「黒田さんは、ほんまにお優しい方です」
しみじみ思い出すのは、昨年10月の神嘗祭のこと。90歳の登美子さんは伊勢市駅のホームで転び、伊勢神宮に着いたころには、足首が紫色に腫れ上がっていた。
「ご祭主様の前では痛い顔をしないように髪を結いました。でも、足を入れていただいたお袴を持ち上げようにも、痛みで立ち上がれない。そのとき黒田さんが『大丈夫ですか』と手を差し伸べてくださって。そんな畏れ多い……。だって、ご祭主様はすでに身を清められていました。私どものような汚れた体に触れてはいけません」
それでも黒田さんは手を取り、立ち上がらせてくれたのである。
「黒田さんは大変なお務めなのに、ひとつも嫌な顔をなさりません。われわれみたいな者にも低姿勢で、装束をする前と後には、お座りになってお辞儀をするんですから」
立ったままで十分なのに、いつも両手をついて「お願いします」とご挨拶されるという。
「そんな黒田さんの厳粛さに、いまも体が震えるほど緊張します。あれだけ真摯に神に仕えている黒田さんを拝見していると、私の足の痛みなんて」
とはいえ、伊勢神宮から帰宅して病院に行くと、足首は骨折していたというから登美子さんの頑張りはすさまじい。