登美子さんが日本髪を結うのは、店のいちばん奥のスペースである。電熱器で熱し、髪を整えるための愛用のコテも大正時代のものだ。
「いま、京都でも舞妓さんの髪を結えるのは10人もいません」
見ると、登美子さんの手の指は変形し、第一関節が曲がっていた。親指はずいぶん太い。
「親指は、コテだこですわ。職人の手です。指先で感じながら髪を束ねたり、帯を締めたり力仕事をしてきましたからね。祖母も母も、同じような手をしていました」
登美子さんは、引出しから京つげ櫛の老舗「十三や」の櫛を手に取り、慈しむように見やりながら語る。
「ただ結うのではなく、頭や顔の形、雰囲気やどのような場所に行かれるのか、いろんなことを考え、その人が輝くイメージをもってこしらえなければいけません。『きれいになれ、きれいになれ』と思う心が大事なんですね」
祖母は、京都一とうたわれた髪結いだった。2代目の母・ちゑさんも、その腕を高く評価され、昭和天皇ご即位の御大典では、高等女官のお髪上げを任されている。そして3代目の登美子さんは、古代朝廷の貴婦人から現代の舞妓まで、長い歴史のなかの300種類の髪形を再現できる。しかも、それぞれの時代の風俗や文化までも記憶しているという徹底ぶりだ。