をきっかけに思い切って利用してよかったと思っています。 実際に購入したもの妊娠中は、水やお米など重いもののほか、お総菜や子どものおやつなどを購入しました。お総菜はスーパーによっても味が違うように、家族の好みの味かわからなかったので事前に試しておいてよかったです。上の子は下の子が生まれたときにはまだ2歳前で、おやつの内容にも気をつかう時期でした。「コープ宅配サービス」も「イオンの楽宅便」も、子ども用の塩分控えめのおやつや小さい子が飲みやすい紙パックのジュースなども取り扱っているので、とても助かりました。 大人だけならコンビニの食材で済ませたりしたかもしれませんが、上の子もいましたし、妊娠中や産後は食事内容や食材に気をつかわなければなりません。そのため、どの宅配サービスでどんな商品を取り扱っているかを調べておき、安心できるものを注文することができたのでよかったです。 著者:立田みのり一男一女の母。妊娠、出産を機に退職後、現在は自身の経験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2019年08月13日母乳や育児用ミルクを卒業する時期は、ママと赤ちゃんのペースでゆっくり決めたいもの。個人差がありますが、離乳食を卒業する1歳半ごろには授乳なしでも大丈夫といわれています。しかし仕事復帰などのママの都合で、焦って断乳させてしまうことも。私も娘の断乳をちょっと強引にしてしまい、後悔しているママの1人です。 1歳になったら断乳しなくちゃいけない?離乳食が進み、おっぱいやミルクの回数が減ってくると、断乳や卒乳を考え出すママも多いのではないでしょうか。娘が1歳になるのを機に仕事復帰の予定だった私は、母親からの「1歳になれば断乳でしょう」という根拠のない言葉を鵜呑みにしていたこともあり、ちょっと強引に断乳をしてしまいました。 そもそも、卒乳と断乳の違いについてもあいまいな知識しか持っていなかった当時の私。子どもの意思で母乳育児を終える「卒乳」ではなく、親の意思でやめる「断乳」という方法しか知らなかったとも言えます。 当時、離乳食も進み、昼間の授乳は卒業できていた娘。入眠時の授乳も1回に減っていたので、寝かしつけさえできれば断乳は簡単だと思っていました。しかし断乳を決行した日から娘はどう寝ればいいかわからず、パニック状態に! 何をしても泣きやまない娘を前に、私も途方にくれるしかありませんでした。結局、随分泣いた末に諦めた……という感じで断乳が完了しました。 どうすれば無理なく断乳できる?前出の母の言葉のように、何となく昔から言われている根拠のない言葉を鵜呑みにするのはよくなかったと思っています。子どもが自ら「いらない」と意思表示するのを待たない断乳の場合、離乳食の進み具合や子どもの成長に合わせて、無理のない時期を設定したいもの。 仕事復帰などの期限が迫ってくると焦りがちですが、夜1回程度の授乳であれば断乳せずに仕事復帰し、自然に卒乳できるのを待つという選択肢もあったのかな、と今なら思えます。 娘にとっては、ある日突然やってきた断乳。もっとやさしく声かけをしたり、母乳をやめることについて徐々に理解を深めたりしながら、お互いが無理のない方法を探せばよかったなと思うこともあります。 断乳してよかったことももちろんある少し強引だったとはいえ、断乳してよかったことももちろんあります。授乳中は、毎晩必ず夜泣きをしていた娘。おなかが空いているという訳ではないようでしたが、私も眠さに負けてついおっぱいをあげてしまう毎日でした。 そんな娘も、断乳を機に朝までぐっすり寝てくれるように。やっと訪れた朝まで眠れる生活に娘の成長を感じ、当時の私は感激を覚えました。睡眠時間を確保できるようになり、娘も私もストレスが軽減されたように思います。 ずいぶん泣かせてしまった娘もその後順調に成長してくれて、今では5歳になりました。現在、第2子妊娠中の私。長女の断乳に関する反省を生かして、次こそは親子のペースで卒乳を目指したいと思います。 イラスト:sawawa著者:金谷ともみ第2子妊娠中、5歳の娘の母。働きながら結婚、出産、産休育休を経て復帰、マイホーム購入などを経験。よりフレキシブルな働き方を求めて、ライターに転向。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年08月13日わが家の次女は、普通のハイハイをしませんでした。その代わり、手のひらとひざを使って、立てひざのような格好で前に進みます。手で体を引っ張るようにして進む、この不思議なスタイル。寝返りやおすわりは普通にしていたのに……と、私は心配でした。 しばらく見守っていたけれど上の子はおむつのCMなどで見るような「ごく普通のハイハイ」をしていたので、そのうち次女も普通のハイハイをするようになると、最初は深く考えずに見守っていました。 ところが、何週間か経ってもまったく変化はなく、むしろ手で体を引っ張る力が強くなったのか、不思議な進み方がだんだん上達してスピードアップ。このままでいいの? とだんだん不安になっていきました。 夫の実家に帰省したときに……不安な気持ちが強くなってきたころ、夫の実家に帰省する機会がありました。「義父母に何か言われるのでは? 心配をかけてしまうかも……」と少しドキドキしましたが、義母はひと目見て「あら、次女ちゃんは『座りばい』なのね」とひと言。 「こんな変なハイハイをするのはうちの子だけかも」と私は思っていましたが、どうやら「座りばい」という名前があるくらい、時々見られるタイプのようです。 その後の発達に影響する?「座りばい」という単語を知った私は、早速インターネットで調べたところ、今度は別の不安が襲ってきました。「座りばい」をする赤ちゃんは「シャフリングベビー」とも呼ばれ、その後の発達が遅れるだとか、自閉症や発達障害と関連があるという情報も出てきたのです。 健診の機会にかかりつけ医に相談してみたところ、ハイハイ以外に気になる点はなく、問題ないとのこと。結局、1歳を少し過ぎたころには普通に歩くようになりました。 今では「座りばい」をしていた次女も幼稚園生。その後の発育発達はごくごく普通で人並みに成長し、今では心配していたことを思い出すこともほとんどなくなりました。今となってみれば、「座りばい」をする姿が少し懐かしいような気もします。著者:奥田美紀二児の母。IT企業にてSE・プログラマーとしてシステム開発やWEBサイト運用等をおこなう。夫の転勤や子育てのために退職し、現在は妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年08月12日わたしの義母は、ひと言で表すと「天然ボケ」な人です。結婚前は「おもしろくてかわいらしい方だな」という印象でした。しかし、結婚して近くに住むようになると、その天然さに振り回されることが多く、疲れることもしばしば……。これまで付き合わされた、義母の天然エピソードをご紹介します。 おいしくないものをくれる義母は、お買い得商品だとついたくさん買ってしまう癖があるらしく、わが家によくおすそ分けをしてくれます。 ある日のおすそ分けは、パン。「いっぱい買っちゃって。あんまりおいしくないんだけど、どうぞ」と義母。「ありがとうございます」と受け取ったものの、心中では「……??」でした。 「おいしくないとわざわざ前置きをしなくてもいいのにな……」と、感謝をしたいのに感謝しづらく、複雑な気持ちになったことを覚えています。実際あまりおいしくなく、でももらったものだから……と無理して食べました。 生ものを大量にくれる上記のように、食べ物をよくくれる義母。スナック菓子や乾物など日持ちのするものはありがたいのですが、近々に消費しなければならない生ものだったりすると、持て余してしまって困ることもあります。せっかくくれるものだから断らずにいつもありがたく頂戴しているのですが、これまで1番困ったのはスイカ。 居住地が小玉スイカの産地なので、近所の人からもらう機会が多いのはわかります。しかし、「子どもがいるから食べるでしょ」と、小玉とはいえ1度に4玉は困りました……。子どもといっても当時まだ3歳と1歳。そんなにスイカばっかり食べられません! なんとか頑張って家族4人で3玉食べましたが、1玉は腐らせてしまいました。 忘れ物が多い義実家とわが家は同じ敷地内に建っているので、ほとんど二世帯住宅のようなもの。義母は勤めているのですが、忘れ物が多く「届けてほしい」と電話がかかってくることがしょっちゅうあります。出掛けるとき玄関先においてそのまま忘れてしまうことが多く、ある日はお弁当、ある日は携帯電話、またある日はお財布と、大事なものをよく忘れます。 忘れ物をするのはいいのですが、届けるのは小さい子どもがいるとなかなか大変です。職場まで車で10分ほどなので近いのですが、少しの間だからといって小さな子どもを家に置いていくわけにもいかず、ぐずるわが子をむりやり車に乗せて届けるのはけっこうなストレスでした。 忘れ物をするのは誰にでもあることですし、おすそ分けは悪気がなく、むしろ好意でしてくれていることはわかっているのですが、いつの間にか義母のペースに飲み込まれているのでストレスに感じることも……。その分おおらかな人なので、わが家のことに口出しされないというだけでもよしとしよう! と思うようにしています。 著者:沢田真紀子自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2019年08月12日妊娠検査薬で妊娠が判明すると、喜びも束の間、次から次へと決めなければいけないことが出てきました。そのうちの1つが出産場所です。夫や両親からは「実際に産むあなたが選んでいいよ」と言われたのですが、知識がまったくなかった私は、選ぶ基準がわかりませんでした。通いやすい近所の総合病院、クリニック、または里帰りして地元での出産……さまざまな選択肢がある中で、「安心感」を重視して病院選びをしたときのお話です。 出産・育児はどこでする?病院を決める前に、出産・育児をする場所について3つの選択で悩みました。 ①実家に里帰りをして出産・育児をする②住まいの近くで出産・育児をする③住まいの近くで出産後、実家で育児をする 初めての妊娠で何もわからず、とにかく不安でした。夫が単身赴任中のため、普段の生活は私ひとり。両家の実家はそれぞれ片道2時間以上かかるため、万が一のとき助けを呼べません。やはり妊娠中も産後も何が起きるかわからないので、実母にサポートしてもらえる①に決めました。そして、産休までフルタイムで働くことと、今住んでいる場所と実家の距離感から考えて、妊婦健診を受けるかかりつけ医と、出産する病院を分けることにしたのです。 健診のかかりつけ医を選んだポイントは?妊娠が判明した翌週末には受診したかったので、インターネットですぐに病院を検索しました。かかりつけ医を探すにあたって私が重視した点は、以下の3つです。 ①土日に診療をおこなっている②家から徒歩で通える③分娩施設がある(24時間電話対応) 安定期に入るまでは会社に報告したくなかったので、会社が休みである土日に通うために①は必須条件でした。また、家の近くの病院のほうが便利なので、②も絶対条件でした。その2点に当てはまるクリニックに電話をしたところ、「初産婦は分娩施設がある病院を選んだほうが良い。例えば出血があった場合、自己判断できず不安になってしまうことがある。当クリニックは診察時間以外は電話が通じない」と言われたため、後から③の条件も付け加えました。 出産する病院を選んだポイントは?2月に入り病院のホームページを見ると、出産予定月である9月の出産受付が残りわずか、または満床だったので急いで探し始めました。出産する病院として私が重視した点は、以下です。 ①総合病院または大学病院②NICUがある③実家から車で30分以内 母体や赤ちゃんに万が一のことがあった場合、小さな産婦人科では対処できないケースもあります。健診で顔なじみになった先生のもとで出産したかったので、①と②を満たす大きい病院を選択しました。結果的には早産だったため、もし小さな産婦人科だったら産むことはできなかったかもしれないと、産後担当の先生に言われました。大きな病院を選択してよかったと思いました。 働き方や生活環境が多様化しているので、一概にネットの情報を信じて良いものかもわかりません。結果的に私は緊急入院で早産になりましたが、出産後「この選択をして本当によかった」と心の底から思いました。妊娠・出産は何が起こるかわからないので、自分にとって何がベストかを考えて選ぶことが大切だと実感しました。 著者:鈴木さゆ0歳男児を育てているアラサーママ。現在育児休暇中。夫は早朝出勤&残業、たまに休日出勤のため、ほぼ毎日ワンオペ育児。いかに育児・家事をラクにするかを日々考え中。マイブームは息子と一緒にカフェ巡り。
2019年08月12日娘を出産する際、私は無痛分娩を選択し、痛みのないラクな出産になる予定でした。しかし、予期できなかったトラブルが次々と発生! そんなトラブルを乗り越えた、私の出産エピソードをご紹介します。 出産予定日が1週間過ぎ、無痛分娩を選択出産予定日を1週間過ぎても赤ちゃんが生まれる兆候がなく、先生と話し合い、計画分娩となりました。そのとき、おなかの赤ちゃんはすでに3,000gを超えていたので、少しでも体に負担がかからないよう、無痛分娩を選択しました。 ところが、当日の朝から陣痛促進剤を使用しても、反応のないまま夕方を迎えることに……。2本目の陣痛促進剤を使用し始めてすぐに、ようやく陣痛がつき始めましたが、その後、次々とトラブルが起こり始めたのです。 トラブル発生(1)まさかの麻酔切れ!?赤ちゃんの心音が安定せず、へその緒が首に巻きついている可能性があるので、強制的に破水をさせて、さらに陣痛を強めました。この時点で初めて無痛分娩のための麻酔を入れました。 麻酔は30分くらいしか効き目がないので、痛みを感じたらまた麻酔を入れていくというものでした。痛みを感じないラクなお産になるはずでしたが、陣痛が最高潮のときに麻酔が切れ始めてしまい、結局、強い痛みを一時的にではありますが経験することになりました。 トラブル発生(2)1L以上の大量出血最終的には、麻酔が効いた状態でなんとか出産をすることができましたが、その後、子宮の収縮が悪く、1L以上の大量出血! 意識がもうろうとするなか、座ることも起きることも許されず、寝たきりの状態だったので、結局、その日は赤ちゃんを抱っこすることはできませんでした。翌日の午後、ようやく赤ちゃんと対面し、抱っこしたときの感動はとても大きいものでした。 出産は、予期できないトラブルが起こり得ます。不安に思うことも多いですよね。私の場合、わが子に会いたいという強い思いもあわさって、トラブルを乗り越えられたのではないかと思っています。著者:片岡 花子育て奮闘中のワーキングマザー。社会保険労務士事務所に7年勤務。育児と仕事、家庭の両立のかたわら、自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を執筆中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー(通常分娩)
2019年08月11日日々赤ちゃんと過ごしていると「何それ!?」とつい吹き出してしまうようなことがたくさんありますよね。そんな赤ちゃんたちの行動を私は日々日記につけていますが、そのなかでも特に印象に残ったものをご紹介します。 パンツが人気!洗濯物を取り込んでたたもうとしたとき、タタタ!とやってきた生後10カ月になる息子。何をするのかと見ていると、ポイポイと山を崩します。わき目もふらず探し当てたのは、上の子のパンツ! 息子はそれをうれしそうに持ち去り、振り回して遊んでいました。 連日同じことをするので、本当にパンツが好きなのですね。思えば上の子も、自分のパンツだけセレクトして洗濯たたみを手伝ってくれるので、赤ちゃん心をくすぐる何かがあるのかもしれません。 歌がいろいろ混ざる歌を覚えはじめたころの娘。「むん・むん・むん♪ あちがとむ~おまけにあまって さ~あいへん♪」と繰り返し繰り返し歌っていました。「ぶんぶんぶん」と「どんぐりころころ」の斬新なコラボレーション! 童謡やわらべ歌は、節が似ているところがあるので、混ざりやすいのですね! この他にも「ねんね~ねんね~あかしろきいろ~」と子守歌とチューリップを混ぜたりしていました。 タッチとたっち赤ちゃんに立ち上がってほしいとき、「たっちして~」と言うわが家。ある日支援センターで他のお母さんとじゃれていた娘。「ハイタッチ!」とそのお母さんが手のひらを娘に向けると、当時1歳10カ月の娘はすっくと立ち上がりました。 「タ~ッチ」ともう一度そのお母さんは促してくれるのですが、娘はまた座りなおしてから、すっく! お互いにきょとんとしている2人がなんとも微笑ましく、しばらく離れて見ていた私でした(笑)。 ご自身のお子さんを見て、「あるある!」と頷けるところもありますか? いつか大きくなったわが子に話せることを夢見て、毎日の育児を楽しみましょう。 イラスト:imasaku著者:里川まちこ一男一女の母。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。趣味はフィルム写真・旅行・手芸。とくに毛糸小物を作ることが毎年冬の恒例。
2019年08月11日「子どもは3人欲しい」と結婚当初から夫と2人で話し合って決めていた家族計画でしたが、いざ3人目を授かることができたと思ったら、まさかの三つ子だったのです! 三つ子の妊娠判明で私が不安に思ったことや家族の反応、妊娠初期のできごとをお話しします。 エコーで確認すると3人分の心拍が! 私が3人目を妊娠したのは長男が3歳、次男が1歳のときでした。そろそろ赤ちゃんの心拍が確認できるかな? なんて期待を胸に抱きながら、内診台でエコーを見ていると見覚えのある袋が2つ? その中には心拍のように動いて見えるのが3つ?私が混乱していると、先生が「お母さん。赤ちゃん何人か見える?」と聞いてきました。先生と一緒に確認し、見事に3人の心拍を確認! パニックで笑うことしかできず、頭のなかは真っ白で少しの間その場から動けませんでした。 子どもが5人になったら……先生からは、今通っている病院で三つ子は産めないために転院が必要なことや、早い週数から管理入院になることなど、その他簡単にリスクの説明をしてもらって診察は終わりました。入院期間が長くなったときの長男・次男の生活や、入院・出産費用、子どもが5人になって経済的に問題がないのか、夫や他の家族はなんて言うのだろうか……と考えてしまいました。そもそも三つ子を妊娠した私はどうなっていくんだろうと、とても不安になったのを憶えています。 夫の「なんとかなるよ」に救われる健診後、すぐさま夫に電話をかけました。ひと通り説明し終わると、動揺して言葉を詰まらせながらも「なんとかなるよ。頑張ろうね」と夫は言ってくれました。そのおかげで、まだ見ぬ不安よりも新しい命が宿ってくれたことを素直に喜ぼうと、少し前を向けるようになりました。幸いにも他の家族も祝福してくれて、「いつでも手伝うからね」と背中を押してくれたのです。そしてなにより上の子たちがとても喜んでくれたことがうれしく、つらいつわりも乗り越えられました。 三つ子を授かるリスク転院先の病院で、夫も一緒に先生から「自然妊娠で三つ子を授かることは、宝くじの1等を当てるよりも難しいことだよ」と驚かれました。そしてこれから先、起こりうるリスクを詳しく教えてもらい、順調に過ごしても妊娠26週から管理入院になることや、三つ子の場合、子宮頚管縫縮術という子宮口が開いてこないようにする手術を、妊娠14週くらいまでに受けることをすすめているとのこと。私も、後日その手術を受けました。 妊娠初期はつわりもめまいもひどく、いつもと同じように上の子たち2人と遊んであげられず、甘えさせてあげられませんでした。それでも、他の家族の手をたくさん借りてなんとか乗り越えることができ、本当に感謝しています。 著者:大木りさ5歳と3歳の兄弟と1歳の三つ子をもつ5児の母。現在は自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。病院・産院によって処置・対応は異なります。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年08月10日妊娠判明と同時に起こった不調の1つに、強い腹痛がありました。医師からは「卵巣が腫れていますが、経過観察で問題ありません。妊娠初期ということもあって痛み止めの薬も処方できません。大変ですが、耐えてください」とのコメント。つわりと相まってつらかった妊娠初期の体験です。 妊娠判明、そしてつわり私が妊娠に気が付いたきっかけは、強い倦怠感でした。少し動くだけで立っていられないほど疲れてしまい、これはおかしいぞと思ったことを覚えています。月経も少し遅れていたので妊娠検査薬を使うと、しっかり反応が。入籍から半年、そろそろ子どもが欲しいねと夫と話していたころだったのでとてもうれしかったです。 妊娠判明からほぼ同時期につわりの諸症状が起こり始めましたが、つらいものの耐えられないほどではありませんでした。 赤ちゃんは大丈夫!? キリキリ痛むおなか妊娠8週を迎えたころです。仕事をしていると、突然立っていられないほどの強い腹痛に襲われました。上司に断り、大慌てで初診をしてもらった産婦人科に駆け込みました。 エコーで確認すると「卵巣がかなり腫れているが、卵巣茎捻転(らんそうけいねんてん)ではないから大丈夫。引き続き様子を見る必要はあるけれど、今のところ腫れは赤ちゃんには悪影響はありません」とのこと。ほっと一安心でしたが、その後しばらく腹痛に悩まされるはめになったのです。 「妊娠は病気じゃない」の意味つわりも吐き気やめまいなどでつらかったものの、デスクワークの仕事ができないというほどではありませんでした。でも、腹痛はまっすぐに歩けなくなるほどの痛み。椅子に座っていることもできず、仕事を早退したり、休んでしまう日が続きました。もちろん家事などまったくできません。 体調の悪さからメンタルも弱っていき、次第に自分がダメな人間だと感じるようになっていきました。しかしそのとき、職場の上司から掛けてもらった一言に救われました。「妊娠は病気ではないというのは、医師や他人が治すことができない、あなたが安静にするしかないということ。仕事も家事もしなくていい。つらいときは休みなさい。申し訳ないと思わなくていい」 上司から掛けてもらった言葉と理解ある同僚に助けられ、早退と欠勤を繰り返しながらもどうにか妊娠初期を乗り越えました。妊娠13週を過ぎたころ、つわりも腹痛も次第に治まっていきました。 それからも妊娠期間中、しばしばマイナートラブルに見舞われることがありました。そのたびに「妊娠は病気じゃないから、私が私とおなかの赤ちゃんを第一に考えた行動をしよう」と心がけ、無理のない妊娠生活を送ることができました。腹痛はつらかったですが、何かと無理しがちの私にとっては必要な経験だったと思えました。 著者:かねこゆかり東北在住、1歳息子を育児中。転勤族なので、これからどんな土地で子育てをするのかドキドキ半分、ワクワク半分。興味のある分野は貯蓄や節約などのマネージャンル。ファイナンシャルプランナーに挑戦予定。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年08月10日現在、子ども4人を育てており、4人とも経腟分娩でのお産でした。上3人の妊娠中は便秘知らずだったのですが、4人目はお産直前まで便秘気味……。そんな私の出産エピソードをご紹介します。 4人目だけ便秘気味だったなぜか4人目だけ、臨月付近から便秘気味になりました。4人目出産ともなると骨盤もだいぶ早めにゆるんでくるからか、臨月になると赤ちゃんの頭がいつもおしりのほうを押しているような感覚でした。 うんちがずっと出ないわけではなく、毎日少しずつ出てはいるのですが、全部出きってはいないという感覚でした。 陣痛と何かが下がってきている感覚出産予定日の数日前の朝、おしるしがあり、夜には結構な量の出血。鈍い痛みも伴ってきたので、夜間に産院に駆け込みました。 病院ごとで出産前に浣腸をするかどうか違うので、浣腸をされるのか不安でしたが、浣腸はなく、そのまま出産となりました。あまりの陣痛の痛さと何かが下がってきている感覚が強く、しまいには自分から「うんちが出そう!」と連呼していました。 やはり溜まっていた!いきんでもなかなか降りてこない赤ちゃん。助産師さんが「少し便秘になっているようで、赤ちゃんの邪魔をしているからうんちを出すね!」と言い、刺激しながら出してくれました。必死だった私は、恥ずかしいというよりも「すっきりした~これでいきめる!」という気持ちでした。 助産師さんは、臭いもぜんぜんわからないくらい素早く何かに包んで捨ててくれました。慣れているようで、嫌な顔せず対応してくれて、赤ちゃんの誕生を一緒に喜んでくれました。 出産前のうんちの心配はどこへやら。心配せず、無事に赤ちゃんを産むことを考えていれば、あとはプロが後押ししてくれますよ。著者:武山あゆみ三男一女の母。ワンオペ育児に奮闘するかたわら、自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー(通常分娩)
2019年08月09日私には3人の子どもがいます。長女が2歳のとき、双子を出産しました。双子出産前、妊娠35週から管理入院になりました。近くに頼れる人もおらず、入院の間は長女の世話と家のことは一手に夫が引き受けてくれました。そのときの体験談を紹介します。 しばらくの間、妊娠経過は順調双子妊娠ということで、妊娠判明時に医師から早産などのリスク説明がありました。そのため、管理入院ということもあり得ると考え、入院準備を早めに整えました。 通常、双胎妊娠の場合は妊娠26週から産前休暇が認められていますが、少し早めに妊娠23週から仕事を休むなど対策をとっていました。妊娠30週ごろまでは母子共に経過は順調でしたが、それから徐々におなかの張りが頻繁になり、子宮頸管が短くなってきました。そして妊娠35週に入ったところで管理入院となりました。 管理入院中の一番の気がかり管理入院中の一番の心配は、当時2歳だった長女のことです。私がいない間、長女が寂しがらないかという思いはもちろんありました。加えて、日頃から夫婦二人三脚で育児をこなしていましたが、管理入院と産後の入院も含め約3週間という長さもあり、 夫への負担が気がかりでした。 というのも、夫は仕事と学業をかけもちしている状態で、それにひとりで長女の世話となるときついだろうと心配でした。 管理入院中の長女と夫の様子管理入院中、夫は長女の保育園への送り迎えや子どもの食事の準備などを完璧にこなしてくれました。仕事はしばらくセーブできるよう調整もしてくれました。 長女はママがいないと泣くのではと心配でしたが、入院前から入院することを説明し、入院中は電話でコミュニケーションをとるなどしていたので、特に寂しがる様子を見せずに過ごしました。 しかし、やはりまだ2歳の女の子。後々話を聞くと「ママがいなくて寂しかった」と言っていたので、小さいなりに一生懸命頑張っていたとわかりました。 自分と赤ちゃんのことに集中できた入院入院中、夫は毎晩、長女の様子を写真とメールで報告してくれました。保育園での様子や、帰宅してからどんなことをしたのか、夕食は何だったかなどです。その内容からは楽しく過ごしている様子が伝わってきて、安心できました。 退院後、夫に感謝の気持ちを伝えると、夫は「自分ができることをしただけ」と言っていました。そのサポートが私にどれほどの安心感を与えたのか、出産後1年以上経った今でも感謝の気持ちでいっぱいです。 夫は管理入院中だけではなく、妊娠初期から多くのサポートをしてくれました。双子の妊娠が判明してすぐは、自分や赤ちゃんのことばかりに目がいっていましたが、出産を終えた今、頑張ったのは私だけじゃないと思いました。夫と長女、家族全員で乗り切った出産でした。家族の頑張りに感謝です。 著者:松裏幸恵二男(二卵性の双子)一女の母。薬剤師として働きながら子育てをしている。自身の妊娠・出産・育児に関する体験談を中心に執筆中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年08月08日私は妊娠34週で破水し、緊急帝王切開手術で双子を出産しました。妊娠5週から8週まで切迫流産になりながらもその後マタニティライフは順調だったので、突然の破水は本当にびっくりしました。妊娠中から、破水・出産までの体験をお伝えします。 妊娠直後から切迫流産妊娠判明時に双子であるとわかり、そして妊娠5週で切迫流産の診断がありました。「安静にするように」とのことだったので、大事をとって休職させてもらうことに。私は保育士という仕事柄、子どもを抱っこしたり走って追いかけたりすることが多いので、休職できてよかったです。 安静期間はできるだけベットから動かず、家事も最小限にすることに。夫の仕事の都合で引っ越しもあったのですが、業者さんや夫にすべてお願いして極力動かないようにしていました。ゆっくりと休んだおかげか妊娠9週では切迫流産の状態を脱し、一安心しました。 順調だった妊娠中期~後期妊娠9週以降は特にトラブルもなく、順調なマタニティライフを送りました。体重増加もほどほどで、つわりもほとんどなく、おなかの張りもそれほど感じず、体も心も安心して生活していました。切迫流産の経験から、動きすぎず安静を心掛けた生活を送っていたのもよかったのかもしれません。双子ではありましたが、特に入院を必要とするようなトラブルもありませんでした。ただ、何があるかわからないという思いから、入院セットと陣痛タクシーの登録は妊娠20週ごろには準備を終えていました。 突然の破水と緊急帝王切開穏やかに過ごしていた妊娠34週2日目。トイレに行くと、生臭い大量のおりものが出ていたのです。「これが破水かもしれない」と直感的に感じ、病院に電話をしました。電話口の助産師さんから「すぐに病院に来てください」と言われ、用意していた入院セットを持ってタクシーで病院へ。到着して診察を受けると、破水しているとのこと。すぐに帝王切開手術をすることになりました。破水したのが14時で、出産したのは17時。あっという間のできごとでした。 妊娠34週での突然の破水、そのまま緊急帝王切開による出産となり、とても驚きました。どんなに順調でも、早めに出産準備をしておいたことで、突然の破水にもそれほど動揺することなく、安心して病院にかかることができたと思っています。出産後はトラブルもなく、双子の子どもたちも順調に育ってくれて安心しています。 著者:小川かなえ2歳の双子姉妹の母。東京郊外在住。元保育士、不妊治療を経て妊娠出産。子連れハイキングやキャンプなどアウトドアも再開。現在は親子の森のようちえんを運営し、地域や自然とともに子育てをしている。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年08月06日Instagramで大人気、ニシカタさんの出産エピソードをご紹介!入院後、4時間ほどで無事にスピード出産したニシカタさん。4人部屋で同室のママたちは、赤ちゃんの扱いが上手なので、初心者のニシカタさんは「私だけどうして……」と次第に焦ってしまいます。 4人部屋のなかで周りがみんな経産婦さんだったので、自分だけ何もわからず、赤ちゃんを泣かせている状況がつらかったです。 「赤ちゃんもお母さんも最初は初心者だからうまくいかなくて当然! 大丈夫ですよ」巡回の助産師さんがやさしく励ましてくれるので、泣きそうになってました。 ニシカタさんのマンガはInstagramで更新中!ぜひチェックしてみてくださいね♪ ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 この投稿をInstagramで見る ニシカタさん(@c_nishikata)がシェアした投稿 - 2018年 6月月12日午後2時22分PDT 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター ニシカタ2018年1月、長女を出産。インスタで出産、産後、育児レポートマンガを更新し、人気に。ゲームと海外ドラマとデパ地下が好き。
2019年08月05日子どもが1歳になる少し前、さて寝ようかというタイミングで、突然原因不明の大泣き……。体をよく見ると、指先が赤く腫れあがっていて背中やおなかも赤くなっていました。とりあえず救急相談センターに問い合わせて、パパの車で夜間救急へ行くことに。子どもの緊急事態には、私だけでなくパパにもスムーズに対応できるように心がけておくことが大切だと思ったお話をお伝えします。 子どもが急病のときパパは対応できる?パパから「子どもに何かあったとき、俺は何をしていいかわからない」とよく言われていました。子どもの急な体調不良で救急相談センターへ問い合わせたことは3回ほどありましたが、思えばすべて私が電話をしていました。夜間救急へかかるべきか、自宅で様子を見て大丈夫なのかなど、私が指示をもらって対応していたのです。夜間救急へ向かう際は、パパが車を出してくれていたのでそれだけでありがたいと思っていましたが、もしも仕事でパパがいなくても恐らく私はひとりで相談センターへ電話し、子どもを抱えてタクシーで病院へ行くことは可能です。では、逆の場合は? パパひとりだとしたら、まずどこへ問い合わせたらいいのかわからないのでは? と気づいたのです。 ママ友も共感! 意外と知らないパパが多いママ友数人にその話をしたら、「うちは今のところ夜間救急にかかったことはないけれど、もしかしたらパパは知らないかも」「うちも私が病院に電話して、パパには車を出してもらっただけだよ」などの声があり、緊急時にどこに問い合わせるかを知っているパパは少ないことが判明しました。わが家は育児に対して比較的協力的なパパなのですが、そういった緊急時に関しては、わが家も含めてどこのご家庭でも、パパは運転手という認識が圧倒的に多かったのです。 もしもに備えて出産前に夫婦で知る大切さ私が住んでいる地域では、自治体で配られる「子育てガイドブック」というものがあり、小児科や児童館、子育てひろばや教育施設など、子育てのことがすべて掲載されていました。私は必要な情報に色付けしたり、折り目を付けたりして愛読書のように出産前からずっと読んでいたのです。もちろんパパにも「暇なときに読んでおいてね」と声がけはしていましたが、きっと読んでいなかったのだと思います。時間のある出産前にせめて産婦人科だけではなく救急相談センターの電話番号も共有しておくべきだったなと反省しました。 以前は「ママが指示することで動きやすい」とパパから言われましたが、実際は子どもに何かあるたびに心の中では不安でいっぱいでした。この話をきっかけにその不安をパパに話したら理解してくれたのでよかったです。その後、パパは救急相談センターだけでなく、かかりつけの小児科の番号を登録し、いざというときにも頼れるパパへと成長してくれました。 著者:高杉 沙雪現在2歳の娘を育てている、東京都在住のパート事務兼フリーライター。芸能メディアや生活家電・美容家電の記事を執筆中。ジュエリーコーディネーター、秘書検定の資格有。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年08月05日2人目は何歳差で産むのが良いのか? ママ友ともよくそんな話題になっていたころ、「3歳差は入園・入学が重なるから大変だよ」と複数人から聞き、深い考えもなく、ならば2歳差で、と妊娠・出産してみたところ……。 マタニティ期間の苦悩私には11月末生まれの長女と、1月生まれの次女がいます。長女は2歳1カ月でお姉ちゃんになりました。マタニティ期間に大変だったことは、長女を抱っこできなくなることでした。当時1歳半の長女はまだあまり歩けず、抱っこをせがまれることがよくありました。 けれど私は貧血で通常の暮らしもつらいときがあり、抱っこしてあげたり、してあげられなかったり……。おなかが大きくなってからは切迫早産の不安があり、まだ小さい長女が満足するまで抱っこしてあげることができませんでした。 0歳と2歳の育児はドタバタ次女誕生後、ちょうどトイレトレーニングをしていた長女。トイレの間隔が短かったので、次女のおむつ替えや授乳などをしているときでも、「トイレ!」となることが多く、あっちこっちにお世話をしにいかなければならず、体力的に大変でした。 また、長女は3歳まで夜泣きがあり、授乳で泣く次女に母乳をあげながら泣くので、1年間は夜にあまり眠れませんでした。 2歳差と3歳差の大変の違い私の周りで言われていた「3歳差は大変」は、行事が重なることや金銭面で一度にお金が出るという部分が大変という意味でした。 2歳差は行事や支出はタイミングがずれますが、まだ自分のことを自分ですることができない、うまく気持ちを伝えられない時期の2歳の長女と、何にも自分でできない0歳の次女との生活は忍耐と体力がかなり必要でした。愛情を持って接していましたが、私自身も毎日がいっぱいいっぱいになり、イライラしがちでした。 眠れない日々が続いたときは、2歳差で出産したことを後悔するときもありました。けれどもそれは2歳差だからではなく、子どもの性格にもよるものも大きく、同じように出産した友人とはまったく悩みが違い、何歳差だから良いとかラクというのはないんだと気がつきました。金銭的なことは予想できますが、育てる際の大変さは何歳差であろうとしてみなければわからないと思いました。 著者:ライター 横山まい三児の母。夫の転勤に伴い三人別々の県で出産し子育てをしている。転勤妻としての妊娠・出産・子育ての経験に基づき、体験談を中心に執筆している。
2019年08月05日出産は人生の一大事。長くつらい陣痛を乗り越えてやっとの思いで出会えるわが子……のはずでしたが、1人目から約3時間半で出産した私は、とにかくハラハラ! 痛みに耐える時間が短いと言えども、本人はもちろん、周囲もバタバタだったスピード出産エピソードをお伝えします。 予兆? 予定日2週間前で子宮口が3cm初めての出産。緊張したまま臨月に入り、健診も1週間おきになりました。予定日のちょうど2週間前、健診では子宮口が3cm開いており、医師からは「もういつ生まれてもいいね」と言われました。助産師さんからも「2人目じゃないよね?」と言われましたが、当の本人は何の変化も感じていませんでした。 初産婦はとりあえず1時間は家で待機!そして出産予定日の翌日に陣痛開始! 私の場合、便意と同じ感覚だったことと、初めてでよくわからず、時間の計測が遅れたようにも思います。また、初産婦は家で1時間は様子を見るようにも言われていたので、約1時間半後、陣痛間隔が10分を切ったところでやっと病院に連絡して出発しました。 5分間隔の陣痛に耐えながら20分かけて車で病院に到着しました。しかし、もう少し早く連絡しておけば、車移動があれほどつらくはなかっただろうと後悔しています。 病院到着! 先生「あと30分くらい」内診すると子宮口は8cm! まったく気付いていなかったのですが、破水もしていて、すぐに分娩台へ。到着したのは23時半でしたが、先生は「日付が変わる前に生まれそうだなあ」とひと言。「あと30分で!?」と、痛みから解放されると思うとうれしい気持ちに。 しかし、急展開過ぎて完全に思考はストップ! 助産師さんたちがバタバタ準備しているのだけはわかりました。分娩台に移動後は、結局1時間ほどかかりましたが、無事に出産することができました。 余談ですが、2人目は2時間を切る、さらなるスピード出産でした。うらやましがられることも多いエピソードですが、生まれる間際の車移動もなかなかつらかったのよ……と、いつも思っているのはココだけの話です。著者:小林夏希4歳と1歳の二児の母。フリーライターとして育児・インテリア・住宅関係の媒体を中心に記事執筆をおこなう。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年08月04日韓国では昔から、産後にわかめスープを食べる習慣があります。病院でもどんぶりに1日3食、間食で2回も出てくるほど、当たり前となっています。わかめの多さに驚きながらも産後にスープを2カ月食べ続け、体にも良い影響があったような気がしていますので、詳しくお伝えします。 わかめスープのおかげ? 産後の調子が良い私は左の乳腺が緻密で詰まりやすく、乳腺炎になったりと産後1カ月までトラブルがありました。しかし、わかめスープを飲むたびに胸が温かくなる感じがあり、母乳がポタポタ出てくる体験を何度もしました。そして産後2カ月で子どもの体重が十分に増え、育児要ミルクが必要なくなり、混合授乳から完全母乳になりました。わかめスープのおかげかはわからないですが、母乳量も十分でしたし、便秘や手足のむくみに悩まされることもなく体の調子がよかったです。 おいしく食べてラクができる▲エゴマの粉 子どもが新生児期の間は、なかなかゆっくりごはんを食べることができず、食べては抱っこを繰り返して食事に集中できませんでした。でも、わかめスープにはごま油が入っているせいか、比較的温かい状態をキープできるのでおいしく食べられました。そして、入れる具材を変えれば風味も変わり、大根やねぎも一緒に入れると野菜も摂取できます。韓国にはえごまの粉があるのですが、それを入れると香ばしさが増します。少しの工夫で変身できるメニューだったので、1日3食飽きることなく食べられました。産後は献立を考える余裕がなかったので、わかめスープが必須の文化のおかげで料理がラクでした。 韓国のわかめスープの作り方韓国のわかめスープは、日本のものとは違いがあります。作り方は次の通りです。①わかめをごま油でしっかり炒めてから作ります。牛肉などの具材も一緒に炒めます。②水を入れて沸かし、醤油で味付をします。③具材をお好みで入れます。 牛肉は鉄分も豊富で、わかめスープとも合うと思います。味は濃すぎず薄すぎず、わかめの自然な味とごま油の風味が香ばしくておいしく食べられました。韓国のわかめは日本のものより厚みがあり、食感がしっかりしています。 わかめスープを毎食食べるという韓国の産後ケアのおかげで、母乳分泌や産後の体の調子が良いことに繋がったのではないかと思っています。毎日飽きることなく工夫しておいしく食べられましたし、韓国の産後ケアには驚きつつも助けられました。 著者:森かなみ1歳女児の母。元産婦人科看護師。現在は韓国で育児をしながら、国際免許取得のため準備中。主に韓国での体験談を執筆している。
2019年08月04日1歳になるまで病気らしい病気をしたことがなかったわが子ですが、1歳を過ぎたころに40度の高熱が続きました。やっと落ち着いてきたと思ったら、34.4度まで熱が下がってしまい家族中で大慌て。初めて救急車を呼び、本気で子どもの死を意識しました。熱が上がってくれたときは、心底ほっとしました。 40度の高熱が続くわが子が1歳1カ月のとき、40度の高熱が続いたことがありました。水分は摂れており、咳や鼻水などのほかの症状もなかったので、様子を見ることに。なかなか熱が下がる様子がないので、1度病院に連れて行こうかと考えていたところ、午後になって突然けいれんが起こりました。 下半身のピーンとつっぱったけいれんで、白目をむいた状態。尋常ではないわが子の様子に慌てて救急車を呼び、自宅から車で30分の総合病院に運び込まれました。救急車が来るまでけいれんの時間を計っていたところ、24分間続きました。 落ち着いたと思ったら34.4度に!病院では血液検査をしたり、レントゲンを撮ったりしたのですが、発熱もけいれんも「原因不明」。解熱剤や抗けいれん剤の点滴を打ち、やっと症状がおさまりました。そのまましばらく様子を見て、再発しなかったので夕方自宅に連れて帰りました。 熱もだんだん下がってきて安堵したのもつかの間、明け方ごろ寝ているわが子がどうも冷たいような気がしたので体温を測ると、なんと34.4度。信じられなくて体温計を3本試しましたが、やはり34度台でした。子ども用の体温計ではエラーで測定不能。自分で計ってみると通常通り計れるので、やっと事態を飲み込み、焦って病院に電話しました。 その後の診断は……?「体温が低いのはとにかく温めるしかない」と電話口で看護師さんに言われ、毛布でくるみ、その上をさらに電気毛布でくるみ、温め続けました。熱が上がってきたなと思って毛布から出すとすぐにまた下がってしまうので、ずっと毛布にくるんでいました。 病院に連れて行って診察を受けたり様子を見たり、6時間くらい病院にいました。わが子は泣く元気もなく、ぐったりしたまま。体温が35.5度ほどに戻ってきたときに、やっと泣き始めました。泣いてくれてあんなにほっとしたことは初めてです。家に帰って翌日36度を超えたころ、全身に発疹が出始めました。再度受診したところ、診断は「突発性発疹症」。発疹は1日半くらいでだんだん消えてきて、本人も元気を取り戻しました。 高熱が続いたときも心配でしたが、熱が34度台になったときは「このままだと死んじゃう」と、本当に怖かったです。子どもが泣くのも聞いていてつらいですが、「泣く元気もない」という状態がどれだけ恐ろしいかを身をもって知った経験でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。※生後3カ月未満で38℃以上の発熱がある場合は、他の症状の有無に関係なく夜間・休日にかかわらず必ず受診してください。※生後6カ月以上で発熱のみで活気があれば様子を見て、自宅で安静にして過ごさせて外出は控えましょう。3日を経過しても熱が下がらない場合は無条件で受診してください。※41度以上の高熱が出た場合は、無条件で早急に受診してください。著者:ライター 銀鏡あゆみ二児の母。生まれ育った町で、自身の父母・祖母・夫・子ども2人との大家族で暮らす。地元を中心に取材・撮影・執筆を行うライター。
2019年08月03日Instagramで大人気、ニシカタさんの出産エピソードをご紹介!入院後、4時間ほどで無事にスピード出産したニシカタさん。切れた乳首で細切れ授乳という無慈悲ループに苛まれ、ステーションで赤ちゃんを預かってもらうことに。 「やっと眠れる……」かと思いきや!? ナースステーションで預かってくれる、の一言に超絶感謝しつつ眠ったんですが、その1時間後に起こされるという……。うん、私はタンク……母乳タンク。 いやー、しんどかった。鮮明に覚えてます。3時半……。睡眠不足は……人をだめにする。 産後はハードなことが続きますね。出産で体がガタガタなのに睡眠不足でメンタル削られ、傷や乳首の痛みに襲われ……。 周りの方が、産後はとにかく養生だけしてろ!と念を押してくれた意味が今ならよくわかります。 ニシカタさんのマンガはInstagramで更新中!ぜひチェックしてみてくださいね♪ ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 この投稿をInstagramで見る ニシカタさん(@c_nishikata)がシェアした投稿 - 2018年 6月月12日午後2時22分PDT 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター ニシカタ2018年1月、長女を出産。インスタで出産、産後、育児レポートマンガを更新し、人気に。ゲームと海外ドラマとデパ地下が好き。
2019年08月02日寝かしつけには生活リズムを整えることが重要と聞きます。娘は生活リズムが整っていたにも関わらず、生後6カ月ころから、おっぱいが口から離れると寝られない状態になりました。夜泣きも始まり、泣くたびに授乳する日々……。そのとき私が挑戦した、授乳以外での寝かしつけについてお伝えします。 おっぱいなしでは寝られない!?娘が生後6カ月を迎えたころ、授乳での寝かしつけはかなり時間がかかりました。娘も体力がついてきたせいか、40分~60分程おっぱいを吸わないと寝落ちしてくれないのです。授乳の体勢は意外と疲れるものです。首、肩、腕がしびれて、猫背にもなってきます。娘は昼寝のときも授乳をしないと眠れなかったため、私の体は凝り固まってしまいました。添い乳も試したのですが、こちらも意外と体勢が難しく、娘もうまく吸えずに断念してしまいました。 寝かしつけ方法を模索する日々このままでは、娘にも私にも良くない! と思い、授乳以外での寝かしつけ方法を模索することにしました。まず試したのは「背中とんとん」です。住まいのある区で開催しているママ子会で相談したところ、他のママから「背中とんとんで寝てくれる」との意見を聞いたのです。ネットで検索しても「とんとん」でうまくいったという意見は多いです。しかし、うちの娘には合わなかったようで、まるで邪魔だと言わんばかりに嫌がられてしまいました。その後も子守歌、ベビーマッサージ、抱っこなどいろいろ試しましたが、私と娘どちらにも合う方法が見つかりませんでした。 絵本とオルゴールで眠る時間の意識付け今度は保育士さんに相談してみたところ、「赤ちゃんが安心できる何かがあるといい」との意見を聞きました。ぬいぐるみやタオルなど、赤ちゃんによって好みは違うようです。娘はお気に入りのグッズが特になかったのですが、昼間に絵本を読み聞かせるとおとなしく聞いていることがよくあったため、絵本で試すことに!普段お世話や家事をしていると、実際に娘と向き合って遊ぶ時間が意外と少ないことにも気づきました。寝る前に絵本を読むことで、娘とのコミュニケーションの時間にもなり、一石二鳥だと考えました。また、私自身がオルゴール曲を聞くと心が落ち着くと感じていたため、そちらも試してみることにしたのです。 定着した寝かしつけで娘も私もハッピーに実践してみたところ、寝ながら絵本を見て聞いてくれたのです。そのうち目をこすって眠い素振りをするように。そのタイミングで「おやすみ」と声をかけ、電気を消し、添い寝をしました。何分がぐずぐずし、ごろごろ動き回るものの、しばらくすると眠っていきました。このときは本当にうれしかったです。毎日続けていくうちに、絵本を読む時間もぐずる時間も短くなりました。布団の中に入り、オルゴール曲と絵本が始まったら、寝る時間だとわかってくれたような気がします。横になって絵本を読むだけなので、私の体もすごくラクになりました。生後11カ月になる現在は、この寝かしつけ方法が完全に定着しています。 授乳以外の寝かしつけに挑戦し、育児はこれという正解がないと改めて知ることができました。まだ話せない娘との生活は、悩むことが多くあります。「どうしてうちの娘だけ」とついつい思うのですが、自分の意思を押し付けるのではなくお互いに合う方法を考えることが大事だとわかりました。 著者:加藤みか1児の母。現在育児休暇中。夫と娘の3人暮らし。今後の家族計画を立てながら妊娠・出産・子育て・暮らしに関する体験談を中心に執筆中。
2019年08月01日おすわりで遊べるようになった次女。でも油断するとすぐ後ろに倒れるため、倒れそうな辺りにブランケットを敷くなど、転倒対策をしていました。ところがある日、少し目を離した間に次女が思わぬ体勢になっていたのです! そう、後ろへの転倒ばかりを気にしてしまっていたのです。 後方ガードはバッチリ生後7カ月を過ぎておすわりができるようになると、仰向けではなくおすわりでの遊びが楽しくなってきた次女。おすわりをさせておもちゃを与えていると、ひとりでもご機嫌でした。 しかし、まだ座位が安定しきっていないため、少し体勢が崩れると頭の重みで後ろへゴロン! そのため、家事をしながら見守らなければいけないようなときには、後方に筒状に丸めたブランケットを置くなど、後方への転倒ガードは常におこなっていました。 異様な声で気づくいつものように後方ガードをしたうえで、長女に呼ばれて隣の部屋に行っていた私。部屋を離れて3分も経たないかというころ、変な声が聞こえてきたのです。泣き声でもない「ヒッ、ヒッ、ヒッ」というひきつるような声でした。慌てて次女の元に戻ると、なんと、ガードしていた後方ではなく、前方に倒れているではないですか! しかも約10cmほどの高さがある小上がりのようなところの淵から前方に倒れたため、胸から上がフローリングの床に、おなかから足先までは小上がりの上に、斜めに近い体勢になっていたのです! 盲点になっていたことに猛反省慌てて抱き上げると、その瞬間に大号泣。本人も驚いたことと体勢的に苦しかったことがあって、泣き声ではない異様な声になっていたのだと思います。 幸い小さなたんこぶで済んだものの、怖い思いをさせてしまったことに「ごめんね、ごめんね」と申し訳なさでいっぱいだった私。完全に後方へのガードしか頭になく、前方へのガードが盲点になっていました。推測ですが、座位が少しずつ安定してきたことで、何かを取ろうと手を伸ばすうちに前方に転倒してしまったのだと思います。 前方ガードがおろそかになっていたどころか、後方を意識するあまり30cm前方には段差があるような場所に座らせてしまっていた私。赤ちゃんの成長はこちらが思っているより早く、昨日と今日とでは同じ状態ではないということを痛感しました。以降、可動域は常に広がっているということを念頭に置き、「もしかしたら」ということへの対策も忘れないようにしています。著者:笹谷みずき二女の母。地方の住宅街から離れた山の中在住。現在は外勤めですが、いつかは自宅周辺の自然を活かした事業を起こしたいと目論見中。地方での出産・子育ての楽しさを伝えるべく、自身の体験談を中心に執筆中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年08月01日妊娠で辛いのは「鼻からスイカ」と言われる出産のタイミングかと思いきや、それ以外にも想像を超える苦労をした女性もいるようです。今回は、妊娠中に辛かったことについて、アラサー女子に聞いてみました!文・オリ子妊娠中の壮絶体験妊娠中に離婚危機…夫へのイライラが止まらない!「妊娠初期から中期にかけて、とにかく夫が大嫌いになり、本気で離婚を考えていました! 一緒に寝るのも、つわりからか夫の匂いも嫌になり、家での過ごし方、妊婦を置いて会社の飲み会にいくことなど、夫のすべてにイライラしました。これから出産でお金が必要だけど、離婚したらどうなるのか慰謝料について調べたり、イライラが止まらない日々をすごしました。結局妊娠後期には落ち着きましたが、あれはホルモンバランスのせいだったのでしょうか……」(33歳・その他)「私はつわりで辛いのに、毎晩飲みに行く、家事も手伝わない、休みの日はゲームばかりの夫に腹が立って、こんな大きくてかわいげのない子ども(夫)と、お腹の子2人の面倒なんて見れないと、ひとりで子どもを産んで育てる覚悟をしていた時もありました 」(33歳・その他)女性は妊娠で母としての意識が高まりますが、男性が父親を自覚するようになるのは、だいぶ後のようです。妊娠中のイライラはホルモンバランスの影響もあるようなので、離婚を考える場合は、出産後まで思いとどまったほうが賢明かもしれません!つわりで生き地獄を味わう「昔から、妊婦さんを見ると、『幸せな時間を過ごしているんだな〜』とうらやましく思っていた私。しかし実際に妊娠すると、待っていたのは生き地獄(もちろん妊娠は嬉しかったですが!)。その理由はつわり。私は重度で妊娠悪阻と診断され、24時間激しい気持ち悪さに襲われていました。痩せ型だったのに体重も10kg程減り、入院を勧められる程に。精神的にも鬱状態になり、思わず『つわり 死亡』と、つわりで死ぬことがあるのか検索してしまうほど辛かったです。ほぼ2か月間ひたすら気持ち悪さと共に天井を見上げて過ごしていました」(32歳・その他)「つわりがとにかくひどかった。1日に何十回も吐いていました。つわり中は仕事をしていたので、客先でのプレゼンの前後にトイレに直行して吐くといった状態でした。なので、妊婦なのに体重はほぼ変わらないまま出産。今思い返しても、頑張った自分を褒めてあげたいです」(34歳・SE)仕事で積み上げたキャリアを諦めなくてはいけなくなる「家から1時間半程の会社に勤めて数年、部下もでき給与もそれなりにもらえだした頃に待望の妊娠。育休後会社に復帰しようとしたのですが、託児所の朝の受付時間が8時からで、その時間では会社の出勤時間に間に合わず、結局退職する決断をしました。子どもと過ごせるのは嬉しいですが、これからお金の面でも本当に不安です」(33歳・その他)「妊娠を機に体調不良で会社を休みがちに。会社に相談したところ、『体を優先してね』と言われたものの、通勤時に気分が悪くなり遅刻をしても厳しく注意され(労務管理上仕方ないんだろうけど)、出社しても冷たい目で見られて、妊娠を心から喜べない日々が続きました。育休明けが今から不安でなりません」(30歳・会社員)最近は晩婚化による高齢出産も増え、ある程度キャリアを積んだ女性が、妊娠を理由に辛い決断を迫られたというケースもあるようです。また、妊娠すると思うような生活ができず、仕事に支障が出て、会社の人の目が気になるケースも多いようです。電車移動が想像以上にキツイ!「産休まで出社していましたが、電車が混んでる時は本当に辛かったです。マタニティマークをつけていたけれど、マークの認知度が低いのか優先席でもあまり席を譲ってもらえず、連結部分でしゃがみこむ日々。もちろん疲れている方や具合が悪い方もいると思いますが、マタニティマークを見た後、寝たふりをする人もけっこういたような。そんな私も、妊娠するまではそれほど妊婦さんを意識したことがなかったので、同じ思いをさせていたのかな〜と自らを振り返る良い機会になりました。もちろん、優先席以外でも譲ってくださる優しい方もいて本当に感謝しました」(29歳・会社員)「つわりがひどくて、会社に行くのに電車で数駅移動しては降りて、トイレで吐いて、再度電車に乗って、という乗り方を繰り返していた時は、移動に4倍くらい時間がかかっていました。赤ちゃんのため! と頑張れましたが、今振り返るとかなり辛かった」(32歳・会社員)妊娠は、嬉しいけれど大変なこともたくさんある妊娠中の女性は、幸せいっぱいそうに見えますが、実は陰ながら苦労や葛藤を抱えている人も多いようです。それでも新しい命を授かるのは素晴らしいことには変わりませんし、しんどい経験を自分の糧としたり、そのことで視野が広がったりしたと、前向きにとらえているかたが多いようでした。出産後も子育てで苦労することも多いと思いますが、自分で抱え込まず、自治体のサポートなども上手に使いながら過ごしていきたいものですね。©Sebastian Pfuetze/Gettyimages©JGI/Jamie Grill/Gettyimages
2019年07月31日妊娠中期に入るあたりから耳が聞こえづらくなり、受診してみると「耳管開放症(じかんかいほうしょう)」であることが判明。妊婦によくある病気とはいうものの、子どもが生まれる直前まで続いた症状は本当につらいものでした。今回は私が耳の不調をどう乗り越えたのかを紹介します。 耳管開放症?! 予想外の体調不良に困惑妊娠中期に差し掛かったある日のこと、急に耳が塞がっているような感覚に。まるでスキューバダイビングで海に潜り、「ゴーーーー」と自分の呼吸が聞こえているような状態です。 急いで耳鼻科を受診してみると「耳管開放症ですね。妊婦さんにはよくあることなので産後まで様子をみてみましょう」とのこと。出産するまでこのままってこと……? この先の生活に強く不安を覚えました。 さよなら理想のマタニティライフ...おなかの大きさに比例するように、1日数時間だったのが半日、ついには1日中症状が出ている状態に。一度症状が出てしまうと、寝転がる以外に自力で治す方法がなく、声もうまく聞き取れなくなるため人に会うのもおっくうになっていきました。 SNSを見て憧れていた「妊婦友だちとランチ!」「今のうちにたくさん遊ぶぞ〜!」といったキラキラマタニティライフとはかけ離れた横たわるだけの毎日に、悔しい気持ちでいっぱいでした。 「理解してもらう」ことの大切さ昔から体調不良をうまく周囲に伝えられない性格の私。今回も例外なく誰にも相談していませんでしたが、床に転がってばかりの私を見てさすがの夫も嫌気がさしているのを察し、渋々現状のツラさを話すことに。 すると夫から「え、それ、めっちゃしんどくない?」の一言。その日を境に、「大丈夫? お出かけ長くてしんどかったね」「寝転がっていいよ〜」とやさしい言葉が降り注ぐようになりました。次第に私も「只今、潜水中です(だみ声)」と冗談を言えるまで心が回復しました。誰かに理解してもらうということだけでこんなにもラクになるんだ! と驚きました。 症状は今?当時妊娠していた赤ちゃんはもう1歳になりますが、現在症状はほとんど残っていません。出産してすぐから2日に1回、3日に1回と減っていき、1カ月後には嘘のように消えてしまいました。 立っていても耳が聞こえやすいのが涙が出るほどうれしくて、「症状がない! 潜ってない……!」と毎日しつこく報告する私でしたが、夫も自分のことのように喜んでくれました。幸せな面だけではなく、つらい面も共有できたことで夫との絆も深まったように思います。 夢見ていたマタニティライフとは少し違いましたが、終わってみれば良い思い出になりました。辛い体調不良をパートナーと共有することで、私たちだけの特別なマタニティライフにすることができたとも思っています。 著者:もろさち1歳男児の母。新卒で営業職に就き、妊娠を機に退職。その後就活・保活に成功し、現在は働きつつ妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年07月31日夫婦ともに1人目の出産の経験から2人目も同じように考えていたら、まったく違う立ち会い出産になった、ちょっと笑えるエピソードを紹介します。 いくら2人目は早いと言っても…第一子の息子を出産時は、陣痛がずっと5分間隔のままで、子宮口も1cmから全然開かない状況が続きました。そして子宮口が全開し破水するまで24時間かかり、その後も、何度いきんでも全然息子が出てこず……。最終的には酸素マスクをつけられ、先生に押し出されるという形で出産を終えました。出産後、息子の頭が大きくて出なかったと聞かされましたが、トータル36時間の長く、つらい出産でした。そんな第一子の出産を経験してる私たちだったので、2人目は早いと言っても1日くらいはかかるだろうと思っていました。 出産予定日3週間前から前駆陣痛やおしるしが続いていたものの、結局出産予定日も過ぎてしまい、妊娠40週に突入。先生と相談して、卵膜剥離をしても陣痛が来ない場合は1週間後に薬で陣痛を起こすと決め、この日は卵膜剥離の処置をしてもらい帰宅しました。 その日は30分〜1時間おきくらいに痛みが起き、夜中3時過ぎに痛みで目が覚めたので、陣痛アプリを使うと10分間隔。いびきをかいて寝ている夫と息子を起こさないように、シャワーを浴び、陣痛の合間に出産入院の荷物の最終確認をして、軽く食事をとりました。そして6時過ぎに産院に電話すると「経産婦さんなのでもう来てくださいね」と言われたので、夫と息子を起こして産院に向かいました。 夫よ、どこへ行った?診察を受け、分娩室でいろいろな器具をつけられたのを見届けた夫は、息子を保育園に。私は先生に「自然に進むのを待つか、早めるか」と聞かれ、第一子のときの2日徹夜を思い出し「早く産みたいです!」とお願いしました。そのとき子宮口は4cm開いていたのでバルーンを入れ、6cmになったところで陣痛促進剤の点滴を開始しました。 その間にも陣痛は徐々に短く強くなっていたのですが、戻ってきた夫がモニターの波形をみて「おぉ、今陣痛来てる?」とか「痛い?」とか聞いて来て落ち着かないので、助産師さんが「進んだらまた呼びますから、待っていてください。」と夫を一旦退室させてくれました。それが11時ごろ。 夫は追い出されている間に、市役所に行ったり、お昼ごはんを食べたりしていたようです。一旦病院に戻ってきたようなので助産師さんが夫を呼びに行ってくれたのですが、部屋におらず……。助産師さんが探してくれて「旦那さん……診察受けていました。」と戻ってきました。夫は風疹の抗体があるのか検査をしてもらっていたそうで……なぜこんなときに……。 13時頃、陣痛が2分間隔になり、子宮口は7cm。「うーん、夕方くらいまでかかるかなぁ」と助産師さんに言われたのですが 13時半ごろ、急にズシンとお尻に力が入る陣痛がきました。2回ほど耐えたのですが、3回目はいきみのがしができず……。「何か出そうです!!」と叫んで暴れてしまい、助産師さんが慌てて私の足を抑えバタバタしているときに、入ってきた夫が呆然としているのが目に入りました。 たまたま先生が通りがかり「あら〜頭もう見えてるよ!」と慌てて麻酔をして会陰切開をしてくれていきんでいいよ!と言われた瞬間に1回いきんだだけで生まれました。13時40分、病院に着いてから6時間のことでした。 間に合ってよかった第一子の出産のときに比べ、かなりの余力を残して出産を終えた私はだいぶ元気で、テンションもあがって赤ちゃんの写真を撮りまくっていたのですが、ギリギリ立ち会えた夫の第一声は「俺、何の役にもたたなかった……」でした。 第一子のときは出産ラッシュで助産師さんも看護師さんも足りなく、夫は腰をさすったり飲み物を飲ませてくれたりしてくれていたのですが、今回は私だけだったので助産師さんが付きっ切りでいてくれて夫は手持ち無沙汰→いろいろ用事を済ませてギリギリに帰ってくるということに。同じ病院内にいるのに、立ち会いに間に合わなかった!とネタのようにならなくてよかったと思います。 ちなみに余談ですが、長丁場になることを考え、片道2時間半かかるところに住んでいる実父に息子を家で見ててもらおうと夕方保育園のお迎えから頼んでいたのですが、保育園のお迎え前に生まれてしまい、少し早めに病院に到着した父も「えっ!! もう生まれたの?! 俺、何しに来たんだろう……」と、これまた唖然としておりました。 第一子の出産のときに36時間かかった私は、病院に着いて30分とか1時間で生まれるという話はまったく信じられず、前日の陣痛の予兆も夜中の陣痛が始まってからも「まぁまだ生まれないだろう。とりあえずアレとアレをやってからにしよう」と夫婦ともにのんきだったなぁと、反省しました。経産婦さんは特に進みやすいとのことだったので、もし3人目を産むなら夫には病院から出ないでほしいと伝えようと思いました。 著者:兼松あかりイヤイヤ期真っ只中2歳10カ月の息子と8カ月の娘の二児の母。バイオ系研究員や知的財産の仕事を経て、引き出物プランナー・贈り物コーディネーターとして活動中。書籍を出版したことがきっかけでライター業もおこなう。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー(通常分娩)
2019年07月30日