前回に引き続き、7月26日に開かれた参議院の「社会保障と一体改革に関する特別委員会」での発言内容について、ご紹介をいたします。2点目の財政破綻の論拠とされている1000兆円の債務について、この数字が政府の借金として果たして正確な数値なのか、という点について取り上げたいと思います。資料(1)「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」の内訳をみますと、大きく内国債、借入金、政府短期証券に分かれております。借入金は割合が低く、大きな比率を占めるのは内国債であり、政府短期証券となります。時間の都合もございますので、ここでは特に政府短期証券に着目したいと思います。政府短期証券の中身でございますが、資料(2)の平成24年度末(見込)に書かれていますように、財政融資資金証券、外国為替資金証券、石油証券、食糧証券の4つがあります。そのうち、ほとんどの比率を占めているのが外国為替資金証券です。この外国為替資金証券は外国為替市場で急激な円高が進んだ場合に、その動きを止める介入資金として使われるものです。もう少し詳しく説明しますと、為替市場で過度なドル安・円高が進んだ際、それに対抗して政府は日銀を通じてドル買い・円売り介入を実施します。外国為替市場で日銀がドルを買おうとするならば、その代りとして円を払わなければなりません。まずはドルを買うための円資金を政府は調達してこなければならないのです。そこで政府はこの外国為替資金証券を発行し、円資金を集めます。証券を買うのは金融機関などですから、我々の預金が証券の購入資金にあてがわれているということになります。政府にしてみれば証券を発行したわけですから、負債となります。これまでの為替市場での介入の結果、累積した借金が資料(1)の政府短期証券の残高117兆円ということになります。本年度の1000兆円とされる借金見込の中にも含まれております。その代わりに買ったドルはドル預金あるいは米国債の購入に回されます。ちなみに、民主党政権発足後のことになりますが、6年半ぶりに為替介入が実施され、民主党政権下でのドル買い介入の金額はこれまで16兆4220億円相当となっています。つまり16兆円を超える政府の借金が民主党政権下で増えたことになります。民主党政権下での為替介入の実績(出典:財務省)人為的な操作で市場を動かすというのは大変難しいものでございます。ドル安を牽制するために実施された介入ではありますが、政府がドルを買った水準とさほど変わっておりません。むしろやや円高水準でありますので、購入したドル資産は目減りしていることになります。これは民主党政権下に限ったことではございませんが、さかのぼること1971年、米国が自国のドルと金との兌換、つまり金と紙幣の交換を停止して以降、為替市場が変動相場制に移行し現在に至るまでの期間、1ドルは360円から75円まで円高が進んでまいりました。1ドルという借用書があって、かつてそれを差し出せば360円をもらえたものが今や75円しかもらえない状況です。もちろん、利息収入などがありますから、買ったドル資産がまるまる損をしているとは申しません。為替介入の正式名は外国為替平衡操作と言われるように、過度な動きに対して安定させる操作です。そういう意味での介入であれば理解もできます。しかしドル買いが圧倒的に多いために、日本政府が購入したドルは円高によって資産価値が減価するだけでした。円高で苦しむ企業を助けるという大義名分で実施されてきた介入ですが、円高の動きもこの40年間止められておりません。円高に歯止めがかかるわけでもなく、買ったドルを売るわけでもなく(※注釈:最後のドル売りは1998年で、どんなに円安に振れてもドルを売ることはこの14年行われていません)、減価する資産を保有するだけならば、いったい何のためのドル買い介入であったのか、その効果に対する疑問が沸いてくるのでございます。非常に大きな流れとして、米国は1980年代に経常赤字国となりました。つまり、海外からの借金に依存しなければ、国の経済が回っていかないという状況です。効果のない為替介入であれば、これまでのドル買い介入は単なる米国のファイナンス、つまり日本がドルを買い、米国債を購入することで、米国が抱える借金の穴埋めをしただけということに結果的になってしまいます。余談ではありますが、海外では為替介入に対して政府は非常に慎重であると言われております。こうした為替差損は、国民の資産に損を発生させたということで、議会から厳しい追及を受けるためです。さて、話は元に戻しまして、政府の借金という点についてですが、これまでの為替介入では財務省の公表データを見る限り米ドル買いが9割以上となっております。政府は買った米ドルをそのまま外貨預金として金融機関に預けるか、米国債を購入するか、という選択肢があります。つまり、外国為替資金証券の裏側にはドルという資産が存在していることになります。そこで2つの考え方ができるかと思います。1つはこの117兆円に関してはドル資産の裏付けがある以上、わざわざ政府の借金に組み込む必要はないという考え方です。その一方で、1998年を最後にドル売り介入は実施されていないという事実を踏まえますと、保有する米国債を安易に売れないのではないか、という懸念もあります。自分の資産を好きな時に使えないというのは何とも理不尽な話ですが、そうなるとこれは負債として計上した方が無難ということになります。現在、政府の債務1000兆円にはこの累積された政府短期証券の数字を含んでいますので、この1000兆円という数字を債務として使うのであれば、ドル買い介入をして米国に渡した資金は日本に返ってこないお金として勘定しているということになります。米国が財政的に困った時には日本が資金を出して助ける、ということであれば、ドル買い介入は日米同盟を維持していくためには必要ということになります。何も為替介入だけではありません。震災直後の被災地支援の遅れが取り沙汰される一方で、欧州債務危機に揺れる世界経済の安定化をはかるために、日本政府が欧州金融安定化基金(EFSF)に資金を拠出したという経緯もございます。また、欧州市場の不安から韓国では資金調達難に見舞われそうになり、日本の財務省と日銀がスワップ協定を発動して資金を融通したということもございました。全ては日本に戻ってくる資金ということを前提に拠出しているわけですが、国際協力の一環であるとすれば納得もできます。ただし、ポイントは資金的な余裕がなければ他国や国際機関に資金提供や融通などはできないということです。日本は財政破綻から遠いからこそ、こうした国際貢献も可能なのではないでしょうか。一方、本当に財政危機が差し迫っているのであれば、為替介入などして政府の借金を増やしている場合ではありません。他国に資金を融通している場合ではないと思われます。国民負担を求める前に、これまで貯めた117兆円相当の外貨の一部を取り崩して、政府債務を減らすという方法もあります。為替介入を筆頭に国際貢献の数々が、日本が財政破綻からはほど遠いことを示している、という結論に至るのでございます。これまで民主党政権が為替介入を実施したのは8日間だけです。国民に対しては財政再建を訴え増税を叫びながら、増税分の税収見込みを上回る金額をわずか8日間、実質24時間もかからないうちに海外へと大盤振る舞いをするのであれば、いくら財政再建を訴えようとも健全化するはずもありません。24年3月末の政府短期証券の残高は117兆円となっているのに対し、見込では199兆円と82兆円も上増しとなって計算されています。ほとんどが外国為替資金証券です。80兆円余りも本年で為替介入を実施する予定なのだというつもりはありませんが、こうした上マシされた数字を、そして資産の裏付けのある債務を単純に政府の借金として取り上げるのは正確さに欠くのではないでしょうか。政府短期証券の扱いをどうするのか、政府債務に計上するならば効果の限定的な為替介入を実施する意義はどこにあるのか、増税の前に考えるべき課題と思われます。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年08月15日7月26日のことになりますが、参議院の「社会保障と税の一体改革に関する特別委員会」に参考人として招致されました。今回と次回、その際にお話しした内容を掲載したいと思います。と言うのも、今回の参議院での発言は予てから私自身が執筆活動を通じて訴えてきたことでもあり、こちらの連載を読んで下さる皆様にも、持論をお伝えできればと思った次第です。実際に話をしている内容は、参議院のサイト(で7月26日に入っていただいて、『社会保障と税の一体改革に関する特別委員会』の発言者一覧のボタンをクリックしますと岩本沙弓が出て参ります。よろしければご覧下さい。委員会での時間は15分と決められていましたので、実際の発言は今回ここでご紹介するオリジナル原稿よりも短めのバージョンとなっています。詳しい説明を時間の都合で省いた部分については()内に注釈として、つけておきました。大阪経済大学 経営学部で現在客員教授をしております岩本沙弓と申します。現職の前はアメリカ、カナダ、オーストラリア、日本の金融機関において、国際金融取引に16年間ほど従事して参りました。為替取引の他、先物為替取引、短期金融市場取引、通貨オプション取引、日本国債先物取引などの経験がございます。そういった経緯を踏まえまして、本日は国際金融の現場からの切り口として、日本の国債がデフォルトする可能性があるのか、そして財政危機とされる数値が正確なのか、という点についてお話をさせていただければと思います。本年5月、新聞紙上、あるいはテレビなどで、一斉に「国の借金は昨年度末960兆円、今年度末に1000兆円突破へ」というニュースが伝わったのは記憶に新しいこと思います。960兆円に関しましては、資料(1)の2012年5月10日に財務省から発表されました平成24年3月末時点での「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」の報道発表を受けてのことでございます。合計金額の欄に960兆円が確認できます。資料(1)千兆円を突破する見込みという点につきましては、資料(2)の「平成24年度末(見込)の国債・借入残高の種類別内訳」で示された合計1086兆円の見込みを指しているものと思われます。資料(2)以来、国の借金の論拠とされています1000兆円ですが、ここで線引きをさせていただければと思います。メディアなどでは「国の借金」と報道されますが、「国」と言いますと政府も国民も民間企業も日本の全ての経済主体を含んだ表現になってしまいます。財務省自身も「国の借金」とは発表しておりません。それは、この数字が「政府の借金」であって国全体の借金を示しているものではないからです。まず、日本国債のデフォルトの可能性ですが、先に結論を申し上げますと、それは「あり得ない」という認識でございます。既に広く知られている通り、日本政府の借金は日本国民によって賄われています。最新のデータではその比率は92%です。自国内で借金の貸し借りが成立している限りは、政府が自国民から借金をしているだけなので、国家全体が負担を背負うことにはならない、という考え方をいたします。言うなれば、家庭内でお金の貸し借りをしているだけなので、さほど深刻な状況ではない、という見方です。しかし、もし、政府の借金が海外からの借り入れだとするならば、状況は180度違ってまいります。この場合は国民が働いて、海外に対して借金を返済しなければなりませんので、国民の負担となります。ギリシャなどがその典型的な例となります。政府が自国民から借金をしている日本の場合、国債のデフォルトの心配は無用である、という点については先日来、本会議でも取り上げられている財務省が10年前に公表した「外国格付け会社宛意見書要旨」の中に書いてある通りでございます。※注釈:2002年に格付け会社が日本に対する格下げを発表、ボツワナ以下となったことを受けて、当時の財務省が格付け会社に対して抗議の意味も含めて送った意見書)「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」、「国債はほとんど国内で極めて安定的に消化されている」、つまり自国民に賄われている点を根拠として財務省ご自身が訴えておられることです。国際金融の現場におきましても財務省の見解と同じ認識であり、日本の場合は「政府の借金=国民の資産」である以上、今の状況での日本国債のデフォルトは考えられません。(※注釈:日本もギリシャのようになる、とよく引き合いに出されますが、ギリシャの場合は「政府の借金=海外の資産」ですので、全く別の話です)10年前と状況は違っている、あるいは海外勢の動向を心配される向きもありますが、例えば、債券ファンドとして最も有名な米パシフィック・インベストメント・マネジメント(通称PIMCO)は今年の5月の時点で、日本の場合は経常黒字を当面維持できるため、各国と比べて相対的にはマシな状況である。デフォルトも考えにくいとしています。また政府の借金1000兆円はGDP比では200%を超えているという点も財政破綻へと結びつき、増税は待ったなしの理由に使われております。しかし、政府債務がGDP比で何%の水準を超えたら財政破綻となる、という基準はございません。例えば2008年にノーベル経済学賞をとったポール・クルーグマン教授などは過去のイギリスが250%以上の債務残高があっても破綻しなかったことを例にあげ、日本が債務危機に直面している考え方は間違っているとインタビューでも答えております。(※注釈:PHP研究所『Voice』2012年2月号)【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年08月10日財務省は今月に入って、一般会計決算(概要)を発表しました(。昨年は東日本大震災のため、経済活動の停滞を余儀なくされた状況があります。電力供給への不安もあり、停電によって工場などの操業はかなり制限もされました。そして為替市場では対ドルで戦後の最高値を更新し、長らく円高水準に留まっています。私自身は円高で日本経済全体が疲弊するとは思ってはいませんが、仮に円高によって打撃を受けるのであれば、法人税の税収は大幅なマイナスになるはずです。円高というよりも震災の悪影響を懸念してのことですが、2011年度は税収の落ち込みを予想していたのです。しかし、公表を見て唖然としました。国の税収は42兆8326億円と前年度超えの税収です。新聞などの報道によれば、扶養控除の見直しで所得税が13兆4761億円で前年度比3.8%増加したとのこと。国民にとっては負担が増えたことになり、これは素直には喜べないとしても、非製造業の業績回復によって法人税収が9兆3,514億円、前年度比4.3%のプラスとなりました。その結果、税収が新規国債の発行額を3年ぶりに上回ることとなったのです。これをポジティブ・サプライズ(予想外の良さ)と言わずして何と言いましょう。一般会計税収の決算額の推移(出典:財務省)歴史的円高の影響も限定的であったという点のほかに、「増税の論拠は税収減ではなかったのか。単年度とはいえ例外的な年だったにもかかわらず税収が上がっているのに、増税を求めるのはいかがなものか。何よりも、小売業が震災後何とか立ち上がってきている現状で、その売上げに水を指すような消費税を導入する必要があるのか。」―そんな思いに駆られるデータです。国民が日本国を維持していくための応分の負担をすることは当然ですが、民間の驚異的な回復力によって税収がアップしている、つまり民間がこれほどの努力をしているのに、しかも震災からようやく1年が経過したような時期に消費税の話を始めるのはやはり拙速に過ぎます。これまでは「税収に対してそれを上回る国債が発行されているのだから、日本の財政は破綻するのだ」と散々言われてきただけに、発行額を超える税収が震災のあった年にあったのだと知れば、皆さんも安堵するのではないでしょうか。政府の借金が1000兆円という数字に関しては政府の勘定の一部過ぎず、資産の話はされていない、というのは前回お話した通りです。それでも、資産があっても心配だという人もいるでしょう。過剰な債務は個人でも企業でもよくないことです。その一方で適度な債務は、企業活動をする上では必要となってきます。債務の金額についてはどこまでが許容範囲で、どこまでが過剰なのか、その線引きをするのが難しいのは事実です。例えば、原発に代わる新しいクリーンエネルギーが開発され、それを広く国民に利用してもらうための装置が必要となったとしましょう。その装置を大量に生産するために、クリーンエネルギーを開発した会社は工場の建設が急務となります。借金はないに越したことはありませんが、元手がない場合は銀行や投資家からの借り入れに頼らざるをえません。日本国中に行き渡るような装置であれば、大規模な工場建設が急務となりますので、負債も相当な金額となるはずです。企業自体の規模に対して、あるいは年間の売上に対して何倍もの債務を背負ったこの企業は間もなく経営破たんをする会社だと、果たして言えるでしょうか。会社には工場や土地といった資産もありますし、預金などもあるかもしれません。大量に新装置が売れれば、収益も倍増するはずです。むしろ成長産業としての期待を一身に背負うのではないでしょうか。企業であればこうした負債の全額返済を求められますが、政府の場合は全額返済を求められることはありません。政府の歳出・歳入のバランスが著しく欠いている状況が長く続くのはよいことではありませんが、今回のように税収が増加しているのであれば、ひとまず安心です。国債の議論に関しては、スケールを分けて考える必要があると思っています。非常に大きなスケールとして、そもそも債券を各国政府が無尽蔵に発行して、好きなだけ資金を調達してもいいのか、という命題があります。無尽蔵という部分でOUTだと誰もが思われるはずです。広義の意味で、「債券のそもそも論」は日本に限ったことではなく、世界中が現代経済の抱える問題として考える必要があると思います。極論ではありますが、仮に債券というシステムが成立しなくなった場合、いち早く経済が立ち行かなくなるのは海外からの返済を求められる日本以外の各国でしょう。日本などからの借金を踏み倒したとしても、それ以上借り入れ手段がないのですから、自国経済は回らず破綻です。海外へ貸し出している資金が踏み倒されたとしても、それでも日本の場合は何とか自国の資金で経済を回す余力があります。債券のシステムが成り立たなければ各国経済は大混乱に陥るでしょうが、海外からの借金に依存していない日本はまだ救われるでしょう。スケールをもっと小さくして、債券を発行して政府が資金を調達するというシステムが成立している現状においても、各国比で見た場合に、経済運営が最も危ういのは自分の国の中で資金の貸し借りを完結できない国です。その点、自国で賄えている日本は健全です。債券を通じての各国政府の資金調達の方法に問題はあるが、その中でも日本は「まとも」と言えるでしょう。ただし、現状で日本政府の返済能力に問題はないとしても、債券を発行して集めた資金が本当に国民のために使われているのか、つまり天下り先などに流れてはいないかなど、精査する必要は大いにあります。私は近々国債が暴落するとも、日本が経済破綻するとも思ってはいませんが、もしその可能性があると思うのであれば、不安をむやみに焚き付けるのではなく、破綻しないためにはどうしたらよいのか、それを考えようと言うべきではないでしょうか。日本はダメだから、自分の資産だけは何とか守って、外貨預金を、海外へ投資を、挙句の果てには海外に逃げろ…自分だけ何とかなればよいという論調であるという点で、感覚的にも受け入れがたいものがあります。紛争も戦争もなく、世界最高のインフラが整えられた日本で生活をする中での経済活動によって資産を蓄積したのであれば、日本が悪い状況にならないように考えるのが先決のはずです。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年07月12日日本銀行は6月19日に2012年1-3月期資金循環統計(速報)を発表しました(。資金循環統計では、日本で経済活動を行う主体を5つ(金融機関、非金融法人、一般政府、家計、民間非営利団体)に分け、それぞれの金融取引やその結果として保有された金融資産・負債について、金融商品ごとに記録しています。例えば国際収支ではモノやサービスといった実物取引を記載するものですが、資金循環統計では実物取引の裏側にある資金の流れや、実物取引とは独立した金融取引(借入れによる株式購入など)を扱うことになります。経済主体ごとに眺めることで、それぞれの資産・負債などの数値、どういった資産運用・借り入れを行っているのか、などがわかります。この統計をみれば日本の金融資産・負債の全体像を把握することができます。そこで、資金循環統計に含まれている「金融資産・負債残高表」を非常に簡素化した形にしてみました。残高ですから、これまで溜まりに溜まったそれぞれの資産と負債を示すデータです。5つの経済主体、そして各項目も細分化されていますが、見やすいように大枠だけを抽出しています。1~5までが日本国内の全ての経済主体であり、各項目の残高が示されています。メディアなどでは頻繁に「日本の個人の金融資産は1400兆円」といった見出しが登場しますが、この数字は家計部門(図中の家計4の枠)の資産残高合計として確認できます。今回の速報では1513兆円に増えています。そして、「政府の借金はとうとう1000兆円を超えた」というフレーズもよく見かけますが、これは一般政府(図中の一般政府3の枠)の負債残高の合計として確認できます。速報値では1099兆円になっています。意外と思われるかもしれませんが、これまで20年、日本の景気は悪い悪いと言われ続けてきた中でも実は家計部門の資産は増加してきた経緯があります。もちろん、増え方に差はありますが、政府の負債ばかりが増えてきたわけではないのです。(※日銀発表の資金循環表の政府の負債と財務省発表の政府債務残高は扱う項目に違いがあるため金額に差があります)「政府の借金1000兆円」にしても「個人の金融資産1500兆円」にしても、実は日本経済全体からみればほんの一部だけを取り上げただけの議論であることが、図表1から見てわかるかと思います。「負債が1000兆円であるのに対し、資産が1500兆円しかないのでこの500兆円を食い潰せば日本は終わりだ」といった指摘がありますが、見ての通り政府にはかなりの資産があります。一方、個人には住宅ローンなどの負債もあります。そして、他の経済主体も存在しています。したがって、統計の一部だけを取り上げての議論は非常に偏っていると言わざるを得ません。資金循環統計をデータ元として政府負債1000兆円、個人資産1500兆円という数字を使うなら、部分的ではなく全体像を見て語るのが正確な分析であり、フェア(公正)であるはずです。1~5の日本国内の経済主体のそれぞれ資産と負債を全て合計すると、日本国全体では270兆円の余剰資金があることがわかります。そしてこの余剰資金は海外へと貸し出されているのが6枠から確認できます。少しややこしいかもしれませんが、6の枠は海外から見た資産と負債という区分けです。つまり、海外勢が日本に持つ資産と海外勢が日本に負っている負債(=日本人が海外に持っている資産)となっていて、それを合算すると負債の方が大きくなっています。この海外のマイナス(▼263兆円)と日本全体のプラス(△270兆円)は項目ごとの四捨五入の関係でズレはありますが、ほぼ一緒の数字となっています。以前の回で日本の対外純資産は世界一という話をしましたが、資金循環統計の「金融資産・負債残高」の余剰資金は対外純資産253兆円とも近い数値となっています。対外純資産は昨年末の数字であるのに対し、今回取り上げている資金循環統計は1~3月期の速報値であること、2つ統計の間には部門分類、取引項目、勘定体系に若干の相違があることなどから多少差がありますが、対外純資産の数字と資金循環の資産・負債の合計はおおよそ同水準となります。政府にも資産があり、これだけの余剰資金が日本全体にあるのだから、今のままの財政で全く心配なし、というつもりはありません。基本的に無駄があればそれは削減すべきですし、政府の歳入と歳出のバランスが長期間に渡り崩れたままでよいわけはありません。ただ、日本の財政悪化から日本国債が大暴落を起こして間もなく日本が破綻する、あるいはハイパーインフレになるといった極端な議論には「待った」をかける必要があるでしょう。少なくとも現状では日本が破綻するような危機的状況からは程遠いということを、こうしたデータを見ることでわかってもらえれば、一般市民が詐欺まがいの投資話に乗ってしまうリスクを避けられるはずです。そして、日本の財政難が増税の理由にもなっていますが、負債1000兆円がごく一部の数字だとわかれば、実はそれほど切迫した状況ではないという事実確認もできるかと思います。本来であれば増税ありきで進む前に、その前提となる正確な経済状況を広く国民に知らせ、その上で増税の議論を進めるのが筋でしょう。ところで、資金循環統計では国債の発行残高とその保有者内訳が明らかにされます。3月末の国債発行残高は前年度比4.9%増の919兆円と過去最高を更新しました。これまで通り、保有者の9割以上が日本国内の経済主体である状況に変化はありませんが、海外部門の数字を詳しくみると保有残高は前年度比23%増の76兆円、国債残高に占める海外投資家の構成比8.3%は年度末ベースで過去最高となりました。海外勢が積極的に日本の国債を購入するということは、日本の財政が破綻するとも、日本国債が暴落するとも思っていないということです。つい先日も日本を格下げした格付け機関もありましたが、海外投資家は全く気にしていない、ということがわかります。こうした状況をこれまで日本国債暴落説寄りだったメディアはいかに伝えるのだろうか、と思って眺めていました。それ以前に発表されていた国際収支統計で、中国の日本国債の保有比率が2011年末時点で約18兆円、前年に比べて71%増加して過去最高だったという報道と相俟ってでしょうか、(中国の日本国債の保有残高が増加しても日本国債残高全体でみれば8.3%に過ぎないという点には触れずに、)71%の部分だけを強調して「海外勢が日本を浸蝕」といった極端な表現もありました。日本国債が売られると言っては騒ぎ、買われても騒ぐのですから、節操がないという一言に尽きるかと思います。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年06月27日このコラムは最新の経済分析を中心にお伝えするという主旨のもと、スタートしましたが、今回は少しだけ目先を変えて推薦図書とさせて下さい。経済の”裏読み”とは関係ないではないか、と思われるかもしれませんが、実は関係があるのです。わたくしの新刊をご購入、お読みいただいたということで、何ともありがたいことに西鋭夫先生からお声掛けをいただき、直接お目にかかることができました。スタンフォード大学内にあるフーバー研究所教授であり、日本では麗澤大学でも教鞭を執られている先生は名著『國破れてマッカーサー』の著者です。題名が示唆するように、この本では第二次世界大戦後のGHQ占領下の日本がテーマとなっています。こうした内容の本はとかく、過度な親米・反米に偏るか、あるいは陰謀論を持ち出すことで読み手にいくばくかの衝撃を与えるか、言うなれば小手先の技巧を使って興味をそそるように仕向けるものが多いように思われます。私自身もそうなのですが、そういった偏重や扇動、著者の恣意性に嫌気がさして、この時期の日本に触れた本を手に取ることに躊躇(ちゅうちょ)するという方も多いかもしれません。この本が他との一線を画しつつも強いメッセージを発するのは、内容が米国の公文書という本物の史料に基づいているから、というのは誰もが認めるところでしょう。先生は米国留学中に米国政府の重要文書が全て保管されているアメリカ国立公文書館に出向き、日本の戦後に関する資料を網羅した最初の人です。なぜ最初と言い切れるか。米国では機密文書の全面公開は30年後とされています。30年経過した日本占領に関する生の史料を入れた数十にも及ぶ箱の上には、うっすら埃(ほこり)が積もっていたといいます。指紋がついていない箱の中身は、30年後に先生を通じて息を吹き返すことになるわけですが、開封する時には「生き埋めにされている日本の歴史に対する畏敬の念」で気持ちが高ぶったと書かれています。歴史的に重要な生資料だけで「話」を進めてゆくように努力した-そう指摘されているように、「はじめに」と「おわりに」を除いて恣意性を極力排除した筆致が続きます。抑制の利いた文章であるにもかかわらず生の史料が訴える力は強いものです。てっきり筆者の主張のように受け取っていたことが、実は読み手である自分の思いが反映されての錯覚だったという箇所を、何度となく読み返すうちに気が付きます。私がディーラーとしての道を進むことを決意して、転職した先の外資系銀行で出会った叩上げディーラー(今でも現場で第一線におられますので、性別・国籍も含めご本人のプライバシーに関わる記載は避けます)の方に、沢山のことを教えてもらいました。時にそれは耳を塞ぎたくなるような真実だったりしたわけですが、「この世界で生き残りたいなら現実を、そして真実を直視しろ」、そう教えてもらったような気がしています。相場で勝つためには日本発の日本経済への偏った見方を変えなければならいこと、日本の一般の経済分析が変調をきたしているのは、大もとを辿れば実は日本の置かれた歴史的背景にあるということ、相場の動きを見ながら折に触れさまざまなことを教示してくれたものです。中でも印象的だったのは「日本は米国の戦利品」「勇猛果敢な日本を無力化することこそが米国の目的」さらには「イラク占領の指針となっているのは日本占領」などなど、いささか過激な内容のものでした。しかしながら、この歴史的背景の部分を理解していないと、変動相場制以降徐々にドル高に進んだ後になぜ急激なドル安に見舞われるのか、日本政府が為替介入と称して国民の資産を使い、減価するのが明らかな米ドルをなぜ大量に購入するのか、その根本的な理由がわからない―。西先生も、外銀での同僚も反米・親米どちらでもありません。私自身も米国で生活をした実体験があるだけに一般の米国民に対しては親愛の情を持っていますし、過去に遡るほど為替介入の実績などを封印している我が国に比べれば、機密書類の全面公開に踏み切る米国の懐の深さ、公平さには敬意を表しています。「とはいえ、米国の公式見解で日本の無力化などが出てくるものだろうか」、という当時の私の疑念を見事に払しょくしてくれたのが「國破れてマッカーサー」であったわけです。少しだけ内容を紹介すると、例えば、戦争終結のためにはいたしかたなかったとされる原爆投下について。日本政府は蚊帳の外のまま、日本再軍備の必要性を説く国防省(ペンタゴン)と反論するマッカーサー、1950年の日本のGNP3兆9,470億円のうち1/3を占めた朝鮮戦争特需。占領行政の中で優先されたのは日本の教育制度の再建ですが、その教育制度を占領遂行の「道具」と言い切る電報の存在など、次々飛び出す事実には誰もが驚き、その延長線上に今の日本があることにあらためて気が付くはずです。こうした内容は好むと好まざるとにかかわらず広く世に知られる必要があると思いますし、今の日本を包む閉塞感が何に起因しているのか、その手掛かりにもなるでしょう。相場取引でも、国の進む道でも、我々が的確な判断を下さなければならない状況に直面した際に、真実の直視は非常に重要な指針になると思われます。最後に打ち明け話を少々。無条件降伏ならぬ「無条件民主化」と題された英語の論文「Unconditional Democracy」がこの本の原文ですが、米国での発表後に米国の対外諜報活動機関であるCIAが先生をエージェントとしてスカウトにきたそうです。諜報部員となれば夢のような生活? が待っていたわけですが、米国籍となる項目も含んだ契約書にサインを求められた先生は沈黙。出した答えは「No」でした。CIAの誘いを断るなど前代未聞の出来事だったのでしょう、スカウトも慌てふためき理由を問いただします。「ここで自分の国を裏切るものは、将来お前の国も裏切る、そんなやつを雇う気なのか」この言葉に当のCIAのスカウトが涙したそうです。それから2年間CIAからのオファーを断り続け、「real last Samurai」の異名を持つ先生です。以下は、先生から頂戴したお言葉です。「平成は、昭和の初めではありませんので、物書きのプロは、プロのプライドを持って『真実』を武器にして戦うのです。敵はすくんで、逃げております。」”最後のサムライ”を前にわたくしも身が引き締まる思いがしました。そして物書きのプロとして背中を押していただいたと受け止め、執筆に勤しみたいと思っています。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年06月13日世界一高い電波塔である「東京スカイツリー」が開業したその日、実はもう一つ、日本が世界一であることを示すニュースがあったのに気づかれたでしょうか。これまで、このコラムでも日本が裕福である証拠の1つとして取り上げてきた「対外純資産」ですが、この度晴れて『21年連続世界一』の偉業を達成しました。そこで、今回はあらためてこの数字をクローズアップしたいと思います。財務省が発表した2011年末の対外資産負債残高によると、日本政府や企業、個人が海外に保有する資産から海外勢による対日投資(負債)を差し引いた対外純資産残高は253兆100億円となっています。日本国内には経済活動を行う主体として、政府があり、企業があり、個人がいます(日銀がデータを出す際にはこれらに金融機関やNPOなども加えて、日本の経済主体としています)。それぞれの経済主体はお互いに資金の貸し借りをして日本経済全体をまわしているわけですが、そうやって日本国内で資金の融通をし合っても日本国内で使い切れないお金が昨年末の時点で253兆円あったということです。この国内で使い切れない、あまり余った金額は昨年末時点で世界一であり、なおかつこのこれまで21年間連続して、日本は世界一の立場を維持しています。参考までに、2002年以降の主要各国の対外純資産の推移は図表のようになっています。【出典:財務省、単位:兆円】日本はここ数年250兆円前後のプラス、米国はそれに相対するかのような金額のマイナスになっています。日本、中国、ドイツ、スイス、ロシアがプラスですから、国全体で見た場合に資金を海外に貸している債権国となります。そして米国を筆頭にカナダ、英国、イタリア、フランスが海外からの借金で自国経済を賄っている債務国ということになります。債務危機に揺れるギリシャは当然のことながら、対外純負債を抱えた債務国です(2010年のIMFのデータで見ると、ギリシャの負債額はカナダと英国の中間ぐらいの金額になっています)。余談ではありますが、日本経済が間もなく破綻するような論調が根強くありますが、日本の財政がいよいよ逼迫してきたとなれば、まずはこうした海外へと貸し出している余剰資金が日本国内に戻ってくるはず、と考える方が自然ではないでしょうか。何も難しい話ではなく、自分の懐(自国全体)に余裕がなければ他人(他国)にお金など貸せません。言うなれば現状は、日本が世界最大の資金の貸し手として各国のファイナンス(=借金の穴埋め)を担っている立場です。仮に日本が財政破綻をするなら、その前に日本からの借金に依存している債務国の経済の方が先に立ち行かなくなるでしょう。そういう意味で、こと「対外純資産」という指標から考えると、日本が世界一の立場を維持している今、他のどの国と比較しても最も経済破綻がしにくいのが日本であると言えるかと思います。誤解のないように申し上げておきますが、だからと言って今のままの財政状況でよい、あるいは無駄遣いを善しとしているわけでもありません。破綻の論調に煽られることなく、現状分析をキチンとした上で、「それではお金をどう使おうか」という議論をすべき、ということです。世界一を誇る豊富な対外資産をどうやって日本は積み上げてきたのか。それにはこのコラムの第3回、第8回で取り上げた経常収支と関係があります。例えば、経済産業省の発表している「通商白書」(平成18年6月発表)の中では、対外純資産と経常収支の関係について、「我が国は経常収支黒字の累積の結果として対外純資産を積上げてきた」としています。そして、対外純資産は海外への投資となるので、「対外純資産(ストック)の増加を収益源として果実である所得収支(フロー)を計上してきた」と指摘しています。つまり、日本の経常収支は毎年黒字でしたから、それがずっと蓄積され、さらに海外に投資されてきた結果、海外からの配当金や利息の受取りである所得収支もプラスとなります。それもまた国内で使い道がなければ、海外への投資へと向かいます。累積された経常収支のプラスが増えれば増えるほど、対外純資産も所得収支も増える、という構図です。財務省による2011年末の対外資産負債残高が発表は、「東京スカイツリー」の開業と重なって、すっかり影を潜めてしまったわけですが、同じ世界一ならばついでにこちらも取り上げてくれてもよいものを、と思ってしまいます。債務危機に揺れるギリシャと日本の扱いを同じくする声もさすがにここに来て少なくなりましたが、こうした論調にいかに無理があるか、「東京スカイツリー」一つを取り上げてみてもわかるかと思います。高さもさることながら、それを支える技術も世界最高峰を誇る電波塔が、今のギリシャの下町に建ちますか? ということを冷静に考えれば、答えは自ずと出てくるはず。それがつまりは本質的な経済力の差とも言えるでしょう。ところで、『対外純資産21年連続世界一』の発表後になりますが、海外の格付け会社による日本国債の格下げのニュースが伝わってきました。ちなみに、この格付け会社では債務国である米国、英国、フランスの格付けは最上級です。日本は今回の格下げによって21段階ある格付けの中でも上から5番目となり、スロバキアなどと同じ水準とのことです。いくつか理由はあげられていましたが、根本的な話として、お金を貸している国よりも借金している国の方が、さらには欧州債務危機の余波をもろに受けそうな国の方が格上というのですから、キツネにつままれたような気分になります。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年05月31日前回、ゴールデンウィークは相場が荒れやすいとコメントしましたが、今年も波乱要因はユーロでした。特定の波乱要因を王道と表現するのはいささか語弊がありますが、実際に国際金融市場の最前線で取引をする人たちにとっては、欧州債務危機の再燃は相場を動かす因子としては極めて順当だったと言えるでしょう。ここにきてフランスの大統領選、ギリシャの選挙など欧州にとって悪い材料が一斉に出てきたように思われるかもしれません。しかし、思い出して下さい。昨年の年末から今年の年初にかけて、世界中はユーロ悲観論で一色でした。しかし、今年の2月から4月まではやや楽観的な見方に変わっていました。昨年の時点から現在に至るまで、欧州債務問題を抜本的に解決するような提案は何もありません。したがって、極論ではありますが、フランスの大統領選やギリシャの選挙がどうであれ、いずれにしてもユーロ危機が早晩再燃するというのはむしろ当然の成り行きだったと言えます。今年の1月中旬の事になりますが、この連載の第1回目と第2回目でユーロ危機の解説をしました。その際に申し上げたのは、短期的には昨年12月に実施されたECB(欧州中央銀行)による3年物の資金供給オペ、通称LTROが功を奏して通貨ユーロの買い戻しが優勢となるが、事態は収束と悲観を繰り返しながら危機そのものは長丁場になる、というポイントでした。そして、欧州危機に関してはもう2年近くも放置されたままです。ユーロの原則であるマーストリヒト条約に則ればギリシャをユーロから切り離すのが妥当という点にも触れました。原則を無視しているのですから、ギリシャの債務負担を、そしてギリシャだけでなく、他の欧州域内で財政が悪化している国の負担を、欧州全体で抱え込むことになります。となれば、欧州全体でみれば債務問題が波及し経済・財政状況が悪化することはあっても、改善の方向は見出しにくくなります。そうした観点からすると、長期的にユーロは下落する方向と見ざるを得ません。しかし、たとえ進む方向が明らかだとしても、どのような相場でも一直線に下落するわけではないのです。市場で取引されている為替レートは上下動を繰り返しながら、ある程度の時間をかけて下落するものです。一般の解説や分析では登場することはないかと思いますが、この『時間軸』の概念を頭において置かないと、ディーラーとしては「相場の方向は当てられたのに、実際の取引では損失をだしてしまった」という状況になりかねません。通貨ユーロの崩壊まで最悪のシナリオを市場が織り込んでしまったのが今年の1月中旬。やがてユーロの崩壊や再編の可能性はあるにしても、それが実際に今年の1月に起こるわけではなかったために、悪い材料を先取りして動いてしまった分は、そうでなかった場合、元に戻ってしまうのです。それが2012年年初までのユーロ売り、その後のユーロの買い戻しの動きです。昨年後半、欧州の金融機関の破たん、あるいは欧州域内の国のデフォルトなど最悪の結果を予想しながら、為替市場で市場参加者のユーロ売りが過度になりつつある時に、登場したのが「LTRO」でした。これは資金不足となっていた金融機関の目先の資金繰りの改善には非常に効果的な政策です。資金調達の難しかった欧州の銀行は、保有する債券をECBに持ち込めば、それを担保にお金を借りることができるのです。しかも、通常こうした担保として適格とされるのは国債など安全なもののみと限られていますが、「LTRO」では担保として認める債券の種類の基準を大幅に緩めたのです。言うなれば、これまで何の役にも立たないと思われたただの紙切れまでもが、突如お金の代わりになったのですから、その効果は絶大です。初めて今回のLTROについて報道がされたのは2011年11月24日のことでした(。その決定が欧州の政策金利0.25%の引き下げとともにECB理事会から公式発表されたのが12月8日です。しかし、市場は利下げ幅が小さいこと、LTROも事前の予定通りということで、むしろECBの決定に失望し、通貨ユーロや欧州の債券を盛んに売っていました。ここに「LTROの効果」とそれに対する「市場の認識」に大きなギャップが生じたと言えます。つまり、市場参加者は見方を間違ったのです。こうした市場の間違いというのは実はよくあることで、だからこそレートが上下動すると言ってもよいでしょう。そして、市場参加者の思惑と実態との乖離にいち早く気が付いて取引をし、収益を上げるというのがディーラーの仕事の1つでもあります。結局はこのLTROによって「経済の血流=お金の流れ」が止まってしまう、経済システム自体の破綻という最悪の状況を何とか避けることができたのです。したがって、最悪の状況によってもたらされる欧州の金融機関の破たんや域内の国のデフォルトの可能性も消失しました。市場がそれに気が付いたのが早い人で1月下旬、遅い人で4月ということです。LTROが見直される過程でユーロは買われ上昇しました。12月8日の時点でLTROの第一回目は2011年12月21日、第二回目は2012年2月29日と発表がされていました。第3回目の予定は未定で、そもそも実施されるかどうかもわかりません。ということは第二回目のLTROが行われる前後までは、市場は欧州債務危機に対して一安心とみてユーロを買い戻しするだろうが、それが一巡すればまたユーロ危機は再燃し、ユーロも下落するという時間軸の予想が立てられます。というのも、金融経済システムの崩壊を防ぐという点ではLTROは確かに効果がありますが、これでユーロの債務問題が全て解決したわけではないからです。市場は2月29日以降も、つまり再度欧州債務問題の再燃に向けて気を引き締めなければならない時期でも、しばらく楽観視が続いていました。したがって、今回のようなフランス、ギリシャの選挙結果などを受けると、市場参加者は再度悲観に大きく傾くことになり、通貨ユーロも急激に売られやすくなっていると考えられます。さて、今後のことですが、先述の通り相場は一直線に動くものではありません。”悲観”と”収束”を繰り返しながら長期的にユーロは下落するという以前からのイメージに変化はありません。私自身の経験上、相場取引で最も損失を出しやすいのは自分自身の気持ちに動揺がある時です。相場取引だけでなく、こうした欧州問題を眺める時は出てくるニュースに一喜一憂するのではなく、大局的に一歩引いて眺めるのが得策と思います。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年05月17日オスカー女優ティルダ・スウィントン主演で贈る衝撃作で、昨年度ロンドン映画祭にて見事グランプリを受賞したエモーショナル・サスペンス『少年は残酷な弓を射る』。その過激すぎる内容から世界各国で話題となった原作本が、このたび日本で発売されることが決定した。母親に対して異常なまでの悪意と執着心を抱く息子と、そんな我が子に戸惑いながらも愛情と恐怖との間で葛藤する母親の親子の関係を緊張感たっぷりに描いたミステリー。「何故、そこまで…?」という疑問を抱いた瞬間に、観る者はさらなる恐怖に襲われる。既に劇場公開されている各国では、成長と共に息子・ケヴィンの中で膨れ上がる母親への憎悪、その怖ろしき“報復”のかたちが多大な衝撃をもたらしている。そして、その原作本「We Need To Talk About Kevin」の評価は、まさに賛否両論。400ページにも及ぶ長編小説で、著者ライオネル・シュライバーは本作で英国女性作家文学賞の最高峰であるオレンジ賞に輝き、英米ではベストセラーとなった一方で、「我が子にここまで愛情を感じられない母親なんているわけがない!」と過激な内容に対して激しい反応も…。海外評を耳にした日本の出版社は当初、当然ながら国内での発売に及び腰で出版は難航を極めた。だが、本作のもつ“母になることへの怖れ”や“生まれてくる子を愛せないかもしれないという不安”という、多くの女性が感じていながら決して口に出すことのなかった真実に共感した女性編集者が出版を決意し、今回の発売に至ることとなった。原作ストーリーがもたらす衝撃に加えて、この物語の中心となる母子役として抜擢された2人の演技も強烈!『ナルニア国物語』シリーズや『ミラノ、愛に生きる』などで厳しくも美しい、“甘くない”女性を演じてきたティルダが息子の扱いに葛藤する母親を、“魔性”と表現するに足るその危なげな美しさで話題となっている新星エズラ・ミラーが息子のケヴィンを怪演。ティルダは51歳とは思えない美貌も凛としたオーラも何もかもの一切を、エズラ扮する息子の悪意によってことごとく奪われていく…。原作のもつ過激さを一層加速させるキャスティングにも注目の本作。まずは「心の準備を…」と考える方は、原作をチェックすることをオススメしたい。『少年は残酷な弓を射る』は6月30日(土)よりTOHOシネマズ シャンテにて公開。「少年は残酷な弓を射る」価格:1,700円(上巻・下巻ともに)出版元:イーストプレス発売日:6月15日(金)■関連作品:少年は残酷な弓を射る 2012年6月30日よりTOHOシネマズ シャンテにて公開© UK Film Council / BBC / Independent Film Productions 2010■関連記事:【ハリウッドより愛をこめて】“笑い”でオスカー助演俳優部門を席巻する、注目の2人いよいよ決戦!アカデミー賞候補発表『ヒューゴ』VS『アーティスト』の一騎打ち?
2012年05月15日2012年2月末になりますが、2012年3月期の上場企業の株主への配当が前期比3%増えて、3年ぶりの高水準となる見通し、というニュースが伝わってきました。昨年は東日本大震災やタイ洪水などの自然災害がありました。夏には米国の債務引き上げ問題、後半には欧州債務問題と世界的な経済危機の一歩手前か、というような事態にも見舞われました。そんな中で円は対ドルでの戦後最高値の更新があり、高値水準で止まっていた経緯があります。こうした状況が続いたため、日本の製造業の存続は危機に瀕している、というのが通説です。ですから、2012年春闘の話が伝わって来たときも、連合の給与総額1%の引き上げ要求に対して、経団連は定期昇給凍結までをも示唆していました。つまり、こんなに厳しい経営環境なのだから、給料のベースアップも、定期昇給の実施も到底無理ということです。これだけを取り上げれば、さぞかし企業業績も悪いのだろうと思ってしまいます。しかし、実際には株主に増配できるぐらいですから、円高によっても企業業績は悪化してはいないのです。もう少し増配についての内容を補足しておくと、東証に上場している企業は約3,600社ありますが、そのうちの7割に及ぶ2,415社を対象にした集計によると、減配する企業は13%であるのに対し、増配企業は21%と上回ってます。純利益(法人税などの税金を支払った上での企業の純粋な利益)の見通しが減っている企業1,052社に限ってみても、約8割の企業が配当を変えない、あるいは増額と回答しているそうです。つい先日もエルピーダメモリが会社更生法の適用を申請し、家電大手の赤字計上の話題が新聞紙面を賑わせてはいますが、上場企業全体としてみればしっかりと配当をするつもりのようです。企業が増配できるほど儲かっているのであれば、雇用者の給与を上げ、雇用を確保してくれた方が、日本経済全体にとっては安泰です。非正規労働などではなく、安定した正規雇用を増やして、給与を上げてくれれば、皆安心してお金を使おうという気持ちにもなります。デフレの解消にも大いに役立つでしょう。しかし、企業側は人件費をコストと捉えてその削減強化の姿勢を崩していません。企業の収益を設備投資に回したり、人件費として支払って広く富の分配をしてくれなければ、国内の経済活動が低迷してしまうのは当然です。今のところ、企業が儲かってもその恩恵を受けているのは企業経営者とその株主だけ、ということになります。本当に企業が儲かっていなければ、増配などできませんし、儲かっていないのに増配をするならば株主に気を遣っていることになってしまいます。そこで上場企業の株主はいったい誰なのだろう、という疑問が沸いてくるかと思います。上場企業の株主については東京証券取引所が掲載している「株式分布状況調査」の中の「長期データ」をみると1970年度からの推移がわかります。金融機関、事業法人、といった国内の投資家が保有比率を落とす一方で、外国人投資家の保有比率が特に1997年頃から増え始め、2003年を境にして一段と伸びています。1997年は山一證券、三洋証券、北海道拓殖銀行の経営破たんがあり、金融恐慌の様相を呈していました。2003年は「代行返上」という言葉が毎日のようにメディアに登場していた頃です。企業年金制度の中には厚生年金基金があります。この基金では本来は国が管理しておく年金資産を、各企業が国に代わって管理していたのです。その資産を国に返すことになったのが「代行返上」でした。原則として現金で国に返すことを求められたので厚生年金基金は保有していた株をその時に大量に売ったという背景があります。日経平均は7,600円台まで低下しましたが、そこで日本企業とバトンタッチして日本の株を購入したのが外国人投資家だったということがデータからは読み取れます。2010年の外国人投資家の持ち株比率は26.7%となっています。「外国人ファンドなどアクティビスト(モノ言う株主)の増加を背景に、企業のガバナンス構造が『株主寄り』に変化したことが、人件費の抑制につながっているのではないか」という指摘が日本銀行ワーキングペーパーシリーズ「賃金はなぜ上がらなかったのか?-2002年~07年の景気拡大期における大企業人件費の抑制要因に関する一考察-」でもされています。法人年報における大企業の人件費と配当金の推移をみると2000年頃から2006年度にかけて配当金が急増する一方で、人件費は横ばいであることを取り上げて、こうした株主構成の変化が、経営に対する監視を強め、従業員の取り分である労働分配率の低下をもたらせた可能性が高い、とする内容を含んだレポートです。今後発表となる企業業績がよければ「歴史的円高」は雇用者の賃金抑制の材料に使われている部分が大きいと言えるでしょう。そして、企業経営者側もモノ言う株主に窮しているものと思われます。「失われた20年」と呼ばれる間、日本は世界最大の債権国でした。世界一のお金持ちであるにもかかわらず国民が広くそれを実感してこなかった事実があります。その要因の1つにはこうした株主優先の企業の欧米型経営があげられるのではないでしょうか。会社は誰のものなのか。株主や経営者だけではなく、そこで働く人、下請けの会社、さらには会社が属している社会全体のもの、という側面もあるのではないか。収益を上げていないならしょうがないです。しかし収益が上がっているならば、社会に還元すべきではないか。デフレ解消のためにも、社会全体の底上げをも期待できるような成長企業に今後誕生してもらうためにも、企業はどうあるべきなのかということを国民全体で考える時が来ているのだと思います。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年03月13日2012年2月14日、日本銀行は予想外の追加緩和策を決定しました。政策決定会合の直後に開かれた日銀総裁の会見で、白川総裁の口から「円高抑制」「円高阻止」という言葉が一度も発せられることがない、先にFRBの政策発表があったために日銀が後追いをしていると、半ば批判めいた論調が展開されました。私は日銀の広報担当でも、白川総裁を個人的に存じ上げて擁護しているわけではありませんが、昨今の日銀や白川総裁を悪者にすることで満足するという風潮は、正直なところ行きすぎだと思っています。特に2月6、7日の参議院予算委員会では白川総裁の答弁に対して、激しい非難や野次が飛ばされていました。こうした政治的・感情的な日銀バッシングは意味がないのを通り越して不快にも感じます。「円高・デフレで国民生活が困窮しているにもかかわらず日銀は何もしていない、責任をとって総裁を辞任せよ」とまで言いだす始末です。ここには円高の原因が本当に日銀なのか、という本質に迫る論拠が欠落しています。対話に長けたFRBのバーナンキ議長と、地味で対応の遅い白川総裁というイメージは政治家にとっても既存のメディアにとっても使い勝手がよいのでしょう。しかし、それはあくまでもイメージにすぎません。風評を利用した批判だけでは経済の実態からかけ離れてしまいます。そして、根源的問題を遠ざけるという意味では百害あって一利なしです。FRBよりも日銀が何もしていない、という議論への反論意見の1つとして東短リサーチのチーフエコノミストである加藤出氏の指摘を紹介したいと思います。実は銀行間には日々の資金の過不足の調整をおこなう短期金融市場があるのですが、その資金のやりとりの仲介をしてくれる業者の1つに東京短資という会社があります。東短リサーチはそちらのグループ会社になります。加藤さんの書かれるレポートには定評があり、私のディーリング・ルームでのキャリアがこの短期金融市場での資金のやりとりから始まったのもあって、かねがね読ませていただいた経緯があります。情報ベンダー、ブルーム・バーグはその加藤さんの「ウィークリーリポート」の引用として、昨年12月時点での各国中央銀行のGDP比における資産規模を比べています。実際の総資産の数字はFRBが約3兆ドル(240兆円)、日銀が140兆円ですから、FRBがまさっています。しかし実額だけでは相対的な姿はわかりにくいので、国の経済規模であるGDPと比べて、それぞれの中央銀行がどれぐらいの資産を保有しているのかを比較しているのです。日銀の資産規模がGDP比で30%であるのに対してFRBは19%です。国の経済力(GDP)のスケールから考えれば、日銀はFRB以上の資産規模を有しています。日銀の資産規模がなぜ大きいのか? それは日銀が金融機関から国債を引き取るかわりに市場に大量の資金を供給しているからです。日銀の資産の内訳ですが、最新(2012年2月20日現在)の数値では、日銀の資産は140.2兆円、そのうち国債は83.3兆円です。3年前(2008年12月31日時点)の資産は122.8兆円、うち国債は63.1兆円でした。国債の保有額が増えて資産も大きくなっています。そこで、日米の昨年末時点で保有する国債残高をGDP比で見てみると、日銀は19%、FRBが11%となっているそうです。確かにFRBの総資産はここ数年で3倍以上に膨らんでいますから、拡大するスピードは非常に速いと言えます。それはサブプライム危機以降、FRBが量的緩和を実施して急激に国債を買い入れたからなのですが、それでも国債の保有率もGDP比率でみれば日銀の方が大きいのです。そして今回の追加緩和策によって日銀の資産規模は2012年の年末にはGDP比で24%まで拡大するとの試算もでています。つまり、国の経済規模から考えればFRB以上の割合で日銀は市場に資金を供給してきたということです。従ってFRBよりも日銀が何もしていないのではなく、FRBがようやく日銀に近付いてきたとも言えるでしょう。なぜそれほどまでの大量の量的緩和が実施されても効果が発揮されなかったのか、などの問題はありますが、それはまた別の議論として、少なくとも10数年日本は世界先駆けて最大限の緩和策を実施してきたことは間違いありません。そしてここ数年米ドルに対して円高が進んできたのも日銀のせいではなく、日本と米国の経済的な構造の違いによるものです。第3回目で触れたように、日本の2011年の貿易収支は一時的に赤字に転じましたが、それでも過去30年にわたり黒字を出してきました。所得収支でも毎年巨額の黒字が計上されています。それが世界最大の債権国の立場を維持している理由です。かたや米国は経常赤字国であり、世界最大の債務国なのです。2011年12月に発表された第3四半期の経常赤字は2年ぶりに縮小しましたが、それでも1,102億8,000万ドル(約8.4兆円)でした。これまで発表された第1~3四半期の平均をもとに単純計算すれば2011年の年間では4,700億ドル(35兆円)ほどの経常赤字となります。通常であれば日本で余った資金は米国に流れますが、例えばリーマン・ショックのような経済危機が発生したり、日本で震災が起こると、こうした海外へ投資していた資金は日本に戻ってきます。不安なことがあれば誰でも自分の手元に現金を置きたいと思うのは自然なことだと思いませんか? ですから、海外に投資していた資金を元に戻そう、あるいは新しい海外投資は手控えよう、という動きとなります。さらに万年貿易黒字であれば輸出によって稼いだ米ドルを、そして投資収支が黒字であれば海外で受け取った配当など日本国内へと戻そうとする動きが常にあります。外向きにお金が出て行かない以上は、海外から国内へという力に押されてしまうのです。ですから、海外の金融不安が落ち着き、日本の景気が立ち上がってくれば、また海外に投資でもしようか、と言う気持ちになりますので自然な円安となるはずです。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年02月29日最近のメディアで話題になったことの一つに、三菱東京UFJ銀行が作ったという、日本国債の暴落に備えた「危機管理計画」があります。国内外の金融機関に在籍していた者として、まずこの話題を目にした際の最初のリアクションは「え?」という感じです。どこの銀行とて、誰に言われなくても危機管理計画などは当然しているものです。国債にしても為替にしても、こうした相場モノに手を出した瞬間から危機管理はされており、危機管理がされてなければ手が出せるわけがない、と言ってもいいでしょう。市場取引をする大前提として、相場に参入するということは、価格がいくら動けばいくら儲かる、いくら損をするというのを考えた上でのことですから、期待する収益に伴うリスクを考えずに、つまり危機管理なしで取引するなど、まずありえません―。これはディーラー目線での話。特に海外の金融機関では顕著ですが、いくらまでポジション(持ち高)を持ってよいのか。そして儲かる分にはよいにしても、1日単位ではいくら損をしてよいのか、1週間ではいくら、1か月ではいくらまで、とディーラー1人1人に細かく損失の許容額までもが規定されています。オーバーをしないように細心の注意を払って取引をしていますし、仮に規定以上の損失が出れば、その時点で取引は終了となります。危機管理もせず無防備に市場取引に参加させることなど、金融機関ではありえません―。これはディーリング・ルームの管理者目線。さらに銀行全体としても、銀行は預金を預かり(「Liability」ライアビリティー)それを何らかに貸し出しをして(「Asset」アセット)収益を上げますから、資産負債管理(「Asset Liability Management」の頭文字をとって「ALM」と呼びます)が基本です。自分たちが貸し出している資金(国債を銀行が買うということは替わりに資金を国に貸し出すことになります)については、いったいどれぐらいのリスクが存在するのか、金利が1%上昇したら、5%上昇したら、10%上昇したらどうなるかと常に検証をしています。その正式なレポートが1週間なのか、1月なのか、その呼称も銀行ごとに違うかもしれませんが、私自身も米系金融機関に在籍していた際に、『contingency(偶発、不測の事態) plan』という報告書を作成していました。金利の変動によって支店全体の帳簿残高がどう変化するかを示したレポートです。2001年の同時多発テロ以降、特に厳しく報告が義務化されたように記憶しています。というわけで、『危機管理計画』を銀行が今になって作ったということはまずありえないと思います。最大約42兆円もの国債を保有する三菱東京UFJ銀行が、金利が上昇した際のリスクを想定するのは当たり前で、以前からあるはずの『危機管理計画』についてなぜ今さら話題に取り上げているのか? と疑問が生じるのです。また、安住財務相が昨年10月31日からの為替介入について「(1ドル=)75円63銭で介入を指示し78円20銭でやめた」と口を滑らせた、あるいは手の内を見せるなどもってのほか、という各種メディアの論調についてですが、個人的には為替介入が国民の資産を使っている以上は、ある程度の期間が経過した時点で為替介入の詳細については公表されるべきだと思っています。使途を明確にすることが、無駄遣いを防ぐ最良の手段であるからです。そして、介入のあった数日間のドル円相場の値動きを見ていれば、75円60銭近辺で介入を指示して78円20銭でやめたことなどわかるはず。ですから、目くじらをたてて騒ぐことでもなく、同じ騒ぐのであれば介入したレートではなく、むしろ介入自体についてではないですか? と聞きたくなるのです。財務省は2月10日に国債や借入金、政府短期証券の残高の合計が2011年12月末で958兆6,385億円となり、過去最大を更新したと発表しました。『危機管理計画』の報道が政府債務の金額の発表と前後していたことから、これまで国債の最大の買い手である銀行でさえも国債の急落に備えているのだから、消費税を上げて財政を健全化しないと大変な事になる、というメッセージが含まれていると”裏読み”できますが、この政府短期証券には今回の為替介入10兆円分が入っている計算です。これまでの累積介入額で考えれば100兆円にも上ります。政府の借金が増大して困るというならば、過去40年間ひたすら円高になってきた経緯を考えても、為替レートが円安に振れるわけでもなく、借金が増えるだけで効果が期待できない為替介入などしない方がよいわけです。もちろん、相場は上がったり、下がったりするものですから、今回の介入によって得たドルが円安となった段階で含み益をもたらす可能性は大いにあります。しかし、1998年を最後に米ドルの売り介入は実施されていません。持ったままで値段が上がっても売るつもりがないのであれば、借金だけが日本国民の手元に残ってしまいます。公共のサービスをタダで受けようなど思うのは間違っています。ただ、必要となる負担は当然義務として担うつもりだが、一方で無駄遣いをしておきながら足りない分は消費税で賄おうとするのが納得できない、という国民の皮膚感覚は正しいと言えるでしょう。国債にしても為替介入にしても、いずれにしても問題にするポイントが少々ずれているために、「何だかよくわからないけど、額面通りにはどうも受け取りにくい」という皆さんの声はもっともだと思います。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年02月16日