2023年カンヌ映画祭上映のロシア映画『グレース』10代の娘と寡黙な父のロードムービー公開
ポヴォロツキー監督自身は、カンヌ国際映画祭の会見でも言及したように、ロシアによるウクライナ侵攻と政府の方針に対して明確に反対している。
リベラルな表現者を自認する彼の関心は、ロシア周縁の人々の暮らしと尊厳を映像の力によって美しく厳かに描き出すこと。その確固たる姿勢は、初めてのフィクション映画となった本作にも現れている。
解禁された特報映像からもうかがえるように、果てのない荒涼とした外部の風景と、狭苦しい車の内部をそれぞれ完璧なフレーミングと長回しで切り取る空間設計は圧巻。灰色と深緑の荒い粒子が印象的な16mmのフィルムには荒廃した風景が写りつつも、娘が着る衣服の明るさを際立たせるなど、全編を通して陰鬱さの中にも不思議な温かさが宿っている。
監督はアンドレイ・タルコフスキーをはじめとする偉大なロシアの先人たちや、ヴィム・ヴェンダース初期作のような雰囲気を漂わせながら、ロシア辺境の大地と人々を独自の感性で描写した。
なお、本作が撮影されたのは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が本格化する少し前の2021年秋。意図的には描かれないものの、徐々に不穏と暴力がその映像の粒子に侵食していくようなこの映画から、現在も続く戦争の影を感じずにはいられない。