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戦争という時代にも笑いを生み出そうとした人間の喜劇「円生と志ん生」

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こんにちは、島本薫です。

「お芝居を観に行かない?」とお誘いすると、「いやいや……」と言われてしまうことが多いのですが、敬遠される一番の理由は「難しそうで敷居が高い」と思われていることのようです。

では、難しいことをやさしく、それでいて深く、とんでもなく面白く取り出してくれるお芝居なら、どうでしょう。

落語ブームの続く今日この頃。今回は、ユーモアとペーソスあふれる井上ひさしさんのお芝居、こまつ座「円生と志ん生」をご紹介します。

■「円生と志ん生」~戦後の満州に“居残り”となったふたりの落語家の物語~


これは「語る」ことに命をかけ、ピカピカに芸を磨き上げた人間の喜劇です。

敗色の濃い1945年夏のこと。

空襲続きで寄席も焼け、落語家は収入のあてもなく、たまの高座も着物ではなく国民服で務めるようなありさまだ。


しかし、関東軍の慰問に行けば、白いゴハンがたらふく食べられて、お酒だって飲み放題、おまけにご時世だからと遠慮せず、好きな噺が何でもやれるというではないか。そこで満州に渡ったのが、五代目古今亭志ん生と六代目三遊亭円生(※正しくは圓生)だ。

ところがソ連の参戦で軍はさっさと逃げを決め、残されたふたりは南端の大連まで落ち延びたものの、町が封鎖されて帰国できなくなってしまう。

もっとも足止めをくらっているのはふたりだけではなく、大連にいる20万の民間人も同じこと。いつになったら日本に帰れるのか、それは誰にもわからない。

お酒と賭け事が大好きで、テンポの良い軽妙な芸を得意とした兄弟子の志ん生と、心にしみる人情噺を得意としたマジメで細かい円生。

性格も芸風も正反対のふたりだが、日本に帰るその日まで、なんとか手を取り合って生きていくことに。

後に「昭和の大名人」と呼ばれるようになる円生と志ん生は、満州での約2年間をどう過ごしたのか――。


飢えや寒さはおろか、ロシア兵に殺される危険やシベリア送りになる不安を抱えながらも芸を磨き続けたふたりの噺家の物語を、歌と笑いを盛り込んで描いた傑作喜劇。

戦争という時代にも笑いを生み出そうとした人間の喜劇「円生と志ん生」


左から円生役の大森博史、志ん生役のラサール石井(2017年こまつ座東京公演、撮影:谷古宇正彦)

■悲しみの奥から、言葉と笑いと音楽の力がほとばしる


実はこのお芝居の背景、円生師匠と志ん生師匠が敗戦後の満州から帰国できなくなり、引き上げ船を待ちながら現地でぎりぎりの生活を送ったことは、紛れもない事実です。

ふたりの芸が真に花開いたのは、帰国後のこと。

ならば、この大連での日々はどのようなものだったのだろう?史実をもとに作家がそんな想像をふくらませ、深く面白く掘り下げたこのお芝居「円生と志ん生」では、井上ひさしさんならではの磨きあげた言葉が光ります。

耳に心地よく流れていくテンポのいいセリフの中に、戦争の愚かさ虚しさが覗き、胸を突く。

かと思えば状況を逆手にとって笑わせ、笑いの中に良くも悪くも、働く言葉の力が語られる。

観客を一時も飽きさせません。

「めくりが返り出囃子ひびき客の拍手で座布団にすわりことばのわかる人たちの前で思い切り落語を語りたい!」

随所にはさまれる軽快な歌も聴きどころ。


意外かもしれませんが、井上ひさしさんのお芝居は、ちょいと小粋な和製ミュージカルの趣があるのです。

歌に芝居にと舞台を彩るのは、円生と志ん生を取り巻く女性たち。

あるときは旅館の女将、あるときは娼妓、あるときは教師、あるときは名もない母親、あるときは修道女と、場面ごとに4人の女優が20役を演じ分け、当時の大連の様子を描き出すという趣向が凝らされています。

戦争という時代にも笑いを生み出そうとした人間の喜劇「円生と志ん生」


左から池谷のぶえ、太田緑ロランス、ラサール石井、大森博史、大空ゆうひ、前田亜季(撮影:谷古宇正彦)

戦争という時代にも笑いを生み出そうとした人間の喜劇「円生と志ん生」


左からラサール石井、池谷のぶえ、大森博史(撮影:谷古宇正彦)

戦争という時代にも笑いを生み出そうとした人間の喜劇「円生と志ん生」


左から太田緑ロランス、前田亜季、ラサール石井、池谷のぶえ、大森博史、大空ゆうひ(撮影:谷古宇正彦)

■たとえこの世が涙の谷でも「笑い」をつくり出すのが噺家の仕事


もっとも笑い、もっとも深く胸を打つのが、終幕近くの修道院の場面です。

この世にあるものは、いつか必ず滅びる。

生きることは、つらいこと。

そう語る院長に、ならばこの世に笑いをつくり出すのが噺家の仕事と語る円生と、つらい浮世を乗り越える笑いの力を披露する志ん生。「この世に(笑いが)ないならつくりましょう。
あたしたちは人間だぞという証しにね」

戦争という時代にも笑いを生み出そうとした人間の喜劇「円生と志ん生」


左から大森博史、大空ゆうひ(撮影:谷古宇正彦)

聖書の引用と落語のネタの掛け合わせで、おなかがよじれるほど笑った後だけに、この深い言葉が刺さります。

生前の井上ひさしさんは、「笑い」についてこのように語っていました。

「『生きていく』そのものの中に、苦しみや悲しみなどが全部詰まっているのですが、『笑い』は入っていないのです。なぜなら、笑いとは人間が作るしかないものだからです」「笑いは、人間の関係性の中で作っていくもので、僕はそこに重きを置きたいのです。人間の出来る最大の仕事は、人が行く悲しい運命を忘れさせるような、その瞬間だけでも抵抗出来るようないい笑いをみんなで作り合っていくことだと思います」『ふかいことをおもしろく――創作の原点』(PHP研究所刊,井上ひさし著)より

むずかしいことをやさしく、

やさしいことをふかく、

ふかいことをおもしろく、

おもしろいことをまじめに、

まじめなことをゆかいに、

そしてゆかいなことはあくまでゆかいに――。

そう考えていた井上ひさしさんが、戦争を背景に芸と笑いを描いたお芝居「円生と志ん生」。10年ぶりに再演されたこの機会に、ぜひお見逃しなく。

■こまつ座第119回公演「円生と志ん生」公演情報

戦争という時代にも笑いを生み出そうとした人間の喜劇「円生と志ん生」


左から円生役の大森博史、志ん生役のラサール石井(2017年こまつ座東京公演、撮影:谷古宇正彦)

作:井上ひさし
演出:鵜山仁
出演:大森博史、大空ゆうひ、前田亜季、太田緑ロランス、池谷のぶえ、ラサール石井
演奏:朴勝哲

◆東京公演
2017年9月8日(金)〜9月24日(日)
紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

◆兵庫公演
2017年9月30日(土)、10月1日(日)
兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

◆仙台公演
2017年10月8日(日)
日立システムズホール仙台 シアターホール

◆山形公演
2017年10月14日(土)
川西町フレンドリープラザ

こまつ座公式サイト: http://www.komatsuza.co.jp/

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