俳優・田中圭さんが「銭湯」と「和菓子屋」をめぐる、雑誌『SODA』の連載『銭湯と和菓子と田中圭(仮)』が、一冊のムック本となって2019年3月29日(金)に発売されます。ムック本の最新情報と、連載のなかで田中圭さんが実際に訪れた都内の銭湯もあわせてご紹介。銭湯と和菓子、田中圭さんに存分に癒やされてくださいね。2019年3月『銭湯と和菓子と田中圭(仮)』発売決定『銭湯と和菓子と田中圭(仮)』(ぴあ)出典:PR TIMES(隔月23日に発行されている雑誌『SODA』にて連載中の『銭湯と和菓子と田中圭(仮)』では、田中圭さんが大好きな「銭湯」や「和菓子」の魅力を紹介してきました。2019年3月29日(金)発売のムック本『銭湯と和菓子と田中圭(仮)』では、連載が始まってからの3年分にアザーカットを加え、新たに撮り下ろした写真も掲載。さらに、3年分の仕事の振り返りもふくめたインタビューも収録されます。田中圭さんを身近に感じられる一冊を、ぜひ手にとってみてくださいね。田中圭さんとは?田中圭写真集「R」より ©ぴあ 出典:PR TIMES(田中圭さんは、ドラマ・映画・舞台などで幅広く活躍する人気俳優です。4月期・7月期に放送のドラマ『あなたの番です』のほか、2018年春に放送され大反響を呼んだドラマ『おっさんずラブ』の映画公開を今夏に控えています。最近の主な出演作品・2019年4月~9月ドラマ『あなたの番です』主演・手塚翔太役・ドラマ(2018年4月~6月)映画(2019年夏公開予定)『おっさんずラブ』主演・春田創一役・2019年3月公開映画『美人が婚活してみたら』矢田部役『銭湯と和菓子と田中圭(仮)』連載1回目で紹介された日暮里「斉藤湯」2016年1月、雑誌『SODA』では『銭湯と和菓子と田中圭(仮)』の連載スタート記念として、東京・日暮里に80年以上前からある老舗銭湯「斉藤湯」をご紹介。谷中散策のあとに「斉藤湯」で汗を流す、下町散歩の王道コースを田中圭さんがめぐりました。女性にうれしい「美人の湯」「斉藤湯」では、お風呂・シャワーともに「美人の湯」と呼ばれる軟水を使用しています。軟水と相性の良い「シルキー露天風呂」や、血行促進を期待できる「高濃度炭酸泉」など、種類豊富なお湯を楽しめます。湯上がりの「樽生ビール」が沁みる「居酒屋で飲むよりウマい!」と評判の「樽生ビール」は、ビールマイスターの資格を持つ店長・ボブさんが注いでくれます。湯上がりのほてった体に、ビールの爽やかな炭酸が心地よく沁みわたりますよ。年に数回「銭湯寄席」を開催「斉藤湯」では年に数回、週末の営業時間前に、プロの落語家を招いての寄席が開催されています。当日は子どもからお年寄りまで多くの人で賑わい、終了後はみんなで開店準備を手伝って、お風呂に入ってから帰るのだそうです。スポット情報スポット名:斉藤湯住所:東京都荒川区東日暮里6-59-2電話番号:03-3801-4022『銭湯と和菓子と田中圭(仮)』購入者特典付き予約『銭湯と和菓子と田中圭(仮)』を下記サイトからオンライン予約すると、うれしい特典がついてきます。特典なしの通常版のオンライン予約も、各ネット書店にて順次スタート。詳しい内容は、それぞれの公式サイトでチェックしてみてくださいね。『銭湯と和菓子と田中圭(仮)』概要タイトル銭湯と和菓子と田中圭(仮)発売日2019年3月29日(金)定価2,500円(税込)判型A4ワイド版/オールカラー128頁販売場所全国の書店、ネット書店、田中圭MOBILE、BOOKぴあにて発売
2019年03月12日はじめまして!この度、ウーマンエキサイトで連載させて頂くことになりました平八と申します! 忍者な見た目と名前なのでたまに男性と間違われますが、甥のはぎ(2歳)と姪のちまき(0歳)が可愛すぎて幸せな2児のおばです。こちらの連載では甥や姪の育児を手伝うようになって知った子ども達の可愛らしさ・おもしろさ・大変さなどなど、おば目線でお届けできればと思っております。 今回は連載第1回目ということで、最初に我が家の簡単な紹介をさせて頂きますね。我が家は私平八の他に、父・母・長女・次女・義兄・甥・姪の計8人家族で暮らしています。 人数が多いと文字だけでは家族構成が分かりにくい…というわけでちょっとした家系図を用意してみました! 次女は結婚・妊娠が同時期だったのですが、義兄は仕事が忙しく不在がちなので、自然と育児をしやすい我が家で一緒に暮らすことになりました。 他の家族も皆キャラが濃いので、追々の連載で愉快な家族のお話もできればと思っています。 さて、こちらの連載が「おばバカ一代」と題している通り、私は自他共に認める立派なおばバカなのですが…。 私は三人姉妹の末っ子で年下と関わる機会がなかったので、子どもとの触れ合い方もサッパリ分からず、赤ちゃんや子どもに対しての苦手意識がとても強かったのです。姉の妊娠を聞いた時も正直なところ「甥を猫可愛がりするようなことはないだろうな…」と考えているくらいでした。 しかし実際に甥が生まれ価値観が一変! フワフワもちもちで癒しの塊のような赤ちゃん…。すぐに私は心を奪われ、猛烈に育児を手伝い、家族からは「うばや」と呼ばれるハイパーおばバカへと進化を遂げました。 こんな少し変わり種なおばがお届けする8人家族の日常、これから楽しんで頂ければ幸いです!
2019年02月28日ライター&コラムニストharakoが、実際に既婚女性100人にインタビューをし、結婚までのプロセスや心境の変化をお伝えする連載です。第26回目は、10年間の月日を経て、結婚に至ったJさんのお話です。このままずっとこの人と? それとも、もう……。【実録♡ 結婚プロセス100人インタビュー 】vol. 26夫とは、かれこれ14年の仲になります。10年間の交際を経て結婚し、現在は子どもも生まれて結婚生活4年目です。この年数だけを聞くと、「一途ですね」「本当に仲が良い」「運命の人」なんてよく言われるのですが、実際に共に過ごしてきて感じるのは、「私の手を離さずにそばに居続けてくれた人」だと思っています。さかのぼれば、高校生の時。男友だちに「ねえ、誰か良い子いない?」と紹介をお願いされたことがありました。その頃私は、彼氏がいたので、私の一番の親友を紹介することにしたのです。……しかし、連絡をとったり遊んだりしていたらしいのですが、お互いに惹かれるものがなくて交際に発展することはありませんでした。それどころか、その男友だちは私のことをどうやら好きになってしまったみたいで(笑)。彼氏がいる私に対して、「ねえ、いいじゃん。別れて俺と付き合ってよ?」とグイグイ攻めてくる姿に、つい男気を感じて乗り換えてしまったのです(当時の彼氏には、申し訳なかった…! ごめんね)。そこから気づけば10年一緒にいた。交際当初はぐいぐいリードしてくれた彼ですが、気づけばお互いに10年経っていました。仕事も真面目だし、地元も一緒で過ごしやすい、定期的にデートもするし、別れる原因もない。家が近いので、あえて同棲をすることもなく、交際に不満は特にありませんでした。高校を卒業して、大学は別々の道に進み、環境や人間関係はどんどん変わるけれど、いつもそばにいるのは彼。良くいえば安心できる存在でしたが、悪くいえばマンネリ状態だったこともあり、アラサー手前で急に将来のことを考えるようになっていきました。「このままの状態で一緒にいるのかな?」「結婚を切り出すタイミングはいつかな?」「私の青春は、すべて彼に捧げたはず…」と、だんだん今まで考えていなかったのような気持ちが溢れてきたことを覚えています。私は待ち続けるべきか? 否や……。おそらく、5年〜10年と交際しているカップルで、彼がなかなか結婚を切り出してこなくて悩んでいる女性は共感していただけるのではないでしょうか。このまま関係を続けて、同じような毎日を過ごすのか? それとも、一度区切りをつけて新しいスタートをしたほうが未来を作れるのか。もちろん、私も迷いに迷いましたね。たまたま誘われた同窓会では、クラスが同じだった男友だちに「俺と将来を見据えて、付き合おうよ」と言われて揺らいだり、彼がいないところで飲み会やパーティに参加して視野を広げようとしたり。彼のことは好きだけれど、結婚は男性が決断するものだと思っていたので、「結婚に前向きな男性」が良いのではないか? と、フラフラする時期が続いたのです。浮気と言われたらそれまでなのかもしれないけれど……。「だって、プロポーズ待って10年だよ!!(叫)」と、心の中ではだんだん苛立ちさえ感じ始めていました。テレビCMや雑誌などの「ブライダル特集」がとにかく気になるようになって、「ああ、いいな。こんな華やかにプロポーズされたら嬉しいだろうな」と、キラキラした婚約指輪や真っ白なウエディングドレスに憧れながら、自分のタイムリミットと戦う毎日でした。仕事はできても、男は優柔不断説!しびれを切らした私がとった行動は、正直に心境の変化を彼にぶつけることでした。「ぶっちゃけ、結婚を考えていないならば、私はもう別れたい。長く一緒に連れ添った思い出はあるけれど、これ以上 “情がわく” のは耐えられないし…。最近は、『結婚前提にお付き合いを』と、男友だちから告白も受けているし、早めに決断してほしい」と、最近私が思っていることや、いろいろな男性と交流し始めていることまで包み隠さず話したのです。——慌てた彼は、すぐに指輪を後日渡してくれました。おそらく、私がこの決定打を言わなければ今もカップル状態か、別れていたかもしれません(笑)。彼のように、普段は仕事もできるし真面目だけれど、恋愛において優柔不断になりがちな男性は少なくないのかもしれません。彼曰く、「プロポーズして断られたらどうしよう」と、年月が経つたびに恐る恐る様子見をしていたらしいです(笑)。気づけば10年も経ってしまい、最終的に私から結婚を急かす形にさせて申し訳なかったとのことです。結婚する前は、“憧れのプロポーズ”に期待をしていた私ですが、女性から寄り添って思いを告げることは決して恥ずかしくないといまでは思います。女性からの逆プロポーズだったとしても、終わりよければすべてよしなのかも。結婚相手で迷ったら、考えたいこともし、私と同じように長年プロポーズを待っている女性にアドバイスするとしたら、人生の最後のことを考えてみてほしいと思います。途中でフラフラと “結婚できそうな男性” を探していた時期もあるのですが、最終的に結婚相手を決めた理由は「おじいちゃんとおばあちゃんになっても、隣にいるメージができるかどうか」でした。目の前のトキメキではなくて、穏やかに10年過ごし続けていた事実や、ケンカして「もういい!」と飛び出しても必ず解決するまで話し合ってくれる優しさは、出会ったばかりの男性に敵うはずもありません。人間って、たまに矛盾する時がありませんか? 本当は好きだけれど「もう嫌い!」と言ったり、本当は止めてほしいのに「もういい!」と言ったり、結婚したいのに「別に今は今で楽しいし」と強がったり……。私はそんな女でした。「この人と結婚したい」と思うならば、素直になって自分から歩み寄ってみる。プライドなんて、ちっぽけな心の壁ですよ。もし、長年の交際に終止符を打ちたいならば、「本音トーク」をぜひ明日にでもしてみてください♪ きっと、心境を打ち明けた“勇気”が“幸せ”に変わるはずです。お話を聞いて……。「おじいちゃんになっても、一緒にいる気がした」と最後にお話ししてくれたJさん。楽しさだけではなくて、どんな時でも手を離さない絆を信じられるかどうかが分かれ目になりそうですね。また、女性から結婚したいと正直に打ち明けてみるのもあり、という意見は、多くのアラサー女性に響くのではないでしょうか。草食な男性には、愛のムチでお尻をペシペシしてみてみましょう♪目的は、キラキラしたプロポーズではなくて、彼と夫婦になること。これがブレなければ、きっと実りある結果になること間違いなしです。©AleksandarNakic/Gettyimages©Motortion/Gettyimages©PeopleImages/Gettyimages©PeopleImages/Gettyimages
2019年01月05日岡崎体育の連載「体育ですけど、オンガクです」。今回のテーマは「2018年」です。2018年も残すところあとわずかです。今年一年、みなさんはどうでしたか?僕は充実したデビュー2年目を過ごすことができたと思っています。音楽活動はもちろんですが、新しいことにいろいろ挑戦できたのがよかったです。朝ドラに出演させていただき俳優業を初体験、『テンゴちゃん』では初の地上波レギュラーも務めさせていただきました。フェスで大きいステージを任せてもらえるようになったのも、自分の成長を感じられてうれしかったことのひとつです。この連載も1年やってきて、自分にとってとても大切な場所になっています。だって、ふだん“音楽”についてあらためて考えることってないですから。飲み屋で友達と話すときでもそうそう“音楽”についてなんて語りません。でも、ここでは毎回ひとつテーマを決めて自分はこのことについてどう考えているのか、何を思っているのかと掘り下げて自問自答する。そこに意外な発見があったし、自分の意見をそのままに言っていいんだと思えるようになったんですよね。これまで、変に媚びたり、きれいごとだけ言って上辺だけでやり過ごす悪いクセがあったんですけど、あ、そんなことせんでもええんやと思えるようになった。『anan』連載セラピーで僕、変わりました。あと変わったことでいえば、音楽関係の友達がこの一年で増えましたね。京都在住なのでなかなか東京のみなさんとは遊べなかったんですが、オンラインゲームという共通の趣味があり、ボイスチャットでゲームしながら夜な夜なおしゃべりするようになりました。よく遊んでいるのは、前にもお話ししたw-inds.の(橘)慶太さんやビッケブランカさん、小袋成彬くんとかですかね。サッカーゲームでは僕がオーナーを務めているんですけど、最初は僕と夜の本気ダンスの鈴鹿(秋斗)くんの2人だけでやっていたのが、気づいたら15人くらいにメンバーが増えていました。ゲームやる人たちって基本インドア派で内向的な属性を持ってる方が多い気がして、個人的にとても居心地よく感じています。来年はどんな一年になるんでしょうか。まずはデビュー当初から目標としていた「さいたまスーパーアリーナ」でのライブが6月にあるので、それに向けてがんばりたい。たくさんの人にあのデカいステージに独りぽっちで立つ僕のことを観ていただきたいです。絶対、損はさせませんから!おかざき・たいいくJINRO presents 岡崎体育ホールワンマンツアー「エキスパート」開催中。‘19年1/13愛知、1/14福岡、1/18大阪、1/25東京。‘19年6/9、さいたまスーパーアリーナ単独公演も決定。※『anan』2019年1月2・9日号より。写真・小笠原真紀ヘア&メイク・村田真弓文・梅原加奈(by anan編集部)
2018年12月29日ライター&コラムニストharakoが、実際に既婚女性100人にインタビューをし、結婚までのプロセスや心境の変化をお伝えする連載です。第25回目は、30歳手前で急に結婚願望が湧いたSさんのお話です。自己実現に夢中になりすぎた私に、突然芽生えた結婚願望……。【実録♡ 結婚プロセス100人インタビュー 】vol. 25もともと歌手を目指していた私。有名になることを夢見て、大学卒業後に上京しました。正直、世間でいう「婚活」「恋活」とは無縁で、むしろそんな恋愛なんてしていたら自分の時間がなくなってしまう! 女性にとって結婚のメリットって何かあるの? なんて、結婚に対してとても消極的でした。それを証拠に、私の恋愛歴といえば20代前半から後半まで6年近く彼氏なし。勢いと根性だけはあったので、ライブ活動をしたりボイストレーニングに通ったりと毎日少しずつ近く私の夢である「歌手」に向かって進んでいたのです。なぜ、アラサーになると「結婚」と言われるの?あれは、29歳の頃でしょうか。今まで放任主義だった父親から突然の連絡がありました。「なあ、そろそろお見合いでもどうだ? 婚活アプリも流行っているそうだけど、登録してみる?」と。いつも私の夢を応援してくれる父親だったので、まさかいきなり結婚をすすめてくるとは思ってもみませんでしたね。結婚プレッシャーに陥る理由としてあげられるのが、「両親や身内から言われることが増える」「周りの同世代と比較されて圧力を感じる」とよく聞きますが、その結婚プレッシャーがついに私にも……。しかし、どうしても結婚に興味が湧かずに「うーん」とモヤモヤ状態が続きました。だって、結婚するメリットや理由が私にはわからないのですから……。子どもを産むにはリミットがあると知る今まで「結婚」だけに意識が集中していた私は、「結婚=夫と暮らす」「結婚=家事をする」など、新たに家庭を持つことだけをイメージしていたのですが、父親のあるひとことで考え方がガラッと変わったのです。それは、「Sちゃん、子どもはほしくないの? もし、子どもがほしいなら、35歳までには出産をしておいたほうが良いと思うよ」と子作りのタイミングについてでした。父は医療関係に勤めていたので、女性の体については詳しいはずです。そんな父親から、自分の可能性を言われたときに、このまま結婚を考えずに自分のやりたいことばかりを追いかけていたら、選択肢を失うかもしれないと思ったのです。もちろん、独身で人生を楽しんでいる女性もいますし、結婚しても子どもがいない夫婦もいます。でも、子どもを産む・産まないの “選択肢” があるかないかで大きく人生は変わるのではないか? と気づいたのです。女性は、「母体」であり、年齢を重ねれば出産のリスクも増えるいっぽうだと……。友だちがキャンセルしても参加する意気込み!6年も彼氏がいなかった私は、とにかく男性と出会う場所に行こう! と急にアクセル全開にしてパーティを予約しまくりました(笑)。ほとんどは友だちと一緒に参加していたのですが、当日友だちがキャンセルしても「いや〜。本当は、友だちも来るはずだったんですけど、突然のキャンセルで…。お隣って、空いていますか?」と、話しやすそうな男性に積極的に声をかけたりもしました。そこで、当時私がアルバイトをしていた飲食店で扱っていたワインのメーカーに務めている男性と意気投合。「えー、このメーカーっておいしいですよね? バイト先で扱ってます〜」と仕事を絡めながら名刺をもらうことに成功した私は、後日連絡をしてそのまま夫もGET!!不思議なもので、自分が結婚に対してまったく意識していないときには、男性と小さな共通点があっても見つけられなかったのに、アンテナを高くした瞬間ビビッときたんです(笑)。出会いがないのではなくて、自分が意識してないだけ。周囲に男性はたくさんいるのに、興味を持っていないのは他の誰でもなく自分自身だったのです。運命のひとりを見つけるのが「結婚」ではない女性が結婚を決める理由は、さまざまです。好きな人と出会ったから生涯を共にしたい、女性がさらに輝くため、心の支えがほしい——。そんな中で私が選んだのは、女性の体を考えた「合理的な結婚」。そういっても過言ではありません。自分がアルバイトをしながら夢を追いかけるタイプだったので、結婚相手に選んだ夫は、「大手のメーカーに勤務」「誠実で家庭思い」「子どもが好き」。情熱的な恋愛をした結果、婚約指輪でプロポーズでじゃじゃーん!と結ばれたわけではないけれど、今は子どもにママとして歌を聞かせながら夫と平和に暮らしています。もし、私のように「なぜ、アラサーになると結婚について真剣に考えたほうが良いのか」と疑問に感じている女性がいるならば、出産を視野に入れてみてください。ぶっちゃけ、なんでもっと早く教えてくれなかったの?と今さらながら私は思っています(自分勝手かもしれませんが)。もちろん、結婚は自分のタイミングです。でも、でも……! それでも、もう一度あえて言います。女性の体には、出産の適齢期があります。自分には関係ない、結婚はまだしたくない、まだ自分は健康だし困ることはない、と思っているならば将来の選択肢を広げるためにも家庭を育むことができるパートナーを見つけることが大切だと思います。結婚への興味が出産だったとしても、夫と一緒にいる時間が長くなるほど愛情も増えていきます。知ってから好きになることもある。そんな、“お見合い風” 結婚もオススメですよ。あのとき、父親が教えてくれた母体の可能性に感謝しています。ありがとう!お話を聞いて……。恋愛に溺れるのではなく、冷静に結婚相手を選び子どもを産むことを選んだ「合理的な結婚」。結婚プレッシャーの意味がわからない、アラサーになるとなぜ周りが言うの?と疑問だらけだったSさんが方向性を変えた理由は、共感を呼ぶのではないでしょうか。恋愛結婚がすべてではない。これも、ひとつの夫婦のあり方だと学びました。素敵なご家庭を築いてくださいね♪©globalmoments/Gettyimages©Sasiistock/Gettyimages©LightFieldStudios/Gettyimages©Khosrork/Gettyimages
2018年12月19日ライター&コラムニストharakoが、実際に既婚女性100人にインタビューをし、結婚までのプロセスや心境の変化をお伝えする連載です。第24回目は、2年間不倫を続け、略奪婚をしたKさんのお話です。彼が愛を思い出したから、私の役割は終わるはずだった……。【実録♡ 結婚プロセス100人インタビュー 】vol. 24最近結婚した私の彼は、もともと妻子持ちでマイホームもある既婚者でした。沈黙を貫いた不倫相手で、年の差なんと20歳以上です。不倫をしていた事実を、今までずーっと隠していたので、この機会にお話ししたいと思います。さかのぼれば2年前、私はまだまだ仕事も頑張りたい、ビジネスチャンスがあれば掴みたい!と、熱い気持ちを胸に異業種交流会によく参加していました。とあるビジネスセミナーでスピーチをしていた彼に、「ぜひ、名刺交換を!」と追いかけていったのを覚えています。そこで彼に言われたのは、「スピーチしながら君を見ていたよ。こんなに目がキラキラしている女性は、久しぶりだ。何か目標や夢でもあるのかい?」って。私以外にもたくさん参加者はいましたが、なぜか彼は私をよく覚えていてくれたのです。機械的に働く姿が、悲しかった彼は会社経営をしており、アメリカと日本を行ったり来たりする生活で、息つく暇も無くかなり多忙を極めていました。家にも着替えを取りにたまーに寄るだけだとか……。何度か会っても、「僕の会社で働かないか?」「仕事に興味がないか?」など、とにかく仕事の話ばかりで、まるでロボットのように機械的でした。「今日は朝から打ち合わせ」「良い商談ができた」など、本来なら魅力的に感じるはずの仕事姿ですが、私にはどうしても悲しみを隠しているようにしか思えませんでした。そんなある日、私は思い切って質問してみたんです。「仕事を頑張っている姿は素敵だと思いますが、そんなに忙しくてどこで息抜きをするんですか? 結婚しているそうですが、家にも全然帰っていないなんて…。仕事ができても人を愛する心を見失っているのでは?本当に仕事だけで幸せですか…?」と。正直、そこまで踏み込まなくても良いとわかっていたし、余計なお世話だと思われても仕方がないですよね。20も年下で、私は未婚。「何も経験したことがないのに、お前に何がわかるんだ」って突き放されると思っていました。しかし、この言葉が機械的になっていた彼の心に響いたらしく、仕事だけの彼が少しずつ変わっていきました。結婚したのに家に帰らなくなった理由は?妻子持ちでマイホームもあるのに、彼が家に帰らなくなったのは何か理由があるはずです。夫婦生活をもう一度立て直すヒントがあるのではないか?と思った私は、状況を聞いてみたところ……。彼「7年前から、小さなケンカをよくするようになってね。仕事で疲れて帰っているのに、口うるさく文句やイライラをぶつけられると帰りたくなくなるよ。あとは、夜の営みを誘ったらきっぱり拒否されたことが最もショックだった。それも生理中だからとかではなくて『浮気しても良いし、お店に行ってもいい。私は、もうしたくない!!』と真顔で拒否されたんだよ。子育てで忙しいのもわかるし、家のことを任せているのは感謝しているけれど、身体のスキンシップが完全にないのは男として存在意義がない。おまけに『浮気してもいい』だなんて真顔で拒否されたら、俺はどこで男を満たすんだ?」と。恋愛ならまだしも、結婚しているとなれば、一生を誓ったふたりのはず。安易に他の女性と体の関係を持つのは、許されることではありません。彼は、「じゃあ、本当にいいんだな?」と奥さんに言われたことに従い、今の状態になった。そう考えると、恋愛の楽しさだけではない現実が垣間見えました。奥さんとばったり会ったこともしかし、夫婦関係が冷めているとはいえ、彼は既婚者です。明確な告白はなかったのですが、彼の愚痴や相談を聞いたり一緒に遊びにいったりする時間はどんどん増えるいっぽう……。少しずつ彼との関係が進むたびに罪悪感と愛情が入り混じり、「ああ。私は何をしているんだろう。きっとこのまま関係を続けていても未来はない。なんだかんだで、奥さんの元に帰るんだろう…」と、次第に彼を失う怖さと未来の自分を想像するようになっていきました。本気になる自分もいましたが、やっぱり気になるのは彼の奥さんや子どもです。7年間も冷戦状態とはいえ、戸籍上は夫であり父。彼に連れられて参加したパーティでは、奥さんが突然来たこともありました(もちろん、私は他人のフリ)。彼とふたりで会っているときは恋人気分でも、既婚者であることが頭から離れずに毎日のように悩みました。すぐに終わると思っていたこの関係が、まさかこんなに続くなんて……。もちろん、私から「離婚してほしい」とは一度も言ったことはありません。夫婦関係を壊したくて一緒にいるわけではなく、枯れている彼の心に再び愛が戻るのを応援したかった。ただ、それだけでした。子どもの言葉をきっかけに離婚そんな夫婦関係に終止符を打ったのは、意外にも子どもの言葉でした。成人を迎えたその子は、夫婦関係がうまくいっていないことや父親が荷物しか取りに帰ってこないことに幼い頃から違和感を感じていたそうで、「もう、パパたち一緒にいるのをやめたら?」と離婚をすすめたそうです。奥さんも彼も、夫婦関係が冷めていることは理解できているけれど、子どものために結婚を維持し続けていました。ですが、その子どもが、見かねて離婚をすすめてくるとは……。——こうして、私は2年間の不倫期間を経て、彼の再婚相手となりました。賛否両論ある私の“結婚プロセス”ですが、奥さんは夫へのイライラやスキンシップから解放されて、子どもも望んでいたことが叶いました。彼は仕事だけだった毎日から癒しや愛を再び見つけ、私は彼の隣にいることができています。なんども奥さんや子どもに対して罪悪感に押しつぶされそうになりましたが、今は離婚したことでみんなが納得できていると感じています。離婚後の彼は、マイホームを元奥さんにあげて、養育費も払い続けています。いまは、正式な夫婦になれた喜びを噛み締めています。彼の心に潤いを与え続ける妻でありたいと思っています。お話を聞いて……。それぞれが納得したうえでの決着ではありますが、前の奥さんとお子さんは深い傷を負ってから下したものだということは忘れてはいけません。人を傷つけて得たものだということを肝に銘じて、おふたりの道をしっかりと歩んでもらいたいものです。今回は、ちょっとディープでした!©bee32/Gettyimages©grinvalds/Gettyimages©g-stockstudio/Gettyimages©g-stockstudio/Gettyimages
2018年11月28日ライター&コラムニストharakoが、実際に既婚女性100人にインタビューをし、結婚までのプロセスや心境の変化をお伝えする連載です。第23回目は、中学生から憧れていた男性と結婚したMさんのお話です。“好き”って言ったら、全てが終わる気がして……。【実録♡ 結婚プロセス100人インタビュー 】vol. 23懐かしい話ですが、中学校入学式の時にひと目惚れしたのが始まりでした。地元の中学校だったこともあり、「あ、見たことある…」と幼いながらに恋したんです(笑)。しかし、その男の子はとにかく人気者で……。見た目もかっこいい、スポーツもできる、頭も良い、リーダータイプで頼り甲斐がある性格。恋をしていたのは、私だけじゃなくて学年中の女子から「憧れの人」としてモテモテだったのです。とはいえ、好きなものはしょうがない!と、一年に一回くらいのペースで「ねえねえ…」と恥ずかしい気持ちもありながら告白をした記憶があります。でも、ライバルは多数(笑)。「気持ちは嬉しいよ。ありがとう」なんて、芸能人みたいになっていく姿を見ながら、友達関係があるだけでも嬉しい!と思っていました。まるで「芸能人のファン」みたいだった中学生活はあっという間に過ぎ、高校も同じだったのですが、ただただ眺めているだけ。たまにご飯に行く友達。この距離感を続けたのです。そして、大学生になり、私は別に彼氏ができました。当時付き合っていた彼氏には申し訳ないと思っていますが、本当は一番じゃなかった——。もはや、その憧れの男の子への思いは「芸能人のファン」みたいな感覚でした。心のどこかで本命にはなれないと諦めているけれど、それでも一緒に時間を過ごしたかったのが本音。彼氏がいても、たまにご飯に行ったり飲みに行ったりしていたんです。でも、体の関係があるわけではないし、向こうも私のことは地元が同じの幼なじみとして接しているのを知っているから、変な心配はありませんでした。いざ結婚を決めたら、体と心がボロボロに……。彼氏が変わっても、“憧れの男の子”とは友達関係を続けていました。気づけば20代後半。好きなのは、いまの彼氏じゃない。一番好きなのは——。そう頭ではわかっているけれど、周りの女友達はどんどん結婚していくばかりで、焦りと諦めが両方入り混じって、プロポーズを受けた彼氏と結婚すると決めました。結婚式の準備もして、招待状も送って、同棲も始めて。普通なら幸せいっぱいのはずなのに、なぜか私の心は苦しくなるばかりでした。結婚式が近くなるにつれて、喧嘩も増えたり喘息やアトピーに悩まされるようになったり。明らかに体調も心も不安定になっていく自分に違和感を感じ、母親に相談しに行きました。返ってきたのは、「あんたの人生なんだから、無理しなくていいと思うよ」と背中を押すあたたかい言葉。私は、母子家庭で育ったので、弱った時に頼れるのは母親だけだったのです。吹っ切れた私は、すべてを白紙に戻すことにしました。招待状を送った友人たちには謝罪の連絡をしたり、相手の両親にも頭を下げたり。結婚式のキャンセル代は60万でしたが、「こちらで負担します」と伝えてなんとか終わらせることができました。なぜか、突然の連絡が来る張り詰めていた心が解き放たれたある日、あの “憧れの男の子” から突然の連絡があったんです。いつもは私から誘うので、向こうから連絡があるなんて不思議だな?と思ったのですが、夜のドライブに行くことに。もちろん、彼氏のことや結婚することは、“憧れの男の子” にはいつも秘密。恋愛の話を膨らませることは私からは絶対にしませんでしたし、私も“憧れの男の子”の恋愛事情はあえて聞きませんでした。だって、“良い友達関係”が終わってしまうと思ったから。今回、婚約破棄して私のメンタルがボロボロだったことも、“憧れの男の子”は知らないのです。朝方まで走り続けたあの日車に乗り込んだ私は、婚約破棄でボロボロになった心を引きずってはいたものの、笑顔で「どうしたのー?」と明るく振舞っていました。当てもなく高速道路を走り、気づけば周りは薄明るい朝方。「そろそろ帰ろうよー?」と私が切り出した頃、車を水辺の近くに停めていきなり言われたのは……。——「なあ、俺と結婚しない?」「え? は? え、冗談?」と私の頭はパニック状態(笑)。中学生の入学式からずっと憧れていて、付かず離れずの“良い友達関係”を必死に守り続けていたんですから。彼は私にとって「芸能人」みたいな人。こうやって会うのは「握手会」のようなもの。向こうは私に興味なんてさらさらないと思っていたのに……。嬉しいけれど、とにかくパニック。でも、もう朝だし!とあたふたしていたら、「俺、やっぱりお前しかおらんと思う。考えといて〜?」と家の前で降ろされて、さようならしました。あの奇跡は今も解明できませんが、もちろん返事はOK。“憧れの男の子”から“自慢の夫”に変わり、幸せを毎日噛み締めています。中学生からの片思いを、アラサーで叶えることができました。人生何があるかわかりませんね!お話を聞いて……。想い続けたら叶う。これは本当なようです! Mさんのすごいところは、友達関係を崩さないために、二人で会っても恋愛の話題はとにかく避けたこと。好きだとグイグイとアプローチしてしまいそうですが、程よい距離感を保ち続けたのがモテ男くんには効果的なようです。お幸せに♡©Elitsa Deykova/Gettyimages©bee32/Gettyimages©Bojan89/Gettyimages©wundervisuals/Gettyimages
2018年11月03日ライター&コラムニストharakoが、実際に既婚女性100人にインタビューをし、結婚までのプロセスや心境の変化をお伝えする連載です。第22回目は、アラサーまで彼氏がいなかったHさんに突然訪れた結婚のお話です。恋愛経験がないまま、大人になってしまった……。【実録♡ 結婚プロセス100人インタビュー 】vol. 22実は私、20代後半まで彼氏ができたことがなくて……。(夜の)初体験はあるんですが、言葉なく身体から入ったせいか結局「交際」まで発展せずにそのまま終了。「恋愛経験」と呼べるほどのエピソードもなくて申し訳ないのですが……(笑)。とはいうものの、私は小さい頃から働きたい願望がすごく強く、中学を卒業後にすぐ美容学校に入り免許を取得後に美容師として16歳から働いていたのです。両親がそうしなさいと言ったわけではなくて、これは自分で決めたこと。早く自立したい、社会に出て働きたい、そう強く志していた私は、計画通りの人生を歩んでいました。青春は二の次!仕事にさらなる熱を理屈ではわかっているし、自分で選んだ道だけど、やっぱり同い年の友人が高校や大学に進むにつれて「華のキャンパスライフ」を送る姿にモヤモヤすることもありました。少し、羨ましかったのかも……。でも、私には美容師という確立したい仕事がある。夢や目標に向かって突っ走るのみ!と常に前を向いて生きていこうとした20代後半に、上京して都心で自分の技術をもっと磨こうという想いが溢れました。上京するために部屋探しを始めたのですが、物件の見学や段取りなどのために往復するのが大変だと少しひるんでいました。そんな時、昔から知っている男友達が「男同士でルームシェアしているんだけど、よかったら部屋が決まるまで泊まりにくる?」と声をかけてくれたんです。ルームメイトと二人きりにいくら男友達といっても、ひとりで住んでいる部屋に何泊もするのは気が引けますが、他にも夜勤で生活リズムが逆転しているルームメイトがいるのと、部屋も別々で顔を合わせることもないとかで……。数日、お世話になることにしたのです。どうやら、そのルームメイトはバーテンダーで、帰ってくるのはいつも朝方。直接的に関わりはないけれど、泊まらせてもらっている身の私は、挨拶がてら職場のバーに、男友達と一緒に遊びにいくようになりました。その後、自分の新しい部屋も決まり、出て行こうとしたある日、バーテンダーのルームメイトと二人きりになったのです。バーでは会ったことがあるけれど、部屋で会うのは初めて。き、きまずい……!どうしよう! どうしよう! と焦りながらも、「あの、数日間お世話になりました。また、お店にご飯を食べにいってもいいですか?」なんて、慌てて挨拶したのを覚えています。15歳から飲食の修行をしていたひょんなきっかけで出会ったそのルームメイトは、なんと私と同じくらいの年齢から高校に行かずに仕事に打ち込んでいたとか。どこか負い目というか他人を羨ましくも感じていた「青春」を、同じように仕事に注いできたということで、「もっとこの人と話してみたい」「どんな将来を描いているのか知りたい」と興味が湧いてきました。そこからは、まめに連絡を取り合ったりお店にご飯を食べにいくことを繰り返したりと、話は弾むいっぽう。そして、出会って2か月で「家族になりたい」と結婚前提の告白を受けました。順調に結婚し今も幸せな毎日を送っていますが、結婚して本当によかったなと思うのは、全ての“選択肢が似ている”ことです。やはり、若い時期から仕事に打ち込んでいるからこそ、仕事への理解や熱量がぴったり合うんです。新しい技術を身につけたいから学校に通ってもいい?と聞いてもいつも応援してくれるし、家事がおろそかになっていると洗濯しておいてくれることもありました。しかし、仕事に打ち込みたい気持ちがわかるからこそ、まじめに頑張っている夫のサポートもしたい。そんな気持ちから、今は決まった時間に勤務する美容師ではなく、自分のライフスタイルを柔軟に調節できるように独立してサロンを持ち、家庭と仕事のバランスを整えています。「結婚したらキャリアがなくなる」「自分の時間がなくなる」なんてよく言いますが、それは自分の考え方と結婚相手の理解度によると思います。相手のせいにしないで、自分で時間を作る工夫をしたり、相手にも自分の価値観を知ってもらったりすることがとても大切です。逆に私も、夫が仕事をしやすい環境を守りながら結婚生活を続けていきたいと思います。これからも、よろしくね!お話を聞いて……。みなさんお気づきですか? そうなんです、Hさんは、初めてできた彼氏とそのままスピード婚をされた、「初の彼氏=夫」という素敵な縁。恋愛経験の多さより、いかに相手と真っ直ぐ向き合えるかが、ぴったりのパートナーを見つけるコツだと学びました! 素敵なお話、ありがとうございました〜!©jacoblund/Gettyimages©DjelicS/Gettyimages©pixdeluxe/Gettyimages
2018年11月01日ライター&コラムニストharakoが、実際に既婚女性100人にインタビューをし、結婚までのプロセスや心境の変化をお伝えする連載です。第21回目は、お互いが同じタイミングで婚約破棄をしたSさんのお話です。張り詰めていた糸が切れた瞬間……。【実録♡ 結婚プロセス100人インタビュー 】vol. 21あれは、私が20代後半にさしかかろうとしていた時の話。プロポーズを受けて、お互いの両親にも挨拶を終えて、結婚する準備を進めていたのですが……。“結婚”することに、ワクワクを感じない妙なモヤモヤがあって、結婚準備が進む日々を正直楽しめていない自分がいました。というのも、彼がかなりの束縛タイプだったのです。出かける時も、「今日は誰とどこに行くの?」と確認されて、電話をしていたら「まさか、男じゃないよね? 声を聞かせてよ」と性別確認までしてくる始末。「まあ、愛されている証拠かなー?」と、これも幸せのひとつだと信じていたのですが、エスカレートする束縛に逆らうように、「独身最後だし!」と夜な夜な遊びに行くことで発散するようになっていく私がいました。「結婚するんだし、もういいじゃん! 自由にさせてよ」独身最後の贅沢な時間を過ごさせてほしいという願いから、荒れ狂うように飲み会やコンパ、会社の同僚たち(男性)と、彼には嘘をついて遊び歩く毎日を繰り返していた矢先——。その嘘を知ってか知らずか、突然、彼から「もういいわ、勝手にしろ」と突き放されてしまったのです。彼は東京、私は大阪に住んでいたのですが、怒った次の日に新幹線で帰っていく彼を必死に追いかけました。「ごめん、そんなつもりじゃない! 結婚するって決めたし、覚悟はできているよ。でも、独身最後だと思ってつい……」……時すでに遅し。私も大阪から東京に追いかけて行ったのですが、「今ついたよ!どこにいる?」と鬼のように連絡しても、「は? もういないよ」と冷たーーくあしらわれてしまいました。今でも覚えているのですが、その時あまりの虚しさに駅の地べたに座りこんでボーッと上を見ながら感じたひとつの答え。それは「結婚ってこんなに心が苦しくなるもの?」と虚しい疑問。幸せになるはずなのに、「マリッジブルー」とか「束縛から逃れるため」「最後の独身生活」なんて、バカバカしい。——私も、もう疲れたよ。こうして婚約破棄をし、結婚に対しての執着や雑念をなくしてリセットしていきました。「婚約破棄? ああ、俺もさ……」落ち込んでいた私は、友達を交えて数人で食事をしたり飲んだりすることで、ぽっかり空いた穴を埋めていきました。そこで、出会ったのが偶然私と同じ時期に婚約破棄をしていたひとりの男性。年下のかわいい彼女にベタ惚れだったようで、「贅沢な暮らし」「素敵な旅行」を理想とする彼女に尽くしまくっていたとか。ちょっと無理してでもプレゼントを買ってあげたり、休日に仕事を増やしてまでお金を稼いだり……。聞けば聞くほど、素直で一途な男性だったのです。もちろん、私も結婚破棄した時のことを思い出すと、相手だけが悪いとは思いません。しかし、あまりにも窮屈な束縛に耐えられなかったことに反発してしまったのと、毎回報告しなければ遊びに行けない状態に、結婚した後の生活に不安しか見えなかったんです。その同時期に婚約破棄した男性も、私と同じ理由が決め手だったとか。「かわいいし、喜んでくれる彼女は大切にしたいけれど、結婚した後も俺は幸せを感じ続けることができるだろうか?」と、我に帰った時、長くは続かないかもしれない。これが本音だったと言います。この価値観に意気投合し、お互いの辛かった経験を素直に共有できたことで、すんなり私たちは新しい結婚相手を見つけることができました。結婚してから幸せになれる相手って?私も夫も、一度は結婚を本気で考えた経験があるからこそ、「結婚はスタート」だと強く思っています。もし、「長く付き合ったから」「どうしても好きだから手放したくない」という “粘り強さ” で結婚に縛られているならば、その人と10年後も20年後も一緒にい続けることができるのかを考えてほしいですね。私たちは、あの時の婚約破棄がお互いにあったから、ほどよい距離感とそばに居てくれるパートナーへのありがたみを感じることができています。楽しいことだけじゃなくて、悩んだことや挫折、落ち込んだ気持ちも共有しながらこれからも結婚生活を続けていきたいです。お話を聞いて……。夫婦は、「お互いの気持ちのバランスが保てていることが大切」だと、Sさんのお話を聞いて感じました。また、“結婚”の言葉に縛られてハッピーになれないと想像できるなら、それは自分にとってタイミングじゃない証拠。このお二人は、出会うべくして出会ったバランスの良い関係だと思います。これからも、お幸せに……♡©fizkes/Gettyimages©skynesher/Gettyimages©TriggerPhoto/Gettyimages
2018年10月23日岡崎体育の新連載「体育ですけど、オンガクです」が始まりました!第一回のテーマは「盆地テクノ」です。はじめまして、岡崎体育です。音楽をやっています。そんな僕の「オンガク」についての連載です。ひゃっほーい。anan読者に愛されるシャレオツ連載目指してがんばりまーす。うわーい。初回は自己紹介を兼ねて、僕が作った架空の音楽ジャンル「盆地テクノ」を知っていただこうかと。大学時代に続けていたバンドを解散して、どうする?ってなったとき、「テクノならパソコン1台でできる!」と一念発起してソロ活動をスタート。当初はテクノサウンド1本でやってたんですけど、レコード会社の人の目にとまりたい、お客さんにウケたいと、どんどん欲が出てきて、ステージングが徐々にコミック・テクノ・ポップ寄りになっていきました。そうなってくると「あれ?俺この程度でテクノを名乗ってたらテクノ界隈の人に怒られるな」と思いまして。それなら新ジャンルを作って逃げの姿勢を示そうと「盆地テクノ」の看板を掲げました。はい、クソですね。では、なぜ盆地なのか?テクノって「ブリティッシュ・テクノ」とか地域で区切られることが多いんですよ。僕は曲中に関西弁をよく使っていて故郷の京都で活動しているので、最初は「京都テクノかな?」という浅はかな考えに至ったんです。でも「京都」っていう歴史的都市と「テクノ」の双方に失礼になるだけやんと思って4秒で思いとどまりました。あぶねー。で、まぁいろいろ考えて「地形」っていうジャンルにたどり着いたんです。京都の主な地形=「盆地」をレペゼン(代表)してやろうと。まぁ同級生に「俺、盆地代表やねん!盆地!俺代表!ヒュー!」とか言ってるヤツいたらFacebookの友達申請とか絶対、拒否しますけど。でも、それがダサくていいなあと。それで頭に「盆地」をつけてお茶を濁しました。ダサい「盆地」って言葉と横文字の「テクノ」って言葉の組み合わせのバランスが絶妙で、僕は気に入っています。テクノポップとコミックソングが混ざったこの新しいジャンルこそが“岡崎体育”であり、“盆地テクノ”であることを覚えてもらえたら幸いです。ここまで書きましたけど、あれですね。全然、anan読者に愛されるような気配ないですね。クソやばいな。せめて最後にためになるようなこと書いて終わりますね。黒かベージュのタイトめのニットセーター着てポニーテールしてる女子はカワイイと思います。少なくとも僕はカワイイと思います。おかざき・たいいく2016年、アルバム『BASIN TECHNO』でメジャーデビュー。“BASIN”とは盆地のこと。今年3月、第20回文化庁メディア芸術祭「エンターテインメント部門 新人賞」を受賞。※『anan』2017年12月13日号より。写真・小笠原真紀ヘア&メイク・村田真弓文・梅原加奈(by anan編集部)
2017年12月07日甘いものが大好きなイラストレーター・ぬだわさんのイラストエッセイ「ちょっとそこまで甘いもの」。連載の第1回目は、パンケーキで有名な北千住の人気店〔茶香〕へおでかけ。なんと、整理券を入手できなければ食べられない!?ぬだわさんはパンケーキにありつけたのでしょうか……?大人気店〔茶香〕のパンケーキへの恋心は成就する!?パンケーキ好きなら誰もが知る有名店〔茶香〕。「人気店に関する情報は常に更新しておくこと」この鉄則を怠った結果、整理券配布終了の悲劇……そして私は再挑戦を固く誓った……!〔茶香〕の、店主さんが一生懸命焼き上げたふわっふわでぽてっとしたパンケーキは季節・平日・土日でさまざまな限定メニューがあり、何度訪問しても特別感が味わえるお店です!先の猛省を経て、今度は平日の7:30ごろに訪問したところすでに何組ものお客さまが。う~ん、やっぱり茶香人気はすごい。その後、18番の整理券を入手したときには「やっと会えるんだね……」と、もはや恋する乙女の気持ちに。11月の《平日限定おいもちゃんパンケーキ》(1,350円、税込)は、メニュー名からもあふれ出る愛らしさ。とろっとろのクリームに濃厚な紫いもアイスを絡めて食べるパンケーキはまさに絶品です!ごろごろのお芋や柿のトッピングと一緒に食べれば秋の味覚で満足感たっぷり。2017年11月の時点で、整理券用の整列は7時から(7時前の整列は禁止ですよ~!)。整理券の配布は8:30ごろから。平日なら10時位まで整理券配布される日もあるそうなので、ぜひ〔茶香〕さんのパンケーキで季節を感じてみてください!【茶香】Twitter:茶香(ちゃか)pancake(@GoodMa9)ホームページ:●書き手、漫画ぬだわ東京の下町在住。三度の飯と3時のおやつが大好きなイラストレーター。おいしい噂にはすぐ食らいつく。ズボラだけどおたく気質で、日常がインドアな趣味で充実している。Instagram:
2017年11月19日ライター&コラムニストharakoが、実際に既婚女性100人にインタビューをし、結婚までのプロセスや心境の変化をお伝えする連載です。第6回目は、二度目の国際結婚を経て、幸せを掴んだSさんのお話です。初めての海外旅行で、英語に目覚める。【実録♡ 結婚プロセス100人インタビュー 】vol. 6大学時代、友達と初めてハワイ旅行へ行った時のこと。私は英語を多少学んでいたから、「なんとかなるだろう」なんて思っていたんですよね。でも、思いのほかスムーズに話せなくて、友達に頼りっきり状態……。日本人女性が人気で、たくさんの男性に声をかけられましたが、もっとコミュニケーションが取れたら、楽しいんだろうなーなんて、モヤモヤを残したまま日本に帰国したのを覚えています。その後、悔しい気持ちから、もっと英語を習得したい!と目覚めた私は、英会話学校に週2で1年間通い、映画は英語で観るようにしたり、洋楽を聴いたり。あとは、英語カフェやブリティッシュバーなど外国人が集まる場所に積極的に顔を出して、つながりを持つようにして行ったんですよね。それが功を奏して、2年後にはだいぶ話せるようになった気がします(この語学を真剣に学ぶ期間がなかったら、外国人パートナーと深い関係になるのは難しかったと感じますね……)。そんなある日、たまたまバーにいた時に、友達と一緒に来ていたアイルランド人の男性と意気投合。アイルランド人独特の、アグレッシブで情熱的なところや、愛情表現が豊かなところに惹かれて同棲し、結婚までたどり着きます。気性の激しさと、ケンカ三昧の毎日に終止符。……しかし、はじめのうちは誠実に働いていた彼ですが、だんだん働かなくなってしまったり、お酒を飲みだすと止まらなかったりと、将来が不安になる言動が激しくなっていったのです。夜中、急に「息ができない! 助けて!」と騒ぐこともありました。一瞬、血管系の病気か?と思ったのですが、どうやら先生の診断は「パニック障害」。日本の環境や文化になじめない部分が多くあり、ストレスがたまった挙げ句に引き起こしてしまったらしいんですよね。ここから本当に苦しい時期が続いたんですが、パニック障害の発作が起きないように薬を飲み始めると、平衡感覚がなくなり、思考を止めるという状態になり……。相手への配慮や気遣いができなくなってしまうことが、増えてしまいました。そのなかでも、印象的だったのが「今夜もなぜか帰ってこないなー?」なんて心配していると、身長187センチの100キロのガッチリ体型の彼が、ボロボロに怪我をした状態で朝方に帰ってきたこと。「どうしたの?!」と聞いても、お酒に溺れて記憶もない。薬の影響か、まっすぐ歩けなくて転んだ様子だけ、何となくわかる。そんな彼の姿を幾たびか見るようになっていきました。落ち着いている時は、良い彼なんですが、いつ薬の反動が出るかわからず、私もヒヤヒヤする毎日が続き、「楽しい恋愛」から「疲れる恋愛」に変化してしまったのです。周りの友人たちも手を焼くばかりで、ケンカが始まると水を掛け合ったり、ギャーギャー怒鳴りあうことは日常茶飯事。「もうだめだ……!」と確信した私は、子供が本当は欲しかったのですが、この人とは子供が作れないと思い、離婚を決意。情もあったけれど、将来を考えてお別れすることにしたのです。救ってくれたのは、几帳面で奥手なアメリカ人だった。離婚してからは、何だか気持ちもグッタリ……。しばらくの年月は、男友だちとご飯や遊びにいく軽いデートはするけど、本気のパートナーを見つけるには、腰が重たくなっていましたね。もう、あの状況には戻りたくないって気持ちが、本音だったかもしれません。そんなある日、私の友人がたまたま連れてきた、控えめなアメリカ人男性と出会います。すっごく明るくてクレイジーな友だちだったので、連れてくる友だちも、きっとそんな感じかな?と思っていたら、全くの正反対で初めは驚きましたよ。複数で一緒にいても、無口で静かで……。正直「何この人、全然つまんない!」って感じるほど、私には少し物足りなかったんです(笑)。でも、地元のコミュニティは小さいし、近所のバーで会ったりしていくうちにメッセージのやりとりをするようになりました。恋愛にちょっとエスな私は、いつも向こうから熱烈に求められることが多くて、待ちスタイル。“あなたから来なさいよ” なんて、ちょっと女王様系だったんです(笑)。そんな私に、メッセージで盛り上がっている真っ最中なのに、アメリカ人の彼はこう言うんですよ。「ごめん、今から家事をするからまたね!」とか、週末なのに「もう、寝るね!」とか。えええええええっ!?遊びにも行かずに男が家事って……、みたいな(笑)。何だか不思議な人だなーって、印象が強くて、興味が湧き始めてしまったんですよね。その年の私の誕生日会に、彼も来てくれたのですが、酔っ払った私をタクシーで家まで送って行ってくれたのことがきっかけで、2人の仲が一気に縮まったのを覚えています。彼の丁寧で律儀な性格に、包容力を感じて、よく話を聞いてみたら、彼は大学の研究員として働いている “超” がつく、真面目な人だったんです。だから家事もこなすし、明日のために遊ばずに早めに就寝するんだー!なんて、変に納得したっけ(笑)。ニューヨークで子供と幸せに暮らす日々♡ノリと感覚だけで生きがちな私とは正反対の彼に徐々に心を開くようになりお付き合いがスタート。この人となら、将来を考えて子供も産みたいなと思えるようになりました。そして、彼がニューヨークに移住することをきっかけに、再婚。この人についていく決意をしたんです。よく、結婚した後に旦那さんの愚痴をこぼす女性が多いけれど、私はむしろ逆。彼に頼りっきりで尊敬の念は増すばかり。前の旦那と比べても、本当に几帳面で何事もまずは計画してからスタートしないと気が済まないところがあり、「この人についていけば、間違い無いよね!」なんて大船に乗った感覚ですよ(笑)。楽しさも大事だけど、将来を考えるなら計画性って大事だなと実感しています。今は、ニューヨーク近郊で旦那の念願のマイホームを購入し、子供二人と暮らしています。旦那は仕事のために、マンハッタンに通勤する日々ですが、子どもにおやつを用意してくれたり、寝かしつけをしてくれたり。私が夜遅くなった時はキッチンがキレイに片付けてあるし、もう最高♡ 忙しくても、家庭をとっても大事にしてくれるんですよ。あの時、無理してアイルランド人の旦那と居続けていたら、今の幸せはなかったですよね。無理してまで、結婚生活を続ける必要ってないと思うんです。自分の気持ちを大切に、本当に心から信頼できる人と子供を作ることが大切だなーと感じています。これからも、良い国際結婚生活を続けたいと思います♪love you!お話を聞いて……。恋は盲目、恋に溺れる、なんて言葉がありますけど、結婚には冷静な目を持つことが大切と思わされたお話でした。彼のマイナス面に目をそむけてプラスの部分を見ようとする姿勢もアリですが、あまりにもマイナスが目立つようならば、それと向き合い、改善できないようなら別の道を歩むことも賢い選択といえそうです。そして文字通り、愛に国境はない、ことも再認識できました。世の中には実にさまざまな人間がいるものです。自分が日本人だから相手は日本人と決めつけず、グローバルな目を持てば、運命の人と出会う可能性がより高くなるのかもしれません。好きになった人が、たまたま外国人だった。そんな視点を持つのも悪くないですよね。だって、地球上の男は……35億! ですもの。(C) Ridofranz/Gettyimages(C) monkeybusinessimages/Gettyimages(C) XiXinXing/Gettyimages(C) FeelPic/Gettyimages
2017年09月11日ライター&コラムニストharakoが、実際に20代・30代の既婚女性100人にインタビューをし、結婚までのプロセスや心境の変化をお伝えする連載です。第5回目は、大学時代に遭遇したモテ期真っ只中に、あえて守備範囲外の彼を選んだMさん30歳のお話です。大学で到来したモテ期でウハウハ【実録♡ 結婚プロセス100人インタビュー 】vol. 5先に本題に入る前に、今までの恋愛傾向を少しお話してみたいと思います。どちらかというと、影があって、ミステリアスな感じの男性が好きだった私は、彼氏ができるたびに不安になったりのめり込んだりと、いつも身がもたない状態。「恋愛って、疲れちゃうなー」と感じていた私は、長く付き合える人が良い!と身構えていたところだったのです。そんな大学時代のある日、なんとモテ期到来。次から次へとデートに誘われるし、半年で告白を8人にされるという快挙を成し遂げました(笑)。そのなかからスムーズに彼氏ができたのでは?と感じるかもしれませんが、答えはNO。デートした当日に告白してきて、「時間が欲しい」と言っても即答できないならイヤ! という信頼に欠ける男性や、良い感じの雰囲気になっても手を握った感じがフィットせずにフィーリングが合わない男性など、「この人が彼氏!」という決め手が見つからないまま、結局全ての告白を流してしまいました。素朴で穏やかなサークルの先輩に相談する恋愛も頑張りたいけど、スキルアップにも興味があった私は、在学中に留学を考えていたのです。あまり周りに相談することもなく準備や知識をつけようとしていたのですが、そんな時に、同じサークルの1つ上の先輩が、私が行きたかったところへ去年留学していたという情報を運よくキャッチ。サークル内のメンバーは40人ほどいたので、ひとりひとりと深く話す時間がなかったのですが、留学経験のことがきっかけになり、その先輩に「実は、私も留学を考えていて……」と不安なことや予備知識を相談するようになったのです。素朴で穏やかな感じの性格な先輩は、まったくと言っていいほどタイプではないし、むしろ頼れる相談役みたいなポジションでしたね(笑)。その後、キャンパス内のカフェやご飯スペースで、一緒に時間を過ごすようになっていきました。大学近くの寮に住んでいた私は、友人たちと過ごす時間が多く、恋愛話にも花を咲かせていたのですが、「最近彼氏ができたんだよね〜」と友人の話を聞いて、ちょっぴり嫉妬……。私も欲しいなとモヤモヤしていたところに、例の先輩から一本の電話がかかって、小悪魔心が出た私は、「先輩に告白させよっかな?」と企み始めました。「なんか〜、先輩と私ってけっこう仲良しだと思うんですけど……。先輩って私のこと、どう思ってるんですか?」なんて、自分からグイグイ言っちゃったのを覚えています(笑)。本音は、友人に負けたくなかったから告白させただけ。3か月もしたらすぐに別れるかなーなんて思っていた私は、恋愛にピュアそうな先輩を気軽に引っ掛けた感はありましたね(今だから言える、ごめんね)。気づけば数年の月日が経ったが、一瞬の溝が別れに繋がった“3か月で別れる” と思っていたのにも関わらず、気づけば彼の優しい性格にすっかり甘えるようになっていきました。元々、甲状腺が弱かった私は、大学中に病気が悪化。そんな時も、病院を探してくれたり看病をしてくれたりと、健気に気遣ってくれる姿がだんだん愛おしく感じていったのです。そして、お互いが社会人になった頃、彼の職場環境が良くなかったのか、会うたびに仕事の愚痴が酷くなっていきました。内心は、「せっかく一緒にいるのに、また愚痴? たまには良いけど、つまらないなあ……」と気持ちが冷めていく感覚。そして、ふと気が緩んだ瞬間「もう別れよっか」と一方的に振ってしまいました。今思えば短い間でしたが、4か月間の別れが続きます。その間、証券会社勤務のエリートビジネスマンと関係がありました。カッコイイけど自分中心。心の内側が読めないし、察してくれない。そして、金銭感覚も合わない彼の派手さに、徐々に元彼の優しさが恋しくなっていきました。ちょっとぐらいの愚痴は、かわいいものだな〜なんて思えるようになったのも、この数か月があったからだと思います。メールではなく、手書きのお手紙がポストに届く「この人、無理……!」と心の声が届いたかのように、ポストに元彼から一通の手紙が届いていました。今の時代、電話やメールでことを済ませるのが普通ですよね? なのに、あえて、手書きでお手紙だったのです。それも、よりを戻したいという内容ではなく「体調は大丈夫?仕事は頑張ってる?」などの、私へ気遣いをする文章たち。胸の奥がキューンって苦しくなって、ごめんねと心の中でつぶやきました。よく恋愛は4年っていうけど、なんだか「愛情」みたいなものを初めて受け取った気がして……。彼の存在が、当たり前になっていたなと、反省しました。自分から一方的に振ったのもあり、この人を大切にしたい!と確信。恐る恐る電話をかけたら、彼は出てくれました(また、連絡しあうはずと思っていたと後から聞いたときは、本当に嬉しかった)。あんなに一緒にいたのが当たり前だったのに、電話をかけるだけで、本当にドキドキ……。お互いに何を話したら良いのかわからず、「げ、元気にしてた?」なんて他人行儀なスタートでしたが、お互いに思っていた気持ちは一緒。「やっぱり、好き♡」だったのです。初めての海外旅行で、家族の反対を機にプロポーズ気づけば、7年の交際が過ぎた頃。台湾に二泊三日で旅行に行く計画を立てました。母には彼について話していたのですが、ほかの家族にはまだ内緒。しかし、あまりに楽しみだった私は、ウキウキして「今度、台湾に行くんだ〜♪」とみんなの前で話してしまったのです。「誰とー?」と聞かれたので、つい彼氏と言ってしまった途端、部屋にいたおばあちゃんが激怒。「海外旅行に結婚もしていない男性と行くなんで、絶対にダメ!」と……。困った挙句に、彼に相談すると「俺は本気だよ」という意味も込めてプロポーズしてくれました。しかし、後から聞いてみると本当は翌年にプロポーズ予定だったとか。予定より早まったけれど、良いきっかけにもなったし、私も仕事がちょうど落ち着いていた時期だったのでタイミングが本当に大事だなと感じましたね。今は、子供も生まれ、旦那さんの海外赴任に伴って、家族みんなでアメリカに住んでいます。日本を離れる前は、環境もガラッと変わるし心配だらけでしたが、人付き合いが苦手で内向的な彼なので、私や子供といる時間が一番落ち着ける時間みたいです。そのおかげで、異国の土地でも不安なく、毎日穏やかに過ごすことができています。ドキドキや刺激も大切だけど、いつも私たちを優先的に考えてくれる彼には本当に感謝ですね。いつまでも、仲良くしようね! ありがとう。お話を聞いて……。ホッとできる陽だまりのような温かさを持つ男性と結婚したMさん。一方的に別れを告げたあとに経験した “ちょっとした火遊び” が功を奏して、彼の良さを再認識できましたよね。一度離れて再燃する恋もまた真実の恋です。いえ、他の男を知ることができたからこそ、よりいっそう燃え上がることができたのでしょう。手書きの手紙を送るなんて、とても素敵な男性です。アメリカの地でおふたり仲良く過ごされてくださいね!(C)Jacob Ammentorp Lund/Gettyimages(C)andrej_k/Gettyimages(C)hungryworks/Gettyimages(C)NikolaZivic/Gettyimages(C) Muenz/Gettyimages
2017年08月09日ライター&コラムニストharakoが、実際に20代・30代の既婚女性100人にインタビューをし、結婚までのプロセスや心境の変化をお伝えする連載です。第4回目は、長く付き合っていた彼と別れ、寂しさを紛らわすために遊び半分だった恋愛がいつしか本気の恋に、そして結婚へと辿り着いた、29歳Mさんのお話です。高校生から6年付き合った彼。【実録♡ 結婚プロセス100人インタビュー 】vol. 4私は、高校生から社会人の始めまで、ずっと付き合っていた彼がいました。気づけば、6年も一緒。倦怠期や大きなケンカもなく、ワガママな私をいつも受け止めてくれていた彼が大好きだっだし、もうこのまま結婚するのかなー?なんて、正直思っていましたね。私の将来の夢は昔から、ウエディングプランナー。ずっとその道に進みたいと志していたので、すんなり方向性が決まり、順調に仕事を取り組んでいました。彼は大学に入ってから、いろいろな人に影響を受けて、日替わりで夢が変わるようになっていきました。コロコロと意見が変わる彼を見ていると、なんだか大丈夫? なんて頼りなく思えてきてしまったのです……。彼より早く就職した私は、同級生にも関わらず、お姉さん気分。「こうしたほうがいいんじゃない?」とアドバイスをしても、長く付き合っているのが裏目にでて、彼は意見を聞いてくれないし、言いわけばかりが増えていきました。そんなモヤモヤが募っていたころ、職場の先輩にふと彼について相談をしたのです。先輩のひと言で、冷静になった私は…先輩から返って来た回答は、「Mさんさ、こんなに好きになれた人は、今の彼しかいないって思ってない? そして、自分のことをこんなに好きって思ってくれる人も、今の彼しかいないって思ってない?」という、ガツーン!と頭に響くようなセリフ。内心、思春期の一番楽しい時期にずっと一緒だった彼のことが大好きだった私は、“いなくならないで欲しい” と、いつの間にか執着に変わっていた自分の気持ちに気づいたのです。客観的な意見を聞いて冷静になった私は、思い切って6年交際した彼と別れることにしました。しかし、彼からは「いつか迎えに行くから」と後ろ髪引かれる言葉をいわれて。私も、“いつかまた戻るんだろうな” と思っていたのが、正直なところです。ちょうど別れる少し前から、友人の紹介で通っていた接骨院があったのですが、「彼と別れたんだよねー」と意識せずにポロッと話したことがきっかけで、担当の人と連絡を取るようになり、2人でご飯に行ったりする仲になりました。父の余命宣告で心の支えが欲しかった6年付き合った彼と別れたばかりで、寂しさを紛らわす程度に……なんて思っていた私は、正直、気軽に遊んでいただけのつもり。しかし、父がすい臓がんであることが発覚し、余命半年と宣告される事態に見舞われたのです。目の前が真っ暗になり、メンタルは崩れそう……。母とあまり仲が良くなかった私は、どうしたら良いのかわからず、その接骨院の彼に、父のことも相談しました。元彼に比べたら日は浅かったけれど、親身になって話を聞いてくれて支えてくれる姿にだんだん私も心を開いて気づけば交際スタート。相手の実家に連れて行ってくれた時期も早く、初期段階で結婚も意識するようになりましたね。しかし、彼はいつも仕事が優先で、電話をしてもろくに出ない。寂しがりやな私は「そろそろ結婚はしたいけど、この人で良いのかな。私のこと、ほったらかしだし…」とモヤモヤしてしまい、少し距離を置くことにしたのです。このことが、悪夢の始まりでした。父の死とストーカー男が重なる実は、常に男性がいないとダメなタイプの私は、接骨院の彼への気持ちがわからなくなり、違う男性に少しなびいてしまったのです。ですが、その男性は、私をかなり束縛して、LINE300件に着信100件、軽いDVや会わないと脅してくるようにもなりました。束縛は徐々にエスカレートし、次第に職場や家にまで来るように。そして、追い討ちをかけるように、父が亡くなったのです。人生でこんなに最悪な時期ってあるもの?と、自己嫌悪になり、めまいや吐き気が続き、さすがにおかしい!と病院に行くと「鬱」の診断がくだされました。(本当に、辛かった…)1通の誕生日メールが、私を救ったどん底だった私は、ストーカー男から来る連絡を全てブロックし、気持ちを落ち着かせようとしていました。そんなボロボロで迎えた私の誕生日。突然、接骨院の彼からメールが届きます。「距離ができて、いつもMがそばにいてくれるのが当たり前だと思っていた」と。その言葉を見たときに、大粒の涙が流れました。(心の中では、助けて…と叫んでいたのかも)そのメールをきっかけに、またやりとりが戻り、会うことになったのですが「え、顔色悪いけど、大丈夫?」と久しぶりに私を見た接骨院の彼は、明らかに3か月前と違う私の変化にすぐ気づいてくれました。そして、連絡もマメになり、仕事が忙しくても時間を作ってくれるようになったのです。あんなに距離があったのに、一気に心が急接近したのは、この時からでしょうか。今までにないくらい私を気遣ってくれる彼の姿を見て、「この人しかいない!」と結婚を確信し、ゴールイン。今でも心が不安定になることがたまにありますが、彼がいるから私は大丈夫!安心!と毎日幸せをかみしめています。あの時、メールをくれて本当にありがとう。あなたのおかげで、生きる希望がわきました。いつまでもそばにいてね!お話を聞いて……。「結婚願望は早い段階ではあったけど、誰とするの?」という疑問がずっとあったというMさん。今振り返ると、平凡な毎日だったら、未だに恋愛を繰り返しているかもしれない…と話していました。独身女性の悩むポイントでもある、結婚のタイミングですが、Mさんのように「この人しかいない」と思える事件があると、明確にパートナーの重要性を感じますよね。本当に困ったときに手を差し伸べてくれる男性を大切にしたいと改めて感じました!(C)beer5020/Gettyimages(C)pixelfit/Gettyimages(C)PeopleImages/Gettyimages(C) CribbVisuals/Gettyimages(C)DragonImages/Gettyimages
2017年07月27日ライター&コラムニストharakoが、実際に20代・30代の既婚女性100人にインタビューをし、結婚までのプロセスや心境の変化をお伝えする連載です。第3回目は、当たって砕けたはずの恋が実り、ゴールインまでたどり着いた女性Aさん29歳のお話です。片思いから思い切って告白したのに…。【実録♡ 結婚プロセス100人インタビュー】vol. 3あれは大学時代。私は同じ学科で部活も一緒の彼に片思いをしていました。正直、見た目がタイプだったこともあり、授業中ぼーっと眺めてはニマニマしたっけ。でも、なかなか2人で遊ぶまではいかず、友達同士で遊びにいく程度しかしたことがありませんでした。でも、この気持ちにウソはつきたくない!と「好きです!付き合ってください」と勢いで告白したのです。「ちょっと待って欲しい」と一週間後に返ってきた答えは「NO」。ドキドキしながら待ったのに…!と悲しさと恥ずかしさが交互に入り混じってモヤモヤしたことを今でも覚えています。簡単には諦められない、恋心…忘れようとしても、部活が同じだし、避けたくても絶対に顔を合わせてしまいます。気まずいけれど、なんとか普通に接しよう! としても、つい目で追ってしまったり、何かと接点を作って質問しに行ったりしてたかも……。悲しみにくれたまま、失恋モードをズルズルと数か月ほど引きずっていた私ですが、それでも彼への思いは諦めきれなかったのです。共通の友人たちにいつも相談していました。「やっぱり、まだ好きなんだけど、なんか良い方法ないかな?」。自分以外の知恵をなんとか求めてさまよっていたのです。友人が仕掛けた「2人きり作戦」で思わぬ展開にそんなある日、事態は起きました。学園祭で出し物をすることになり、その打ち合わせとして、当時、ひとり暮らしをしていた私の家は、学校外での集まる場所になっていました。ふと見てみると、複数の友人に混じって彼の姿も。「わっ…!なんでいるの!」と、どこかで意識しちゃう…と思っていたら、急に「買い出し行ってくるね〜」と私と彼を残して友人たちがいなくなってしまったのです。「え、2人きり…」。一気に恥ずかしくなった私は、季節は初夏というのに、変に冷たい汗がタラタラ。そして、私の気持ちを知ってか知らずか、彼がいきなり「やっぱりさ、俺と付き合って」と逆告白してきたのです。「えええ!?」と動揺しながらも、私は彼の気持ちを受け入れました。後から聞いた話だと、周りの友だちに片思いのことをずっと相談していたために、友人たちが「お前のこと、本気で好きみたいだよ!」と、彼にプッシュしてくれていたのだそう。彼も彼で、私が密かに送っていたラブビームに気づいていて、徐々に気持ちが傾いていったとのこと。そして告白のときは、1回断っているから、いまさらアタックしても受け入れてもらえないかも、と不安と期待が入り混じっていたとか。それを知ったときは、照れもありましたが、結果オーライかな!って開き直れましたね(笑)。友だちの優しさにウルっとしました……。交際7年を経て、結婚に付き合い始めこそ戸惑ったものの、交際がスタートしてからは、緊張から解放されてどんどん前向きに。卒業後に彼は公務員、私は事務職に就職し、5年、6年とお付き合いは続きました。ちょっぴりワガママな私を、なんでも「良いよ良いよ」と受け止めてくれて、とっても優しいんですよね。このころから、自然と結婚を意識するようになっていきました。彼の職業柄、寮に住んでいたため、すぐに同棲とはいかなかったものの、熟年夫婦みたいな空気があったかもしれません(笑)。そして、7年目の記念日にホテルでちょっぴり贅沢なディナーとともに指輪をもらいプロポーズを受けました。ドキドキして嬉しさいっぱい!というよりは、もうこの人と一緒になるんだな〜って安心感のほうが大きかったかもしれません。一緒に住んでからは、掃除も積極的に手伝ってくれたり、背の低い私が使いやすいように家具を移動してくれたり、とにかく協力的で助かっています。実は、自分の父親があまり好きではなかったので、彼の優しさに甘えています。彼は愛情表現が決して上手ではないけれど、その穏やかな人柄のおかげで、ゆったりと毎日が流れています。いつまでも仲良くしようね! いつも、ありがとう♡お話を聞いて……。筆者の友人であるAさん。引っ込み思案でシャイな印象が強いのに、まさか自分から告白していたなんて…!と意外なエピソードにびっくりした私です。逆告白して来た時はどう思った?と質問してみたところ、「思い続けたかいがあった!」と、乙女心全開のお答えをいただきました。そう、一度当たって砕けたとしても、メゲるのはまだはやい! 周りを味方にし、ドン引きされない程度にアピールし続けていれば叶う恋だってあるのです。追って追って追いかけて、今度は彼に追いかけてもらう、こんな愛され方もステキと思ったエピソードでした♡(C)linhkn/Gettyimages(C)ipopba/Gettyimages(C)Yagi-Studio/Gettyimages(C)Peopleimages/Gettyimages
2017年07月23日異なる分野で活躍する2人の“達人”によるクロスインタビュー型対談番組「SWITCHインタビュー達人達(たち)」。その7月1日(土)今夜放送回は、“インスタの女王”として絶大な人気のお笑い芸人・渡辺直美と俳優のムロツヨシの対談をお送りする。ビヨンセのものまねでブレイクを果たした渡辺さん、最近では自身のInstagramがフォロワー数550万人超え。昨年末行なわれたインスタグラム上で最も「いいね!」された投稿を発表する「#MVI (Most Valued Instagrammer in Japan)」2016授賞式でゲスト登壇するほど圧倒的な人気を誇っている渡辺さん。ファッションブランドのプロデュースなどその才能をいかんなく発揮し、多くの支持を集めている。そんな渡辺さんが今回「ぜひトークをしたい」と熱望したのは独特の演技が魅力的なムロさん。ムロさんは大学時代に見た芝居の魅力にハマり、舞台を中心に俳優活動を続け、2005年公開の『サマータイムマシン・ブルース』から映像作品にも進出。その後は「勇者ヨシヒコ」シリーズや『ヒメアノ~ル』『疾風ロンド』、「スーパーサラリーマン左江内氏」などに出演している。最近では福田雄一監督が手掛ける『銀魂』にも登場。小栗旬、菅田将暉、橋本環奈、岡田将生、堂本剛といったキャストの中でその個性をいかんなく発揮している。かつてドラマで共演経験があるという2人だが、それ以来渡辺さんはムロさんの「笑い」へのアプローチ方法に興味を抱いてきたという。番組の前半はムロさんがひとり芝居を行った能楽堂を渡辺さんが訪ね「演技を通して笑わせる」ことに賭けるムロさんの情熱の源を解き明かすほか、後半では渡辺さんがパフォーマンスの練習をする芸能事務所のダンスルームをムロさんが訪ねて、実際にダンスパフォーマンスを鑑賞。多彩な活動を続ける渡辺の“笑い”への思いを聞く。海外でも人気の渡辺さんと個性派俳優のムロさんを迎える「SWITCHインタビュー達人達(たち)」は7月1日(土)22時~NHK Eテレで放送。(笠緒)
2017年07月01日『名探偵コナン』は、毒薬によって子どもの姿になってしまった高校生探偵・工藤新一が、江戸川コナンとして難事件を解決していく推理漫画。原作の連載が20年以上も続く中、4月15日には映画最新作『劇場版 名探偵コナン から紅の恋歌(ラブレター)』が公開。今回は、構想段階からアニメ制作に携わり、今作のチーフプロデューサーでもある諏訪道彦さんにインタビューを敢行! 原作者・青山剛昌先生をはじめスタッフたちのこだわり抜いた作品作りの裏側をお届けします。■嘘があるからこそ引き立つ、物語のリアル感――まずは、『名探偵コナン』誕生の経緯について教えてください。諏訪「原作は1994年に『週刊少年サンデー』で始まりました。実は1992年に、講談社の『少年マガジン』で『金田一少年の事件簿』の爆発的な大ヒットがあって。小学館でもミステリーものを作ろうと考えていた時に、もともと少年サンデーで『YAIBA』や『まじっく快斗』という怪盗キッドが登場する漫画を書いていた青山先生にお願いするという流れがあったと思われます。コナンは、17歳の主人公が小学校1年生になっちゃう…最初に大嘘をついて、その後の話にはリアリティがという設定です。これはアニメの題材にピッタリと考えて、企画始めて1年半以上かけて1996年1月にTVアニメ化が実現しました。まずは半年やってみようということでスタートしたけれど、原作は単行本8冊程度しか出ていなかったので、いずれアニメ放送が原作に追いついてしまう。でも僕は『YAWARA!』や『シティーハンター』でそれを経験していたので、ドラマの脚本が書ける脚本家を集めて、第6話で既に『バレンタイン殺人事件』というオリジナル作品を開発したんです」――アニメの制作秘話などはありますか?諏訪「僕はよく、30分のアニメを“本格推理定食”と言っていました。美味しいごはん、出汁を取った味噌汁、素材にこだわった一品料理…というように、トリックやストーリーはもちろん、それぞれ一流のものが乗っているこだわった定食のイメージにしよう、と。そこで、まず初めに番組のフォーマットを工夫しました。しっぽまであんこの鯛焼きのように、30分の中を飽きずに楽しんでもらえるようにしたんです。たとえばオープニング曲の前にコナンの声で、概要と『たった一つの真実見抜く 見た目は子供、頭脳は大人、その名は、名探偵コナン』という台詞を入れることにした。まずこれを聞けば、この番組の世界観や、やりたいことがわかるようにしたいと思って。そして最後には、ドラマのように名場面を切り貼りしたような予告編を入れる。当時はこれが意外と難しくて、スケジュールがいっぱいなのに、次回の絵なんて無いよって(笑)。でもこだま兼嗣監督と話して、これだけはやろうと決めました。あとは、予告後の「Next Conan's HINT」。次回も観てもらいたいという思いを込めて、最後の5秒で役者さんたちのコミカルな掛け合いを入れています」――声優さん同士の裏話などもあれば、教えてください。諏訪「チームワークはすごくいいですね。コナン役の高山みなみさんを座長として、今でも収録の後は声優のみなさんで反省会をという食事会をしています。年に一度は役者も含めたスタッフ20~30人で旅行に行きますし、みなさん「ファミリー」って呼んでいますよ!収録のことで言うと、林原めぐみさんが演じる灰原哀は、黒ずくめに命が狙われている。本当は仲が良いのに、ジンとウォッカ役の声優さんが収録現場に来るといつもとは違う緊張感がロビーに漂います。高山さんは、男の子役なので収録時にスカートを履かないとか、園子や小五郎役の声優さんも、プスってやられる時(コナンに眠らされる時)には、ああ今日は台詞が多いんだっていう覚悟を持って臨んでくれています」■コナンは背伸びして観るべし!?子どもたちに覗かせてあげたい大人の窓――物語には子どもには難しいシーンもある気がしますが、大人が楽しめることを意識しているのでしょうか?諏訪「『名探偵コナン』は、お兄さん、お姉さんに憧れる感じで、背伸びをして観てもらいたいと思っています。僕も中学生のころ『刑事コロンボ』を観ていて、飲めもしないのに、お酒にロマンがあるんだっていうことを教えてもらいました。コナンでもお酒のシーンはよく登場しますが、今はわからなくても、大人の世界を覗ける窓を開いてあげたいんです。子どもだましではなくて、大人が真剣に楽しめる作品にすることが、子ども達の興味に繋がるんじゃないかと思いますね」――コナンは推理もので頭も使うし、子どもが観ても良いと考えている親御さんも多いみたいですね。諏訪「それは嬉しいですね。アメリカやヨーロッパだと、アニメは子どものためのものって決められてる気がします。なのでミステリーは受け入れられにくい。でも実写映像ではなんでもアリなのに、アニメは違うっていう括り方がおかしいんじゃないかなって。アニメで深いドラマが描いてもいいですよね。『ドラえもん』のようにファンタジーな作品もあるけれど、アニメ表現の多様さバラエティさっていうのを伝えていきたい。当の子どもたちは勝手に心配しなくても勝手にセレクトしてるし、そこにおもしろさを感じているんですよね」■親子の情を描いた作品が、シリーズの転機に――映画は1997年から毎年上映され、今なお大人気ですね。諏訪「1作目を作る時には、2作目があるかなんてわからなかった。だからこそ、やりたいことをすべてやることにしたんです。青山先生も、原作で使おうと思っていた(爆弾解除の)「赤か青か」という話をここで使うことにしたし、犯人役は『刑事コロンボ』の石田太郎さんに演じてもらった。今観ても、良くできた作品だと思いますね」――そんな1作目は好評を博し、今回21作目を迎えるわけですが、転機となった作品はありますか?諏訪「野沢尚さんが脚本を手掛けた6作目の『ベイカー街の亡霊』(2002年)ですね。5作目までは古内一成さんが脚本を担当していたのですが、野沢さんが自分の子どもに見せたいから『コナン』を書きたいとおっしゃって。15年も前なのに仮想体感ゲームをして100年前のロンドンに行く。これはすごくチャレンジでしたね。野沢さんが脚本を書いたきっかけが子どもということもあって、工藤優作と新一の親子の姿を描いたんです。コナンが絶対にしないことに“涙を流す”というのがあるけれど、それに近いところで“諦めない”っていうのもあって。でも、この作品では『もうダメだよ、父さん』と、一言言わせるんです。ラブコメではなくて、親子の情みたいなもので行くことを押し通した。コナンにとって、新たな扉を開けた作品だと思います」――20年以上続く歴史の中で、変わってきたところはありますか?諏訪「初めはフィルムでしたが、2001年くらいからテレビアニメもデジタルになったので、映像表現は変わっています。昔が悪いわけではなく、それはそれで味が合って良いんですけど。あとは、物語の中では1年経っていないのに、ガラケーからスマホに変わっていたりする。けれど視聴者には、それを受け入れてもらえる“コナンの世界”っていうものがあるんだと感じています」――原作ファンの間では、物語がクライマックスに近づいているという噂もあるようですね。諏訪「先生は、折り返し点は過ぎてるとハッキリ言っているし、結末もちゃんと決めてるそうです。昔は100巻で終わると言っていたけど、今92巻なのでまだまだ終わらないですよね(笑)。でも、ファンは今までの伏線がどう回収されていくかを待っているし、もちろん先生も自覚されている。新しいキャラクターも出て来るけれど、それが伏線の回収だったりもするんです。アニメでもエピローグにだけ事件と別の会話が成されたりしてますが、原作のそういう部分は削るわけにはいかないんです。ストーリーには直接関係なくても、いつ、あの時のシーンがそこに繋がることになるかというのがわからないので、抜くことはできないんです。今回の映画にも、オリジナルキャラクターの紅葉が出てきますが、今後、原作においても物語のどこかで彼女のキャラクターが使われていくかもしれない。でもそれは、お客さんと一緒で僕にも全然わからないんですよ(笑)」――あくまで青山先生の頭の中にある、ということなのですね。諏訪「そうなんです。1年でテレビアニメは40話くらい放送しますが、そのうち15話前後をオリジナルストーリーで作っています。それを開発するのがアニメチームの大きな仕事ですが、原作に出てくるキャラクターが進むようなことをしてはいけないんです。ずいぶん前ですが、オリジナルストーリーの中で蘭の携帯を壊しちゃったけど、それが不都合を生じさせてしまって。なので、原作の設定には触れずにオリジナルを作ろう、そのおもしろさで先生に勝負しようということになったんです。もちろん原作は原作で丁寧にアニメ化して、原作とオリジナルの両方が『名探偵コナン』として成立するよう努力しています。その最たるものが、映画じゃないかと思いますね」――ここまで原作・アニメが二人三脚で作っている作品も珍しいのでは?諏訪「そうかもしれないですね。オリジナルストーリーが面白くないって言われないように毎回戦ってるつもりです。アニメ制作チームもベストなチームワークを発揮してるからこそ、長年観続けてもらえているんじゃないでしょうか」 ■最新作で描かれる“百人一首”の雅な世界観――今作では百人一首がカギとなりますが、注力した点はどこですか?諏訪「脚本を担当してくれたコナン初参加の大倉崇裕さんは推理作家で、コナンとしては初めてに近い倒叙的なミステリー。大倉さんはそれができるプロフェッショナルな方です。我々も常に映画を支えてくれる新しい人たちに参加してもらえるよう促しています。20作目を終えて、今作は第一作に戻ったつもりで「殺人ラブコメ」を丁寧に作りました。大阪・京都の話で百人一首の雅な世界を描いていますが、百人一首のうち、40以上が恋の歌だということが今回のラブコメの基礎にありますね。1000年以上前の恋愛が、今のキャラクターである男女関係に重なるっていうのは、お客さんにシンクロナイズするんじゃないかなって。トリックは映画を観てもらうしかないけれど、百人一首をどう使うかって言うのは、大倉さんも先生もわれわれもシナリオ会議でウンウンうなって考えました。」――映画では、キャラクターの恋愛模様も楽しみのひとつです。諏訪「劇場版スタート時は新一(コナン)と蘭は1作品ごとに1cmずつ距離が近づいてる…なんて表現してた時もあったけれど、キリがないので(笑)。今は良い意味でキャラクター遊びになっている気がします。新一が蘭にロンドンで告白しているので、平次もオレだって変な場所では告れないとか気にしていたりして。今作では平次と和葉の関係が描かれていますが、青山先生の手のひらの中でキャラクターが踊って成長していっていると思います」――今後の映画制作について、課題に感じていることはありますか?諏訪「平成30年や東京オリンピックを意識して、良い意味で大きな変革期を迎えるかもしれませんね。原作については何も言えないけれど、劇場版やテレビシリーズも長年続いて、「名探偵コナン」は誰かの一個人では舵が取れない大きさに成長したのは確か。この豪華客船をこれからどうやって変化させながら成長させていかなければならないか、という覚悟をもって携わっていかなきゃいけないと感じています。というのも、20作目を迎えるにあたって、実は18作目は20作目を意識した作品になっているんです。さすがに20作目は黒ずくめの話になるだろうと思ったし、先生も18作目の最後に沖矢昴が赤井秀一だとバラすというアニメならではの演出をしようと言ってくれて。そのラストシーンをまず決めた上で、古内さんに脚本を書いてもらったんです。そんな18作目を作っていたのは、17作目の公開前ですからね。そのサイクルは今も一緒。今は次のその次のテーマを決めることはできないし、テレビも映画も厳しい世界なので絶対に続くとは限らない。だけど、来る将来をしっかり見据えて、ある程度の青図(展開予想図)を持っていたいと思っています」――それでは最後に、子どもたち・パパ・ママへのメッセージをお願いします。諏訪「子どもの時を思い返すと、僕は大人のドラマにもドキドキしていた。それは初めて見る新鮮なシーンや、複雑な大人の社会っていうものに対しての感情でした。コナンはミステリーということで、それらの社会が凝縮されて出てきます。正しい説明かどうかわからないけど、“コナンを観て、早く大人になってね”、 “コナンを観ると、良い大人になれるよ!”と伝えたいですね。犯罪は決して許さないし、反面教師キャラもたくさん出て来ますから(笑)。劇場版が始まったころは、仕方なく子供のために映画館に行ったけれど、次の年からは今回は行かないのか?と子供をせかせたなんていう内容のハガキをたくさんいただきました。当時の子どもたちが、今は親世代になって来ていると思います。僕たちも“一回離れたけれど、やっぱりコナンはいいな”と思ってコナンにカムバックしてもらえるよう努力していますし、コナンと一緒に推理して謎解きする楽しさも味わってもらえたら嬉しいです。20年経ってもキャラクターは古びないので、一緒に行く末を見届けてほしいですね」劇場版『名探偵コナン から紅の恋歌(ラブレター)』公式サイト
2017年04月28日映画『キングスマン』のブルーレイ&DVDが23日(水)にリリースされるのを記念して、コリン・ファースのインタビュー映像が公開になった。インタビュー映像本作の原作は『キック・アス』『ウォンテッド』などを手がけてきたマーク・ミラーのコミックス。高級スーツ店“キングスマン”はロンドンのサヴィル・ロウにあり、洗練された紳士が集っているが、その実体は、どこの国にも属さない世界最強のスパイ機関だ。ファースが演じるハリーは、組織の指揮者アーサー(マイケル・ケイン)の下で日々、秘密裏に活動を行っているが、ある日チームの一員が何者かに惨殺され、新人エグジー(タロン・エガートン)をスカウト。エグジーは街のチンピラから“真の紳士”へと成長し、世界に危機に立ち向かう。ファースが本作で演じるのは、紳士的に振る舞い、いつも冷静だが内に情熱を秘めた男ハリー。精悍なルックスと確かな演技力でファンの信頼を集める一方で、コメディなど幅広いジャンルで活躍するファースは、本作で、本格的なアクション・格闘シーンを見事に演じた。このほど公開になったインタビューは、劇中に登場する教会での格闘シーンについて語ったもので、制作過程や注意点など、意外なポイントが本人の口から語られる。また、映画の中に登場する暴力について真摯に考え続けてきたファースは、昨今の映画やドラマの暴力描写について分析し、本作を手がけたマシュー・ヴォーン監督の暴力シーンに対する考えや、自身の考えを語る。インタビューは、作品のテーマ、アクションなどに丁寧に向き合い、考え、準備してきたファースの誠実さが伝わってくるもので、“マナーが人をつくる”と改めて思わせてくれるファン必見の映像になっている。『キングスマン』12月23日(水) ブルーレイ&DVD リリース※デジタル配信中
2015年12月21日なんと今回私は、サム・スミスにインタビューする機会に恵まれました!日本からインタビューに参加したメディアはシネマカフェだけ。非常に貴重な機会です。サムといえば、ミュージックシーンで長年愛されている“ブルー・アイド・ソウル”のシンガーとして人気です。シンガーとしてノリにノッているサム。2014年5月に発売したデビューアルバム「イン・ザ・ロンリー・アワー」では、グラミー賞やブリット・アワードなどを総なめにしました。今、最もアツいアーティストのひとりといって間違いないでしょう。ですから9月に、サムが『007』シリーズ最新作『007 スペクター』のテーマソングを歌うことが発表された時にも、誰も驚きませんでした。そしてこの曲は、“英国ヒットチャートで初めて1位になったジェームズ・ボンドのテーマソング”としてギネス記録に認定されました!私は彼に会うことを、心から楽しみにしていました。だって彼の声と音楽が大好きなんです!なので記者会見の会場に到着して、彼の喉の調子が悪いためにライブパフォーマンスが中止になったと聞き、少しガッカリしました。でもインタビューは予定通り行われるということで、はりきって向かいましたよ!彼に会ってすぐに喉の具合を聞いたところ、彼は「大丈夫。すぐによくなるよ」と言って安心させてくれました。喉が腫れて少し疲れていたので、休息を取るためにライブを休むことにしたそうです。もちろん今年の5月に受けた喉の手術のことも聞きました。彼は「手術は成功したよ。でも僕はこの数年間ノンストップで活動してきた。だからきっとすごく疲れてるんだと思う。僕自身はそれに不満はないよ。でも僕の体や喉は、時々文句を言うんだ。だから、たまには彼らの声に耳を傾けてあげないとね」と言っていました。サムとアデルって、やっぱり共通点が多い気がするんですよね。どちらもイギリス生まれで、美しい声で感傷的に歌いあげるシンガーです。2人とも、悲しく切ない曲を歌いますし、喉に問題があり手術を受けています。そしてデビューアルバムが数え切れないほどの賞を受賞し、世界中のたくさんのファンから愛されています。このことをサムにも話してみたの。そうしたら彼はこう答えてくれました。「そうだね。僕らはよく比較されるんだ。すごくうれしいよ。でも正直なところ僕は、僕たちが似てるとは思ってないんだ。僕は僕だと思ってる。サム・スミスだ。それにアデルはアデルだよ」。サムはアデルを、人としてもアーティストとしても愛していて、尊敬していると話していました。それから近いうちニューアルバムが発売されるかも聞いてみました。そうしたら「うーん。僕には少し休暇が必要なんだよね。旅をしながら、新しい曲をいくつか書いている。でも僕の場合、最高の歌詞は普段の生活から生まれる。最近、普通の生活をする時間があまりないんだ」。サムのファーストアルバムの曲には、愛していた人との悲しい別れを歌った曲がいくつかあります。彼は心の痛みを歌詞にするということも、とてもオープンに語っています。だから「最近、あなたにとって特別な人がいますか?」って質問してみたの。彼は、恥ずかしそうにうなずいて「もちろん。いるよ」と答えたわ。私は「あなたが幸せってことは、ニューアルバムはちょっと明るくてハッピーなものになるってこと?」と聞いたんです。彼は少し考えて、こう言いました。「うーん。どうかな。それはないかも。結局のところ、僕ってああゆう人間なんだよ。ふさぎがちな暗い奴なんだ。僕はハッピーでいつもポジティブな人間ではないね」。それから、ジェームズ・ボンドのテーマ曲はどんなアプローチで作り上げたかを聞いてみたわ。サムは「オファーをもらって、心からうれしかった。僕にとって、イギリス人の僕にとって、『007』シリーズのテーマ曲を歌えることは、本当に光栄なことだよ。でも僕はこれまでとまったく違う曲を作ろうとは思わなかった。上品で時代を超えて愛される曲を書こうと決めたんだ」。映画を見せてもらい、それから歌詞を思いついたそうです。ダニエル・クレイグの演技を見て、荒削りで、でも繊細で傷つきやすい雰囲気の曲にしたいと思ったと話していました。サムのこれからのことを聞いたところ、今はツアーの真っ最中だけど、ツアーが終了したら、1年間はお休みしたいみたいです。充電期間を経て、2枚目のアルバム制作に入りたいと言っていました。日本でのコンサートの話もしました。また日本に行けることをすっごく楽しみににしていましたよ。日本食が大好きで、特にお刺身が好きなんですって!日本でお刺身がおいしいレストランに行きたいとワクワクしていたわ。もちろん日本のファンに会えることも楽しみにしていましたよ。『007 スペクター』は11月27(金)~29(日)の3日間先行上映。12月4日(金)より、TOHOシネマズ日劇ほか全国にて公開。(text:Lisle Wilkerson)■関連作品:007 スペクター 2015年12月4日よりTOHOシネマズ日劇ほか全国にて公開(C) 2015 Danjaq, MGM, CPII. SPECTRE, 007 Gun Logo and related James Bond Trademarks, TM Danjaq. All Rights Reserved.
2015年11月27日米Beats by Dr. Dreは、ブリットポップバンド・Blurの独占インタビュー映像を、4月1日より公式Youtubeチャンネルにて配信すると発表した。映像は4月30日まで視聴できる。Blurは2015年3月20日にウエストロンドンのクラブでシークレットライブを敢行。300人のファンを前にニュー・アルバム『ザ・マジック・ウィップ』の全曲を初披露し、その模様はBeatsの公式Youtubeチャンネルで配信された。インタビュー収録は、そのライブ終了後に行われ、ギタリストのグレアム・コクソンと、最新アルバムのプロデューサーであるスティーヴン・ストリートがインタビューイーとして登場する模様。なお、配信予定のインタビュー映像には日本語字幕は付かない。『ザ・マジック・ウィップ』は、iTunes Storeでの配信のほか、CD、2枚組のレコード盤でも販売される。バンドは、2015年6月20日にBarclaycardが主催する「British Summer Time Hyde Park」への、ヘッドライナーとしての出演も予定している。
2015年03月31日幼なじみのロージーとアレックス。何でも話せる仲だったのに、“好き”という想いだけを伝えられず、12年間もすれ違い続けてしまう―。『P.S.アイラヴュー』の作者が贈るラブストーリー、『あと1センチの恋』。主演のリリー・コリンズさんオフィシャルインタビューをお届けします。―最初に脚本を読まれたときはいかがでしたか? (主役の)ロージー役は私がやるしかない! と思いました。ロージーとわたしは、似ている部分も多くて、というかロージー的な部分って誰にでもあると思うのだけれど。例えば傷つきやすいけれど、とってもタフだったり、落ち着きはないけれど芯はしっかり持っている点など共感できる部分も多くて楽しかったです。12年間の年月を特殊メイクに頼らずに、内面の変化や成長を表現するというのは、女優として大きなチャンスだと思ったし、他にも母親役を演じることができる、英国なまりでできる、さらにコメディ要素も満載。こんなにおいしい役はないと思いました。―出演を決めたポイントは? もともと『ノッティングヒルの恋人』や『ラブ・アクチュアリー』、といった、ラブコメが大好きなんです。この作品は、それらをもっと現代風にアレンジしたものだと思います。リアルでちょっと恥ずかしいネタで笑いをとるところとか。あと、今回は10代の女の子の妊娠が1つの鍵として出てきますが、それをポジティブに描いている点が好きです。最近のリアリティ番組などでは否定的にとらえられることが多いけど、それを前向きに、応援する姿勢で描いていることが私にとって大事なポイントでした。―ロージーとアレックスの、もどかしい恋については、どう思いましたか?友情を崩しかねないリスクを負うことに、立ち往生する気持ちはとてもよくわかります。感情がもつれた場合、自分の中の感情がどんなものなのか探る必要があると思います。そして答えが出てきたら、それを相手に言うべきかどうかは、また別の判断になる。自分の気持ちをぶつけるには、相手の準備ができていないかもしれないし、タイミングを計らなければいけない。『今、この瞬間をつかめ』とかってよく言うけれど、“タイミング”と“判断”はとても難しいと思います。でも、最終的には自分で決めるしかないのです。自分自身の幸せを考えて、言うべきときには言わなければ、と思いました。―ロージーとの共通点は? 夢の実現をあきらめない点だと思います。わたしも、とっても粘り強いの(笑)。本気で、情熱をもって行動すれば、本気かどうかは伝わるものだと思っているので。わたしは、以前から女優になりたいと思っていました。25歳でまさか日本で主演映画の話をしているとは思わなかったけれど。誇りを持って、ひたむきに忍耐強く努力することが大切で、そのモチベーションになっているのが情熱と愛だという点です。―サム・クラフリンさんとの共演はいかがでしたか? はじめてサムにあった時に、昔から友達だったかのような感覚ですんなり役にはいることができました。サム本人は愉快で、紳士的でこんなにいい共演者はいないと思いました。ロージーとアレックスの関係性を、リリーとサムで自然に演じられたと思います。―最も好きなシーンはどこでしたか? 一番を決めるのは難しいですけれど、赤ちゃんをはじめて抱いたシーンです。自分の中の母性を感じる貴重な経験でした。母親になるのが楽しみになりました。自分と母親のように、なんでも話せるフランクな親子関係に憧れます。―ロージーとアレックスと同じように友達以上恋人未満の関係性の2人にアドバイスをするとしたら? これをやったらうまくいく! という必勝法は残念ながらないけれども、自分の気持ちに素直になって、行動するということかなと思います。その結果がたとえ望んだものでなくても、それには必ず何か理由があるから。後悔しないためには自分に嘘をつかないことだと思います。―ご自身にとって、この作品は? すごく満足しています。編集段階で監督から意見を求められ、実際に私のアイデアが反映されたところもあり、とても勉強になりましたね。完成したものを見たときは、撮影に入る前や、入ってからの思い出など、たくさんの思いがこみ上げてきて、心が揺さぶられました。いつか、監督やプロデューサー、脚本にも挑戦してみたいと思います。今は、与えられるオファーを積極的に受けて、いろんなことを経験していきたいと思っています。リリー・コリンズ プロフィール1989年3月18日、イングランド生まれ。幼い頃から子役として活躍し、5歳でアメリカへ移住。記者、司会、コメンテイター、モデルなど幅広い活動を経て、2009年に『しあわせの隠れ場所』で映画デビュー。主な出演映画に『プリ―スト』『ミッシングID』『白雪姫と鏡の女王』『シャドウハンター』などがある。ファッション・アイコンとしても若い層から高い支持を得ている。父はミュージシャンのフィル・コリンズ。映画『あと1センチの恋』12月13日(土)より公開配給:ファントム・フィルム 公式サイト
2014年12月12日2011年3月の香港映画祭を皮切りに、2012年8月のインドのオシアン映画祭まで、約1年半にも及ぶ地球一周の巡回上映を経て、ついに日本に逆上陸! アメリカのニューヨーク・アジア映画祭ではオープニング作品に選ばれ、主演・山田孝之が日本人初のライジング・スター・アワードを受賞。北米最大級の映画祭であるファンタジア・フェスティバルでも長編劇映画部門 最優秀監督賞含む4部門に輝くなど、世界中のシネフィルの熱烈な支持を集めてきた、24日公開の映画『ミロクローゼ』。思想や概念を飛び越えた、型にまったくはまらない本作を手がけた石橋義正監督にインタビューを行った。■「ミロクローゼ」というタイトルにはどういう意味があるのでしょうか?この映画では恋をした相手のことを「ミロクローゼ」と呼びます。そして、それは“太陽”をイメージしています。自分自身を照らし、あらためて自分の生き方を見つめ直させてくれるものです。人は闇の中で生きていくことは簡単にできますが、日向で生きることの方が難しい。日向で生きるには、照らしてくれる太陽が必要です。その太陽を見つけるのに命をかけることがこの映画の軸になっています。■鈴木清順監督、奥田瑛二さん、原田美枝子さんの登場には驚きました。キャスティングの経緯を教えてくださいプロデューサーからの提案もあり、相談しながら決めていきました。特に原田美枝子さんは昔からのファンだったのでどうしても出演していただきたい、ということでお願いにあがりました。清順監督は台本を気に入って下さったのかどうかはわかりませんが(笑)、面白そうなことをやっているな、と思ってもらったようで、快く了承して下さいました。■演出で特にこだわったシーンはありますか?基本的には役者さんにおまかせしていました。ベッソンの笑いには微妙なニュアンスが必要だったので、ナレーション含めセリフの言い回しや間の取り方などに少し指示を出した程度です。■凝った映像が印象的ですが、撮影後の編集にはどのくらいの時間を費やしましたか?撮影後の編集には半年ほど費やしました。でも大変だったのは撮影後よりも撮影前に準備をした、遊女の写真が並ぶシーンのための写真撮影でした。300枚ほど制作するのに1年近くかかりました。■映画に登場するキャラクターを他のメディアにも展開させたいとのことですが、具体的なアイデアは?ベッソンが毎回お悩みを解決するというショート番組(ラジオでも)や、何も起こらないけどひたすら面白いキャラクターが登場するという、オブレネリの冒険物語の絵本を作りたいと思います。■この映画は海外の多くの映画祭に出品されていますが、海外のみなさんはどんな反応でしたか?最近は海外の方々もネットを通じて日本の文化をよく知っているので、案外時代劇のシーンも素直に楽しんでいただけたようです。国によっては激しすぎるくらい盛り上がって観てくれていました。■映画監督になろうと思ったきっかけを教えてください小学校3年生の時に『スター・ウォーズ』を観てすっかりハマってしまい、当時7回観に行きました。ストーリーよりもあの世界観やビジュアルや音楽が大好きだったので、何度も観て覚えて帰り、家で想像して再現してみたりしました。それがきっかけで色々なジャンルの映画をたくさん観るようになったんですが、自分で架空の世界を創造したいと、監督を志す様になりました。■映画を初めて作ったのはいつですか?高校生の時に初めて作りました。実写作品でしたが、思ったようには全然作ることができなくて・・・。大学では映画以外の創作活動を色々と体験しましたが、ずっと映画を撮りたいと思っていたので、きちんと映画の勉強をしたくて、英国王立芸術大学(RCA)との交換留学制度を利用して、映画科に入りました。テリー・ギリアムやリドリー・スコットの出身校でもありましたし、本格的な映画の勉強ができるだろうと。半年という短い期間だったし、講義も英語だったので多くを学べたわけではありませんでしたが、そのことが実際に映画を作る非常に良いきっかけとなりました。■これまでに影響を受けた監督や作品を教えてください強い影響を受けたのはスタンリー・キューブリック監督です。中でも一番好きな作品は『アイズ ワイド シャット』です。他にもブライアン・デ・パルマ監督や黒澤明監督は大好きです。画作りを重視している監督や作品が好きですね。■今後はどのような作品を撮りたいですか?今回は比較的ハチャメチャな構成の映画になりましたが、次はロマンがあって、未来と過去に思いを巡らすことができて、ビジュアル的にも見ごたえのある和物を作りたいと思います。『ミロクローゼ』 公式サイト 出演:山田孝之、マイコ、石橋杏奈、原田美枝子、奥田瑛二配給:ディーライツ・カズモ11月24日(土)シネクイントほか全国順次ロードショー(C)2012「ミロクローゼ」製作委員会
2012年11月21日韓国同時間帯視聴率No.1を獲得し、日本においても「スカパー!アワード2011大賞」受賞するなど人気を博した韓国ドラマ「ドリームハイ」。人気俳優キム・スヒョンや2PMのテギョン、ウヨン、miss Aのスジ、T-ARAのウンジョンらK-POPアイドルが出演した青春ラブストーリーが、続編となって更にパワーアップ。前作と同じキリン芸能高校を舞台に繰り広げられるラブストーリーに2AMジヌン、T-ARAのジヨン、期待の新人JB、人気若手女優カン・ソラが主演。本物のK-POPアイドルの歌とダンスパフォーマンスに加え、前作以上にキュンとする恋愛模様は必見!今回はスーパースターを目指す2人、ジヌンとJBにインタビューを行った。■歌手として活動しているのにも関わらず、今回ドラマ初出演を果たしましたね。ジヌン:ドラマの撮影スケジュールは、今までと全く違いました。歌手活動をしている時は、一カ所での撮影は短時間なのですが、ドラマは決められた場所で、同じ方たちと一緒に作り上げていく。最初は戸惑いましたが、撮影が進むに連れて馴染んでいきました。現場では必ず何かを得ることができて、“演じる”という喜びを体で感じることができました。JB:僕はジヌンさんとは反対でしたね。歌手の練習生ではありましたが、役者として先に活動して次に歌手デビューをしたのです。今でも初撮影の風景は忘れられません。すごく緊張しましたからね。かえって歌手デビューした時の方が、あまり緊張しませんでした。ドラマでは歌手である自分自身を演じたので、予行演習になったのでしょう。■日本では「ドリ-ムハイ」が好評だったので、「ドリームハイ2」にも大きな期待が寄せられています。主人公を演じることに不安はありましたか?ジヌン:もちろん不安でした。“視聴者の皆様に内容が伝わるか”“ロマンスをどう表現すればいいのか”などと考え込んでいたら、夜も眠れませんでした。しかし撮影前に監督から色々教わったり、アドバイスをいただきました。そのおかげで演じきることが出来ました。監督や脚本家、スタッフには本当に感謝しています。JB:ものすごく緊張しました。配役が決まってからは全うしたい一心で、関係者の方々にアドバイスをいただき、役作りに没頭しました。カン・ソラさんやクォン・ヘヒョさんを始めとする大勢の先輩たちに助けられて、最後まで撮影に挑むことができました。■役作りの際に一番気を使ったことは何ですか?ジヌン:僕が演じたユジンはとても明るい人物なのですが、実は心の痛みを抱えている。そのためおっとりしたイメージとは裏腹に、つらい過去を抱えている要素を醸し出さないといけません。この点を重視しました。JB:実は僕、イタズラ好きなんです。しかしドラマのJB(本人役)は、すごく神経質で威圧的な存在でした。本当の姿とは全く異なるので、素の自分が出ないように気を使いましたね。“威圧感”をどう表現するかを、監督から常に教わっていました。■お二人が演じた役柄と、ご自身に共通する点はありますか?ジヌン:明るくてのんびりした感じかな。ドラマでオーディションを行うのですが、僕は歌を歌わないでギターコードのGマイナーを弾き、適当に歌うんです。アドリブだったんですがウケましたね。ロックが好きでギターを始めたんです。初めて習ったコードが“Gマイナー”でした。当時の僕には“Gマイナー”が“チョン~ジヌン~”に聞こえたんです。ある意味、運命だと感じましたね。これをきっかけに歌手になることを決心しました。ユジンもロックにはまっていたので、より一層ロックが好きになりましたよ。JB:中盤に差し掛かったところから、役柄に共感できるようになりました。とにかく神経質な性格だったのですが、次第に親近感を持てる明るい性格に変わっていくのです。実際の僕みたいになっていったので、演じるのが楽に感じました。■ドラマに出演したことで、その後変わったことは?ジヌン:音楽に経験を活かせるようになりました。うまく起承転結を表現すること、感情を込めて歌うことを心掛けられるようになったんです。JB:少し性格が変わったようです。昔と違って慎重になりましたし、落ち着いた感じが見受けられると言われるようになりました。■JBさんは本人役を演じましたが、戸惑うことはありませんでしたか?JB:初めは動揺しっぱなしでした。名前も同じなので、本当の自分はどうなのか分からなくなる時がありました。しかし中盤に入ってからは、馴染めるようになりましたね。“JB”という名前は、本名イム・ジェボムから取ったあだ名なんです。子供の頃からそう呼ばれていたので、練習生当時に芸名を“JB”に決めました。本作品では初めは“JB”ではなかったようですよ。■思い出深いエピソードをお聞かせください。ジヌン:落第生が訓練所に送られるシーンがあるんです。軍服を着て訓練を受けました。僕とキム・ジスさん、パク・ソジュンさんの3人で、地面を這うシーンがあったのですが、その日はものすごく寒かったんです。顔をしかめながら挑んだ場面が、リアルに映し出されていましたね。ハハ。置いてあったドラム缶でサツマイモを焼いて食べたんですよ。冷え切った体が温まり生き返りましたね。忘れられない思い出になりました。JB:僕はヘソン役を演じたソラさんの家で、食事するシーンですね。この日は空腹のまま車で寝てたんです。そうしたらちょうといい具合に、次は食事シーンを撮ると言われました。監督は1回でOKを出してくれましたね。ハハ。芝居というよりも、本当におなかが空いていたから当然うまく撮れたのでしょう。満腹になるまで食べてしまいました。■歌とダンスシーンがたくさん出てきますが、一番心に残っている場面は?ジヌン:第1話でストリートライブのシーンがあったんです。エキストラの方や通行人の方も楽しんでくれるのが伝わってきたので、いつもより上手に歌えました。大好きなロックが、その場を盛り上げてくれた。映像にも反映されているでしょう。今でも当時の歓声と熱気は忘れられません。JB:僕も初めてのステージシーンですかね。グループ名は“I:dn”です。このシーンを撮るために、たくさん練習をしました。インパクトのあるパフォーマンスを披露する必要がありましたから。シウ役のパク・ソジュンさんと、ダンスの猛練習をしました。■有名PDのJ.Y.Parkさんは、「ドリームハイ」1、2に出演されて、音楽も担当なさいましたよね。ドラマ初挑戦のお二人に、どのようなアドバイスをしてくれましたか?ジヌン:“シーンとシーンの間に何があるかを考えろ”と助言してくれたことが、とても役立ちました。台本に書かれていない部分を汲み取ることができたのです。“なぜこのような言動に出るのか”などですね。JB:僕には気楽に構えろと常におっしゃっていました。本業と同じ歌手役だったので、“もし僕ならどうする?”とよく思いましたね。なるべく自然体で臨むように心掛けて、自分自身を落ち着かせたことをよく覚えています。■2人の女性を巡ってロマンスが繰り広げられますよね。カン・ソラさんとジヨンさんの演技はいかがでしたか?ジヌン:ソラさんは経験豊富な方なので、演技するにおいてすごく参考になりました。声のトーンや作品に対する姿勢、角度、感情の入れ方、セリフとセリフの感覚の取り方など、たくさんのことを学べました。JB:ジヨンさんとは年が近いので、親近感を持てました。愛嬌がある彼女は、現場の雰囲気を和ませてくれた。おかげで楽しい現場になりましたよ。■名場面を選ぶとすれば?ジヌン:ユジンは、自分がペースメーカーだという事実を知り、JBの胸ぐらをつかむシーンですね。これをきっかけにユジンが変わり、JBと対決するようになる。このターニングポイントが記憶に残っています。JB:アメリカに旅立つヘソンを一目でいいから見たくて、空港に走っていくシーンです。好きな女性を見送るしかできないもどかしさを、本当に感じることができました。■最後に日本のファンの皆様にメッセージをお願いします。ジヌン:僕らの一生懸命さが伝わってくれたらと思います。楽しいストーリーですし、所々出てくるパフォーマンスも見応えがあります。この作品をきっかけに、日本の皆様の顔なじみになりたいですね。また2AMの一員としても頑張りますので、応援してください。JB:日本でどう評価されるかが気になりますね。皆様に楽しんでいただきたいです。またウィボン役のJr.と一緒に、JJ Projectという名で歌手活動を始めました。応援よろしくお願いします。商品情報『ドリームハイ2』全16話 公式サイト DVD BOX I 9月5日発売 ¥18,375本編ディスク4枚(1話約65分×8話)+特典ディスク1枚(約60分)DVD BOX II 10月3日発売 ¥18,375本編ディスク4枚(1話約65分×8話)+特典ディスク1枚(約60分) 出演:カン・ソラ、チョン・ジヌン(2AM)、ジヨン(T-ARA)、JB、ヒョリン(SISTER)、パク・ソジュン、J.Y.Park、カヒ(AFTERSCHOOL)、クォン・ヘヒョ ほか大ヒット前作「ドリームハイ」スタンダードDVD BOX I,II発売中&ドコモの定額制動画サービスdマーケットVIDEOストアで9月15日より一挙配信開始!Licensed by KBS Media Ltd. (C)2012 KBS. All rights reserved
2012年09月02日『トワイライト』シリーズのテイラー・ロートナー主演の映画『ミッシング ID』が6月1日(金)から日本公開される前に、ロートナーのインタビュー映像が届いた。インタビュー映像本作は、平凡な17歳の高校生ネイサンが、それまでの自分の人生のすべてが“偽り”であると知り、謎の組織に追われながら、自身の出生の秘密と、その背後に潜む巨大な陰謀に立ち向かう姿を描いた作品だ。ロートナーをはじめ、シガニー・ウィーバー、アルフレッド・モリナらが出演し、『ワイルド・スピードX2』のジョン・シングルトンが監督を務めている。『トワイライト』シリーズでオオカミ族のジェイコブを演じ、瞬く間に注目を集めたロートナーが、単独主演作として選んだのは、『ボーン・アインデンティティー』のプロデューサーも名を連ねるサスペンス・アクションだ。「脚本を初めて読んだときは、まるで本のようにページをめくるのが止められなかった」というロートナーは、積極的に作品づくりに参加し、数々の危険なスタントも自ら挑戦した。「クレイジーなスタントをする機会がたくさんあったよ。野球場で大きなガラスの板の上を滑り下りたり、パルクールの技で壁から飛び降りたりした」。その度胸と身体能力の高さはシングルトン監督も高く評価しており「テイラーはこの映画で俳優として花開いた」と賛辞をおくっている。しかし、単なるアクションだけで終わらないのが本作の魅力だ。映画の冒頭で主人公ネイサンは、自分の名前や家族、環境、生い立ちのすべてが“偽り”であったと知る。彼は追われる身となりながら自身に隠された秘密を追い、同時に自分のこれまでの人生で得た絆や思い出を再確認していく。そこで描かれるのは普遍的な少年の成長ドラマだ。「この映画は素晴らしいアクション映画だけど、それだけでは終わらない。さらに深みがある。普通の高校生だった少年が最後にはたくさん経験を積んだ立派な若者になっている。彼の旅の過程を最初から最後まで見るのはとても感動的なんだ」。ロートナー演じる主人公ネイサンが、予測もつかない旅を経て、どこにたどり着くのか? そして彼の出生に隠された秘密とは? すべては劇場で明らかになる。『ミッシング ID』6月1日(金) 丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
2012年05月31日大人気SUPER JUNIORの新曲「Opera」発売を記念して、インタビューをお届け。今作「Opera」では、SUPER JUNIORの作品としては初となる、日本オリジナルのミュージック・ビデオが制作された。このことを聞いたとき、ソンミンは、「『Opera』は【SUPER SHOW4】のステージ以外で披露したことがないので、僕たちも日本語バージョンのミュージック・ビデオをすごく楽しみにしていました。日本のファンの皆さんに愛される曲になれれば」と思ったと言う。そんなミュージック・ビデオの見どころを尋ねると、「衣装やセット自体のイメージが曲のタイトルでもある、『Opera』のステージを連想させるような感じだったので、オペラ歌手になったような気分で撮影しました。振り付けも今まで【SUPER SHOW4】のステージで披露したバージョンから少しアレンジをしてるので、是非、見てみて下さい」(シウォン)とのこと。また、撮影中にはこんなこともあったとか。「2日間の撮影で、2日目の最後が個人のリップシーンでした。それで、その日一番遅く入った人が一番最後の順番になるという決まりにしたら、みんなあまりにも早く着いてしまって、スタジオでみんな寝ていました。入ったのはいつもより何時間も早かったのに、準備時間がもっとかかってしまって(笑)」(リョウク)。レコーディングについては、「“ツ”の発音が・・・まだ難しいです。。。」(イトゥク)とは言うものの、その仕上がりについてはCDを聴いて確認してみて欲しい。歌詞にちなんだ質問もしてみると、こんな回答が…<クールに☆いこうか!>というフレーズから、メンバーの中で一番誰がクールかと訊くと、「もちろん、僕でしょう!と言いたいですが。一番クールなのは、末っ子のキュヒョンじゃないかと思います。末っ子なのに、お兄さんたちに絶対負けず自分の主張を言うタイプで、話をまとめたりもするので…」(イェソン)と教えてくれた。また、<これが☆イイから>にちなんで、今、お気に入りのもは>という問いには、「東京ドームで日本語であいさつをしたくて、時間がある時にこっそり日本語のレッスンを受けています。僕のお気に入りのものは、日本語勉強時に使うノートです。いつか皆さんにお見せしたいです」(イトゥク)とのことなので、この成果はきっと東京ドームで披露してくれるはず(笑)。初の日本オリジナル楽曲となったカップリングの「Way」については、「旅立ちと絆をテーマにした歌詞なので、僕たちの絆を思い出しながら歌いました。歌詞をよく聴いてみてください。日本のファンの皆さんに早く聴いてもらいたいです~!」(リョウク)。「人との絆をテーマにした曲なので、身の回りの人との絆を思い出しながら歌いました」(ソンミン)とのこと。「Opera」のダンサブルな雰囲気から一転、こちらはミディアム・バラードで、彼らの幅広い音楽性が堪能できる曲となっている。ソンミンも言っていたが、「Opera」は彼らが今、絶賛行っているワールド・ツアー【SUPER SHOW4】で披露されている楽曲。そのツアーについて、これまで回ってきた中での思い出を聞くと、イトゥクは「大阪の京セラドームの登場シーンで、下から上がってくるシーンがありますが、会場全体が青いペンライトでいっぱいになってるのを見て、感動しちゃって…涙が出そうになって、それを抑えるので精一杯でした。本当にありがとうございます。今回の東京ドームのステージでは本当に泣いてしまうかもしれないです」と、大阪公演を観たファンにも、これから東京公演を観るファンにも、たまらないメッセージをくれた。また、本ツアーでの見どころについてシンドンが、「ステージの演出などにもメンバーのアイディアを入れたり、メンバーの参加度が今まで一番高い公演になってます。すべてがみどころ、聴きところなので、瞬きする時間以外は僕たちと一緒に全力で遊んでもらいたいです!」と言うと、目前に控えた東京ドーム公演ついては、キュヒョンが、「前回の大阪での感動が未だに残っています。皆さんからいただいた愛にお応えできるように、もっとかっこいいステージをお見せしたいと思っています。東京ドームの公演のため準備したメンバーの個人ステージにも注目していただければと思います」と言ってくれた。さらに、キュヒョンは楽しみにしていることについて、「東京ドームのステージで日本のファンのみなさんに会えることが一番の楽しみじゃないかと思います。準備したものを皆さんに見てもらえると思うとドキドキしますね」と言っていた。ちなみに…ということで、ツアーについて気になることを訊いてみた。同じ曲で、歌詞やダンスやフォーメーションが違うことがある彼等。混乱しないのか?と言うと「場合によって、一緒にステージに立つメンバーが減ったりもするので、色んなバージョンが存在します。もちろん、混乱したりもするので、ステージに上がる前に、みんなであつまって振りあわせをします」(ウニョク)と、あのパフォーマンスは努力のたまものであることを明かした。また、日本でコンサート以外で楽しみにしていることについては、「ラーメン! メンバーのみんなが牛丼とラーメンが大好きなので、日本に来るたび、牛丼とラーメンを食べてます。今回も楽しみにしています!」(ドンへ)。多忙な彼等だが、これだけは逃さずに堪能していってもらいたい(笑)。最後に、日本のファンに向け、メッセージをお願いした。「言葉はもう必要ないと思います。皆さん! 東京ドームのステージで僕たちのすべてをお見せしますので、ぜひ会場で一緒に楽しんでください~! 「Opera」の日本語バージョンも初披露するので、期待してください!」(ドンへ)。滅多に来日しない彼等にとって、12日、13日の東京ドーム公演は、日本のファンと直接触れ合える数少ない機会。CDで「Opera」を聞きながら、楽しみに待とう。・ SUPER JUNIORスペシャルサイト
2012年05月11日経済キャスターの鈴木ともみです。連載『経済キャスター・鈴木ともみが惚れた、”珠玉”の一冊』では、私が読んで”これは”と思った書籍を、著者の方へのインタビューを交えながら紹介しています。第18回の今回は、山口義正さんの『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』(講談社)を紹介します。「これは真実である。情報提供者を秘匿するため、登場人物のうち「深町」だけを仮名とし、一部の人物・固有名詞については名を伏せたが、すべて実在の人物、企業等である。日時や場所についても特段の事情がない限り、発表資料や電子メールのやり取りの記録などから可能な限り正確を期した」。今回ご紹介する『サムライと愚か者暗闘オリンパス事件』は上記のような「ことわり書き」から始まります。今やオリンパス事件と言えば、日米欧の捜査当局が大規模な動きを見せた一大経済事件として、誰もが知っている事実です。であるにもかかわらず、敢えて「ノンフィクションの書」であるという「ことわり書き」を記していることに、私は最初、疑問を抱きました。しかし、同書を読み進めるうちに、その疑問は解かれ、確かに「ノンフィクションの書である」という「ことわり書き」が必要なのだ、という思いを抱くようになっていきます。登場人物たちの個性豊かなキャラクター、事件の発端となる情報提供から次第に明かされていく東証一部上場企業・オリンパスの重大な秘密、「個人の力」が玉突き状態で結びついていき、大企業の経営者を追及していくストーリー…。それはまるで、筋書きのある小説を読んでいるかのようで、もしかして大部分が脚色なのでは? と思わずにはいられないほど起伏に富み、緊迫感に満ちているからです。実際、著者である山口義正さんご自身も、取材した際にこんなふうに語って下さっています。「わざわざ『これは真実である』と書いておかなければ、そうとは信じてもらえないと思ったんです。話の展開があまりにもジェットコースター的だからです」。ちなみに「これは真実である」という始まり方は、映画『大脱走』の冒頭部分へのオマージュという意味も込められているのだそうです。映画にも詳しい山口さん曰く、話の展開は『大脱走』というよりもむしろ『スティング』に近いとのことですが… よって、同書は紛れもなく「ノンフィクションの書」です。それを意味する「ことわり書き」を頭に入れ、そこを改めて意識しながら本書を読み進めていくと、「個人の力」を信じるようになり、心の中に「勇気の翼」が生えてきます。と同時に、私たち一人ひとりの日本人が形成する「日本社会の弱さ」も浮かび上がってきます。まずは同書のタイトル解説も記されている『あとがき』からご紹介しましょう。「正義」を心の中心の近くに置く個人の情報提供によるスクープ記事に別の個人が共鳴し、さらなる個人の連鎖によって世界を揺るがす経済事件が明るみになる。個人がつながりながら、重大な秘密を解き明かしていく様子は、まるで推理小説を読んでいるかのようです。しかも、個人一人ひとりの個性が鮮明です。まずは、その登場人物の一人である「深町」氏についてご紹介しましょう。彼は「オリンパス事件」における最初の情報提供者であり、著者である山口さんの友人(カメラ仲間)です。上記・プロローグに記されている深町氏による旅先での告白。この告白を機に、「オリンパス事件」の全貌が明かされていくことになります。深町氏からの情報提供はさらに続き、ついに、山口さんはオリンパスの取締役会資料を始めとする内部資料を手にし、巨額の損失処理について追及し始めます。その様子は、『第一章「潜行取材」のしかかる秘密の重さ』に詳細に記されていますので、ぜひ、じっくりお読みください。企業会計について、今一度整理できる内容にもなっています。さて、ストーリーの最初の登場人物である深町氏は、まさに「暗闘オリンパス事件」の出発点となる重要人物です。このような重要キャラクターは他にも次々に登場します。例えば、月刊誌『FACTA』編集主幹の阿部重夫氏。阿部氏のジャ―ナリスト魂がこのストーリーを盛りたて、厚みを増させていきます。山口さん(当時は匿名)の執筆による「FACTA」2011年8月号における「オリンパス事件」スクープ記事の掲載。ここから玉突きのような連鎖が始まります。そしてこの連鎖は、あのマイケル・ウッドフォード元社長が登場人物として加わることにより、ギアチェンジし、さらに加速化していくのです。こうしてストーリーも佳境に入ってきます。続きの話もかなりの見せ場。ウッドフォード元社長と、菊川元会長が直接対峙する場面です。舞台はランチミーティング。よくぞここまで再現できたものだと感心せずにはいられない、迫力あるシーンとなっています。まさに「サムライが挑む一騎打ち」のシーンとでも言いましょうか。私は何度も読み返しました。ぜひとも、読んでその様子をイメージしていただきたいシーンのひとつです。そして、そのやりとりから約2カ月後、ウッドフォード氏は社長職から解任されることになります。この取締役会にて解任されたウッドフォード氏は、すぐさま英国に帰国すると、フィナンシャル・タイムズやウォールストリート・ジャーナルなどの経済誌へオリンパスが抱える問題について語り、英国SFO(重大不正捜査局)へも通報。オリンパス問題は、一気に海外で急展開を見せ始め「オリンパス不正疑惑事件」へと重大化していきます。世界中の注目が集まるなか、本事件のスクープを放った山口さんのもとに、新たな人物が現れます。この人物がとても興味深い。米国人ながら肩書は僧侶。その僧侶「ミラー・和空」氏は、第四章のタイトルにおいて「怪僧」と評されているほど、個性豊かな人物です。先程触れたウッドフォード元社長と、菊川元会長が直接対峙するランチミーティングの場面を克明に再現できたのも、このミラー・和空氏からの情報提供によるものでした。「果たしてミラー・和空氏とはいったい何者なのか?」「ウッドフォード氏とはどのような関係にあるのか?」「山口さんとはどのようにして知り合ったのか?」そのあたりについては『第四章「怪僧登場」 暗闘の記録』に書かれています。とても魅力的な重要人物です。ミラー・和空氏から提供されたまさに「暗闘の記録」をもとに、紆余曲折の激闘の日々の中、山口さんの取材も、事件の追及も進んでいくことになります。そして、同書に記されている一連のストーリーには、この記事において紹介しきれない「個人」たちがまだまだ登場します。一人ひとりの「個人」が次々に連鎖していく過程、まさに「点」が「線」となり、連なっていく物語が描かれていくのです。2011年10月26日。菊川会長兼社長は退陣します。その頃、オリンパスを巡る騒ぎは一段と激しさを増し、野田佳彦首相も英フィナンシャル・タイムズでのインタビュー記事で「今回の騒動はルールに従う市場経済国として日本の評価を貶める恐れがある」と懸念を表明、海外に次いで日本政府も重大事件として認知するようになってきました。さらに、金融面でも、外資系証券会社はオリンパスの投資判断レポートの作成を停止し、金融取引を見合わせ始めます。オリンパスの格付けも引き下げられます。そして11月8日。ついにオリンパスが膝を屈する日がやってきます…。年が明けて2012年2月16日。東京地検特捜部と警視庁は、菊川元会長兼社長を始め7人を金融商品取引法違反(有価証券報告 書の虚偽記載)の容疑で逮捕します。逮捕者のなかには、野村証券OBの横尾宣政(現・被告)も含まれていました。横尾被告はオリンパス社外の人物です。詳しくは、同書の第六章『野村証券OBたち』に書かれています。ビジネス・経済・マーケット関連の書籍では、なかなか明かされない事実が記されています。個人的には、金融関係の方々にこそ、お読みいただきたい章と言えます。さて、このように「オリンパス事件」は、会社を私物化する経営者、そこに群がる闇の人物たちによってもたらされた許されざる経済事件です。と、同時に『「個人」の力こそが全うな価値の源泉なのだ』ということを教えてくれた事件だったようにも思います。その点について、スクープした記者であり同書の著者でもある山口さんに直接うかがいました。「私は、この事件を通して『個人』の力はバカにできないという認識を新たにしています。この本に登場する人物、つまり私に情報提供してくれたり、協力してくれたりした個人たちは、今でもお互いに全く面識のない人たちです。そんな個人の力が連鎖して、事件の全貌をほぼ明らかにすることができました。個人の力は世の中、社会を突き動かす原動力であり、価値の源泉なのです。日本社会では、どうしても『無事是名馬』、事なかれ主義の『和』を重んじ、自分がおとなしくしていればうまくまとまるという価値観が根づいている面があります」。「実際、オリンパスの社員も、皆おとなしく親切で、いい人の集団という社風なのだそうです。でも、組織が暴走しているなか、皆が事なかれ主義で『和』を乱すことを恐れていたら、誰も暴走を止めることはできない。私の好きな言葉に『アマは和して勝つ、プロは勝って和す』という名言がありますが、まさに、個人一人ひとりが立ち上がり、力を発揮した先に、健全で高尚な『和』が生まれるのだと思います」。健全で高尚な「和」の源泉は全うな個人の力にある。確かに山口さんのおっしゃる通り、全ての価値を形成する上での基本はそこにある気がします。さらに源泉という意味では、人の心のなかに存在する「正義」も挙げられるのではないでしょうか。その点についても伺いました。「実は、この本の本文には『正義』という言葉は全く出てこない。『あとがき』でやっと使った言葉です。正義というと、どうしても青臭く気恥ずかしく…この言葉を使うことによって、事実や主張が安っぽい伝わり方をしてしまう気もします。さらに『正義』という言葉を禁じ手としたのは、『正義』は『真理』よりも一段低いところにあると思うからです。ですので、記事や本文では敢えて使っていません。ただ、ジャーナリズムの出発点は、やはりこの『正義』からスタートしなくてはいけないのだと思います。それはジャーナリズムの世界に限らず、世の中、社会全てに言えることかもしれない」。「この本の『あとがき』で、私は夏目漱石の小説『坊ちゃん』のワンシーンを引用しています。主人公の坊ちゃんが生徒から悪戯されたとき、生徒をどう処分するかを決める職員会議で、坊ちゃんの盟友である山嵐が弁じたてるシーンです。『教育の精神は学問を授けるばかりではない、高尚な正直な、武士的な元気を鼓吹すると同時に、野卑な、暴満な悪風を掃蕩するにあると思います』。この台詞には、『サムライ』の根本、基礎要件が託されています。『サムライ的なるものは何か』をはっきりと描いた言葉であり、今の日本人に足りないものを過不足なく表現しているのだと思うのです。つまり、ウッドフォード元社長が私に手向けた言葉『サムライ』とは『高尚で正直で元気な者』を指す言葉だということです」。そもそもこの「サムライ」という言葉は、日本人ではない英国人のウッドフォ―ド氏から発せられた言葉です。今回の「オリンパス事件の解明」は、たまたま英国人のナイトが経営陣の一員であったことが、大きく影響していますが、問題が生じたらすぐに隠し、それを事なかれ主義のまま、予定調和な結末に導こうとする日本人のみの集団であったとしたら、いったいどのような結末を迎えていたのでしょうか? その点についても山口さんの見解を伺いました。「英国人であるウッドフォード元社長が経営陣にいなかったら、今回の問題は、事なかれ主義のもとに、大きな事件にもならず、うやむやにされていたかもしれません。日本人と欧米人との差は、問題があるとわかった時に、どう対応するか、その問題を隠し続けるのかどうかに表れます。実は、この本のタイトルの元になったウッドフォード元社長の問いかけ『日本人はなぜサムライとイディオットが極端に分かれてしまうのか』について、最初は私も『単純な二元論で片付けられる問題なのだろうか』と違和感を持ちました。でも、今回の『オリンパス事件』からもわかる通り、日本人はこうした二元論を避けることで、『誰に責任があるのか』『本来、どういう解決策が求められるべきだったのか』をうやむやにしてしまいがちで、そこに問題の根源があるのだとわかりました」。「結局、日本社会においては、不正を働いた旧経営陣と不正を明らかにしようとしたウッドフォード元社長が喧嘩両成敗という結果になってしまった…。私たちは、そのことに対してもっと違和感を覚えるべきだと思います。欧米であれば違った判断や処分が下されたことでしょう。この点における日本(日本人)と欧米(欧米人)との違いは決定的です。ただ、『個人』ということをベースに考えれば、私たち日本人一人ひとりの心のなかにも『サムライ』は住んでいるのだと思います。今もなお、オリンパスの不正を正したいという個人からの情報が寄せられ続けていることからも、それは確かです。一方で、密告社会化することを危惧する声もありますが、限りなく黒に近いグレーを発見した時に、グレーゾーンとして見てみないフリをするのか、膿を出し切ることで健全な成長、発展へとつなげていくために立ち上がるのかは、『サムライ』としての個人の正義感に委ねられるのだと思います。私もジャーナリストとして『サムライ』でありたいと思っています」。私自身、「サムライ」という言葉は、好きな言葉です。本書を読み、いざという時には「サムライ」として振る舞いたい、そんな勇気の翼を与えてもらえた気がしています。ただ、山口さんご自身のなかでは、もっと別の感覚をお持ちのようです。「この本は、勧善懲悪の話ではありません。『読者の皆さんも、すっきりとした読後感を感じていないのでは?』という気がしています。というのも、真実をできる限り追及しながら、あいまいな形で事件が幕引きとなってしまった…。『オリンパス事件』は日本社会・日本人を象徴する事件だと言えますが、それを完全に打ち崩すことはできなかった。その意味では、私は『敗者』かもしれません」。勧善懲悪にはならなかった…その点では「敗者」。ジャーナリスト魂は、そういう感覚と心得を持った人に根付くものなのでしょう。日本を象徴する事件「オリンパス事件」は、決して終わった事件ではなく、まだまだ続いている事件であると言えます。今回の事件では、たまたま英国人のナイト(騎士)が経営陣の一員であったことが、大きく影響していますが、問題が生じたらすぐに隠すことに注力しようとする日本人・日本社会の体質が変わらない限り、似たような事件はいくつも浮上してくることでしょう。すでに日本社会のあちらこちらに潜在している事なのかもしれません。経済事件に関心のない方でも、「個人の力とは?」「日本人とは?」「日本社会とは?」など、根本的な命題を改めて見つめ直すことのできる一冊です。映画を観ている、小説を読んでるかのごとく、共感せずにはいられないノンフィクションストーリー。まさに珠玉の一冊です。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年05月10日経済キャスターの鈴木ともみです。連載『経済キャスター・鈴木ともみが惚れた、”珠玉”の一冊』では、私が読んで”これは”と思った書籍を、著者の方へのインタビューを交えながら紹介しています。第12回の今回は、広木隆さんの『ストラテジストにさよならを~21世紀の株式投資論』(ゲーテビジネス新書)を紹介します。この連載もスタートから半年が過ぎました。多くの方々にお読みいただき、また感想なども届くようになり、嬉しい限りです。私自身もこの連載のおかげで、本屋さんへ通う回数も増え、怠けがちな性分に喝を入れてもらっています。その本屋さんで感じるのは、マネーや投資をテーマにした本棚にズラリと並んだタイトルが、ほぼ似たりよったりであるということです。そもそも株式やFXなど投資の世界で、常に勝ち続けることができる確実なハウツーなどが存在するものなのか? これは、私が日々、東京証券取引所から株式マーケットの実況中継を担当しているなかで、抱き続けてる疑問でもあります。そうしたなか、その答えのヒントをくれ、また他とは明らかに異なる斬新なタイトルの本を見つけました。それが今回ご紹介する『ストラテジストにさよならを』です。著者はマネックス証券 チーフ・ストラジストの広木隆さん。ストラテジストの方が「ストラテジストにさよならしなさい」とはどういうことなのでしょうか? まずはそこから探っていきましょう。負けない投資手法の提唱。ストラテジストである著者の広木さんはまず、「個人投資家がなぜこれまで儲からなかったのか」について第I部の第1章「20年続く下り坂の経済と株式相場」、第2章「「長期投資」の誤解」第3章「個人投資家が陥りがちな「塩づけ」の罠」において、わかりやすい具体例を用いながら解説しています。上記で引用されているゲーリー・ベルスキー氏とトーマス・ギロヴィッチ氏の共著「賢いはずのあなたが、なぜお金で失敗するのか」を始め、同書にはチャールズ・エリス氏著「敗者のゲーム」、ナシーム・ニコラス・タレブ氏著「ブラックスワン」「まぐれ」、バートン・マルキール氏著「ウォール街のランダム・ウォーク」など、数多くの海外の著者による文献の一節が紹介されています。その点も理解を深める上でのスパイスとなり、効いてきます。(ちなみに、個人投資家の皆さんから好評を得ているマネックス証券『Strategy Report』でも、広木さんは海外の文献から特筆すべきメッセージを紹介しています。株式相場と真剣に向き合いたいと考える投資家の皆さんにとっては、要チェック! のレポートです)。さらに、広木さんは「個人投資家がなぜこれまで儲からなかったのか」その理由の一つに「プロとの圧倒的な情報格差」を挙げています。同書のタイトル『ストラテジストにさよならを』と直結する第4章「頼るものがない」を読み終えた私は、胸のすくような感覚を覚えました。ご紹介しましょう。この歯に衣着せぬシャープな記述については、その真意を直接伺わないわけにいきません。広木さんに伺いました。「この仕事をしていると、個人投資家の方から批判的なコメントを寄せられたりもします。例えば「自分は一流のプロの言うことは聞く」ということを言ってくる方もいました。それで、その一流のプロとは例えば誰か? と伺えば、なんてことはない、朝の経済情報番組などに出演している方々の名前を挙げるのです。確かに彼らは視聴者・投資家の皆さんにとっては、有名人かもしれません。でも、『有名人=一流のプロ』かと言えば、そうではない。個人投資家の方から、スタッツ・インベストメントやエピック・パートナーズ、ホライゾン・アセット・インターナショナルのような、日本で実際に稼ぎ続けているヘッジファンドや、それらのファンドを運用するマネジャーの名前が出てくることはありません。なぜなら、彼らは金融危機後の今もしっかりとしたパフォーマンスを見せているプロ中のプロですが、メディアに登場することはありませんから」なるほど。目から鱗(うろこ)…。現実を直視した見解です。では、専門家とされるストラテジストやエコノミストの意見を話半分に聞くというのであれば、個人投資家の皆さんは何を頼りに投資を行えば良いのでしょうか?その点についても伺いました。「どんなものでも基本が大切です。それは投資も同じ。まずは投資の基礎、投資理論を学ぶこと。難しい理論や学術的なことではなく、基本的な理論を表層的になぞるのではなく、徹底的に、深く、根本的に理解できるまで学ぶことが大切です。こうした『サイエンス』の部分を押さえた上で、相場観やチャートなど『アート』の部分を押さえてください。私自身は、チャート分析のみでは、将来の株価を予測できないと考えています。チャートは過去の推移を検証し、他の市場や銘柄と比較するためのもので、その比較のなかで、現在の位置を確認、把握するために使います。どれだけ分析を重ねても、結局、相場は運や偶然に左右されるところが大きいのも事実です。ただ、この運や偶然は、不思議と日頃から投資理論を把握し、テクニカル分析も怠らない、そういった基礎固めを着実にしている投資家の元に降りてくるものなのです」上記の話は、詳しく同書の「第II部どうすれば儲かるのか?」第6章「投資の理論を知る」第7章「(ROE・PER・PBR)株式投資の評価尺度を学ぶ」、第8章「大局観を持つ」、第9章「正しい長期投資は『売る』ことである、第10章「分散投資とリスク・コントロール」で詳しく解説されていますので、ぜひ何度も読み返し頭に入れておくことをおすすめします。同書を読み終え、広木さんのお話を伺ううちに医師である知人の、ある言葉を思い出しました。メディアに関わる一人として、深く反省するに至った言葉でした。プロ・専門家が必要とされる世界では、どの分野においても、フェイクが存在するのかもしれません。気持ちや行動を揺さぶられずに生きるためにも、私たち一人ひとりがその本質をとらえ、本物を見極める目利きになることが不可欠な時代なのでしょう。投資術とともに、そんな人生の教訓を学ぶこともできる一冊です!【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年02月23日『TIME/タイム』より、主演ふたりのインタビューを連続でお届け。昨日のジャスティン・ティンバーレイクに続き、公開直前の本日は、大富豪シルビアを演じる、アマンダ・セイフライドに話をきいた!●『TIME/タイム』のどこに惹かれましたか?アンドリュー・ニコルが監督と脚本をつとめるということに惹かれたの。監督のように独創的なアイデアを持って、オリジナルの映画を創ることができる人は他にいないわ。監督が創りだした『TIME/タイム』の世界は現実が強調されたものなの。誰もが若さに固執していて、経済的・社会的な不平等を抱える現代社会が反映されている。私もその世界の一部になってみたいと思ったの。●あなたが演じたヒロイン、シルビアとはどんな人物ですか? シルビアは大富豪の娘で、膨大なを手にした人物なの。つまり、永遠に生きられる。仕事はしていないし、他にする事もない。本当は生きることを楽しみたいはずなのに、豪華な屋敷でギャンブルをしたり、パーティーを開いたり、とにかく退屈に生きていたの。このままじゃ生きている実感がないことを知っていてね。そんな彼女は、ウィル(ジャスティン・ティンバーレイク)と出会うことで解放されるの。を失うことを恐れ、本当に“生きている”という感覚を手に入れるのよ。●ハイヒールを履いてアクションをこなすのは大変だったのでは?楽しかったけど、とても大変だったわ。プラダやイヴ・サン・ローランのハイヒールを履いて撮影したんだけど、どれもヒールは少なくとも5インチ(約12.5cm)ぐらいあるの。撮影の2日目からジャスティンと全速力で走るシーンの撮影が始まったわ。もし彼と手をつないでいなかったら絶対にころんで顔を打っていたと思うわ。実際に脚をすりむいちゃったし。映画を観たら「どうして彼女は靴を脱いで、裸足で走らないのか?」って思うかもしれないわね(笑)。●あなたとジャスティンは息がぴったり合っていましたね。息がぴったりだったのは、互いに相手に敬意を抱いていたからだと思う。彼は才能があって、とってもクールだわ。私たちが一緒に楽しく過ごすことができたことが、スクリーンに反映されたんだと思う。一緒に息が切れるまで走ったり、痛みに耐えたり、クタクタになるようなアクションシーンをたくさん撮ったから、それも絆を深めてくれたはずよ。彼は共演者として最高の人物。彼ほどカリスマ性のある人には会ったことがないし、彼は今回が初主演作だけれど、作品を完全にコントロールしていたわ。●本作で特に気に入っているところはどこですか?シルビアとウィルがの人々からを盗んで、の人々に与えるところね。この作品のこういう部分が私はとても好きなの。シルビアはウィルと出会ったことがきっかけで、この世界の不公平に怒りを覚え、正しく改善したいと考えるようになるの。シルビアとウィルのように、ある人とある人が出会って理想を共有していくことは、素晴らしいことだと思うわ。●永遠に生きるとしたら、何をしますか?もし、本作のように百万年もがあったら誰かにあげるわ。永遠に生きるとしたら何かに感動することが難しくなるかもしれないもの。この世に限られた時間しか生きられないことが、私たちが精一杯生きる動機になっているんだと思うの。●人生最後の1日だとしたら、何をしますか?テーマパークへ行って羽を伸ばすわ。あとは、できるだけ長い時間を友達と過ごすわね。作品情報『 TIME/タイム 』すべての人間の成長が25歳でストップする近未来、世界を支配しているのは<時間>だった———。監督:アンドリュー・ニコル出演:ジャスティン・ティンバーレイク、アマンダ・セイフライド、キリアン・マーフィほか配給:20世紀フォックス映画2月17日(金)TOHOシネマズ 日劇ほか全国ロードショー!(C)2011 TWENTIETH CENTURY FOX
2012年02月17日全ての人類は25歳で成長が止まったら、あなたはどうする?!いよいよ今週末公開の映画、進化系アクション・サスペンス『TIME/タイム』より、主演ふたりのインタビューを連続でお届け。まずは、ウィルを演じるジャスティン・ティンバーレイクから。●『TIME/タイム』のどこに惹かれましたか?台本を読んですぐに、ストーリーやキャラクターに心を奪われたよ。何かの続編でも、リメイクでも、コミック原作でもない、素晴らしいオリジナル作品にワクワクしたんだ。この作品はきっと僕自身も楽しむことができるし、観客にも満足してもらえる作品になると確信して出演を決めたよ。●あなたが演じた主人公、ウィルについて聞かせて下さい。ウィルはで暮らすごく普通の若者で、毎朝目を覚ますとは残り23時間。あと1日しか生きられない生活を送っている。一体どうやって1日を過ごす?どう生き延びる?と、観客の想像をかき立てるような様々な出来事が描かれるんだ。●アクションシーンについて聞かせてください。アクションシーンの撮影は肉体的にも精神的にも大変だったけど、とても良い経験になったよ。それに、僕が子供の頃大好きだった『ランボー』、『リーサル・ウェポン』、『逃亡者』のように、登場人物のキャラクターやシチュエーションを丁寧に描くことで、よくある「アクション巨編」じゃない、観客が共感できる作品になったと思う。もちろん、高級車を猛スピードで運転しながら銃をぶっ放しても逮捕されないっていうのは、最高の気分だったけど(笑)。●本作で気に入っているところはどこですか?ウィルの活躍を通して本作の世界を体験することで、現代社会を見つめ直すことができるところだね。本作の世界は、裕福で永遠に生きることができる人たちが住むと、貧困層が住むに分かれているけれど、これは現代社会が反映されたものなんだ。そして、アンドリュー・ニコル監督がそんなテーマを、完璧なノンストップ・アクション・サスペンスとして創り上げたんだ。観たら色々と考えさせられて、語りたくなる作品だけど、観ている間は息をつく暇もないはずだよ。●撮影中の印象的だった出来事を教えてください。忘れることができない出来事はたくさんあるよ。ウィルの母親を演じたオリヴィア・ワイルドは、本当は僕より若いんだ。二人で母子を演じるのは驚きの体験だったね(笑) あと、僕は撮影が終わってしばらく経っても、ついつい自分の左腕を見るクセがついていた。ウィルを演じている間は常にを気にしなければいけなかったからね。監督がいかに完璧なビジョンを持って撮影していたかを表していると思うよ。●これから『TIME/タイム』を観る人たちに一言お願いします。『TIME/タイム』は強烈な映画で、観ているとハラハラして、そしてメッセージ性に溢れた作品だ。とにかく自分で体験して欲しいと思う。スクリーンで観る価値のある映画だよ。作品情報『 TIME/タイム 』すべての人間の成長が25歳でストップする近未来、世界を支配しているのは<時間>だった———。監督:アンドリュー・ニコル出演:ジャスティン・ティンバーレイク、アマンダ・セイフライド、キリアン・マーフィほか配給:20世紀フォックス映画2月17日(金)TOHOシネマズ 日劇ほか全国ロードショー!(C)2011 TWENTIETH CENTURY FOX
2012年02月16日経済キャスターの鈴木ともみです。連載『経済キャスター・鈴木ともみが惚れた、”珠玉”の一冊』では、私が読んで”これは”と思った書籍を、著者の方へのインタビューを交えながら紹介しています。第11回の今回は、小林照子さんの『人を美しくする魔法』(マキノ出版)を紹介します。読者の皆さまもご存知の通り、この連載は、「私が惚れた!」をテーマに良書をご紹介するコラムです。しかしながら、この「惚れた!」は、なかなかわきおこる感情ではありません。昔から私が”惚れる”基準は、「答えをくれた!」ということに在りました。男女を問わず「答えをくれる人に”惚れてしまう”」体質はずっと変わっておらず、さらに正確に言えば、「答えのヒントをくれる人」に惚れてしまうのです。なぜなら、いつ、どこで、どんなときでも、答えを出すのは自分自身であるからです。今回ご紹介する『人を美しくする魔法』は、まさに私がほしかった答えのヒントを与えてくれる一冊となりました。著者の小林照子さんと言えば、女性の方であれば「あのTV通販・ショップチャンネルで”カリスマゲスト”として登場する、上品で賢明で若々しい美容家の先生」というイメージを抱くかもしれません。一方、男性であれば「あの大手化粧品会社コーセーで初の女性取締役になった人」とか、小売・サービス業界で働いてる方であれば、「確か1時間番組で7,200万円を売り上げた人」といったイメージでしょうか。それらは確かに、どれも小林照子さんそのものです。ですが、今回の『人を美しくする魔法』を読み進めると、被写体として存在する日頃の印象とは程遠い、小林さんの本質が見えてきます。「なぜあんなにも、たおやかでしなやか、それでいて凛とした美しさを保つことができるのだろう?」。普段から思っていた疑問の答えは、小林さんの特別で貴重な経験が詰まった、人生を刻んだ同書の中にありました。まずは、34のエピソードのうち、生い立ちが記された(1)と(2)についてご紹介しましょう。小林さんは、上記の章で、こんなメッセージも託しています。また、3人の母、2人の父、合計5人の個性的で価値観の異なる親のもとで育った環境から次の2つの土台が形成されたのだそうです。一つは、「人と比べる生き方をしない」、二つ目は「自分の信念に従って生きる」。小林さんは、「信じるものは、自分の中にある」とし、おなかの中に、信じるものが『芯』のようにピンッと立っているのだそうです。その『芯』は10代後半ですでに固まっていたといいます。複雑で特別な幼少時代、その当時の経験が、小林さんの一生の礎(いしずえ)となり、その後の人生に大きな影響を及ぼしてきたのです。ただ、今の時代、小林さんのような厳しい体験をする人は、少ないかもしれません。では、乏しくも安寧な人生経験のもとに育ってきた自分たちは、夢を実現し人生を楽しむための基礎を、どうやって固めていけばいいのでしょうか? その答えは17番目のエピソードに記されていました。とても胸に響く文章でした。教師でも反面教師でも、出会う人すべてが教師である! そう思えば、毎日が学びの場になります。さらに、同書には、反面教師にまつわるエピソードも記されています。あまりに衝撃的なエピソードです。その後、小林さんは盗まれた出張旅費を2年かけてお給料のなかから天引きされ、会社に返済したそうです。普通であればこのAさんに対して、恨み、少なくとも嫌悪感は抱くはずです。しかし、小林さんはAさんに対してさえも、感謝の気持ちがあると言います。その理由とは? 小林さんに伺いました。「Aさんとの一件は、私に人生のテーマを投げかけてくれました。当時、お金がなくなった後、私は口外せず、Aさんにも伝えていませんでした。ですが、Aさんの出張の報告書には、私について「あの子はぼんやりしているから心配だ」という不自然な表記があったのです。その後、私は教育部門に異動し、何の因果かAさんを含めたスタッフに研修する立場になりました。Aさんとも何度か顔を合わせることになりましたが、もちろん、こちらもあちらも、あの時の話は一切しません。そうした中、何年かして、Aさんが退職することになりました」「その時、彼女は私の手を強く握って、涙ぐみながら「さようなら」と言ったのです。あの時のAさんの悲しそうな表情は今でもよく覚えています。ずっと後ろめたい気持ちを抱えていたのでしょう。その時にやはり、彼女が犯人だったのだと確信しました。ただ、何十年も封印してきたこのAさんとのエピソードは、『自分がどんな人間として生きていくのか』というテーマを突きつけてくれたのです。反面教師との出会い、2年間かけて返済した出張旅費も、自分の人生のテーマと向き合うための授業料だったと思えば、決して無駄ではありません。むしろ、感謝の気持ちにつながるものなのです」すごい。人はここまで強く優しくなれるものなのでしょうか? 私はその答えを小林さんに直接求めました。「人は、ただダラダラと年をとれば、いい人になれるわけではありませんよね。良心に従えるかどうか。自分で決めて自分で責任を取れるかどうか。その積み重ねがこれからの人生を大きく変えていきます。自分の『芯』は必ず自分のことを見ているものです」「さらに成長してレベルを上げていくためには、ささやかなことでも良いので、「小さな夢」を実現させていくことが大切です。いきなり大きな野望を抱いても、それは遠すぎてなかなか達成するのは難しい。でも、目の前の小さな目標や夢をひとつひとつ達成していけば、『実現癖』というものが自然についてくるものなのです。成功体験が増えれば、いつのまにか大きな夢の実現も近づいてきます。若い方々には、ぜひともその『実現癖』を意識して過ごしてもらいたいと思います」『実現癖』。目標や夢に向かう上で、とても身近でわかりやすいコツだと思います。さらに、巻末には小林さんが実践してきた「夢をかなえるコツ」「人生を楽しむためのコツ」が『人を美しくする魔法34』として標語形式でまとめられています。ぜひ何度も読み返していただきたいフレーズ集です。まるで長編の大河ドラマを観たかのような充足感と爽快感を味わうことのできる小林照子さんの人生物語。老若男女問わず、多くの方々の心に響くであろうメッセージが詰まった珠玉の一冊です!【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年02月09日