Twitterやnoteで子育てに関する『気付き』を発信している、保育者のきしもとたかひろさん。連載コラム『大人になってもできないことだらけです。』では、子育てにまつわる悩みや子供の温かいエピソードなど、親や保育者をはじめ多くの人の心を癒します。「つらい環境でも耐え忍べば報われる」という意味を持つ『石の上にも三年』という、ことわざ。ですが、長く続けることよりも難しいのは…。第12回『石の上にも、三日坊主。』始めることと続けることって、どちらが難しいんだろう。興味を示したけれど輪に入らずに、あそびに参加しない子がいる。そのあそびに興味がないのかといえばそうではなく、観戦しながら一緒に楽しんでいるので仲が悪いというわけでもない。むしろやりたそうにはしているけれど、誘ってみると「やったことないから」と断られる。「教えるよ」と声をかけても頑(かたく)なで、あまりしつこく誘うと逆に離れてしまうので、一歩を踏み出すきっかけを見逃さないように見守るくらいしかできない。保護者の方にお話しすると、家では興味深げにそのあそびについて話しているらしい。やってみたい気持ちはあるようだ。じゃあ、なんでやらないんだろう。やってみたいのにやらない。どうしてだろうって考えてみる。無理にそのあそびをさせたいわけではない。したいならしたらいいし、したくないならしなくていい。「見ているだけ」も、その人の楽しみ方だ。サッカーをしたことがなくても観戦は楽しめるし、経験者よりも劣っているということもない。実際にプレーしている人と見ている人、そこに優劣はないのだから。ただ、なにかが足枷になっていて一歩を踏み出せないのであれば、その足枷を外してあげたいなと思う。もちろん、その子と自分は違う人間だし場面も違うから、正しい答えが出るとは限らない。けれど、分かるわけないからといって開き直ってしまったら、分からないままだ。想像したり思いを馳せたりしていれば、すこしでもなにかのヒントが見つかるかもしれない。5年くらい前、友人に誘われてボルダリングを始めた。室内の壁に打ち付けられた、岩のでっぱりやくぼみを模した“ホールド”というものを登っていくスポーツクライミングと呼ばれるものだ。初日はペットボトルの蓋も開けられないくらい腕がパンパンになったんだけど、何度か通っていると筋肉痛も心地よく感じるようになり、日ごとに登れるようになっていった。競技自体も楽しいんだけれど、目に見えて自分の成長が感じられるのも嬉しかった。大人になってのびしろを感じる機会って少ないもんね。ある程度技術がついてきたあたりから、初めは見えなかった面白さを感じるようになってきて、一層楽しめるようになった。そのものの本質的な面白さがわかるまでには時間かかる。あそびもスポーツも仕事も同様だろう。時間をかけてこそ見えてくるものは確かにあるよね。三日坊主という言葉がある。物事が続かないことを揶揄(やゆ)する言葉だ。逆に、辛抱強くいればうまくいくかもしれないという意味として、石の上にも三年ということわざがある。初めは冷たい石の上でも、長く座り続ければいずれ温かくなるということだ。継続は力なりというように、三日で辞めるより続けられた方がきっといい。途中で投げ出さずに粘り強くやり抜くことって、何かを成し遂げるためだけではなく、楽しむためにもとても大切なことだろう。子どもたちにも、やり始めたことは途中で投げ出さずにやり抜いてほしいと思う。今は面白さを感じなくても、続けていれば楽しくなってくるよって。根気強く続けた先に見える面白さや追求することの楽しさを知ってほしい。壁にぶち当たっても乗り越えてほしい。そのときに味わう達成感は格別だ。けれど、と少し考えてみる。何気なく腰掛けて、なんとなく座っていただけなら三年座っていられるかもしれない。けれど、あらかじめ石が温かくなるまでは何年もかかりますよ、と言われていたら、そんな石には座らないんじゃないだろうか。どうしても座らなきゃいけない状況はあるかもしれない。そんな人にとっては、「いつか温かくなるかもしれない」という見通しがあれば安心する。だけど、それは座り続けるための理由ではなく、あくまでも我慢を続けるための慰めだ。そうやってやっとのことで温まったお尻に感じるのは、きっと達成感ではなく、辛かったことから解放された安堵だろう。少し走ってみようかなと思ったときに、遠くにあるゴールにたどり着くまで走り続けないといけないとしたら、ましてや、周りのみんなはその道のりを悠々と走っているのを見たら「今回はやめておこうかな」と、スタートを切ることさえしないんじゃないか。そうしたら、そのまま「興味はあるけれどやっていないリスト」に追加されることになる。続けたら花が咲き、実がなるかもしれないけれど、そもそも始めなかったら芽さえも出ない。なんとなく始めてみて、一歩ずつ進んで、気づいたら遠くまで来ていた。座っていたらいつの間にか温くなっていた。それくらいでいいのなら、最初の一歩も気軽に踏み出せそうな気がする。どうして僕はその面白さを知れるくらい続けられたんだろう、と考えた時に思うのは、同じように下手くそな友人がいたからではないだろうか、ということ。もちろん、上手い人に憧れて鍛錬して上達する人もいるだろうけれど、自尊心の低い僕の場合は、周りの人たちが板チョコのような薄さのホールドを掴んで身軽に登っているのを見て、憧れよりも惨めさを感じた。僕だけが、バナナみたいなデカいホールドに不格好にしがみ付いている。身軽さなんて微塵もなく、ナマケモノのように壁にへばりついて腕をプルプルさせたあげく引力に負けてマットの上に落下する。初心者なんだから当たり前だし、恥ずかしがって楽しめないのはもったいない。そんなこと分かっているけれど、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。だから僕は、慣れるまではひとりで行けなかった。一緒に通う、同じタイミングで始めた同じように下手くそな友人がいたから、その恥ずかしさが紛れていた。自分より下手だから安心できるのではない。「失敗しても大丈夫だ」と思えるから安心できるのだ。持つべきものは偉そうに教えてくれる熟練の友ではなく、共に失敗する未熟な友だった。そんなことを思い出しながら思う。興味を持ったあそびに参加しないその子は、新しいことに挑戦することが嫌というよりは、「みんなができていて自分だけできない」のが嫌なんじゃないだろうか。「失敗するかもしれない」という気持ちが足枷となっているんじゃないだろうか。なんとなく始めて、なんとなく覚えて楽しんでいる間に上達することってある。特に幼少期はそういうことが多いだろう。自分が人よりも劣っているかも、そんなことを思うとはじめの一歩は踏み出せない。大人なら子どもよりも上手にこなして「やってみなよ、教えてあげるよ」って、色んなことを教えてあげたい。けれど、未熟な友として共に失敗しながら成長していくのも良いのかもしれない。簡単に投げ出したり、逃げ出したりしないでほしい。けれど、途中で辞めることを「悪いこと」にしてしまっては、その経験はきっと「あの時も投げ出してしまったし、今回もどうせ続かないからやめておこう」になる。投げ出さないように嫌なことに耐えて育つのは、根気強さではなく我慢強さだ。根気強さや粘り強さはきっと、「もう少し続けたら面白くなるんじゃないかな」という期待のもとにあるんじゃないかな。それはきっと、与えられるものではなく、気軽に始めてたまたま続いた、そんな経験の積み重ねから生まれるんだろう。だから、途中で投げ出さずに続けてほしいなら、途中で辞めても大丈夫って思いたい。いつ立ってもいいからこそ、気負わずに安心して座り続けられるのだ。身になりかけたものを途中でやめそうになったときに「もったいないな」って思ったりもする。こんなに勉強してきたのに生かせないのはもったいないな。この資格取ったのに、別の仕事するなんてもったいないな。ここまで原稿書いたのに、ボツにするのはもったいないな。そんなことを大人になっても、いや、大人になったからこそ思ったりする。きっと、これまでそれに注いできた時間が無駄になるようで嫌なんだと思う。けれど、これまでの時間はこれまでの時間で、これからの時間はこれからの時間だ。ちなみに、これまで注ぎ込んだものを無駄にしたくない!という思いで損をすることが分かっていてもそれを続けてしまうことを、コンコルド効果っていうらしい。博打好きの同僚が教えてくれた。博打と一緒にするなよ、と思うけれど、同時に納得もしてしまう。未来のためにやってきたことを間違いにしないために、これからを犠牲にしているならそれは、未来ではなく過去のために生きているということになる。きっと誰だって、失敗するのは嫌だ。けれど、それが失敗じゃないとしたらどうだろう。「やるなら途中で投げ出しちゃダメだよ」「どうせ続かないんだからやめときなよ」って言葉は減るかもしれない。飽きたなら途中で辞めればいい。しんどければ逃げればいい。簡単に投げ出せばいい。そんなことを言葉にするのは憚られるけれど、それが許されるなら、大人も子どもも、少し肩の荷が降りるような気がする。甘いんじゃないだろうか。その子のためにならないんじゃないだろうか、と思ってしまうかもしれない。途中で辞めてしまう子を見て、歯痒い気持ちになるかもしれない。けれどそれは失敗じゃないし、無駄なんかじゃないとすれば、育んでいるものに目を向けられる。新しいことに挑戦できた。別のことに興味を持てた。できない自分を受け入れられた。全部大成功だ。何にも見つからなくても、自分の気持ちに正直になれた、無理しなかった、だけでも十分だ。それを失敗にしなければ、次の挑戦ができるかもしれない。気軽に、なんとなく興味を持って、なんとなく始められるかもしれない。そんな一歩が積み重なって、気づいた頃にどこか遠くまで来ているかもしれない。もちろん、どこにも辿り着かないかもしれないけれど、それはそれでいいじゃない。活発な子に育ってほしいなら、元気がなくてもいいよって言ってみる。なんでも食べる子に育ってほしいなら、無理して食べなくてもいいよって言ってみる。強い子になって欲しいなら、泣いてもいいよって言ってみる。今と未来は地続きだけれど、今のこの時間を、未来の何かにつなげるために無理しなくていい。「こんなんじゃダメだ」ではなく、「できなくても大丈夫」って安心できたなら、どこかの何かのきっかけでなんとなく「もう一歩踏み込んでみようかな」って思えるのかもしれない。余談ですがこの連載コラムは、月2本くらい書くつもりでスタートした。次第に月1本くらいのペースになっていった。1月から始まり12月にちょうど第12回の原稿を書き始めた。三日坊主の自分が月一を継続したと喜んでいたら、八割方書けたくらいで手が止まってしまい、結局予定より2ヶ月遅れた。初めは、「続けられるか分からないけれどとりあえずこの一本を」と書いていたのに、過去に積み上げたものや達成しそうな何かを見た途端、身動きが取れなくなったのだ。けれど、書いた。今までのものなんて忘れて、次のことも考えないで、目の前のことだけ考えて、ちゃんとできた。えらいな、自分。結局、ボルダリングは2年ほど続けたけれど、引っ越してアクセスが悪くなったことで足が遠のき、そのまま辞めることになった。せっかく鍛えたのだから衰えないようにと通い始めたフィットネスジムは、2、3回通って飽きてしまった。かと言って一度始めたのに途中で辞めるのもなんだかやはりダメな気がして「今月は月謝も払ったし…」と先延ばしにし続けていたら、結局1年間ほとんど通わないのに毎月月謝が引き落とされていた。これがコンコルド効果か、と無表情で納得した。始めたいけれどきっかけがない、ということもあれば、続けたいけれど途切れてしまうこともある。やめたいのにダラダラと続けていることもある。三日坊主が石の上に座っているのを想像してみる。ただの坊主なら修行っぽいけれど、三日坊主が座り続けているのならば、よほど居心地のいい石だろう。そんな石が見つかればいいなって思う。いつか見つかるかもしれないから、そんな石が見つかるまでは、少し冷たいお尻ももう少し我慢してみようかな、なんて誤魔化してみたりする。座っているのがしんどいならば、寝転んででもへばりついてでも居心地いい姿勢を見つけてやろうか。きしもとさんの記事やこれまでの連載コラムはこちら[文・構成/きしもとたかひろ]きしもとたかひろ兵庫県在住の保育者。保育論や保育業界の改善について実践・研究し、文章と絵で解説。Twitterやnoteに投稿している。⇒きしもとたかひろnote⇒きしもとたかひろTwitter
2021年02月06日お笑いコンビ・キャイ~ンの天野ひろゆきが30日、一般女性との結婚を発表した草なぎ剛をツイッターで祝福した。草なぎはこの日、婚姻届を提出。所属事務所を通じ、「これからも、今までと変わらぬスタンスで仕事を続けていきたいと思っておりますので、皆様にも応援していただけるよう、日々精進してまいります」とコメントを発表した。天野は相方・ウド鈴木と共に撮った思い出のスリーショットをアップし、「うぉー、今つよぽん結婚!」と興奮。「こんな嬉しいサプライズは、なんぼあってもいいですからね」と喜び、「本当におめでとう」とメッセージを送った。天野が投稿した写真は、昨年11月に草なぎが行ったライブイベント「草なぎ剛のはっぴょう会」後の一枚。当時のブログでは会場まで足を運んだことを明かし、「歳をとると、失敗を恐れたり、なるべく恥をかきたくないという気持ちが強くなり、次第に自分で挑戦を諦めたり、限界を決めたりしてしまうものだ」「しかし、つよぽんにはそれがない」「その姿を見ていたら人生を楽しんで生きてるかい?とお尻を叩かれたような気持ちになったりした」と感想をつづっていた。
2020年12月30日2021年3月4日(木)~3月14日(日)に、東京・大手町三井ホールにて上演される舞台「元号男子」のメインビジュアルが公開された。本作は、志島とひろによる元号を擬人化した作品を舞台化したもの。時代とともに生まれた大正、昭和、平成、令和の4人の元号男子が一つ屋根の下で暮らす模様を描いている。脚本・総合演出を川尻恵太、演出を白鳥雄介が担当。大正役の和合真一、昭和役の校條拳太朗、平成役の平賀勇成、令和役の大薮丘を中心に、若手俳優たちが活躍する。今回公開されたビジュアルのイラストは、原作者の志島が手がけた。背景はイラストレーターの村カルキによるもの。魅力的なキャラクターはもちろん、美しく描かれた背景も注目してほしい。なお、和合、校條、平賀、大薮のキャスト4名のサイトにて、チケット先行受付を実施中。申し込み締め切りは12月7日(月)23:59となっている。【公演概要】舞台「元号男子」公演日:2021年3月4日(木)~3月14日(日) / 全15公演会場:大手町三井ホール(東京都千代田区大手町 1-2-1 Otemachi One 3F)チケット代:全席指定9,800円(特製 A4 タペストリーつき / ランダム)※本公演のチケットは電子チケットとなります。ご注意ください。キャスト先行:2020年11月20日(金)10:00~12月7日(月)23:59大正役・和合真一 FC: 昭和役・校條拳太朗 FC: 平成役・平賀勇成 ニコニコチャンネル: 令和役・大薮丘 FC: ※詳細は各サイトでご確認ください。公演に関するお問い合わせ:サンライズプロモーション東京 0570-00-3337(平日12:00〜15:00)公式サイト:
2020年11月27日服部金太郎生誕160周年記念限定モデル SBGZ005セイコーウオッチ株式会社は<グランドセイコー>から、セイコーの創業者である服部金太郎の生誕160周年を記念した限定モデル1モデルと、セイコー創業140周年を記念した限定モデル1モデルを2021年1月22日に発売いたします。希望小売価格はそれぞれ1,155万円(税込)(税抜1,050万円)、330万円(税込)(税抜300万円)です。《セイコーの歴史》創業者服部金太郎は、1860年10月9日(旧暦。新暦では11月21日)、現在の銀座に生まれました。少年期に時計店の様子を見て、「販売だけでなく修理でも利益が得られ、客足の少ない日でも大切な『時』を無為に過ごさなくともよい。」と考え、時計商になろうと決心しました。その後、時計店で時計の修理や販売を学んだ後、1881年、21歳の時、「服部時計店」(現在のセイコーホールディングス株式会社)を創業しました。当初は輸入時計の販売や修理を主体としていましたが、時計の自社製造を目標としていた金太郎は、1892年、時計の製造工場「精工舎」を設立し、掛時計の製造を開始しました。精工舎ではその後、部品の製造から組立まで一貫して自社で行うことによって、精巧で品質の高い製品を世に送り出しました。3年後には、当時需要が高まっていた懐中時計の製造を開始し、1913年には、やがて腕時計の時代が到来することを先見し、国産初の腕時計の製造にこぎつけました。以降、服部金太郎の先見の明と独自の経営理念により、服部時計店は日本の時計産業の礎を築きました。日本の時計産業を牽引し、「東洋の時計王」と呼ばれた服部金太郎が残した下記の言葉や経営理念は、グランドセイコーのブランド思想やものづくりにも脈々と受け継がれています。・常に時代の一歩先を行く(革新)「すべて商人は、世間より一歩先に進む必要がある。ただし、ただ一歩だけでよい。何歩も先に進みすぎると、世間とあまり離れて預言者に近くなってしまう。商人が預言者になってしまってはいけない。」・急ぐな休むな(進化)「向上心はどこまでも持っていて、一歩一歩少しずつでも急がず休まずに働いていった方がよい。」「急げば休まなければならぬ。休まず進まんとすれば急いではならぬ。」・良品は必ず需要者の愛顧を得る(高品質)服部金太郎は精工舎の設立時から「精巧な時計を作ることで成功を収める」ということを固く決意しており、製造会社を「精工舎」と命名したことにも並々ならぬ決意が見て取れます。そして、良品こそが顧客の信頼を得ることができ、事業が成り立つという強い信念を持っていました。《商品特徴》服部金太郎生誕160周年記念限定モデル稜線の際立つプラチナケースと、それに呼応するカーブを描く風防ガラス冷間鍛造でつくり出された稜線の際立つプラチナケースは、セイコーの持つザラツ研磨(※1)の技術を結集し、平面も曲面も歪みなく磨き上げられています。また、風防ガラスは、複数のカーブ形状を歪みなくつなぐことで、全体に柔らかい印象を与えつつ、ダイヤルの隅々まで見える視認性の高さを実現しています。新しい技法を取り入れた、繊細な放射を放つ多層ダイヤル初代グランドセイコーのダイヤルでは叶わなかった放射模様から発想を得た多層ダイヤルは、現代の加工技法を結集するとともに新たな技法を取り入れることでつくられています。繊細な放射模様にブランドロゴ、SDマーク(Special Dialマーク= 金無垢のインデックスを採用したダイヤルに入れられるマーク)、そして秒目盛が浮かび上がり、印刷によらず立体の陰影のみで美しさと視認性を実現しているのが特徴です。また、特別に14Kホワイトゴールドでつくられたインデックスと時分針は、切削で成形した金無垢の質感が活きたシャープな形状です。3日間を優に超える約84時間の持続時間を持つスプリングドライブ(※2) ムーブメントを採用本モデルに搭載されているムーブメントは、高級時計の専門工房「マイクロアーティスト工房」(※ 3)(セイコーエプソン株式会社 塩尻事業所内)で手がけられ、「デュアル・スプリング・バレル」(※4)と、「トルクリターン・システム」(※5)の組み合わせによって約84時間の持続時間を持つスプリングドライブ「キャリバー9R02」です。ムーブメントの受には「Micro Artist」と彫刻された18Kイエローゴールド製のワッペンが取り付けられており、このプレートを、お客様の希望される言葉を彫り込んだプレートと交換してお渡しすることもできます。セイコー創業140周年記念限定モデル SBGW260初代グランドセイコーの復刻デザイン初代グランドセイコーのデザインを18Kピンクゴールドの素材で華やかに復刻したモデルです。また、永続的な美しさを放つ18Kゴールドをケースとインデックスに採用しました。12時位置の「Grand Seiko」ロゴは浮き出し加工で仕上げ、立体的に輝きます。裏ぶたから見ることのできるムーブメントの受には、服部金太郎が精工舎を設立した当時に商標として使用された丸角Sマークを刻印しています。最新の技術を駆使したクラシカルな手巻キャリバーを搭載ムーブメントには、機械式の手巻キャリバー9S64を搭載しています。キャリバー9Sは、動力ぜんまいとひげぜんまいにセイコー独自の耐久性の高い素材「スプロン」を採用しています。また、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems 微小電気機械システム)によって製造される、高精細かつ表面平滑度の高い部品を脱進機に採用しています。【商品仕様】<グランドセイコー>マスターピースコレクション服部金太郎生誕160周年記念限定モデルその他仕様【ムーブメント仕様】スプリングドライブムーブメント キャリバー9R02巻上方式 手巻時間精度 平均月差± 15 秒(日差± 1 秒相当)(気温5℃~ 35℃において腕に着けた場合)パワーリザーブ 約84 時間(3.5 日)石数 39石<グランドセイコー>エレガンスコレクションセイコー創業140周年記念限定モデルその他仕様【ムーブメント仕様】メカニカルムーブメント キャリバー9S64巻上方式 手巻時間精度 平均日差+5~-3秒(静的精度)※携帯時の精度目安は日差+10秒~-1秒パワーリザーブ 約72時間石数 24石振動数 28,800 振動/時間(8振動/秒)(※1)ザラツ研磨円形の定盤を回転させ、そこにケースを押し当てて面をならし、歪みのない平面を生み出す下地処理技術です。(※2)スプリングドライブ機械式時計と同様にぜんまいのほどける力を動力源としながら、IC と水晶振動子により正確に精度を制御するセイコー独自の駆動機構です。電池が不要であること、温度変化や衝撃・振動など外部環境の影響をほぼ受けない安定した時間精度、さらに、流れるように滑らかな秒針の動き(スイープ運針)が特徴です。(※3)マイクロアーティスト工房マイクロアーティスト工房は、「信州 時の匠工房」を構成する主要工房の一つで、2000 年に時計の技能を継承する目的でセイコーエプソン株式会社 塩尻事業所内に設立されました。現在「技能五輪金メダリスト」、「黄綬褒章」受章者を含む「現代の名工」らが所属し、高い技術・技能を活かして複雑時計を手がけています。(※4)デュアル・スプリング・バレル1つの香箱車(バレル)に薄く長い2 本の動力ぜんまいを並列に重ねることにより、持続時間を向上させています。(※5)トルクリターン・システムトルクの大きいスプリングドライブの特性を最大限に生かし、限られたエネルギーを有効に使い時計の持続時間を延ばす独創的な機構です。「キャリバー9R02」ではトルクが大きいフル巻き上げの状態から約48 時間の間は、動力ぜんまいのエネルギーを活用して、ぜんまい自らを巻き上げます。その結果、持続時間はデュアル・スプリング・バレルと合わせて約84 時間(3.5日)を実現しています。セイコーウオッチ(株) お客様相談室 0120-061-012(通話料無料)<グランドセイコー>の公式Web サイトアドレス企業プレスリリース詳細へ本記事に掲載しているプレスリリースは、株式会社PR TIMESから提供を受けた企業等のプレスリリースを原文のまま掲載しています。FASHION HEADLINEが、掲載している製品やサービスを推奨したり、プレスリリースの内容を保証したりするものではございません。掲載内容に関するお問い合わせは、株式会社PR TIMES()まで直接ご連絡ください。
2020年11月10日Twitterやnoteで子育てに関する『気付き』を発信している、保育者のきしもとたかひろさん。連載コラム『大人になってもできないことだらけです。』では、子育てにまつわる悩みや子供の温かいエピソードなど、親や保育者をはじめ多くの人の心を癒します。まだ感情のコントロールが苦手で、癇癪(かんしゃく)を起こしてしまう子どもたち。他人の苦しみや欲求は、どうすれば理解できるのでしょうか。第10回『同情するならお湯をくれ。』「怒りたくて怒ってるんじゃないよ」と言われて「なら怒らなければいいじゃないか」と思ったことがあるのは僕だけではないだろう。学校からの帰り道、歩きながらノートを広げている子がいた。「危ないからノートしまって歩きなよ」と声をかけると「だってー」と返してきた。「危ないことは危ないからやめてね」と口答えを制した。理由があろうと危ないことは危ないのだ。しばらく歩いたところでお茶を飲みながら、またノートを広げていた。「しまっときって言うたやろー!」と少し語調を強めると、注意されて落ち込むというよりも楽しみを邪魔されたというような表情をした。心配していることを伝えるつもりで言い訳のように「怪我したらあかんからな。ほんで、暑いから水分しっかり取ってな」と言うと「だから飲んでてんやん」と言い返してきた。なんだかやけに反抗的だなと思いながら視線を落とすと、広げたノートに地図のようなものが書かれているのが見えた。スタートらしき場所には「がっこう」と記されており、路線図のようにいくつかの四角を線で繋げていて、ところどころに手書きの星マークがつけられていた。双六のようにも見える。「なに見てたの?」と、指摘としてではなく興味本位で尋ねた。「帰り道に暑くてお茶飲まなあかんから、飲むポイントを書いてんねん、いまここ」と言って[学校]と[学童]の間にあるチェックポイントの一つを指した。「真夏の水分補給」も子ども達に指導している交通ルールと同じく大切なことだ。それを自分たちで工夫して実践できるようにしていることに感心しながらも「いいことやけど、危ないからノート広げて歩くのはやめような」と伝えた。しばらくしてから、「おもろいなあ」とそのノートのことを思い出していた。自分たちで相談して書いたんだろうか。決められためんどくさいことも、あそびに昇華してるなんてすごいじゃないか。「いいことやけど」ってなんやねん。ただただめっちゃおもしろいやん。「いいことや」って取ってつけたように言ったけど、あの子たちには「怒られた」ってことだけが残っているんじゃないかと少し後悔した。自分で自分に「怒りたくて怒ったんちゃうねん」と言い訳した。「なら怒らなければいいじゃないか」と子どもの頃のぼくが顔を出す。危ないことは危ないからやめてもらわなきゃいけない。けれど、もっとほかに伝え方があったんじゃないか、間違いを指摘することをそんなに焦らなくてもいったん話を聞くことくらいはできたんじゃないか、と何度も考えていた。思い通りにいかないときに癇癪を起こしてしまう子がいる。諭すように話したり、思いに寄り添うように声をかけたりしてみても全く応じることはなく、言葉をかければかけるほど興奮したり、脱力して床に寝そべり駄々をこねたりする。腫れものを触るように接していき、癇癪玉が爆発したら最後「鎮まりたまえ!」と災難が過ぎ去るのを待つようになだめ、根負けして思い通りにさせるか、そうでなければ開き直って強引に言うことを聞かせるしかない。その子は好きなあそびを中断されるたびに駄々をこねた。みんなで遊んでいるときには機嫌よく過ごしているけれど、終わってしまったり中断されると手をつけられなくなっていた。ある日、その子は好きなあそびをせずに一人で過ごしていた。ひとりでのんびり過ごしているのかといえばそうではなく、かと言って別のあそびに夢中になっている訳でもなさそうで、あえてそのあそびから離れているように見えた。何かあったのか尋ねてみると、その子は少し黙ってから「もう、ああなるの嫌やねん」と小さく言った。「ああなるの」とは「キーーーッ!」ってなること、つまり「癇癪を起こしてしまうこと」だ。「思い通りにいかないことがあったら癇癪を起こす子」ぼくはそんな風にその子のことを見ていた。思い通りにいかないことを押し通そうとする姿は、半ばわがままにも見えた。その子にも制御ができないのだ、とそのときに初めて気が付いた。本人が苦しんでいるなんて思ってもいなかった。癇癪を起こさないようにしたり、それを鎮める方法を話し合いもした。けれど、それは「その子がしんどいから」ではなく、「僕たちがしんどいから」やっていた。その子が癇癪と戦っているのに、僕とも戦わなきゃいけないなんてそりゃあしんどい。僕には見守るか支えるしかできなかったのだ。もしかしたら、わがままな姿や怠慢に見える姿が、ただ気に食わなかったのかもしれない。誰も困りはしないのに何故だか許せない、そんな感情ってあるんだよね。その子が感情をコントロールできなくて、うまく表現できなくて苦しんでいるかもしれない。それを分かっていても、それでもやっぱり「自分の言う通りにしたいだけじゃないか」とか「ただのわがままなのではないか?」と感じてしまう自分がいる。考えてみれば、その子が癇癪を起こさずに言うことを聞いて欲しい、と望んでいる僕の考えも、自分の思い通りにしたいというわがままだよね。僕たちはなんで、人がわがままに振る舞っていたりサボっているように見えたりするのが許せないんだろう。たとえば危険があるとか誰かの迷惑になるとかなら分かるけれど、誰に迷惑をかけるわけでもないのに、手を抜いていたりサボっていたりズルをしていたりすると許せない。気に食わないな、と思うだけなら勝手だけれど、「その子のためにならない」というもっともらしい理由をつけて厳しくしてしまうこともある。親を甘やかしたらいけないという価値観も、保育や教育の業界から聞こえてきたりする。「気に食わない」だけで批判するのは理不尽だって誰でも分かるけれど、それが「教育」とか「当たり前」という仮面を被ってたら、そういうものなのかもと思ってしまう。しんどい人は救われるどころかさらに追い込まれていく。しんどいのなら、甘えてもいいんじゃないのかな。なんで、甘えたり手を抜いたりすることが許せなくなってしまうんだろう。あ、例えば、狩りで生きてきた時代には、サボってしまったら生死に関わるから本能的に「サボるのは許せない」と感じるのかもしれないな。とか適当なことを考えてみたけれど、「サボりたい」「休みたい」も生きるために必要な心の声じゃないか。「何個しんどかったら帰れるんですか?」中学校に勤めている友人が、保健室で生徒に聞かれたらしい。熱は無いけれどアトピーの調子が悪いし具合もよくないので帰りたい。けれど、サボりだと思われて帰らせてもらえないとのこと。甘やかしてクセになってもいけないし、だからって子どものしんどさに寄り添えないのもつらいものだ。僕は子どもの頃からアトピーなんだけれど、痒いとか痛いとかだけでなく、向けられる視線やかけられる言葉に傷付いたり、自分は頑張りたいのに頑張れないしんどさもある。学童でも身体が痒くて目の前の宿題に集中できない子がいて、それを見て「集中力がないな」と思ってしまいそうになる。けれど、絶対に「集中しなよ」と声をかけることはしない。だって、集中できるならしてるもんね。痒いから集中できなくて、集中できないからまたイライラして掻いちゃって、終わりが見えなくてボーッとしてしまうんだ。荒れた肌は見た目も良くないし、フケが服についたりするから清潔感がないとか言われる。清潔にしていないとすぐに悪化するから、一度来た服を洗わずに着ることはないしシーツだってしょっちゅう洗う。その辺の清潔感のあるイケメンよりも、きっと清潔であることを心がけているけれど、見た目の清潔感は伴わない。食生活が良くないんじゃないかとか生活習慣が悪いんだよって言われることもある。怠慢だから、サボっているからだよと病気をその人のせいにしたがる。しんどくてエネルギーを使いすぎて、いつもなら容易にできることが、ガス欠でできないこともある。当たり前にできるべきことができていないから、またやっぱりサボってるって思われる。その人のしんどさはその人にしか分からない。同じ痛みでも、平気な人もいれば、動けないくらい苦しむ人もいる。その人にしかその苦しみはわからない、という至極当たり前のことを忘れて、苦しむ人が弱いのだと、それを悪いことのようにしてしまう。忍耐力が足りない?みんな我慢してる?その事実があったとしても、それでしんどさはなくならないのに。病気に限らない。健康でも、その時の環境や状況でしんどい人はきっとたくさんいる。家族がケガをしたり、飼っている猫が病気だったり、失恋したり、推しが引退したり。病気だからとか障害だからとかではなくて、なにもなくてもそのしんどさに目を向けていたい。「そんなことくらいで」なんて他人が言っちゃいけないんだよね。みんなは大丈夫なのに自分がしんどくても、「そんなことくらいで」って自分で思ってしまうことも、もうやめたい。みんなしんどいことは嫌なはずだよ。そのしんどさから逃げたり解放されることを望んだりするのって悪いことじゃないはず。みんながしんどくなくて、みんながサボれる社会の方が断然生きやすいやんか。「なぜしんどいか」なんて関係なくて、そこにしんどさがあるのなら、それをまずは解消したい。甘えてなにがいけないんだろう。弱くてなにがいけないんだろう。教育というモノを言い訳に、育てるという名目のもとに、その子のしんどさを否定してはいないだろうか。まっとうに生きる。勤勉に生きる。それが幸せになるためではなく、ちゃんとした大人として見られるためなのであれば、もうそれにならなくてもいいやって思うの。ちゃんとした大人、を目指すなら、人のしんどさを自分の尺度で測らずに、想像したり寄り添える大人でありたいと思う。「正しいこと」よりも先に「生きやすいこと」を大事にしてみようよって思う。他人が大切にしているものを否定しないのと同じように、他人のしんどさを否定しない。それができたならきっと、自分の大切にしているものもしんどいことも、自分で否定しないでよくなるんだと思う。子どもの育ちを見守る立場である僕が、こんな風にサボることを肯定したら、それで不安になる人もいるかもしれない。けれど、ぼくははっきりと言いたい。一個でも十分しんどいよ。みんながしんどくないことでも君がしんどいのならしんどいんだよ。休んでいいんだよ。手を抜いていいんだよ。苦しみを我慢して厳しくされた分だけ辛抱強くはなるかもしれない。けれど、その分相手にもその強さを求めてしまうのであれば、自分のしんどさに気づいて誰かに甘えられるほうが、その誰かもまた誰かに甘えていけるほうが、みんながしんどくないんじゃないかな。少なくとも、相手には相手のしんどさがあることを知れるから、強さを求めて追い込んだり傷付けたりすることは減るだろう。みんなが強いことを望んで傷つけ合うよりも、弱さを認め合って支え合えたら。甘いと言われようと、僕はそうありたいと思うのだ。余談ですが別の日の帰り道に、「泥棒って、ご飯食べてるんかなあ」と尋ねてきた。不意に問われたその意図が分からなかったので、なるべく断定するような答えにならないように「どうやろうなあ」と返すと「食べてないんやったら、カップラーメンにお湯入れてあげたいわ」とその子は言った。ただカップラーメンをあげたい、ではなく「お湯入れてあげたい」という具体的な優しさが、哀れみとか同情ではなくその子の本当の思いであることを感じさせた。「泥棒ってお金ないんやろ、だからカップラーメンに」と繰り返す。生まれながらに悪い人、ではなく、お金がないから悪いことをしてしまう。そんなふうに考えられる人がどれだけいるだろう。悪い人の代名詞である泥棒だけれど、その子にとっての泥棒は悪い人ではなく困っている人なのだ。犯罪を犯すのはその人のせいで、貧乏なのは自己責任だと叩かれるこの社会で、この子は泥棒のカップラーメンにお湯を入れてあげたいと言っている。それを聞いてぼくが抱いた感情を、なぜだろう、うまく言い表せられない。考えを巡らせすぎたのだろうか、「あーーー」と叫んで「あかん、ほんまに泥棒にお金配りたくなってきた」と泣きそうな顔で呟いた。もしぼくが泥棒なら、って少し想像したら、泥棒でもないぼくが何故か救われたような気持ちになった理由が分かった気がした。ぼくが泥棒だったなら。きっと、そのもらったお金でカップラーメンを買うだろう。ビールを飲んだり美味しいお肉も食べたいけれど、餃子やお寿司も食べに行きたいけれど、でもきっとカップラーメンを買うだろう。そして、その子がお湯を入れてくれるのを待つのだ。きしもとさんの記事やこれまでの連載コラムはこちら[文・構成/きしもとたかひろ]きしもとたかひろ兵庫県在住の保育者。保育論や保育業界の改善について実践・研究し、文章と絵で解説。Twitterやnoteに投稿している。⇒きしもとたかひろnote⇒きしもとたかひろTwitter
2020年10月27日●オーディションで存在感「放っているものがありました」俳優の草なぎ剛がトランスジェンダー役に初挑戦した映画『ミッドナイトスワン』(公開中)で、演技未経験の中学生・服部樹咲(14)がオーディションでヒロインを射止め、女優デビューを果たした。『全裸監督』を手掛けた内田英治監督のオリジナル脚本による本作は、トランスジェンダーとして葛藤を抱えながら生きる凪沙(草なぎ)と、親からネグレクトされてきた少女・一果(服部)の姿を通して、“切なくも美しい愛の形”を描いた物語。バレエダンサーを夢見る一果役は、バレエ経験を前提としたオーディションで、服部がその座をつかみ取った。初挑戦ながら堂々とした演技を見せ、大先輩たちに劣らぬ存在感を放つ服部。草なぎも「一果にしか見えなかった」と称賛し、服部によって自然と湧き出る母性があった話している。そんな原石を見つけ出した内田監督、そして服部本人を直撃。オーディションを振り返るとともに、どのように一果を作り上げていったのか語ってもらった。内田監督は「オーディションで何百人と見ましたが、服部さんは1組目にいました。目の前に立った時、(服部さんにしようと)ほぼほぼ決めた気がします」と説明。『全裸監督』で黒木香役に起用した森田望智も、オーディションで最初に目に入ってきたときに直感が働いたそうで、「演技ではなく存在感が重要」と語る。そして、服部について「放っているものがありました」と言い、「最初、どこかの島で育った田舎の子かなと。そんな雰囲気でしたが、実際は東京のど真ん中に住んでいて、東京でもこういう子がいるんだなと思いました」と第一印象を述べた。服部は「オーディションを受けたとき、あんまり手ごたえがなかったんですけど、受かりました」と振り返り、「ナチュラルな演技を求めていることはなんとなくわかっていたので、私に演技経験がなかったから自然さが出たのかなと思っています」と分析した。4歳からバレエを始め、さまざまなコンクールで入賞する実力を持つ服部だが、「バレエの道に進もうと決めていたんですけど、少し前に女優になりたいという思いが芽生えました」と将来の夢が変化。「ドラマなどを見て、『自分だったらこうやって演じたい』と考えていて、だんだんやりたい気持ちが大きくなっていきました」と女優に興味を持ったきっかけを明かした。そして、「そう思っていたときにこのオーディションを見つけて、バレエもできるし演技もできるし、と思って応募しました」と挑戦を決意。これまでのバレエ経験も生かせる一果役について「運命かなと感じました」と言い、「絶対にこの役をやりたいなと思いました」と強い思いを持って臨んだ。バレエの経験は、バレエシーンもある一果役には当然生かされているが、演技にもつながる部分があると感じているようだ。「バレエで自分を表現することが好きで、鏡の前で表情や手の動きを研究していたので、演技においても表情や動きに生かされているのかなと思います」内田監督も「いろいろな世界がありますがバレエは別格に厳しい。芸能界よりもバレエの世界の方が厳しいですから、そこでやっていたというのは役者の世界でめちゃめちゃ生かされると思います」と太鼓判。「ぽけっとしたいまどきの子に見えるけど、バレエの競争社会にいたから内面はアグレッシブ。芝居に対しても。役者も役を勝ち取っていかないといけないですから、そういう部分はすごく強いですよね」と話した。●バレエでの経験と重ねながら感情表現を特訓現場での服部への演出を尋ねると、「『余計なことをしないで』。それだけです」と内田監督。「現場に何日もいると、どんどん役者になって、だんだん作ろうとする。見ていてわかったので、『余計なことしないでね』と言いました」とはいえ、感情表現の練習は行ったようで、「泣いたり、笑ったり、気持ちを高ぶらせるところがあるので、彼女が持っている悔しい部分や悲しかったことを使って感情表現できるような練習を何回かやりました」と説明。「最初はなかなかできませんでしたが、バレエで苦しかったことなどを使うとうまく感情表現できる。役者は自分の経験と重ねながら芝居をしますが、彼女の場合はそういう特別な思い出はだいたいバレエなので、バレエに結びついていく」と、感情表現においてもバレエ経験が生かされという。内田監督はまた、「彼女は感情の出し方が個性的だから、最初は物足りないなと思ったんですけど、完成した映画を観ると、すごくリアリティがある」と服部の演技を称賛。演技未経験だからこそできた一果役でもあると言い、「1回限定なので。次の仕事のときはもう女優。1回こっきりのチャンスをうまく作品が拾ってくれたのかなと思います」と語った。服部は「『ネグレクトを受けるとどういう精神状態になってしまうのか』など、内田監督や母と一果についてたくさんお話して、一果に近づけるように頑張りました」と説明。「最初は涙がポロっとしか流せなくて、それじゃダメだって言われて、泣きわめいたり叫んだりする練習をしました」と感情の爆発に苦労するも、「練習をやっていくうちにだんだんできるように。1回殻を破けば、恥ずかしさはなくなるのかなと思いました」と感情の出し方をつかんだようだ。演技の楽しさを感じたか尋ねると、「表情をどうするかなど、細かいところまで考えるのは楽しい」と答える服部。内田監督曰く、「演技が楽しいと感じるのは2、3年後くらいらしい。それくらい経つと他人になりきる快感をつかむそうです」とのことで、服部が演技の本当の面白さを感じるのはまだ先のようだが、本作出演によって女優業への思いが強まったか質問すると、「はい。現場が楽しかったので」と即答した。●「リアルな演技ができる女優さんになりたい」また、本作に込めた思いを内田監督に尋ねると、「トランスジェンダーなどを扱っていて社会的なメッセージ性が強いと思われがちですが、娯楽映画として作ったので、娯楽映画としてたくさんの人に観てほしいという思いが一番強い」と説明。社会性と娯楽性のバランスは「難しかった」と言い、強い社会的メッセージがありながら娯楽作品に見えるためには「リアリティが大事。リアリティが圧倒的に娯楽につながる」と語った。だからこそオーディションはバレエ経験を前提に。「通常であれば人気女優さんを起用して、踊りをちょっとだけやってもらって、あとは吹き替えでうまい人の足元や手元を見せるというのが普通ですけど、そういうのはやりたくなくて。演技経験がなくても踊りのリアリティを持っていることが重要だと思いました。そして、この方が応募してきて今こうなっているわけです」リアリティを追求する内田監督に見いだされ、一果役として強烈な女優デビューを果たした服部。今後の女優としての目標を尋ねると、「役者っぽいというか、やりすぎなお芝居は見ていてあまり好きではなくて、自分ならこうしたいなと思っていたので、リアルな演技ができる女優さんになりたい」と、明確に目指している演技があるようだ。内田監督は「そういうところはしっかり考えているんです。自分なりのこだわりが意外にある子なんだなとわかってきました」と温かい眼差しを向け、「本人が40歳くらいになったらまた仕事がしたい。もちろんそれまでにもご一緒したいですけど。せっかくこの世界に足を踏み入れたわけですから、一過性の女優ではなく、40歳になった女優の彼女を見てみたい。どんな風になっているのかなって想像しながら生きていこうかな」と期待を込めた。最後に内田監督は「いろいろなドラマや映画に出演してきた草なぎさんという本当にナチュラルな俳優が、演技をしたことのない樹咲ちゃんという女優を目の前にしたときの、2人の変な心地よい演技をぜひ観ていただきたい」とメッセージ。服部は「凪沙と一果の関係性や愛の形の変化がすごく美しくて、すごく切なくて、私も観たときに涙が止まらなくなってしまって、それくらい感動します。そのほかにも、バレエのシーン、素敵な音楽や風景、ほかの登場人物のがむしゃらに生きる姿、すべてが美しい素敵な作品だなと思います」と本作の魅力を伝えた。■服部樹咲2006年7月4日生まれ、愛知県出身。4歳からバレエを始め、「第76回NAMUEバレエコンクール名古屋」第1位、「平成29年・30年ユースアメリカグランプリ」日本ファイナル進出、「NBAジュニアバレエコンクール東京2018」第1位など輝かしい成績をおさめる。演技未経験ながら、本作のオーディションで数百人の中からヒロインの座を射止めた。■内田英治ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。週刊プレイボーイ記者を経て、1999年に『教習所物語』(TBS)で脚本家デビュー。『グレイトフルデッド』(2014)は「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」、「ブリュッセル・ファンタスティック映画祭」(ベルギー)など多くの主要映画祭で評価され、続く『下衆の愛』(2016)はテアトル新宿でスマッシュヒットを記録。「東京国際映画祭」、「ロッテルダム国際映画祭」(オランダ)をはじめ、世界30以上の映画祭にて上映、イギリス、ドイツ、香港、シンガポールなどで配給もされた。近年はNETFLIX『全裸監督』(2019)の脚本・監督を手がけた。(C)2020「MIDNIGHT SWAN」FILM PARTNERS
2020年09月26日Twitterやnoteで子育てに関する『気付き』を発信している、保育者のきしもとたかひろさん。連載コラム『大人になってもできないことだらけです。』では、子育てにまつわる悩みや子供の温かいエピソードなど、親や保育者をはじめ多くの人の心を癒します。保育の授業である質問をされた、きしもとさん。これを読んでいるあなたにとって『子供』とはなんですか?第9回『ちょっとずつやさしくて、ちょっとずつかなしい。』「子ども」を一言であらわすとなんという言葉を思い浮かべますか?保育の授業でそんな質問をされた。はしの席から一人ずつ「かわいい」とか「純粋」とか答えている中で、ある男が「邪悪」と答えた。その言葉は一際目立っていて、ぼくは「たしかに子どもには邪悪な一面もあるかもしれないな、おもしろい視点だなあ」と感心していた。一方、教壇でその質問をした先生は憤怒していた。憤怒なんて言葉を初めて使ったけれど、大げさではなく噴火する勢いで声を荒げて怒っていた。「子どもに悪の心なんてありません!」と。その男の言葉が宙ぶらりんになっていた。なんで「邪悪」と言ったのか、どんな想いや考えがあるのか聞こうとしないその姿勢はいかがなものかと思ったが、必要以上に怒られている当の本人は言い返すことはなく「そんな変なこと言った?」と困惑していた。どこかに隠れてしまったその男の本心を知りたくて、授業が終わってからどういう意味でその言葉を使ったのかを尋ねた。「子どもって悪気なく嫌なこととかするやん?人叩いたり悪口言ったりさ」と、いまだ怒られたことに納得しない表情で話してくれた。「それ、無邪気ちゃうん」と尋ねると「あ、それやわ!」と合点がいったようだった。まわりが子どものキラキラしている姿ばかりを言っている中でその視点を提起したのは素晴らしいなという尊敬の気持ちと、どんな言い間違いしてんねんアホやなという気持ちが入り混じり、「じぶん邪悪やな」と返すと、どう受け取ったかわからないけれど「ほんまや、邪悪やわー」と笑っていた。子どもの言葉と向き合うときに「子どもの言動をどこまで注意したらいいかわからない」という相談を受けることがある。小学生にもなると、どこで覚えたのか耳を塞ぎたくなるような暴言を、たとえば「しね」とか「ころすぞ」とか言うような言葉を軽はずみに使うようになる。そんな言葉を子どもから聞くと、ヒヤリとする。純粋無垢だったはずのその子が、悪に染まっていくようで不安になる。純粋なまま育ってほしい一心でその言葉を禁止したり、その言葉を使ったその子を咎めたりしてしまうけれど、子どもが本当に殺意を持ってその言葉を使っているのかと言えばきっと大体がそうではない。「きらい!」であるとか「むかつく!」であるとか、関西人の使う「あほか!」くらいの軽いノリの時もあるのかもしれない。どこで覚えたのかと書いたけれど、思い当たる節はいくつもある。テレビやネット動画だけでなく、日常で大人も使っていたりする。それこそ軽いノリで。自分の思いを言葉にしようとしたというよりは、まだ語彙の少ない中で相手を攻撃したり、自分のイライラする感情を表す言葉として、どこかで見聞きしたその乱暴な言葉を使うこともあるだろう。ぼくはそんなとき、自分が嫌だなって思ったことなら、それをそのまま伝えるようにしている。子どもの育ちのために、とか躾のためにとかは考えず、ひとりの人としてどう感じたかをそのまま伝える。言われたことが嫌だったなら、「傷ついたよ」と伝えればいい。誰かを傷つけるようなことをしていたら「見ていて気分が悪いよ」と自分の気持ちを話せばいい。必要以上に断罪はしない。表現の方法を間違えているだけだから、その言葉を肯定はしなくても否定もしない。否定したり禁止するということは、その子の感情に蓋をするということかもしれないからね。整理できない思いがあるのならそれを使わないようにするのではなく、その思いを表す言葉を知ることや、その感情との向き合い方を知ることの方が必要だろう。あわせて、その言葉の本心を理解しようとしてくれる存在と、受け止めてもらう経験も。それでもやっぱり根っこの感情が本当に「殺したい」のであれば「死ね」という言葉で正しいんだろうし、もしそうならば、その言葉を他人が否定することはできない。僕たち大人も自分の思いや感情を普段からちゃんと言葉にしているだろうか。そう考えたら、できていることの方が少ない気がする。「仕事いきたくなーい」ってよくいうけど、みんなは言わないかもしれないけど僕は言うんだけど、本当に仕事に行きたくないかといえば実はそうではなく「もうちょっとゆっくり寝たーい」とか「のんびり映画見てすごしたーい」とかだったりする。「細かい雑務がめんどくさーい」とか「あの上司と顔合わせたくなーい」とかかもしれないし、言葉にできなくてなんとなく言っていることだってきっとある。その感情をそのまま言葉にするのって実は難しくって、複雑に絡み合った感情を何か言葉にしたくて目の前のことにそのまま表出したりする。自分の感情をうまく言葉にできないだけでなく、自分の感情自体を正確に理解することもままならないときもある。子どもに「あっちいって!」とか「きらい!」とか「死ね!」と理不尽に言われたときに、本当はチクっと傷ついているのに、どうしてか怒ってしまったり。そもそも、感情を正確に言葉にすることなんかできるのかな。なんだかルンルンしている気持ちを「楽しい」という言葉にするから「楽しい」になる。そもそもルンルンってなんの音かわからないけれど、楽しいという言葉よりもルンルンの方が伝わることもあるかもしれない。もやもやしている気持ちを「悔しい」とか「むかつく」とかいう言葉にするからその感情が形になる。どの言葉にするのか適切な言葉をまだ知らないから、その感情からまっすぐ「死ね」とか「きらい」いう過激な言葉になるんじゃないか。その「死ね」や「きらい」は、「悲しい」かもしれないし「寂しい」かも「痛い」かも「虚しい」かもしれないし、「もやもや」とか「いらいら」とかかもしれないし、この世界の言葉にはない感情なのかもしれない。そんなときに、あなたはそんなこと言う子じゃないって言われたら、そんな思いを持つことはいけないことだって否定されてその思いに蓋をされたら、ぎゅーっと苦しくなる。それはきっと大人も同じだ。たとえばなにかお願い事をされたときにも、大人だから付き合ってあげないとって思わなくても、自分がそれをしたくないのなら断ってもいいのだ。ぼくは仕事だから子どもにお願いされたらよほど無理なことじゃなければ断らないようにしているけれど、仕事じゃないならその断る理由が「疲れた」とか「めんどくさい」でも悪いことではないと思う。ただ、そのときに「断られることも覚えないと」だとか「思い通りにいかないときの折り合いの付け方を学ぶ」とか、その子の育ちのためになりそうな理由を探しそうになるんだけれど、それは必要はない。むしろ、「相手のため」という言い訳は本質を隠すし、本心でもない。自分を守るために相手を引き合いに出す必要はない。相手のためではなく、自分のために自分を守ればいい。「いまは私が使っているから貸したくない」「疲れているから応えられない」ときちんと伝えればいい。「それはやめてね」「傷つくからね」そうやって伝えるだけでいいんだと思う。それでその子のなにかが育つとか考えるのは少し傲慢なんだ。意見の表明をして相手はそれを受け止めた。できる限り自分の本心に近い部分を伝えて、できる限り相手の本心に近い部分を受け取る努力をした。ただそのやりとりが人と人との関係なんだと思う。優しい人だねと言われたら、「そうなのかな」と思うと同時に、期待に応えようと思う。強い人だねと言われたら、弱音を吐いてはいけないような気がする。本が好きだもんね、勉強好きだもんね、優しいもんね、子どもが好きだもんね。その言葉に励まされることもあるし、道を踏み外しそうになるのを踏みとどまらせてくれることもある。けれど、その言葉が呪いとなることもきっとあるんだろう。期待に応えたいという思いとあわせて「そうある自分に価値がある」と思ってしまっていたりもする。言いかえればそれは、期待を裏切らないように、価値がないと思われないように、ということ。自分の役割に徹していると、自分の気持ちが疎かになる。そんな自分の気持ちをなおざりにしていることに気づいていなかったりもする。大人だから、子どもの言うことには傷ついたりしない。親だから、めんどくさいこともきちんとやる。長男だから下の子に優しくする。上司だから、部下だから…それぞれの立場でそれぞれの役割を演じるために、ときに頑張りすぎたりする。それってやっぱりしんどい。だから、優しくない自分もいて良いんじゃないかな。頑張れない自分も、意地悪な自分も、ネガティブな自分も、期待を裏切る自分も。「相手はどんな言葉を望んでいるんだろう」それを考えることはきっと優しさなんだけれど、本当の思いを伝えることでお互いが救われることもきっとある。それは、自分を大切にするということでも、相手を大切にすると言うことでもあるよね。子どもも同じだ。ぼくたちが抱く「子どもは純粋であってほしい」とか「子どもに邪悪なところなんてない」という期待が、子どもも大人もおいつめてしまう。自分にどんな役割があったとしても、自分がしたくないことやできないことは「したくない」と言っていい。それは、自分もひとりの人間であるという、自分が自分であるということ。命を危険に晒すとか突き放すのでなければ、相手を故意に傷つけたりするのでなければ、大人も子どもも一人の人間だ。子どもに対してだけでなく家族にでも友人にでも職場でもそうなんだと思う。当たり前にそれを我慢する必要はない。そんなこと言ったらできる人にしわ寄せがいくとか、みんなわがままになってしまう、と言われるかもしれない。「それはしたくないな、嫌だな」と思っても、それを伝えても、結局はやらなきゃいけないことはある。けど、だからって黙ってなきゃいけないとは思わない。部屋の掃除をしたくないし、洗い物がめんどくさい。だからって「掃除めんどくさーい!やりたくなーい!」と言っちゃダメかといえばそんなことないはずなんだよ。いい大人なんだから掃除するの当たり前でしょう。文句なんか言わずにやれよ。なんて言わないでほしいし、自分が自分をそうやって追い込むのももうやめたい。「めんどくさいよね、明日にしよっか」「まあでもやろっか」「だれかにたのもっか」でいいんじゃないかな。絶対に手を抜けない消毒とかもさ、やるのが当たり前でしょうではなく「めんどくさいよね、けどやらなきゃね」って自分で自分を慰めながらやってる。伝えることって立場によってはとても勇気のいることだから、言えないことが悪いことだということではなくて、自分を大切にするために、自分を追い込む必要なんてないってこと。近しい人に話したり、帰って独り言でも、SNSに吐いてもいい。「ほんとは嫌だったんだよね」「悲しかったんだよね」「むかつくんだよね」とほんとの気持ちを言葉にするだけで、自分の気持ちを大切にできるような気がする。その言葉が少し乱暴でもいいのかもしれない。もしかしたら相手も自分の感情を正確に言葉にはできていなくて、悲しませるつもりはなくて、まっすぐ正確に言葉にすれば関係が良くなることだってきっとあるんだろう。もちろんそんな簡単なことではなくて悪化することだってあるけどね。自分が誰かのその心の言葉を聞いたときに、「なら代わりにぼくがやりますね」って言うかもしれないし、「キツイですよね」って共感するだけかもしれない。けれど「あなたはこうなんだから」「あなたの役割なんだから」「あなたが言ったんだから」って、その思い自体を批判して突き放さなしたりしないように気をつけていたいなと思う。自分の思いや価値観は、人を叩くためのものではなく自分を守るためのものだ。そうやって考えるだけで、少なくとも自分の言葉で誰かが傷つくことはあっても攻撃するという事は減るのかもしれない。僕の文章も、誰かの心に突き刺さる言葉としてではなく、そこらに生えている草花を眺めるような、たまに気になったら摘むような、そんな感覚で読んでもらえていたら嬉しいなと思う。余談ですが子どものころ、たまに会いに来てくれるじいちゃんは、いつもアンパンを買ってきた。ぼくの2つ上の兄の好物だったからだ。じいちゃんがアンパンを買ってくるたびに、ぼくの中でアンパン好きの兄ちゃんというイメージが確立されていき、兄のなかでも「自分はアンパンが好きだ」という意識が強化されているようだった。兄の喜ぶ姿を見てじいちゃんは「やっぱり好きなんだな」と満足げにまたアンパンを買ってきた。そのままいけば相当なアンパン好きになるんだろうと期待できたが、意外にもそうはならなかった。ある日当たり前のようにアンパンを取ってあげたら、「おれ、あんまりアンパン好きちゃうかも」と遠慮気味に兄は言ったのだ。「自分は本当にアンパンが好きなのか、君はアンパンが好きだねと周りに言われるからそんな気がしていたのか、本当は好きじゃないんじゃないか」そんな葛藤があったかは知らない。自分が本当に好きなのはアンパンではなくアンパンが好きな自分なんじゃないかなんて悩む姿を想像すると微笑ましいけれど、当時の幼いぼくはなにか不安な気持ちになった。たしかに好きだったはずなのに飽きてしまったんだろうか、もともと好きじゃなかったんだろうか、じいちゃんはどんな気持ちになるんだろうかと、誰も悪くないのに、寂しいような切ないような言葉にできない気持ちになっていた。その事実がじいちゃんの耳に入ったのかはわからない。そのあとじいちゃんが変わらずアンパンを買ってきていたか、買ってこなくなったのかも覚えてないくらい曖昧な記憶だ。けれどたまに、嬉しそうにアンパンを買ってきたじいちゃんと、突如アンパンに別れを告げた兄を思い出す。みんなが優しいのになぜか悲しい。なんだか少し切ないけれど、誰かひとりがしんどいではなく、みんなが優しいからみんなが少しずつ悲しいのなら、そのほうがいいのかもしれない。きしもとさんの記事やこれまでの連載コラムはこちら[文・構成/きしもとたかひろ]きしもとたかひろ兵庫県在住の保育者。保育論や保育業界の改善について実践・研究し、文章と絵で解説。Twitterやnoteに投稿している。⇒きしもとたかひろnote⇒きしもとたかひろTwitter
2020年09月13日セイコーウオッチ株式会社は、世界初のGPS ソーラーウオッチ<セイコー アストロン>より、セイコーの創業者である服部金太郎の生誕160 周年を記念する数量限定モデル1 機種を金太郎の誕生日(旧暦)である10 月9日より国内、海外で順次発売いたします。希望小売価格は44万円(税込)(税抜40万円)です。本年2020 年は、創業者である金太郎の生誕160 周年という記念すべき年にあたります。セイコーはこれまで、金太郎の「常に時代の一歩先を行く」という理念のもと、数多くの革新的な製品を生み出してきました。その中でも、世界初のGPSソーラーウオッチ<セイコー アストロン>は、バッテリーを気にすることなく、地球上のどこにいてもGPS 衛星からの電波を受信して、すばやくその場所の正確な時刻を表示するという究極の実用機能を備え、1969 年にセイコーが世界に先駆けて発売した<クオーツ アストロン 35SQ>に次ぐ第二の革命ともいえる腕時計です。先進のテクノロジーで腕時計の新しい在り方を提示する<セイコー アストロン>は、まさに金太郎の理念を最も体現するブランドと言えます。≪商品特徴≫重厚な存在感を放つ、威風堂々としたデザイン本作は、創業者を記念するモデルに相応しい威厳ある堂々とした佇まいをイメージした「黒」と「金」を基調としたモデルです。ベゼルには硬く、耐擦傷性に優れたジルコニアセラミックスを採用し、160 周年にちなんだ16 面カットを施しています。豊かで立体的な光の表情と、その光沢感のある輝きがいつまでも味わえる特別な仕上げとなり、ブラックをベースとした立体的なダイヤルを際立たせています。1900 年に登録された商標「丸角S マーク」を裏ぶたに施した特別仕様裏ぶたの中央部には、金太郎が1900 年(明治33 年)に登録した商標「丸角S マーク」を鍛造で浮き立たせ、ゴールドカラーで仕上げました。その周囲には金太郎が掲げた理念「常に時代の一歩先を行く」の英訳“ONE STEP AHEAD OF THE REST” と“KINTARO HATTORI” をマーキングしました。「丸角S マーク」の特製ピンバッジとメッセージカード、付け替え用ストラップが入ったスペシャルボックス裏ぶたと同じ「丸角S マーク」の特製ゴールデンピンバッジに加え、金太郎を曾祖父とする、現在のセイコーウオッチ代表取締役会長 兼 CEO 服部真二からのメッセージカードと付け替え用のクロコダイルストラップをスペシャルボックスに収めた限定パッケージです。服部金太郎略歴1860 年 銀座に生まれる。1881 年 服部時計店(現セイコーホールディングス)創業。1892 年 精工舎を設立し、掛時計の製造に着手。1901 年 東京時計商工業組合頭取就任。1902 年 このころより時計王と呼ばれるようになる。1913 年 国産初の腕時計を製造・販売。1923 年 関東大震災後、焼失した修理預かり品の時計をすべて新品で返済。1924 年 時計類にSEIKO の名称を使い始める。1930 年 私財を投じて学術の奨励援助を目的とした財団法人服部報公会を設立。1934 年 永眠。≪商品仕様≫品番 SBXC073希望小売価格 44万円(税込)(税抜40万円)ケース チタン(スーパー ブラックダイヤシールド(※1))バンド チタン(スーパー ブラックダイヤシールド)付け替え用のクロコダイルストラップつき防水性能 日常生活用強化防水(20 気圧防水)ケースサイズ [外径] 42.8mm(りゅうず・突起部含まず) [厚さ] 15.6mm販売数量 世界限定:2,500本発売予定日 10 月9日(金)Comfotex(※2)【その他仕様】【ムーブメント仕様】GPS ソーラームーブメント キャリバー5X53時間精度 : 平均月差±15 秒(受信できない状態で、気温5℃~35℃において腕に着けた場合)受信機能 : GPS 衛星電波受信によるタイムゾーン修正機能(※3)スーパー スマートセンサー(自動時刻修正機能)(※4)強制時刻修正機能※「5X シリーズ」では、タイムゾーン修正(手動を除く)に成功すると、その地域のDST(サマータイム)の実施情報を反映した時刻を表示します。(※1) スーパー ブラックダイヤシールド従来の硬質コーティングと比べ約1.5 倍、セイコー独自の表面加工技術「ダイヤシールド」と比べても約1.2倍の実用硬度(処理膜と素地を含めた硬度)を備え、傷つきにくいのが特徴です。また、剥脱にも強く、色むらのない漆黒の輝きを実現しています。(※2) (コンフォテックス)ガラスの存在を感じさせない「スーパークリア コーティング(※5)」と、時計を傷から守る「ダイヤシールド」により、腕時計に求められる快適性(見やすい、傷つきにくい)を実現する、セイコー独自の快適技術です。(※3) 掲載商品に内蔵されているタイムゾーンおよびDST(サマータイム)のデータは、弊社ウェブサイトにてご確認ください。(www.seikowatches.com)。タイムゾーン・DST(サマータイム)の導入情報が変更となった場合には反映されません。手動タイムゾーン選択や、手動DST(サマータイム)設定が必要となります。(※4) スーパー スマートセンサー1 日に最大2 回の自動時刻受信を行うセイコー独自の技術。外出時などに、ダイヤルに太陽光が当たると自動で受信タイミングを調整し、GPS 衛星電波受信を開始。また、前回強制受信に成功した時刻を記憶していて、同時刻に自動で時刻修正します。(充電量が不足しているときには受信を行いません。タイムゾーンを移動した際にはタイムゾーン修正が必要になります)(※5) スーパークリア コーティング光の反射を99%以上抑制する透明被膜を、ガラスの表裏両面に施したセイコー独自の無反射コーティング処理です。太陽光や照明がまぶしい環境下でも、ガラスの存在を意識させません。また、表面の防汚膜により汚れがついても簡単に拭き取ることができます。企業プレスリリース詳細へ本記事に掲載しているプレスリリースは、株式会社PR TIMESから提供を受けた企業等のプレスリリースを原文のまま掲載しています。FASHION HEADLINEが、掲載している製品やサービスを推奨したり、プレスリリースの内容を保証したりするものではございません。掲載内容に関するお問い合わせは、株式会社PR TIMES()まで直接ご連絡ください。
2020年09月09日お笑いコンビ・キャイ~ンの天野ひろゆきが8日、オフィシャルブログを更新し、香取慎吾の感動エピソードを明かした。日本テレビ系『天声慎吾』共演以降も香取のことを「王子」と呼ぶなど、親しい間柄で知られる天野。8日付のブログでは、「昨日のななにーも、近くにはいたけど、リモート状態で会えずかと思ったら、ライブへの移動で少しだけ王子と話せた(これはもはや出待ちするファンだ(笑))」と直接の会話が久しぶりだったことを明かした。香取に会いに行った天野が「ドラマ宣伝してくれてありがとう」「おかげで好評うちに完走出来たよ!!」と伝えたところ、香取から「僕の宣伝のおかげだなんて」「じゃなくて楽しく面白く沢山の人が観たくなる作品だったんだよ。楽しい時間をありがとう!」と逆に感謝されてしまったのだそう。「久しぶりに王子に会えた」と題したこの日のブログは、「泣けるじゃねぇか王子」と天野の感情がにじみ出る一文で結ばれている。「ドラマ宣伝」というのは、天野が出演したドラマ『隕石家族』(東海テレビ・フジテレビ系)を、香取がTwitterなどで告知していたこと。先月30日、香取の「いよいよこの後23時40分から隕石家族 最終回!!」に対して天野はTwitterで「おい!ついに俺を経由しないで直接ツイートしとるやないかいっ!!(笑)」「気付かないでメール待ってたよ」「ありがとう王子!!」と反応。ブログでは度々感想メールが送られてきたことを明かし、最終回後にも届いたようで、翌日には「王子からのメールが『STAY HOMEに楽しい時間をありがとう!諦めたら人生そこで終わり 明日の人生に懸けてみるか どんとこいだね!!』その通りだよ!! 王子~!! ありがとう」と感謝のメッセージを送っていた。
2020年06月10日Twitterやnoteで子育てに関する『気付き』を発信している、保育者のきしもとたかひろさん。連載コラム『大人になってもできないことだらけです。』では、子育てにまつわる悩みや子供の温かいエピソードなど、親や保育者をはじめ多くの人の心を癒します。第5回は、きしもとさんが人それぞれ異なる子育ての価値観について考えます。第5回『知らないからこそ、間違うからこそ。』年度の変わり目、一年が過ぎようとしているこの時期にようやく気づく子どもの姿がある。3月の初め、ある高学年の男の子と公園で遊んでいるのを見て「楽しそうですね」と同僚から声をかけられた。その子を見ると、いつにない笑顔ではしゃいでいた。「いつにない?」本当かなとふと思った。自分が気づけていなかっただけでいつもこんな風に楽しんでいたんじゃないか。高学年の男の子たちは、大人にはあまり依存せず自分たちの世界であそびを楽しんでいる。家でゲームをしたり公園で同年代の子達と遊ぶ方が楽しいんじゃないかと感じることもある。もちろん一緒に遊ぶことはあるけれど、低学年のようにずっとくっついてくるようなことはほとんどない。すると、自然とこちらから声をかけるのが、危険なことやよくないことをしたときに偏ってしまう。楽しんでいる中で「注意してくる人」とだけ認識されたら、話もまともに聞いてくれない。危険なことなら聞いてもらわないといけないから遠慮なく伝えるのだけれど、ふてくされた態度や反論があるとこちらもつい強い語調になってしまう。そんなやりとりが多い男の子だった。あんなに毎日会っていて、この楽しそうにしている姿にぼくはどれだけ目を向けていたのだろう、と思った。全然見れていなかったかもしれないな、と。荒い口調で怒ってしまったり否定するような言い方をしたりした、思い出したくない記憶が蘇り、後悔した。「もう少し優しく接したらよかったなあ」と同僚にこぼすと、「まだありますよ、接する時間」と返された。うんそうだよなと思った。あと一ヶ月、できなかったことを嘆くにはまだ早い。いまからでもできることをしよう、と気持ちを立て直した。子どもとの関わりや子育てについての発信をしていると、共感してくれる人や参考にしてくれる方たちがたくさんいる。ありがたいことに、すごいねと言ってもらえることもある。けれど、その度に自分はそんな人間じゃないんだと逃げだしたくなる。「よく綺麗事が言えるよね、そんな清廉潔白な人間じゃないだろう。今までの失敗が無かったことにはならないぞ」ともう一人の自分が責めてくる。「あの人は間違っている」というような誰かを批判する言葉を聞くと、他人事ではなくその言葉はそのまま自分にも突き刺さる。浅はかな偏見で人を差別したことや傷つけたことがある。保育でも、強い言い方をしたり怒鳴ったり、言うことを聞かせようとしたり、そういった「適切ではない関わり」をしたことがある。体罰を与えて大怪我を負わせたことはなくても、そうなっていたかもしれない状況はいくらでもあったと思う。思い出すだけでこの仕事から離れたくなる。ぼくが今どんな人間になっていても、そのときのその人の傷はきっとそのままだ。なかったことにはできない。たまたまなのだ、いま何もない顔をして保育を語れているのは。当たり前のように子どもたちと毎日関わることができているのは。ぼくの知っているそれと、違うものたちぼくが育った家庭は、父がお茶をくれと言えば母はお茶を淹れる。返事をする母は、どちらかといえば嫌そうな顔をしているので、それはそれで嫌だろうから自分で淹れれば良いものを、父は半ば意地のように自分では淹れない。それについての是非は語れないし語るつもりもない。それは本人たちにしか分かり得ない二人だけの関係だ。ただそういう環境で育ったということは、ぼくも「それがふつう」という感覚を少なからず持っているということだ。良いとか悪いとかではなく、そこから自分の偏見が生まれていたりする。そう自覚しだしたのは成人してからだった。友人の母親が好きな歌手のライブに一人で行くというのを聞いて、不思議に思った。「母親が夜一人であそびにいくの?」と否定的な感情を僅かながら持った。恥ずかいしいことに、その時のぼくはまだ未熟で思慮が浅く世間知らずだった。なにも変なことじゃないのに、自分の知っているそれと違うというだけで違和感を感じてしまったのだ。保育や保護者支援について学んでいたし、実習にも行っていたけれど、自分の偏見や世の中の当たり前と向き合う機会はあまり持たなかったのだろう。ぼくの実家のおでんにはニンジンが入っている。小学校の頃に他の家ではニンジンが入っていないことに衝撃を受けた。そして、大人になってからタケノコのおでんを食べてさらなる衝撃を受けた。自分の経験がすべてで、それが当たり前だと思い込んでしまう。食事は手作りで手間をかければかけるほどよくて、共働き家庭もあるけれど父親が養って母親は家にいるのが普通で、子どもには両親がいて、休日は家族と過ごして、おでんにはニンジンが入っていて。なんとなくそれが当たり前だと思っていた。けれど、こういった「自分の当たり前」って、いろんなことを見て考察して考え抜いた先に見つけた揺るぎない価値観とか考え方ではなく、ただ「ぼくが知っているそれ」ってだけなんだよね。だから、そんな中で感じる他人の「間違い」は「ぼくが知っているそれではない」というだけなんだ。それは、偏見にまみれたものに限らず逆も然りなんだろう。ジェンダー意識が高くて多様性を尊重する環境で育ったとしても、そうでない人を見て「あの人は間違っている」と感じてしまうなら。「自分の知っているそれではない」という、ただそれだけの感覚が偏見となり、気づかぬうちに誰かを追い込んでしまっていたりする。だから、自分の当たり前で人を潰してしまわないように、人の当たり前で自分が潰れてしまわないように気をつけていたいと思うのだ。いろんな方法を、いろんな人がいることを、いろんな考えがあることを、完璧じゃなくていいことを、自分が知らないことがたくさんあることを、まず知ることができたら。多くのことを知るたびに知らないことがどんどん増えて、自分が知っていることは米びつの中にある米粒一粒くらいなのだと知れたら、きっと他の米粒を見て簡単に批判はできなくなる。当たり前だと思っているものに潰されそうになった時に、実はそれは当たり前ではないのかもしれないと知れたら、少し気持ちが楽になる。もし間違っていると感じる言説に触れて許せなかったり、自分は間違ってばかりだと感じて落ち込みそうになったら、「まだ知らないのだ」と思えたらいいな。その人がまだ知らないのかも知れないし、自分がまだ知らないのかもしれない。それは、卑下するという意味ではなくて。「タコは食べものではない」と言う人に「タコを食べないなんておかしい!」なんて怒ったりしないように。ただ、文化が違うのかな、食べたことないのかな、おいしさを知らないだけなんだろうなと思うように。そこでもし、食べてみてほしいなって思ったら、あなたは間違っていますよ、とはきっと言わずに「タコパしようよ」って誘うよねきっと。他のもの入れても美味しいから、一回やってみて気が向いたらタコ焼き食べてみようよって。あ、おでんにしても美味しいよね。生まれたばかりの、まだ価値観とも呼べない感覚を正面から否定されたら、自分の全てを否定されたと感じて防御反応としてその「なんとなくの価値観」に固執してしまうんじゃないかな。いろんなものを見て考えて価値観を作り上げていくのはやめて、自分が「間違い」にならないように「ぼくが知っているそれ」を正解にするための答えを探していくんじゃないのかな。そうなったらきっと、永久に考えが変わることはないんだろう。だから、批判をするなら丁寧にしたい。なんのために、どこに向いてそれを批判するのかをちゃんと考えたい。それは、いい人でありたいからではなく、間違っている自分と、これから間違うかも知れない自分のために。もし「許せない」と思いそうになったら、タコパに誘ってみれたらいいなと思う。いまの自分が10年前のぼくを思い出してそう思うように、これを書いている現在の自分もまた10年後の自分から見たら未熟で、やはり気づかぬうちに自分の当たり前で誰かを傷つけたり追い詰めてしまったりしているのだと思う。自分がもともとどんな人間かを気にしてしまったらもう人生を諦めてしまいそうになる。だから、どんな人間でありたいか、そのために今から何ができるのかを考えることにする。子どもたちを大切にできる保育者でありたいし、みんながしんどくないようになればいいなと思っている。うまくできなくても、その思いは本当なんだ。自分がした言動を変えることはできないけれど、だからこそ何度も間違う自分とともに、埋まることはない穴を自己満足で埋めることはなく、愚直にユーモラスに、できることを重ねていきたいな。いい親でいることはできないかもしれない。いい保育者であることはできないかもしれない。けれど、それでもいいじゃないか。完璧にできないし、100点を取ることはできないけれど、その時その時に最善だと思うほうを選んでいければ。その方法をみんなで出し合えたら。その中から選ぶのは、自分を追い詰めるためのものではなく、追い込んでしまう自分を救うためのものであればいいなと思う。余談ですが冒頭の話から一ヶ月経った3月の末のある日の夕方、公園から学童に戻るときにその子が「まだ遊びたい」と伝えてきた。幸い人手があったので小一時間その子と走り回った。二人で遊ぶこと自体はそんなに楽しくないはずなのに、ゲラゲラと笑っていた。「帰りの匂いがするわ」公園を出た時に、その子がふと呟いた。わかるような、わからないような、けれどその子のそのままの言葉なんだろうな、ああ、いいなあと素直に思った。意味を聞くのは野暮だとわかっていながらも、やっぱりどうしても聞きたくなって尋ねてみた。「終わったなあー寂しいなあーけどまあ明日も学童あるしなあって感じの匂いやな」と返ってきた。ぼくの目に写っているのは生意気なその子ではなく、今日を思いきり楽しんで明日に期待して充たされているような、そんな顔だった。「まだありますよ、その子と接する時間」一ヶ月前に同僚からかけられた言葉を思い出した。穴は埋まっていないかもしれないけれど、救われた気がした。ふいになにかが溢れ出しそうになり、それがこぼれないように、その「帰りの匂い」を思いきり鼻から吸いこんだ。「金曜日の夕方と日曜日の夕方、どっちが好き?」と続けるその子に、そりゃあ金曜の夕方やな。とだけ答えた。君たちのおかげで日曜の夕方が憂鬱になることはほとんどないけどね。【コラム第1回】子育てで『正解』に苦しめられたら保育者が大切にしたいこと【きしもとたかひろ連載コラム】【コラム第2回】子供を注意して「しまった!」保育者が気を付けていることは…【きしもとたかひろ連載コラム】【コラム第3回】「ヘタだからやらない」という子供その理由に考えさせられる【きしもとたかひろ連載コラム】【コラム第4回】子育ての『手抜き』で大切なこと「手を抜いてもいい」ではなく…【きしもとたかひろ連載コラム】[文・構成/きしもとたかひろ]きしもとたかひろ兵庫県在住の保育者。保育論や保育業界の改善について実践・研究し、文章と絵で解説。Twitterやnoteに投稿している。⇒きしもとたかひろnote⇒きしもとたかひろTwitter
2020年04月16日川下大洋・三上市朗・後藤ひろひとが大阪で活動してきたユニット「大田王」が、東京では初となる公演「TOKYO大田王 2020~THAT’S GOING TOO FAR ~」を、4月2日(水)から赤坂レッドシアターにて上演する。川下、三上、後藤に話を聞いた。【チケット情報はこちら】三上が「僕らは元々、イギリスのコメディグループ『モンティ・パイソン』とか、アメリカのコメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』で育ってきた世代で。僕自身、今でも海外のコメディアンに憧れているところがあるのですが、そういうことをやりたくて始めたユニットです」という「大田王」。’96年に川下大洋と三上市朗が「田王」として活動スタートし、翌年、後藤ひろひとも加わったコントオムニバス公演のユニットだ。川下が「コントと言ってもあくまで演劇の一貫。その中でパワーのある笑いが生まれます。これだけ舞台で遊べるんだ、というものを観ていただけると思いますよ」と話すように、所謂お笑い芸人のコントとは違う笑いが生み出される公演だ。後藤が「『大田王やるよ』って言われると毎回ちょっとうんざりするんだけど(笑)、会っちゃうと楽しくてしょうがないんだよな」と笑う3人は、もう30年ほどの付き合い。作品づくりは3人全員でやるといい、「本番2週間前に集まって、『さあ、なにしよう』というところから始めます。それぞれが台本も書くし、演出もします」(後藤)。モチーフになるのは、『スター・トレック』や『スター・ウォーズ』など誰もが知る映画作品。その作品選びの基準は三上で、「三上の『あのコスプレをしたい』がスタートです(笑)。熱意がすごいんですよ」(川下)。今回のモチーフは『男はつらいよ』だが、それも三上が「寅さんの恰好ってできそうでしないじゃないですか」と熱く語る。劇場で観る三上からはちょっとイメージできない姿だ。長く大阪での上演にこだわってきたが、東京での公演を望む熱い声も多く、今回の上演に至った。初めての東京公演だが「どれだけ期待してもらっても、それより上のものをお見せします!」(後藤)とキッパリ。ちなみに「僕らは汚い笑いの取り方はしないですよ」(三上)と、カッコいい大人たちの掌で転がされる、楽しい時間になりそうだ。三人に加え石丸謙二郎(青年座)、多田野曜平(テアトル・エコー)、久保田浩(遊気舎)ら個性豊かな面々が集い、「早めに来ていただくと、楽しいことが待っているかもしれません」(川下)という本作は、4月2日(水)から5日(日)まで東京・赤坂レッドシアターにて上演。取材・文:中川實穗
2020年03月13日モデルとして世界で活躍する服部恭平が、写真家として初めてギャラリーでの個展「Kyohei Hattori『everyday』」を開く。会場は、表参道 ROCKET。会期は、5月10日から15日までの6日間。大阪出身で、2013年に上京しモデルとしてのキャリアをスタート。その傍で2018年より、写真家として本格的に活動を開始した。「everyday」と題された本展では、彼が日常の中で感じた美しさをとらえた写真作品の数々や、その場で持ち帰れるミニプリント、写真集などを展示・販売する。“毎日の日常に美しさが溢れている。美しい瞬間はそこらへんに転がっている。写真にはそれがよく写る。劇的だったり決定的な出来事が起こるわけではないが、これば僕にとっての毎日であり、美しさであり、これがずっと続けばいいなと思っている。”(服部恭平)5月11日には、ゲストに彼と親交の深いkotohayokozawaのデザイナー横澤琴葉、司会にファッション・ライターのYoshiko Kurataを、5月12日には、ゲストに写真家の嶌村吉祥丸、司会に菊池まことを招いたトークセッションを行う。詳細は、服部恭平、ROCKETの公式SNSで告知される予定だ。【イベント情報】Kyohei Hattori「everyday」会期:5月10日〜15日会場:表参道 ROCKET住所:東京都渋谷区神宮前4-12-10 表参道ヒルズ同潤館3F時間:11:00〜21:00(5月12日〜20:00、5月15日〜18:00 )会期中無休、入場無料
2019年05月08日9月5日(水)東京・渋谷区文化総合センター大和田伝承ホールで本番を迎える『ギャグマンガ日和 向かい風100%』の稽古場へお邪魔した。稽古場の扉を開けた瞬間から、次々と笑顔で挨拶する出演者やスタッフたち。風通しの良い稽古場では、この日、通し稽古が行われた。【チケット情報はこちら】本シリーズは一話完結型のシュールなギャグ漫画の舞台化。第四弾となる今作は、漫画家を目指す青年の青春物語だ。主人公・夢野カケラ(谷佳樹)と受手マモル(上田悠介)は、甲子園を目指す黄金のバッテリー。そして「三上を甲子園に連れてって」とふたりを応援するヒロイン・三上ドブ子(多田愛佳)。3人は全身でギャグを繰り出し、全顔面で百面相をし続け、青春真っ盛りの15歳を演じる。意気揚々と高校生活をスタートさせた彼らだが、カケラが目指したのは野球の甲子園ではなく『マンガ甲子園』だった!さらに地球侵略に来た宇宙人まで現れ、3人の高校生活、そして恋模様はどうなるのか……。何も考えずに笑える力技の脱力系ギャグは健在だが、舞台オリジナルキャラクターを何人も登場させ、まさかの涙を誘うダイナミックな青春物語に。磯貝龍虎、寺山武志、宮下雄也、南米仁らが体力とキレのあるぶっ飛び系キャラクターで物語を掻き回し、市川刺身、いーま、鈴木そぼくらが脱力系キャラクターで物語をさらに掻き回す。全員が場の空気を読まないトンチンカンな行動をとり、物語の中心となる三人を翻弄する。カケルとマモルそれぞれの家族を演じる服部ひろとし、小野由香、あまりかなり、堀越せな(天音みほとWキャスト)は、3人を案じながらも、その過剰さが結果的にカケルらをピンチに追い込んでしまうことも。舞台上のそれぞれが、笑わせようと全力を尽くす。スタッフからは時折、我慢が吹き出すような笑い声が上がる。演出のなるせゆうせいも、真剣な顔で舞台の隅まで目を走らせながら、時々こみ上げる笑いに口元を震わせていた。原作では、見た目から笑いを誘うキャラクターたちが登場する。しかしこの日は通し稽古なので、衣装も美術もない。それでも俳優たちの勢いと次々と起こるトンデモ展開に笑わされる。気づいた時には、3人の青春の日々に手に汗握っている。まるでギャグとスポ根を詰め合わせた青春少年漫画。原作ファンなら進化した『ギャグ漫画日和』に出会え、苦手な方も原作を好きになってしまいそうな、ギャグと情熱たっぷりの舞台だ。公演は9月9日(日)まで。チケットは発売中。取材・文:河野桃子
2018年08月31日『舞台 増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和 向かい風100%』が、2018年9月5日(水)から9月9日(日)までの期間、渋谷・伝承ホールにて公演。2018年7月10日(火)より、追加席のチケットが発売される。原作『増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和』は2000年に集英社「月刊少年ジャンプ」にて連載をスタート。現在も「ジャンプSQ.」で連載中の人気ギャグ漫画だ。名作のパロディや歴史的な偉人、動物、ケダモノまで様々なキャラクターが登場し、シンプルな絵とシュールなセリフが絶大な支持を集めている。『舞台 増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和 向かい風100%』は、2017年に公演した『舞台 増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和 〜奥の細道、地獄のランウェイ編〜』などの舞台シリーズ第4弾として発表する完全新作だ。谷佳樹、上田悠介、多田愛佳、宮下雄也、磯貝龍虎、寺山武志らが出演する。加えて、Wキャストにてシンガーユニット「Mi☆nA」の堀越せな、天音みほが加わるほか、南米仁、あまりかなり、鈴木そぼく、服部ひろとし、市川刺身(そいつどいつ)、小野由香、いーまも出演する。■あらすじ「高校に入ったら一緒に甲子園を目指そうぜ!」と誓う黄金のバッテリーがいた。 主人公・夢野カケラはピッチャー志望の野球少年。夢は怪物と呼ばれるピッチャーになること。そしてキャッチャー志望の受手マモルの夢は、キャッチャーミットを買う事だった。その二人を温かく応援するヒロイン、三上ドブ子。だが、彼らを待ち受けていたのは野球部だけではなかった! おばけ屋敷部!ツタンカーメン部!砂部!半開き部!黒登山部!の迫りくる怒涛の勧誘!そして結果的に、夢野カケラが目指したのは、やっぱり漫画家になる事だった・・・ 【詳細】『舞台 増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和 向かい風100%』脚本・演出:なるせゆうせい出演者:谷佳樹、上田悠介、多田愛佳/磯貝龍虎、寺山武志、堀越せな(W キャスト)、天音みほ(W キャスト)、服部ひろとし、小野由香、市川刺身(そいつどいつ)、南米仁、あまりかなり、いーま、鈴木そぼく/宮下雄也原作:「増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和」増田こうすけ(集英社「ジャンプSQ.」連載中)日程:2018年9月5日(水)~9月9日(日) 全9公演会場:渋谷 伝承ホール住所:東京都渋谷区桜丘町23-21料金:桟敷席 8,800円(税込) ※非売品グッズ付 / 一般席 7,500円(税込)チケット一般発売日:2018年6月16日(土)チケット追加席発売日:2018年7月10日(火) 10:00~※チケットぴあにて発売。
2018年04月07日味噌・醸造製品メーカーのハナマルキが、2017年秋の新商品として、服部学園の理事長・服部幸應先生監修、液体塩こうじでつくる「鶏むね肉の香草パン粉焼き」・「塩から揚げの素」を9月1日より発売します。服部幸應先生監修、家庭で本格洋食の味が楽しめる「鶏むね肉の香草パン粉焼き」が誕生「鶏むね肉の香草パン粉焼き」・「塩から揚げの素」は、鶏むね肉のメニュー用調味料を液体塩こうじでつくるシリーズとして、服部学園の理事長である服部幸應先生監修の元、発売されます。「鶏むね肉の香草パン粉焼き」は、液体塩こうじと香草パン粉が同封されており、同社の人気商品である「液体塩こうじ」の酵素の力で、鶏むね肉がしっとり柔らかく仕上がります。また9種のハーブを使うことで、本格洋食の味が実現。手軽に家庭で本格的な香草パン粉焼きが楽しめます。「鶏むね肉の香草パン粉焼き」「塩から揚げの素」商品概要商品名:鶏むね肉の香草パン粉焼き発売日:2017年9月1日商品内容量:50.0g容器形態:袋希望小売価格(税抜):オープン価格(参考200円)商品特徴:服部幸應先生の監修の簡単調理キット。液体塩こうじの酵素のチカラでパサつきがちな鶏むね肉をしっとり仕上げ、9種のハーブで本格洋食の味を再現。商品名:塩から揚げの素発売日:2017年9月頃(自然切替)商品内容量:110.0g容器形態:袋希望小売価格(税抜):オープン価格(参考200円)商品特徴:服部幸應先生の監修の簡単調理キット。液体塩こうじの酵素のチカラで、柔らかく、ジューシーな塩から揚げに。今回デザインリニューアルを実施しました。服部幸應先生 プロフィール学校法人服部学園理事長・服部栄養専門学校校長/医学博士東京都出身。立教大学卒。昭和大学医学部博士課程修了。テレビでもおなじみの食の探求者。「食は人の心と体を育むものである」という精神のもと、長年に渡り、「選食能力」、「しつけ」、「食糧問題」の3つの柱から成る“食育”の必要性を説き、実践している。また、食育を通じた、生活習慣病や地球環境保護の講演に関しても精力的に取り組んでいる。
2017年08月28日緑の芝生と松林の中でくつろげる、リゾート風のレジャープールが大阪の豊中市にあります。都会にいながら自然を感じゆったり遊べる「服部緑地ウォーターランド」は、今年も例年通り8月31日までオープンしています。ここでは、「服部緑地ウォーターランド」の魅力に迫ります。服部緑地ウォーターランドの魅力日本の都市公園100選に選ばれている服部緑地の西側に位置する「服部緑地ウォーターランド」は、毎年7月1日から8月31日の夏季限定でオープンします。府下で最大級の広さを誇る服部緑地の自然を、最大限に生かしたプールです。●迫力のスライダーや流水プールで楽しめる「服部緑地ウォーターランド」のイチオシは、凹凸のある谷川をイメージしたスライダーを滑り降りる「スライダープール」です。スライダーにはロケット (直線)、ロデオ (上下の動き)、スラローム (左右の揺れ) の3コースが用意されており、それぞれ違ったスリルと快感が味わえると評判です。また、木々に囲まれた1周250mの「流水プール」では、ぷかぷかと癒しの時間を過ごせます。●親子連れに人気のプール服部緑地ウォーターランドには、小さな子どもが安心して遊べる楽しいプールも揃っています。カメの形の滑り台がある水深50㎝の「幼児プール」は、水遊びに最適。貝の形で広々とした遠浅の「なぎさプール」では、売店の屋根から流れる滝のシャワーに子どもたちの歓声が上がります。子どもを見守りやすいよう工夫されていたり、オムツがはずれていない子どもでも入れるプールが用意されていたり、親子連れへの細やかな配慮がされている点が人気です。また、公営プールならではのリーズナブルな入場料も人気の理由の1つ。家族で出かけても負担が少なく、お得に楽しく過ごすことができます。服部緑地ウォーターランドへのアクセス公共機関利用ですと、北大阪急行緑地公園駅が最寄り駅になります。駅から徒歩約15分です。阪急宝塚線曽根駅からもアクセス出来ますが歩いて約25分かかりますので、駅からタクシーを利用することをオススメします。 車ですと、名神高速道路豊中IC から約15分です。駐車場は時間制で、最初の1時間は420円、以降1時間毎に料金加算が加算され、1日最大1,030円です。■スポット詳細名称:服部緑地ウォーターランド所在地:大阪府豊中市服部緑地1-8営業期間:2017年7月1日(土)~8月31日(木)営業時間:午前9時30分から午後6時。※ただし、入場は午後5時、遊泳は午後5時30分まで。※7月16日以降の夏休み期間中の日曜日・祝日とお盆期間(8月13~16日)午前9時開場。料金:大人:1,030円、小人: 510円(4歳~中学生)電話番号:06-6868-1357 (開催期間中のみ)公式サイト:
2017年07月26日4月15日(土)より公開される、「名探偵コナン」劇場版最新作『名探偵コナン から紅の恋歌』の公開を記念して、人気キャラクター服部平次が、名台詞「もろたで工藤!」になぞって本作にまつわる重要なものを“もらっていく”企画が原作コミックス&TVアニメ&劇場版最新作との連動で実施されることが分かった。大阪府警本部長を父に持つ“西の高校生探偵”服部平次。コナンの正体を新一だと知る数少ないひとりで、これまで数々の難事件を解決に導いてきた。今回の企画は、そんな「名探偵コナン」の人気キャラクター平次が大活躍!現在放送中のTVアニメでは、アニメ公式Webサイトを平次がジャック!「名探偵コナン」のロゴが、まさかの「名探偵ヘイジ」に。また、本企画のために特別に作られた平次の映像は必見。平次がヒーローとなる、1日限りのエイプリルフール特別企画。番組最後のエンドまでぜひお楽しみに。4月1日(土)放送のTVアニメでは、和服美人の静華から中学時代の同級生・柴田を捜してほしいと依頼される小五郎。小五郎やコナンたちは見つけ出した柴田の自宅マンションを訪ねるも、柴田は撲殺されていた。横溝刑事は部屋の状況や証言から、撲殺されたのは朝8時から45分の間と睨んでいた。この時間、ゴルフに行っていた妻の恭子の犯行は不可能。同じマンションに住む柴田の友人・吉川は家で寝ていたという。横溝は柴田が右手に握っていた静華の写真をダイイングメッセージと考えて…という展開をみせる。TVアニメ「名探偵コナン」は毎週土曜日18時~読売テレビ・日本テレビ系にて放送。『名探偵コナン から紅の恋歌』は4月15日(土)より全国にて公開。(cinemacafe.net)■関連作品:名探偵コナン から紅の恋歌 2017年4月15日より全国東宝系にて公開(C) 2017 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
2017年03月31日関西テレビ新人の服部優陽アナウンサーが4日、ひとり芸ナンバーワンを決める『R-1ぐらんぷり2017』の1回戦に臨み、2回戦への進出を決めた。服部アナは「中二病」をテーマに、RPG風にお風呂掃除をするというネタを披露。当日朝4時まで調整をしたという念の入れようで、アナウンサーとしての声量を存分に生かしセリフを発すると、会場から温かい拍手が送られる場面もあった。ネタを終えて「もう少し笑いを取れるかなと思ったんですけど、全く反応が無くて(笑)。でも逆に、斬新で楽しかったです。快感に変わりそうでした」と感触を語った服部アナだが、同日21時30分過ぎに審査結果が公式ホームページに掲載され、見事2回戦へ進出決定。この日は、宿直勤務中で、1回戦突破を知らされると、「え!? うれしいです! まだ受け止められないです! うわ、またネタを考えなきゃ(笑)」と、喜びと不安が一気にやってきたようだった。次の2回戦は、今月18日と19日に大阪で行われる。『R-1ぐらんぷり2017』は、今春に関西テレビ・フジテレビ系全国ネットで決勝が生放送される。
2017年01月05日関西テレビ新人の服部優陽アナウンサーが、ひとり芸ナンバーワンを決める『R-1ぐらんぷり2017』へのエントリーを表明した。服部アナは、埼玉県出身で早稲田大学を卒業し、今年同局に入社。「関西に来て半年たって"笑ってもらってナンボ"と思うようになりました。笑いをとれる人はかっこいいですもんね」と意識が変化したことを明かしながら、「過去にアナウンサーの先輩も『R-1』」に出ていたと聞き、思い切って出場してみようと思いました」と決意を語る。同局のアナウンサーは、2009年に吉原功兼アナ、堀田篤アナ、川島壮雄アナ、坂元龍斗アナが参戦し、坂元アナが2回戦進出を果たした実績がある。服部アナは「勝ち進んで少し有名になって、街中で声をかけていただいたり、サインをお願いされるようになりたいですね(笑)」と意欲を示し、優勝賞金500万円で「僕メインの番組を作ってもらいます!」と希望を膨らませていた。『R-1ぐらんぷり2017』のエントリー受け付けは、きょう25日の消印有効。27日から予選がスタートし、決勝はカンテレ・フジテレビ系の全国ネットで生放送される。
2016年12月25日今年4月に関西テレビに入社した服部優陽アナウンサーがこのほど、関ジャニ∞の横山裕にインタビューを行い、アナウンサーとしての初仕事を行った。服部アナは、新人アナながら冠番組『超えろ!ハットリくんとなつみ先輩』(8日スタート、毎週金曜15:48~ ※関西ローカル)を、入社20年目の杉本なつみアナと担当することになり、この番組で横山にインタビュー。19日スタートの新ドラマ『ON~異常犯罪捜査官 藤堂比奈子~』の見どころを尋ねた。インタビュー前から緊張でガチガチだった服部アナは、「台本を覚えるのはどれくらいかかりますか?」と質問するも、横山「それは…台本にもよりますよね…(笑)」と言われてしまい、体を鍛えている横山の腹筋を服の上から触ってレポートするも、触ったその手をじっと眺めてしまい、「なんか僕の服で手、汚れました?」と突っ込まれる始末。この収録後、「テンパりすぎていて、自分でも収録中何を言ったか、やっていたか、覚えてないんです」と振り返った。なぜか"日本一ブサイクなアナウンサー"を自称する服部アナだが、きょう4日に放送される同局の生番組『よ~いドン!』(毎週月~金曜9:50~、関西ローカル)のお天気コーナーで、テレビ初お目見え。「横山さんとのロケは本当に何もできなかったので、お天気コーナーの1~2分ではありますが、『こんな元気な子が来たんだ』と視聴者のみなさんに印象つけたいですね」とリベンジを誓っている。なお、横山へのインタビューの模様は、8日に放送される『超えろ!ハットリくんとなつみ先輩』の初回で流れる予定。
2016年07月04日このほど第1子の男児が誕生した、お笑いコンビ・キャイ~ンの天野ひろゆきが8日、都内のスタジオで行われた関西テレビ・フジテレビ系バラエティ特番『世界でバカウケ JAPAN』(17日16:05~17:20)の収録後に取材に応じ、「息子の一番最初の"バカウケ"は俺が取りたいです」と笑顔で語った。この番組は、海外でバカウケしている日本のモノ=「バカウケJAPAN」を紹介していくもので、これまで3回にわたって放送されてきた人気シリーズ。天野は番組タイトルにかけて、「息子の一番最初の"バカウケ"は俺が取りたいです」と意欲を示したが、直後に「たぶん、ウドちゃんの顔で笑っちゃうんじゃないかなと思いますけど(笑)」と、早くも相方に白旗をあげた。今回、ゲストに11歳の鈴木福も出演しているが、天野は「福くんみたいにすくすく育ってくれると良いなあと思いますね。だって、こんなによどんだ(芸能界という)世界で、あんな風にのびのび育つなんて(笑)」と驚きの表情。また、「福くんからは、将来(息子が)どんなものにハマるのか、値段とかもいろいろ調査して、そういうものは一切見せないように育てていきたい」と、早速養育費のそろばんをはじいていた。同番組のMCでタッグを組む俳優の谷原章介は、6人の子だくさんで、天野にとって子育ての大先輩。谷原は「(一番下の子が)昨日やっと1歳になったんですけど、1年はすごく変化が大きいんですよ。動けないところから寝返りうって、ハイハイして、立って、歩いてっていう、たった1年でここまで人間は進化するのかと思います」と成長ぶりに感心しながら、「一番濃密な時期ですから、とっても楽しんでください」と、新米パパの天野にエールを送った。今回の放送では、大久保佳代子がタイへ、バービーがスイスへ飛び、現地でバカウケしている日本の意外なものの実態を調査。谷原は「海外で受けてる日本のものは、きちんと日本人が現地の方に寄り添って工夫しているんです。それが、これから日本がいろんな世界の国に愛される大きなヒントになるんじゃないかな」と語り、天野は「(海外の国でバカウケするものが)まだ眠ってると思うんですよ。いろんな企業の人にも見てもらって、発見してもらいたいなと思います」と呼びかけた。
2016年04月08日お笑いコンビ・キャイ~ンの天野ひろゆきが8日、都内のカフェで行われたBSテレビ局・Dlifeでスタートする新番組『一杯からはじまるストーリー』(24:00~)の放送開始を記念した会見に出席した。今年の春で開局4周年を迎えるDlifeでは、チャンネル初の30分枠となる映画情報番組『一杯からはじまるストーリー』をスタート。丘の上のカフェを舞台にドラマ仕立てで始まる異色の映画情報番組で、そのカフェを営む部類の映画好きのマスターに天野ひろゆき、映画好きのフリーターに清水一希、新人映画ライターにマリアムが扮し、3人の掛け合いで映画の魅力をたっぷりと伝えていく。マスター役の天野は「本当に喫茶店をやっている雰囲気にもなりますが、私の出身地は愛知県で喫茶店文化がありますから違和感なくやらせてもらっています。ラテアートを作っているように上手く撮ってもらっていますので、そこを中心に見て欲しいです」とアピール。そんな天野について清水が「この現場で初めてお会いしましたが、すごく気さくな方で初日から色んなお話をしてくれました。現場作りじゃないですけど、頼りになる大先輩です!」と感謝すれば、マリアムも「会うまでどういう方なのか考えてましたけど、会った瞬間にいい意味で緊張しませんでした。台本とかでも敬語を使った方がいいのかな? とも思いながらタメ口で言っちゃってます(笑)」と仲の良さを強調していた。マスター役の天野と言えば、2014年2月にフリーアナウンサーの荒井千里と結婚し、結婚生活3年目を迎える。映画の番組ということで「自宅で奥さんとDVDを見る?」という質問には「見ますよ。でも年が離れている(13歳差)ので、恋愛モノは僕がキュンとするところとだいぶ違うんです!」と歳の差を感じながらも「ハラハラドキドキするのが嫌らしいんですけど、映画ってハラハラドキドキするもの! 何事もない日常を描いた作品が好きみたいですよ」と幸せオーラを漂わせていた。
2016年02月08日京都・西陣で220年以上の歴史を有す服部織物と、京都を拠点に建築から家具の設計デザインまで幅広く活動するアートユニットGENETOによって、2012年スタートした「服部源ト」。同ブランドが来年1月12日まで、伊勢丹新宿店本館4階=ラグジュアリーステージで、コレクションを披露している。一部商品は購入することも可能。GENETOの山下麻子氏によれば「西陣織の特色の一つである引箔(ひきばく)技術は、非常に高度なテクニック。特に、服部織物では、金箔、銀箔、柄箔、プラチナ箔の技術を使い、緻密で立体的な織柄を生み出しています。こんなに素晴らしい技術があるなら、着物や帯に留まらず、新たな展開で西陣織の魅力を楽しめる可能性があるのでは、と思い一緒に物づくりをスタートさせた」という。服部源トでは「空間のジュエリー」コンセプトに、見る角度によって異なる表情を見せる西陣織の魅力を引き立てるため、天井から吊るすタイプのモビールと、置いて楽しむタイプのモビールをデザイン。天井から吊られた無数の傘が連なる「ASCENSION」は“上昇”を意味し、西陣織の小さな傘の先には黒水晶のビジューが揺れる。四角形や五角形の木枠に、黒地に銀、白地に金の西陣織がはめ込まれた「IRIDESCENCE」は“玉虫色”を意味し、見る角度によって様々に表情を変える様を楽しむ事が出来る。また、コンパクトに置いて楽しむタイプのモビール「MELODIOUSNESS」は“心地よい旋律”を意味する。マットな質感と鏡面を組み合わせた木枠の中に、西陣織がデザインされており、風が流れると共に静かに揺れる作りになっている。同期間、伊勢丹新宿店では日本のよいもの、よいことを発信するキャンペーン「ジャパンセンスィズ(JAPAN SENSES)」を行っており、館内各所で日本の伝統とモダンな感性が織りなす空間を楽しめる期間となりそうだ。
2015年12月27日お笑いコンビ・キャイ~ンの天野ひろゆき、ウド鈴木、女優でフィギュアスケーターの本田望結が4日、都内で行われた、映画『トゥモローランド』公開記念「理想の未来イラスト・コンテスト表彰式」に出席した。6日に全国公開する本作は、ウォルト・ディズニーが遺した世界"トゥモローランド"の冒険を描くミステリー・アドベンチャー作品。公開を記念して行われた同コンテストには、"理想の未来"をテーマにしたイラストが寄せられ、津田楓さんの作品が最優秀賞に選ばれた。特別審査員を務めた本田は、登場するなり、キャイ~ンと一緒に決めポーズ。「1枚1枚夢中で見ました。こんな未来が待ってたらいいな」と笑顔を見せ、自身の将来を聞かれると、「夢を諦めない姿を見て頂いて、人の役に立てれば。『フィギュアでオリンピックに出るのが夢』って自信を持って言うことが夢です」とハキハキ回答。そんな本田の様子に、「しっかりしてる~!」と感嘆の表情を浮かべた天野は、一方で、「将来はウドちゃんの滑舌がもっと悪くなりそう……」と苦笑いした。表彰式終了後は報道陣の取材に応じ、昨年2月に元アナウンサーの荒井千里と結婚した天野は、「結婚式で15kg痩せたけど、7~8kg戻った。未来は球体になってると思う」と中年太りの体型を自嘲しながら、「おかげ様で、仲良くさせていただいてます。料理も頑張ってやってくれてる」と順調な結婚生活を報告。報道陣に子どもの予定を聞かれた際は、「作る作業は好きだけど、なかなかね~」と笑いを誘い、「良い報告ができれば。望結ちゃんみたいな子が生まれたら大変!」と2世誕生を心待ちにしている様子だった。
2015年06月05日西内ひろさんが、2014ミス・ユニバース・ジャパンで準グランプリに輝いた理由は、その健康的な美しさ。今では、マラソンやトライアスロンなど数々のスポーツイベントにも参加し、タニタのイメージモデルとしても活躍中です。「外見だけではない、内側からの美しさが大切だ」と語る西内さん。みんなで食事をしたり、お酒の場を楽しむことも大好きだという彼女が、どのように美しいボディラインを維持しているのか。日々のワークアウトの様子や、ボディケア事情、さらに美を目指す上でのメンタルの保ち方など、その美しさの秘訣に迫ります。―ミス・ユニバースへのチャレンジを通じて、意識の変化はありましたか?大きく変わりました。それまでは、「モデルなら細くなくちゃいけない」、「細ければ、細いほどいい」というイメージがあったんです。「この仕事をするなら、大好きな運動も、ごはんを食べるのも、やめなくちゃ」と思っていました。でも、ミス・ユニバースを目指す上で、いただいた最初のアドバイスが「もっと食べて、もっと運動しなさい」と真逆なことだったんです。食生活を整えて、しっかり運動をして、ちゃんと睡眠を取ることで、メンタルも強く磨かれて、トータルに美しくなるっていう考え方は、目からウロコでしたね。―気持ちの切り替えは、大変ではありませんでしたか?正直言うと、最初は食べるのが怖かったです。でも「体重が増えても、筋肉がついているんだと思うようにしなさい」と言われて、意識を少しずつ変えていきました。毎日ボディクリームを塗りながら、固くなってきた筋肉を触ったり、鏡を見て引き締まってきたラインを確認するのが、すごく大切なんですよね。私の部屋には、いちばん目がつくところに大きな鏡を置いて、理想のボディパーツの写真をたくさん貼っているんです。「この人たちも、こんなふうになれたんだから、私も頑張ったらいつか!」と、励みにしています。―毎日、どのくらいのワークアウトを心がけていますか?スケジュールに合わせてですが、朝はランニングを5kmから10km。帰宅してシャワー浴びたら、仕事に行って、終わったらジムに行ってバイクとスイムは1km、ホットヨガや筋トレ。自宅に帰ったら、テレビを見ながらストレッチや腹筋、背筋、側筋を各30回ずつ。本当は100回ずつしたいんですけど、キツくてなかなかできていません(笑)。―忙しい中、ワークアウトを続けるのは大変じゃないんですか?前日に仕事のスケジュールを見て、1日のプランを組み立てています。もう、1日があっという間です。出来れば、毎日1時間のランニングと筋トレ、水泳も週3日はやりたいと思っているんです。それから、ホットヨガに筋トレも……。ふと“私は何を目指しているんだろう”って、笑っちゃうこともあります。―ストイックですね!自分では、全然ストイックだと思ってはいないんですよ。もともと両親も運動好きで、福岡の実家が海岸に近かったので、学生時代は父と毎朝ランニングしていました。その習慣が、今も続いているという感じでしょうか。イトコも「50km走ってきたよ」なんて話すので、そういう血筋なんですかね(笑)。―なかなか続かないという人も多いと思いますが……。大事なのは、日課にすることだと思います。自分が「これなら続けられる」というペースから、始めることが大切じゃないでしょうか。ゆっくりヨガをしてみたり、ダンスをしてみたり。私も時間がないときは家で音楽を聞きながら踊ってます(笑)。 激しく走ることだけが運動じゃないので、どんな形でも体を動かすことを続けるのが大事ですね。―食事面で気をつけていることはありますか?私、甘いものも大好きで、自分でお菓子を作ることもあるんです。だから、食べるときは、基本的に我慢しません。ストレスがリバウンドや過食を生むと思うので。「食べるときは食べる。その分、動こう」って気持ちを切り替えるようにしました(笑)。ただ食べる順番は、最初にサラダ、その次にスープ類、そして肉や魚を食べて、最後に炭水化物。そうすると、血糖値が上がりにくいと聞いたので実践しています。―他にも、日課としているボディケアは?毎朝スチームを浴びながら、リンパを流すようにしています。それも、ミス・ユニーバスのビューティーキャンプのときに習ったんですけど、リフトアップのためのツボを押したり、マッサージを毎日5分くらいかけてやっています。けっこうむくみやすい体質なので、欠かせませんね。最近では、クセになってきて気がついたらツボを押してることもあるくらいです。―改めて、西内さんの考える「美しい女性」とは?人生を楽しんでいる人ですね。自然と浮かぶ笑顔が、その人の一番美しい表情だと思うので。私も、外見と内面を磨いて、トータルな美しさを目指したいと思います。スキンケアも、ドレスアップも、心の余裕があってこそ。一日一日を楽しんで、好きなことを全部したいですね。そのポジティブな気持ちは、きっと表情に出るはずなので。これを読んでいるみなさんにも、毎日を楽しんで過ごして欲しいと思います。<メイクのポイント>「テーマは、西内さんの魅力そのものでもある“ヘルシー&フレッシュ”」と話すのは、今回のメイクアップを 担当した、イセタンミラー メイク&コスメティクスの門脇奈美さん。ヘルシーさを演出するメイクのポイントは、ほのかにピュアな幼さを残したフラットな仕上がり。アイラインを、上まぶたのみにペンシルアイライナー(イセタンミラー ボーテ アイライナーペンシル #01)で引き、マスカラはランコム グランディオーズを使用。ナチュラルな目元で抜け感を出すのもテクニックのひとつです。また、流行の太眉もストレートなラインを意識しながら、産毛を増やす感覚で描くと、よりナチュラルな印象に。使用アイテムはアディクション アイブロウ ペンシル 01とシャネルのアイブロウパウダー、ル スルスィル ドゥ シャネル #20。そして、フレッシュさを際立たせているのが、コーラルのリップ。オレンジやグリーンは、爽やかな初夏にピッタリなカラーですが、なかでも肌なじみ のよいコーラルは人気のカラー。今回は、RMKの新作リップ(カラーは09)の上から、イヴ サンローラン ボーテのグロス、ヴォリュプテ ティントインオイル 3を重ねて、みずみずしい口元を完成させました。■西内ひろさんの他のインタビューページはこちらから。--準ミス日本、西内ひろが“輝く”理由。ヘルシー&ポジティブなオーラとしなやかな美しさ【INTERVIEW】1/3--人生を変えた一人旅。西内ひろがミス・ユニバースに挑戦した理由とは?【INTERVIEW】2/3
2015年05月30日16歳で芸能界に入りした西内ひろさんが、大きなターニングポイントを迎えたのは20歳のとき。小さいころからの夢を叶えたと思ったものの、将来のことを考えて大きな壁を感じたことがキッカケでした。自分自身を見つめ直すために、アメリカ、シンガポール、イタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、モロッコと、一人旅へ。異国の地で出会った人々の優しさ、初めて知った自分自身の秘めたる強さ、そしてミス・ユニバースへのチャレンジ……。旅を通じて、西内さんの中に起こった、美に関する意識の変化を伺いました。―なぜ、一人旅をしようと思ったのですか?もともとは内向的で、人見知りな性格だったんです。人と会ったときに、何を話していいかもわからなくなっちゃうくらいで。今思うと経験が少なくて、中身が追いついていなかったのかなと思いますね。しかも、「なんで、あんなことを言ってしまったんだろう」、「もっと出来たんじゃないか」って、小さなことをずっとクヨクヨ悩んでしまうところもあって、メンタルもすごく弱かったと思います。そんな自分を、1回リセットしたいなと思って旅に出たんです。―今の西内さんからすると、真反対の印象です。そうですね。アメリカに行って、帰ってきたら日本でお金を貯めて、今度はヨーロッパへ……という感じで、2年間かけて何ヶ国も周りました。旅に繰り返すたびに、自分自身が強くなっていくような気がしましたね。一人旅なので、現地の人に話しかけないと始まらないんですよ。人見知りしている場合じゃないという感じで(笑)。それに、海外で接した方々が「気にしなくていいよ」というポジティブな方が多かったんです。そのマインドに影響を受け、私自身の性格もどんどんポジティブになっていきましたね。―単身、異国の地で、心細くはありませんでしたか?トラブルはいろいろとありました(笑)。飛行機が予定時刻よりも早く飛んでしまって、乗り遅れてしまったときは焦りましたね。ポンと追加料金を払えるほどお金も持ってないので、どうにか状況を理解してもらおうと、必死に英語で交渉しました。つたない英語でなんとか通じて、無事に日本へ帰れることになったときは、思わずガッツポーズが出ましたね。そのときはドキドキしましたが、今思うといい思い出です。―それは、度胸がつきそうです!そうなんです。日本では考えられないようなアクシデントも、一人で向き合って解決しなければならないので。パリでも、ちょっとした事件がありましたね。ホテルへ帰る途中、薄暗い道に差し掛かってしまったんです。よく見ると、ガタイのいい男の人たちがたくさんいて、なんだか危険そうな雰囲気で……。とっさに、観光客だと思われないようにカメラを隠して、現地に住んでる学生を演じることにしました。もう、そのときは「私は女優だから大丈夫!」って、一世一代の舞台気分(笑)。何も曲が流れてないヘッドホンをして、音楽にノリノリな感じで歩いて、通過しました。冷静に考えると、誰も私のことなんて見てなかったんですけどね!―印象深いエピソードが、次々に出てきますね。はい。ヒヤヒヤした場面もありましたが、やさしさに触れることも多いんです。トルコでは、道を尋ねた相手が「俺に、ついて来い」って案内してくれて。後から考えると、どこかに連れて行かれる危険性もあったんですが、たまたまその人はすごくいい人で。3km先まで歩いて案内してくれたんです。しかも、途中で「トルコに来たら、トルコアイスだ」ってごちそうまでしてくれて。聞いたら、私のことを年下だと思って心配してくれたんですって。実際は、私よりも3歳も年下の人でしたけど(笑)。―世界中に、知り合いができたんじゃないですか?それが、一番の旅の魅力かもしれません。旅先で出会って、友だちになった人から「ニューヨークは夕方だよ」って、夕日の写真が送られてきたりすると、日本で悩んでいても「あ、向こうに行ったら大丈夫かも」って思えるんですよね。すごく視野が広がりました。今では、2日休みができたら、すぐにパッキングして海外に行ってしまうくらい、旅が癒やしになっています。―次に、行ってみたい国はどこですか?今度、キューバに行きたいと思っているんです。クラッシックカーが街中にあって映画の世界のような雰囲気だと聞いたので。旅は、私にとって大きな気づきと成長を与えてくれる場所なんです。これからも、自分のライフワークとして世界を渡り歩きたいと思っています。―最近、カメラを始めたとか?はい。一人旅だと、感動を共有できない寂しさがあるなと思って。サハラ砂漠の、ど真ん中で野宿したときは、頭の先から足の先まで星空で「すごくキレイ!」って言いたいのに、一人だから息を飲むことしかできなくて(笑)。もう二度と来ないかもしれない場所の光景をとどめておきたくて、独学で写真を撮り始めました。―カメラは、何台持っているんですか?一眼レフと、日常使いのコンパクトデジカメ、それからGo Pro(ゴープロ)というバラエティ番組のヘルメットに装着されるような小さなカメラを持っています。水中撮影もできるので、ダイビングのときに使っています。いつか写真をメインにした旅の本を作りたいですね。―旅先で、美への意識も変わりましたか?今でもハッキリ覚えてるんですが、ローマに行ったとき、ヒールを履いた女性が髪の毛を風になびかせながら、颯爽と目の前を通ったんです。そのときの私の姿といったら、Tシャツにデニムでリュック……。「なんだろう、この差は!」ってなりました(笑)。正直、それまでは美に関して今ほど意識も高くなかったんですよね。海外を旅して、少しずつ「世界で活躍できる人になりたい」という目標が見えてきたところだったので、もっと美しさを磨いて、世界大会のあるミス・ユニバースにチャレンジしようと思ったんです。--旅に出る事、ミス・ユニバースにチャレンジする事で変わったという西内ひろさんの美意識。3/3では、彼女の健康的な美しさを作る美容法やワークアウトについて伺います。
2015年05月30日2014ミス・ユニバース・ジャパンで準グランプリを受賞したモデルの西内ひろさん。現在は、女優としてドラマや舞台、タレントとしてバラエティ番組に出演するなど、マルチに活躍の場を広げています。さらに、スポーツ好きなことから、マラソンやトライアスロンなどのイベントにも参加。そのヘルシーな魅力から、タニタのイメージモデルも務め、ラジオDJとして健康や美容に関する情報を発信しています。また、プライベートでは世界各国を一人で旅するアクティブな一面も。フィリピン政府観光省ナビゲーターとして、アクティビティの盛んなフィリピンの魅力を伝える仕事にも従事しています。そんな美しく、強く、しなやかで、自立した現代女性のお手本ともいうべき西内さんに、日々の生活で心がけていること、輝く笑顔のヒミツをお聞きしました。■西内ひろさんへ一問一答Q. 最近のご活躍について教えてください。CMやテレビのバラエティ番組にも出演させていただく機会が増えて、とても充実しています。舞台に立つのは、いつもの自分と違う自分を演じられて、おもしろいですね。また、私自身アクティブな性格なので、マラソンやトライアスロンなどのスポーツイベントに参加させていただけるのが楽しいです。Q. 自分の性格を一言で言うと?負けず嫌いだと思います。人には競争意識を持つことはないんですが、自分自身に対しては「もっとできるんじゃないか」って、常に意識をしていますね。Q. チャームポイント、お気に入りのパーツは?腹直筋です。少しラインが入ってきたので。実は私、理想のボディーパーツの写真を、自分の部屋の鏡に貼って、励みにしているんです。それに比べたら、まだまだ割れてはいないんですけど、目標に近づけているのがうれしくて。Q. 大切にしている時間は?本屋さんにいる時間がすごく好きですね。私自身、多くの言葉に救われてきたので。旅に出るときも、本は必ず持っていくアイテムのひとつです。カフェと併設している本屋さんに入ると、とても満たされた気持ちになります。たくさん読んで、気に入った1冊を買って帰る瞬間が幸せですね。Q. 最近、読んだ本は?ビューティー本や旅の本、ビジネスパーソン向けの自己啓発本やリーダー論なども好きです。成功されている方のエッセイ本なども読みます。また、旅行を通じてシンプルな暮らしに憧れ、『フランス人は10着しか服を持たない~パリで学んだ“暮らしの質"を高める秘訣~』(著:ジェニファー・L・スコット、訳:神崎 朗子/発売:大和書房)も読みました。とても興味深かったですね。Q. 落ち込んだときのリフレッシュ方法は?ランニングです。好きな音楽を聞いて走っていると、妄想トリップができるんですよ。ハワイアンを聞いて、ココナッツの香りがするボディクリームを塗ったら、「もう、ここはハワイ!」って気分になります。そこで、日常のモヤモヤから解き放たれるんですよね。Q. 大きな壁にぶつかったとき、どう対処すればいいのでしょうか。そのストレスを、忘れて発散するのではなく、一度飲み込んでポジティブに変換する努力をすること。ちゃんと反省したら「次、頑張るしかない!」って、前向きに進めるはずだと思うんです。Q. 人生を輝かせるために必要な事とは?余裕を持つこと。忙しい朝も、朝食をかわいくデコレーションして写真を撮ってみるとか、そういうちょっとした時間の使い方を工夫するだけで毎日が輝いてくると思います。Q. 色んなことに精力的にチャンレンジし続けられる理由は?できなかったときは「しょうがない」って、前を見ること。吹っ切るのも大事ですよね。ストレスをいかに貯めないかが、メンタルを強く持ち続ける秘訣だと思います。Q.夢を叶えるには?子どものころ、父親に「紙に書いたことは、必ず叶う」と言われて育ちました。今でも、自分のやりたいことをリストにしています。ザックリとですが、明日やることから、今年1年かけて挑戦したいと思っているものまで、紙に箇条書きにしているんです。それを、ひとつずつチェックしていくことで、夢の実現につながっていくように感じます。長期的な目標は、世界に関わる仕事に就くことです。今、英会話を勉強中ですが、ゆくゆくは3ヶ国語、4ヶ国語を話せるようになりたいと思っています。-- 2/3では旅がきっかけとなり、変わった価値観と彼女のターニングポイントについて、聞きました。
2015年05月30日ヤクルトスワローズの全144試合のイラストを収めた『プロ野球画報』(ぴあ刊)が話題となっている美術家ながさわたかひろが、2015年シーズンの本格スタートにむけて、元プロ野球選手・石井一久らと3月30日のトーク・イベントに出席!新シーズンの活動へと乗り出した。東京ヤクルトスワローズの神宮開幕戦を前に開催された『ゆるすぽ×スポヲチ presents スペシャルトークライブ「ヤクルトファンなら聞いてみたい!石井さん、今年のスワローズは正直どうですか?」』の会場となった、東京・新宿ロフトプラスワンは満席!登場して直ぐにながさわは、背番号000と自身の名前が刻まれたヤクルトのユニフォームを公開!なんと、オーセンティックユニフォームを制作しているゼット社よりプレゼントして頂いたという。誇らしげに取りだし袖を通すと客席からは「おぉ~!」というどよめきが。「今季はこれを着て神宮球場をうろつきます」と宣言した。ゲストに声優・松嵜麗、お笑い芸人・トータルテンボス、そして元プロ野球選手の石井一久が加わり、それぞれがファンとして野球に興味を持った経緯、プロ野球選手時代の話などを語るなか、注文したポテトをつまみながら、「僕調べのヤクルトファンあるあるなんですけど、聞きたいですか?」と石井一久が自ら話を切り出した。「ヤクルトファンって大体7年で巣立っていくんですよ。球場が通いやすい立地だから高校生の頃に好きになって、会社に入って段々疲れてくると足を運ばなくなるんです」と続けると、客席からも「なるほどー」などの声が漏れ聞こえたが、そこで、ながさわが「僕、2010年からヤクルトを描いているんです。今年で6年目です……」と告げ、微妙な笑いを誘った。“褒められたい”と、描いたイラストを対象者本人に見せ、半ば強引に褒めてもらうという企画は、美術家としてながさわが挑戦してきた試み。この日も、同企画を石井一久に試みた。大きなパネルをじーっと見つめて「ありがとうございます」と感心しつつ、「これ、実物の大きさですか?」ととぼけた反応を見せる石井。トータルテンボス・藤田から「だったら、カズさん(石井)は2メートル60センチくらいあることになるよ?」とツッコまれ、会場は大爆笑に。大きなパネルにサインと、ながさわへの激励のメッセージを入れてもらい、石井本人には小さなパネルをプレゼントした。クイズ大会などで盛り上がった最後には、今シーズン、ヤクルト戦全試合のイラストを掲載するwebサイト『ゆるすぽ』の編集長・小島克典氏より、神宮球場最前列のシーズンチケットと自宅から神宮球場最寄り駅までの定期券(半年分)がながさわへ贈呈され、会場は温かい拍手に包まれた。「神宮球場に自分の場所ができた。ありがたいです。しっかりやります」と意気込みを伝えたながさわ。多くの声援を受け、2015年も東京ヤクルトスワローズを描く決意を新たにして本格的なシーズンをスタートさせた。取材・文:高本亜紀
2015年04月02日映画『お江戸のキャンディー』のプレミア試写会が4日、都内で行われ、キャストの真山明大、高橋ひろ無、橋本淳、南羽翔平と監督を務めた広田レオナが出席した。映画『お江戸のキャンディー』のプレミア試写会に出席した南羽翔平、高橋ひろ無、広田レオナ監督、真山明大、橋本淳(左から)28日から池袋シネマ・ロサで公開する本作は、バレエ作品「白鳥の湖」の初版をモチーフに、男同士の恋愛を描いたBL作品。"EDO"で1番の美しさを誇る男花魁・白鳥太夫(真山)は、飴屋のセクシーなフリ松(高橋)と恋に落ちる。しかし、白鳥太夫は、自分にそっくりなお伝(真山)に惑わされたフリ松の心変わりを聞かされ、ある決断をする――というストーリーで、広田の夫で俳優の吹越満、竹中直人も出演している。清楚な白鳥太夫と妖艶なお伝の2役を演じた真山は、「セリフがあんまりないし、2役やるのは大変だなと思った。でも、衣装が華やかだったので、すんなり入り込めました」と撮影を振り返り、相手役の高橋は、「成就しないものが恋。恋をキラキラ終えたいなら、成就した瞬間に死ぬことが幸せなのかも」と究極の愛について熱弁。劇中で、2人はキスシーンに挑んでおり、広田監督が、「すごいキスしてましたね! 30回くらいしたっけ?しなくても良いところでもしてたし、キスシーンの後に、(真山が)『女性より良かった』って言ってた」と暴露すると、真山は、「本当に何の違和感もなく出来た」と赤面しながら照れ笑いしていた。また、撮影現場での広田監督について、高橋が、「女性を感じさせない男気溢れる監督だった。映画に対する情熱を感じた」と印象を話すと、他キャスト陣からも次々と、「怒鳴る、怒る」と声が飛び、広田監督は「最初はドン引きしてたよね? 怖がって近づいて来なかった。私が目の前にいるのに、助監督の方に行っちゃって」と苦笑い。そんな本作では、総製作費600万円という低予算ながら、ナレーションを女優の桃井かおりが務めており、広田監督は、「最初は乗り気じゃなかったけど、衣装合わせの写真を1枚送ったら、『あんたバカじゃないの!? 最高じゃん!』って言って引き受けてくれました」と"友情"エピソードを披露していた。
2015年02月06日シンガポールを拠点に世界中で照明デザインを手がける、Lighting Planners Associates 服部祐介氏。照明デザインという仕事、そのデザインプロセス、そして国による違いについて、彼が手がけたプロジェクトを巡りながら話を聞いた。○光だけでなく陰もデザインする――"光をデザインする"ということについて教えて下さい。光という存在自体は誰でも知っていますし、皆さんは日常的に光を体験していることだと思います。ただ、光が影響をおよぼす空間の印象や心地よさのようなものは、皆さんが無意識のうちに感じ取っていることが多いので、それをデザインするという仕事は分かりにくいかもしれません。一言でいいますと、この仕事は照明に関する知識を利用して空間を光で演出する職業です。照明デザインと言うと舞台照明、映画照明など様々ですが、我々が専門としているのは建築照明、もしくはもう少し広義に環境照明という分野。照明器具をプロダクトとしてデザインしていると思われることも多いのですが、そうではなく、自然光や人工光(いわゆる照明器具)をツールとして空間をどのような光の環境にするかを考える職業なのです。建築、造園、電気設備など多岐にわたる知識を必要とするちょっと変わった職能かもしれません。照明デザインの歴史は50~60年と浅く、それまでは職業として確立するまでは建築家が照明、主に自然光をどのように空間に取り入れるかを考えていたのですが、建築の用途が多様化し、照明のテクノロジーが複雑化し、専門職としての必要性が高まり生まれました。建築家だけでなく施工主が照明の重要性に気づき始めたことや、省エネが取り沙汰されるようになってからは、私たちの職能がさらに重要視されるようになってきました。建築と私との出会いは、私がまだ高校生の頃に建築家 ル・コルビュジエの展覧会を訪れたことでした。大学で建築を学ぶようになり、そこで人が空間で感じる「環境」を形作るものには、音・光・空調の三つの要素があることを学びます。このとき初めて環境心理学という分野に出会い、大学院に進学以降、主に光環境について研究してつき詰めていくことになりました。ですから、実はデザインを学んだことはないんです。照明デザインを専門に学べる大学は、アメリカ、スウェーデン、ドイツなどにはありますが数は少ないんです。ですから、私が勤めているLighting Planners Associatesという照明デザインの会社には、さまざまなバックグラウンドを持ったひとたちが集まっています。電気設備の設計をやっていたひと、造園をやっていたひと。それぞれいろんなきっかけで照明に出会ったひとたちが集まっています。――シンガポールではどのような仕事を?2008年に赴任しました。当時はまだマリーナ・ベイ・サンズもありませんでした。今もそうですが当時のシンガポールは建設ラッシュ。東京勤務だった頃に海外の案件を担当していたことなどがきっかけで、赴任することになりました。こちらでは都市計画のようなものから、ホテル、商業施設、オフィスビル、住宅コンドミニアムの照明デザインまで、照明に関わる幅広い仕事に携わっています。都市計画の事例として、シンガポール政府からの依頼を受けて、ベイエリアやショッピングエリアなど中心街の景観を形づくる照明に関するマスタープラン策定を弊社で行いました。また、マリーナ・ベイ・サンズホテルに隣接する植物公園 ガーデンズ・バイ・ザ・ベイの照明デザインに私も参画しました。公園内には屋外施設もあるため、夜間の照明をデザインする仕事でもありました。どのエリアが、どの程度の明るさだったら、来訪者に理想のストーリーを体験してもらえるか。照明デザインは、「陰影をデザインする仕事でもある」ということを再認識しました。○来訪者の無意識をあやつるデザインのプロセス――デザインを行う過程について詳しく教えて下さい。ビクトリア・シアター&コンサート・ホールの事例でご紹介します。約100年間の歴史がある古い建物で、老朽化のためリノベーションが行われました。私も2009年から今年まで5年間携わりました。照明デザインのコンセプトは、“Old meets New”を伝えること。シンガポールでは貴重な歴史ある佇まいと、リノベーション後の新しさをハイライトするようデザインしました。○北欧は自然光をいかに取り入れるか、南国は遮るか――国によって違いを感じますか?特に中国のクライアントは、自分の建築をまわりで一番に目立たせることを好むことが多いですね。とにかく、周りより明るく奇抜に目立たせてくれと望む。香港や上海ならよいのかもしれませんが、パチンコ屋のように下品に明るくするのが適切でない立地にある場合は照明の数を減らしましょうと提案することも。こうした建築を取り巻く周辺環境を解釈しながらデザインを考えるマインドセットは建築を学ぶ過程で身につけたものです。自然光に対する考え方も基本的には国によって異なります。たとえば、北欧では限られた自然光を建造物にどう入れられるかという視点でデザインします。一方、赤道直下などの南国では、暑さのしのぐために自然光をいかに遮るかという視点で考えます。その土地の立地、天候、そして経済状況も含めて環境です。照明もそれに対応させます。生活の中に取り入れる照明の明るさの好みも異なります。ヨーロッパでは、レストランでもロウソクの光でステーキを食べたりします。肉がきちんと焼けているかどうかも分からないほど暗い場合もあります。スウェーデンの住宅を訪れたときも、ロウソクのような明かりで生活している家もありました。夕日やいわゆる間接照明などもそうですが、暖かみのある、いわゆる「色温度の低い」光が好まれます。白人は目の色素が薄いので光に敏感だとも言われています。一方、東南アジアなど日照時間が長い地域では、冷たい白色の「色温度の高い」蛍光灯むき出しのところで食事をしてお酒を飲んだりします。日本では、障子や行灯など面で光る照明が日本らしいとされますよね。日本の多くの現代住宅は、天井にひとつ明るい蛍光灯がついていて、リビングをくまなく照らすような環境です。これは、私は知らない時代ですが、親やその前の世代の方々が戦後貧しい時代を裸電球で生活してきたので、明るいことが豊かだというマインドセットがあることに一因があるように思います。――海外での仕事という面で苦労する部分もあると思うのですが。たとえばインドで高層ビルの案件にたずさわっていたときに、予算を使い切ってしまいビル自体の建設が途中で止まったなんてことがありました。また、これはどの国でもあることですが、施工会社とのコミュニケーションに苦労します。日本では考えられないことが起こる。器具の設置作業を指示通りにやってくれなかったりするんですよね。慣れるまではいらいらしていましたが、むしろそれを楽しむ余裕がないとストレスを感じるのではないでしょうか。デザインに対する妥協は好きではありませんが、できるところはしないと作業が進んでいかないこともあります。海外ではそのバランス感覚が必要です。――照明デザインのトレンドを教えて下さい。発光ダイオード、いわゆるLEDがこれまでの照明をすべて置き換えようとしていることでしょうか。省エネにもなりますので、ランニングコストを削減したいクライアントにとっては魅力的です。企業イメージを良くするために照明はすべてLEDを、なんていうことを求められることがあります。しかし、われわれは従来の白熱灯、蛍光灯ほか様々な光を使い分けて提案するようにしています。白熱灯の光と比べてLEDの光は、食べ物のおいしさや女性の肌の美しさを表現することには向いていない。光源それぞれに特性がありますから。その環境に適した光をデザインすることがわれわれの任務です。――デザイナーとして今後の展望は?3.11の東北での震災後、色々な方が色々なことを考えたように、私も照明デザイナーとして何ができるかを考えました。被災地の方々が、電気の無い寒い中、暗く不安な夜を過ごしているのだろう。そこが明るいだけでも少しは安心できるのではないかと、太陽パネル内蔵のLEDが発光するキャンプ用のランタンを被災地に送ったこともあります。この震災がきっかけで、自分の照明デザイナーの社会的役割を考えるようになったと思います。光というのはエネルギーが変換されて得られます。照明にはエネルギーが必要、つまりお金のかかることです。フィリピンのマニラを訪れたとき、夜間に空港からシティーエリアに向かっていたのですが、その道のりにスラム街があり、ものすごく暗くて、いかにも治安が悪そうでした。街が暗いと、犯罪などが起こりやすく治安が悪くなり、ますます貧しくなってしまいます。そういう場所には必要なだけの光があればなと思います。全ての場所を明るくすればよいということではありませんが、こういった負の悪循環は光でも打開できるのではと考えています。いま照明デザイナーを起用するクライアントは、主に経済的に豊かな人や会社です。しかしそうでないひとたちにも自分の力を還元していきたいと思っています。そういった考えの中で将来やらなければと考えているのが、災害が起こった地域や暗く治安の悪い地域などに光を届けるボランティア。昼は太陽が分け隔てなく光を届けてくれます。夜もそうなれば素敵だと思うのです。照明デザイナー服部祐介1980年、東京都生まれ。東京工業大学工学部建築学科卒。同大学院総合理工学研究科人間環境システム専攻にて環境心理学を研究。工学修士。2006年Lighting Planners Associates に入社し2008年からシンガポール事務所にて照明デザインに従事。主な担当プロジェクトに、表参道アカリウム、ヒルトン東京、Gardens By the Bay、ION Orchard、Tang Plaza ファサード改修、Peranakan Museum, Victoria Theatre and Concert Hall、CapitaGreen、Aman Shanghaiなど。その他、住宅プロジェクトも担当する。国際照明デザイナー協会(IALD)会員
2015年01月06日