「漢字」は「ひらがな」より分かりやすい!?子どもたちを長年指導した中で見えてきた「文字」と「イメージ」とのつながり
本が読めるってどういうこと?
文字が読めることと、本を読めることは似ているようで少し違うと思います。
幼い子どもにひらがなを教え、絵本を拾い読みするようになっても、本当の意味では実は「本を読める」ようにはなったとは言えないのではないか、と思います。
例えば、次の英語の歌を歌うにはどうしたらよいでしょうか。
To the place, I belong
West Virginia, mountain mama
Take me home, country roads
(「カントリー・ロード」より)
これを子どもに読ませようとアルファベット26文字を教えても、この文章を読むことはできないでしょう。英語で書かれた本を読むとき、アルファベット一文字一文字を知っていても、「home」「road」など言葉として単語が頭に入っていなければ声に出すことさえできないからです。
では、日本語の場合はどうでしょう。
む・か・し・む・か・し・あ・る・と・こ・ろ・に・お・じ・い・さ・ん・と・お・ばあ・さ・ん・が・す・ん・で・い・ま・し・た。あ・る・ひ・お・じ・い・さ・ん・が・や・ま・で・し・ば・か・り・を・し・て・い・る・と・・・・・・・・・・・・・・
ひらがな46文字を覚えていればこの文章を「読む」ことはできるでしょう。
でも、“音を拾って声に出しているだけ”かもしれません。
たどたどしく音読はできても、意味内容までは分からず、「ママ読んで」となることもあります。この状態を“拾い読み”といいます。読めてはいるけれど、文章の内容理解にまで至っていない状態です。
算数の文章題が苦手な小学生の中には、文章を読むことが苦手なために、内容をきちんと理解できておらず式を立てられない子どももいます。先生に声を出して読んでもらったら立式できても、自分だけで読もうとすると何を問われているのか分からなくなってしまうのです。
ひらがなは、文字と音とが一文字1音、1対1で対応しているため、どんなに難しい内容のものでも、ひらがなで書かれてさえいれば、とりあえず音を拾って声に出すことはできできます。ですが、内容を理解して文章を読めているかというと、そうではないこともあるからです。
言葉として教えよう
では、どうすれば書かれている内容をきちんと理解できるようになるのでしょうか。
私は幼児教室で子どもたちに教えていたことがあります。
そのときには、次のようにひらがなを教えていました。
“あ・い・う・え・お・か... ... ”とバラバラに教えるのではなく「あひる」「あめ」といった言葉として教えるのです。それによって、文章を見たとき、「あ・ひ・る」と一文字一文字バラバラで目に飛び込んではこないので、「あひる」と読むことができます。
つまり、英語の「orange」「apple」のように、ひらがなも「みかん」「りんご」と言葉で教えていけばいいのです。
でも、ひらがなって形が似ていて読み分けしにくいですよね。「おじいさん」「おばあさん」「おにいさん」「おねえさん」どれもこれも形が似ていて判別が難しいです。
また、ひらがなでは意味がはっきり分からないことがあります。例えば、桃太郎の昔話にでてくる「おじいさんは、やまへしばかりにいきました」という文章。”しば“というと”芝生(しばふ)“をイメージしてしまう子どももいるかもしれませんが、正しくは”柴刈り“の”柴“です。また、”あめ“と言われても”飴“なのか”雨“なのかパッと意味が分からないこともあります。
漢字って実は分かりやすい!?
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さて、次の4種類の文字、どれが子どもにとってやさしくてどれが難しいでしょうか。
「あ」・「中」・「虫」・「蟻」
2歳の文字をまだ読めない子どもたちを集めて試したことがあります。すると、一人の例外もなく、「蟻」の漢字を先に覚えました。
「ひらがな」は表音文字、つまり一字一字音を表すだけで意味そのものを表していない単なる記号。
「あ」と見せられても色もなければ形もない、何か具体的に頭に浮かぶものではありません。だから、覚えにくいのです。
これに対して漢字は表意文字、意味のある文字です。「蟻」と見ると、子どもは頭の中に実物のあの黒くて小さい「蟻」を想像し簡単に覚えてしまいます。
同じ漢字でも「中」はどうでしょう。画数は少ないので小学1年生で習いますが「コップの中」「部屋の中」とつかみどころがありません。小学校1年生で習う「上」「下」「左」「右」などの抽象的な概念を表す漢字は実は覚えにくいのです。「虫」は「中」よりはイメージが湧きますが、「虫」という名前の虫は存在しません。
「蝉」とか「蜘蛛」とか「蝶」とそれぞれ名前がついています。だから「虫」の文字を見ても「蟻」のようにパッとイメージしづらいのです。
というわけで、イメージがしやすい「蟻」の漢字のほうが覚えやすかったというわけなのです。
書くことと読むこと
書くことと読むことをごっちゃにしてしまうと「漢字は難しい」となってしまうかもしれません。たしかに漢字は書くのは難しいかもしれませんが、読むという面から見ると複雑な方が特徴があって分かりやすかったりします。
具体的な意味もあり、それぞれの特徴がある漢字は印象深く残ります。
私たち大人でも“薔薇、鬱、麻雀、挨拶、葡萄、推薦図書”などは、すぐには書けない人も多いと思いますませんが、読むことはできるのではないでしょうか。
実際に、私が接した子どもたちは「蜜柑」「林檎」「怪獣」「救急車」「餃子」「苺」「兎」「象」「豚」「宇宙人」などの具体的な概念を表す漢字は数回見せただけで覚えてしまうことが多くありました。
多くの幼稚園、保育園では、子どもの名前をひらがなで下駄箱に書いていたり、それぞれの子どものマークを決めてげた箱などに貼っている園もあります。
でも、マークではなく漢字にしてみると、おそらく多くの子どもたちは自分や友達の名前の漢字を覚えてしまうのではないでしょうか。
障害がある子どもへの指導で見えたこと
私は長年、障害のある子どもたちの指導にも携わっていました。
6歳から24歳まで指導をした知的障害がある子どもは、「蜜柑」「葡萄」「卵」「餃子」「牛乳」「焼肉」「象」「猫」「冷蔵庫」「風呂」の漢字は驚くほどよく覚えました。中華料理が好きだったのですが「冷やし中華」「餃子」「麻婆豆腐」「焼売」の漢字もあっという間に覚えてしましました。
けれども、ひらがなで書かれた自分の名前はなかなか覚えることができませんでした。
障害がある子どもに指導すると何がやさしくて、何が難しいのかを教えられる場面が多くあります。具体的で想像しやすい単語であれば、一見読むのが難しそうな漢字で書かれていても理解しやすいのですね。
執筆/立石美津子
(監修鈴木先生より)
自閉スペクトラム症のあるお子さんは漢字を「図形」ととらえています。
ですから書き順にこだわらず、下から上に書いてしまうことも珍しくありません。
私たちがハングル文字やアラビア文字を図形のように見てしまうことと似ているかもしれません。
一方、SLD(特異的学習症)のお子さんは、黒板に書いてある「ゆきだるま」の字を「ゆ・き・だ・る・ま」と一字一字見ながら書くので雪だるまそのもののイメージがつかめません。
漢字で「雪達磨」と書いた方がイメージはわくかもしれません。
平仮名だけだとどこで区切っていいかも分からないので「ゆき/だるま」のように教科書に斜線で区切ってあげると読みやすくなります。
また、自閉スペクトラム症のある方は空気や行間を読むのが苦手です。冗談も通じにくいところもあり、文字通りに解釈してしまう傾向があります。よって、本を読んでも字面だけを追っていて深い内容の理解が乏しいことが多々あるのです。想像力の欠如も相まって「あめ」を自分の印象で勘違いすることもあります。漢字で「雨」や「飴」と書いた方がイメージはわきやすく誤解を招かずに済んでいるものと考えています。