田原俊彦語るジャニーズとの別れ「僕のなかでは円満退社」
’93年10月に結婚。’94年2月、長女が誕生しても、マスコミの取材攻勢は収まることがなく、田原は会見を開く。このとき、「隠密にやりたかったけど、僕くらいビッグになると、そうもいかない」の一部分だけが過剰に取り上げられ、“ビッグ発言”と猛バッシングされた。その会見から半年後、ジャニーズ事務所から独立。田原は、33歳だった。
「ビッグ発言したなんて、僕は思いもよらなかったから。ギャグのつもりだったしね。ジャニーズを卒業したのは、15年間、存分にやらせてもらったし、お世話になった恩は返したと思っていたからです。
30代になって、歌でも、踊りでも、芝居でも、ここからは自分で歩いていくためのスキルを自分で磨いていかなくちゃいけない。ここからは俺の勝負だと考えていました。ジャニーさんからは、すべてのものを盗んだし、いただいた」
田原は「だから、ジャニーズという学校の卒業証書をもらいたかったんです」と語る。
「ジャニーさんとも、メリー喜多川さんとも、僕は話をしているんですよ。『一人でやりたい。卒業したいんです』『わかった』と。