私は小学2年生の娘を持つ専業主婦。夫の兄弟姉妹やその子どもたち親族とは仲良くやっているのですが、義母だけなぜか私のことを目の敵にし、ことあるごとに嫌がらせを受けるように。それでも私だけならまだ我慢もできたのですが……。お正月に起きた出来事についてお話しします。元日早々嫌がらせこの年、私は元日から義母に嫌みを言われ続けていました。新年のあいさつが遅いだの、いつも親族の集まりで私がみすぼらしいので翌日の新年会にはもっときれいにしてこいだの、挙句には義父への態度がなれなれしいだの、とにかく文句のオンパレードです。おまけに、娘のことまで「嫁に似たせいか落ち着きがなくて発育が悪い」などとけなす始末。実の孫なのに、ひどい言いようです。挙句、「明日の新年会では、あなたやあの子の振舞いをしっかり見ているから。立場をわきまえて行動しなさいよ」とまで言われ、こちらはかなり憂うつになりました。それでも翌朝。娘にとっては祖父母やいとこたちと会える機会でもあります。私はグッと我慢をし、新年会のため義実家に向かいました。中身が空っぽのポチ袋恐れていた新年会を何とかやり過ごした私。義母とはできるだけ関わらないようにし、夕方無事に帰宅したのですが……。急に娘が泣きだしました。というのも、義母からもらったポチ袋の中身が空っぽだったのです。私は、お祖母ちゃんに拒絶されたと傷付いている娘を前に、これは反論せねばとメッセージを送りました。「お義母さん、うちの子だけお年玉がないそうですが」「他人の子にはあげないわよ」「親子そろって図々しいわね〜」「後悔しないでくださいよ」「どうして他人なんですか! この子もお義母さんの孫です。娘だけもらえなかったなんてかわいそうです」と返すと、「そんなでき損ないの不愛想な子、身内とは認めない」とまで……。しかも義母は、皆の前で同じ話を娘にしたらしいのです。これはひど過ぎます。さすがに私の我慢も限界。このまま許せるはずもない、と仕返しすることを心に決めたのです。それから数日後…「あんた、やってくれたわね」と義母からメッセージが届きました。どうやら、この寒空の下で家から追い出された様子です。「夫も娘も息子も、皆私を家に入れてくれないの! どうせあんたが何か吹き込んだんでしょ!?」と逆ギレしています。私は、夫はもちろん親戚一同が理解ある方々だと知っていました。そこで義母の大人げない言動について相談したのです。すると全員が、堂々と嫁への嫌がらせや孫への差別・暴言を続ける義母に前から嫌悪感を抱いていたのだとか。さらに義父も、散財が激しく思いやりのない義母との結婚をずっと後悔していたと吐露。結局、お正月のこの事件からひと月ほどたって2人は離婚し、義母はしぶしぶ実家へ出戻りしたそうです。一方の私たちは、義父のもとへ頻繁に顔を出すように。義父が娘を気づかってよく招いてくれるのです。義実家を嫌な思い出の残る場所にしてほしくないと言っていました。娘もお祖父ちゃんが大好き。他のいとこたちと分け隔てなく、かわいがってもらえています。--------------お嫁さんに対してだけでなく、血のつながった孫娘を全否定するこの仕打ちには、さすがに腹が立ちますね。母として娘を守るために立ち上がった結果、夫や義父、他の親族が味方になってくれてホッとしましたね。著者/ウーマンカレンダー編集室/トーク系読者からの体験談をお届けします。
2024年03月24日私はOLをしている22歳です。ある日、高校時代の友人から結婚式の招待状が届きました。高校時代の私は地味なタイプだったのですが、招待状をくれた彼女はそんな私にもとてもやさしく、当時は仲がよかったので、結婚式には参加しようと思いました。ところが、彼女は当時から心の中で私のことを見下していたようで……。 久しぶりに話したのに婚約者の自慢ばかり…?ある日、高校時代の友人から結婚式の招待状が届きました。招待状をくれたのは、高校時代に地味なタイプだった私にいつも声をかけてくれた友人です。私は自分のことのようにうれしくなり、久しぶりに彼女と連絡を取ることに。 電話をして「久しぶり! 結婚おめでとう!」と伝えると……彼女の口から出てきたのは「ありがとー! 彼って超イケメンでさ! しかも大企業に勤めてるの!」「結婚式は豪華なホテルでやるのよ! うらやましいでしょ?」と、婚約者の自慢ばかり……。こちらが返事をする間もなく、彼とのラブラブな写真や旅行で泊まったリッチなホテルの写真などを送ってくるので、戸惑ってしまいました。高校時代はこんな子ではなかったので、彼女は変わってしまったのかもしれないと思いました。 しかし、そんな中でも彼女は「今度、高校の同窓会があるから来なよ! 来てくれないと寂しいよー!」と誘ってくれて、私はうれしくなりました。彼女と久々に会って高校時代の話をしたいと思い、私は同窓会に行くことを決めたのです。 同窓会で久々に再会した彼女は別人でした彼女に誘われて高校の同窓会に参加することを決めた私。ただ、他の同級生とはあまり仲がいいわけではなく、会うのは少し緊張します。当日、私は会場に着き、唯一の友だちであった彼女を見つけてホッとしました。するとここで、予想外の展開が待っていました。 同級生のひとりが、チラッと私を見て「うそ? きれいになったね!」と声をかけてくれました。すると彼女は「きれいって言ったの!? あいかわらず地味なオーラ放ってんじゃんこいつ!」とバカにしてきたのです! 唯一の友だちであるはずの彼女からひどい言い方をされ、裏切られたショックであまりに傷ついた私は、同窓会にいても意味がないと思い、お店を出て帰ろうとしました。 すると、さっき話しかけてくれた同級生に呼び止められたのです。「あんな性格だからさ、本当はあの子、高校時代からみんなに嫌われていたんだよ」「あの子が暴言を吐いた理由はなんとなくわかるの」と教えてくれた同級生。「理由ってなに? どうして私は彼女から嫌われてるの?」と尋ねると「私からは話せないからあの子の結婚式に来てほしい! 嫌かもしれないけど絶対に来て!」と同級生は言います。 もともと彼女の結婚式には参加する予定でしたが、ついさっき彼女から暴言を吐かれて、参加する気がすっかり失せてしまっていた私。しかし、同級生から「彼女が暴言を吐いた理由は結婚式に来たらわかるから絶対に来て!」とまで言われると、再考の余地はあります。そこで、結婚式への参列は断ることにして、彼女が式を挙げる結婚式場の前まで行くことにしました。 式場に呼ばれた理由とは?こうして、結婚式には参列しないものの、式場に足を運ぶことにした私。式場の前に着いて同級生に連絡すると、参列者を出迎えている最中だった彼女と結婚相手を連れてきてくれました。 私を見るなり、彼女は勝ち誇った顔で「知人の結婚式は出会いの場でもあるのに、あいかわらず地味な格好ね!」「そんなんだから彼氏もできないのよー!」と、またしても私をバカにしてきます。私は「欠席」で招待状を返したはずです。参列者ではないのはわかっているはずなのですが……。 さらに彼女は、通りすがりの人に「あ! そこのお兄さん! そこのお兄さんも! 誰でもいいから誰かこの地味女もらってあげてー!」と笑いながら声をかけたのです。私は恥ずかしいやら頭にくるやらで、立っているのもやっとでした。するとそのとき、近くに1台の高級車が停まりました。 車から降りてきたのは、端正な顔立ちをした男性。なんとなくどこかで見たことがあるような……。しかし、私にはどうにも思い出せません。すると、彼女は「先輩! 結婚式に来てくれたのね!」とうれしそうに男性に駆け寄ります。 しかし、その男性は彼女には振り向きもせず、私の前でひざまずいて「お迎えに上がりました。ずっと好きでした」と言うではありませんか! 私は事態が飲み込めず、大混乱してしまいました。 婚約者があきれて結婚式は中止に整理するとーーその男性は、高校時代に彼女がフラれたと言っていた先輩でした。どうやら彼女がフラれた理由は、当時の先輩が私に好意を寄せてくれていたからのようです。さらに先輩はその後もずっと私のことを好きでいてくれたようで……。 つまり、今まで散々彼女がけなしてきたのは、私への妬みひがみが理由だったようです。 「先輩! こんな地味女のどこがいいわけ!?」とまくしたてる彼女の肩をガッと掴んだのは、隣でずっと様子を見ていた結婚相手の男性でした。 結婚相手は「そんなにあの男性がいいなら結婚式は中止にするから好きにしろ!」と言い放ちます。中止と聞いて焦ったのか「あの、そういうわけじゃなくて……」と言い訳する彼女でしたが、結婚相手は聞き入れてくれません。彼女は参列者に謝りながらご祝儀を返し、結婚式はそのまま中止となりました。 私が知っているのはここまで。そのあと彼女がどうなったのかはわかりません。 一方の私はというと、先輩のことはうろ覚えだったので、急に告白されても付き合うことなんて考えられず、お友だちの関係から始めることに。話してみると先輩はとても一途で、まっすぐないい人でした。仕事熱心で尊敬できる人とわかり、しばらくして先輩とお付き合いを始めることに。 あのときは最悪な気持ちで式場に向かいましたが、今では私を式場に呼んでくれた同級生にはとても感謝しています。その友人とは今でもとっても仲よしです! ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月24日はやりのものは選ばず、ファッションに保守的な私。そのため、いつも同じようなコーディネートになってしまいます。そんな私のファッションの悩みに関する体験談です。着回し可&目を引かないものをセレクト私は服を選ぶときには、まず第一に奇抜ではないことを重視しています。前もってファッション雑誌などを見て、着回しができそうなもの、かつ変に目を引かないようなデザインや色のものを選んでいます。今年だけのはやりで、おそらく来年は着られないであろうというものは選びません。モノトーンやベージュ系ばかりに無難なものばかり選んでしまうので、気付くとクローゼットの中のものがモノトーンやベージュ系の色であふれてしまっています。モノトーンやベージュだと色みがなく暗いコーディネートになってしまうので、差し色で多少の明るさは出しようにはしています。ですが、どうしても毎回似たようなコーディネートになりがちです。周りの人からは、私がいつも「同じ服」を着ていると思われるのではないかと、心配になることがあります。マネキン全身コーデを買うことも私はファッションセンスもなく、コーディネートに変化を出すこともなかなかできません。でも、いつも同じ服を着ていると思われないようにはしたいもの。そのため、おしゃれ対策として時折アパレルのお店でマネキンの全身コーディネートをそのまま買うこともあります。まとめ私はファッションの冒険ができないため、いつも似たり寄ったりなコーディネートになりがちです。あまりに見た目に変化がないので、マネキンの全身コーデの購入に加えて、今はたとえ一過性の流行のものでも価格の安い服を選んで頑張っておしゃれをしてみようと思っています。(40代女性)※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。著者/ウーマンカレンダー編集室40歳を過ぎて心と体の変化に戸惑い、悩むオトナ女子を応援するメディア「ウーマンカレンダー」の編集室です。オトナ女子がおこなっているコスパ良し!時短!ズボラでもできる!リアルなアンチエイジング情報をお届け。医師解説の記事も満載!
2024年03月23日第1子を出産した後、周りのママさんたちに比べて、余裕がなかった私…。そんな私を見て、院長が放ったひと言がとても衝撃的でした。ボロボロで余裕のない産後の私に、院長がまさかのひと言!第一子を産んだときのことです。 産院で同じ時期に産んだ方たちはベテランママさんばかり。産後すぐでも、とても余裕があるように見えました。それにひきかえ私は、母乳を与えるのも寝かしつけも時間がかかってしまう上、せっかく休める時間になっても今度は目が冴えてしまって休めない、という感じで余裕がありませんでした。 ある日のこと。私は、ごはんを食べていても赤ちゃんが泣いていると気になって抱っこしてしまい、この日のせっかくのご馳走も冷めてしまっていました。 そんな時、私の元に院長が回診に。そして、私の様子を見るなり、 「ゆっくり食べなさい、赤ちゃんは少しくらい泣かせても大丈夫! 赤ちゃんの泣き声はクラシック。かわいい声を聞きながら、ママは栄養をとってね」 と言ったのです! 私は、赤ちゃんを泣かして放っておく=母親失格だと思っていたので、いい意味で衝撃的で、この言葉には後々まで本当に救われました。 クラシックとはいえ、家に戻ると「やっぱりご近所迷惑じゃないか」など気になることは多々ありました。でも、わが子が成長し、今度はご近所さんから、赤ちゃんのかわいい泣き声が聞こえるようになると、私は懐かしくて「クラシックのようにかわいい声だな」と思うようになりました。人それぞれかもしれませんが、私は、赤ちゃんの一生懸命な泣き声って、やっぱりかわいいと思います。 作画/加藤みちか著者:いとうしおり
2024年03月22日■これまでのあらすじ千鶴は仲の良い4人組のママ友の中で、真紀だけには少し苦手意識がある。自然とママ友が集まると始まる「夫の愚痴大会」でも、冷かな感じで黙っている真紀。それだけならいいのだが、なせか千鶴だけに向かって、「夫が悪いのではなく妻のせいだ」と指摘してきて…。真紀さんに「旦那さんがかわいそうだよ」と笑顔で言われてしまいました…。もしかして、私、マウント取られてる? それとも、単純にアドバイスとして言ってくれているだけ?気のせいではなく、明らかに真紀さんは私にだけキツいことを言ってきます。嫌われているのかなと心配になったりもしますが、気にしすぎてママ友関係がぎこちなくなるのもよくないですよね。いろんな人がいると自分に言い聞かせて、やり過ごそうと思っていたのですが…。次回に続く(全12話)毎日更新!※この漫画は実話を元に編集しています
2024年03月22日5年前、社長の息子である夫と離婚した私。離婚の原因は夫の浮気でした。離婚からしばらく経って、私は今の夫と再婚。元夫を略奪した女性は、私の現在の夫が建設会社勤務であることを知るとマウントを取ってきて……?離婚から5年経ったある日、元夫を略奪した女性から私のもとに連絡が。「私たちのその後を心配してるかと思いまして!」と言って、幸せ自慢をしたいだけの彼女。記念日にお祝いされただとか、元夫が順調に出世して年収も上がっているだとか……。「幸せすぎて怖いくらいです」と語る彼女に、「私もそれなりに幸せですのでお気になさらず」と言うと、なぜか驚いて……? それなりの幸せ「もしかして再婚とかしたんですか~?」と聞いてきた彼女。別にマウントを取り返すつもりはないので、「職場の方と素敵なご縁がありまして、昨年再婚させていただきました」とだけ答えました。 すると、「えっ……でも職場って普通の会社員でしたよね?彼から安月給の会社だって聞いてますよ~」とあからさまに見下した態度をとってきた彼女。「私なら絶対無理ー、ありえなーい」と言ってあざ笑ったのです。 いきなり連絡してきて、自慢話だけならまだしも、私の夫を馬鹿にするなんて……!どういう神経をしているのだろうと私は耳を疑いました……。 数時間後――。 今度は元義母から連絡が来ました。どうやら彼女から私が再婚したことを聞いたそう。 「うちの馬鹿息子たちのせいであなたにはたくさんのご迷惑をおかけして……」「娘みたいな存在のあなたが再婚しただなんてうれしくて、どうか結婚祝いを贈らせてほしくて連絡したの」と義母。 「お気持ちだけで十分ですよ!」と言いながらも、相変わらずやさしく接してくれる元義母の言葉になんだかじーんとしてきてしまいました。離婚するときも元義母は私の味方になってくれましたし、本当に頭が上がりません。 一通り話を終えた後、元義母は「実はね……」と声をひそめて話し始めました。「私なりに努力したけど、新しいお嫁さんはどうやっても娘のように思えないのよ」と元義母。 結婚を機に同居をはじめた元義両親と元夫たち。あの女性は家のことは一切何もせず、元夫のお金で浪費ばかりしていると元義母はこぼしました。ただでさえ外聞の悪い結婚だというのに、元夫の仕事にガンガン口を挟み、取引先のパーティーでも自分が一番目立たないと拗ねてしまうそうで、周囲からの評判も悪いと言います。 ちなみに、元義父はいまだに海外を飛び回っているそう。厳しい元義父の目がないことをいいことに、元夫は私と別れ、例の女性と再婚したのです。 「でもね、今月末には帰ってくるの」「きっと馬鹿息子たちにガツンと言ってくれるはずよ」と心なしかうれしそうな声の義母。 「そういえば、お祝いなんだけど……久々に会いたいし、私たち夫婦とおいしい食事に行かない?」と誘ってくれた義母に、私は二つ返事でうなずいたのでした。 一瞬で砕け散った夢物語数週間後――。 あれからたびたび私に自慢話をするためだけに連絡をしてきた例の女性。今日もまた電話がかかってきました……。 「ついに、彼のお父さんが帰ってきたの!」「帰国は社長引退の目途が立ったからだって言われてるから……ついに彼がまたまた出世しちゃうんだよね~!」「まだ社長就任には早いから、役員に昇進かな?って。年収は3,000万ぐらいになるのよー!」と自慢話が止まらない彼女。 「年収3,000万の旦那ゴチでーすw」「これで社長夫人の夢にまた一歩近づいたわ!」「あんたの旦那無職だけどね」「え?」 浮かれすぎていてもう見ていられません。私は真実を彼女に告げることに決めました。 実は、元義父の帰国直後に、元義両親に会いに行っていた私。晩御飯を食べながら、義父は「離婚のときは守れなくて申し訳なかった」と私に謝り、「あの馬鹿息子の解雇を告げるために帰ってきたんだ」と話していたのです。 社長である元義父は、海外視察に全力を注いでいる間は他の役員に、息子、つまり元夫の処分を任せていたそう。しかし、帰国した暁には即解雇する、と周囲にも宣言していたようです。 帰国の目途が経ったのも、海外視察中に次期社長にふさわしい人材を見つけたから。その人を副社長に据えて、これから育成していくそうです。今度、大々的に副社長就任式も行うそう。 「息子だからって理由で社長になれるほど経営は甘くないぞ」という元義父の言葉を伝えると、彼女は「嘘でしょ!じゃあ私の社長夫人の夢はどうなるのよ!」と悲鳴を上げたのでした。 懲りない略奪女その後、元義父は本当に実の息子である元夫に解雇を告げたそう。それを知った例の女性は、「孫が産まれても会わせませんよ!」と元義両親を脅したそうです。もちろん、元義両親はそんな脅しに屈するわけはないのですが……。 愚痴る相手が私しかいないのか、彼女はまた私に連絡を取ってくるように。「今は無職でもあんたたち負け組夫婦よりはいい生活してるもん」「あんたの旦那なんててせいぜい年収200万程度でしょ、すぐに追い越してやるわ」と、マウントを取って自分を保とうとしている彼女に、さすがの私も辟易。 「いや、私の夫は年収1,000万以上もらってるけど」 私と夫が働く会社は社員の資格取得を積極的に支援。夫は努力家で、仕事で疲れているのに猛勉強して、資格を多数取得しました。たしかに全体的に給与が低めの会社ではありますが、夫は会社の中でも一目置かれる存在なのです。 社長息子という肩書にあぐらをかいていた、どこかの元夫とは全然違うのです。 その後――。 元夫は転職し、例の女性も生活のためにパートを始めたそうですが、それでも年収は以前の半分以下。相当苦労しているようです。 一方、元義両親は時々私たち夫婦を食事に誘ってくれるようになりました。夫にとっても元義父の話がいい刺激になっているようで、さらなる資格取得に向けて猛勉強を続けています。元義母が元義父を支えてきたように、私も夫を支えられる、そんな存在になりたいです。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月21日「私たち合わないのかな…」落ち込まないで!彼との相性を判断するポイント3つ彼のことが好きなのに、なぜかLINEが盛り上がらない、会話が続かないという経験をしたことがある女性は多いのではないでしょうか?そんなとき「もしかして、私たち、相性が悪いのかな?」と落ち込んでしまうこともあるでしょう。今回は、彼との相性を判断するための3つのポイントを紹介します。話題が豊富かLINEや会話が盛り上がらない原因は、共有できる話題が少ないせいかもしれません。互いの好きなものや興味のあるものについて話し合えると、理解が深まりますよね。彼の好きなものや興味のあるものを探って、その話題をふってみましょう。お互いが楽しめる話題がたくさん出てきたら、彼との相性はよいかもしれません。一緒にすごす時間が心地よいか知り合ってすぐのころは緊張することも多く、何を話すべきか悩んでしまうこともあるでしょう。しかし、彼が本当に好きなら、ただ一緒にいるだけでも幸せな気分になれますよね。互いに一緒にすごす時間が心地よいなら、相性は悪くないかもしれません。少しずつ理解を深め、よい距離感をつかんでいけるとよいでしょう。互いに気遣えるか会話が続かないからといって、必ずしも相性が悪いわけではありません。相手に気を遣いすぎて自然体で話すことができない場合もあるでしょう。まだ関係性が深まっていないならなおさらです。それでも、彼があなたを気遣っている様子があるなら、これから距離を縮めていけるかもしれません。相手が答えやすそうな質問をするなど、互いに気遣い、理解を深めていけるといいですね。少しずつ距離を縮めて会話が盛り上がらないからといって、相性が悪いとはかぎりません。少しずつお互いの理解を深め、距離を縮めていってはいかがでしょうか。(愛カツ編集部)
2024年03月21日あれは前職、土日祝日勤務ありの会社にいたときのことでした。私は当時独身。同僚には、私と同い年で、2人の保育園児を持つママがいました。この同僚の言動を見て、学んだことを紹介します。土日祝日出勤を拒否する同僚2児のママの同僚は家族との時間を優先したいからという理由で、いつも休日出勤を拒否。そして独身の私に、「いつも楽しそうでいいな。(独身だから)自分の時間があっていいな」とかうらやむようなことを言ってきたり、「早く結婚して子どもを生んだほうがいいよ」とアドバイスするようなことを言ってきたりしていました。同僚に耐えられなくなり退職を決意最初は私もそんな同僚に対して、「育児は大変だから、休日出勤できなくても仕方ない」と思い、同僚に代わって休日出勤を引き受けていました。ですが、その同僚から私が独身であることについてデリカシーのない言葉を度々言われ、耐えられなくなって退職を決意。休日出勤のない会社に転職しました。同僚は自分のことしか見えていない私が退職する際、同僚は「人員不足になる。休日出勤はどうすればいいの?」と泣いていたそうです。同僚は時短勤務とはいえ、正社員です。ママだから休日出勤しなくてよいということはなく、正社員は皆同じように給料の分働くのは当然のことだと思います。また、同僚は遅刻や欠勤を繰り返しながらも、「ボーナスが満額じゃない」と総務部に突撃してクレームをつけたそうです。その言動を聞くと、同僚は自分のことしか見えてない人なんだなと思いました。まとめ私は、子育てをしている人をおとしめるつもりはありません。子どものありなしにかかわらず、仕事をする際は相手へのちょっとした気づかいが大事だと思っています。私も今はママになりましたが、元同僚のような「ママだから優遇されて当たり前」という人にならないよう、気を付けたいです。(40代女性)※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。イラスト/まげよ著者/ウーマンカレンダー編集室40歳を過ぎて心と体の変化に戸惑い、悩むオトナ女子を応援するメディア「ウーマンカレンダー」の編集室です。オトナ女子がおこなっているコスパ良し!時短!ズボラでもできる!リアルなアンチエイジング情報をお届け。医師解説の記事も満載!
2024年03月19日夫は子育てに積極的ではなく、ほとんど私がやっていました。そんな夫ですが、外出先やSNS上ではイクメンを演じます。ある日、私の育児を見ていた夫がその様子をSNSに投稿して……。 予想外の反応が返ってきて…息子が1歳になったばかりのころ。夫は外出先とSNS上ではイクメンを演じ、家では育児をまったくしませんでした。ある日、外食をしたとき。食事が終わった息子の口を拭こうとしましたが、ウェットシートを切らしていました。仕方ないので、赤ちゃん用のおしりふきで拭くことに。 その日の夜、夫のSNSの投稿を見ると「うちのはおしりふきで息子の顔面を拭いてる!信じられん!汚いな!」と書かれていました。まさかの投稿にイライラした私は、友人に電話で愚痴り……。後日、SNSをみるとおしりふきの投稿が削除されていました。 共通の友人から聞いたのですが、夫の投稿に非難コメントが押し寄せたらしいのです。「育児してるの?」「代用はできると思う。知らなさすぎでは!?」といったメッセージもあったらしく、その話を聞いた私はスッキリ。知らないところで痛い目に合った夫は、家でも育児をするようになりました。 ◇ ◇ ◇ おしりふきは災害時、入浴できないときとにも使えると注目されています。“いざ”というときのために備えておきたいですね。 イラスト/シュー子著者:黒井瑞樹
2024年03月18日2歳になる息子のことが大好きでたまらない私の父。ある日私が日帰りで手術を受けることになり、手術当日は父に息子を預けることに。そして手術後に迎えにきてほしいとも頼んだのですが、まさかの反応をされて……? 孫が好きすぎる父…父は私が何か手伝ってほしいとお願いしたとき、「今、孫くんと遊んでいるから」「孫くんが離れたらダメって言っているから」といつでも孫ファーストでとても困っていました。そんなある日、日帰り手術を受けることになった私。手術日は夫が仕事のため、前日の夜から息子を実家の父に見てもらうことに。さらに、手術後にひとりで家に帰るのが難しいと考えた私は、「当日は病院に迎えに来てもらえないかな」と父にお願いします。しかし、父は「その時間は、孫くんのおやつの時間かもしれないしな〜。無理かもな〜」と言って断るのでした。確かにそうかもしれないけれど、手術をする私にもっと気を使ってくれても良いじゃん……と私がモヤモヤしていると、たまたま同じ日に実家を訪れていた弟が、「父さんいい加減にしろよ。姉ちゃんは手術をするんだよ。孫のおやつとか細かいことより、娘の体調優先で行動してあげてよ」とひと言! 父は孫中心になりすぎていたことに気づき、「孫くんがかわいくて周りを見てなかったな……申し訳ない」と言い、私の手術後は病院まで迎えにきてくれました。愛は盲目と言いますが、ここまで孫ファーストになるのは困ります。しかし、いつも面倒を見てくれる父には感謝をしているため、これからは、度がすぎているときははっきりと注意をしつつ、感謝の気持ちも伝えいこうと思った出来事です。 作画/Pappayappa著者:木村メイ
2024年03月17日私は現在2児の母親ですが、実は私の実母が毒親で、機能不全家族のもとで育ちました。3歳のころからしつけと称して暴力や過干渉などを受けてきました。自分が実際に母親となり、どのような過酷な環境で育ったかを考えることがあり、そのたびに胸が締めつけられます。今回はそんな実母のもとで育った私が、出産時に里帰りしたのか、しなかったのか? どのような選択をしたのかお話しいたします。 里帰りするべきとアドバイスを受けたが…妊娠週数が進むにつれて、出産後は里帰りするべきか悩みました。ごく親しい友人たちには私の両親の話などを打ち明けていましたが、「たとえ毒親でも、親がいるだけで助かるものだよ。産後は想像以上にしんどいから、せめて1カ月でも里帰りするべき」とアドバイスを受けたのです。 たしかにその友人たちは実際に出産を経験していたので、説得力がありました。けれども果たして本当にそれが自分にとってベストなのか悩みました。 里帰りはせず、産後直後からワンオペ育児結局自分が出した結論は、「里帰り出産はしない」という固い決意でした。なぜそのような選択をしたのかというと、妊娠後期から実母と電話で連絡を取ることがあったのですが、そのたびに大喧嘩をして私自身が高血圧となり、病院から降圧剤を処方されるなど体調面で危機を感じたからです。 実母といえど、私とはまた違った個性のある人間です。お互いわかり合えないのなら、もうひとりで乗り越えるしかないと腹をくくりました。 結果的には、友人たちのアドバイスは聞き入れなかったことになりますが、私は里帰りしないという選択で本当によかったと感じています。出産後は大変だけれど、合わない実母と過ごすストレスがないので快適でした。もちろん、2人目も里帰りはせずに出産直後からワンオペ育児でした。最終的には人の意見に頼らず自分自身で決断できたのが功を奏したと思っています。 イラストレーター/まっふ監修/助産師 松田玲子著者:山本加奈子2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2024年03月17日私は結婚出産を機に退職し、専業主婦になりました。母に子育てのサポートをしてもらうため毎日過ごすようになったのですが、私の心境が少しずつ変化していって……。実家近くに引っ越しして母と毎日一緒に産後は、母に子どものお世話のサポートをお願いしたくて、実家近くの賃貸マンションに引っ越し。最初の1カ月は実家でお世話になりました。母は、私と子どものお世話を喜んでしてくれました。私は母を何でも相談できる存在としてとても頼りにしていたのです。家が近いこともあり、土日以外、日中は毎日母と一緒に過ごしていました。母と一緒ではなく子どもとだけ一緒にいたいけれど母と毎日会うことによって次第に話す内容もなくなり、することもなくなってました。そして、子どもに関する母の何げないひと言にもイラっと感じるように。そのため、私は母と一緒ではなく、子どもとだけ一緒にいたいと思い始めてしまったのです。ただ私は専業主婦で家にずっといるため、母に「今日はちょっと会いたくない」とも言えません。そんなことを言ったら、母を傷つけたり険悪な空気になったりするのも嫌だとも思いました。働き始めたことを理由にしてそこで、家でも少しずつできるような在宅ワークをしようと思い立ちました。今はパソコンの勉強をしながら、生活費の足しのために少しずつですが働いています。働き始めたことを理由にして、母と毎日会うのはやめました。私が「仕事をしたいから」と言うと、母は納得してくれました。まとめ今回のことで、実家は近すぎても良くなく程良い距離で、実母とも程良い距離感を保ったほうが良いと思いました。そのほうが久しぶりに会ったときの会話が弾みます。今までたくさん甘えさせてくれた母には、とても感謝しています。母と毎日会わないようにするため働き始めましたが、いつまでも母に甘えてばかりではいけないと思ったのもあります。働く決心がついたのはよかったと思っています。(30代女性)※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。イラスト/さくら著者/ウーマンカレンダー編集室40歳を過ぎて心と体の変化に戸惑い、悩むオトナ女子を応援するメディア「ウーマンカレンダー」の編集室です。オトナ女子がおこなっているコスパ良し!時短!ズボラでもできる!リアルなアンチエイジング情報をお届け。医師解説の記事も満載!
2024年03月17日一卵性双生児で生まれた私と妹。私が結婚して1年も経たないうちに、妹が私の夫を略奪。しかし、専業主婦希望の妹が思っていたような結婚生活は送れなかったようで……?かわいげがないと言われる私に対し、妹はいつも女子力全開。その愛嬌を使って、昔から妹は私の彼氏を奪ってきました。「同じ見た目だったら、男は私を選ぶに決まっているよね」という妹。しかし、夫を奪われた今回ばかりは許せません……。 妹の言い分「あんた1人だけが幸せそうな顔してるのって腹立つんだよねー」「私より良い大学行って、私より良いとこ就職して、私より先に結婚とか……マジ何様?」と妹。 妹は高卒で彼氏の家を転々としているだけで、安定とは無縁の生活。だからって、何も私の相手を奪わなくても……。 「実は、結婚式前からの関係なんだよね」と、またも衝撃的な発言をした妹。妹によると、両家顔合わせで会った時から私の夫を狙っていたとのこと。私の格好を真似て夫の会社の前で待ち伏せしたそう。妹を私だと勘違いした夫は、そのまま妹とごはんへ。そこで妹がネタばらしをして、そこからずるずると関係を続けていたそうです。 「あんたが出張でいない日とか、あんたたちの家に遊びに行ってたし」「これであんたは彼と離婚して、私は念願の安定した専業主婦!」とうれしそうに語る妹。「後悔しても知らないからね」という私の言葉を負け惜しみと取ったのか、「後悔してんのはそっちでしょ。早く離婚届出しに行ってね♡」とまで言われました。 数時間後――。 帰宅した夫を問いただすと、やはり真っ黒。私の「本当のことを教えてくれたら、浮気されてたことに対しての慰謝料はあなたには請求しない」という言葉を聞いて、「ラッキー!新車買ってローンもあったし、金なくなるの困るって思ってたんだわ」とようやく話してくれたのです。私に情があったから離婚しなかったわけではなく、お金の問題で躊躇してただけだったとは、呆れるばかりです……。 「お前、かわいげないじゃん」「妹の方が本命だし、どっちかっていうとお前と一緒にいることの方が浮気、みたいな?」と語る夫に、妹と再婚するのか、結婚前から付き合っているのか、私の不在時に妹を家に招いていたのか、と尋ねました。答えは「YES」でした。 再構築は無理だと判断した私は、その日のうちに離婚届にサイン。そして自分のものをひとつ残らず持ってその家を後にしました。 思ってたのと違う3ヵ月後――。 結局、あの2人はすぐに入籍。さぞかし幸せに暮らしているんだろうな、と思っていた矢先、妹から「離婚しようと思って!」ととんでもない連絡が! 念のため「まだ離婚はしてないのよね?」と聞くと、「うん、まだしてないけど、なんか違うなーって思っちゃったから離婚しようと思ってるんだよね」と妹。 思ったよりも元夫の稼ぎがないことに驚いたらしい妹。家事は全部丸投げされ、お小遣いは月1万円といわれて、妹は離婚の決心を固めたそうです。 続けて、「私、実家に帰ろうと思ってる!」とまたもとんでも発言。 「パパもママもカンカンなのはわかってる!でも、娘はやっぱりかわいいもんじゃん?」「お金ないし?住むとこないし?仕事もしてないし?衣食住そろってるのが実家だから実家に帰るの!」 働いて一人暮らしをしようという発想は、妹にはないようです……。それに、妹は私が実家に戻ったと勘違いしているようですが……。 「あんたの夫と略奪婚したのに3ヵ月で離婚だけどw」「実家に出戻って水に流してあげるから許してね!w」「は?実家なんてもうないよ」「え?」 実は、再開発の関係で、先月実家のある土地を売ってしまった両親。なかなかな値段で持ちかけられたらしく、2人ともほくほくしていました。そのお金をもとに、両親は新しいマンションを買い、そこを終の棲家にするとのことでした。 「なんで教えてくれなかったのよ!」「マンションはどこなの!?私も行く!」と息巻く妹。しかし、私は両親の居場所を教えるつもりもありませんし、両親自身も妹に言うつもりはないでしょう。 修羅場は続くさらに、妹は元夫の車のローンを知らなかったそう。元夫は車が唯一の趣味で、大学生の時に買ったスポーツカーのローンをやっと払い終えたばかり。離婚する時に新車を買ったと言っていましたから、車を停める車庫代も含めると毎月の支出はかなりの額になっているのでしょう。妹が月1万円しかもらえないのも、無理はありません。 「あ、そうそう。そろそろあなたには浮気の慰謝料を請求するから」「覚悟決めて働きに出たら?」と言うと、妹は悲鳴を上げて電話をガチャ切りしたのでした。 その後――。 妹が元夫のスポーツカーの場所を突き止めて売ろうとしたり、元夫がまた別の女の子に手を出したことが発覚したり……妹夫婦の生活は荒れに荒れている様子。似た者同士で、お似合いの夫婦です。 私は自分の稼ぎで一人暮らしを続けています。しばらく恋愛はいいかな……と考えていましたが、最近気になる人ができたので、頑張ってアプローチしていこうと思っています。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月16日夫からは「旦那様を敬え!」と言われ、姑からは「嫁としての自覚がない」と怒られ続けていた私。家事も育児も、そして仕事もがんばっているのに……。さらに、夫は「不出来な嫁をいつでも捨てられるように」と離婚届をもらってきて私にサインさせました。「毎日これを見て気を引き締めろ」と、記入済みの離婚届は冷蔵庫に貼られたのです。離婚を脅しに使う夫に、疲れ果てていた私。しかも、急に訪れた義母に、その離婚届を見られてしまったのです……。 姑は夫の味方「強気でちゃんと嫁を躾けていこうとするなんて、私の息子は立派だわ~!」と夫を褒めちぎる義母。そして、「いいこと思いついちゃった♪」ととんでもないことを言い出したのです。 「この離婚届、私が預かってあげるわ!」「息子が『出してこい』って言うまでちゃーんと保管しておくからね?」「あ、でも最近歳のせいか、うっかりミスも多くて……。間違って出しちゃったらごめんなさいね~」 私が止める間もなく、義母は冷蔵庫から離婚届を引っぺがし、自分のカバンの中に入れてしまいました。ぽかんとする私に、義母はいつまでもニヤニヤ笑いかけてくるのでした。 数時間後――。 保育園から「子どもが熱を出した」と連絡があり、迎えに行ったその足で病院へ連れて行った私。今は点滴が終わるのを待っているところです。 「おい、旦那様のお帰りだぞ」「メシはないのか」と夫からの連絡。病院へ行くと連絡したときに、冷蔵庫の中に作り置きのおかずがあるとあわせて伝えたはずなのですが……。 「今日はラーメンの気分なんだ」「こってり味噌味がいいな、早く帰って来てメシを作れ!」と夫。ワガママ三昧の夫に呆れるばかりです……。 「家事も子育ても仕事も両立させている母親はこの世にごまんといるってのに、お前は本当に嫁として使えないな」と、相変わらず私を見下している夫。虫の居所が悪いのか、私が何を言っても「出来損ないの嫁は黙ってろ!」と聞く耳を持ちません。 挙句の果てに、「あーあ、また母さんに『早く離婚したい』って愚痴ってくるかな」と言い出したのです。またも離婚を脅しに使ってくる夫に、私は本当に呆れ果てて言葉が出ませんでした。 離婚ならとっくにしてますが?1年後――。 仕事で新規プロジェクトのリーダーに抜擢された私。残業が続くことがわかっていたので、あらかじめ子どもは延長保育を頼み、冷蔵庫には作り置きのおかずを用意して、なんとか回していました。 しかし、それに納得がいかないのが夫。「旦那様に作り置きなんて、手抜きのおかずを食べさせるのか」「私は仕事できますアピールでもしたいんだろうけど、たかが嫁のくせに調子に乗るなよ」と対面でもメッセージでもぐちぐち言ってきます。 「早く帰って俺のメシを作れ!」「俺の言うことがきけないなら、このまま離婚したっていいんだぞ!」と声を荒げて私を思い通りに動かそうとする夫。 「いっそもう離婚してやるか」「最近調子に乗ってる嫁にはお灸が必要だもんな!」 そんなふうに八つ当たりされても、私だって仕事が残っていますし、すぐには帰れません。それに、なんだか的外れなことを言っているように思いました……。 「よし決めた、お前の立場を分からせるために離婚してやるからな」「離婚したらお前は住む家がなくなるなw」「いや、1年前に離婚したでしょ」「え?」 そう、最近ずっと感じていた違和感はこれ。すでに離婚しているのに、なんで夫が偉そうに「離婚だ離婚だ」なんて言っているのか、私には理解できなかったのです。 1年前、子どもが体調を崩したあの日、夫は宣言通りに義母に私のことを愚痴ったそう。「本当に使えない嫁だ」「早く離婚したい」という夫の言葉を真に受けて、義母はその翌日に離婚届を提出に行ったのです。 離婚届を提出した直後に、義母から「昨日も息子が離婚したいって言ってたから、気を利かせて出してやった、ざまーみろ」という連絡を受けていた私。てっきり夫にも同じような連絡をしているものだと思っていたのですが……、どうやら夫は知らなかったようです。でも、夫が「離婚したい」と言っていたのは事実ですし、私も同意していたのです。 不出来な嫁なので……その日、私は家に帰りませんでした。保育園に子どもを迎えに行き、そのままホテルに宿泊。そもそも、この1年の間、元夫と暮らし続けていたのは今後の生活基盤をつくるため。プロジェクトのリーダーに決まり、年収も順調に上がっていたので、そろそろ家を出ようとかと算段を付け始めたところだったのです。 元夫からは「女のお前の安月給じゃ、子ども1人ろくに育てられないだろ」「今なら特別に復縁してやるって言ってるんだ」と連絡が来ましたが、「月給70万円って安月給なの?」と今の私の収入を教えてあげると素っ頓狂な声を上げていました。まさか見下していた嫁が、自分の倍以上の収入をもらっているなんて、元夫は夢に思わなかったのでしょう。 元夫が泣きついたのか、元義母からも「こんなに優秀なお嫁さんだなんて思わなかったのよ」「今なら育児にも協力するから戻っていらっしゃい」と連絡がありました。「大好きな息子ちゃんに代わって、説得しに来たんですか?」「今更すり寄ってきても無駄ですよ」と言うと、黙りこくってしまいました。不出来だと思っていた嫁から、こんなに言い返されると思わなかったのでしょうね。 その後――。 私は新しい家に引っ越し、子どもと2人で楽しく暮らしています。相変わらず元夫や元義母からは復縁要請の連絡が来ますが、すべて無視。子どもにとっても元夫や義母の態度はけして教育にいいとは言えなかったので、今こうして子どもと2人で穏やかに暮らせることに幸せを感じています。著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月15日「先輩、先輩」と懐いていた後輩。私もかわいがっていました。「彼氏がほしい」と言った彼女に私の幼なじみを紹介し、交際も順調な様子。しかしある日、彼女は「彼氏以外の人を好きになってしまったんです……」と相談してきました。幼なじみには申し訳ないですが、こればっかりはどうにもならないもの。「自分に嘘をついて彼と付き合い続けるよりも、自分の気持ちに正直になった方がいいんじゃないかな」と答えました。 後輩の不倫相手は…「好きな人を追いかけるなら、今の恋人とは別れてからにしなさい」「同時進行なんて最低なことはしちゃだめよ」と念のため釘を刺すと、「じゃあ今すぐLINEで別れてきます!」と晴れ晴れとした表情でスマホを取り出した後輩。 「あと……」と、私をまっすぐに見据えた後輩。そして、次の瞬間、とんでもないことを言い出したのです。 「先輩も、旦那さんと離婚してください」 おそるおそる話を聞いてみると、後輩が「運命の人」だと感じたのは私の夫。しかも、半年くらい前から良い感じで、夫もどうやら後輩にのめり込んでいる様子。 会社の忘年会に出席した私を迎えに来た夫を見て、後輩は一目惚れしたらしいです。「やさしいし、顔もそこそこ整ってるし」「大企業の中でも若き部長として活躍してるところも素敵ですよね!」とにこにこしながら語る後輩を見て、私はなんだかくらくらしてきました……。 はらわたが煮えくり返る思いいったん気持ちを落ち着けてから幼なじみに連絡すると、「フラれちゃった……」と一言だけ返ってきました。「安っぽいプレゼントばっかり」「高級ディナーにも連れてってくれない」など、後輩からダメ出しが100個くらい送られてきたそうで、かなりダメージを負っていました。 私は後輩と自分の夫ができていたことを説明。幼なじみは何も知らなかったようで、「えぇっ!?」と驚いていました。別れる原因は後輩の方にあるというのに、幼なじみのせいにして別れるなんて……。 夫も奪われ、幼なじみも傷つけられて、私ははらわたが煮えくり返る思いでした。 略奪女の末路その日、帰ってきた夫を問いただすと「若い女と付き合って何が悪い」と開き直りました。こりゃ無理だ、とその場で私は離婚を決意。そのままお互い離婚届にサインして、離婚は成立しました。 それから3日後――。 「先輩、離婚してくれて本当にありがとうございました!」「おかげさまで今日彼と無事に入籍することができました!」と後輩から連絡が。さらに、「私、彼との子どもを妊娠してるんで、会社も今月末で辞めますね!」とのこと。どこまで私に迷惑をかければ気が済むのでしょうか……。 念のために「退職するのはいいけど、払うものは払ってよね」と言うと、「昨日振り込んだのでもう反映されてると思いますけど?」「先輩を捨てて私を選んでくれたので、彼の分も私が払っておきました」と後輩。 そういえば、彼女の実家はかなり裕福だと聞いたことがあります。まとまった額をポンと払ってくれるのはありがたいのですが……。 「彼と結婚できるなら慰謝料なんて安いもんよw」「私たちの幸せのために離婚ありがとうございます♡」「復讐はこれからだけど」「は?」 そう、慰謝料だけでは腹の虫がおさまらないと踏んでいた私は、すでにいくつかの計画を実行に移していたのです……! 翌日、慌てた様子の後輩から電話がかかってきました。「彼が、突然転勤になったんですけど!」「先輩の仕業ですか!?」と。 離婚する際、元夫に「離婚届をすぐに書いて出してあげる代わりに、浮気の証拠を見せて」とお願いしていた私。すると、嬉々として元夫は浮気の証拠やデートの日時などを事細かに教えてくれたのです。 私はそれを全部まとめて、元夫の会社に提出。業務中のやりとりもあったため、職務怠慢と見なされることを踏んだうえで出したのです。本当は降格などもっと追い込まれてほしかったのですが、後輩は十分こたえている様子。 「出産も控えてるのにこんな仕打ちをするなんて!」「パパだけ単身赴任なんて、子どもがかわいそうじゃないですか!」と怒る後輩。「あなたがついていけばいいだけでしょうが」と言うと、「東京生まれ東京育ちの私には地方暮らしは無理です!」と後輩。何がしたいのやら、呆れてしまいました……。 さらに2時間後。今度はヒステリックに叫びながら電話をかけてきた後輩。 「里帰り出産するって連絡しようと思ったのに、両親が私からの連絡を無視するんですけど!」「先輩の仕業でしょ!」 後輩の予想通り、こちらも私の仕業です。後輩のご両親は、都内にいくつかマンションを持っている、いわゆる大家さん。一人娘に甘いらしく、略奪婚はしぶしぶ認めたそう。しかし、所有マンションに娘が勝手に入り込み、元夫と遊んでいたのは許せなかったようです。 私は元夫から手に入れた浮気証拠を提示して、「こちらの部屋を貸し出すなら、念入りにハウスクリーニングを入れた方がいいですよ」と助言しただけなのですが。 その後、後輩は幼なじみや元夫と同時進行で他の男性とも遊んでいたことが発覚。元夫が愛想をつかして私に泣きついてきました。生まれた子どもも元夫の子どもではなかったようです。後輩の両親はとにかく甘いようなので、ほとぼりがさめれば後輩を許し、生まれてきた孫をかわいがるのではないでしょうか。子どもに罪はないので、本当の父親と後輩と幸せに暮らせることを願うばかりです。 私はというと、後輩から受け取った慰謝料で幼なじみと海外旅行を計画。せっかくなので一生に一度しかできない豪華な旅行にして楽しんでこようと思っています。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月15日当時30歳の私は女運が悪く、今まで付き合ってきた女性にはことごとく金ヅルにされてきたのですが、当時付き合っていた彼女のSは、おねだりなどしないすてきな女性だと思っていました。前から結婚願望の強かった彼女を喜ばせようと、プロポーズをする予定でレストランに呼び出したときのお話です。婚約指輪を見た彼女は?私は、ポケットから指輪を取り出して言いました。「俺と結婚してください!」するとSは指輪を受け取り、まじまじと見てから「何これ?」とつぶやいたのです。私が、自分で作った指輪だと伝えると、彼女は「は? 手作り?」と驚いた様子です。そこで私は昔話を始めました。「その指輪に付いている宝石は、恩人がくれたんだよ……。俺には昔、両親や弟妹ともどもお世話になった恩人がいて、婚約指輪にはめ込んだのはその人がくれた石なんだ。俺に大事な人ができたらこの石を使ってほしいと渡された、思い入れのある宝石だよ」と。そのとき、Sは心底嫌そうな顔で指輪を突き返し、信じられない言葉を私に投げたのです。「何それ気持ち悪! 人からもらった石で手作り? 婚約指輪なのに!? こんな汚い石が付いている指輪なんていらないわよ。ダイヤとかが付いたブランド物じゃないと、何の意味もない……」本性があらわにさらに、Sの本性があらわになりました。「私があんたと付き合ってやっていたのは、金持ちだと思っていたからよ! 初対面のときに高そうなブランド物を着ていたし、高級レストランもたくさん知っているし……。実は借金して無理していたとか?」そして、私が口を開く間もなくブチ切れしたのです。「よく考えれば、仕事について何回聞いてもサラリーマンって言うだけでごまかしていたわね。どこの弱小企業?」私はたしかに、彼女に仕事のことは詳しく話していませんでした。婚約したらちゃんと説明するつもりでいましたが、これまでの経験上、初めは黙っておきたかったのです……。「これまでぜいたくを我慢してわがままを言わずおとなしくしていたのに! 本当にただの貧乏人だったのね……さようなら」。そう言うとSは、あろうことが指輪を窓の外へ投げ捨てたのです。これには私もビックリ。私は慌てて指輪を探しにレストランの外へ。その間に彼女は帰ってしまい、私たちはそれきりになりました。数年後に再会心ないSの言動に傷付いた私は、その後長らく落ち込んだままでした。しかし、とあるご縁で知り合った女性のHが、傷付いた私に寄り添い、癒やし続けてくれました。そうして数年後、ようやく立ち直った私は彼女と婚約。私がプロポーズをしたら、彼女は大泣きして喜んでくれました。婚約記念に旅行に出かけた私たち。予約した高級ホテルに着き、彼女がお手洗いに行っている間に私がチェックイン手続きをしていると……。なんと、あのSとバッタリ遭遇してしまったのです。彼氏らしき男連れのS。あえてそっぽを向いていた私に気付くと、向こうから絡んできました。「うわ、久しぶり~。ここ、高級ホテルなんだけど……。また女にいい顔して、借金でもしてきたわけ? それに比べて私の今彼は 大企業〇△社のエリート社員よ? どこかの誰かさんと違って、婚約指輪には大きなダイヤも付いているわ」実は私は…すると、Sの横にいた男が私を見て、血相を変えたのです。「あなたは……! 彼は、わが〇△社の次期社長じゃないか!」訳がわからない様子のSは、ポカンと口を開けています。「次期社長!? でも数年前、あんたはただの貧乏サラリーマンで……」私は静かに言いました。「あのとき君は、人の話も聞かず、私に借金があるだの貧乏だのと決めつけていたっけ。実は私、女運がなくて……。就職してからの元カノは皆、金目的で私と交際していたから、君には黙っていたんだ。金じゃなくて、私自身を愛してほしかったから」と、そこでHが登場。私たちの会話が聞こえていたらしいのです。彼女は、「あなたがSさんですか? お話は聞いています、初めまして。私は〇△社の会長の孫娘、Hと申します。この人の婚約者です」と言いながら、Sに左手の薬指の指輪を見せました。SSはビックリ仰天。「それって昔、私に渡そうとしていた手作りの婚約指輪に付いていた貧乏くさい石……!」思い出の石はプライスレス!Hは満面の笑みで答えました。「貧乏くさい? この石は、世界に数個しかない貴重な石ですよ? 価値にしたら、億は超えるのは間違いないみたい」固まるSに構わず、Hは続けました。「ちなみに、これは祖父が昔この人に渡した大事な石。私たち2人を引き合わせてくれたプライスレスの宝石です」そう、Hは恩人の孫娘。恩人が〇△社の会長と知ったのは後からでしたが、私のことを見込んで雇用してくれただけでなく、努力を認めて重要な役を任せてくれるようになったのです。さらに、偶然か必然か、Hと恋仲になったことで、私は次期社長を任命するまでに。「誰かさんがバカにした手作りの指輪を、この人は私のために作り直してくれたの。世界に1つのハンドメイドの逸品に、お祖父ちゃんとの大事な思い出の石をはめてね」これを聞いたSは、「それは私のよ! 返して!」と、なりふり構わず叫び出しました。慌てたのは隣にいた婚約者。「次期社長の前でなんて態度だよ? 俺の面目は丸つぶれだ! ダイヤをねだられて少し引いたけど、ここまで金にがめついとは思わなかった……」その後、2人がどうなったかは知りませんが、私は心から愛してくれるHと結婚し、幸せな新婚生活を送っています。--------------手作りの婚約指輪を見下した元カノ。話も聞かず投げ捨てるとは非常識ですよね。数年後に再会してもその本性は変わっていなかった様子。彼女ではなく、本当に自分のことを思ってくれる女性と結婚できて、結果オーライですね。著者/ウーマンカレンダー編集室/スカッと読者からの体験談をお届けします。
2024年03月12日気弱なタイプの私は、夫にもなかなか自分の意見が言えませんでした。そんな私に、強い態度で接する夫は、わがままな要求を次々してきて……。あるとき、私は夫から「俺の好きなお菓子を探してこい」と命令されました。人気の商品でどこも売り切れ状態にもかかわらず、猛暑の中十軒以上もお店を回り、休憩する時間すら与えてもらえませんでした。夫が仕事を早退して探そうとするので、たまたま休みだった私が代わりに動いたのですが、それに対する感謝の言葉はなく、なかなか見つからないと「使えない」 「何の役にも立たない」 とののしられるばかり。お菓子を見つけるまで、家にも帰してもらえませんでした。 文句のひとつも言えない私が悪いのかもしれませんが、あまりにもひどい夫の態度にいつも悲しくなっていました。私は都合のいい女先日「体の調子が悪い」と夫に伝えると「自分に風邪をうつすな」と大騒ぎ。なぜなら次の日に有給をとって友人とキャンプに行く予定なのだとか。私はそのとき夫の予定を初めて知りました。そして、夫は「寝室も食事をする場所も別にしろ、俺に近づくな」と自分の心配ばかり。私のことは、驚くくらいすこしも気遣ってくれませんでした。 「私の心配はしてくれないのか」と思わず聞いたところ、不満があるならはっきり言えと怒鳴られる始末。自己管理ができないなんて社会人失格とまで言われ、体調が悪い上にさらに精神的ダメージを受けました。 ついにブチ切れちゃいました!!その翌日、私は倒れて緊急入院することに。キャンプに行く気満々だった夫は、私のせいで行けなくなったと機嫌を損ねてもう大変でした。処置が遅れていたら危険だったと医師に告げられても、夫は心配するのは自分のことだけ。「人の休みに倒れやがって」「旦那さまの休みを潰して申し訳ないと思わないの?」「ほら、いつもみたいに謝罪!」私をバカ嫁呼ばわりして、自分の迷惑をかけたことに対して誠心誠意謝れと……。矢継ぎ早に夫に責め立てられ、私ついにプツンと切れちゃいました。「いい加減にしろよ、カス」 わざと倒れたわけでもなく、しかも大切な命が助かったというのに、それはどうでもいい? バカ嫁だとか迷惑だとか、それって具合の悪い妻にかける言葉でしょうか。そもそも人の命と遊びの予定をてんびんにかけること自体、おかしい話……。私は夫にさらに反論しつづけました。 さよなら、クズ夫との人生!すると、夫は「自分は一家の大黒柱」「誰のおかげで生活できているんだ」と大威張り。もちろん私だって働いていますし、正直夫がいなくても、その点では生きていけるのです。 私は結婚こそしましたが、理不尽な扱いを受け入れたわけではありません。性格上夫に意見を言いにくかったところはありますが、言い返して面倒くさいことになるのが嫌で黙っていただけ。人が変わったように話す私に、夫はたじろいていました。もう彼のわがままな態度を我慢するのは限界だったのです。 この一件で何もかもどうでも良くなった私は、行動に出ました。まず始めに、夫の会社へ不倫の報告。実は夫は部下と不倫をしていたのです。クビや左遷、減給など何らかの処分が、2人に科されることでしょう。 そして、夫には離婚を宣言。これは決定事項で決して覆さないと伝えましたが、夫は回避したい様子でしたが、私に言い返されるようになって、夫は途端に口数が少なくなりました。この人は気弱な人間にしか強気になれないひきょう者だったのです。そんなクズ夫との生活も、もうおしまい。慰謝料を夫と不倫相手から受け取って、私は人生をやり直すのです。 ひとりになって、冷静に今までのことを振り返ると、夫にすこしでもやさしさや思いやりがあったのならばこんなことにはなっていなかったと思います。新しい人生では自分を大切にし、互いに思いやれるやさしいパートナーが現れたら最高です。 夫婦とは対等な関係。相手がしてくれることは当たり前ではありません。いつも感謝の気持ちを持って相手に接していきたいですね。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月12日共働き家庭のわが家ですが、家事はすべて私がやっていました。それなのに、夫は自分の身の回りのことまで指示をしてきて……。夫は朝、自分では起きることができず、私が出掛けに声をかけるのですが二度寝をし、遅刻の常習者になっていました。ゆえに社内での風当たりは強く、夫はそれを私のせいにしてくるのです。 このように夫は日々の生活でうまくいかないことがあると、すべて私のせいにしていました。常に私を頼り、悪いことがあれば私に怒鳴り散らす。その繰り返しなのです。俺をもっと支えろ?毎晩遅くまでゲームをしている夫。そのため朝起きられないのは当たり前です。大人なので自己管理をしっかりしてほしいのですが、それは自分でどうにかなる問題ではないと言い放たれておしまい。 夫は私に対して、自分をもっと気遣えと言ってくるのですが、私は外で仕事もし家事も全部請け負い、夫のこともかなり気遣っているはずなのに、これ以上一体どうすればいいのだろうと悩む日々でした。 こういう話になると、夫はいつも義母を引き合いに出し、妻は夫を支えるものだと強く主張。専業主婦の義母と共働きの私では状況が違うので、一緒にされても困るのですが、夫はその辺りをまったく理解してくれませんでした。 その上、私が夫の貧乏神になっているとまで言ってきたのです。前の会社を辞めたのは、私のせい。今の会社に就職することになったのも、私のせい。毎日仕事でうまくいかないのも、私のせいなんだそうです。 痺れを切らした私は「これからはもう何も言わない、しないと」宣言。すると「そういうことじゃない、もっと俺を支えるんだ!」 と怒り始める夫。そのとき初めて、私はこの人を支えることは無理だと強く感じ、離婚を意識したのです。支えきれない夫の素行に…ついに…そんなある日。また夫から連絡が……。「遅刻するのも出世できないのも全部お前のせいだ!」「ちゃんと夫を支えろよ!!」その日、夫は大寝坊したらしく「こんな時間になってしまった、どうしてくれるんだ」とわざわざ仕事をしている私に夫が連絡をしてきました。「クビになるのも私のせい?」「え、クビ……?」 実は私には、夫の働く会社に知り合いがいました。そもそも夫が再就職できたのも、私の紹介のおかげ。先日その知り合いから、私宛に「力及ばず申し訳ない」と連絡がきていたのです。 知り合い曰く、夫は遅刻ばかりしてやる気が感じられないだけでなく、仕事中も頻繁にサボり、適当な仕事をして取引先の人を怒らせたこともあったそう。その結果会社として損害を出すことになり、何度注意しても直らないため、いよいよクビにするしかなくなったようなのです。 ついに私は離婚を切り出しました。義母のように毎日出社まで面倒を見てあげることはできませんし、やる気のない人を出世させる自信もありません。大人と結婚しはずなのに、中身はまるで子ども。もう面倒は見きれませんでした。 夫はバカにされたとカッカし、離婚を喜んで受け入れてくれました。これで運気も上がる、すぐに出世するかもしれないと……。人生、後には戻れない数日後、やはり夫はクビを宣告されました。離婚してしまったので、ひとりでどうしていいかわからなくなった夫は、義母に泣きついたそうです。しかし、クビや離婚のことを含めこれまでの私たちの話を聞いた義母は、助けるどころか夫をしかり、連絡してくるなと言ったそう。 もう住む場所も次の就職先も、何もかも自分でどうにかするしかなくなったとき、夫はやっと私に謝る気になったようで、何でも自分でするようにするからと連絡がきました。すでに他人になり、これまで散々責任を押し付けられ、理不尽な文句を言われてきた私にとっては、これ以上の関わりは持ちたくありませんでした。 ただの甘えだったのか、彼がどうしても人に頼らざるを得ない性質なのか、今となってはわかりません。腹立たしさは隠せませんが、タイミング良く離婚を受け入れてくれて本当に良かった、縁が切れて良かったと、思うことにしています。そして次は自立した素敵な男性とめぐり会えたら、幸いです。 自分に起こったことはすべて「妻のせい」。そんな人には、仕事も人生も預ける気持ちや信頼は無くなってしまいますよね。多くの人から見放されてしまった今、夫には自分自身の行動を反省をしてもらいたいですね。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月11日夫は私より12歳年上、夫の妹は私より10歳年上です。夫の妹は私から見て義妹とはいえ、姉のような存在でした。義妹も義母も、私が夫と結婚してからは「妹(娘)ができたみたいでうれしい」と言ってくれていたのですが……。 夫と義妹の兄妹喧嘩…私はどうしたらいい?ある日、夫と義妹がささいな喧嘩をしてしまいました。数日後に私たち夫婦と義妹とで食事に行く予定があったため、それまでには仲直りをしてほしいと思う私。するとその日の夜、義母から「どうしてあなたが兄妹喧嘩の仲裁をしないの!?」と驚きの電話がかかってきたのです。2人の間に入って何かを言えるような立場ではないと正直に伝えても、義母は「嫁が仲裁するべきよ!」と言うばかり。私は正直、「兄妹喧嘩に振り回されたくない……」と納得いきませんでした。そのあと2人はなんとか仲直りをしたようで、改めて私と夫、義妹の3人で食事の予定について話すために集まったですが、またしても喧嘩になってしまいます。義母の言葉が頭をよぎった私は、仕方なく仲裁に入ろうとしましたが、2人は終始私の言葉にはひとつも耳を貸してくれず……。 そんな状況で迎えた食事の日。夫と義妹は顔を合わせるなり「この間はごめん」とあっさり仲直りをしたのです。この前までの状況との温度差にあぜんとする私。しかし、夫に聞けば「こんなのいつものこと」と言うのです。喧嘩が収まったのはよかったのですが、私はなんだかひとりだけどっと疲れた気がしました……。今後は家族間でのトラブルで困らないように、夫の家族の関係性などもきちんと聞いておこうと思った出来事です。 作画/Pappayappa著者:佐藤のぞみ
2024年03月11日新型コロナウイルス感染症の流行により、自宅でトレーニングやエクササイズに励む人が増えた昨今。場所を気にせず手軽に取り組める一方で、人の目がないことでついサボりがちになってしまうこともあるでしょう…。そんな時、頑張っている人の姿を見ると刺激を受けるものです。自宅で筋トレに励んでいたのは?小西さん(@tetotimsan)はある日、自宅にいる時にある光景を見て「私もトレーニングをしようかな」と感化されたそう。ダイエットを継続させるために、SNSでその日をトレーニング内容や食事メニューを公開する人も増えている現代。小西さんもそんな人たちの頑張りを目にしたのでしょうか。X(Twitter)に投稿されたコメントとともに、実際の光景をご覧ください!「赤ちゃんなのにプランクを始めていて偉いな~。私も隣でやろうかな」なんと、小西さんの幼い赤ちゃんが筋トレと思しきポーズをとっていたのです!両手と両つま先だけで身体を支え、上手にバランスをとっている赤ちゃん。その姿は、うつ伏せにした身体を前腕やヒジ、つま先などで支えてキープし、筋肉を鍛える体幹トレーニングの『プランク』に取り組んでいるかのようです。生後間もない赤ちゃんの、意外な体幹の強さに驚かされますね!幼い赤ちゃんのたくましい姿に癒された人たちからは、さまざまな声が上がりました。・・私より腕の力がありますね?見習わないといけないなあ。・『意識高い系赤ちゃん』ですね。しかもかなりのハードモード!かわいいです!・うちの子も、数日前からプランクをやり始めました。私も隣でやります!驚きの光景を目の当たりにした小西さんは、「赤ん坊には負けていられない!」とコメント。これから親子並んでプランクに取り組み、身体を鍛えていく光景を想像すると、頬がゆるみますね![文・構成/grape編集部]
2024年03月10日夫と結婚したことに後悔はありませんが、2つ、悩んでいることがありました。1つ目は義母のこと。義母はテレビの影響で自然派の暮らしに大ハマり。私たち夫婦の生活にも口を出してきます。義母は夫の祖母にあたる自分の母親と2人で暮らしています。代々受け継いでいる大きな家があり、不自由のない暮らしをしていました。もう1つの悩みは不妊のこと。義母の「孫はまだか?」というプレッシャーもあり、数年前から不妊治療をしています。しかし自然派を掲げる義母には理解されないと思い、何を言われても「子どもは授かりものなので」と秘密にしていました。言い出せない秘密ひとつ、心に引っかかっているのが義祖母のこと。とても元気で、いつも新しい知識を貧欲に吸収するパワフルな義祖母を、私は尊敬しています。 義母のようにあれこれ言ってはこないものの、義祖母もひ孫の誕生を心待ちにしているはず。義祖母にまで不妊治療のことを隠しておくのは、心苦しい思いがありました。それでも、もし義母に話が伝わってしまったらと思うとなかなか言い出せずにいたのです。 ある日、義祖母から一緒に食事をしようと誘われ、私たち夫婦は仕事帰りにそのまま義祖母と義母が暮らす家に向かいました。食事中は義母からの自然派生活の押し付けと、孫はまだかというプレッシャーのオンパレード! スルーするのも慣れたものです。 秘密が義母にバレた…しかし、そろそろ疲れてきたころに事件は起こります。「今度の週末、お墓参りに行きたいから車を出してくれない?」と言う義母に、夫は「週末は夫婦で産婦人科に行くから無理かな」とポロリ。義母は「産婦人科」という言葉を聞き逃さず、ここぞとばかりに追及してきました。もう取り繕うこともできず、夫は不妊治療のため病院に通っていることを話してしまったのです。 義母は予想していた通り「試験管ベビーなんて冗談じゃない!」と、不妊治療に大反対。治療を否定する酷い言葉を投げかけられ、私は思わず泣いてしまいました。 そんな私を見て夫が義母を制するも、義母の勢いは止まりません。しかし、義祖母の「お前、何も知らないんだね」という一言で事態は一変しました。 義祖母の告白そこで聞かされたのは、不妊で悩んだことがあると言う義祖母の昔話。子どもができずに姑から責められ、やっとの思いで妊娠したのが娘である義母だったのです。 義祖母は「あのとき不妊治療という選択肢があれば、自分も必ず選択していた」「素晴らしい技術なのだからぜひ使うと良い」と私の背中を押しました。さらに、義祖母は治療がどこまで進んでいるのかを確認し、ここから先、さらに高額な費用がかかると知ると、今住んでいる家を売って金銭的な援助をすると申し出てくれたのです。 しかしそれでは義母たちが住む家がなくなってしまいます。困惑している私たち夫婦に、義祖母はすこし前からそろそろ施設に入ろうと考えていて、家はいずれ処分するもりだったからいい機会だと笑って話してくれました。悔し涙から嬉し涙へ…それならと、ありがたく申し出を受けることにして、私たちはさらなる治療にチャレンジ! 念願の赤ちゃんを授かることができました。義祖母にひ孫を抱かせてあげられた瞬間は、嬉しくて涙が出ました。ちなみに、義祖母からの相続を期待していた義母にとって、私たちへの援助と施設入所は想定外! きっと今は慎ましやかに暮らしていることでしょう。酷い言葉をかけられた恨みは一生忘れないので、孫を抱かせるつもりはありません。 新しいものを全否定せず、孫夫婦をしっかり尊重できる義祖母は素敵な人ですね。対する義母は、自分の考えを押し付けて、結果的に自分の嫌も子どもも否定することになってしまいました。歳をとったら、義祖母のような人になりたいですね。著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月10日私は夫と5歳の娘と3人暮らしの兼業主婦です。娘は保育園に通っているのですが、どうやら保育園の先生が夫を気に入った様子。娘のことを異様にかわいがり、私には露骨に塩対応。そして夫が送り迎えに行くと、執拗に絡んでくるのです。そんなある日、私のスマホに非通知の電話がかかってきました。電話に出てみると、「夫と別れろ……」と言うばかり。気味が悪くなった私が非通知からの着信を拒否すると、公衆電話や他の電話番号からも電話がかかってくるようになりました。 穏やかな生活が一変我慢の限界に達した私が、「警察に通報します!」と電話口で言うと、電話は切れてそれ以降かかってくることはなくなりました。娘が保育園を卒園し、あの厄介な保育園士と関わらずに済むようになりました。 穏やかな生活が続いていたのですが、数年後のある日、夫の不倫が発覚。社内不倫だったため、夫は気まずくなって自主退職。私は夫と離婚し、慰謝料と養育費を支払ってもらい、娘と実家で暮らすことにしました。 ある日、高校生の娘と一緒に食事をしていると、知らない番号から電話がかかってきました。 娘は高校生なのに、保育園から電話……?電話に出てみると、「ちょっと! いつまで子どもを放置する気!? とっくに閉園ですよ!」と急に怒鳴られたのです。相手はなんと娘が通っていた保育園のあの先生! 保育園児の子どもがいない私は「うちに保育園に通う娘はいません」と伝えても、聞き入れてくれません。 どうやらその女の子の父親は元夫で、私と離婚したあとにできた子どものよう。この先生は、私たちが離婚したことを知らず、女の子の母親が私だと思い込んで電話をかけてきたのです。 いたずら電話の犯人は!?保護者の電話番号は、卒園すると同時に削除されているはず。この先生が私の電話番号を知っていたのは、昔私に電話をかけてきていたからでしょう。私は電話口で、「昔、私にいたずら電話をかけていたのは、あなたですね!?」と問い詰めました。 うろたえる相手に私は、夫の不倫が原因で別れたこと、保育園にいる女の子は私の娘ではないことを伝えました。すると電話口の保育園の先生は、夫が再婚したことを知らなかったらしく、大騒ぎしはじめました。 不倫していた元夫の修羅場話を聞いてみると、なんとこの保育園の先生と夫は、娘が保育園に通っていたころからずっと不倫関係にあったとのこと。離婚すると夫に言われ待ち続け、10年ほどずるずると付き合っていたそうです。しかも何かにつけてお金を要求され、多額のお金を貢いできたそう。 ちょうどそのとき、電話口の向こうで夫が保育園にお迎えにきた声が聞こえてきました。ずっと嘘をつかれていたことが分かった保育園の先生が、夫に激怒する声が聞こえてきます。私はそっと電話を切りました。 その後、保育園の先生との不倫がバレた夫は、再婚した妻からまた慰謝料と養育費を請求され離婚されたとのこと。自業自得ですね。これからは、両親とともに娘の成長を見守ろうと思います。著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月09日元夫の浮気が原因で離婚して早数年。私は再婚して、今の夫との子どもを出産するための準備を進めていました。そんなある日、出産を控えた私のもとに、元夫を略奪した女性から「もういい加減にしてよ!」「彼はもう私の旦那なの!復縁しようなんて思わないことね!」と怒りの電話が。離婚したっきり、元夫とは連絡を取っていないというのに……。 元夫の現妻によると、毎日私から手紙が届いているとのこと。しかも、郵便切手は貼られておらず、直接ポストに入れに来ているそう。それだけでなく、インターホンを1時間以上鳴らされたりと、彼女はだいぶ参っている様子でした。 身に覚えのない手紙しかし、私にはまったく身に覚えがありません。手紙なんてここ数年書いたこともありませんし、そもそも浮気男との復縁なんてしたくもないです。それに、元夫たちの住んでいるところも知りませんし……。 そう説明しても、頭に血がのぼった彼女は聞く耳を持ってくれません。防犯カメラの設置をすすめてみたものの、「なんで犯人があんただってわかってるのに、わざわざ高い金を出してそんなもの設置しないといけないのよ!」「未練たらしく復縁なんて求めてんじゃないわよ!このブス!負け組女!!」と言いたい放題。 さらには、「彼のことはもう金輪際諦めてちょうだい!」「次手紙なんて入れたら、あんたの家に殴り込みに行くからね!」と言ってブチっと電話を切ってしまったのです。 心配性の夫元夫の現妻との電話でモヤモヤしていた私は、帰宅した夫に先ほどの話をすべて打ち明けることに。 すると、「実は……」と切り出した夫。「ここ最近、君の元旦那からの電話がしつこいんだ……」と話し始めました。 夫によると、元夫は私が再婚しているのを知らなかったようで、とても驚いていたそう。にもかかわらず、「直接会って話がしたい。俺はあいつともう一度やり直したいんだ」と何度も電話をかけてくるのだそうです。 妊娠中の私を心配した夫は、電話をすべて自分に転送するように設定。さらに、元夫が家に来ることも考え、玄関に防犯カメラを設置していたのです。 夫の気遣いに胸が熱くなった私。そこからは話題を切り替え、2人で入院準備を進めたのでした。 略奪婚の末路翌日――。 またも元夫の現妻から私のもとに電話が。いやいやながら出ると、「もう本当にいい加減にして!何度嫌がらせをしても無駄なんだからね!」といきなりヒステリックに叫ばれました。 彼女によると、今朝またも変な手紙とインターホン攻撃にあったそうです。犯人が私だと決めつけて、責め立ててくる元夫の現妻。何度も冤罪だと言っているのに……。 「次家に来たら本当に警察に通報するからね!」「彼がブスの元嫁に戻るわけないでしょう!」「私、入院中ですけど」「え?」 呆気に取られた様子の彼女に、私が再婚して子どもを妊娠していることを告げました。もちろん、今朝無事出産したこと、その動画があることも。 続けて、元夫から私の夫のもとに何度も「復縁したい」と連絡が入っていることも話しました。言葉を発さなくなってしまった彼女に、「犯人は私じゃないってことはわかったわよね?」「手紙の内容から考えるに、女関係のトラブルだろうからまずはあなたの旦那とよく話し合いなさい」と言って、私は電話を切りました。 これはあとから聞いた話なのですが、その頃夫は元夫と対峙していたそう。夫の読み通り、元夫は私たちの家に来たのです。 夫によると、元夫は私と別れて現妻と結婚してからも女遊びをやめていなかったそう。しかも、その浮気相手のうちの1人がなかなか重い女性だったようで、どうしようもなくなって私にすがろうとしていたとのことでした。夫はこの様子を録画。音声も入っているので元夫の浮気の自白証拠がとれているのです。 「元嫁だから助けてくれるはずだ」「頼むから会わせてくれ」と泣き落とし作戦に出た元夫でしたが、夫が「防犯カメラの映像と音声を全部今の奥さんに見せますよ?」と言ったら、慌てて逃げだしたそうです。 その後――。 現妻の方は「離婚する!あんなろくでもない男を私に押し付けた責任を取って、お前が私に慰謝料を払え!」と斜め上の発言をしてきたりしましたが、私はまったくの無関係。どうやら元夫の家に浮気相手の1人が包丁を持って乗り込んでくるなど、元夫と現妻は散々な目に遭った様子。 「あなたの旦那さん、その子以外にも複数人浮気相手がいるわよ?」「証拠を持ってるけど、そんなこと言われるなら無料であげるのやーめた☆」と言って連絡を遮断。その後、元夫と現妻と連絡を取り合うのは夫のみとし、私は生まれたわが子のお世話に専念しました。 しかし、うちの夫が防犯カメラの映像をちらつかせたところ、現妻は言い値で買い取ってくれました。その証拠映像をもとに、現妻は元夫と離婚して、夫は現妻に慰謝料をたっぷり請求されることでしょう。自業自得です。私は2人のことは忘れて、いつも私を気にかけてくれるやさしい夫と一緒に、わが子に愛情をたっぷり注いで穏やかに暮らそうと思います。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月07日久しぶりに家族でスキー旅行に出かけたときの話です。あらかじめ私の生理とはかぶらないようにスケジュールを決めていたのですが……。 腹痛を感じて…2、3年ぶりとなった家族でのスキー旅行。私自身、久しぶりで体はなまっていましたが、家族みんなで滑れることがとにかく楽しい思いでした。しかし、昼食を食べてからなんだかおなかに痛みが……。 「寒さの影響かな?」とも考え、温かい飲み物を用意し、使い捨てカイロをおなかにあてて、休憩することに。休んだら治ると思っていたのですが、しばらくすると下腹部にズンと重い感じがして、なんだか嫌な予感が……。 慌ててトイレに駆け込むと、予定よりもだいぶ早い生理がきていました。もちろん、ナプキンは手元にありません。ひとまずトイレットぺーパーで応急処置。トイレにはナプキンの販売機がなかったので、とても焦りました。 帰るしかない?先ほど滑り始めたばかりの夫と子どもたちを呼んで、帰宅するか、それともこのままトイレットペーパーで帰るまでしのぐか……とても迷いました。しかし、スキーウェアはレンタルした物。万が一、経血漏れをして汚してしまっては……という思いがありました。 食堂の横にあった売店を確認しましたが、こじんまりとしたお土産しか売っておらず、ナプキンは見当たりません。さすがに滑ることはできないか……と私があきらめて家族みんなを呼び、「今日は切り上げて帰るしかないかなと思って……」と伝えると……。 子どもたちは滑り足りないようで、ブーイングの嵐。申し訳ないなと思っていると、夫から「新しくできたキッズブースにも休憩所と売店があるから、そっちも見に行ってみない?」と提案されたのです。そして、家族みんなでキッズブースにある売店に行ってみることにしました。 ナプキンはない…と思ったらキッズブースの売店もひと通り見てみましたが、残念ながらナプキンは見当たりません……。仕方なく、今日は帰ろうという話をしていたところ、店員さんが「何かお探しですか?」と声をかけてくれました。 そこで念のため「ナプキンは販売していますか?」と聞いてみることに。すると「ありますよ!」と、店員さんが在庫からナプキンを出してくれたのです! 店員さんのおかげでようやくナプキンを手にいれることができました。そして、無事にナプキンを装着。その後は、子どもたちも満足するまで滑ることができたのでした。 想定外の生理でせっかくの家族旅行が台無しになるところでしたが、予定通りの旅行を楽しむことができました。こういった旅行などの際は、万が一に備えて生理用品を持っておくのが大事だと実感した出来事でした。 著者/伊藤未唯作画/まっふ監修/助産師 松田玲子 ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者・イラスト制作者:マンガ家・イラストレーター 漫画家 まっふ
2024年03月07日元夫の浮気が原因で離婚して1年。穏やかに過ごしていた私のもとに、突然元夫から「この浮気女が!俺と復縁する約束だっただろ!」と怒りの電話がかかってきたのです……。「俺という存在がありながら、見知らぬ男と仲良さそうに食事をしていただろ!?」「あれは立派な浮気だぞ!復縁予定の俺がいるっていうのに……」と元夫から言われ、私はあ然。恋人もいませんし、そもそも元夫と復縁の約束なんてしていないのです……。 復縁予定なんてありませんが!?「俺から慰謝料を受け取っただろ?慰謝料を受け取ったってことは、すべて許して俺と再婚するってことだ」「俺、離婚して初めてお前の大切さがわかったんだ……浮気して傷つけたことをすごく後悔したから、お前の言い値で慰謝料も払ったし、この1年間浮気相手と別れるためにがんばってきたんだ」 「なのに、お前ときたら、他の男と再婚なんかしやがって!」と息巻く元夫。いやいや……そもそも元夫の浮気で別れましたし、元夫はなんだかものすごく自分に都合の良いように考えている気がするのですが……。 「この浮気女が!」「俺を裏切ったこと、後悔させてやるからな!」「は?私、独身だけど」「え?」 そもそも恋人すらいないのですから、浮気も何もありません。直近で一緒にごはんを食べた男性というと……弟でしょうか。海外赴任が長く、元夫とは顔を合わせたことがないので、勘違いするのも無理はないかもしれません。 「え……弟くん?浮気相手とか再婚相手とかじゃなくて?」と拍子抜けした様子の元夫。 「あんたとの離婚に懲りて、男を作る気力すらわかないわよ」「もちろんそんなあんたとの復縁も絶対にありえないからね」と言って、私は電話を切り上げました。 浮気相手からの連絡翌日――。 昨日は厄日だったのかなぁ……と思っていた私のところに、今度は元夫の浮気相手からの電話がかかってきました。 「こんなのってひどいです!せっかくあなたから彼を奪ったのに、なんで私から奪おうとするんですか!」とこれまたお怒りの様子。はぁ、頭が痛くなってきました……。 昨日の元夫との電話同様、「私は復縁なんてしない」「そもそも浮気が原因で別れた男とヨリなんて戻すつもりはない」と説明。 「でも、彼があなたとヨリを戻すからって……別れを切り出されて……」「私のおなかには赤ちゃんだっているのに……」と言いながら、泣き出してしまった彼女。なだめながら事情を聞くと、彼女は2カ月後には出産予定だそう。元夫も最初は妊娠を喜んでくれていたものの、彼女の実家に連れて行ってからは冷たくなり、「やっぱり別れる」と言い出したのだとか。 彼女の実家は田舎の農家さんで、略奪婚や妊娠のことをこころよく思っていないそう。それでも彼女の父親は「うちの婿になるなら結婚を認めてもいい」と言ってくれたのだそうです。 しかし、元夫は「実家がこんな田舎だなんて聞いてない」「俺は農業なんてしたくない」と嫌がったと言います。私とヨリを戻すと言えば彼女が諦めると思ったのでしょう。 「略奪なんて馬鹿なことをしたって自分でもわかっています」「でも子どもができて、これからはこの子に恥じないように生きていこうって覚悟を決めたところだったのに……」としゃくりあげながら話す彼女。思うところはありますが、妊娠中の彼女を捨てた元夫に腹が立って仕方がありません。そこで、私と彼女は一計を案じることにしたのです。 元夫の引き渡し数時間後――。 またも元夫から電話がかかってきました。「今度2人でごはんでも食べに行こうぜ!」「ヨリを戻す前にまず仲直りしないとな!」とまたも自分勝手な発言を繰り返しています。 「ヨリも戻さないし、仲直りもしないわよ」と言っても、「またまた~、独身なのも俺を待つためだからだろ?」と自分に都合の良い解釈ばっかり。もはや嫌悪感すら覚えます……。 私の声のトーンが低くなったのを感じ取ったのか、焦ったように「お願いだ、たった1回でいい、10分でいいから直接会って話がしたい」と言い出した元夫。そこで、私は「これで私に連絡をするのが最後って言うなら会ってあげてもいいわよ」「明日駅前のカフェで、朝10時に。1分でも遅刻したら許さないわよ」とだけ告げて電話を切りました。 翌日――。 喜び勇んで朝の10時前に指定のカフェにたどりついた元夫を待ち構えていたのは……浮気相手とそのご両親。私は浮気相手の方に協力して、元夫をおびき出したのです。 その後、元夫は「責任を取って結婚するか、毎月子どもの養育費として20万円払うか選べ」と言われ、しぶしぶ結婚を決めたそう。婿になった元夫は朝から晩まで農業とはなんたるかを叩き込まれているそうです。 一方、浮気相手は無事に元気な赤ちゃんを出産。元夫同様、肩身の狭い思いをしているようですが、それでもひたむきに前を向いてがんばっているそうです。元夫については連絡先はブロックして、彼女と赤ちゃんのことはひっそりと応援していこうと思います。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月07日義実家と目と鼻の先に住んでいた私。義実家には、義母が一人で暮らしています。義母は夫を溺愛していて、私に息子を取られたと思っているよう……。いつも敵対視されていました。義母は顔を合わせるたびに私の服装を派手だと言ったり、買い物袋の中身を覗き込んで意識が低いと文句をつけたりと、何もかもが気に入らないよう。夫に助けを求めても親を突き放せないようで、私の味方になってくれることはありませんでした。迷惑な義母そんなある日。仕事から帰ると家の中で何やら物音がしています。警戒しながら家の中に入ると、そこには義母がいました。きっと、夫が断りきれずに合鍵を渡してしまったのでしょう。「息子には変なものを食べさせないで! 息子専用の調味料と食材を買っておいたから、あなたは使わないでね!」義母はそう言うと、ドヤ顔で冷蔵庫を開けました。そこには、夫の名前が書かれた調味料や食材がビッシリ。 付き合いきれないと思った私は、適当な理由をつけて家を出ました。 洗濯物の中に…夫が帰る時間に合わせて帰宅すると、義母はすでに帰った後のようでした。合鍵を渡したことを責めると、夫は「嫁姑問題に巻き込むなよ」と面倒くさそう……。そのままどこかに出かけてしまいました。こういうときはお互い離れて頭を冷やすのもいいと思い、行き先は聞かずそのまま就寝。夫は明け方には帰宅したようですが、ソファで寝てそのまま仕事に向かったようでした。 その日も義母は自分の家かのようにわが家にやってきて、私の帰りを待ち構えています。しかも、なんと洗濯中。息子とはいえ、他人の家の洗濯物を勝手に洗うなんて信じられません。さらに義母は「あなた、不倫してるわね!」と私を見るなり鬼の形相。私がキョトンとしていると、ド派手なTバックを差し出してきました。「こんな破廉恥な下着で他の男を誘惑しているなんて、汚らわしい!」とまくしたてます。 しかしその下着に見覚えはありません。私は「それ、私のじゃないですよ」と答えました。 セクシーランジェリーの持ち主これには義母もびっくり。私たちが顔を見合わせて不思議な顔をしていると、背後に気まずそうに立つ夫の姿がありました。 すこし前から夫の行動が怪しいと思っていた私は「これ、大好きな息子さんの不倫相手のものみたいですよ」と、カマをかけてみました。すると、みるみるうちに夫の顔色が変わっていったのです。 今日の洗濯当番は夫です。だから、私にバレないと思って洗濯カゴに入れたのでしょう。義母が勝手に洗濯したのが運の尽き。洗濯物に目をやると、私のものではない下着が何枚か混ざっていました。夫の不貞夫はダブル不倫をしていたよう。相手の旦那さんにバレないように、セクシーなランジェリーをわが家に持ち帰り、洗濯していたのでした。 義母は大きらいな私と夫が離婚することになって嬉しそうでしたが、セクシーランジェリーの彼女が新しい奥さんになることも受け入れられない様子。微妙な雰囲気が漂う夫・義母親子を見て、早めに見切りをつけられてよかったと思わずにいられませんでした。 おせっかいすぎる義母は悩みのタネでしたが、幸か不幸か、夫の不貞を暴くことができました。この義母、息子がどんな奥さんと結婚しても、同じような態度をとるのでしょうね。著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月07日私は7歳の女の子のママです。娘が4歳、幼稚園年少のとき、私はママ友関係で悩みました。喧嘩やトラブルではないのですが、当時の私にとってはとても悲しい出来事でした。今回は私が体験した、異性の子を持つママ友との関係についてお話しします。娘の友だちは男の子ばかり娘が幼稚園に入る前、私は近所に住む3人のママたちと仲良くしていました。育児サークルで知り合い、3人とも子どもは男の子。子どもたちが2歳ぐらいのころから、お互いの家に行き来したり、一緒に公園に行ったりとたくさんの楽しい時間を4組で過ごしていました。 全員同じ幼稚園に入園することが決まったので、幼稚園が始まってからもこの関係は変わらず、みんなで降園後に遊べるものだと思っていたのですが……。入園して半年経ったころから、グループの関係性に変化が生まれてきたのです。 男の子とは遊びたくない娘幼いころの娘はその男の子たちと仲良く遊んでいましたが、年少の中盤から遊び方や好きな物に違いが出てきました。みんなは戦いごっこにハマり、技の名前を言いながら戦って遊んでいました。一方、娘は「男の子は戦ってばかりだから一緒に遊びたくない」と言うように。 みんなで集まって家で遊んでいても、娘だけ他の子たちと離れて私のひざの上でつまらなそうにしていました。「今日、〇〇くんの家に遊びに行く?」と聞いても、「行きたくない」と。そうなると私がママたちと話したいというだけの理由で遊びに行くわけにもいきません。 誘ってもらえなくて寂しい…みんなもそのことに気がついていました。なので、バス停で毎日顔をあわせるのですが、だんだんとうちだけ遊びの誘いがかからないように。正直とても寂しいし、仲間外れにされている気がしていました。今思えば当たり前の流れで、私の被害妄想だったのですが……。 娘も楽しそうではないし、と頭ではわかっていても、何で誘ってもらえないんだろう、私たち親子のことがあまり好きではないのかな……とマイナス思考に陥っていました。私もみんなと子どもたちを遊ばせながらおしゃべりを楽しみたいし、一応声はかけてほしいと感じていました。 その後、娘にはたくさんの女の子の友だちができました。当時のことを思い返すと、男の子ママたちに何の悪気もなかったことがよくわかります。そして、私は3人組の男の子ママのうちの1人とは、子どもたちが就学した現在、頻繁に2人でお茶やランチに行く仲です。子どもの手が離れ、本当に付き合いたいと思えるママ友以上の真の友人ができよかったと思っています。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 著者:小川恵子
2024年03月07日私は普段、電車やバスを使って通勤しています。そんな私が社会人になりたてだったある生理中のこと。通勤途中でめまいに襲われました。そんなとき、声をかけてくれたのは……。 都会の生活に慣れるのが精一杯私は生まれも育ちも田舎なので、東京暮らしを始めたころは人の多さに驚きました。どこからこんなに人が溢れ出てくるのだろうと、人の波を見ているだけでもめまいがしそうになったほどです。 そんな上京したてだったある生理2日目。経血量が多い日のことです。通勤中、電車からバスに乗り換えようと駅構内を歩いていたら、ふとめまいに襲われました。 歩くのもしんどかったのですが、人の波があり「迷惑になるかも」と考えると動かないといけません。しかし、しばらく頑張って歩いたあと、しんどく私はその場に座り込んでしまいました。都会生活に慣れない時期でもあったので、疲労もあったかもしれません。 救世主が現れたすると……そんな私に声をかけてくれた女性たちがいました。女性たちは近くのベンチに座ったほうがいいと私の両脇を抱え、ベンチまで誘導してくれたのです。 彼女たちのおかげで少しずつ体調が回復。そして、女性たちにお礼を伝えると……実は、女性たちは私と同じ電車に乗っており、そのときから「様子がちょっとおかしい」と思っていたそうです。顔色が悪く、足元もふらついていたため、「貧血かな」と感じ電車を降りたあと、追いかけたとのことでした。そして、実は生理中で、今日は経血量が多い日だということを伝えると……女性たちも「それは大変だったね」「無理はしないでね」と温かい言葉をかけてくれたのです。 事なきを得て職場へその後、女性たちはバッグの中から携帯用のおやつなどを取り出して、どこの誰ともわからない私に「どうぞ」と譲ってくれました。 私自身、めまいがよくならなければ救急車を呼ぼうと思っていましたが、とにかくつらい気持ちだったため、女性たちの気づかいには本当に助けられました。上京したてだったこともあって、私の中に「都会の人は冷たい」というイメージがあったものの、この一件で払拭されたのです。 一連の出来事を職場の同僚たちに伝えたら、みんな驚いていました。私と同じようにみんな田舎から都会へ出てきた人たちばかりなので、「都会って怖いと思ってたけど全然違うね!」「やさしい人もたくさんいるんだね!」などと自分のことのように喜んでいました。 今でも電車通勤をしていると、ふとあのときの女性たちのやさしさを思い出し、彼女たちのように他人を気づかうことのできる人になりたいと思うときがあります。今の時代ならSNSなどを使ってお礼を伝える術がありますが、あのときの救世主たちにもう一度お礼を伝えたいと思っても連絡が取れないことが今も悔やまれます。 著者/浦部さくら作画/まっふ監修/助産師 松田玲子 ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者・イラスト制作者:マンガ家・イラストレーター 漫画家 まっふ
2024年03月06日極端すぎる父の教え私にとって父は怖い存在でした。私が3歳ぐらいの時に父が私と兄の前で膝をついて目線を合わせ、深刻な面持ちで「いいか、この世は戦場なんだ。お前たちはそこで戦い抜いて生きていくんだ」と言ったときから、私の「戦い続けなければ生きていけない」という、0-100思考の萌芽が生まれたように思います。その後父は、私が中高生になる頃には「勉強していい大学に入ってエリートになれ」というようなストレートな言い方はしないものの、「学生の本分は勉強だ。家事は我々で担うからその時間を勉強に充てろ」「お前みたいなタイプは弁護士か研究者になったほうがいい」「そうじゃないと将来食っていけなくて路頭に迷う」などと繰り返し言うので、私は「いい大学に入ってエリートにならなければ生きていけない」という0-100思考を強めることになりました。今になっては父も極端だったなと思うのですが、そんなこと、子ども、それもASD傾向のあった私にわかるはずもなく……。失敗しそうになったとき――「踏みつぶす」兄と、頑張りすぎる私兄も極端な人でした。失敗の不安や兆候があるとき、私は不安やリスクを塗り込めるために3倍頑張るようなタイプでしたが、兄の場合はやけくそになって極端な行動に出るタイプだったのです。例えば、私も兄も20代だったある時の話。兄がダイニングで、おまんじゅうを1つ手に取り、個包装を剥いて食べようとしていました。そこで、手を滑らせておまんじゅうを床に落とした兄。「あ、落としたな」と思って居間から見ていた私は、信じられない光景を目にします。兄は落ちたおまんじゅうを一瞬見つめると、それをトンッ!と真上から足の裏で踏み潰し、素早く拾い上げると、そのままゴミ箱にストンッ!と投げ捨てたのです。おまんじゅうが個包装が剥かれた状態で床に落ちたならまだわかるのですが、兄はあくまでおまんじゅうの個包装を「剥こうとしていた」だけ。おまんじゅうは個包装にしっかり包まれていたわけですから、それを床に落としたからといって大した問題はないはずです。私は起きたことの意味がわからなくて、「今、おまんじゅう踏み潰して捨てた?」と聞いたら、兄は真顔で「うん」と答えました。私は絶句。兄は「おまんじゅうの個包装が思ったようにうまく剥けなかったことが許せず、なんの問題もないであろうおまんじゅうを踏み潰し、捨てた」のですね。なお、分かりやすく、兄の個人情報にも支障がない象徴的な例としておまんじゅうの話を挙げただけで、兄のこうしたエピソードはたくさんあります。私は失敗にあたり自責に向かう傾向がありましたが、兄は他責や攻撃性に向かう傾向があったようで、ここが私と兄の大きな違いだったと思います。私が100を目指さなくてはいけなかった理由実家にはひきこもりの伯父がいたのですが、その伯父について、父は繰り返し「働かざる者食うべからず」と言っていたし、母は「こちらは一生懸命働いて疲れてるのに、働いてもないこの人と同じ空気を吸わなきゃいけないのが耐えられない」などと言って、伯父が話しかけても無視したりしました。私が大学受験の時に無理しすぎたせいでバーンアウトして大学に行けなくなり、続いて母も仕事に行けなくなって休職した時は、父は吐き捨てるように「2人も兄ちゃん(伯父のこと)みたいになりやがって!」と言うのでした。今思い出しても、こうした実家の空気は本当につらいもので、伯父は本当にかわいそうだった、と思うのですが、当時の私は「家族の要求に応えることができない私はだらしがない、ダメな人間だ。伯父のようにならないように命がけで努力しなければ」と、激しい自責をするに至りました。そして、20代いっぱい、どんどん体調が悪くなり、母の世話も大変になっていく中で、どうにかして働いて自活しようとしては仕事に行けなくなって辞める、ということを繰り返すことに。体重はどんどん減り、身体は骨と皮ほどになり、顔はニキビだらけ、髪は薄くなる……悲惨な状態でした。バーンアウト、家族との断絶を経て、数10年かけてたどり着いた今の状況その後、私は今の夫に助けられて実家を出ることになります。それからASDの診断や複雑性PTSDの治療を経て、最近ようやく、0-100以外の考え方ができるようになってきました。最終的に私の考えの窮屈さを緩めてくれたのは認知行動療法でした。しかしそれも、それまでに自分のASD傾向を見つめたり、トラウマ治療の中で、自分が家族の価値観を内面化していたことに気づいたりしてきた積み重ねがあってこそだと感じています。今は、「できないことはできない」「人間なんだから失敗もする」「失敗したからって生きられなくなるわけではない」と、いい塩梅に開き直り、自分の心身の健康をいちばん大事にしようと思えるようになりました。この状態に至るまで長い紆余曲折がありましたが、ここまで来られてよかったなと思っています。文/宇樹義子(監修室伏先生より)ご結婚されるまで過ごされたご実家の環境、義子さんのお気持ち、そして診断や認知行動療法について、ご共有くださりありがとうございます。お辛い時期を戦われ、乗り越えて、今ご自身の心身の健康を大事に過ごされている義子さんのお言葉は、多くの方にとって大きな励ましになることと思います。義子さんの今後の人生、私も応援させていただきます。前の記事はこちら
2024年03月06日在宅ワークの私を見下し、仕事中だろうと会議中だろうと乱入して家事をさせる傍若無人な夫。毎度イライラさせられながらも、夫に対する情が残っている私は離婚に踏み切れませんでした。しかし、夫は勝手に離婚届を出してきて――!?在宅ワーク中の私を邪魔して、家事を押し付ける夫。その日も、オンライン会議中に「晩飯ができていないとは何事だ!?」と乱入してきたのです。 自分勝手な夫「お前の会議よりも旦那様の晩御飯の方が大事だろ!」「俺は今無性にコロッケが食べたい、今すぐ作れ!」といつものようにわがままを言い出した夫。挙句の果てには「3分間だけ待ってやる、それまでに晩飯を作り始めなかったから覚悟しておけ」と私を脅すようなことまで言い始めたのです。 30分後――。 あろうことか、「早く晩飯を作れ、じゃないと離婚だぞ」と離婚届を持ってオンライン会議に乱入してきた夫。もちろん上司も部下もドン引き、私はただただ平謝り。結局会議も途中で切り上げることになってしまいました。 一方の夫は「これでお前の無駄なオンライン会議を減らせるだろうから感謝しろ」「これからは『旦那に離婚される』って言えば余計な仕事も回ってこないぞ」とにやにや。 呆れ果てた私の様子を見て、「なんだその態度は」と言いながらも相変わらずにやついた顔を隠そうともしない夫。「乱入した時に持っていた離婚届はサイン済みだし、こっちは本当に離婚してもいいんだぞ」と離婚をちらつかせてきたのです。 親友の存在1時間後――。 夕飯を終えた私のもとに、親友からメッセージが。この親友、実は東大卒で会社経営をしている社長なのです。うちの夫は「東大卒だからってイキがってる生意気な女」と嫌っているようですが……。 親友の会社は私の在宅ワークの発注元。親友は先ほどのオンライン会議にも参加しており、突然の夫の乱入に驚いて個人的に私に連絡をくれたようです。 「離婚で脅してくるなんてありえない!」と憤慨する親友。もちろん、離婚を考えたことは二度や三度ではありません。 夫はそこそこの企業に勤めていましたが、大量リストラでクビになり、今は下請けの工場で働きながらいろいろな資格を取っています。完全未経験でもともとの給料が低いうえに、資格取得費用が給料から天引きされるため、月収は10万円に届きません。 こんな状態の夫が私に八つ当たりするのも無理はない、と思ってしまうのは、まだ情が残っているからなのでしょうか……。 私の話を黙って聞いてくれた親友は、「心変わりした時は教えてね」「週明けは久しぶりの職場出勤よね?会えるの楽しみにしてる!」と明るく私を励ましてくれたのでした。 会社にバラしたのは…1カ月後――。 またもオンライン会議中に「帰ってきた旦那様に晩飯を用意していないとはどういうことだ!?」と乱入してきた夫。リビングに「晩飯は冷蔵庫に入っています」というメモを残しておいたのに……。 「帰ってきた旦那様には手作りが常識だ」「さぁ早く俺に出来立てのカレーを出すんだ、もちろん福神漬けもな」とにやにやしながら言いつけてくる夫。オンライン会議が終わるまで待つように言うと、「なんだその態度は!」「こっちは慣れない仕事でも毎日がんばっているっていうのに、呑気に在宅仕事をしておいて家事も手抜きなんて許されないぞ!」と激昂。 「たいした金も稼いでいないてめえなんかが一丁前に共働きを気取るんじゃない!」「こっちは寄生虫を養うために毎日汗水流して働いてるっていうのに、ほんと嫌になるぜ」 寄生虫呼ばわりされた私はあ然。「今回も3分だけ待ってやる」と言い残して立ち去った夫に、ふつふつと怒りが湧いてきました。 30分後――。 私は夫の要求を無視してオンライン会議に出席。すると、また夫が後ろから現れてとんでもないことを言ってきたのです。 「旦那様の言葉を無視して会議中のお前に報告だ、たった今俺はお前との離婚届を出してきたぞ」 再び私はあ然。「何のために……?」と思わず問いかけると、「お前を教育するために決まってるだろ」と夫。そんな理由で勝手に離婚届を出すなんて……。 「旦那様を大切に扱っていれば離婚なんてされずに済んだのになw」「嫁でもない寄生虫の低収入OLは今すぐ出て行け!」「助かるわ、ありがとう!」「え?」 夫は、自分がいないと私が生きていけないとでも思いこんでいたのでしょうか。どうやら私は自分から離婚に踏み切ることが不安だったようです。現に、今夫から「離婚届を出した」と聞いて、私の気持ちは晴れ晴れとしています。離婚届の提出には本来双方の同意が必要なはずですが、結果的には問題ないでしょう。 私の喜びように、夫はぽかん。「お前は俺と離婚できてうれしいのか……?」と尋ねてきたので、「これからは自分の年収1,000万円を好きなように使えるんだもの」と返すと、夫は開いた口が塞がらなくなってしまったようでした。 夫がリストラにあった時に、私は前々から声をかけてくれていた親友の会社に引き抜かれる形で転職していたのでした。親友からの期待に応えようとがんばった結果、コネや贔屓なしで私は年収1,000万円を達成したのです。 「い、いやいや、おかしいだろ、ありえないだろ」「俺なんて前の職場でも500万くらいだったんだぞ」と急に焦り始めた夫。職場や年収も知らなかったようで、私にいかに興味がなかったがありありとわかりました。 私は夫を支えようとがんばってきたのですが、夫から三行半を突き付けられては仕方ありません。オンライン会議も無事終わったので、荷物をまとめて出て行くことにしましょう。 その後――。 私の離婚を聞いた親友が、タワマンでのルームシェアを提案してくれました。家事の苦手な彼女の代わりに家事をするという条件で、家賃は免除。 一方、元夫は12万円の家賃が払えず、私のところに泣きついてきました。給与明細もしっかり確認していなかったようで、資格取得費用も全額実費で天引きされていたことを知らなかった様子。 いまだに元夫からは復縁したいと連絡が来ますが、もう私に情は残っていません。これからは親友とのルームシェアを思いっきり楽しもうと思っています。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年03月05日