『五・七・五・七・七』の形式で歌を詠む、短歌。俳句とは異なって季語を使う必要がなく、自由度が高いのが特徴です。指定された文字数で、いろいろな言葉を使って気持ちを表現できるため、子供たちに課題として出題する小学校も少なくありません。ボクサーの澤田京介(kyosuke_box)さんの息子さんも、夏休みの宿題として短歌を詠むことになった1人。夏休みが始まってから数日が経過し、息子さんは早くも、自身の気持ちを『夏の一首』で詠みたくなった模様です。夏休みセミがミンミンうるさいなついでにママもガミガミうるさい夏休みは通学がなく、自宅にいる時間が長いため、親子で過ごす時間が急増します。家族の楽しい時間が増える一方で、時には親から「宿題はやったの?」「遊んでばっかりいないの!」といった注意をされることも。たとえ親がいっていることが正しくても、子供には思うところがあるのでしょう。夏休みという時期ならではの、子供の気持ちを表現した一首に、澤田さんは「核心をついている…!」と思ったといいます。息子さんの短歌は、ネットを通して多くの人に笑いを届けた様子。「将来は大物になる予感」「文才が光りすぎ!」といった絶賛の声が上がりました。いつか息子さんが大きくなったら、母親がセミのようにうるさかった『大人側の気持ち』を汲み取るのでしょう…![文・構成/grape編集部]
2023年07月28日三十一文字(みそひともじ)の言葉の世界。今、ますます注目されているジャンル“現代短歌”。初心者でも、今日から楽しめるヒントを紹介します!SNSで裾野を広げて盛り上がる、今の短歌。この1~2年、“短歌ブーム”といわれているが、この現象は今に始まったことではないようだ。「過去の大きなブームとして俵万智さんの『サラダ記念日』がありますが、それ以前も例えば学生運動の際に短歌が多く読まれたりなど、ブームと呼ばれる現象は意外と定期的に起きていると思っています」(歌人・瀬戸夏子さん)昔の短歌は、詠まれた時代の感情を垣間見られる味わい深さがあるが、同時代に生まれる短歌の魅力はやっぱり、現在の「空気感」や「気分」を共有できること。「非正規雇用で明るく生きる自己像を提示する永井祐さんの歌は、同時代に読むからこそ共感しやすいですし、榊原紘さんが紹介している、推しをモチーフにした『推しと短歌』も、自分の好きなものをリアルタイムで楽しめます」昨今の盛り上がりに欠かせない存在といえるのが、SNSだ。「雑誌や新聞の投稿だと発表されるまで1か月程度かかりますが、SNSはかつてないほど早く反応が届きます。短歌botなどは読み手も短歌を身近に感じられますし、バズるような作品は、短歌であることを意識せずに反応している人も多いのかもしれません」SNSで興味を持ち、次のステップとして好きな歌人を見つけるのであれば、アンソロジーを。「東直子さんほか著・編集『短歌タイムカプセル』や山田航さん著・編集『桜前線開架宣言』などのアンソロジーや解説書で自分の好みを知ってから歌集を読むのもおすすめ。さらに自分でつくると難しさもわかりますし、短歌の読み方も変わってくると思いますよ」“現代短歌”とは?まずは基本の定義を知るところから。歌人の瀬戸夏子さんが、現代短歌の特徴を映し出す代表的な短歌をピックアップ。「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日俵万智『サラダ記念日』(河出文庫)P.127/河出書房新社1989年終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて穂村弘『シンジケート[新装版]』P.80/講談社2021年こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである枡野浩一全短歌集』P.7/左右社2022年好きだった世界をみんな連れてゆくあなたのカヌー燃えるみずうみ東直子『青卵』(ちくま文庫)P.25/筑摩書房2019年王子Aは王子Bを激しくすきでBはAをしみじみすきみたい雪舟えま『はーはー姫が彼女の王子たちに出逢うまで』P.118/書肆侃侃房2018年そもそも現代短歌とは?変遷から見えてくる魅力現代短歌といっても幅広いが、一般的には「『サラダ記念日』が生まれた’80年代後半以降」と捉えてよさそう。まずは、エポックメイキングとなった2首について。「この時期に一番大きく変化したのは、読みやすさ。なにげない日常をポップに表現した俵万智さんや、穂村弘さんが描く都会的な情景は、広く共感されました」続く3首からもわかるように、これ以降、今につながる現代短歌の展開はさらに多様に広がっていく。「すべて文語ではなく口語なのが特徴で、なかでも口語にこだわったのが枡野浩一さん。口語は語彙などの問題で硬い印象になりがちなのですが、口語でもやわらかい表現の短歌を作ったのが東直子さん。また、雪舟えまさんは、自身の小説と登場人物がリンクしている男性同士の恋を詠み、新しい楽しみ方を開拓しました」こうした流れを踏まえると、いま活躍する若い世代の短歌も、また違った魅力が見えてくるはず。せと・なつこ歌人。歌集に『かわいい海とかわいくない海 end.』(書肆侃侃房)など。『桜前線開架宣言』の姉妹編『はつなつみずうみ分光器 after 2000 現代短歌クロニクル』(左右社)も執筆。※『anan』2022年10月5日号より。取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2022年10月02日五・七・五・七・七の31文字で、自分の気持ちなどを表現する短歌。日本では古くから愛されてきました。おしそ(@_______aona)さんの祖母は、短歌で入賞するまでの実力があるといいます。入賞した作品をTwitterに投稿すると、大きな反響が上がりました。実際の作品がこちらです。数年前にお婆ちゃんが私の事をうたった短歌で入賞したやつ、最高なので見てください pic.twitter.com/r6urlkzX69 — おしそ☺︎ (@_______aona) February 16, 2021 『末孫がロックフェスのTシャツを八十路の我に着せて笑えり』ロック音楽のフェスでは、オリジナルのTシャツが会場で販売されます。フェスに参加した、おしそさんはTシャツを購入し、祖母に着てもらったのでしょう。『ロック』と『おばあちゃん』という異色の組み合わせに、おしそさんは思わず笑いが止まらなかったようです。祖母は「やっぱ生地は綿がいいわ」と、Tシャツを気に入った様子。投稿には、祖母と孫のやり取りに反響が上がりました。・情景が目に浮かぶ。内容がとてもかわいい。・毛筆で書く『ロックフェス』が、かっこよすぎる。そして達筆ですね!・素敵な短歌。最高にロックなおばあちゃんですね。おしそさんは、これからも祖母のフェスのTシャツが増えるよう、イベントに参加していきたいとのこと。祖母と孫の心温まるやり取りに、思わず笑顔になりますね。[文・構成/grape編集部]
2021年02月18日自身が経営するホストクラブのホストたちと共に詠んだ短歌をまとめた『ホスト万葉集』が現在、大ヒット中の手塚マキさん。31文字が持つ不思議な魅力を感じて。「短歌を読むと、詠んだ人の心を歌の中に感じることができるだけでなく、自分の心の中に潜む、忘れていた何かが呼び起こされる感覚をおぼえます。また、短歌を詠んだ時は、その瞬間に歌の中に閉じ込めた自分の気持ちを、鮮度を保ったまま、ずっと心に残すことができる。読み手として、そして詠み手として、この31文字という定型が持っている不思議な魅力を感じずにはいられません」そんな手塚さんがセレクトしたのは、短歌の入り口としてぴったりのものから、最先端の感性を味わえるものまでとさまざま。なかには初めて涙したという作品も。31文字が作り出す世界観を堪能してみて。『はじめての短歌』穂村 弘/河出書房新社したあとの朝日はだるい自転車に撤去予告の赤紙は揺れ――岡崎裕美子新聞などに投稿されたものなど、さまざまな人が詠んだ短歌を、歌人である穂村弘が自身で改悪例を作りながら評する。「短歌の読み方を教えてくれる短歌入門です。決して難しいものではなく、読んでいて“なるほど”と空を見つめることがしばしば。ビジネス的な言葉の表現との違いに触れることができ、短歌の世界の入り口に立てるので、これから始める人にも。それにしても、選出した歌の“したあと”って何ですかね(笑)」『あなたと読む恋の歌百首』俵 万智/文藝春秋私をジャムにしたならどのような香りが立つかブラウスを脱ぐ――河野小百合歌人の俵万智さんが選んだ恋の歌100首。幸せに満ち溢れていたり、許されない恋に悩んでいたりと、さまざまな恋模様が詠まれている。「それぞれの歌に俵さんの解説と感想が付き、短歌の自由な鑑賞の楽しみ方を教えてくれます。選出した歌を、どの立場でどう読むかは人それぞれに違うでしょうが、私はこんなにエロティックな女性を知らない。想像するだけでエロいです。100首もの作品が読めるので、短歌を学びたい人にも」『歌に私は泣くだらう妻・河野裕子 闘病の十年』永田和宏/新潮社何といふ顔してわれを見るものか私はここよ吊り橋ぢやない――河野裕子乳がんの宣告を受けた女流歌人・河野裕子。闘病生活の中で歌を詠み続けた夫婦の物語。「病気の告知から亡くなるまでの闘病記とともに、互いの気持ちを込めた歌が連なります。死に向かう物語を背景にした短歌に触れることで、言葉の強さをあらためて知ることができる。短歌は、その瞬間を、鮮度をそのままに31文字に閉じ込めることができるものだと思いますが、この絶望する夫に向けた歌を読み、私は初めて短歌で泣きました」『メタリック』小佐野 彈/短歌研究社セックスに似てゐるけれどセックスぢやないさ僕らのこんな行為はゲイであることを公表している台湾在住の歌人であり作家が、30歳からの4年間で詠んだ短歌より、370首を選んだ第一歌集。「生々しくて強い、そして儚い思いに正面から向き合って言葉にする彼の姿勢には、憧れを感じると同時に、“もし、自分であったら壊れてしまうだろうな”とも思う。選んだ歌もですが、性的マイノリティと呼ばれる方々の葛藤に触れるとともに、“一体、何がマイノリティなのだろうか?”と考えさせられます」『眠れる海』野口あや子/書肆侃侃房わたしが持てばどんなあなたも銃身であるから脚をからませて抱く現代を代表する歌人の2012~2017年までの作品を収録。「彼女の選ぶ言葉の世界観に浸ると、まさに、この歌集のタイトルのように、自分の心の奥底にある暗い深海を漂っているような心地になる。自分の記憶を自分が貪るように促す感覚をおぼえます。選出した歌を読み、あなたはどんな“わたし”を呼び覚ますでしょうか?観念的な歌が多く、少し難しいところもあるのですが、現代の最先端の短歌に触れることができます」てづか・まき「Smappa! Group」会長。歌舞伎町でホストクラブやバー、飲食店などを構える。LOVEをテーマにした書店「歌舞伎町ブックセンター」のオーナー。著書に『裏・読書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。※『anan』2020年9月23日号より。取材、文・重信 綾(by anan編集部)
2020年09月19日毎日、仕事と育児に追われてしまうと、息抜きする時間もなかなかとれないもの。小説をゆっくり読みたいんけどそんな時間もない…。そんなときは、短時間で楽しめる現代短歌で気分を変えてみませんか? ■例えが面白い短歌「鋏状(はさみじょう)のものに睫毛をつかみ上げいくらも違わぬ面(めん)となりたり」『時のめぐりに』/著:小池光 出版社:本阿弥書店メイクをしない男性にとってビューラーはふしぎな道具。しかも「鋏状」と表現したところに、睫毛をカールすることに、小さな怖れがふくまれているのがわかります。実はこの作品、向かいの席で化粧をしている人がいるという、簡単な状況説明が添えられています。化粧する女性を未知の生物のようにとらえた視点がコミカルですね。「四十九個の疣(いぼ)の一つをわれ押してはなれたところのテレビを消しつ」『思川の岸辺』/著:小池光 出版:角川書店今度はリモコンのボタンを“疣”に見立てました。テレビを消すという日常の行為が謎めいた行動にみえます。疣にふれて家電を操作するのは、なんとも皮肉です。■共感をよぶ短歌次は、青春期の美しさと残酷さを目のあたりにした1首です。「東京に出でて女優になることもひと生(よ)の恋に似たるかなしみ」『行春館雑唱』/著:大野誠夫 出版:白玉書房スポットライトを浴びる女優。若いころは熱にうなされるように華やかさに憧れます。けれど、まぶしい舞台に立てる人はほんのひとにぎり。自分はスターになれない側の人間だと気がついたときの淋しさは恋と似ているのでしょうか。納得したり、共感したり、31音で完結するドラマはちょっとシニカルだけど、詠みやすく、初心者向けの本がたくさん。気軽に文学の世界に触れたい人にもおすすめです。
2016年04月29日俳句にあって短歌にはないもの。それは「季語」です。短歌は俳句のように季節を感じる言葉を入れなければならないというルールはありません。しかし、1首の中に春夏秋冬が入ると、くっきりとした情景がたちあがります。■短歌で感じる「春」「春に来て春に去り行くこの町の貯金通帳二冊が終わる」大田省三(『第10回 若山牧水青春短歌大賞入選作品集』)作者は「二冊」の「貯金通帳」という具体的な小道具を使い、町への愛着となごり惜しさを表現しました。さりげない言葉の奥の感情が刺激されます。「置時計よりも静かに父がいる春のみぞれのふるゆうまぐれ」藤島秀憲(『すずめ』)しんとした春の情景画のような作品。「置時計よりも静か」という描写で父親の存在感が深く胸に響きます。■「草花」のうた春といえば桜。桜の花を題材に詠ったことがないという歌人は、おそらくいないことでしょう。しかし、いっせいに草が芽吹き花がわらう春の花は、桜だけではありません。「エタノールの化学式書く先生の白衣に届く青葉のかげり」小島なお(『乱反射』)着眼点が非凡です。青葉のかげが映る白衣とは、ポエジーにみちています。春の教室特有の、空気のやわらかさや、あたたかさが伝わってきます。黒板に向かってC2H5OHと書く、教師をながめている一瞬がドラマになりました。「宇宙時間思えば一瞬にも満たずわたしの記憶にパンジーが咲く」小島なお(『サリンジャーは死んでしまった』)はるかな「宇宙時間」と「わたしの記憶」のコントラストがあざやかです。まだ若い作者は、自分が生きてきた時間をパンジーに重ね合わせました。冬から春にかけて庭にひろがるパンジーのかれんさと、作者の感性がオーバーラップするようです。「菜の花の黄(きい)溢れたりゆふぐれの素焼きの壺に処女のからだに」水原紫苑(『びあんか』)桜や梅はフォーマルな花。けれども、あぜみちや、バス停にひっそりと咲く菜の花はカジュアルなイメージがありませんか? ところが、かわいた素焼きの壷や、無機質な生娘のからだにあふれる「菜の花」は、幻想的で、美しい毒をはらんでいます。陽気なだけではない、ミステリアスな名歌だといえるでしょう。■春の「余韻」「ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は」穂村弘(『ジンケート』)冷蔵庫をあけると卵を置くための独特の空間があります。あのくぼみにひと粒ずつ涙が落ちていきます。ぬるくてしょっぱい涙も落ちてしまえば、もう誰のものなのかわかりません。「ほんとうにおれのもんかよ」と、つきはなしているのは自分自身なのか、それともまた別の誰かのことなのでしょうか。悲しい場面に悲劇的にならず、ちょっぴり投げやりにうたう技法は上級者ならではのテクニックです。「音楽になる一歩手前のまっさらな風だけが吹いてゆける市街」井辻朱美(『コリオリの風』)風は、やがて音楽にかわるのでしょうか。急激にあたたかくなる春は風が強い季節。まっさらな、洗いざらしの木綿のような風がかなでる名曲に耳をすませてください。歌人たちはうたいます。きびしい寒さにたえて芽吹く木々の生命力を。まぶしい青空を。光と風を。そして、永遠にもどらない現在という、その一瞬を。春を詠んだうた。春に読みたいうた。春は、ドラマがはじまる季節です。
2016年04月11日子育て中の女性と短歌は、とても相性がよいのです。5・7・5・7・7文字の31音で完結する短歌には、短いながらにさまざま感情や情景が込められています。今回は、育児や家事をしながら言葉をつむぐ現役ママさん歌人たちが詠んだ、子育てをテーマにした短歌を紹介します。短歌のなかにはまさに「子育てあるある」がたくさん詰まっていました。子育てはネタの宝庫!?はじめに紹介する、春野りりんは、水彩で描くイラストのような作風が持ち味。昨年出版した歌集『ここからが空』(本阿弥書店)は、わが子の成長をよろこぶ、素朴で心温まる1冊です。そこに載っている短歌を数首、ご紹介します。「幼稚園 受験願書にひろびろと 長所欄あり 花の種をまく」 春野りりん(『ここからが空』)「手をあげて こたへる児あり 診察に ほかの患者のよばれるたびに」同上「母親はムスカ大佐、父親はオバマと登録されたるケータイ」同上病院でほかの患者が呼ばれても手をあげて返事をしてしまう…そんな愛らしい時期はひとときしかありません。作者がそうした、かけがえのない蜜の期間を大切にしていることが、短歌から見て取れます。「現在」にしかない、時間のきらめきが魅力的です。特別じゃなくていい。日常こそが、かけがえない日々中井守恵は、仙台在住。2014年に角川短歌賞次席に選ばれ、50首連作「あかるい春」で、息子と過ごす日常風景を詠い、注目されました。「震災を 思い起こせば その刹那 「きらきら星」を子は歌いだす」中井守恵(『短歌人』2016年1月号)「蟻を追う 息子のうなじを眺めれば しののめ色になりゆくこころ」同(『短歌』2014年11月号)「たいせつにたたむ靴下 草原に恐竜二頭が描かれていて」同上蟻を追いかけたり、靴下を畳んだりという何気ない生活を通して、赤ちゃんから子どもに少しずつ変わっていくわが子をいとおしく見つめる母親の姿が印象に残る歌ではないでしょうか。子育てはキレイごとだけじゃない、母の葛藤を詠んだ短歌次に紹介する森尻理恵は、地球物理学の研究者。子育てと研究を両立する日々を詠った歌集は読みごたえがあります。キレイごとだけにとどまらず、ワーキングマザーの葛藤をありのままに表現しています。「何もかも ママのせいだと子は泣きぬ 例えば庭が暮れゆくことも」森尻理恵(『グリーンフラッシュ』)「黒で絵を描く子は心が病んでいるとテレビは言えり さあて困った」同上「子をなして ハンディー負うは女ゆえ 君が決めよと同業の夫」同上「抱き方の下手なるわれによりすがり 泣く子に不思議な温かさあり」同上小さくても子どもは1人の人間。それゆえ、人が人を育てる過程には、ときに修羅場をさけて通れないこともあるでしょう。しかし、たとえ抱き方が下手であってもやはり、子どもは「ママが大好き」なのです。焦りや不安などの気持ちを素直に認めて短歌にしている面に、とくに共感しました。歌集は育児書や育児体験記のような実用書ではありません。しかし、ママさん歌人たちの作品には、ハウツー本でも得られないようなリアリティーがあり、他人にはおいそれと語れないような育児への不安や本音、そしてわが子への思いが込められていました。「「赤ちゃん」と かつて赤ちゃんだった子が 寄って行くなり 桃咲く道を」川本千栄(『樹雨降る』)ここに描かれている赤ちゃんも、やがて子どもになり、その後大人へと成長していきます。一瞬ごとに変化していくわが子の姿に、歌人たちは今日も、ことばをつむぎます。(有朋さやか<フォークラス>)
2016年03月15日5・7・5・7・7の31文字で表現する、世界でいちばん短いポエム。それが、短歌です。短歌のルールは、自分の思いを31音で表現するということだけ。その決まりごとさえ守れば、何を詠むのかは自由です。よく、「短歌って、花鳥風月を入れるんでしょ?」ときかれます。おそらく国語の教科書に載っていた『万葉集』や『百人一首』の小むずかしいイメージが抜けないせいでしょうが、そんなことはありません。家族や恋愛、仕事や時事問題など、短歌はジャンルを問わないのです。短編小説をよむように、絵本を開くように、簡単に楽しめる短歌の世界。多くの短歌のなかから、21世紀を生きる女性歌人たちの相聞歌(恋愛の歌)を紹介しましょう。■ドラマチックな展開を予想させる博物館での逢瀬「触つてはいけないものばかりなのに博物館で会はうだなんて」山木礼子(『短歌研究』2013年9月号)博物館に展示されている作品には、「お手を触れないでください」と書かれています。遠い昔に使用していた道具や、泥のなかから発掘され、研究対象として保管されている貴重な品々…。うっかりさわるとこわしてしまうこともあります。そんな、「触つてはいけないものばかり」の展示室での逢瀬は、これからどのように発展していくかわからない恋愛模様を、ドラマチックに表現しています。山木礼子は、この歌をふくめた連作30首「目覚めればあしたは」で、第56回短歌研究新人賞を受賞しました。当時25歳でした。■一途に相手を思いつづける歌次に紹介する田中雅子は、決してふりむいてくれない人を思いつづける、静かな作風です。「許される程度に君を思う夜壁はぶあつく距離を知らせる」田中雅子(『青いコスモス』青磁社)「人づての便りを拾い集めれば嗚呼君が今この世に生きている」同(『令月』砂子屋書房)「ほんとうはかなしいロシアの民謡(うた)なんだ トロイカを君は教えくれにき」同頭では理解していても、心は一途に「君」をもとめてしまう。せつなさと、やりきれなさが伝わってきます。田中雅子は、苦しい心情をさりげない言葉に託します。さらっとした言葉選びをすることにより、美しく哀しい情景が強く胸に迫ってくるのです。■熱い気持ちと冷静さを表現最後は、情熱的でありながら、ガラスのような繊細さと、鋭さを持ちあわせている谷村はるかの作品を紹介します。「薄い鏡貼りつめられたきみの内部小さな言葉ほど反射する」谷村はるか(『ドームの骨の隙間の空に』青磁社)「土砂降りに打たせておいた そばで傘さしかける資格などないから」同「少年と少女みたいに回り道少年と少女ほど時間はないのに」同大人になれば、人と人との間合いの取り方にたけてきます。言葉を変えると、駆けひきが上手になるということでもあります。ところが、恋をすると、そんな自分自身が逆にもどかしくなることも。思いをよせる人と素直に向きあうことは、大人になるにつれて、むずかしくなるものかもしれません。歌集『ドームの骨の隙間の空に』は、つきつめて人を思う気持ちと、そんな自分自身を冷静にみつめるまなざしが交差する秀作だといえるでしょう。これからはじまる恋。おそらく実らない恋。素直になれない恋。恋愛には、さまざまなバリエーションがあります。人を思う気持ちが言葉に変わる瞬間に飛びかう火花。その美しさに息をのむのは、いつの時代にも共通している感覚なのかもしれませんね。
2016年01月07日