仕事や子育てをしながら家事をこなすのは本当に大変なこと。だからこそ、家族の助けが必要だと思うのですが、わが家の夫は家事を積極的にやってくれる人ではありませんでした。そんな夫が、あることをきっかけに変わったのです。今回は、頼りなかった夫が変わったエピソードをご紹介します。ほとんど家事をやってくれない夫結婚してから間もなく、夫の転勤で今の住まいに引っ越した私。夫婦ともに実家が遠く、家のことや子どものことを両親には頼れません。夫は会社員、私はパートで働いていたため、何かあれば夫婦で協力する必要がありました。そんな生活を続けているうちに、私は毎日の家事をこなすのに大変さを感じていたのです。夫は、洗濯や料理といった家事を積極的にはしない人でした。畳んでいない洗濯物がそばにあっても、気にせずスマホやテレビを見ているだけ。食べ終わった食器があっても、テーブルに置いたまま放置という状況がしばしばありました。しかし、夫は家事がまったくできないわけではなく、やればできる人。不器用ではありますが少しでもやってくれると助かります。そのため、私が忙しいときは洗濯や掃除を頼むこともありました。ただ、家事を頼むと夫の反応はよくありません。最終的にはやってくれるのですが面倒そうな態度を取り、文句を言うことも。私は、できれば積極的に家事をやってほしいと思ってはいましたが、夫の機嫌が悪くなるのも嫌だったため、本当に手が回らないとき以外は「自分がやればいいや」と諦めモードになっていました。夫が買い物もできないことにガッカリ私は子どもが保育園に入園したタイミングで、パートの仕事を増やすことにしました。夫は仕事の帰りが遅いので、子どもの迎えは主に私が担当することに。そこで問題になったのが、食材の買い物です。食材が足りないとき、保育園のお迎え後に子連れで買い物をすることにしたのですが……。子どもをスーパーに連れて行くと、予定にないものを買ってほしいとせがまれたり、目を離した隙にどこかに行ったりするので、買い物に集中できません。かといって、先に買い物を済ませて子どものお迎えが遅くなってしまうと、申し訳ない気持ちになり気が引けます。そんな悩みを抱えていたとき、ちょうど夫が平日にお休みになったので買い物を頼むことに。夫は家の中で家事をするよりは買い物に出かけたほうがいいらしく、幸いあまり嫌な反応をせず引き受けてくれました。そこで私は買い物リストを作って夫に渡しました。さすがにリストがあれば、そのとおりに買ってきてくれるだろうと安心しきっていたのですが……。子どもたちのお迎えに行って帰宅し、夫が買い物をした購入品を見てビックリ! 買い物リストを作って頼んだにもかかわらず、夫は「牛乳と飲むヨーグルト」「鶏もも肉と鶏胸肉」を間違えて買っていたのです。さらにそれだけではありません。「ひき肉」に関しては、どの商品を選べばよいかわからず買ってもいない始末。私は、夫が買い物すらできないのかと本当にガッカリしました。家族で一緒に行くことで夫の買い物スキルが向上さすがにこのまま家事はやらない、買い物もできない夫では困ると思った私。そこで、買い物はできるだけ家族で一緒に行くことに。一緒に行くことで、私が普段どんなものをどのくらいの価格帯で買っているかがわかります。夫がいることでお米やペットボトル飲料など、重いものを買っても運んでもらえるのでメリットもありました。さらに、子どもを連れて買い物をすることの大変さを実感してもらえる機会にもなったのです。そして家族でスーパーに行くことが習慣になってきたころ、夫にうれしい変化が。元々出かけるのが好きなタイプの夫は、家族でスーパーに行くことは嫌がりませんでした。それもあってか私が仕事で忙しいときは、自ら「買い物行ってこようか?」と言ってくれるようになったのです。さらに、洗濯や食器の片付けも、私が忙しいときは以前より気付いてやってくれるように! そこで私は、夫がやってくれたことに対し「ありがとう」と感謝を伝え、「パパが作ったごはんだよ! やったね!」と、子どもと喜びをアピール。そのかいあってか、夫も家事に対してやる気を維持しています。こちらから頼んでやってもらうのと自ら行動するのには大きな差があるので、本当に助かっています。まとめ夫が買い物もできないことに心底ガッカリしましたが、たしかに普段やっていないことを頼まれたら誰でも間違うかもしれないと、今になって思います。また、家事を「私がやればいいや」としていたことも、よくない考えでした。夫婦で一緒に買い物をすることで情報を共有できたのがメリットとなり、わが家には合っていたのでしょう。やはり家事や子育ては夫婦で協力するべきだと実感したので、これからも助け合っていきたいです。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。イラスト/エェコ著者/佐田 みなみ同い年の夫・ひょうきん者の息子・娘と暮らすパート主婦。忙しい中にも家族の時間を大切にしたいと思いながら暮らしている。
2024年04月27日アウトドアは「自分の一番かっこいい姿を見せることができる」(※画像はあばれる君オフィシャルブログより)高校時代からお付き合いをしていた一般女性と2013年10月に結婚したあばれる君。2016年6月に第一子となる長男、2021年4月に第二子となる次男が誕生しました。テレビのみならず、YouTubeチャンネルでもサバイバル動画を公開していますが、息子を連れて野営するなど子育てでも「サバイバル」を大切にしているようです。番組では、月に1回は子どもたちとキャンプへ行くというあばれる君の子育てを紹介。お子さんと一緒にテントの設営から火起こし、料理までやり、ドラム缶風呂に入ったり、竹で弓を作って的を狙ったり、最近ではタープを張って大雨をしのいだことも。あばれる君は「傷を作って強くなれ」をモットーに、「多少の切り傷とか擦り傷とか、そういう痛みがあることで心も体も強くなる」と育児観を披露。キャンプでは、食べ物を現地で捕獲することもあるといいます。サバの内臓を川に沈めるとカニが寄ってくるため、昨夏には川でお子さんとモクズガニを捕獲。モクズガニはその場で鉄の串を使って絶命させ、命の大切さを学び、いただいた命を大切に食べることも実感を伴って学べる良い機会となったそうです。なぜ息子を連れてキャンプに行くのか。それは、アウトドアが自身の得意分野であり、一番かっこいい姿を見せることができるから。そんなあばれる君のサバイバルな子育てについて、奥様が本音を明かす場面もありました。愛妻・ゆかさんは、「都会ではなかなかできない体験ができる。長男は枝が擦れたくらいのけがは『勲章!』と言って誇らしく見せてきます。たくましいなと思います」と語り、夫の方針に賛成している様子。ただ、1つだけ困っていることがあり、「虫を息子に捕らせるのはいいことだと思います。でも、家でゴキブリが出たときも息子たちに挑戦させて、『そこだ!行け!』と大きな声で指導して、結局逃げられてしまいました。その夜は気が気じゃなくて眠れませんでした……」と告白。たしかにその場面では、経験よりも確実に仕留めてほしいですね。
2024年04月26日1歳の子どもを育児中の私。夫と義母と子連れで食事に出かけた先で、義母の子どもに対する行動にイラッとしてしまい、思わずきつい言葉で制止してしまいました。ところが、私が正しいと思っていた情報に間違いがあったかも? ということがわかり、後悔したというエピソードです。思わず注意した義母の行動遠方から義母が遊びに来たある日のこと。久しぶりに都会に出てきた義母が食事をしたいと言うので、夫と子どもと一緒に、近場で外食をすることになりました。子どもはまだ1歳半を過ぎたばかりで育児の疲れもたまっていた私は、正直「外に食べに行くだけでもかなりしんどいな」という気持ちがありました。幸い子どもの機嫌もよく、泣いたり騒いだりせずに食事はできたのですが、食事中に義母が、大人の食べ物を欲しがる子どもに自分のスプーンで食事を与えようとしたのです。私はギョッとして、思わず「やめてください!」と大きな声を出してしまいました。食事の雰囲気は最悪に…私は、びっくりして固まる義母に、大人の口移しや大人の使った食器類を通じて虫歯の菌がうつるということを説明しました。「そういうことをしなければ虫歯にならないで済むので、うちの子を虫歯にしないでください!」と、すごい剣幕で詰め寄ったのです。義母は驚いていましたが、気まずそうに「でも、昔からこうやって子育てしてきたし……」と反論してきました。私はそれに対して、「お義母さんの子育ての情報は、古いんです!」とさらに被せ、雰囲気は最悪になってしまいました。夫はオロオロするばかりです。でも、私は正しいことを言ったと思っていたので、何も後悔はありませんでした。もしかして言い過ぎたかもその後、義母との関係はぎくしゃくしたものになりました。でも、「子どもを守るためだから関係ない!」と、私は思っていました。そんなある日、テレビで衝撃の情報を知ったのです。それは、「口移しをしないことや食器を分けたりすることは、効果的な虫歯の予防にはならない」という研究結果があるというものでした。離乳食が始まる前の赤ちゃんのころから、子どもの口の中にはいろいろなタイミングで細菌が入ってしまっているので、食器を分けたとしてもあまり意味がなく、それほど神経質にならなくても良い、と専門家が解説していたのです(※)。※一般社団法人日本口腔衛生学会「乳幼児期における親との食器共有について」でも同様の発表があります。しかし、実際には食器を共有したり口移しするのを勧めない歯科医師もいるようなので、一概には言えないことだとは思いますが、とにかく「自分だけが正しい!」と思い込み、義母が古いと決めつけてしまったことを反省しました。その後、義母に会った際にその話をして自分の言動について謝罪すると、笑って許してくれました。まとめ子どもの健康を思うあまり、義母の行動にきつい言葉で注意してしまったのですが、その後、自分が正しいと思っていたことが覆されることになり、自分を過信し過ぎないようにしよう……と反省した出来事でした。もちろん子どものことが一番大事なのは変わりないですが、義母や周りの人たちとじょうずに情報交換しながら子育てをしたいと思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/川田悟司先生(川田歯科医院院長)川田歯科医院院長。咬み合わせ認定医。長年に渡り、咬合診査・診断をおこなう。文/高倉英恵イラスト/おんたま著者/ウーマンカレンダー編集室40歳を過ぎて心と体の変化に戸惑い、悩むオトナ女子を応援するメディア「ウーマンカレンダー」の編集室です。オトナ女子がおこなっているコスパ良し!時短!ズボラでもできる!リアルなアンチエイジング情報をお届け。医師解説の記事も満載!
2024年04月26日●親子で登山が趣味に「すごく楽しい」 家族全員で富士登山も2人の男の子の子育てに奮闘しているフリーアナウンサーの青木裕子。4月19日に発売した書籍『3歳からの子育て歳時記』(講談社)では、自身が実践してきた親子で楽しめる12カ月の具体的な体験などを紹介している。さまざまな経験を通して、青木自身も新しい自分に出会えたという。青木にインタビューし、母親になってからの変化や今後について話を聞いた。子供の小学校受験をきっかけに、さまざまな体験を通して学ぶ体験教育に力を入れるようになったという青木だが、最初はその必要性があまりわからなかったという。「小学校受験では『いろんな体験をしましょう』と言われるんです。外に出かけたり、受験関係なくいろんなことをしていたつもりではありましたが、受験期に入って『みんなで高尾山に登ろう』といったツアーなどがあり、深く考えずに山に登ったり、季節の果物を収穫しに行ったりしていました」だが次第に、体験からさまざまな学びがあると感じられるように。「長男の時は正直、何のためにやるのかわからずやっていましたが、先生やいろんな方とお話しする中で、それをやることが目的ではなく、そこから何を学べるかが大事なのだと教わり、次男の時はその学びを考えながらやるようになりました」体験教育をきっかけに、登山という親子の趣味もできたという。「高尾山に登ることは、最初はハードル高いなと思っていましたが、結果的に私も子供たちも山登りが好きになり、家族みんなで登るようになりました。最初は子供だけツアーなどに参加すればよいかなということも考えましたが、一緒に登ってみたら楽しくて。次男の時はコロナ禍で幼稚園が短縮になったこともあり、時間をどう過ごそうかと考えたのがきっかけでした。人が密集するところは行けないという時に、高尾山なら登りに行けるかなと考え、次男と一緒に何度も行ったらすごく楽しいなと思うように。そうしたら自然と富士山に登ろうという目標ができて、最終的に家族みんなで富士登山に行くことができました」山登りが好きになり、富士山に登るまでに。「子育てをしていなかったら富士山に登ることはなかったと思います」と母親になったからこその変化を感じているようで、「達成感はすごくありました。これで一生、『富士山に登ったことがある』と言えるなと。海外の方にも言えますよね」とうれしそうに話した。子供が生まれてから虫好きにもなったそうで、カブトムシやアゲハチョウなどさまざまな虫を子供と一緒に飼育してきたという。「カブトムシを飼っているとどんどん増えて、育てていくと面白味を感じてハマっていくというか。昔は虫を育てているという話を聞いても『嘘でしょ!?』と思っていましたが、今はすごくその気持ちがわかります。確かに楽しいなと(笑)」母親になって新たな自分にも出会い、「楽しみが増えました」と笑顔を見せる青木。「そんなに大袈裟なことではなく、家でできるようなことでも体験と言えるし、そこから学べることも多いのだということにも気づき、今回の本では、身近に家で子供と楽しめる体験をたくさんご紹介しています」と語る。●「母親業が第一優先」 本を通じて子育て情報のシェアも子育てに奮闘しつつ、モデルとしてさまざまな雑誌でも活躍している青木。今後について尋ねると、「子供の受験を経て、プロではないけれど、子育てに関する情報をシェアしてお役に立ちたいというところから連載を始めさせてもらい、この本は集大成です。これを出すことが私の念願という気持ちで目標にしていました。なので、次にやりたいことはまだ決まっていません」と今の率直な心境を説明。「性格的に長期目標を立てられないんです。将来こういう風になりたいからこうしていこうと考えるのが苦手で、短期で次これやりたいという風にやってきたので、まずはこの本をたくさんの人に届けたいという思いがあり、それが一段落したら、何かやりたいことが見つかるのかなと思っています」と語った。そして、「ベースとしては母親業を第一優先で考えている」ときっぱり。「これからきっとまた子供たちが思春期を迎えるなど、子育てで難しい時期に入っていくと思うので、そこともしっかり向き合いながら、自分の人生も考えていけたらなって思います」と話した。最後に同書について、「子育てをしながら、こういう情報があったらいいなという情報を詰め込んだ本が出来上がりました。ママ友からの情報提供みたいな感覚で手に取っていただき、皆さんの楽しい子育てや前向きな子育ての役に立てていただけたらうれしいなと思っています」とメッセージを送った。■青木裕子1983年1月7日生まれ、埼玉県出身。2005年に慶応義塾大学を卒業し、TBSテレビにアナウンサーとして入社。『サンデージャポン』や『News23X』をはじめ、バラエティ・報道・スポーツ等多くの番組を担当。2012年12月末にTBSテレビを退職し、フリーアナウンサーとして活動スタート。2014年3月に第1子、2016年1月に第2子を出産し、2児の母として子育てに奮闘中。また、モデル、ナレーション等、活動の幅を広げている。
2024年04月26日ティッシュとサランラップは「日本から持ってきたほうがいい」(※画像はおばたのお兄さんオフィシャルブログより)おばたのお兄さんは2018年3月にフジテレビアナウンサーの山崎夕貴さんと結婚。昨年8月に第一子となる長男が誕生し、現在は生後8ヶ月です。出演中の舞台『千と千尋の神隠し』ロンドン公演のため、家族でロンドン生活をスタートさせているおばたさん。現地の様子で驚くことがたくさんあり、6月から入れ替わりで渡英するキャストに「ティッシュ持ってきた方がいい!イギリス人あんまティッシュ使わないらしく、ティッシュが二箱で4ポンド(800円)とか!めっちゃ高い!!」「サランラップ絶対持ってきた方がいい!こっちにも売ってるけど、高くて低クオリティ!」「スリはやっぱりめっちゃある!もう2人やられた!」と、メールを送ったといいます。また、道の段差が多く、自動ドアが全然ないため、ベビーカーでのお出かけは「しんどい!」ものの、「人は優しいから手伝ってくれる」とも。現在は1ユーロ190円台という円安で、様々な物が日本より圧倒的に高いイギリス。自炊のためスーパーマーケットで食料品を買ったおばたさんは、悩みに悩んで「150mlで650円くらい」のキッコーマンの醤油を買ったそう。一方で、「救いは、液体ミルクが安いの!」と、息子のための液体ミルクは手ごろなお値段だと明かしています。「200mlで1ポンド!191円ねおでかけ沢山するので液体ミルクは必須で、これが安いのはほんと助かる!ナイスロンドン息子もおいしそうにごくごく飲むよ!ちなみにオムツも結構安い!パンパースのオムツ、98枚で3000円くらい」(おばたのお兄さんオフィシャルブログより)母乳やミルク、いつまで必要?赤ちゃんとのお出かけは、おむつや着替えだけでなく授乳の準備もあって大変ですね。生後5〜6ヶ月から離乳食が始まりますが、母乳やミルクはいつまで必要なのでしょうか?まず、よく話題になる『母乳をいつまであげていいか』については「赤ちゃんが何歳になったら終わらせなければならない」などの決まりはありません。一方、『いつまで続ければいいか』については、事情によって異なりますが、少なくとも1歳までは母乳もしくはミルクの栄養が必要であると言えます。成長して3回の食事と2回ほどの補食(おやつ)でしっかりとおなかいっぱい食べられるようになると、栄養やエネルギーのほとんどを食事から摂れるようになります。それができるようになるのが1歳〜1歳半ごろの離乳完了期なので、それまでは授乳が必要ということです。参照:離乳食と授乳のバランス<回数・量・順番>母乳やミルクはいつまで?【管理栄養士監修】
2024年04月25日わが家には4人の子どもがいます。子育て中で一番苦戦したのが、寝かしつけ。特に、上の子2人のときは、頼れる人もいない孤育て状態。添い寝すると自分も一緒に寝てしまったり、なかなか寝てくれなくてイライラしたりする日々でした。そこで、3人目から思い切って方法を変えてみたところ、自分の時間ができるようになったのです。上の子たちのときもこうすればよかった、と今は後悔しています。ワンオペの寝かしつけわが家には17歳の長男、15歳の長女、6歳の次女、2歳の次男の4人の子どもがいます。夫は仕事だからと育児に参加せず、ワンオペです。私も仕事をしながらの育児は毎日がバタバタで、添い寝すると私も疲れて一緒に寝てしまい、家事を残していることに夜中に気づいて、起きて家事をすることもありました。 抱っこやおんぶをして、やっと寝たと思って布団に置くと起きてしまう子ども。添い寝して寝たと思って離れると起きてしまうことも。家事もはかどらず、イライラするばかりでした。 家事を優先させてみた3人目ともなると、まずは家事を終わらせようと割り切るように。首がすわるまではベビーラックに寝かせておき、長女に見ていてもらっていました。そして、家事を終わらせてから自分が寝るタイミングで布団に連れて行っていました。おんぶができるようになったころからはおんぶをしながら家事をして、終わってから布団へ。 1歳ごろになってくると、おんぶも重くなり、先に寝かせられないかと思うようになりました。そこで寝室へ連れて行き、部屋を暗くして寝る体制を整えてから「ママ、もう少しお仕事してからくるから先に寝ててね」と言って部屋を出ることに。 意外と寝てくれた初めての日はちゃんと寝てくれるか心配でしたが、意外とすんなり寝てくれたので、もっと早くやっていればよかったと思いました。それまでの「絵本を読んで!」や、遊んでなかなか寝てくれない状況から開放され、家事を早く終わらせられるようになったのです。 4人目は夜泣きの時期が終わると、次女(3人目)と一緒に寝る前のトイレと歯みがきを済ませて寝室へ連れて行けば「おやすみ~」と2人で寝てくれるように。 日中はたくさん遊んでいたので、昼間に体を動かして、夜は寝る環境を整えれば、ちゃんと寝てくれることがわかりました。私自身が、寝るまでそばにいないと心配で離れられなかっただけかもしれない……と、今になって感じています。ワンオペで家事と育児に余裕のない私でしたが、寝かしつけがラクになって家事がはかどり、自分ひとりの時間を楽しんでいます。 著者:松田みさと長男と次男が15歳差の2男2女の母。仕事をしながら子育てに奮闘中。現在はライターとして、自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年04月25日●子育ての情報をシェアしたいとの思いで本を出版10歳の長男と8歳の次男の子育てに奮闘しているフリーアナウンサーの青木裕子にインタビュー。子育てで大切にしていることや夫であるナインティナインの矢部浩之との夫婦生活について話を聞いた。4月19日にFRaUwebの連載『子育て歳時記』を書籍化した『3歳からの子育て歳時記』(講談社)を発売。同書では、自身が実践してきた親子で楽しめる体験を紹介し、子育てに悩むリアルな姿をつづったエッセイや、小学校受験や中学受験などのプロによるアドバイスも掲載しており、「子供の受験を経て、子育てに関する情報をシェアしたいというところから連載を始めさせてもらい、この本は集大成。念願でした」と熱い思いが込められている。「我が家は全く小学校受験を考えてなかった」というところから、長男が受験に興味をもったことで受験を意識するようになったという青木。「自宅から一番近い幼稚園に通っていたのですが、受験する子が多い幼稚園で、周りの子たちが受験をする、こんな塾に通っているという話を聞いて、『僕も塾に通いたい』と言い出したんです。習い事も好きなタイプなので、じゃあやってみようかということになりました」長男に言われるまで小学校受験を考えてなかったため、親として受験のスイッチが入るのは遅かったという。「塾に通っているから大丈夫かなぐらいの感じでしたが、ありがたいことにいろんな方から『どうせ通うならしっかり合う先生を見つけたほうがいいよ』とアドバイスをいただいて、家庭教師の先生を紹介してもらったり。そして、興味が湧いた学校があったので、そこに入るためにやるべきことをやっていくという感じでした」子供の小学校受験を経験し、就職活動と似ていると感じたという。「どこの小学校がいいとか悪いとか、この学校のほうがレベルが上というのは全くなく、教育方針が合致するところを見つけるという作業。この学校の教育方針が素敵だなと思ったら、その学校の求めるものを考えるというのが小学校受験だなと感じています」長男と次男は結果的に同じ小学校に通うことに。「2人の性格が全く違うので、それぞれに合う学校をと考えていましたが、結果的に同じ学校になったので、まさにご縁だなと感じています」2人とも楽しく通っているそうで、青木は「結果的に今の学校と合うところがあり、学校が見抜いてくださったのかなと。だから、あえて言うなら、この学校を受験したことが、私が受験のためにできた一番大きなことだったなと思います」と笑顔を見せる。●矢部は基本「そうやな」 しっかり意見することも子供たちが相性のいい学校に入れたという点では、夫である矢部と教育方針などについてしっかり話し合えたことがよかったと考えている。「受験に臨むにあたって、我が家はどんな子育てをしてきて、これからどうしていきたいのかというのを夫と一緒に考えて、うちはこうですと伝えられたのがよかったのかなと思います。日々家族で楽しんでいろんなことに取り組んだり、子供としっかり向き合っていたり、うちが大事にしているのはそういう教育だよねというところにたどり着きました」矢部のおかげで、無理せず、ありのままの姿でいられていることもよかったと振り返る。「私はかっこよく見られたいとか、いいママって思われたいとか、欲が出てしまうタイプですが、うちの夫はかっこつけず、このままでいいじゃんというタイプなので、うちの家庭はこうで、これ以上ではないよねと。大きく見せすぎず、本質のところを見定められたというのも大きかったと思います」『3歳からの子育て歳時記』で漫画化されているエピソードだが、矢部に相談すると口癖のように「そうやな」と返されることが多いそうで、「ちゃんと聞いているのかな」と思うことはあるそうだが、違うと思ったときにはしっかり「それは違う」と言ってくれるという。「例えば、『こういう学校に入ってバリバリ勉強させたほうがいいんじゃないかな』『こういう塾に通ったほうが優秀になるんじゃないかな』という話をすると、『そういう風にさせたかったわけではないよね。何のために始めたんだっけ?』と言ってくれます」と、矢部の助言で子供がやりたいことを応援するという受験を始めた原点に戻ることができたと感謝。「私はすぐブレるんです。旅行の時も、宿を決めても、こっちの宿のほうが良かったかなという思いが出てきたりするんですけど、そういう時に『もう決めたやん』と夫に言われます」とも話した。●さまざまな体験を通して親子の時間が作れている小学校受験をきっかけに“体験からの学び”の大切さを知ったという青木。同書では、青木が親子で楽しんだ潮干狩りや登山、昆虫飼育など、さまざまな体験を紹介している。「小学校受験は、『いろんな体験をしましょう』と言われるんです。最初は何のためにやっているかわからないまま、山に登ったり果物を収穫したりしていましたが、そこから何を学べるかが大事なのだと知り、今回の本では、身近に家で楽しめる体験をたくさんご紹介しています」体験教育によって親子で多くの時間を過ごせていることもいい経験になっていると感じているそうだ。「これをしたからこの成果が出ましたと現時点で胸を張って言えることはありませんが、何かに結びついていると信じて取り組んでいます。実際、体験することで親子の時間を作ることはできている気がしていて、会話は多いほうだと思います。こう話していて、うちの子がグレたらごめんなさいという感じですが、こればかりはまだ子育て中なので探り探りです」いろいろな体験を通して視野の広がりも期待しつつ、正解はわからないという子育ての難しさを感じる日々だという。「もしかしたら小さい頃から体験なんてそんなにしていないという子のほうが最終的に視野が広がる可能性だってあるというのが子育ての難しいところだなと。子育ては正解というものはないので、とにかく自分が楽しいなと思うことや、子供たちが楽しんでくれているなと思うことを信じてやっていくしかないなと思っています」また、子育てにおいて「一人ひとりとしっかり向き合うこと」も大切にしているという。「特にうちは、本当にタイプの違う兄弟で、お兄ちゃんの時こうだったからこうでしょというのも成立しないし、もちろん兄弟間だけでなく、他の子がこうだからあなたもこうでしょというのも成立しないので、一人ひとりとよく向き合うことを大切にしていきたいと思っています。全力でぶつかっているよというのが伝わると、安心感にもつながると思うので」そして、2人の子供の今後について「自分の考えを持って、自分の言葉できちんと発信できる人間になってほしい」と願う青木。「あとは、人に迷惑をかけないとか、曲がったことはしないとか、親なら当然抱くような思い以上の思いはありません(こんな職業についてほしいとか)」と話した。●矢部は次男が生まれてから家事や子育てに参加3月27日に結婚11周年を迎えた青木。結婚記念日に矢部から贈られたという、「毎日ありがとう! 感謝しています!」というメッセージを添えた花をインスタグラムで公開し、「素敵です」「おめでとうございます」といったコメントが寄せられた。夫婦円満の秘訣を尋ねると、「期待しすぎないことと、相手の一生懸命を認めること」と回答。「この間、『宇宙兄弟』を読んですごく響いたのが、相手に与える優しさもですが、与えられた優しさに気づく優しさもすごく大切だと。本当にそう思うんですよね。ほかのパパを見て、うちのパパもこうなったらいいのにという思いはたくさんありますけど、きっと矢部さんは矢部さんの100をやっていると信じてお互い歩んでいる感じです」矢部は次男が生まれてから家事や子育てに参加するようになったという。「次男が生まれるまでの2年間ぐらいはぶつかることも多かったです。それまではお皿を下げることもやらないぐらいの人だったので。次男が生まれて物理的に手が足りなくなって、やってほしいと私から言いました。どこまで求めていいかもわからなかったので全部言って、そうするとぶつかることもありましたが、徐々に、ここまで頑張ってくれているからここまででよしとしようとか、お互いのいい妥協点が見つかってきたのかなと」衝突もしながら、しっかりと関係を築いてきた2人。夫婦としての抱負を尋ねると、「どうなるか全くわかりません」と笑い、「私と夫は正反対のタイプで、趣味も共通したものがないので、子供が育った後、2人で旅行に行くかといったらたぶん行かないと思います。それぞれで行動しながらも、互いを尊重しながら存在できればいいなと思っています」と話していた。■青木裕子1983年1月7日生まれ、埼玉県出身。2005年に慶応義塾大学を卒業し、TBSテレビにアナウンサーとして入社。『サンデージャポン』や『News23X』をはじめ、バラエティ・報道・スポーツ等多くの番組を担当。2012年12月末にTBSテレビを退職し、フリーアナウンサーとして活動スタート。2014年3月に第1子、2016年1月に第2子を出産し、2児の母として子育てに奮闘中。また、モデル、ナレーション等、活動の幅を広げている。
2024年04月25日先日、女優の安達祐実(42)と俳優の鈴木勝大(31)が交際中であると『スポーツ報知』が報じた。安達の事務所は報道を否定したが、世間の彼女への評価がまた変わりそうだ。報道によると、鈴木と安達は、昨年5月に上演された安達主演の舞台での共演をきっかけに意気投合。その後交際に発展したと報じられている。安達がカメラマンで元夫の桑島智輝氏と離婚したのは昨年12月。離婚から4カ月での交際報道とあって、そのスピード感には驚く声が上がった。現在バツ2となった安達だが、昨年10月には「週刊女性PRIME」が子育てに関する不穏な状況を報じていた。もともと安達の子供たちは実母・有里さんの元で育てられていたというが、夏ごろに安達が子どもたちと旅行に行くと言って外出したまま、子どもたちとの同居を開始。転校手続きなどをおこない、生活拠点を実母の元から勝手に変えてしまったのだという。こうしたトラブル後の熱愛報道とあって、母親の「女としての人生」に振り回されているのではないかと安達の子供達のメンタルを心配する声も。一方、こうした母親であることよりも一人の女性としてのイメージを支持する声も多い。コラムニストのおおしまりえさんは、「そこはかとなく漂う女感は、ハタから見た時、儚さといった魅力につながることもある。ただし、現実的な安定感には難しさも生じる」と分析する。■滲み出る「女感」がもたらす未来安達祐実さんは近年、「奇跡の40代」などと称さ、美のアイコンとして語られることも増えていました。そこへ来ての不倫報道ですから、やはり「いつまでも女でいたい人」といったイメージを持たれるのは無理もないでしょう。どこか儚さなどを覚える安達さんの「女感」は女優という職業であれば大きなアドバンテージになるでしょう。しかし、現実の生活で女を優先した状況を続けると、様々な問題が生じます。よく起きる問題の1つは、家族関係の不協和です。母になっても「女としての割合」が感覚的に大きいと、子供からしたら親との距離のとり方が分からなくなったり、愛着形成が不十分のまま育ったりして、各種問題につながるといった流れです。安達さんの場合、子育ては母親が担っていたそうですから、過度な愛情不足といった可能性はないかもしれません。ただ、昨夏からは同居しているのであれば、恋愛と子育てをどう両立させているのかは気になるところです。■恋愛を追い求めた人生は、良いときと悪い時が激しいまた問題の2つ目は、女を求めて人生を歩むということは、いわゆる恋愛的な満足度を求めることとなり、その結果アップダウンの激しい人生になる可能性が高まる点です。これについては、女優の斉藤由貴さん(57)の報道を振り返ると、イメージしやすいでしょう。彼女は若い頃から数々の恋愛遍歴があり、それは50代になってからも健在です。定期的に明るみになる不倫報道は、彼女のプライベートを困難なものにしていると思われます。また、近年では過去に不倫を報じられた男性の職場前で泣き叫び、警察が出動するといった騒ぎも報じられました。それでも活動を続けられるのは、それだけ女優としての魅力に長けていることの証拠ですが、冷静に考えたら、このような危うい状況を50代になっても続けたくはないでしょう。安達さんがそうなると言いたいわけではありません。ただ、自分の中の女を常に満たすことを優先的に考える人生は、すなわち恋愛において傷ついたりすることも増えるということです。■年下彼氏に行くのはイメージダウンになるのか?安達さんの熱愛報道では、お相手の男性が9歳年下である点も大きな注目を集めました。人を年齢で区切るなんて…と言いたくなる気持ちもありますが、とはいえ「バツ2で9歳年下の新彼氏」と字面だけ見ると、いい印象には繋がりにくいと感じる人も多いかもしれません。そもそも、男性が極端に年下の恋愛関係は、長い目でみると破局しやすい側面があります。年齢差によって力関係に偏りが出てしまったり、年齢を重ねていくうちに起きる関係性の変化に男性側がついていけない場合があるからです。こうしたイメージを払拭するには、地道に長い年月交際を続け、「年齢を超えた関係」を体現していくしかありません。昨今では、タレントの新山千春さん(43)が、14歳年下の男性と再婚を発表しました。交際期間は4年。当初はお子さんとの関係も含め最初は賛否両論ありましたが、イメージを払拭していきました。いくつかの要素を見ても、安達さんの人生は、職業も含めて波乱万丈に輝き続けるのかもしれません。最近では女優業に加えてコスメのプロデュースなど、多忙に多忙を極める彼女ですが、離婚しさらなる輝きを増すのか、引き続き注目したいところです。
2024年04月25日毎日、野鳥のハヤブサを観察しているという、山瀬美猫(@Yamasemineko)さん。ハヤブサの生態に詳しく、雌雄の体格差や羽の色、顔の特徴などを見分けられるようです。ある日、複数のヒナを育てるハヤブサの家族を観察すると…母鳥と父鳥とでは、子育ての違いがあることに気付いたといいます。まずは、母鳥がヒナを温めている様子がこちらです。大きな体を生かして、ヒナたちを包み込んでいます。子育てに慣れていそうな感じが伝わってくるでしょう。続いて、父鳥がヒナたちと一緒にいると…。山瀬さんがつづったコメントとともに、写真をご覧ください。「パパだと、はみ出し感があります」パパも子育てに必死…!ハヤブサは、一般的にオスのほうが体が小さい鳥。そのため、父鳥の下に4羽のヒナが収まりきらなかったようです。それでも、母鳥と交代して子育てをする姿に、一生懸命な様子が伝わってくるでしょう。ハヤブサの家族の様子を見た人からは「子育てに奮闘するパパみたい」「必死に守ろうとしているのね。かわいいです」といったコメントが集まりました。父鳥の様子に「頑張れ~」と応援したくなった人も多いはず。母鳥と父鳥の愛情をたっぷりと受けて、ヒナたちがすくすく育ってほしいですね![文・構成/grape編集部]
2024年04月24日【広島ホームテレビ】子ども・子育て応援 新プロジェクトをスタートさせます広島ホームテレビ(本社:広島市中区)は、2024年度より、これまで以上に子どもたち・子育てに携わるすべての人を応援するプロジェクト ”ひろしま共育宣言『子ども未来花(みらいか)』” を立ち上げました。ひろしま共育宣言「子ども未来花(みらいか)」子どもたちがありのまま咲き誇り、もっとワクワクする未来を共に育てたいひろしま共育宣言「子ども未来花(みらいか)」は、子どもたち・子育てに携わるすべての人を応援するプロジェクトであり、<つながってるHOME>の企業理念のもと、番組やイベントなどを通じ、広島の企業・団体、自治体や学校と一緒に子どもたちの輝く未来づくりに取り組んでいきます。イベントや子育てお役立ち情報満載の公式サイトも公開中!公式サイト : 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2024年04月24日子どもをベビーカーに乗せ、初めて電車に乗ることに(※写真はイメージです)あれは子どもが生後5~6ヶ月ぐらいのことだったと思います。私は初めての子育てで、慣れないことばかりの状況に日々疲労困ぱい。とくに子ども連れでの外出は非常にハードルが高いと感じて、極力控えていました。しかし、その日はどうしても外出しなければならない用事があり、気が重いながら支度をすることに。うちの子どもは発達が遅めで当時まだ首元がしっかりすわっているか不安定だったので、身体を縦に固定する抱っこ紐は怖くてまだ使えませんでした。そうなるとベビーカーを使うしか選択肢はないのですが、首がまだすわり切ってない我が子を抱きながら、ベビーカーを畳むことはできそうにありません。「他の人に迷惑と思われないだろうか……」と、ものすごく不安でした。ベビーカーをうまく電車に乗せれらない!(※写真はイメージです)そして当日、電車に乗った時のことです。できる限り空いていそうな時間帯を選んだおかげで、車内はスペースに余裕がある状態でした。少しホッとしつつ電車に乗ろうとしたのですが、ベビーカーの取り回しに慣れていない私は、ホームの段差に手間取りスムーズにベビーカーを乗せることができず……。「ここでモタモタしていたら迷惑をかけてしまう」とパニックになってしまいました。今思うと、子どもの安全を確保しながら速やかに電車にベビーカーを乗せるということを、意識し過ぎていたような気がします。もう焦って何が何だか分からなくなってしまった私。すると、車内にいた男性2人と女性1人が近づいてきました。自分が思っているよりも周りの方が優しくて、感謝で胸がいっぱいに(※写真はイメージです)思わず「怒られる!」と思い、体が強ばってしまったのですが、その3人はベビーカーを一緒に持ち上げ、車内の空いているスペースまで誘導してくれたのです。こんなに親切にしていただけるとは思っていなかったので、ただ「ありがとうございます」と繰り返すしかできませんでした。さらにその方々は、電車を降りる時にもサポートしてくれたのです。「子育てをしている中でたびたび起こる困り事は、すべて親がなんとかすべき。できなければ親は失格。そう考える人ばかりなんだろうな……」と思い込んでいたのですが、そうではありませんでした。私もあの時いただいた親切を返せるよう、困っている人がいたら積極的にお声がけするようにしています。本当にありがとうございました。====================※本記事は、編集部に寄せられた実際のエピソードを元に再構成しています。エピソード募集中妊娠中、子育て中に誰かに助けてもらって感謝していることはありませんか。そんな「ありがとう」の気持ちを込めたエピソードを募集しています。あなたのすてきな体験談を教えてください。投稿フォームはこちら
2024年04月24日出産・子育てで疲れても走り続けるしかなかった30代。当時の私は疲れたり睡眠不足になったりしても、気合で乗り切ってきました。しかし、40代から疲れがたまるように。特に夜更かしをすると翌日体がだるくて思うように動かなくなり、やっと元気が出てきたと思ったら夕方という残念な事態を何度も経験。自己嫌悪に陥ることが増えました。そこでそんな生活から脱出するために、睡眠の習慣を変えてみた結果……。自分にとって心地良い睡眠時間を探ってみたまず始めたのは、「自分にとって心地良い睡眠時間を探る」ことでした。30代までは5時間ほど睡眠が取れれば十分で、授乳中は「5時間も寝られるなんて幸せ~!」と思っていました。しかし、最近は5時間ではまったく足りません。睡眠時間を6時間確保しても、朝が絶望的につらくなっていました。「それでは、今の私にとってスッキリ起きられる睡眠時間はどれくらいなんだろう?」と思い、試しに2週間ほど睡眠時間を日によって変え、朝の目覚め具合を記録してみることにしました。その結果、眠気がなく一番スッキリと起きられたのは7時間30分眠ったときだと判明! この時間きちんと眠れれば、朝から気持ち良く過ごせるだけでなく、家事や仕事の効率も上がることに気付きました。そこで、この睡眠時間を確保することを優先にして、生活を立て直すことにしたのです。寝かしつけはやめて子どもと一緒に寝る!それまで6時間前後の睡眠時間しか確保していなかった私。睡眠時間を毎日あと90分も延ばすためには、多少強引な手段を選ばないと実現できないなと感じました。そこで、小学校と幼稚園に通う子どもたちの寝かしつけのときに一緒に寝てしまおうと思い付きました。寝かしつけのとき、子どもたちと一緒に寝そべるとウトウトしてしまうことが多くありました。完全に寝落ちして深夜に気付いたときはショックでしたし、寝落ちしなくてもその後1、2時間ほど仕事や家事をすると、今度は頭がさえて眠れなくなるという悪循環に陥っていました。思い切って寝かしつけをやめて一緒に寝てしまえば、悪循環を断ち切れるのではないかと考えたのです。寝かしつけ後におこなっていた仕事や家事は、翌朝早くに回すことに。それでも片付かない分は夫の協力を得ることでやりくりしました。夫が私の睡眠時間の改善に理解を示してくれたことが大きな救いでした。その結果、毎日とは言えないまでも理想に近い睡眠時間を確保することに成功! さらに、どうすればより効率的かを考えながら仕事や家事に取り組めるようになり、思わぬ副産物もゲットできました。寝る前にストレッチで体を緩めるもう1つ、睡眠の習慣を変えるために始めたのがストレッチ。以前からネットや書籍で「寝る前の軽いストレッチは良い眠りにつながる」という記事を見かけていたものの、面倒臭くて実践していませんでした。しかし、とにかく睡眠を改善したい私は「今やらなくていつやるんだ!?」と気持ちを奮い立たせ、ついに実践してみることにしました。好きな音楽を流してアロマオイルをたきながら、自分のペースでじっくりできたらとっても理想的なのですが、現実はバタバタしていてそんな時間もありません。それならば!と子どもを巻き込んで、寝る前のスキンシップとして簡単なヨガやストレッチをすることにしました。特にヨガは不思議なポーズに子どもたちが食い付き、体操感覚で楽しんでいました。そして、実際に体を伸ばしてみると、こわばっていた肩や腰が緩み心身ともにリラックスすることを実感。気持ち良く眠りにつくことができるようになりました。今まで面倒臭がっていたことを激しく後悔しています……。まとめ「睡眠時間を延ばしたら、自分の時間が減ってしまうのではないか?」と思っていました。しかし実際におこなってみると、家事や仕事を効率的にこなせるようになったからなのか、自分の時間が減ったようには感じませんでした。むしろ一つひとつの行動が短時間に凝縮されてきて、充実感を覚えています。私の睡眠については寝具や寝る前の入浴方法の改善などまだまだできることがありそうですが、これからも「翌日に疲れを残さないための質の良い睡眠」を確保すべく、子育て中でもできることにいろいろチャレンジしてみようと思います!※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/粒来 拓先生(よしかた産婦人科分院綱島女性クリニック院長)日本産科婦人科学会 専門医・指導医。日本女性医学学会 女性ヘルスケア認定医・指導医。日本女性心身医学会 認定医。患者一人ひとりの症状と考え方に寄り添い、サポートしている。著者/やまっこ(40歳)元気な男の子2人の子育てを頑張るママライター。自分のケアもそこそこに子どもたちに振り回される生活を送っていたら、あっという間に40代に突入! だんだん体力や肌、髪など不調を感じるように……。それでも心豊かな生活を目指して、できることから実践中。
2024年04月24日50歳を超えた私ですが、まだ子育ての終盤にいます。結婚と出産が遅かったこともあり、義母の認知症が始まったときには、2人目の子どもがまだ2歳になったばかりでした。子育てに介護に仕事にと慌ただしくしているうちに、15年近くが過ぎ去りました。その後、義母を見送り、そろそろ身の回りの整理をしていこうと片付けを始めたときのエピソードです。物に埋もれて生き埋めになりそう!!わが家は築40年以上と古く、昔からの物もたくさんあります。私が嫁いだときには、私の嫁入り道具を入れるために、夫が頑張って曽祖父母の遺品を整理してスペースを作ってくれたようでした。それから約20年が経過。その間に家族が増えたり介護用品が増えたり……。当然のように現在はさらに物があふれている状態です。片付けが苦手な家族は、その一方で物を集める・ためることは得意。しまう場所もないのに次々と物を買ってしまうので、物が床に山積みとなり、結果として自分たちの居住スペースがだんだんと物に追いやられて狭くなっています。足の踏み場もないほどの物で埋め尽くされてしまっている部屋が、納戸以外になんと3部屋もあります。スッキリした環境でストレスフリーになりたい更年期となった私は、そんな状態が我慢できなくなりました。ただでさえイライラすることが増え、ささいなことにも一喜一憂する毎日です。家の中でくらいゆっくりと気持ち良く過ごしたいのです。義母が生きている間は、どうしても義母の物を整理することができませんでした。「まだ生きているのにお義母さんの物を処分することなんて嫁の私にはできない」。そう思うと、さすがに気が引けてしまっていたのです。でも、義母の死をきっかけに、生きている家族が気持ち良く生活していくため思い切って整理することに。休みの日のたびに、朝から少しずつごみの分別をして、片付け始めました。物を捨てたら、思い出がよみがえった手始めに、おしゃれが好きだった義母の洋服をごみ袋に入れたところ、10袋を超えることになりました。捨てるのもひと苦労です。それから、部屋の中に積み上げられたいろいろな物を家族で協力して分別しながらごみ袋に入れていきました。「ずいぶん畳が見えてきたね」「こんな写真もあったんだ」と思い出話も交えながら、片付けを進めていきました。たくさんの物が山積みになった環境で育ったせいで、すっかり片付けが苦手になってしまった子どもたちも片付けに参加してくれました。すると、埋もれていた物から発掘した思い出をもとに、日々の夕食時にいろいろな話が出てくるようになったのです。家族の会話が増えたことで、家の中の見た目だけでなく心の中も明るくなっていきました。まとめ思ったことを心の中にため込んでしまうとイライラするように、家の中に物をためてしまうとイライラの原因になるのだと今回の片付けで気付きました。また、埋もれていた思い出を取り戻し、家族の会話に花を咲かせることもできました。これからは物をため込むことのないように心がけていきたいと思います。スッキリすることで、更年期のイライラもラクになると思いました。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。イラスト/サトウユカ著者/かのんそら(51歳)大学1年生と高校2年生の子どもを持つ50代の主婦。現在は高校生の下の子と、夫、夫の父プラス柴犬と暮らしている。肩や腰の痛みと、老眼に近づいて小さい字が見づらくなった日々に奮闘しながら接客業で働いている。気が向くと小説などを書いたりすることも。
2024年04月23日独身時代は、毎日のように外に飲みに行くのも気になりませんでした。子どもが生まれる前から外によく飲みに行く夫でしたが、まさか子どもが風邪をひいているときまで飲みに行くとは思っていなかったです。それには夫との考え方に違いがありました。 子どもより飲み会を優先する夫子どもが生後6カ月のころ突発性発疹になって高熱が続いており、ずっと泣いているし、嘔吐もしていました。私は子どもにずっとつきっきりでごはんも食べられなかったため、夫に仕事終わりに何かごはんを買ってきてほしいと連絡すると、返ってきた返事が「飲み会行ってきていい?」でした。 びっくりして何も言い返せませんでした。ごはんだけ欲しければ、デリバリーを利用すればいいと思っていたのでしょうか。結局何も買ってきてくれなかったため、ごはんも食べることができませんでした。 夫の周りの人も配慮なし?夫の友だちも同僚も小さな子どもがいる人が多いのですが、子どもが風邪をひいているなら早めに家に帰ってあげて、などと言う人はいなかったようです。母親が家にいるなら、看病は母親がすればいいと思っているのでしょうか。 まず、そんなに他人の家のことに関心を持っていないかもしれません。もし夫が子どもが風邪をひいていることを言ったとしても、他の人は他人の家の事情を気にしないかもしれません。実際私も働いていたときは、周りの家庭のことは気にしていなかったと思います。 話し合いしたけれど……その後、夫婦で話し合うことに……。夫の意見は、「大人が1人ついていれば看病はできる。だから飲みに行ってもいいと思う」でした。私は、「看病は体力を使うから2人いたら心強い」と伝えました。 話し合いは結論づけることができず、数日間、無言で過ごす日々。結局私が折れて、飲み会に行っていいことになりました。考えた結果、飲み会に行けずイヤイヤ家に帰ってくる夫を見ていてもストレスが溜まってしまうと思ったのです。過度な期待をせず、できる限りのことは私がしようと決めたら気持ちがラクになりました。 話し合い後から、子どもが体調を崩したときは私がひとりで看病していますが、ストレスなくできています。子どもが体調不良のときに夫が飲み会へ行くことはまだありますが、帰ってきてくれると期待していない分イライラすることもありません。結果的に両者がストレスなく過ごせるように話し合いをしてよかったと思います。 著者:たなか さき2歳女児の母。子育てしながら看護師として働く。子育てと医療系について執筆している。イラスト制作者:マンガ家・イラストレーター うちここ
2024年04月23日未就学児の子育てサークルに参加したときのこと。動きやすい服装であればいいかなと考えていた私は、スウェットの上着とデニムパンツで出かけました。ですが、このコーデが思わぬ事態を引き起こすことになり……焦った出来事です。 その日に限って、いつもと違い…未就学児の子育てサークルに参加していたときのこと。おしゃれなママたちは毎回違う洋服を着ていましたが、私はそんなレパートリーもないので、持っている服の中から動きやすい服装を選んでいました。 その日の服装は、スエットの上着とデニムパンツ。子育てサークルの会場は暖房が入っていたので暖かく、先生は「みなさん、上着を脱いで集まってくださいね」と言っています。わたしは、ヤバい!と思いました。なぜなら、上着の下は黒のインナーだけ……。 先生の言葉は聞こえなかったふりをして集まると、「おかあさん、動きにくいので上着は脱いでください!」と言われてしまいました。インナーは分厚い生地だったのでTシャツにも見えたと思います。ですが、ピタッと体にフィットしているためボディラインをひろい、お腹の肉がバレバレの状態になりました。 しかも、その日に限って活発に動く内容で……。もう、早く帰りたくて仕方がありませんでした。今さらですが、「私、上着の下は下着なんです」とどうして言えなかったんだろう、勇気を出して言えばよかった、と思い出す度に感じています。 ◇ ◇ ◇ 知らないママばかりのなかで、自分の意見を述べるのは勇気がいりますよね。日常の失敗や恥ずかしい思いは笑いに昇華し、子育てを楽しんでいきたいですね! イラスト/森田家著者:那波あこ
2024年04月23日日々、子育てを頑張る親は、朝から晩まで子供に付きっきりで世話をしています。しかし、それは人間だけではなく、動物も同じなようです。ヒナを温める母鳥の羽から?ヒメウズラと暮らす、飼い主(@SSfXF4RtLRwh22F)さん。飼い主さんは、子育て奮闘中の母鳥の姿を見て「かわいすぎるでしょ」とX(Twitter)につづりました。ある日、母鳥が2匹のヒナを温めていると…。背中からヒナが生えている…!ヒナたちは羽のすき間から顔をのぞかせており、まるで温泉にでも浸かっているかのような姿をしています。母鳥のぬくもり満載の『天然の羽毛布団』は、ヒナたちにとって、さぞ心地がよいでしょう。飼い主さんによると母鳥は、以前に育児放棄をしてしまったことがあったそうです。しかし、今回はしっかり育児をする母親の顔になっていますね!6万件を超える『いいね』が集まる反響となった、飼い主さんの投稿。ネットでは「なんか強そう」「キノコかと思った」「私も埋まりたい…」などの声が寄せられました。育児をする母鳥と、羽毛からチョコンと顔を出すヒナたちの姿は、なんともいえない愛らしさですね。きっと、ヒナたちは母鳥の愛情をたっぷりと受けて、すくすくと育っていくでしょう![文・構成/grape編集部]
2024年04月23日外出した時に困ることの1つが、ティッシュやお菓子の包装など、こまごまと出るゴミ。ゴミ箱が付近になければ、ビニール袋に入れて自宅まで持ち帰ることになりますが、いちいち口を結んだり解いたりするのが面倒ですよね。そんな手間をなくす画期的な方法を、1歳の息子さんを育てる母親の、はむたろ(@hamutaromom)さんが紹介して、大きな反響が上がっています。お尻拭きの空き袋を有効活用!ゴミがラクラク「ねぇ、これ天才かもしれない」そんなコメントとともに、はむたろさんがX(Twitter)に投稿したのは、お尻拭きの空き袋の活用方法。子育て中は、お尻拭きシートをたくさん消費するため、どの家庭も空き袋が溜まりやすいでしょう。空になったお尻拭きの袋を、貼り付けるタイプの蓋を付けたままバッグに入れれば、持ち歩きできるゴミ箱になるといいます!ゴミがこぼれる心配がない、しっかりとした蓋付きで、開閉も楽な簡易ゴミ箱。プラスチックの袋も『燃やすゴミ』に出して問題ない地域なら、帰宅した時に蓋だけ外して、丸ごとポイと捨てるだけで済みます。空き袋の使い道に、子育て中の人々は賛辞を贈りました。・なんて便利なんだ。やりまぁす!・蓋付きの柔らかいゴミ箱にするとか、天才かよ…。・私はジップロックとかのフリーザーバッグを活用していたなぁ。・子供がいなくてお尻拭きがないので、除菌シートの空き袋で真似しようかな。・もっと早く知りたかった…。空き袋を、もう絶対にそのまま捨てない!お尻拭きの空き袋に限らず、蓋が取り付けられる袋なら似た活用ができそうですね。ゴミの持ち運びについてプチストレスがあった人は、取り入れてみてはいかがでしょうか!はむたろさんは、ほかにも出産準備や育児グッズなどの情報をXアカウントで多数紹介しています。気になる人は覗いてみてください。@hamutaromom[文・構成/grape編集部]
2024年04月23日皆さんは、上司の指示に困惑した経験はありますか? 今回は「勝手なルールを押しつける上司」にまつわる物語とその感想を紹介します。娘の体調不良を伝えると…子育て中の母親が多い職場で、働いていた主人公。あるとき店長に、娘の体調不良が理由で休むことを伝えました。すると店長は怒り「有給は使わせません」と言います。さらに「誰かにシフトを代わってもらいなさい」と言われ、主人公は他の従業員に急いで頼みました。それから数日後、再び娘が体調を崩し…。休みを報告出典:Youtube「スカッとドラマ」休む理由を聞いてきた店長に「子どもが病気で3日間入院します」と伝えた主人公。すると店長は「では、罰金を払ってもらいます」と言い…。「子どもが理由で4回休んだから罰金は4万円ね」と主張します。まさかのルールを提示する店長に、主人公は「そんな…」と愕然とするのでした。読者の感想休むたびにイヤミを言われたり勝手なルールを押しつけられたりすると、仕事がやりづらいですね…。子育て中の親でも働きやすいような環境を、整えてほしいと感じました。(20代/女性)有給を使わせようとしない店長の考えには納得いきませんね。ズル休みをしているわけではないのに、罰金はひどすぎるなと思います。(30代/女性)※本文中の画像は投稿主様より掲載許諾をいただいています。※作者名含む記事内の情報は、記事作成時点のものになります。※実際に募集した感想をもとに記事化しています。※こちらのお話は体験談をもとに作成しています。(lamire編集部)
2024年04月23日健常者の長男、ダウン症と自閉症スペクトラム障害がある次男、100万人に1人という小児交互性片麻痺で車椅子生活の三男、そんな三兄弟の日々を、Instagramやブログで綴っている父・masaさん。「子どもが笑っている時は、気持ちが安らぐ」というお父さんに、息子さんたちの日常と子育てについて聞いた。◆医師よりダウン症の可能性を指摘され、不安で寝付けなかった――Instagramやブログでは、日々の様子を綴っていますが、始めたきっかけを教えてください。「最初は情報収集のうちのひとつでした。同じように障がいのある子どもの投稿を見て、楽しいことや可愛いところ、そして大変なこともたくさん投稿されていました。それを見てなんとなく“自分も投稿してみようかな”くらいの気持ちで始めて、気付いたら数年経っていました」――12歳の次男・侑万(ゆま)さんはダウン症と自閉症スペクトラム障害があります。ダウン症がわかった時の状況を教えてください。「侑万が生まれて落ち着いた頃に、医師よりダウン症の可能性を指摘されました。その後すぐに近くの県立病院へ転院することになりました。あの日の夜は、“将来どうなるんだろう”という不安もあり、スマホでダウン症についていろいろ調べていたのでなかなか寝付けませんでした」――3年前には、自閉症スペクトラム障害であることも発覚しました。当時の状況を教えてください。「自閉症であるとは、思いもしなかったです。比較的軽めだったので、わかりにくかったのだと思います。学校やデイサービスの方たちも同じように驚かれていました。振り返れば、妙なこだわりやたまにかんしゃくを起こしたりと思い当たるところがあります。ただそれ以上に面倒見が良く、率先してお手伝いをしていたので、とても自閉症とは思えませんでした」――侑万さんは、どんなお子さんなのでしょうか?「とても明るく、人懐っこい性格です。面倒見が良いようで、学校やデイサービスでも誰かを気遣っているようです。ただ押しが強いことがあるので、迷惑がられることもあります。お風呂掃除や洗濯物を畳んだり、ご飯を作るのを手伝おうとしたり、普段から積極的に家事を手伝ってくれます」――最近、侑万さんの成長を感じた出来事を教えてください。「小さい時からよくお手伝いをしてくれていました。最初はタオルから始めましたが、いまは服も畳むようになりました。ほかにも掃除やごみ捨てを自発的にやりたいと言います。1人では難しいこともあるので、誰かが付き添う必要はありますが、むしろ“一緒にできる””もっとやりたい”とお手伝いは楽しいことだと理解しているようです」――学校などでも面倒見の良い侑万さんですが、お兄ちゃんだなと感じる一面を教えてください。「侑万は、弟の友波に愛情いっぱいで世話をしたがります。お風呂上がりに友波を迎えに行ったり、オムツ交換をしたがったり、出掛けた時は友波が乗っているカートを押したりと、自分がお世話係だと思っているようです」◆三男は“100万人に1人”という指定難病が発覚、当初は実感がわかなかった――9歳の三男・友波(ゆは)さんは、100万人に1人という小児交互性片麻痺で車椅子生活です。医者でもあまり知られていない病気のため、診断が出るまで時間がかかったそうです。不安な日々を過ごす中、病名がわかるまでの状況を教えてください。「侑万の時と同様、直ぐに県立病院へ転院することになりました。ただ友波の時は原因がわからない状態での転院だったので、とても不安でした。ですが2度目ということもあり、比較的気持ちは落ち着いていました。それに妻がとても落ち込んでいたので、私も同じような状態ではいけないという想いがありました。ただ何度も発作が出て、入退院の繰り返しだったので、体力的にもしんどかったです」――病名がわかった時の心境は?「脳波や遺伝子など、いろいろ検査しました。ようやく病名が判明しても聞いたことがなく、生まれてから時間も経っていたので、あまりにもわからなさすぎて『そうなんだ…』と実感がわきませんでした。小児交互性片麻痺は、乳児~幼児初期までに発症する左右不定の一貫性麻痺症状です。主な症状は、麻痺、眼球異常、筋緊張低下、重度精神運動発達遅延、痙攣などがあります」――普段の生活はいかがでしょうか?「いまは特別支援学校に通っていますが、発作があるため送迎バスに乗れず、片道30分ほどの道のりを毎朝送っています。学校後はデイサービスへ行きますが、調子が悪いと早退するので、急遽お迎えに行くことになります。これまで何度も発作で早退しましたが、3年生になってようやく体が大きくなってきたこともあるのか、ここ1年は少し早退が減ってきました」――友波さんは、どんなお子さんなのでしょうか?「好奇心が旺盛で、いろんなことに挑戦したいようです。たくさんの本をめくってみたり、いたるところの棚を開けたり、扉をトントンしたり何事にも興味津々です」――最近、友波さんの成長を感じた出来事を教えてください。「学校で使ったコップを自分でキッチンに運べるようになりました。まだ立つことができないので、ずりばいですが、“父ちゃんに渡す”という強い意思のもと、袋を持って移動できることは、とても大きな進歩です。あと侑万が友波のそばで歯磨きをすることが多く、それを見ていた友波が真似して自分で歯磨きをするようになりました。侑万が良いお手本になってくれています」◆弟たちの面倒を率先して見る長男の姿に父は何を思う「長男には自分の幸せを考えてほしい」――ブログでは「長男はとにかく甘えっ子だけど、ここぞって時は頼りになる」と紹介されていました。長男は健常者とのことですが、どんなお子さんなのでしょうか?「いまは高校生なので甘えっ子という感じはなのですが、頼りになるところは変わりません。最近では、春休みでいろいろな用事が重なり、私が夜勤明けで夕方まで寝れずにいると、『後はやっておくから寝てきて良いよ』と言ってくれます。おかげで出勤まで仮眠ができました。侑万や友波をお風呂に入れてくれたりもします。とてもありがたいことなのですが、親としては高校生なのでもっと自分の時間を大切にし、将来のことを考えた行動をしてもらいたいと思っています」――SNSでは、弟さんたちの世話する長男の様子が投稿されています。周りからさまざまな声があるかと思いますが、親としては不憫に感じることもあるのでしょうか?「どうしても侑万や友波にかかりっきりになってしまうのですが、長男との時間を極力大切にしてきたつもりです。家族のために何かができることは、良いことだと思います。ただ自分を犠牲にしてまでやることではないので、許容範囲内でできることがあれば、本人のやりたいと思う時に、自分の判断でしてくれていたと思います。ですが、まだまだ子どもなので論理的な考え方ができないこともあり、親としては『そこまではやらなくて良いよ。ありがとね!』と止めるようにしています」――長男に対する想いや親として伝えたいことはありますか?「とにかく自分の幸せを考えてほしいです。親として長男のこともしっかり考えていますし、侑万と友波のことも考えています。『障害児の兄弟は可哀想』という方もいますが、そう思うのも人それぞれです。自分の人生をしっかりと考えて向き合ってほしいと思っています」――長男の成長を感じる瞬間や最近の様子を教えてください。「最近は、年頃で反抗期かなと思うこともありますが、人に優しく、時には厳しくもできるようになりました。小さい頃から世間一般の子どもとは少し違う暮らしだったので、同級生よりもたくさんの経験をしてきたからだと思います。面倒見が良く、子ども好きな一面もあり、長男に子どもが生まれたら良い父親になってくれそうです」◆親が辛い状態では子どもたちも楽しめない、障がいがあっても子育ては楽しめる「子どもの笑顔で気持ちが安らぐ」――子どもを通して学んだことはありますか?「家族で力を合わせて大変な時を乗り越えて行かなければならない。親・兄弟も、皆の将来を尊重できるように、向き合っていかなければならないと感じています。そして親が辛い状態では子どもたちも楽しめないので、私も日々楽しむようにしています。子どもたちは学校やデイサービスでいろいろなことを学び経験し、日々楽しませてもらえています。特別なことはしていませんが、家では子どもたちの話にしっかり耳を傾け、リラックスできるように心がけています」――Instagramの投稿が記事になり、事実とは異なる心無い声も寄せられました。改めてどのように感じたのか教えてください。「疑問については、可能な限りお答えしたいと思っています。そして寄せられた声は、今後の子育ての参考にさせてもらっています。特に他の方の経験談は、とても勉強になり、そうした声をもらえると嬉しいです。ただ、批判についてはとても残念なことです。投稿する前に一旦止めて、自分のコメントを振り返ってもらいたいと思っています」――Instagramやブログを通して伝えたいことはありますか?「侑万と友波は、生まれて直ぐに転院したので、子どもたちの将来がどうなるのかとても不安でした。ほかにも子育てで大変なこと、辛いこともたくさんありました。でも同じような経験をした方やそうでない人にも、『同じようなことがあったな!』とか『子どもに障がいがあっても子育てを楽しめるんだ』ということを知ってもらいたいです」――仲良し家族ですが、日々の生活で幸せだと感じることを教えてください。「間違いなく子どもの笑顔です。彼らが笑っている時は、気持ちが安らぎます」
2024年04月22日高齢でできた一人息子、つい神経質に(※写真はイメージです)初めての子どもは、遅くにできたこともあり一人っ子です。周りにも子育てしている家族が居なかったので、どうして良いか分からない状態でした。体が小さいことが気になって気になって「吐き戻しが多いのか」と悩み、夜中に泣いたら「どこが悪いの」と悩み、「おっぱいを飲むのが下手だ」と悩み、涙も流しました。さらに乳児性湿疹ができてしまい、顔がブツブツに……。些細な変化も不安でスマホ検索の日々(※写真はイメージです)スマホで検索し始めると止まらなくなってしまい、対策を調べまくっていました。「石鹸できれいに洗った方がよい」という記事があったり、「ガーゼで優しく」「ガーゼは使わずに素手で」という記事もあったり……。もう、真逆の意見にパニックでした。中には「男の赤ちゃんは、お母さんの女性ホルモンの影響で湿疹が出やすい」という記事もあり、私のせいで湿疹が出ちゃったんだ……と悲しくなってしまいました。今思うと、産後うつもあったんだと思います。ベテランの保健士さんに感謝(※写真はイメージです)そんなある日、保健士さんの自宅訪問があり、体重や身長を測った後に話を聞いてもらうことに。見るからにベテランの保健士さんは「みんなそうだよ!心配要らない、心配なら皮膚科に行って安心をもらってもいいと思う。でも、私はたくさん赤ちゃんを見てるけど自然と治る子がほとんどよ!色んな子がいて色んなお母さんがいるから、何も問題ないよ」と言ってくれました。その言葉を聞いたとき、まるで憑き物が落ちたように安心感が広がったことを覚えています。それまで孤独の中で育児をしてきましたが、他にも同じような思いをしている人はいると気づくことができました。本当にありがとうございました。====================※本記事は、編集部に寄せられた実際のエピソードを元に再構成しています。エピソード募集中妊娠中、子育て中に誰かに助けてもらって感謝していることはありませんか。そんな「ありがとう」の気持ちを込めたエピソードを募集しています。あなたのすてきな体験談を教えてください。投稿フォームはこちら
2024年04月22日育児休業中は「このまま仕事を辞めて、子どもの側にずっと居られたらいいのに……」と思い、保活を躊躇していた私。「退職」の二文字が何度も私の頭をよぎりました。しかし、共働きを希望する夫からの反対が強かったこともあり、悩んだ末に1歳4カ月の子どもを保育園に預けて復職することに。仕事と育児の両立は想像していた以上に大変でした。しかし、復職して2年が経った今、仕事を辞めなくてよかったと心から思っています。なぜなら……。将来のお金の不安育児休業中は、雇用保険の育児休業給付金だけが私名義の収入源でした。子どもの養育費や教育費のことを考えると、子育てには大きなお金が必要だと私は思いますが、育児休業中は貯金が増えず、経済的な不安を感じたことも……。 復職すると、収入が増加。少しずつですが、将来のための貯金もできるように。復職して長期的な見通しがつきやすくなり、お金の不安を少しだけ払拭できました。 育休中の人間関係は子どもが生まれた途端、私の生活は子ども中心の生活へと一気に変化。育児休業中だからこそ出会えた人もいましたが、産休に入る前と比べると、家族以外の人との関わりは激減しました。 その結果、思っていた以上に、子育て中に孤独やつらさを感じることもありました。仕事を通じて得られる人間関係は、私にとってかけがえのないもの。復職して改めてそのことに気がつきました。 復職直後はなかなかついていけず…復職した直後は、産休前とは様変わりした職場のシステムやPCの新機能に悪戦苦闘する日々。育児休業中は本や新聞を読む機会が減っていたので、活字を読むスピードが落ち、ビジネスニュースにもすっかり疎くなっていたのです。同僚とは、仕事上の会話についていけないこともしばしば……。そのため、復職後2カ月間は仕事の勘を取り戻すだけで精いっぱいでした。 復職する前までは、TOEICの点数を伸ばしたり、資格を取得したりといった、目に見える形のスキルを習得することがスキルアップだと思っていました。しかし復職してからは、仕事を続けているだけで常に最新の知識が身に着き、スキルになっているのだと思えるように。 仕事と育児の両立を目指すなかで、判断に迷ったり戸惑ったりすることも多々ありますが、得られるものも多いと気づいた私。今は「仕事を続けていてよかったな」と改めて思います。これからも無理しすぎず、一生懸命仕事に取り組んでいこうと思います。 著者:武田 ゆうか3歳女児の母。1987年生まれのミレニアル世代。小さいころから本と歌が好き。就職活動に失敗し、それまで無縁だったIT業界で社会人生活をスタート。20代で結婚し、子どもを授かるも、夫のモラハラに苦しんでいる。
2024年04月21日不安しかない⁉衝動性が強く多動のある息子の3歳児健診現在 8歳の息子は4歳でASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)と診断を受けました。3歳児健診に行くことになった時、まっさきに(これは大変だ……)と不安になりました。息子は、目の前に興味があるものを見つけると一目散に飛び出してしまう衝動的なタイプです。「危ない!」と言っても反応せず、目をキラキラさせて目標物に突進!さらに運動のぎこちなさもあるので、よろけては転び、たんこぶを作ったり血だらけになることもよくありました。私はいつもダッシュで追いかけ、私の靴が脱げても靴下のままで追いかけたこともありました。Upload By ユーザー体験談3歳児健診には人が大勢いるでしょうし、その中で長時間多動の息子が待つことはできるのか……。そして尿検査、まだ息子はオムツをしていたので、出せる気がしませんでした。そこで私はいろいろと作戦を練ったのです。多動対策は会場の入り時間で解決!まず、健診へは終了30分前に行くことにしました。なるべく人が少ない時間のほうがいいと考えたからです。当日、30分前でも人はたくさんいましたが、それでも健診が終わってぞくぞくと帰って行く人が多く、狙い通り!Upload By ユーザー体験談最初は人の多さに圧倒され泣いてしまった息子でしたが、20分くらいたつと次第に泣き止み、周りを観察して絵本がある棚へ突進していきました。検査により実施する部屋が別れていたのですが、部屋に移動する度に絵本がある棚に突進する息子。ですが、人が減っていった会場では、息子が自由に動き回ってもぶつかったり迷惑をかけることは少なく、検査や診察もスムーズに移行できました。難関だった尿検査はグッズで解決当時息子はまだオムツが取れていなかったため、健診のお知らせが届いてからすぐに尿検査のことを心配し調べ始めました。保健所からは「オムツを搾った尿を提出するのはダメなんです」と言われたこと、しばらく座らせていてもおしっこを取れた試しがなかったので、以前小児科で見たことがあった「採尿バック」を使うことにしました。通販で購入し、健診の数日前の夜のオムツチェックの時に採尿バッグを当てて、朝までつけたままにし、翌朝チェックするという練習をしました。息子には、「今度の『もしもし』(3歳児健診のこと)で、おしっこを『どーぞ』するから、袋をぺったんして寝るよ」と声をかけをしました。息子には感覚過敏があり、濡れることにとても敏感でした。ですので、採尿バックを貼ること、バックに尿が溜まることで、不快な思いをしないか気になりましたが、漏れることもなかったからか問題なく取れました。健診前夜に再度採尿バックを貼り、健診の日の朝には無事に採尿バック内に尿が取れていたので、「すごいね!取れたね!かっこいいね!」と、オーバー気味に褒めました。尿を検査容器に移し持って行くと、「よく取れましたね!」と保健所の方に褒められ、ホッとしました。Upload By ユーザー体験談狙い通り!工夫で3歳児健診を乗り越えました会場入りも遅めの時間を狙ってよかったと思いました。健診中は私も必死でフォローしました。息子は数字が好きなので「次は何番のお部屋だよ!」と言ったり、「お口あーん!で、もしもしだよー。わぁ!上手にお口あーんできたね!」などその都度都度楽しそうに声をかけました。毎回、健診や病院はぐったり疲れるのですが、このときも全身は緊張でガチガチ、くたくたになって帰った翌日は、全身筋肉痛……。でもトラブルなく終えることができてよかったです。Upload By ユーザー体験談8歳の今は、「危ない!」という声かけにも反応し、自分でも『これをしたら危ない』ということに気づき始めた息子。まだまだ目は離せませんが、確実に息子のペースで成長しています。ゆっくりでいいから、このまま成長していってほしいなと思っています。イラスト/海乃けだまエピソード参考/七転八起(監修:鈴木先生より)健診はお子さんの今の状態を確認する場です。そのままの姿を見せることでその子なりのアドバイスをもらうことができます。みんなじっとしているような健診はありません。3歳なら多少うろうろしてもいいのです。ただ、その程度が問題になります。多動性のあるお子さんはASDやADHDと診断される場合が多いですが、ADHDは6歳から治療できる時代になりました。環境調整してもお困りの場合は、薬物治療という選択肢もあります。採尿バックの方法は病院でもよく行われていますが、解剖学上、男児より女児の方が難しい傾向があります。1回で採尿しようとはせずに、採尿できるまで根気強く何回もトライする必要があります。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2024年04月20日義妹には5人の子どもがいました。育児が大変なのは、子どものいない私にもわかります。しかし、仕事が休みのたびに預けられて正直困っていました。最初は義家族との年末年始の旅行中だけだったのですが、その後、毎週末子どもを預けにくるようになりました。しかも夫は休日が勤務日のため、面倒をみるのは私だけ。 子育て経験のない私が、上は小2から下は1歳と目が離せない年齢の5人の子どもたちをお世話するのは大変でした。それを夫はまったく理解せず、「家族なんだから」 という魔法の言葉ですべてを処理し、私が難色を示そうものなら「心が狭い」 「冷たい」 と言い放つ始末。 そしてなぜか、義家族の家族旅行のときは夫や義妹夫婦だけ行き、私は一度も呼ばれませんでした。持ちつ持たれつ…?夫は義妹が次々に子どもを産んでくれたおかげで、私に義母からの圧がかからなくなったと思っており「持ちつ持たれつの関係なのだから、義妹の子たちを面倒見るのも悪くないじゃないか」と言っていましたが、夫は知らなかっただけなのです。私が義母からいまだに、長男の孫はいつ見られるのかと催促されていることを……。 そして、夫は私が義妹の子どもたちの面倒をみていることを「感謝している」と口では言いますが、私の気持ちより自分の家族を優先しているのはあきらかでした。 その年末、仕事納めをした夫は、そのまま旅行へ直行。「今年も妹の子の面倒頼むな」「俺は両親と妹夫婦と旅行に行ってくるから!」私は仕事を納めた直後から子守り……。そのとき私は一大決心をしたのです。「最後の旅行、楽しんできてね」「最後?」「俺たちうまくいっていたじゃないか」!?私は家族ごっこを辞めることにしたのです。心を決めた私は「旅行から帰ってきたら離婚届を書いてほしい」と夫に連絡。夫からは「とにかく落ち着いて」と連絡がきましたが、私はいたって落ち着いていました。そして、そこからの夫の連絡は無視しました。 数日後、夫はたくさんのお土産とともに帰宅。ご機嫌取りに私の好きそうなものを買ってきたようで、家にいない私に「初詣にでも行こう」と連絡してきました。しかし夫は状況がわかっていませんでした。夫は私が子どもたちをただ送り届けているだけだと思ったようですが、そのとき私はもう家に戻るつもりはありませんでした。 実は夫がいない間、隙を見て荷物をまとめ、実家に送っておいたのです。そして、義妹の子どもたちを送り届けた後、私は実家へ。 そんな状況を知り「俺たちうまくいっていたじゃないか」と言い出した夫。あんなに私の気持ちをないがしろにしていたのに、よくそんなことが言えたものです。何度も子どもたちを頻繁に預かることは無理だとあれだけ言ったのに……。手遅れになる前に…夫は「これからは自分も面倒を見るから」と言いましたが、同じようなセリフは何度も聞いてきました。口先だけの約束をこれ以上信じるほど、私もバカではありません。 その後、やっとのことで離婚が成立。私は静かな生活を取り戻しました。逆に、義家族は修羅場になったようで、義妹夫婦のケンカが勃発したり、義両親が孫の世話が大変で寝込んだり、元夫が子どもたちの面倒を見きれずにキレたり……。夫はやっと子守りの大変さを実感したようで、私に謝罪してきました。 罪のない子どもたちにはかわいそうなことをしてしまいましたが、子育て環境を見直す良い機会になったと私は思っています。 子育てはひとりで抱え込まず、周りの人に頼っていくことも大切ですが、毎週末預けるというのは、思いやりにかける行為と取られてもしょうがないかもしれません。しかも義妹のお願いとなると、断りずらいですよね。そんなときに間に入ってくれる夫だったら未来も変わっていたはず……。みんなで助け合っていく精神を持っていたいですね。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年04月20日コープ共済連(日本コープ共済生活協同組合連合会、代表理事理事長:和田 寿昭)は、2023年12月1日~2024年2月29日に、CO・OP共済加入者専用Webサイト「共済マイページ」*1を通じた寄付の取り組み「CO・OP共済 子ども・学生未来応援プロジェクト」を実施しました。多くの加入者にご協力いただき、合計で5,428,950円の寄付をお届けすることができました。*1:インターネット上で契約内容の確認や各種手続きができるCO・OP共済加入者専用のサービス。■「CO・OP共済 子ども・学生未来応援プロジェクト」の概要長く続いた新型コロナウイルスの感染拡大の影響や物価の上昇により、家計に大きな影響を受け支援を必要としている子どもや学生に対し、共済マイページへの登録・利用1件につき30円*2を、コープ共済連から子どもの貧困や学生の学業継続の活動に取り組む団体に寄付をおこないました。*2:利用いただいた方に寄付金を負担いただくものではありません。コープ共済連より、実施期間終了後に人数および件数に応じた金額の寄付を行います。「CO・OP共済 子ども・学生未来応援プロジェクト」■一般財団法人全国大学生協連奨学財団「たすけあい奨学制度」への寄付の贈呈式がおこなわれました【日時】2024年4月1日【場所】コープ共済プラザ(東京都渋谷区千駄ヶ谷4-1-13)【出席者】(敬称略)和田 寿昭(日本コープ共済生活協同組合連合会 代表理事理事長)国分 聡人(日本コープ共済生活協同組合連合会 総合マネジメント本部 本部長)堀口 幸子(日本コープ共済生活協同組合連合会 総合マネジメント本部 組合員参加推進部 部長)武川 正吾(一般財団法人全国大学生協連奨学財団 理事長)白取 義之(一般財団法人全国大学生協連奨学財団 理事)石井 愛 (一般財団法人全国大学生協連奨学財団 事務局長)渡邉 和典(一般財団法人全国大学生協連奨学財団 事務局員)瀬川 大輔(全国大学生活協同組合連合会 全国学生委員)【概要】コープ共済連 和田理事長から寄付金の目録を贈呈し、寄付金の贈呈に対して一般財団法人全国大学生協連奨学財団の武川理事長から「感謝状」が手渡されました。その後、意見交流の時間がもたれ、参加した大学生協連 全国学生委員の瀬川さんからは大学生協での「販売されたパン1個当たり10円を寄付する」取り組みの紹介や、石井事務局長から「今後の共済の取組から広がる助け合いの活動への期待」が述べられました。一般財団法人全国大学生協連奨学財団「たすけあい奨学制度」への寄付の贈呈式■寄付先のご紹介1. 一般財団法人全国大学生協連奨学財団(たすけあい奨学制度)寄付金額:328万8,950円扶養者を亡くされて困っている学生の「学業を続けたい」「大学で学んで夢をかなえたい」という想いを応援しようとする全国の皆様や大学生協からの寄付を主な財源としている『たすけあい』奨学制度です。URL: 2. 日本生活協同組合連合会「『子どもの貧困』支援活動への応援助成」寄付金額:214万円コープ共済連からの寄付は「『子どもの貧困』支援活動への応援助成」の助成金の一部として地域の団体に届けられ、さまざまな困難を抱える子どもたちを支援する取り組みに活用されます。2024年3月12日に日本生活協同組合連合会で「『子どもの貧困』支援活動への応援助成」に採択された15団体への助成金贈呈式が開催されました。【贈呈式のプレスリリース】URL: 【コープ共済連のご紹介】名称 :日本コープ共済生活協同組合連合会(略称:コープ共済連)代表者名 :代表理事理事長 和田 寿昭(わだ としあき)役職員数 :1,647名 ※出向受入・嘱託職員含む(2023年3月現在)会員生協数 :コープ共済を実施する354の生協(および連合会)と、こくみん共済coop<全労済>、全国大学生協連、日本生協連(2023年6月16日現在)設立・所在地 :2008年11月5日・東京都渋谷区千駄ヶ谷4丁目1番13号主な取扱商品(元受商品):CO・OP共済《たすけあい》、CO・OP共済《あいぷらす》、CO・OP共済《ずっとあい》終身生命〈低解約返戻金型〉、CO・OP共済《ずっとあい》終身医療、CO・OP学生総合共済コープ共済連はCO・OP共済を取り扱う、主に宅配・店舗事業を行う各地域の生協と、日本生活協同組合連合会(略称:日本生協連)が共同して設立した共済事業を専業とする連合会です。CO・OP共済は「自分たちに必要な保障商品を自分たちで開発し、育てること」を軸に、組合員の皆様の声を元に商品開発を行い、保障内容をより良く改定してきました。特に、子ども、女性の保障分野の加入者が多く、子育て世帯よりご支持いただいています。CO・OP共済は、今後も子どもや学生、子育て家庭が安心して生き生きとくらせる社会づくりに貢献してまいります。 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2024年04月18日パパのことを“トト”、ママのことを“カカ”と呼ぶ長男・フジくん(キーくん)と、次男・タカくんのパパであるキトさん。子育ては何年経っても初めての連続! 2人育児に奮闘し、時に戸惑いながらも、ツマ(ママ)と一緒に親バカ炸裂な毎日を送っています。親バカなキトさんだけに、子どもの健康を支える食生活にも気が抜けません。フジくんに苦手な野菜を克服させるべく、特に子どもが大好物のハンバーグが献立の日には、調理の下準備も入念にしますが……? もしかして、入ってる…?ハンバーグを頬張ったかと思うと、「入ってる?」と目を光らせるフジくん……。 細かく刻むだけでも面倒なのに、フジくんに野菜を食べさせるためにニンジンもタマネギもすり下ろし、さらにはトマトまで潜ませたキトさんでしたが、その努力は水の泡に終わったのでした。 このときは野菜の存在に気づかれてしまったキトさんですが、“親の心子知らず”なことばかりではありません。 パパとママからたっぷりと注がれる愛情もあって、フジくんはすくすくと成長中! その証に、最近は腕力も大人顔負けになってきたようで……? ほんの1年前までは…ほんの1年前までは、ちょっとしたおふざけでパパを叩くにも“ポコポコ”とかわいらしい音を鳴らしていたフジくん。 しかし、1年間の成長は目覚ましく、意外なほどに強力なフジくんのパンチを食らったキトさんは、思わず悶絶してしまうのでした。 フジくんの強力なパンチが、キトさんの下半身を直撃……! どれだけ痛かっただろうと想像してしまいますよね。 せっかく潜ませた野菜に気づかれてしまったり、意外な力の強さに痛い思いをしたり……。子育ては、まさに戸惑いの連続! それでも「これも子どもの成長か」と思えば、その戸惑いさえもほほ笑ましく、すくすく成長していく子どもをより愛おしく思えるものではないでしょうか? 著者:マンガ家・イラストレーター キト
2024年04月18日子どもって、何歳になったら一人で寝るようになるのでしょうか?みなさんのお子さんはどうですか??■いつから一人で寝ていますか?私自身は、小学5年生から一人で寝るようになりました。一人で寝るようになったきっかけは、引っ越しをして、「自分の部屋ができたから」です。わが家の子どもたちは、それぞれ自分の部屋を持っているのですが…なかなか自分の部屋で寝たがりません。そんなある日、娘がベッドをほしがりました!!自室で寝るきっかけになればと、ベッドを購入しました。一人で寝るのは寂しいというので、弟と一緒に寝られる二段ベッドを購入。成長して一人で寝たくなった時は、一段ベッドとしても使える優れものです!!子どもたちはとても喜んで、その日は2人ともウキウキで眠りにつきました。いつもは、6畳の和室に布団を3枚ひいて家族4人で寝ているので窮屈なのですが、子どもたちがベッドで寝るようになれば、一つの布団を一人でゆったり広々使えます!この日は久々にゆっくり眠れました!!子ども達の成長が嬉しい反面、親からどんどん離れていくことにちょっぴり寂しさも感じました。親心とは複雑なものですね。■3日後、起きたこと…!自室のベッドで寝たのは数日で、子どもたちは私たちの寝室へ舞い戻ってきました。結局、いまだに家族四人で窮屈に寝ています。購入したベッドはというと、普段はぬいぐるみ置き場と化しています!!…が、家族の誰かが風邪を引いたときには、隔離用ベッドとして活躍中です。小学校高学年ともなれば、自室で一人で寝ている子も多いと思います。娘もそろそろかなとは思いますが、娘自身が「一人で寝たい」と言うまではこのままでもいいかなぁ…そのうち一緒に寝たいと思っても寝てくれなくなるんだから、今は子どもと一緒に眠れる幸せを存分に楽しみたい!ということで、寝返りがうてないので、今日も母の体はバキバキです(笑)
2024年04月17日ギフト分野に強みをもつ伊藤忠食品株式会社(本社:大阪府大阪市、代表取締役社長・社長執行役員:岡本 均、以下:当社)は、持ち帰る際の「重い」「かさばる」というストレスを解消し、出産・子育ての応援につながる「えらべる おむつギフト」を4月17日から販売開始します。えらべる おむつギフト5,000円(相当)えらべる おむつギフト10,000円(相当)「えらべる おむつギフト」は、おむつやおしりふきなど4メーカー約100種類の商品のなかから、ギフトを受け取った方がお好きなブランド・サイズの商品を選ぶことができるデジタルコードギフト※です。子育てにおいて必需品であるものの、持ち帰るには負担が大きいおむつを、オンライン上で手軽に注文し、自宅で受け取ることが出来ます。※デジタルコードギフトはパソコン、スマートフォンなどから商品交換サイトにアクセスすることで、お好きな商品を申し込むことができるギフトです。毎日必ず使うおむつを、乳幼児用からビッグサイズまで幅広いサイズで取り揃えており、友人・知人へのパーソナルギフトとして個人間でご利用いただくのはもちろんのこと、各自治体が実施している出産子育て支援事業における現金交付の代わりとしても活用いただける商品です。おむつに特化したギフトを対象者に贈ることで出産・子育てをダイレクトに支援します。今後も当社は、デジタルコードギフトの機能を活用し、食品にとどまることなく、多様なニーズに応えるラインアップを拡充し、新しい贈り物の可能性を追求するとともに利便性の向上に努めてまいります。◆「えらべる おむつギフト」商品概要商品名 : えらべる おむつギフト5,000円(相当)交換サイト: えらべる おむつギフト5,000円(相当)台紙付き商品名 : えらべる おむつギフト10,000円(相当)交換サイト: えらべる おむつギフト10,000円(相当)台紙付き◆デジタルコードギフトの仕組み・ギフトカードを受取られた方は以下、当社運営の交換用WEBサイトで商品の引き換えが可能です。 ・コードギフトはカードを発行せず、WEBですべての手続きが完了するサービスです。なお、16桁の番号、および4桁のPIN番号をメールなど他の方法で提示する場合がございます。・現在、約70種類の「デジタルコードギフト」を取り揃えており、当社の強みを活かした食品だけではなく、暮らしを豊かにする生活雑貨等についても積極的に品揃えを増やしています。デジタルコードギフトのご利用方法◆デジタルコードギフトに関するお問い合わせ先および購入について<法人・自治体関係の方>(お取引に関して)伊藤忠食品株式会社リテール本部 リテール営業部 リテール営業第3課TEL : 03-5411-8558(受付時間/平日 10:00~17:00)MAIL: giftcardteam@itochu-shokuhin.co.jp URL : <個人の方>(デジタルコードギフトのお買い求めに関して)Amazonにてお買い求めいただけます。えらべる おむつギフトカード5,000円相当(台紙+専用封筒付き) えらべる おむつギフトカード10,000円相当(台紙+専用封筒付き) 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2024年04月17日結婚15年経ち「子どもが欲しい」ラジオDJとして第一線で活躍を続けるクリス・ペプラーさんは、2006年、48歳のときに22歳年下の女性と結婚。そして2020年、63歳で父になりました。自身を「先延ばし人生」だと評するクリスさんは、子どもについて「まだ間に合うだろう」と思っているうちに結婚から15年以上が経過。小さいお子さんを連れて歩いているパパを見て「やり残したな、子どもが欲しい」とあらためて思ったといい、念願叶って一人娘に恵まれました。長女は顔も性格もクリスさんにそっくりで、「かけがえのない存在」と溺愛しています。音楽好きなクリスさん夫妻は、赤ちゃんがまだお腹の中にいるときにPファンクなどの音楽を聴かせて「胎教」していたそうですが、長女は少し成長した頃にその曲をパパと一緒に口ずさむという奇跡的な出来事があったとか。「覚えてるの?」と聞かれた長女は「覚えてる」とはっきり答えたというから驚きですね。クリスさんも幼少期は日本でインターナショナルスクールに通っていましたが、長女も現在、インターナショナルスクールに通って学んでいます。いろんな国籍の子がいる環境で「人はそれぞれ違う」という感覚が自然に育ち、垣根なしに人と接することができるようになるのがインターの魅力だと考えていると明かしました。スクールではパパ友もできたというクリスさん。周りには若いパパもたくさんいるなか、「まだ娘は(自分のパパと周りのパパの年について)わかんない。これからだんだん大きくなると(わかってくるから)、がんばらないといけない」と、ますます健康について気を配るようになったそうです。「父親であるのは前提だけど、いいアドバイザーになりたい。人生は積み重ねだから正しい選択ができるように」。成熟してからパパになったからこその、素敵な親子関係を築いていけそうですね。
2024年04月17日おもちゃに強いこだわりがある自閉症息子のイヤイヤ期は大変でした!6歳でASD(自閉スペクトラム症)と診断された現在15歳の息子がいます。息子のイヤイヤ期ではとても苦労しました。だいたい2~4歳ぐらいの2年間、イヤイヤ期は続きました。当時のママ友がいうには、息子は癇癪が少ないほうとのこと。確かに、お友達と遊ぶといった場面では癇癪はないのですが、おもちゃに対しては違うのです。自分が手に入れたい物があると、見境なくどこでも寝転んで手足をバタバタし癇癪をおこしてしまい、これに困っていました。またおもちゃによって苦労もそれぞれでした……。「これじゃなきゃダメ!」というミニカーは、売り切れ必至の人気アイテムで息子はミニカーが大好きで、「これじゃなきゃだめ」というこだわりも爆発させていました。そのため、お目当てのミニカーの発売日には、おもちゃ屋へ行きます。お目当てのものを買うために、お店に並ばなければいけないのです。ですが、人気が高いものだと、すでに在庫がない事も多々ありました。意気揚々とおもちゃ屋へ行くも品切れ……となった時は、泣いて騒いでパニック状態!見境なく店内に横たわり、周りの目も気になりますし、お店全体が険悪な雰囲気になりました。Upload By ユーザー体験談開封するまで何が入っているか分からない系おもちゃは、なおさら大変!また、あるファストフードのお子さまセットについているおもちゃ、これは袋を開けるまでどのおもちゃが入っているか分からないので、余計に大変でした。ドライブスルーで目当てのおもちゃ付きセットを買うのですが、息子は家まで待てず車の中で袋を開けます。そして、自分が欲しい物ではないと分かると、「●●が出てくるまで買う‼」と泣いて暴れていました。Upload By ユーザー体験談もちろん気持ちは分かるのです。定型発達のお子さんも同じようなことはあると思います。ですが、癇癪の度合いがものすごく、泣き止むまでとても時間がかかるのです。当時は、この癇癪にどう対応していいのか分からず、お店では小脇に抱えて逃げるようにその場から離れてました。抱っこや、おんぶは転落の恐れがあったので、小脇に抱えるのがベストでした。なだめてもすかしても癇癪はおさまらず、「嫌なら何もしなくていい!お母さんもあなたの言う事は聞かない!」と言ってしまう時もありました。そして気がついたらおさまっていた……という具合です。また、息子には年の離れた姉がいるのですが、お姉ちゃんの言葉は親よりも強烈だったようで、姉の「うるさい!」の一言でピタっとイヤイヤがおさまることもありました。Upload By ユーザー体験談診断が出たあと、対応方法が分かった息子は6歳でASD(自閉スペクトラム症)と診断されたのですが、このことによって息子の癇癪へどう対応すればいいのか分かってきました。欲しいおもちゃが品切れでも、欲しいおもちゃが出なくても泣かない、騒がないことをあらかじめ見通しが立つように説明し、このことに納得しないと買わないことを約束をするようにしたのです。すると息子は涙目になりながらも、生真面目な性格なので、騒がず我慢することができるようになってきたのです。Upload By ユーザー体験談初めの時は、約束が守れず、泣いてしまった息子にこちらも心が折れそうになりましたが、親も約束したことだからと、一貫した対応をしたことがよかったのだと思います。そんな息子も、もう高校生です。あの頃の大変さは今もはっきりと覚えていますが、それでもずいぶん昔のようにも感じます。今はあの頃のような癇癪はありません。一度きりの人生です。今は息子が自分の信じた道を進んでくれたらと思って見守っています。イラスト/吉田いらこエピソード参考/しのっぺ(監修:鈴木先生より)ASDのお子さんのこだわりは強いものです。スーパーへ行って「お菓子は一つだけね」と約束しても、駄々をこねて泣きわめいたため、ついもう一つ買ってしまうと、泣きわめけばもう一つ手に入るんだとインプットされ、毎回泣きわめくのです。ダメなものはダメと毅然とした態度で接することが重要なのです。姉の「うるさい!」という強烈な言葉も時には必要です。ただし、それで静かになったら本人は努力しているので、褒めてあげることも重要です。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月17日子育てに追われて、なかなか自分の時間が取れないなと感じることが多いです。そんなときは、結婚前に義母が教えてくれたアドバイスを思い出すようにしています。 義母と初めて対面したときは…結婚前に夫から「ぜひ家族に会ってほしい」と言われ、ある日、私は義母と初対面を果たすことになりました。 夫の実家は、私の家から新幹線を使って片道2時間ほどの遠方にあります。当日の私は、新幹線に乗る前からずっとドキドキしていました。自宅を出て約2時間後、ようやく夫の実家の最寄り駅に到着。夫と一緒に、義母と待ち合わせをしている駅前広場へ向かいました。 ニコリともしない義母いよいよ、義母との初対面です。私は緊張しながらも笑顔で、義母に「こんにちは」とあいさつをしたのですが、義母はニコリともせず、「こんにちは」とあいさつを返すだけ。そんな義母の態度に、ただでさえ緊張しているところに不安も加わり、私は自分の体が硬くなっていくのを感じました。 「これからどうなってしまうのだろう」「義母とうまくやっていけるのだろうか」という心配もありましたが、とりあえず予約していたレストランへ向かうことに。 レストランでは、運ばれてくる料理を味わいながら、私の仕事のことや義母の近況など、さまざまな話をしました。最初は緊張感があったものの、次第に会話が弾み、場の雰囲気は和やかなものに。 義母と会ったばかりのときに感じた不安も、食事が終わるころにはすっかり吹き飛び、私はひと安心していました。 結婚する私に向けて義母からのアドバイスそして食事が終わり、そろそろ帰ろうかとなったとき、義母が私に向けてぽつりとつぶやいたのです。 「結婚したらいろいろと制約が出てきて、子どもが生まれたらますますできないことが増えてくる。それでも自分がやりたいと思ったことは、やったほうがいいわよ」と。 実際に義母には、子育てしながら趣味であるソフトボールを何年も続けてきたそう。 義母のアドバイスには経験に裏付けされた説得力があって、思わずハッとしてしまいました。そのときの義母の言葉はとても印象深く、私の記憶の中で今でも残り続けています。 当時は、義母のアドバイスの真意をよく理解していませんでした。しかし、結婚して子育てをしている今では、義母のアドバイスはまったくもってその通りだと実感しています。子育てでバタバタしているとき、よく義母のアドバイスを思い出すのです。 制約がある中でやりたいことがなかなかできなくても、「それをやるためにはどうしたらいいのか?」と前向きに考えられるようになったのも、義母のアドバイスがあったおかげだと感じています。 著者/nanoka22作画/おはな ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者・イラスト制作者:マンガ家・イラストレーター おはな
2024年04月17日