くらし情報『あの日あの時あのコンピュータ (8) そのグラフィックと日本語BASICに、僕らは憧れた - トミー「ぴゅう太」』

2014年11月18日 00:00

あの日あの時あのコンピュータ (8) そのグラフィックと日本語BASICに、僕らは憧れた - トミー「ぴゅう太」

母親ぐらいの年齢の店員さんにハードやG-BASICについて質問しましたが、「コレ、まったく分からないんです」と困惑していました。私は、マイコンオタクの嫌な子供だったのでしょう。

○1982年8月~1983年前半、あの日あの時

ぴゅう太が発売された1982年8月は、「ゲームセンターあらし」のアニメがテレビ放映されていました(放映開始は1982年4月)。主人公の石野あらしが使った技、ジョイスティックを超高速で操作させる秘儀「炎のコマ」、静電気で電子回路を操作する「エレクトリック・サンダー」などが流行ったものです。もちろん現実には不可能な"動き"でしたが、ゲームセンターで「炎のコマ」と叫びながら、インベーダーゲームをプレイした方も多いのではないでしょうか。他にも、実際のインベーダーゲームにあった技法、いわゆる「名古屋打ち」なども登場し、拡散に一役買ったと記憶しています。

また、防犯などの理由から、筆者の通っていた学校では、ゲームセンターの出入りが禁止となりました。この流れは社会現象でしたので、意図せず家庭用ゲーム機が普及する下地が形成されていったのかもしれません。
(1982年下半期は、本コラム第1回のPC-9801で振り返りましたので、ぴゅう太が拡販された1983年上半期を振り返ってみます。)

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