だって、悩まないためにたったひとつのものに縋ろうとしていたというのに、その「ひとつ」の中に全く相容れないふたつの要素が同居しているのだ。
私はキリスト教徒ではないが、とても小さな穴を覗こうとして躍起になっているかわいらしい人間の肩を叩き、ふと振り返らせ、穴の外の世界に気づかせてくれる存在はそんな姿をしているかもしれない。しわがれた、あるいはソリッドな胸板から、微かに饐(す)えた肌の気配が立つ。使い込まれて熟れた皮膚の匂い。埃っぽい布に染みこんだ懐かしい甘味の匂い。
「エンジェル」は女性向けに分類される香水だが、天使に性別はない。女でも男でもない顔は金属でできているように冷たく、優しく、私を抱きとめたまま空に飛び上がる。突然重力に任せて急降下する。
地面に激突するすれすれのところでぐっと身体を持ち上げてまた浮上する。どんどん昇っていく。疾走する。眼下に光の粒になった大阪の街が広がる。無数の灯りが地平の果てで夜の空と繋がる。星。星。星。
地上で自分のアウトラインを探し求めていた私の体の半分は、「エンジェル」によって真ん中の辺りで引き裂かれ、空高く浮き上がっていった。真っ二つに裂けた隙間から、架空の近未来、架空の天使、架空のお菓子、架空の思い出、あらゆるものが入り込んでくる様子をうれしく想像する。