「お金」に興味を持つという事 - セゾン投信・中野社長の半生記 (3) ”バブルの毒”がまわり、「運用で利益を稼ぐことがいちばん賢い」と信じる
1980年代後半のバブル経済華やかなりしこの頃、入社半年後にはブラックマンデーの強烈な暴落を目の当たりにしたものの、その後すぐに相場は回復し、日本株市場には国内の余剰マネーが入り続け、買いが買いを呼んで価格を右肩上がりに押し上げる流れが当たり前のようになっていました。
私がいた会社も当然日本株に最も大きな運用資金を投入していました。
当時の担当者は毎日朝から晩まで息つく間もない証券会社との電話のやりとりで、大手から地場まで30社以上の証券会社に間断なく発注を積み上げていましたが、証券投資理論をかじり始めていた私にとって、それは大変異様な光景だったのです。
なぜなら株式担当者の銘柄選択に関して、選定プロセスの記録が一切されないのです。
そんなことする暇もなく買い買い買いの大忙しだったのかもしれませんが、そこには企業価値の算定も将来利益の評価もなく、チャート分析さえおざなりで、1銘柄への集中投資で1回に数十億円が買い付けられる。
すると数日後「どどーん」と一気に売却。
ちゃんと売却益が出ているのです。
これがその頃悪名高き「営業特金」と呼ばれたやつで、証券会社が大量の株式を右から左へぐるぐる廻して価格を吊り上げて利益を作っていたのです。