もうだめだ。何も思い浮かばない。思い浮かばないどころか、何をしようとしていたかも思い出せない。思い出せないどころか、そもそも生まれてこの方、一度も「思う」という経験さえなかったかもしれない。辛うじて搾り出した僅かなものを捏ね回し格闘する。
何かを書こうと(描こうと)していると、あるいは単純に生きようともがいていると、そんな恐ろしい疑惑と眠気のような脱力感が押し寄せてくることが時々ある。もがけばもがくほど、唸れば唸るほど、今手の中に持っているたったひとつのものが確からしいかどうか、正解かどうかだけが気になり、世界が小さく狭く収束されていく。
この現象を救うためには、視覚は少しばかり効果がありすぎる。
迷っているときに本を読んだり美術館へ行くと、何もかも捨てて縋(すが)りたくなる。聴覚はもっと楽観的だが、音楽に言葉が乗っているのを聴いたが最後、ついつい踊り出し、悩みごと投げ出すことが容易に想像できる。触覚も味覚もいけない。柔らかいぬいぐるみを撫でたり、夜中にビスケットなんて齧ったら絶対に眠くなってしまう。
だから私は嗅覚に縋る。
服を捲りあげ、腹に薄青い液体を振りかける。キン、と氷が削れる音が聞こえそうな鋭角のボトルは、握り込むとひんやりと冷たい。