何をやっているのだ、私は。道理で鞄が重いと思った。
簡単に言うと、そのときの私は将来のことを考えて途方に暮れていた。人間とは途方に暮れるとなぜかスタンダードを欲するものである。
私はスタンダードを決めて考えるのをやめれば楽になるだろうと思っていた。正しい自分というものを過不足なく決定づけてくれる、迷わずに済むガイドラインを見つけて安心したがっていた。スタンダードな服、スタンダードな化粧品、スタンダードな香水、スタンダードな本や音楽。自分の代名詞となるたったひとつのもので身を固め、それ以外に目を向けないことで、何とか世界の輪郭をひとところに押しとどめようとしていたのだった。
縋るならできるだけ象徴的で、権威的で、時代を背負ってそうなやつがいい。意味の込められたものの方が代弁してくれそうだから。そんな多分に軽薄な動機から辿り着いたのがこの青い小さな箱だった。
80年代ファッションの寵児、ダンサー出身で写真家でもあったティエリー・ミュグレー。世界で初めて菓子の甘さを香りに取り入れたグルマン・ノートの先駆け。ありとあらゆる歴史を背負っていそうではないか。菊地成孔さんのエッセイにも「エンジェルしかつけない」