ドラム「ちゃんこ鍋だけで幸せ」『VIVANT』大ブレイクにあった幼少期の貧困時代
’14年に配布された相撲情報誌「TSUNA」でこう明かしていた。
《『俺はビックな大物になってやる!!』と夢を抱いて相撲界へ入門しました。実家は貧しいので伊勢ヶ濱部屋に入門して『ちゃんこ鍋』のおいしさにびっくりしました。食べたい物が好きなだけ食べられる。それだけで幸せを感じました。早く関取になり両親と姉を楽にしてやりたくて日々稽古に精進しています》
家族のために力士での成功を誓ったドラムに悲劇がーー。
「ドラムさんは’08年から力士として活躍し、’18年の11月場所には東幕下6枚目まで番付をあげました。更なる飛躍を目指し稽古に励んでいた‘19年に姉が急逝。
“一番応援してくれている存在”だった姉が亡くなり、大きなショックを受けたそうです。“姉のためにも”と稽古を続けましたが、腰と股関節の怪我に悩まされ、‘21年3月場所で引退しました。
その後、好きなことを仕事にしようと考えて、幼い頃からドラマ好きだったため俳優を志したそうです」(前出・スポーツ紙記者)
『VIVANT』で披露したチャーミングな笑顔の裏には、苦節時代の涙があったーー。
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