2023年10月14日 17:00
止まらない“承認欲求”…現代の空気感をリアルに描く『シック・オブ・マイセルフ』
また、トーマスの表現技法は既存の家具をかっぱらってきて作品化するようなものであり、シグネも活動に加担させられる。マルセル・デュシャンはかつてアート界に「レディ・メイド」というジャンルを構築したが(トイレの便器を作品化した「泉」が有名)、トーマスはそんな崇高なものではなく“引用”というのもおこがましいほど。「バズれば著作権を無視していい」というマインドや、恋人という立場を利用した搾取――。今日(ようやく)問題視されるようになったトピックが、『シック・オブ・マイセルフ』にはごまんと盛り込まれている。
毒された「普通の我々」を暴き切る心理描写
しかし、『シック・オブ・マイセルフ』の凄まじい点は、それらが飛び道具的に暴れまくっているのではなく、必然性をたたえながら一つの物語に収まっていること。着眼点や解像度の高さもさることながら、センセーショナルなトピックの数々をまとめてしまえる筆力と作品の強度は、目を見張るものがある。それでいて、さりげない「居心地の悪さ」等の描き方が抜群に上手い。
例えば、トーマスが主役のパーティに参加したシグネの居場所のなさ、皆の気を引こうと発言するもエアポケット的な沈黙を作ってしまい、後に引けなくなって虚言が膨らみ騒動になっていく流れや、自分が悲惨な状態に陥っても「これバズネタじゃない?」