[第2回]人生の転機。ずっと「クラスで浮いてるヤツ」だった僕も理系の大学では「普通」だった。
数字とゲームにとにかくハマった小学生時代
編集部:前回は小学生のころのお話をお聞きしました。「ゲームよりもゲームの仕組みを知るのが好きだった」と。
上杉:そうですね。
親にはすごく自由に育ててもらいました。ゲーム禁止や時間制限もありませんでした。
習い事も特に無く…あ、水泳はやっていましたけど、週1回くらいですね。
ほんとに制限なく、自由に(笑)
編集部:ゲームの他に興味のあった事は?
上杉:ミニ四駆も好きでしたが、でもやっぱりゲームですね(笑)
ゲームに関する数字をひたすら覚えていました。
例えば、ポケモン1つ1つの能力値を全部覚えて、どうすれば強くなるのかを計算したりミニ四駆もレースより、ミニ四駆を題材にしたゲームにハマりました。「ミニ四駆GB Let’s&Go」というゲームをとにかくやり込んだのですが、能力値の計算がけっこう複雑で、知的興奮を覚えたのが懐かしいです。
編集部:数字を使って考えるのが得意だったんですね。
上杉:はい、そうですね。
夏休みの自由研究でサイコロをつかったRPGを作ったときは、学校に持って行ってみんなが「これどうやるの?」「すごいな!」と言ってくれるのが嬉しかったです。
その後、アメリカに引っ越すことが決まった時も、「向こうに行ったら英訳しよう!」ぐらいに気に入っていたんですよ。
まぁ、行ってみたらそんな余裕はありませんでしたけどね(笑)
編集部:(笑)
「普通」の基準なんて変わる。人生の転機になった大学時代
上杉:アメリカに渡ってから自分を大きく変えてくれたのは、やっぱり大学ですかね。
僕は中学校から高校までアメリカにいっても変わらず少数派だったのに、大学に入ったら一気に変わりました。
それまでは真面目に勉強するとクラスから浮くし、友達とも上手に関われない。
どの科目も得意な優等生だったら良かったんだろうけど、僕は科目別の学力の凸凹が激しかったから、馬鹿にされることも多かった。
でも理系の大学に入ったら、僕は「普通」でした。
勉強するのは普通、もっと凸凹が激しい人も普通にいる、一生懸命勉強するのは別にダサくない。
それまで「僕の人生ってダメだなぁ」と思ってましたが、「環境でこんなに違うものか」と驚きましたね。
編集部: 環境によって「普通」の基準なんて変わるんですよね。