今だからこそ感じる演劇の尊さ…配信で観る『刀ミュ』 ~阿津賀志山異聞~
「阿津賀志山異聞」ではいわゆる弁慶義経の話がたっぷり描かれない分、義経の刀・今剣と、弁慶の薙刀・岩融のブロマンスが描かれ、それによって義経と弁慶の関係もわかるようになっている。逆にその間接的な描写のほうが萌えるといってもいいかもしれない。後半になると、弁慶と岩剣の場面があって、「弁慶の泣きどころ」ネタに笑い、じゃれあうときの弁慶のためらいの間にキュンとなる。そう、「阿津賀志山異聞」には「ためらい」が描かれている。
もともと、人を斬る武器として生まれた刀たちが、人間になったことで「心」をもち、人を斬ることにためらいが生まれ、それに悩む。三日月宗近と加州清光が歌う「矛盾という名の蕾」は、武器として生まれてきた最後の世代・加州清光と、もっと長い歴史を知っている三日月宗近が、互いの考えを語り合い、己の宿命を実感していく歌。「命 奪い合う『物』として生きるしかなくて」と言葉を噛み締めながら歌う加州清光、最後に歌を重ねる加州清光と三日月宗近。ふたりのファルセット気味の声の重なりが心に響く。
ちなみに、配信版は20分ずつくらいにチャプターを分かれているが、そのたび停止になることはなく、そのまま次のチャプターに続くようになっている。