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昆虫サイボーグ研究 第2幕! 自動飛行制御、燃料電池の研究へ

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昆虫サイボーグ研究 第2幕! 自動飛行制御、燃料電池の研究へ
●昆虫サイボーグ 佐藤裕崇博士をご存知だろうか
以前に取り上げた"昆虫サイボーグ"の第一人者、佐藤裕崇 博士の研究が第2フェーズに入っている。

前回のレポート時点ですでに、電気信号による飛行の開始・停止・左右の旋回について実現していたが、現在は、「飛行ルートの自動制御」や「肢(あし)の制御」「昆虫体液を利用した発電システムの開発」に取り組んでいる。

「私が研究者のうちにすべて達成して実用に至るのは難しいかもしれないが…」と謙遜する佐藤氏だが、基礎研究に専念していた段階から、実用に向けた周辺技術の研究へと早くも対象範囲を広げている状況だ。彼は、自身の描く、災害現場で活躍する昆虫サイボーグ、レスキュー支援ツールとしての昆虫サイボーグ、に向けて急速に歩を進めている。

では、佐藤氏は具体的にどういった研究に取り組んでいるのか、本稿では氏の話を元に簡単にご紹介する。

○わずか9ヶ月で昆虫制御に成功

まずは、佐藤氏のこれまでの研究についておさらいしておこう。

佐藤氏が、"昆虫サイボーグ"の研究を開始したのは2007年1月のこと。それまで早稲田大学 理工学部で応用化学を専攻していた彼だが、DARPA(Defense Advanced Research Projects Agency : 米国防高等研究計画局)の「HI MEMS (Hybrid Insect Micro Electro Mechanical Systems)」プロジェクトに参加したミシガン大学電子工学科(当時 / 2008年よりカリフォルニア大学バークレー校電子工学科に移動) Michel M. Maharbiz教授の研究室に移籍。
昆虫を活用したMAV(Micro Air Vehicle)の開発に取り組むことになった。

生物学の経験が一切ない佐藤氏だったが、昆虫飼育を趣味とする風習のない米国人に比べると昆虫の扱いに長けており、加入当初から研究をリードする立場に。昆虫の習性や体の仕組みを勉強しつつ、対象の昆虫の種や電極の埋め込み箇所などについて検討しながらノウハウを積み重ね、研究開始からわずか9カ月後の2007年10月には以下の動画のように昆虫を制御できるようになった。

左右の旋回は翅の筋肉を刺激して実現している。また、昆虫が明るいものに向かって飛んでいくという習性に着目し、眼の神経を刺激して飛行開始・停止を可能とした。

なお、佐藤氏は、カリフォルニア大学バークレー校から、2011年にシンガポールのNanyang Technological Universityの機械航空工学科に移籍。Assistant Professorという立場で、博士6人、修士1人、学部生9人を抱える独立した研究室を運営している。

○3Dモーションキャプチャを活用して信号強度を自動調整

本稿の冒頭でも紹介したとおり、現在、佐藤氏が特に力を入れて取り組んでいる研究は大きく分けて、「飛行ルートの自動制御」「肢の制御」「昆虫体液を利用した発電システムの開発」の3つである。


これらのうち飛行ルートの自動制御とは、飛行ルートからのずれをセンサーが検知し、電気刺激となる入力信号を変化させて、ずれを自動で修正するというもの。これまでは、昆虫の位置を目視で確認しながら人間の感覚で入力信号を調整するという方法で電気刺激の効果をテストしていたが、これを飛行位置の変化量を測定しながら自動でコントロールするイメージである。専門用語で言うと、「オープンループコントロールからフィードバックコントロールに移行し、飛行の精度を向上させる」(佐藤)という内容だ。

「MAVは重量が小さいので、外部から受ける影響がとても大きいです。我々には心地よいそよ風でも、MAVにとっては大嵐で、大きく航路がずれることはもちろん、程度によっては姿勢が安定せずに墜落してしまいます。昆虫を使えば、昆虫自身が持つ制御機能により安定した姿勢で飛行を行うことができます。けれども、航路のずれは生じるため、ずれを検知して適切に昆虫を刺激してずれを補正する必要があります。レスキュー支援において、使用者がサイボーグ昆虫の行方をずっと見守るわけには行きません。
自動でずれを補正して安定した航路を取り目的地に到着させる、そのための制御システムとしてフィードバックコントロールは不可欠です」(佐藤氏)

フィードバックコントロールには、ハリウッド映画などで使われる3Dモーションキャプチャシステム(俳優の動きを記録するシステム)を活用している。この計測システムで飛行位置をリアルタイムで記録し、航路のずれと入力信号の値を比較しながら、信号強度を調整して、安定した航路を取る検討をしているという。「フィードバックコントロールはロボット工学では珍しくない技術ですが、通常のロボットに比べてサイボーグ昆虫では、昆虫自身が発する動きがエラーに加味されることが興味深い点です。また、信号が弱いと筋肉は全く反応しませんが、かと言って極端に強い信号を与えれば筋肉を傷めてしまいます。通常のロボットに比べて信号強度の適用範囲が狭く、ちょうど良い塩梅の信号をみつける必要がありますね」(佐藤氏)

MAVとしては、1年前にハーバード大学が指に乗るくらい小さな飛行ロボットを開発し、ホバリングに成功しているが、とても非力で小さな電池さえも搭載できない。そのため、信号入力のためのケーブルが必要で、無線飛行は実現していない。また横風などの外乱の影響が大きく、実用化には先が長そうである。「電池を載せても横風を受けても安定して飛行できる昆虫の能力と我々の無線システム、これらにフィードバックコントロールを加えて、長時間、長距離に渡って安定して制御可能な飛行体を実現します」と佐藤氏は語る。


●飛行と歩行の制御が実用化の鍵
○ワイヤー72本を減らす工夫を模索

肢の制御に関しては、「飛行に次いで大事な研究」と佐藤氏は強調する。

「サイボーグ昆虫の目的はレスキュー支援です。例えば災害地、瓦礫の下の捜索において、人間や救助犬では入り込めない狭い場所でも、体の小さい昆虫なら内部に入り込み、瓦礫の奥の様子を探ることができます。生存者は周囲とくらべて温度が高いので、昆虫に赤外線センサーを搭載すれば、生存者の場所や人数に関する情報を得て、無線で外の捜索部隊に届けることができます。また、昆虫にマイクを搭載すれば、生存者と捜索部隊の無線通信も可能となります。この目的を考えれば、移動手段として飛行だけでなく歩行が有力です。捜索地付近までは飛行で移動して、極端に狭い場所の内部へは歩行で侵入する、この二つの制御が可能になれば、レスキュー支援ツールとしての実用化に近づけます。ちなみに、カブトムシを使っている理由もここにあります。
蛾やバッタ、ハエ、他の昆虫では翅は常に剥き出しですが、カブトムシは翅を折り畳み硬い皮膚の下に収納します。歩行での捜索中に翅を傷つける心配がありません」(佐藤氏)

一昨年から今年にかけては、肢の制御に多くの時間を割いている。その結果、肢の開け/閉じのみならず、肢を伸ばす角度まで制御できるようになっている。しかし、現在の実験はまだ肢一本に留まっており、歩行が可能になるまでにはまだまだ課題が多いという。

「1カ所の筋肉を動かすのにプラス(作用極)/マイナス(対極)1対の電極が必要で、1つの肢の制御には6つの筋肉を刺激する必要があり、計6対つまり12本の金属の細線を1つの肢に埋め込みます。昆虫が持つ6つの肢をすべて制御する場合、合計72本の金属細線を埋め込むことになりますね。研究室での実験だけを考えれば、72本というのは非現実的な数ではなく、できないことではありません。けれども災害地などでの実地利用では、細線が障害物に絡まることを避けるために細線を昆虫の体内や体の表面に収納する工夫が必要で、72本の細線をすべて収納することは難しそうです。
また、マイコンの出力端子の数が限られていますし、歩行のためのプログラムを組む上で、出力の数が多いことは厄介です。歩行を実現するには、電極の数を減らすことが求められます」(佐藤氏)

解決策として、例えば、マイナスの電極を共通に1本化することが考えられる。その場合共通となる1本の電極をどこに埋め込むかを適切に選ぶ必要がある。また、6本全ての肢を制御せず、4本あるいは2本の制御で歩行することは可能かどうか、といった案が検討されているという。

「過酷な自然環境で暮らしていれば肢を失うことはありますが、昆虫はとてもタフな歩行機構を持っており、数本の肢を失っても歩くことができます。1本の肢の制御を可能にした現在では、次の段階として、2本肢での歩行制御を試みています」(佐藤氏)

実は佐藤氏、次の動画のようにすでに2本肢の同時制御をテストしており、歩行の実演まではあと一歩のところまで来ている。

●そして、バイオ燃料電池の開発へ
○無線通信の電力確保に向け、バイオ燃料電池の開発へ

3つ目の体液を利用したバイオ燃料電池の開発は、長時間の制御を実現するうえで不可欠な研究である。

「昆虫の制御は、電極となる金属の細線、マイコンそしてPCが必要です。
まず昆虫の筋肉に金属細線の末端を埋め込みます。もう片側の末端をマイコンの出力端子へ接続し、マイコンを昆虫に背負わせます。使用者はPCからマイコンに無線でコマンド送り金属細線を通じて筋肉へ電気信号を送ります。ただ、携帯電話を思い浮かべればわかるとおり、無線通信には大きな電力が必要です。昆虫に大きな電池を背負わすことはできませんし、どんな大きさの電池を使うにしても電力量に限りがあります。研究室なら使用者が電池を充電すればいいですが、災害地の屋外利用で同じことを行うことはできません。何かしらの発電機能をサイボーグ昆虫に付加して、電池を充電するシステムが必要です」(佐藤氏)

現在の実験では、連続してコマンドを行える通信モード(携帯電話の通話状態に相当)で約30分、スリープモード(携帯電話の待機・無通話状態に相当)にした場合でも1晩程度で電池を使い果たしてしまう。実験を効率的に行うため、佐藤氏の研究室では、任天堂Wiiのリモコンをサイボーグ昆虫の制御に用いることにした。Wiiのリモコンには持ち手の動作を検知するセンサーが備わっており、これをうまく利用している。飛行実験中は実験者がリモコンを手にしており、この状態をWiiリモコンが検知して自動的に通信モードが起動する。

一方で、実験者が飛行実験を中断してリモコンを置くと、その状態が検知され、自動的にマイコンがスリープモードに切り替わるというものだ。このように電力量を節約して効率的に実験が行える工夫をしているが、災害地での捜索活動などを考えると、連続して利用できる時間を延ばさなければならない。「理想は、現在実験に"協力"してもらっている昆虫ウガンデンシスの寿命と同じ3ヶ月程度まで電力を維持できること」(佐藤氏)と言い、そのために昆虫の生体反応を利用した発電機構を検討している。

「昆虫の体液を利用したバイオ燃料電池に関しては、いくつかの大学で研究が進んでいます。一般に、燃料電池には二つの電極が必要で、バイオ燃料電池では、一つの電極には酵素を固定し、昆虫の体内にある糖分のトレハロースやグルコースを酵素の力で分解して電子を得ます。その電子がもう片側の電極で酸素を還元します。酵素の固定や活性を維持するための工夫や、酸素還元用のナノ粒子触媒の開発が必要です。化学を専攻していた学生当時の知識や経験が活きています」(佐藤氏)

燃料電池用の触媒開発の研究に取り掛かった佐藤氏は、自身の所属学科が現在は機械航空工学科であることから、化学を専攻していない学生でも簡単にナノ粒子の合成を行える方法を考えていた。そして着想したのが、電極を水溶液に漬かすだけ、という非常にシンプルな方法であった。

「白金や他の金属の合金をベースにしたナノ粒子が日々開発されており、組成や構造を変化させた多種多様な触媒が提案されています。とても高い活性の触媒が開発されていますが、合成に当たって、高温・高真空が必要であったり、合成のステップが多く複雑、もしくは合成に時間がかるなどの問題があり、多くは実用化が難しいです。私の研究室でもナノ粒子触媒を手掛けたい。けれども、大学院生ならともなく、機械航空工学科の大学生が複雑な化学合成を扱うのはハードルが高い。何かシンプルに合成する方法を見つけて、化学初心者でも楽しめる実験にしようと考えていました。方法がシンプルであれば工業的に実用化し易いですしね。考えの末に着想したのが『Stepwise Electroless Deposition』です。大層なものに聞こえますが、何のことはない、電極を10秒程度、二つの溶液(還元剤・金属イオン)に交互に浸けるという作業を数回繰り返すだけ。高温も真空も必要ありません。5分~10分で終ります。合成法は至極シンプルですが、溶液の種類や濃度を変えるだけで劇的にナノ粒子の形や触媒活性が変わるのでとても面白いです。あまりにシンプルな方法なので、合成用の簡単なロボットも作ってみました。機械専攻の学生なら比較的簡単に設計して製作できるだろうということでやってみました。このロボットのおかげで人為的エラーの少ない実験ができます」(佐藤氏)

このように佐藤氏は、化学実験を行うに当たってデメリットであった機械学科の所属という状況を悲観せず、そのことを動機として、工業的な実用化にも通じるシンプルな合成法を着想するなど、ポジティブな思考の持ち主といえる。一方で、機械学科であるメリットを巧みに利用して、合成ロボットを手掛け、化学実験の効率化と高精度化を図っており、その発想力と行動力は目を見張るばかりである。

合成したナノ粒子触媒は燃料電池として優れた性能を示している。実際に昆虫で試すのはこれからの段階だが、触媒活性の値を見る限り、十分に期待できる結果だという。

以上、簡単ではあるが、佐藤氏の現在の研究内容を紹介した。当初は夢物語かSFに聞こえた昆虫の制御を、かなりのスピードで進めている。

実用化を進めるうえでは、深い洞察に加えて、多くのジャンルをまたがった広い知識が必要になるが、化学の分野で研究を重ねた後に生物学、電子工学、機械工学へと進んだ佐藤氏はこうした条件を満たした人物と言えるだろう。クリアしなければならない障害がまだまだあるが、今後が楽しみな研究である。

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