連載小説「眠らない女神たち」 第一話 『チョコレートの魔法』(前編)
私は反論しなかった。事前に依頼されたデータは全て提出したし、見やすいように加工までした。どうやら彼女はその先の踏み込んだデータが欲しかったらしい。
秘書でもない私が、美月の仕事内容や状況まで把握するのは無理だし、無意味だ。私には私の担当があり、その範囲内であれば手伝いもしよう。あくまで手伝いだ。私に全うすべき仕事がある限り、それをおろそかにすることは出来ない。誰だってそうだろう。
私はティーバッグを捨てて、ゴクリと紅茶を飲み込んだ。いつもより苦々しく感じるのは、今も美月が八つ当たりの嵐をまき散らしているからに違いない。
あーあ、あの女の子、太田さん、だっけ?まだ派遣されて1週間経ってないのに。どうしてまだ出来ないのって、そりゃ教わってないからだろ。
美月の機関銃というよりは散弾銃のような言葉に耐えている太田さん(仮)が気の毒で仕方ない。あんまり追い詰めると明日から来なくなるぞ。うちらより10才も若いんだから。
私は引き出しをあけて、お徳用の袋に入った小分けのチョコレートを1つ取り出した。
ミルクチョコレートだった。猫のイラストが描かれた付箋にメッセージを書いて、チョコに貼り付け、少し離れた太田さん(仮)