2019年11月22日 11:00
99歳、最高齢の美容部員 車いす生活になっても「生涯現役で」
私も三笠宮百合子妃のシャンプーをしたことがあるんですよ」
一方で、戦争は激化し、戦火が東京にも届くように。キクヱさんは初めて空襲があったのを機に、広島へと避難した。
「そこで、主人と出会ったんです。空襲警報が鳴る中、防空壕でのお見合いで。見つからないよう、電灯に風呂敷をかぶせてあったので、最初は暗くて顔がよく見えなかったのよ(笑)」
しかし、1週間後の8月6日、広島に原爆が投下ーー。キクヱさんは、爆心地から約1.3キロの場所で被爆したが、幸運にも軽傷だったという。キクヱさんは1週間ほど歩いて島根の叔父のもとへ。
「しばらく叔父の農業を手伝っていたんです。
すると、見合い相手だった主人が私を見つけ出してくれて、それで26歳のときに結婚して、呉で暮らし始めたんです」
4人の男の子に恵まれたキクヱさん。夫の建設会社の社宅の寮母をしながら、子育てに励む日々が続いた。そんなとき、ポーラと出合い、40歳のときにポーラの販売員になった。多忙な中でも、仕事を続けられた情熱の源を、「皆さんがキレイになっていくのがすごくうれしいから」と話すキクヱさん。営業にもマイルールがあるという。
「化粧品は、必ずまず自分が使って『いい』と思ったものだけを紹介するんです。