アイドルグループ・NEWSの手越祐也が芸能活動を自粛することが26日、明らかになった。ジャニーズ事務所の公式サイトで発表された。手越は一部週刊誌で、緊急事態宣言発令中の4月下旬に、都内で女性を集めた飲み会を開催していたと報じられ、今月15日に事務所は公式サイトでコメントを発表。「本人へ事実確認を行いました所、掲載内容の相違はあれど、女性を伴う外出の事実を認めました」と報告し、所属タレント76人による期間限定ユニット「Twenty★Twenty」への参加を見合わせると発表していた。そしてこの日、「この度の新たな週刊誌報道を受けて直ちに手越本人に事実確認をしましたところ、一部、事実関係に相違があるとのことでしたが、報道にありましたような酒席に参加していたことを認めました」と報告し、「今回の件につきましては、日本全国の皆様が感染拡大の防止を最優先事項としてあらゆる代償を払いながら外出や活動を自粛されている中での出来事であり、世の中の状況や自身の置かれている立場に対する自覚と責任に著しく欠けておりましたことを弊社といたしましては重く受け止めております」とコメント。「そのため、当初、チャリティーソングへの不参加のみ、ご報告しておりましたが、弊社からの度重なる説明や要請にもかかわらず、緊急事態宣言期間中に新たな酒席への参加が確認されたこと等を踏まえまして、すべての芸能活動の自粛もやむを得ないものと判断するに至りました」と活動自粛を発表し、「芸能活動を自粛させることはファンの皆様ならびに関係者の皆様に多大なるご迷惑をおかけすることとなりますが、日本全体で難局を乗り越えなければならないこのときに、日常の生活を取り戻したいと願う皆様の思いに反するような行動をとったことは到底許容できるものではございません」と記した。続けて、「今回の出来事につきましては、ひとえに本人の自覚の欠如によるものではございますが、所属事務所といたしましては、本人に対して他の所属タレント以上に、仕事は個人で行うものではなく、関係してくださる多くの方々に対する配慮の上に成り立つため、行動には十分気を付けるよう、これまでに繰り返し伝えてまいりました。しかし、今日に至るまで本人に理解させることができず、ファンの皆様や関係者の皆様には大変申し訳なく、責任を感じております」と謝罪。今後については「本人に反省を促し、所属事務所として真摯に向き合ってまいります」とし、また、「今回のことを生かして、弊社の所属タレントに対しましては、ジャニーズJr.として弊社に所属した段階から仕事を通じて社会人として成長できるよう、保護者と連携しながら適切な指導・マネージメントに努めてまいります。そして、本業であるエンターテイメントによる活動とSmile Up! Projectとして行っております支援活動にジャニーズグループ一丸となって取り組む姿勢をご覧いただくことで皆様に信頼していただけますよう、精進してまいります」と伝えた。
2020年05月26日アイドルグループ・NEWSの手越祐也が6日、都内で行われたOPENREC公式アンバサダー就任記者発表会に登場した。OPENRECはCyberZが運用するゲーム動画配信プラットフォーム。手越はきょう6日12時から公開されるWEB限定CM(30秒×1編、15秒×2編)にも登場、ゲーム実況番組にも出演する。2月9日の21時からは、就任記念の生配信を行うという。CyberZ代表取締役社長 山内隆裕氏は、手越について「自他共に認めるゲーム好きで、相当なゲーマーであるというところと、ゲームのライブ配信についても日常で非常にご覧になられている。ユーザーの代表でもある」と起用理由を説明する。手越自身も「本当にゲーマーで、近況とか聞かれたらほぼゲームの話。対戦型のゲームだと強いユーザーが深夜に多いから、やりすぎるときは日が昇ってくるくらいまでやってしまう。大好きなことをお仕事にできるというのは幸せですね」と語った。「ゲーム界隈でも噂になっていた」という言葉に、「マジすか!」と喜んだ手越は、「元々見てたんですよ。素人とプロのゲーマーの差がすごい。こういう戦法があるんだなって学習しながら自分に落とし込んでいきます」とゲーム実況の魅力を熱弁。4〜5歳ごろからゲームに触れていたというが、「PCエンジン、ファミコン、スーパーファミコン世代なんですけど、黄金世代のゲームは何かと言われるとポケットモンスター。『金』『銀』が出た時に、発売日が平日だったので、『ポケモン閉鎖』という言葉があったくらい、学校にみんな出席しないという。僕も親父と並んだ気がするんですよね」と思い出話も披露し、「ゲームって遊ぶものというイメージがありましたけど、今ではそれで生活ができたり賞金が出たりとか、遊び道具じゃなくなってきてるというのが、すごく感慨深いです」としみじみとしていた。プロチームに入っては……という提案には、「事務所との相談になりますけど、入りたいですよ」と断言する手越。「配信してる姿が好きで。ヘッドフォンして指示出し合いながらやるじゃないですか。レーシングチームみたいでかっこいい! あの中に入って戦ってみたというのはありますね」と希望した。ジャニーズ初のゲームライブ配信という大役に、手越は「責任感もあります」と「コメントを生で見るという経験をしたことがないので、緊張と共にわくわくしますね」と期待を膨らませる。「メンバーにも『ゲーム音下げられる?』と言われるくらいプレイしているので、普段の雰囲気を見ていただきつつも、ガチなところはガチでやる、メリハリのある配信ができたらいいな。『手越祐也、楽しそうだな』ということでゲームをダウンロードしたり、他の配信者を見たりしてくれたら嬉しいです」と意気込んだ。
2020年02月06日香港ディズニーランド・リゾート(香港・ランタオ島)で現地時間12月31日に開催予定だった「ディズニー年越カウントダウン・パーティ(Disney New Year’s Eve Countdown Party!)が中止になると公式に発表があった。同イベントは大晦日限定のスペシャル企画で、2020年の到来をミッキー&フレンズと一緒にお祝いするというカウントダウンのイベント。日本からのゲストには旅行業提携会社各社が限定バケーションパッケージを販売していたが、払い戻しで対応する模様。対象者にメールで連絡がいく予定。As to Disney artwork, logos and properties: (C) Disney※画像はあくまでもイメージです。紹介したエンターテインメントや現地イベントの内容などすべての情報は予告なく変更になる場合があります。(text:cinemacafe.net)
2019年11月28日NEWSの手越祐也と小山慶一郎が、29日深夜に放送されたラジオ番組『KちゃんNEWS』(文化放送/毎週火曜24:05~24:30)に出演し、理想の結婚式について語った。この日の放送では、「プロポーズされ、来年結婚式を挙げることになった」というリスナーのお便りを紹介。「いいなぁ、結婚。そしてプロポーズ」とうらやましがる手越は、「プロポーズって緊張しそうだな。いざというとき俺、緊張するから。分からないけど、手を繋ぐとかも、すげー緊張する気がする……」と、未体験のプロポーズにドキドキの様子。また、結婚式の願望はあるものの、「メディアは絶対に呼ばないね。俺は、絶対に身内だけ。それこそ、仲良いスタッフとメンバーと家族と、本当に仲良い友達だけでいい」と断言した手越。「自分が尊敬してて仲良くしてくださったアーティストの先輩とかに歌ってもらって、最後は、俺が奥さんに歌いたい。せっかく歌手の立場をやらせてもらってるから、自分だからこそできるものを使って、奥さんを喜ばせたい」と、楽しそうに理想を語った。一方の小山は、自身の結婚式について、「我々なんて、母子家庭なわけじゃん。泣くぜ。本当に泣くと思う」と想像しながら、「姉ちゃんの結婚式がそうだったのよ。だからバージンロードは、俺が姉ちゃんと歩いたの」というエピソードを披露。「その体験はないな~」と驚いた様子の手越は、「嗚咽でしょ。すごい仲良い家族の娘の結婚式でも、いろんなフラッシュ写真とか流れるじゃん。あれでも泣いてるもん」と、涙もろい一面を明かしていた。
2019年10月30日NEWSの手越祐也が、25日に放送されたラジオ番組『テゴマスのらじお』(MBSラジオ/毎週水曜23:30~24:00)に出演。同番組にスペシャルゲストとして登場した龍玄とし(Toshl)との後日談を明かした。11日に放送された回で、手越が子供の頃から尊敬しているとしが、スペシャルゲストとして登場して大きな話題に。長年の夢だったデュエットを果たし、「ラジオの音源を送ってもらって、いつでも聴けるように、iPhoneに入れたもん」といまだ興奮冷めやらぬ様子で、同じくデュエットに参加した増田貴久も、「すごかったよね。テゴマスのアルバムに入れたい。素晴らしかったですよね」とハイテンションで振り返った。現在、絵画展『マスカレイド・展』を開催中のとし。ラジオで共演後、同展に足を運んだという手越は、「一般の方が終わってクローズしたあとに、としさんと一緒に周らせてもらって。そのあと一緒に食事をさせてもらって、色々プライベートな空間までお邪魔して、てっぺんくらいまで語り合うっていう」とプライベートでも親交が深まったことを明かし、「憧れのボーカリストの方が、こんなにお世話をしてくださるとは」と大感激していた。また、番組中に、としが考案した3人のユニット名“テゴとマスし”は、リスナーからも大好評。手越は、「一応、としさんに『覚えてますか?』って聞いてみるわ。『何でしたっけね?』ってなる可能性もゼロじゃない。としさんは優しいから、メールで聞いちゃうと俺らが傷つかないようにネットで調べて、『“テゴとマスし”ですよね』って送ってくれるような方なので、これは電話か直接聞かないと。すぐ電話するわ!」と楽しそうに話していた。
2019年09月28日NEWSの手越祐也が、11日に放送されたラジオ番組『テゴマスのらじお』(MBSラジオ/毎週水曜23:30~24:00)に出演。スペシャルゲストとして登場した龍玄とし(Toshl)と憧れの初対面を果たし、長年の夢だったデュエットを披露した。音楽番組でX JAPANの「紅」を披露した手越を、としが公式ブログで大絶賛していたことがきっかけで、今回の出演が実現。「あれは本当に魂の叫びが伝わってきたので、見てる方はみなさん感動されたんじゃないかな」「手越さんが歌ってくださったのを拝見して、いたく感動して。一緒に歌うことが夢だとおっしゃってくださったので、じゃあ一緒に歌えたらとお願いました」と話すとしに、手越は、「わー! すごい! 横にとしさんがいる! 」「夢って言っておくもんですね。夢って叶うんですね」と大感激。番組では、メンバーの増田貴久とともに、3人でToshlの「マスカレイド」を生歌唱。「2人の歌唱力は超越してますね。甘い声じゃないですか。お姫様抱っこしてほしいな」「2人と視線を合わせて歌うから、ドキドキしましたね。今すぐお姫様抱っこしてほしい」と、“お姫様抱っこ”を連発して笑わせつつ、「気持ちを込めて歌ってくださるので、伝わるものがある。そういう歌声なので、一緒に歌っててすごく気持ちがいいですし、刺激されますね。僕も頑張らなきゃ」と、2人のパフォーマンスを大絶賛した。続けて、出演にあたってテゴマスの楽曲を調べ尽くしたというとしが、「タイムマシン」を自ら選曲して、3人で生披露。「すげー! これはやばいよ!」(手越)、「これはもうファンが震え上がる」(増田)と大興奮する2人に、としは、「声がすごく高くて、しかもセクシー。良いところを出すなって」とまたもや大絶賛。コラボレーションを終え、「やっぱり最初はラジオでやったほうがいいかなと。本当に良かったです」と振り返ると、手越は、「最高です! 夢みたい……」と興奮冷めやらぬ様子だった。また、ジャニーさんの前でX JAPANの「Forever Love」を歌ってオーディションに合格したことを伝える手越に、「僕もそのとき、ジャニーさんのところで歌ってたら、NEWSに入れたの?」とコメントしたり、3人で歌唱後に、「テゴマスに僕が入るとしたら、どういう名前にしたらいいんですかね? “テゴとマスし”……」とつぶやくなど、終始明るいトークを展開していたとし。「ファンのみなさんに、グループ名を募集してもらってもいいですか?」というお願いも飛び出し、最後は、「今日は機会を与えていただいてありがとう」と大満足の様子で締めくくっていた。
2019年09月13日NEWSの手越祐也が、17日に放送されたラジオ番組『テゴマスのらじお』(MBSラジオ/毎週水曜23:30~24:00)で、自身が尊敬するX JAPANのToshIの言葉に感涙したことを明かした。手越は、6日に放送された音楽番組『THE MUSIC DAY 時代』(日本テレビ系)で、X JAPANの『紅』を披露して大きな話題に。リスナーから称賛の声が届くと、「ずっと憧れていたアーティストの方の曲を生放送で歌える機会なんて、最初で最後になるかもしれないし、後悔したくなかった。キツいチャレンジだけど、リスペクトのもとぜひ歌わせていただきますって」とオファー時の心境を明かした。同番組で、NEWSは最新シングル曲「トップガン」を披露したが、そのリハーサル後に『紅』の練習をしたそうで、「そのときはまだやるって決まってなかったのよ。歌ってみて歌いこなせなかったら、もちろん歌っちゃダメじゃん。それでとりあえず歌ってみた」という手越。それを見ていたメンバーの小山慶一郎と加藤シゲアキに、「これだったら、絶対に歌った方がいい!」と背中を押され、「じゃあ、やってみるかって。めちゃめちゃプレッシャーだったけど気持ちよかった」と大満足した様子だった。また、X JAPANのToshIが、放送後の8日に、「手越祐也さんへの思い」というタイトルで公式ブログを投稿し、手越のパフォーマンスを大絶賛。その日、俳優の京本政樹らと食事会を楽しんでいた手越は、関係者からのメールでそのことを知り、「まあ泣きましたよね。久しぶりに泣いたね。うれしすぎて。正樹さんにトントンってされちゃった」と感動で涙したことを告白。「本当にやってよかったなって思ったし、ご本人の中で認知してくださったのはうれしい。ToshIさんとデュエットする、YOSHIKIさんのピアノで歌うことが、俺の大きな夢なの」と内なる願望も明かしていた。
2019年07月18日NEWSの手越祐也と増田貴久が、8日に放送されたラジオ番組『テゴマスのらじお』(MBSラジオ/毎週水曜23:30~24:00)で、平成最後にHey! Say! JUMPネタで盛り上がったことを明かした。現在、ライブツアー「NEWS LIVE TOUR 2019 WORLDISTA」で全国巡業中のNEWS。平成最後のライブは広島だったそうで、増田は、「みんなで『平成ジャンプ!(Hey! Say! JUMP)』って叫んだもん。俺が平成って言うから、みんなはジャンプって言ってくれる?って。MCで盛り上げて最後にやったから、ライブで一番盛り上がったね」と、後輩ネタで楽しんだ様子。一方の手越は、平成最後の日にバラエティ番組『世界の果てまでイッテQ!』の収録があったそうだが、「俺のメイク中に、後ろで事務所の偉い人が雑談してたんだけど、『Hey! Say! JUMPが、“令和”JUMPになるんだよね』ってガチ声で言ってて、俺はおったまげたわけよ」とドッキリを仕掛けられたことを告白し、「まんまと騙された。本当かな?って思っちゃった」と振り返って苦笑した。また、放送400回記念企画を募集している同番組。リスナーから「ジャニーズ事務所の先輩や同期、後輩に生電話をしてほしい」と要望があると、手越は、「番号知らねえよ!」と一蹴。「小山やシゲはもちろん分かるし、後輩は何人か知ってるけど」としながらも、「先輩は知ってる人ほぼいないよ。長瀬くん、太一くん、相葉くんくらいしか知らない。現場ではしゃべるけど、長瀬くん、太一くんはしばらく連絡とってないし」と打ち明け、増田に、「コミュニティがないんですね……」とツッコまれていた。
2019年05月09日NEWSの小山慶一郎が、7日に放送されたラジオ番組『KちゃんNEWS』(文化放送/毎週火曜24:05~24:30)で、メンバーの手越祐也から届いた誕生日メッセージを紹介した。収録当日の5月1日に35歳の誕生日を迎えた小山。ゲスト出演した手越から、「お誕生日おめでとうございます!令和のカウントダウンと共に、誕生日のカウントダウンだったじゃん」と祝福されると、「ちょっと聞いて。俺さ、これ本当にファンのみなさんに言いたいよ。令和になった瞬間、誕生日になった瞬間、誰から一番最初にメール来たと思う?手越なんだよ。お前いいヤツだな」とうれしそうに打ち明けた。手越からは、「誕生日おめでとう。令和と共に良い一年になりますように。大阪よろしくね」という祝福メッセージが0時ピッタリに届いたそう。誕生日当日は多数の人からメッセージが届き、すぐに返信することができないため、あえて既読にしないと語った小山は、「手越のだけ見たもんね。俺は一言『愛してる』って、同じ時間内に返してるからね。シンプルな中に愛がある感じで、めっちゃうれしかったんだけど。ありがとな」と改めて感謝した。また、番組からは、小山が最近ハマっているアニメ『ラブライブ!』のTシャツとミニフィギュアをプレゼント。「推しメンのえりちじゃん!これが家に並びだしたら、俺はなかなかだ」と大喜びする小山に、手越が、「秋葉原とか行かないの?俺、何回かサバゲーで行ったことあるけど、超楽しいよ。文化が違うから超楽しい。秋葉原いいよ」とおすすめされ、「俺、行こうと思ってる」とアニメの聖地・秋葉原にも興味津々だった。
2019年05月08日NEWSの手越祐也さんがレギュラーを務める人気バラエティー番組『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系、日曜夜7時58分〜)。2月17日放送回では、「手越のノーチャラ生活 In フィリピン」として、手越さんが「ノーチャラ」に挑戦。「チャラい」と言われる手越さんが、自身を見つめ直す企画として生まれた「手越のノーチャラ生活」は今回で第3弾となります。ノーチャラ生活では、「俗世と切り離された生活」をする必要があるため、スタッフからは「チャラいもの・文明のもの、没収します」と非情な声が。そこで、所持品のタブレットや香水、ポーチ、おっぱいキーホルダーなどを没収される手越さんでした。そんな手越さんが今回訪れたのは、フィリピン・パラワン島にある村。この村を代表する工芸品のひとつである「ラタン」(藤)を使って作る椅子作りにチャレンジしました。トゲまみれのラタンを扱う手越さんの手に、トゲが何本も突き刺さるシーンも……。熟練した人でないと難しい工程と格闘する手越さんの姿が見られました。これに対しツイッターでは、いつもの手越さんらしさを出しながらも、初めて取り組む仕事に一生懸命になる手越さんにキュンとなるファンが続出。ただ、最後には「オッケー!ナイスゥー!ゴイスゥー!ポーポ!ポッポッポ!」と“チャラく”締めくくりました。これに「笑わされた」「可愛い」「癒やされた」など、喜びのツイートをするファンも大勢いたようです。元気で陽気、ハッピーさを振りまいてくれる手越さん。これからも『イッテQ!』で視聴者を笑顔にしてくれる手越さんに注目です。画像/Shutterstock
2019年02月17日手越祐也(31)が12月12日に開幕するサッカークラブ世界一決定戦「FIFAクラブワールドカップ UAE2018」の日本テレビ番組キャスターを務めることとなった。同番組のテーマソングにはNEWSの新曲「SPIRIT」が起用されるという。各スポーツ紙によると、手越は「今大会も世界からサッカークラブの大陸王者が集まります。世界最高峰のプレーを皆さんにお伝えできることを、とても楽しみにしています」とコメント。「SPIRIT」については「チャレンジした部分もあり、僕らも新鮮な気持ちで歌わせてもらいました。是非、皆さんに聞いて頂けると嬉しいです!」と明かしたという。「手越さんは、子供のころからサッカーに親しんできました。その腕前はミュージシャンを中心としたフットサル大会で、MVPを受賞するほどです。何より、サッカーの専門誌で連載を持つほどのサッカー愛と知識量。楽しそうにサッカーについて語る姿が好評です」(テレビ局関係者)手越のキャスター起用にくわえて、NEWSも新曲を発表。ダブルの喜びにTwitterは沸いている。《手越くん、W杯キャスター就任決定おめでとう!!大好きなサッカーを楽しそうに伝えている姿を見れるのが楽しみです》《またNEWSの曲使ってもらえて手越が大好きなサッカーの仕事させてもらえるとかこっちまで幸せ》《めでたい。しかもテーマソングもNEWS!有難い。どんな曲か楽しみすぎる!NEWS好きすぎる》今回の起用により、手越はさらにファンを獲得しそうだ。
2018年11月30日「今までどんだけ日用品やらお金やら、武志に運んだかわからんわ。テーブル、オルガン、じゅうたん、布団、ビデオデッキ、食料、衣類。なんでも、私が運んだがよ。今回も、中学3年生になる武志の孫が、私が持っていったサバ缶をうまそうに食べとった。サバをちょこっとだけ大事そうに食べては、ご飯を、わぁーっと、かき込むんや。それでサバ缶にふたをして、『学校から帰ったら食べるから、食べないで』と。あの姿を見たら、せつのうてな。これが最後の訪朝やと思うとったけど、また行かんとおられんわいね」寺越友枝さん(87)は今年4月、北朝鮮に住む長男の武志さん(68)を訪ねたときの心情をそう語る。実に66回目の訪朝だった。武志さんは今から55年前、13歳のとき、石川県能登半島沖の海で行方不明になり、23年後に北朝鮮で生存が確認された。以来、友枝さんは武志さんに会うために北朝鮮に通い続けてきたが、この5年間、体調を崩し訪朝がかなわなかった。回復した今回が最後のチャンスと考えて訪朝に踏み切ったのだ。「武志は、私が誰かに抱えられながら来ると思うてたようで、私が自分の足で歩いとるのを見て、すぐ家族に電話して、『ばあちゃん元気やぞ!』と、報告しとった。そしたら家族みんな、泣いて喜んでくれたって」現在、北朝鮮の平壌で暮らす武志さん。’63年5月11日、叔父の寺越昭二さん、外雄さんと高浜港(石川県)から小型漁船に乗って漁に出たきり行方不明になった。中学に上がったばかりだった。「当時、寺越家は子どもだけで6〜7人おって、そのうえ貧乏。武志は、兄妹の子どもとようケンカする“きかん坊”やったさかい、『仕事もせんのに、ご飯ばっかり食べよる!』と、姑から目を付けられて、肩身のせまい思いをしとったんや。漁の手伝いをしたら、500円くらいはもらえる。だから私は、『はよ、漁に出てこい!』言うて、あの日も、まだ昼食のコロッケをほおばる武志を急かせて、漁に行かせてしもうた――」警察や村の人々による捜索が続いたが見つからず、捜索はわずか1週間で打ち切りに。遺体も揚がらないまま葬儀が行われた。武志さんが失踪して23年目の’88年1月。友枝さんの母心を激しく揺さぶる事件が起こる。「武志の23回忌が終わったころ。いつまでも『武志、武志』言うていたらいかん。区切りをつけようと思うて、失踪後、海に浮かんでいた学生服を’87年の12月に処分した。その1カ月後やった。武志と一緒に行方不明になった叔父から寺越家の次女の元に、『北朝鮮で生きとる』という手紙が届いた。次女から、『武志は生きとったぞ』という電話を受けたあとのことは、気が動転してよう覚えとらん。あわてて実家の母に電話をしたら、『頭がおかしゅうなったか。明日行くからしっかりせい!』と言われたことだけは覚えとる」武志さんらが北朝鮮で生きていたことは日本で大きく報じられた。「なんとか訪朝させてくれ、と代議士の先生にお願いして、その年の8月、夫と私が行けることになった。渡航費はどうしようかと思うとったら、『これで武志になんか買ってやれ』言うて、実家の母が、100万円をくれたんや。向こうに着いても、観光に連れ回されるばかりでいっこうに会えん。やっぱり、武志が生きとるなんてウソや、と思い始めた3日目。通訳の人が、やっと武志と叔父を、平壌のホテルに連れてきてくれた。通された部屋に入ったら、男性が2人立っとった。1人は、武志と一緒に行方不明になった外雄やとすぐわかった。けど、武志には昔の面影がない。記憶の中の武志は、くりくり坊主のままやった。『武志か!』と呼んだら、うなずいとるが、実感がわかん。それで、『ちょっと額を見せてくれ』言うて、武志に髪をかき上げてもろうた。本物の武志やったら、幼いころにバットがあたった傷が残っとると思うてな」額にその傷はあった。その瞬間、友枝さんの目から大粒の涙がいくつもこぼれて止まらなくなった。「『武志!堪忍してくれ!お母ちゃんが漁に行けと言うたばっかりに……』謝っても謝り切れなんだ。なんで北朝鮮に来たんか。なんで今まで連絡できんかったんか。聞きたいことは山ほどあった。けど、いつもそばには監視員が付いとるから親子水入らずで話すこともできん。叔父が、『漂流しとったら北朝鮮の船に助けられた』と説明してくれたが、信じられん。何度も、武志に『本当か?』と聞いたけど、『信じてください』と言うばかりや。そのあとの訪朝でも何度も尋ねたが、『お母さん、お墓で話しましょう』と。息子の武志がそう言うんやから、母として信じようと決めたんや」武志さんは、金英浩(キム・ヨンホ)という名で朝鮮人として暮らし、北朝鮮人の妻をもらい、子どもを3人もうけていた。一度会えば、二度、三度会いたい。友枝さんは、掃除のパートで渡航費を稼ぎ、空白の23年を埋めるように訪朝を重ねた。「武志に再会してからは、どぶの中に手を突っ込んでも金もうけせないかんと思うた。万景峰号が就航しとったときは、片道5万円で乗せてもろうたけど、就航がなくなってからは飛行機や。武志家族への土産代や、渡す金も入れたら、一回の渡航で60万〜70万円は必要や。武志から、『これを買いたいからお金を送ってください』ちゅう手紙も届く。そのたびに5万円は送らんならん。そやさかい私は、北朝鮮には66回も行っとるが、普通の旅行はしたことないがよ」友枝さんが必死になってお金や物資を運ぶのには、こんな親心があった。「武志らの生活をちょっとでもラクにしてやりたいんや。北朝鮮では日本製が重宝されるさかい、人にやっても喜ばれる。売ってもお金になる。この間も、日本製のカフスボタンを持って行ったら、武志の嫁は、孫の担任にプレゼントしとった。そしたら孫の勉強をよう見てくれるんやて。孫にパソコンも買うてやった。パソコンがあったら、つらい肉体労働をせんでも、事務仕事がもらえるんや」何度訪朝して息子に会えても、そのつど、別れはやってくる。「数回目の訪朝のことや。帰る前日に武志と一緒の部屋で眠とったら、私のすぐ横に武志が来るがよ。私は、『武志、どうした。おまえ胸が苦しいがやろ?お母さんに本当のこと言え。なんで北朝鮮に来たがや』と聞いた。武志はつらそうに黙っとる。だから今度は、布団に手を入れて武志の胸や手をさすってやった。明日、この子を置いて帰らないかんと思うたら、涙が出てな……。こんなに子離れができんのは、私くらいか思うて、帰りの船で一緒になった在日朝鮮人の男性に聞いたら、『僕も夕べ、母と一緒の布団で眠りました』と言うんや。『苦労させた、かわいそうなことした』言うて、お母ちゃんに足やら腹やら、ずっとさすられとったって。それを聞いて、私も普通の母親なんや、と思うたわ」経済制裁の影響か、この5年で、北朝鮮の状況は変化していた。「もともと貧しい国やったが、今まで嫁と子どもにもあった配給の米が、この前行ったら武志にしか配られんようになっとった。1カ月10キロや。それを、武志夫婦や子ども、孫8人で分けおうて食べとった。水も貴重やさかい、米をとぐのも2回まで。そのとぎ汁も捨てずに皿を洗うんや。今、平壌で電動自転車がはやっとるいうから買うてやったけど、大きな荷物を持ってる人を見たら運んでやるんやて。そしたら、きゅうりの1本でも鶏肉の1枚でも、もらえるやろ。そんな様子を見とったら、『これが最後の訪朝や』とは言い出せなんだ」友枝さんの援助のおかげもあって、武志さん家族の暮らしは、北朝鮮のなかでは豊かなほうだ。それでも息子に対する心配は募る。「北朝鮮では70歳まで生きりゃええほうや。あの子はもう68歳。糖尿病で痩せて、若いころはハリがあった足も細うなった。今、武志の生きがいは子どもと孫。自分が生きとるうちに、子や孫にお金も残してやりたいやろう」友枝さんは武志さんを守るために、命ある限り訪朝を続けるつもりだ。
2018年08月26日「5年ぶりに武志に会ったら年老いて、頭も白髪になって、歯も傷んで。孫からハラボジ(おじいちゃん)と呼ばれとる。けど、日本に帰ってきて思い浮かぶのは、13歳のくりくり坊主頭の武志の姿や。武志がじいちゃんになっても、私にとってはいつまでも子どもやさかい。そんな武志が『お母さん、年をとりましたね。より愛おしいです』と言うんや。かわいくて、かわいくて、今度こそ子離れしようと思うとったが、できんかった」寺越友枝さん(87)は今年4月、北朝鮮に住む長男の武志さん(68)を訪ねたときの心情をそう語る。実に66回目の訪朝だった。武志さんは今から55年前、13歳のとき、石川県能登半島沖の海で行方不明になり、23年後に北朝鮮で生存が確認された。以来、友枝さんは武志さんに会うために北朝鮮に通い続けてきたのだ。現在、北朝鮮の平壌で暮らす武志さん。’63年5月11日、叔父の寺越昭二さん、外雄さんと高浜港(石川県)から小型漁船に乗って漁に出たきり行方不明になった。中学に上がったばかりだった。「当時、寺越家は子どもだけで6〜7人おって、そのうえ貧乏。武志は、兄妹の子どもとようケンカする“きかん坊”やったさかい、『仕事もせんのに、ご飯ばっかり食べよる!』と、姑から目を付けられて、肩身のせまい思いをしとったんや。漁の手伝いをしたら、500円くらいはもらえる。だから私は、『はよ、漁に出てこい!』言うて、あの日も、まだ昼食のコロッケをほおばる武志を急かせて、漁に行かせてしもうた――」警察や村の人々による捜索が続いたが見つからず、捜索はわずか1週間で打ち切りに。遺体も揚がらないまま葬儀が行われた。「死んだかどうかもわからんのに葬式なんかしとうなかった。でも、小姑からは、『葬式をせにゃ、田植えもできん!』と怒鳴られた。けど、あきらめきれん。葬式が終わってもひとりで浜に出て捜し回った。警察や海上保安庁へも何度も行って、『なんでもっと捜してくれんのや。うちが貧乏やからか!』と暴れたこともあった。まだ、“拉致”ちゅう言葉もなかった時代。生死だけでも知りたいと思うて、占い師に頼ったこともある。どの占い師からも『武志は死んどる』と言われたんや」武志さんが失踪して23年目の’88年1月。友枝さんの母心を激しく揺さぶる事件が起こる。「武志の23回忌が終わったころ。いつまでも『武志、武志』言うていたらいかん。区切りをつけようと思うて、失踪後、海に浮かんでいた学生服を’87年の12月に処分した。その1カ月後やった。武志と一緒に行方不明になった叔父から寺越家の次女の元に、『北朝鮮で生きとる』という手紙が届いた。次女から、『武志は生きとったぞ』という電話を受けたあとのことは、気が動転してよう覚えとらん。あわてて実家の母に電話をしたら、『頭がおかしゅうなったか。明日行くからしっかりせい!』と言われたことだけは覚えとる」翌日、寺越家の親族会議が開かれた。「『北朝鮮は、おと(そ)ろしい国や。絶対に誰にも言うな。返事だけ出して黙っておこう』と言うことになったんや。けど、私は武志が生きとるのかどうか、どうしても確かめたい。誰にも言うなと言われたが、寺越の親族には内緒で、警察や県庁、赤十字にまで相談して回ったんや。けど、結局は『北朝鮮とは国交がないから確かめようがない』で済まされてしもた。それで、思い切って武志に手紙を書いたがよ。『おまえは小学校のとき、ばあちゃんちに預けられとったやろ。その家の様子を覚えとったら知らせてくれ』と。そしたら、1カ月で返事が来た。そこには、庭に柿の木があったことや、武志しか知らんことが書かれとった。『武志は生きとった!』そう確信したら居ても立ってもおれんかった」武志さんらが北朝鮮で生きていたことは日本で大きく報じられた。「なんとか訪朝させてくれ、と代議士の先生にお願いして、その年の8月、夫と私が行けることになった。渡航費はどうしようかと思うとったら、『これで武志になんか買ってやれ』言うて、実家の母が、100万円をくれたんや。向こうに着いても、観光に連れ回されるばかりでいっこうに会えん。やっぱり、武志が生きとるなんてウソや、と思い始めた3日目。通訳の人が、やっと武志と叔父を、平壌のホテルに連れてきてくれた。通された部屋に入ったら、男性が2人立っとった。1人は、武志と一緒に行方不明になった外雄やとすぐわかった。けど、武志には昔の面影がない。記憶の中の武志は、くりくり坊主のままやった。『武志か!』と呼んだら、うなずいとるが、実感がわかん。それで、『ちょっと額を見せてくれ』言うて、武志に髪をかき上げてもろうた。本物の武志やったら、幼いころにバットがあたった傷が残っとると思うてな」額にその傷はあった。その瞬間、友枝さんの目から大粒の涙がいくつもこぼれて止まらなくなった。「『武志!堪忍してくれ!お母ちゃんが漁に行けと言うたばっかりに……』謝っても謝り切れなんだ。なんで北朝鮮に来たんか。なんで今まで連絡できんかったんか。聞きたいことは山ほどあった。けど、いつもそばには監視員が付いとるから親子水入らずで話すこともできん。叔父が、『漂流しとったら北朝鮮の船に助けられた』と説明してくれたが、信じられん。何度も、武志に『本当か?』と聞いたけど、『信じてください』と言うばかりや。そのあとの訪朝でも何度も尋ねたが、『お母さん、お墓で話しましょう』と。息子の武志がそう言うんやから、母として信じようと決めたんや」武志さんは、金英浩(キム・ヨンホ)という名で朝鮮人として暮らし、北朝鮮人の妻をもらい、子どもを3人もうけていた。友枝さん夫妻の初訪朝は、息子が北朝鮮にわたった経緯も十分に聞けないまま、帰国の日を迎えた。「空港に見送りに来た武志の顔を見たら、たまらんようになってな。武志に渡すつもりの20万円のほかに、予備で持ってきた30万円もカバンごと渡してしもた。指輪もネックレスも、着替え用の下着やブラウスも。はいとったストッキングまで空港で脱いで、全部、武志に渡して帰ってきたがよ」一度会えば、二度、三度会いたい。友枝さんは、掃除のパートで渡航費を稼ぎ、空白の23年を埋めるように訪朝を重ねた。「武志に再会してからは、どぶの中に手を突っ込んでも金もうけせないかんと思うた。万景峰号が就航しとったときは、片道5万円で乗せてもろうたけど、就航がなくなってからは飛行機や。武志家族への土産代や、渡す金も入れたら、一回の渡航で60万〜70万円は必要や。武志から、『これを買いたいからお金を送ってください』ちゅう手紙も届く。そのたびに5万円は送らんならん。そやさかい私は、北朝鮮には66回も行っとるが、普通の旅行はしたことないがよ」めまぐるしく変化する北朝鮮情勢だが、つい最近も、日本人が拘束されたというニュースが報じられたばかりだ。こうした現状を、友枝さんはどう感じているのか。「私は、あの国のシステムについては口出しできん。ただ、武志や家族が北朝鮮で配給をもらいながら暮らしとる以上は、感謝ちゅう言葉は出にくいけども、ありがとうございます、という気持ちや」そんな母の願いは、ただひとつ。武志さんやその家族が、無事で幸せに生きていてくれること。「私は自由があるところに住んでいるけど、武志にはない。あれを助けて守ってやれるのは私しかおらん。そやけど私も87歳。いつか、『お母さんが死んだ』ちゅう知らせが武志に行くときが来るやろう。そしたら武志は苦しむやろうから、娘には死んでも、しばらく武志に知らせるなと言うつもりや」そんな友枝さんの心中を察してか、帰国の前夜、めずらしく酔っ払った武志さんは、友枝さんの手をさすりながら、こんな言葉をかけたという。「俺のお母さんは立派や。俺は、顔も性格もお母さんに似とると、みんなから言われる。ずっとそのままのお母さんでいてください」武志さんが行方不明になってから55年、子を守るため孤独で闘ってくれた母への感謝の言葉だった。67回目の訪朝に向けて友枝さんは、希望を捨てていない。「いつかは拉致被害者も、在日朝鮮人も、誰もが自由に行き来できるような日が訪れてほしい。日本に住みたい人は住む。行き来したい人はする。それが自由に決められるのがいちばんや。その日がいつかは、国同士が決めること。私は、もう目もよう見えんし、耳も遠なったけど、『武志がくるぞ!』という声だけは聞こえるような、耳であってほしい」子を慕う母の思いは、国境という厚い氷壁をいつか必ず溶かすだろう。
2018年08月26日「NEWS」の加藤シゲアキが主演を務め、ほかのメンバー、小山慶一郎、増田貴久、手越祐也それぞれが、友情出演することが発表されているドラマ「ゼロ 一獲千金ゲーム」。この度、増田さんに続いて、手越さんが8月12日(日)放送の第5話から出演することが分かった。本作は「カイジ」でおなじみの福本伸行の人気コミック「賭博覇王伝 零」を実写ドラマ化し、建設中のアミューズメントパーク「ドリームキングダム」を舞台に、挑戦者たちによる「命」をかけた壮絶なサバイバルゲームが繰り広げられるというストーリー。■手越さんがド強烈なビジュアルでヒール役を熱演本作での手越さんの役柄は、加藤さんと共に戦う挑戦者ではなく、なんとヒール役。大富豪で、ドリームキングダムの主催者である在全(梅沢富美男)や、後藤峰子(小池栄子)に雇われた、残虐なクイズ司会者である城山小太郎(しろやま・こたろう)に扮しての登場となる。ド派手な衣装とフレンドリーな振る舞いでクイズを仕切るが、ゲームの進行過程では、チームの絆が壊れる展開に参加者たちを誘導するという歪んだ性格の持ち主。しかし彼がそういう人間に育った裏には、壮絶ないじめという過去があったという設定があり、役者の腕の見せどころともいえるキャスティングとなった。手越さん演じる小太郎に追いつめられる加藤さんは、「原作を読んでいたので、まさか手越が、このキャラクターを演じるとは思っていなかったです。かなりぶっ飛んだ役なので、ピッタリな役柄だとも思いました(笑)」とコメント。さらに「思っていたよりヒラヒラな衣装で、カッコいいキャラになっていて、ビックリです。メンバーと共演すると、今まで知らない新たな一面が見れるので、撮影を楽しみにしています」とコメントした。■難しい役に挑戦する意気込み手越さんは本作で演じた城山小太郎に関して、「昔いじめられていた反動で、友情というものを信じられなくなってしまったり、命を奪うことにしか快感を覚えなくなってしまった切ないキャラクターでもあるので、頑張って演じたいと思います」と語り、意気込みを見せてくれた。一方、共演した小池さんは、この日初めてメイク室で会った手越さんに「想像以上に王子様でビックリしました。初対面なのに、綺麗だなと思って、『手越くーん!』とテンション高めに、話しかけちゃいました」と、新しい在全グループの部下の登場に喜びを隠せなかった様子。なお、彼がドリームキングダムにやってくるまでのドラマが描かれる「ゼロ エピソードZERO 城山小太郎編」は、8月12日(日)の「ゼロ 一獲千金ゲーム」の第5話の放送終了後にHuluで配信がスタートされる予定となっており、こちらも見逃せない。日本テレビ系「ゼロ 一獲千金ゲーム」は、毎週日曜22:30から放送。「ゼロ エピソードZERO 城山小太郎編」は、8月12日(日)5話放送終了後、Huluにて独占配信。(text:cinemacafe.net)
2018年08月06日