最新作『青いカフタンの仕立て屋』で、伝統衣装カフタンの仕立屋を営むある夫婦の物語を描いた『モロッコ、彼女たちの朝』(19)のマリヤム・トゥザニ監督。先日閉幕のカンヌ国際映画祭では審査員も務めた、いま世界が注目するトゥザニ監督のインタビューと日本の観客に向けたメッセージ映像が到着した。モロッコでは「異性愛者でないだけでひっそりと生きなくてはいけない」本国モロッコでは先週公開したばかり。フランスでは21万人を動員し、多くの国でトップ10入りを果たしている本作。本作は前作『モロッコ、彼女たちの朝』のように、監督自身の体験が基になっているのかをマリヤム監督に尋ねると、「前作のロケハン中、サレのメディナにある美容室を営む男性と知り合い、この出会いがインスピレーションになっています。彼と話しているうちに、心の奥に隠す本当の自分と外に見せる自分を使い分けていると気づきました」とふり返る。「残念ながらモロッコでは、同性間の性的逸脱行為は刑法489条で罰せられ、6か月から最高3年の禁錮刑が課されます。同性愛がタブーであるだけでなく、刑事犯罪とみなされる社会なのです。異性愛者でないだけでひっそりと生きなくてはいけないのです。私もあえてそのことには触れないようにしました。でも、彼が隠す“何か”は本作の核になりました。この映画には“善人”も“悪人”も登場しませんが、私はどんな形でも批判を招かないように細心の注意を払って脚本を書き進めました」。「伝統の手仕事を守る人々を見つめ、尊敬の念を作品で表現したかった」劇中に登場する夫ハリムの職業を美容師からカフタンの仕立屋に変えた理由については、「カフタンは大人の女性の象徴で、少女時代の私にとって憧れでした。成人して初めて母から受け継いだカフタンをまとった時、これは次の世代へと物語を繋ぐ、貴重な品だと気づきました。1枚のカフタンが完成するまでに職人は数か月を費やします。そうして完成したカフタンからは、着る人の心に職人の魂と完成までの物語が届くのです」と話す監督。「この物語には手間暇かけて作られるカフタンがふさわしいと思いました。残念ながらモロッコではカフタン作りは衰退の一途を辿っています。技術の取得に長い時間がかかるのも原因のひとつでしょう」と語り、「私が思うに、伝統工芸とは自分が何者かを教えてくれるDNAの一部であり、次世代に伝えるべき宝物です。速さが優先される現代社会ですが、私は伝統の手仕事を守る人々を見つめ、尊敬の念を作品で表現したかった。そんな理由から、本作の舞台を美容室からカフタンの仕立屋にしたのです」とモロッコの現状と現代社会に対する思いを込めたと明かす。前作同様に共同脚本を手掛けた夫ナビール・アユーシュについては、「執筆中は旅のようで、彼の視点を得られたのも幸運でした。人生を共有しているだけでなく、情熱も共有している存在です。彼はいつも鋭く知的な眼差しで脚本にコメントしてくれるので、私は自分自身とより深く向き合い、キャラクターやストーリーに厚みを持たせることができたのです」と、共に同じ情熱を持っているもの同士だからこその存在と語った。観客の反応はポジティブ、「もっと話し合いたいんだという強い欲求がある」このような映画をモロッコで製作するのは勇気が必要ではなかっただろうか?と問うと、「表現しなくてはいけないこと、語るべきことがあるなら、勇気は関係ありません。欲望や愛は、タブーやスキャンダルの対象ではないのです」と監督。「他の国々と同じように、モロッコも同性愛を禁ずる法律を廃止するために立ち上がらなくては。モロッコでの劇場公開(6月7日公開)は必ずしも確約されていたわけではなかったのでとても嬉しく思います」という。「本作はアカデミー賞のモロッコ代表であり、国の助成金を得て完成することができました。マラケシュ映画祭では審査員賞を受賞し、観客もポジティブな反応でした。そのこと自体が、アートを通して、もしかして通常は語られなかったタブーとされていることについて、もっと話し合いたいんだという強い欲求があるのだと感じました。アート、シネマを通して、こういった扉を開き、それがこれからの先の一歩に繋がっていくのだと思っています」とコメント。さらに知的で繊細な本作は、特定の性的指向が非難される社会において、人々の見方に影響を与えることができるのでは?という質問に対しては「そうであってほしいと願っています」と応じる。「ハリムやユーセフの物語を通して異性愛者でない人々の存在を知り、理解を深めることで、人々の視線が変わるかもしれません。人々の視線が変われば、社会も変わり、法律も変わっていくでしょう。ハリムのような人々の声を伝えていくことが重要です。これは、男女問わずに、ありのままの姿で人を愛する自由についての物語、真の愛についての映画なのです」と作品に込めたテーマを口にした。そして、併せて到着したメッセージ動画では「本作は愛の持つ多様性、複雑さについて描いた映画です。また、私が深く愛する伝統<手縫いのカフタン>についての映画でもある一方、ありのままの自分であることから私たちを阻んでいる伝統に疑問もあるということも描いています。日本の皆さんとまた分かち合えることを嬉しく思っています。ぜひ劇場でご覧ください」と、日本の観客へと届く喜びも語っている。『青いカフタンの仕立て屋』はヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国にて公開中。(シネマカフェ編集部)
2023年06月18日『モロッコ、彼女たちの朝』のマリヤム・トゥザニ監督最新作『青いカフタンの仕立て屋』より、劇中に登場する<ミートボールが入った卵のタジン>のレシピが、いち早くシネマカフェに到着した。本作は、伝統衣装カフタンの仕立屋を営むある夫婦を描いた、愛したい人を愛し、自分らしく生きる、美しい愛の物語。劇中では、余命わずかで食欲のないミナのために、若い職人・ユーセフが作った卵入りのタジン料理が登場。3人が頬張る愛情たっぷりの家庭料理が、優しい時間と笑顔を運ぶ感動的なシーンとなっている。“タジン”は、モロッコ人が毎日食べている煮込み料理の名称で、また、それを作るのに使う土鍋もタジンと呼ばれている。ユーセフが作ったタジンは、玉ねぎとトマトをベースに小さく丸めたミートボールを加えて最後に卵でとじる、簡単で手早くできる、誰でもよく作るタジンのひとつだ。今回、東京・東北沢のモロッコ料理店「エンリケマルエコス」のオーナーシェフ・小川歩美がレクチャー。スパイスさえ手に入れられれば、あとの材料はよく見かけるものばかり。コツに気をつければ意外に作り方はシンプルで、お腹も心も満たされること間違いなし。なお詳しい解説は、劇場で販売されるパンフレットに掲載される。『青いカフタンの仕立て屋』は6月16日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国にて公開。(シネマカフェ編集部)
2023年06月15日映画『青いカフタンの仕立て屋』が、2023年6⽉16⽇(⾦)に公開される。マリヤム・トゥザニ監督の映画『青いカフタンの仕立て屋』映画『青いカフタンの仕立て屋』は、マリヤム・トゥザニが監督を務める新作映画。マリヤム・トゥザニといえば、モロッコの劇映画として初めて日本公開され、ヒットを記録した2021年の映画『モロッコ、彼女たちの朝』を手がけ、心に孤独を抱えた2人の女性の連帯と希望を描いたことでも知られている。海沿いの旧市街で仕立て屋を営む夫婦の物語そんなマリヤム・トゥザニが贈る『青いカフタンの仕立て屋』では、海沿いの街・サレを舞台に、カフタンドレスの仕立て屋を営む夫婦の愛と決断の物語が描かれる。結婚式や宗教行事などのフォーマルな場で着用される、モロッコの伝統衣装であるカフタンドレス。安価で手早く仕上がるミシン刺繍が普及した現在、貴重な存在となった職人の伝統を守る仕事を愛しながらも、ハリムは苦悩していた。職人気質の夫・ハリムを誰よりも理解し支えてきたミナは、病により余命わずか。そこに若い職人のユーセフが現れ、3人は青いカフタン作りを通じて絆を深めていく。刻一刻とミナの最期の時が迫るなか、夫婦は“ある決断”をする。モロッコのセンシティブな問題を映し出した『青いカフタンの仕立て屋』は、2022年カンヌ国際映画祭「ある視点部門」に出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞。さらに、2023年米アカデミー賞モロッコ代表として国際長編映画賞のショートリスト(最終候補15本)にも選出されるなど、多方面から高く評価されている。モロッコの美しい伝統工芸&日常的な風景が劇中に劇中では、伝統を守る仕立て職人の指先にフォーカスし、色とりどりの滑らかなシルク地に刺繍する繊細な手仕事をクローズアップ。一針、一針、想いを込めながらドレスを紡いでいく、モロッコの伝統工芸の美しさを目にすることができる。また、コーランが響く旧市街、新鮮なタンジェリンが並ぶ市場、大衆浴場(ハマム)、男たちがミントティーを楽しむカフェといったモロッコの日常的な風景にも注目だ。ミナ…ルブナ・アザバル夫のハリムとともにカフタンドレスの仕立て屋を営む。接客担当として職人の夫を支えてきたが、病により余命わずかに。夫を1人残すことが気がかりだったが、ハリムの美意識に共鳴するユーセフに対し、嫉妬心をいだく。最期の瞬間まで夫に愛と勇気を捧げる。ミナを演じるのは『モロッコ、彼女たちの朝』で、最愛の夫の死に沈むアブラを演じたルブナ・アザバル。死期迫るミナを体現するために大幅に減量し、熱演を見せている。ハリム…サーレフ・バクリカフタン職人。伝統を守る仕事を愛しながらも、自分自身は伝統からはじかれた存在であると苦悩する。才能のあるユーセフに熱心に指導し、温かなまなざしを送る。ミナを失う不安を振り払うようにカフタン作りに没頭する一方、ハリムは自らの葛藤の理由をひた隠しにしていた。ハリムは、『迷子の警察楽隊』のサーレフ・バクリが演じる。内なる情熱と本心を隠す悲しみを、吸い込まれるような瞳で訴えかける。ユーセフ…アイユーブ・ミシウィ複雑な夫婦の愛にさざ波を起こす弟子。より紐作りも刺繍も慣れた手つきでこなし、古い手刺繍を愛でる審美眼も兼ね備えている若い職人。そばで見守っていたユーセフは、ハリムの葛藤が何によるものなのかに気付いている。映画『青いカフタンの仕立て屋』あらすじモロッコ、海沿いの街、サレ。旧市街の路地裏で、ミナとハリムの夫婦は母から娘へと世代を超えて受け継がれる、カフタンドレスの仕立て屋を営んでいる。伝統を守る仕事を愛しながら、苦悩を見せるハリム。そんな夫を誰よりも理解し支えてきたミナは、病に侵され余命わずかである。そこにユーセフという若い職人が現れ、誰にも言えない孤独を抱えていた3人は、青いカフタン作りを通じて絆を深めていく。そして刻一刻とミナの最期の時が迫るなか、夫婦は“ある決断”をする。彼らが導き出した答えとは。【詳細】映画『青いカフタンの仕立て屋』公開日:2023年6⽉16⽇(⾦)監督・脚本:マリヤム・トゥザニ出演:ルブナ・アザバル、サーレフ・バクリ、アイユーブ・ミシウィ英題:THE BLUE CAFTAN
2023年04月22日『モロッコ、彼女たちの朝』のマリヤム・トゥザニ監督の『青いカフタンの仕立て屋』(英題:THE BLUE CAFTAN)が6月16日(金)より公開されることが決定。場面写真が解禁された。モロッコ、海沿いの街、サレ。旧市街の路地裏で、ミナ(ルブナ・アザバル)とハリム(サーレフ・バクリ)の夫婦は母から娘へと世代を超えて受け継がれる、カフタンドレスの仕立て屋を営んでいた。伝統を守る仕事を愛しながら、自分自身は伝統からはじかれた存在と苦悩するハリム。ミナは、そんな夫を誰よりも理解し支えてきたが、病に侵され余命わずか…。そこにユーセフ(アイユーブ・ミシウィ)という若い職人が現れ、誰にも言えない孤独を抱えていた3人は、青いカフタン作りを通じて絆を深めていく。そして刻一刻とミナの最期の時が迫るなか、夫婦は“ある決断”をする。彼らが導き出した答えとは――。本作は、2021年に公開され、モロッコの劇映画として初めて日本公開され大ヒットを記録した『モロッコ、彼女たちの朝』のマリヤム・トゥザニ監督作。前作ではパン屋を舞台に、心に孤独を抱えた2人の女性の連帯と希望を描いたが、本作で描かれるのは、カフタンドレスの仕立て屋を営む夫婦の物語だ。カフタンドレスとは、結婚式や宗教行事などフォーマルな席に欠かせないモロッコの伝統衣装で、母から娘へと世代を超えて受け継がれる着物のようなもの。伝統的な仕事と真の自分の狭間で苦悩する夫とその妻の姿を描いた本作は、2022年カンヌ国際映画祭「ある視点部門」に出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞。さらに、2023年米アカデミー賞モロッコ代表として国際長編映画賞のショートリスト(最終候補15本)にも選出されるなど、国際的に高い評価を受けている。ミナを演じるのは『モロッコ、彼女たちの朝』(19)で、最愛の夫の死に沈むアブラを演じたルブナ・アザバル。死期迫るミナを体現するために過酷なダイエットを行い、最期の瞬間まで夫に愛と勇気を捧げる妻を熱演。ミナとの別れを受けとめきれずに立ちすくむカフタン職人のハリムには、『迷子の警察音楽隊』(07)のサーレフ・バクリ。内なる情熱と本心を隠す悲しみを、吸い込まれるような瞳で訴えかける。複雑な夫婦の愛にさざ波を起こす若い弟子のユーセフには、本作が映画初出演のアイユーブ・ミシウィが演じている。マリヤム・トゥザニ監督は本作について「愛する人にありのままの自分を受け入れてもらう。人生においてこれほど美しいことがあるだろうか」とコメントを寄せている。本作では、モロッコの日常をスケッチしたコーランが響く旧市街、新鮮なタンジェリンが並ぶ市場や大衆浴場(ハマム)、男たちがミントティーを楽しむカフェといった“素顔のモロッコ”も見逃せない。さらに伝統を守る仕立て職人の指先にレンズを向け、色とりどりの滑らかなシルク地に刺繍する繊細な手仕事をクローズアップ。一針、一針、想いを込めながらドレスを紡いでいく、モロッコの伝統工芸の美しさを私たちに教えてくれる。また、併せて場面写真11点も解禁。夫婦とユーセフの3人が楽しげに食卓を囲む風景や職人のハリムが色とりどりのカフタンを丁寧に仕立てる様子、幾何学模様のタイルが美しいカフェでのワンシーンなどが映し出されている。『青いカフタンの仕立て屋』は6月16日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国にて公開。(text:cinemacafe.net)
2023年04月19日気軽に海外旅行を楽しめない時期が続いているいまだからこそ、異国の文化や景色に触れられるのが映画のいいところ。そこで今回オススメするのは、日本で初めて劇場公開されるモロッコ発の長編劇映画です。『モロッコ、彼女たちの朝』【映画、ときどき私】 vol. 403モロッコの都市カサブランカの路地をさまよっていた臨月のサミア。イスラーム社会で未婚の母はタブーとされていたため、美容師の仕事も住まいも失ってしまう。ある晩、路上で眠るサミアのもとに現れたのは、心を閉ざして働き続けてきたパン屋を営む未亡人のアブラだった。パン作りが得意でおしゃれなサミアの登場は、孤独だった親子の生活を徐々に変えていく。町中が祭りで盛り上がるなか、サミアの陣痛が始まる。生まれてくる子どもの幸せを願い、養子に出すと覚悟していたのだが……。2019年には女性監督として初のアカデミー賞モロッコ代表に選ばれ、大きな注目を集めた本作。こちらの方に、制作までのいきさつについてお話をうかがってきました。マリヤム・トゥザニ監督映画監督、脚本家、女優として活躍しているトゥザニ監督。本作のストーリーは、自身が大学卒業後に家族で世話をした未婚の妊婦との出会いをもとに作り上げています。今回は、実在の女性との忘れられない思い出やいまの社会に訴えたいことについて語っていただきました。―本作は、各国の映画祭をはじめ、世界的に高い注目を集めましたが、モロッコではどのような反響がありましたか?監督デリケートな題材なので不安もありましたが、多くの方に支持していただくことができ、とてもうれしかったです。なかでも印象的だったのは、保守的な人たちを含む観客と質疑応答をしたときのこと。私たちの社会でタブーとされているようなテーマについて、みながオープンに対話することを望んでいたと知り、非常に驚きました。もちろん、作品が描いていることに全員が同意したわけではありません。それでも、みなが前に進んでいこうとする気持ちを感じられただけでも美しいことだと思いました。―サミアと同じ状況に陥っている女性たちにとっても、勇気を与える作品だと思います。監督実は、妊娠中もしくは出産経験のある未婚女性たちを招いた試写会を開催したこともありましたが、私にとってはそれも非常にエモーショナルな出来事でした。なぜなら、「サミアを通して自分の尊厳を取り返せた」「改めて人として見てもらえたと感じられた」といった私にとってかけがえのない言葉を彼女たちからもらうことができましたから。彼女たちが抱えている事情も思いもそれぞれ違いますが、誰もが汚名を着せられながら生きているので、自分たちをしっかりと見てもらえたことがうれしかったようです。未婚で子どもを育てている女性も成功例のひとつ―ご両親がサミアのモデルとなった女性を家に迎え入れたときは、10年以上前でいまよりもより女性の置かれている立場は厳しいものだったと思います。実際、面識のない未婚の妊娠女性を家に迎え入れることにリスクはなかったのでしょうか?監督もちろん、当時の彼らにリスクはありましたし、それはいまでも変わらずあると思います。なぜなら、モロッコでは婚外交渉が違法とされているため、もし未婚のまま病院で子どもを産んでいたら、投獄される可能性もあるような社会だからです。私の父は弁護士だったので、そういったリスクも理解していましたが、両親はとても大きな心の持ち主なので、彼女と生まれてくる子どもを守るほうが大事だと感じたのだと思います。自分たちにも問題が降りかかるかもしれなかったにもかかわらず、彼女を迎え入れた両親は本当に勇気がある人たちです。もしも、彼女を見放していたら、道端で出産し、見知らぬ人に子どもを連れ去られていたかもしれません。―監督にとっては、その女性との出会いはどういった影響を与えていますか?監督以前、国際女性デーのためのドキュメンタリー制作の依頼を受けた際、経済的にも精神的にも成功している女性を撮ってほしいと頼まれたのですが、未婚の母である女性たちも一緒に取り上げることを条件に仕事を受けました。私は未婚で子どもを育てている女性もまたひとつの成功例だと思っているので、彼女たちの声や葛藤を取り上げることに価値があると感じていたからです。そんなふうに、サミアのモデルとなった女性は、つねに私と一緒に歩き続けている存在と言えるかもしれません。実際、私が妊娠したときにも彼女のことを思い出し、本能的にこの作品の脚本を書いたほどですから。モデルの女性は自分の人生にとって重要な存在―その女性とは、出産のあとも交流はありましたか?監督彼女の話ができることはとてもうれしいので、聞いてくれてありがとうございます。忘れられないことといえば、彼女が子どもを養子に出す前のこと。「赤ちゃんと一緒に写真を撮りましょうか?」と声をかけたんですけど、彼女は「思い出を残すとつらくなるから……」と言って断ったんです。でも、いよいよお別れとなる日に、彼女から「写真を撮ってほしい」と。当時は携帯もなかったので、カメラで撮り、現像した写真は母に後日渡しました。ただ、私たちは匿名でいたいという彼女の思いを尊重したため、どこの村から来た誰なのかも一切わからないまま。バスに乗って帰っていった彼女と連絡を取ることができずにいました。ところが、それから2年が経過したある日。彼女が写真を取りに訪ねてきたのです。そのとき私はいませんでしたが、母が一緒にお茶を飲んで、写真を渡したと教えてくれました。それ以来、彼女とは音信不通ですが、実はこの映画が公開されたとき、私は彼女に向けたメッセージをさまざまな雑誌や新聞に掲載したのです。―どのような思いを綴ったのでしょうか?監督映画作家として、母として、私の人生においていかにあなたが重要な存在だったか。そして同じ立場にいる多くの女性たちの真実が明らかにされないなか、あなたのおかげでこういった物語をたくさんの人と分かち合うことができました、といったことを書きました。彼女の存在と物語がどれほど社会に貢献し、どれほど私にとって意義のあることだったのかを伝えたかったのです。残念ながら、まだ彼女からの連絡はありませんが、少なくとも私の感謝の気持ちは届いているのではないかなと。いつかまた私の実家のドアをノックしてくれると信じています。まずは社会の目から変えていく必要がある―再会できる日が来ることを願っています。ちなみに、その当時といまのモロッコでは、未婚で出産する女性たちの置かれている立場にも変化はあるのでしょうか?監督多少改善された部分はあっても、違法であることはいまだに変わっていないですし、社会的な圧力や世間の目という意味でもあまり変わってはいないのではないかなと。だからこそ、観客の気持ちに直接語りかけることができるこういった映画を作ることが私にとっては重要だったのです。ぜひ、多くの方に感じたことを考えてほしいと願っています。当然のことながら、法律を変えることも必要ですが、まずはこういった女性たちを色眼鏡で見る社会から変えていかなければいけません。それを変えることができれば、おそらく法律もついてくると私は考えています。―本作は、モロッコ製作の長編劇映画として日本で初めて劇場公開される作品となるので、私たち日本人にとっても学びの多い作品になると思います。公開を控えてどのようなお気持ちですか?監督日本は以前からずっと行きたいと思っている“夢の旅先”でもあるので、自分の作品が上映されることは本当に幸せなことです。私にとっては、歴史的な部分と現代性が融合している日本文化の美しさや価値観にはとても魅了されますし、リスペクトの気持ちも抱いています。私は若い頃からなぜか日本の田園風景の写真が大好きなので、都会だけでなく、郊外にも足を運んでみたいなと。せっかく行くなら長期間滞在したいと夫とも話し合っているので、そのときは日本の風景にどっぷりと浸かりたいですね。早く行ける日が来るといいなと思っています。―お待ちしております。それでは、日本の観客へメッセージをお願いします。監督みなさんには、ぜひ気持ちを解き放ち、彼女たちの核心に触れながら同じ経験を一緒に味わってほしいと思っています。監督としての意図は、彼女たちの魂まで感じてもらうことなので、それを受け取っていただけたらうれしいです。新たな一歩を踏み出す力をくれる多くを語らずとも心に訴えかける美しいシーンの数々と、女優たちの繊細な演技に惹きつけられる珠玉の1本。悲しみや苦しみを抱えながらも心のままに生きる決意をした彼女たちの姿は、私たちにも光を与えてくれるはずです。モロッコが醸し出す異国情緒の香りとともに、その思いを感じてみては?取材、文・志村昌美琴線に触れる予告編はこちら!作品情報『モロッコ、彼女たちの朝』8月13日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開配給:ロングライド© Ali n’ Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artémis Productions©Lorenzo Salemi
2021年08月12日