でもこれを機会に、ピアノ・ソナタなど、もっとシューベルトを弾いてみたいと思っているんですよ。シューベルトというと少し硬いイメージを持たれているかもしれませんが、私はとても自由な作曲家だと思うんですね。とにかく旋律が美しい、ロマンティックな音楽です」
「情熱のファンタジー」という今回のキーワードも、実はシューベルトに、特に《さすらい人》に触発されたものだという。「《さすらい人》には、父親に反対されながらも一途に音楽家の道を突き進んだシューベルトの情熱が表れていると思います。私自身も、ピアニストになると決心してジュリアード音楽院で頑張っている頃にこの曲を弾いて、そんな思いがあり、私にとっては『人生一路』という感じの作品です」
《さすらい人》には、さらに忘れられないニューヨーク時代の思い出がある。18歳の頃、大好きなピアニストのアンドレ・ワッツがハーレムの教会でこの曲を弾くコンサートに、ボロボロのチラシを握りしめて出かけた。客席はほぼ黒人ばかり。演奏も素晴らしかったが、アフリカ系アメリカ人の血を引くワッツが、リンカーンセンターやカーネギーホールに集まるセレブな聴衆の前で弾くのと同じ心で音楽を届ける姿に感銘を受けた。